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『住宅建築』2009年3月号
室内環境のデザインは建築を変えるだろうか

難波和彦

「箱の家」のデザイン・ポリシー
「箱の家」シリーズでは、初期の段階から室内環境のデザインを主要テーマにしてきた。しかしながら、いわゆる設備デザインについては、吹抜空間の床に床暖房を組み込むこと以外には、あまり注目してこなかった。これまで「箱の家」で追求してきた室内環境デザインの方法は、プラニング、空間構成、材料、構法にかかわる建築的ボキャブラリーを使った方法がほとんどである。たとえば、深い庇と袖壁による日射制御、吹抜と一室空間による自然換気、壁内や天井裏の通気による輻射熱と結露の防止といったようなデザイン・ボキャブラリーがそうである。
なぜ、設備デザインによる解決よりも、建築的な解決にこだわるのか。第一の理由は、いうまでもなくコストにある。初期の「箱の家」はローコストを目標としていたから、建築的な方法によって環境制御を行い、設備機器をできるだけ使わずに、コストを抑える必要があった。しかし、それ以上に重要なもうひとつの理由がある。「箱の家」では、室内環境の条件を建築デザインの優先的な条件としてとらえ、それを建築の表現にストレートに結びつけることをめざしている点である。
これまでの住宅デザインでは、室内環境のデザインは、あくまで二次的な条件にすぎないと考えられてきた。通常の住宅デザインでは、まず生活のプログラムに対して、建物配置やプラニングのスタディを行い、それに並行して形態と空間のデザインを展開させ、さらに、それを実現するための構造や構法を検討し、最後に、室内環境をデザインするための設備設計を行うという手順がとられる。つまり、室内環境のデザインは、プラニングと空間を与条件として、そこに組み込む設備機器のデザインによって解決すべき条件だと考えられているわけである。おそらく、これは現在でも一般的なデザイン・プロセスではないかと思う。
これに対し、「箱の家」では、室内環境のデザインは、プラニング、空間と形態、構造と構法のスタディと並行して進めることを基本方針としている。上に述べたような、室内環境デザインのための一連のデザイン・ボキャブラリーは、そのようなプロセスによってうみ出されたと言ってよい。さらに、照明、空調、配管・配線のなどの設備デザインにおいても、可能なかぎり同じようなプロセスをとることによって、設備機器を建築のシステムに統合するデザインをめざしている。

エコハウスへのステップ
「箱の家シリーズ」における室内環境のデザインには、これまでに2段階の大きなステップがあった。
第1のステップは、アルミニウム合金を構造体に使った「実験住宅アルミエコハウス」の開発である。この開発計画のなかで「箱の家シリーズ」の室内環境デザインを決定づける、4つの基本的な構法が確立された。第1は、構造体を断熱で包み込む外断熱構法。第2は、気密性を確保し結露を防止するペアガラスとアルミ断熱サッシ。第3は、熱容量を確保し、室内環境を安定させる水蓄熱式床暖房(アクアレイヤー・ヒーティング・システム)。そして第4は、輻射熱対策としての屋根と外壁のダブルスキン化である。それぞれの仕様は、構造別「箱の家」、すなわち集成材造、鉄骨造、RC造のそれぞれにおいて標準構法化された。これらは「箱の家100」までのすべての「箱の家」で試みられ「箱の家112」において完成することになった。
第2のステップは、「箱の家100」以降の「箱の家」において実施した室内環境の検証である。すなわち、標準構法によってつくり出された室内環境が、予想通りに達成されているかどうか、総合的な実測を行ったわけである。(この研究は、現在も継続している)。その結果、いくつかの解決すべき課題が明らかになった。夏期の気候制御、吹抜空間の上下温度分布の解消、通風の効率的なデザインである。
アクアレイヤー・ヒーティング・システムによる熱容量の確保と低温輻射床暖房は、冬期にはきわめて有効だが、夏期には昼間の蓄熱を夜まで持ち越してしまうという欠点がある。アクアレイヤーへの夏期の蓄熱を抑えるには、これまでは外断熱性能を上げるしか対処方法はなかった。さまざまな可能性を検討した結果、アクアレイヤーへの供給熱源に使っているヒートポンプの温水を、夏期は冷水に転換することを考えた。問題は結露だが、「箱の家112」では、コンクリートスラブ上の床下根太にアルミ角パイプを使用しているので、下地が腐る心配はない。そこで、メーカーに相談し、ヒートポンプ室外機を冷温水型に取り替えてみた。夏期の数ヶ月間稼働してみた結果、2階の居室はほんのりと涼しくなった。さらに1階の事務所は天井輻射冷房となり、天井面を結露限界の24度に維持すると、夏期でも午前中は冷房なしで過ごせることが分かった。期待した程大きな効果ではなかったが、冷房効果は十分だった。
ほとんどの「箱の家」には2層の吹抜がある。冬期は1階床の水蓄熱式床暖房によって建物全体が一様に暖められるので、ほとんど問題は生じないが、夏期の空調では吹抜の上下に温度差が生じる。これに対処するため、吹抜天井に天井扇を設置し実測を行った結果、大幅に改良されることが分かった。
「箱の家」では、夏期の夜間の室内気温の上限は、ほぼ28度になる。じっとしていると暑苦しいが、空気に動きがあれば快適に感じる気温である。これは建物内の通風をうまく計画すれば達成できる。夜間の通風を確保すれば蓄冷効果も期待できるだろう。
こうした結果を踏まえて、「箱の家124」では2つの実測実験を試みた。ひとつは輻射冷暖房パネルによるヒートポンプ輻射冷暖房の試みであり、もうひとつはアルミ通風雨戸による通風性能の確保である。まだ1年間の実測結果は出ていないので、総合的な評価はできないが、除湿効果がきわめて大きいことが確認された。

今後の展開
このように、「箱の家シリーズ」では、エコハウスへ向けての二つのスッテプを通して、設備デザインは建築的なボキャブラリーに徐々に統合されてきた。室内環境の条件を積極的に設計条件に取り込むことによって、住宅のデザインは徐々に変化している。以上のような経緯をふまえて、現在、進行中の私の試みを紹介しよう。
まもなく着工する「箱の家132」では、狭小敷地と斜線制限から斜屋根を採用している。この斜屋根に太陽熱給湯を設置することを試みた。太陽熱利用には太陽電池やOMソーラーシステムがあるが、太陽熱給湯はあまり試みられていない。しかし、エネルギー効率は、おそらく太陽熱給湯がもっとも高いはずである。その効果については、メーカーの協力を得て実測検証を行う予定である。
2008年4月から、東京大学の難波研究室は、住宅ディベロッパーの(株) コスモスイニシア社と共同で、一戸建環境共生住宅のプロトタイプ開発をめざした研究「COCOLABO」を展開している(http://www.cocolabo.jp/)。この研究では、「箱の家」の一室空間住居のコンセプトを、建売住宅として一般化するとともに、「箱の家」の実測結果にもとづいて、一室空間住居の本格的な通風シミュレーションと風洞実験を行い、その結果を建築デザインにフィードバックしている。具体的には、斜屋根のデザインによって既存の街並との連続性を持たせ、斜屋根に屋根窓を付加することによって通風の負圧を強化している。さらに日射制御のための庇と袖壁の形やサイズを調整することによって、室内に風をみちびき入れる効果をシミュレーションしている。2戸のプロトタイプ住宅は夏までに完成し、実測検証を行う予定である。
同じような試みは、最近の住宅デザインにも徐々に見られるようになった。『ハウジング・フィジック・デザイン・スタディーズ』(小泉雅生:監修 ハウジング・フィジックス・デザイン研究会:編 INAX出版 2008)では、室内環境のデザインを建築デザインに統合しようとする若い建築家たちの試みが紹介されている。室内環境のデザインに正面から取り組んではいないにしても、若い建築家たちは、時代の潮流が室内デザインの重要性を浮かび上がらせていることに対して敏感に反応しているように思える。
「箱の家シリーズ」の実測と実験によって得られたデータをデザインにフィードバックするには、もう少し時間が必要だが、仮説と実証のサイクルによって、シミュレーション技術が確立すれば、住宅デザインは確実に変っていくはずである。

 

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