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箱の家 PROJECT 青本往来記
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難波和彦 第1信  「住宅の工業生産化の目的とは何か---剣持困H邸をめぐって」 2014年09月02日(火)

H邸(1967)を設計した剣持此覆譴ぁ砲蓮1960年代の住宅の工業生産化の研究をリードした東京大学建築学科・内田祥哉研究室の出身である。剣持は原広司の1年後輩であり、戦後のインテリア・デザインを先導した剣持勇の息子である。この住宅は剣持が内田研究室で博士論文をまとめた直後の28歳のときの仕事である。不勉強ながら僕はH邸が剣持の提唱する「規格構成材方式」による住宅の第一作であることを石山修武から教えられた。H邸の完成以降も剣持は同じ方式で何軒かの住宅を建てている。剣持は1972年に不慮の事故で亡くなったため、規格構成材方式の本格的な展開を見ることはなかった。死の翌年の1973年に『規格構成材建築への出発/剣持紺箙峠検戮まとめられ、剣持の博士論文を初めとする主要論文が掲載されている。その冒頭に、師である内田祥哉が『「規格構成材方式」によせて』というまえがきを寄せている。
そこに述べられているように、規格構成材とはComponentの日本語訳であり、規格構成材方式とはOpen System化された住宅部品による構法のことである。剣持は規格構成材方式を以下の4つの条件によって定義している。
1)建築物、またはその一部(Building Element) として、またはその一部の機能を備えていること。
2)ある程度の大きさ(壁の場合には、床から天井までの高さで、巾90冂度以上)で融通製に富んだモデュールと接合方法が適合すること。
3)性能と販売価格が明示されていること。
4)市場に常に存在すること。
この定義によれば、現在では住宅用部品の多くが既に規格構成材になっている。現在では、住宅の設計と建設はそれらの部品を選択し組み合わせる作業になっているから、期せずして規格構成材方式すなわちOpen Systemが実現されているといっていいだろう。ただし2)の条件を満足する部品はあまり普及していない。多くの住宅部品が尺間法にもとづいて生産され、それが暗黙のモデュールとして通用しているために、剣持が言うような部品サイズと部品相互の接合部を寸法調整するモデュラー・コーディネーションの考え方は完全に忘れ去られている。

では、現在まで50年近く住み続けられているH邸から、僕たちは何を学ぶことができるだろうか。今回H邸を実見して、僕は即座に「これは規格構成材方式の原理的適用である」と直観した。


剣持此H邸外観 2014年6月

原理的適用とは、構法システムがそのままストレートに表現されているということである。まず、4本のGコラム柱と大型H型鋼によって9m×13.2m矩形平面の2階建ての構造フレームが建てられる。Gコラムとは1963年に遠心力鋳造による溶接構造用鋳鋼管として開発された厚肉鋼管である。そのフレームに小梁を架け渡し、その上にALC版の床スラブと屋根スラブが載せられる。次に、床スラブと屋根スラブの間にALC版、アルミサッシ、プロフィリット・ガラスなどの壁面パネルが建て込まれる。H邸では、これら一連の「規格構成材」のシステムは、そのまま表現されている。室内の間仕切家具システムをこれに加えてもいいかもしれない。現代風に見れば、このシステムは完全な「スケルトン・インフィル方式」と言い換えることもできる。原理的に見るならば、この住宅の構法システムはミース・ファン・デル・ローエのファンズワース邸と同じだといってよい。外壁部品をすべて透明ガラスのスクリーンに入れ変えた状態を想像すれば、これはあながち突拍子もない連想ではないだろう。もちろんH邸は核家族が住む一般的な郊外住宅である。ファンズワース邸のような広大な敷地ではないし、生活は別荘のような単純な生活でもない。多種多様な外壁や間仕切家具のシステムは、敷地条件や家族の生活に合わせて配置されている。それでも1階をピロティ的な空間とし、生活空間の全体を2階に持ち上げている点に、剣持の原理指向を読み取ることができるのではないか。この住宅を設計しながら、剣持は空中に浮かぶミース的な箱をイメージしていたに違いない。


剣持此H邸外観 2014年6月

ここで特筆しておきたい点がある。H邸では2階の外周4面にバルコニーを回し、外壁パネルを外周の鉄骨軸組にではなく、少し引っ込んだALCスラブに留めている点である。


H邸平面図 1967

構法システムを徹底しようとすれば、外壁パネルを軸組に直接留める方が合理的で筋が通っている。事実、H邸以後に規格構成材方式を適用した住宅では、外壁は軸組に直接留めるカーテンウォール方式に変えられている。ではH邸ではなぜ外壁を引っ込めたのだろうか。おそらく、それは南面に日射制御のための庇を確保することが目的だったのではないだろうか。そして、そのための外壁ディテールを考案した上で、その構法を外周全体に適用したのではないかと推察する。ここにもシステムを貫徹しようとする剣持の意志を読み取ることができるだろう。その結果、剣持が意図したかどうかはともかく、外壁の耐候性が高まり、外部に露出した鉄骨フレーム、アルミサッシ、プロフィリット・ガラスのメンテナンスが容易になったことも、この住宅の寿命を長くする大きな要因になったのである。実際、この家に住むH氏は、絶えずバルコニーの防水、外壁のシール、日射制御のスクリーンの取り付け、鉄骨フレームや手摺のペインと塗り替えなどを自らの手で行っていたという。

規格構成材方式が考案された1960年代後半は、日本の工業化住宅の萌芽期だった。戦後生まれの団塊世代が婚期を迎える1970年代までに、住宅の大量供給を可能にするために、数多くのハウスメーカーが設立され、さまざまな構法によって工業化住宅の開発に取り組んだ。規格構成材方式は建築家による取り組みの一つだったが、剣持の死によって、その後の展開は続かなかった。重量鉄骨による大スパン構造と住宅のスケールに乖離があったことも一因かも知れない。さらに、H邸は剣持が主宰する綜建築研究所が直接請け負うCM(construction management)方式によって建設されたが、大手メーカーからの材料供給や大型クレーンによる建方などといった特殊な対応が必要であり、規格構成材方式が目ざしていた通常の住宅に適用できるような一般性を持ち得なかったように思われる。
後に同じ内田研究室出身の大野勝彦が1971年に開発した「セキスイハイムM1」は、木造軸組に近い10儚僂療換による箱型ユニットを組み合わせて住宅をつくるシステムである。


大野勝彦 セキスイハイムM1 1971

箱のサイズはトラックで運搬できる最大寸法(2.4×2.4m断面)によって決められている。開発当初は箱型ユニット連続をそのまま見せたザッハリッヒなデザインで供給されたが、1970年代半ば以降の消費社会時代になると、ハウスメーカー各社の販売戦略はイメージの差異を競うようになり、箱に屋根を載せ、外装に装飾的なデザインを付加するようになる。現在でも箱型ユニットによる生産方式は続いているが、内外観からその構法を読み取ることはまったくできない。

規格構成材方式とセキスイハイムM1の構法システムの詳細については、『住宅建築』誌2005年6月号の特集「自由のための部品」に詳しく紹介されているので、そちらを参照していただきたい。この特集には、上記の二つの工業化住宅構法に続いて、僕が開発した「箱の家」と「無印住宅」が紹介されている。


難波和彦+界工作舍 MUJI HOUSE 2002

ここではH邸に関する議論が主題なので、最後に工業化住宅の歴史について僕が抱いている疑問について論じてみたい。

住宅の工業化・部品化構法を追求する場合、住宅の平面計画、すなわちライフスタイルや生活様式はほとんど問題にされない。というよりも、新しい工業化構法を開発する場合、平面計画をいかにフレキシブルで自由にするかという暗黙の前提条件があるように思われる。『住宅建築』誌の特集のタイトル「自由のための部品」にもそれがはっきりと表れている。さらに突っ込んで言うなら、新しい工業化構法を開発する最終的な目的は、プラニング=平面計画への拘束をなくし、住み手が自由に生活を計画できるようにすることだと考えられている。
戦後のアメリカにおいて住宅の工業生産化・部品化を先導し、バックミンスター・フラーやチャールズ・イームズと恊働した建築家ジョージ・ネルソンは、1950年代に来日し、住宅の構法システム開発に関してさまざまな指導を行った。その時、彼はフレキシブルな工業化構法の目的を「PLANNING WITH YOU」と唱えたことはよく知られている。


ジョージ・ネルソン Experimental House 1957

しかしながら後に彼は、住み手にプラニングを任せても多くの場合は成功しないという結論に達している。自由な選択肢を与えられても、住み手が適切な選択をすることは難しい。生活に対する住み手の希望を聴き、それをプラニングに映すのも建築家のひとつの仕事である。構法の適用と同じように平面計画も一種の専門技術を要するのである。
しかしながら、上に述べたような構法開発の暗黙の前提条件は、ハウスメーカーだけでなく多くの建築家も共有しているように思える。規格構成材方式によるM邸のプラニングが、完全なnLDKであり保守的なのは、剣持困新しい生活様式を提案することに対して興味を持っていなかったからではないか。あるいは、セキスイハイムM1において、大野勝彦が「無目的な箱」を唱えたのは、構法と機能(生活)を積極的に切り離そうとしていたからではないか。しかしながら、僕の考えでは、構法が何も制約しないことはあり得ないし、構法と機能は、空間の配列や大きさ、水まわりの位置などを通して何らかの形で結びついている。建築家はその関係に注目し、デザインの条件として取り挙げ、両者を積極的に結びつけることによって、住み手に対して生活の仕方や家族のあり方として提案すべきである。「箱の家シリーズ」や「無印住宅」は、新しい構法と一室空間住居という平面計画とを結びつけることによって、特殊ではあるが普遍的な現代住宅のプロトタイプを提案しようとする試みなのである。


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