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箱の家 PROJECT 青本往来記
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コンパクト箱の家

2017年04月26日(水)

7時起床。曇りで暖かいが夜になると雨が降り始める。8時半出社。昨日まとめた「鈴木博之の世紀末」をもう一度読み直して少しだけ加筆し編集責任者の伊藤毅教授に送信する。これでひとつ肩の荷が下りた感じである。まもなく伊藤教授から原稿を受け取った旨の返事が届く。著作集は6月末には出版されるとのこと。木村+戸田と「159吉村邸」の減額変更案について打ち合わせ。最初は断熱サッシ、家具・建具類を最小限に抑える方策でどこまで減額できるかを試みる。設備類については機器の仕様を早急に調査するように指示する。今週末にはTH-1から概算見積が届く予定なのでその結果と合わせて減額変更案を吉村夫妻に送る予定。「158石邸」については工務店と細かなやりとり。「アタゴ第2工場」については現場監督と鋼製建具と来月の定例打合せに関するメールのやり取り。東理大の教え子や界工作舎OBから古希祝いが届く。今週末に祝賀会を企画しているらしいが出席できない人からのメッセージである。本人としてはそれほど自覚がないにもかかわらず年齢は着実に積み重なっていく。そのことを自覚するための儀式なのだろう。家早南友である。これを区切りにもう一度何かを始めようかと考えている。


2017年04月25日(火)

7時起床。晴れのち曇りの肌寒い一日。8時半出社。鈴木博之著作集『建築---未来への遺産』に寄稿する原稿「鈴木博之の世紀末」に集中的に取り組む。鈴木に関しては書きたいことが山ほどあり書き溜めたスケッチがかなり膨大なのでまずテーマを絞ることから着手する。あれこれ考えあぐねた結果やはり僕にとって決定的な読書経験である『建築の世紀末』を取り上げることにする。それだけでも10枚を越えそうなのでさらにスケッチを削ぎ落とし最終的に2枚程度にまで絞り込む。言葉遣いについてもあれこれ推敲しまとめるまでに夕方までかかってしまう。その合間に「レモン展」のプレゼンテーション・データに目を通す。卒業設計だけでなく修士設計も審査対象になるようだが修士設計の中に先日の「トウキョウ建築コレクション2017」で見た作品が紛れていることに気づく。その際に僕がピックアップした作品なので今回の審査では他の審査員の反応を見てから決めることにしよう。夜は読書。

『カント---美と倫理とのはざまで』を読み続ける。大学2年の教養学部の授業で『純粋理性批判』を集中的に読んで以来カント思想は僕の建築観を決定づけているが『実践理性批判』と『判断力批判』については柄谷行人を通して間接的に触れただけである。遅ればせながら今回の読書で三批判の関係つまり悟性、理性、判断力の定義と関係を正確に理解できるようになった。そして自然史と進化の中で形成された身体性や無意識をカントは〈物自体〉として〈空間的〉に捉えようとしていることも分かった。と同時にかつて池辺陽がカント思想に基づく僕の建築観をスタティックだと評した理由もはっきりと理解できるようになった。僕がカントに惹かれる根源的な理由はカントの思想がきわめて〈構築的〉だからではないかと思う。


2017年04月24日(月)

7時起床。晴れで肌寒い一日。旅の疲れが若干残っているようで時々眠気に襲われる。8時半出社。今週の予定をスタッフに確認しネットで給与経費を振り込んだ後に散歩がてら銀行まで行く。表参道の欅並木は新緑で木漏れ日が気持ちいい。旅行中にiPhoneで受け取った図面類に目を通しチェックバック。「158石邸」は石夫妻が提示した最終予算に合わせて減額案をまとめ石夫妻の承認を得たので工務店に最終チェックを依頼する。今週末には結論が出る見通しである。「159吉村邸」は変更案の詳細図一式がまとまったので吉村夫妻、TH-1、佐々木構造計画それぞれに送信し検討を依頼する。木村+戸田にはさらに詳細を詰めるように指示。午後に午後TH-1社長朝倉さんが来所。「155桃井邸」の外階段工事がドブ漬けメッキに手間取り連休明けまで延期になるそうだ。すでに仮の外階段があるので機能的には問題はないが家早南友である。とはいえ「159吉村邸」の概算見積作業は順調に進んでいるそうだ。「鈴木博之の世紀末」の原稿スケッチ再開。今月末が締切なのでそろそろまとめに入らねばならない。夜は読書。9時半帰宅。

『カント---美と倫理とのはざまで』は第2章「美しいものは倫理の象徴である---美への賛嘆は宗教性をふくんでいる」と第3章「哲学の領域とその区分について---自然と自由あるいは道徳法則」を読み終わり第4章「反省的判断力と第三批判の課題---美と自然と目的をつなぐもの」へと進む。第2章は趣味の定義から始まる。著者によれば「趣味とは「美しいもの」を判定する能力であった。趣味にもとづく判断は、概念に裏打ちされた論理的な判断ではなく、たんに「直感的」なものである。直感的判断としての趣味判断は、それが純粋なものであるなら関心に汚染されない」「趣味判断が個人的な関心から分離されたものであるかぎり、それはあらゆる人に対する妥当性の要求、主観的普遍性への要求をふくんでいる」。カント自身はこういっている「趣味とは、或る対象あるいは表象様式を判定する能力であり、その判定は適意もしくは不適意によっておこなわれ、そこではいっさいの関心が欠けている。このような適意の対象が美しいと称される」。美が主観的な普遍性を求めるという指摘はある程度は頷ける。しかしながら「一切の関心を欠く」ことが趣味判断の条件であるとは「経験」とは無関係であるということであり、それは一般的な美の定義からあまりにもかけ離れている。というのも通常は「趣味判断」の能力は経験を通して獲得され鍛えられると考えられているからである。著者もこの点については疑問を呈し後に検討するといっている。一方で著者はこうもいっている「趣味判断にア・プリオリにかかわる(つまり経験的なものではない)ことがらだけが、やがて「倫理的な判断」へと見とおしを披くものとして重要なのだ」。この点に美が倫理に通じる契機があるとカントはいうわけである。この矛盾はどう解決されるのだろうか。第3章で著者は第一批判『純粋理性批判』(1781)に立ち戻りこう述べている「批判(クリティーク)とは、認識の可能性と不可能性のあいだで限界線を引き、境界を設定する作業のことなのである(中略)。批判とは境界を設定する、いわばメタ・レベルの形式的な作業のことだ。これに対して、実質的な哲学的認識をカントはあらためて「形而上学」と名づける。理性は、カントによれば、理論的(思弁的)にも実践的(道徳的)にも使用されることができるから、形而上学自体はさらに「自然の形而上学」と「倫理の形而上学」とに区分されることになる」。これはたんに二種類の形而上学を定義しているだけのように思えるが僕には妙にひっかかる区別である。というのも自然(法則)と倫理(自由=目的)とを結びつけるのが「技術」だからである。ちなみに感性にもとづいて自然の法則を認識する能力が「悟性」、理念にもとづいて倫理=自由に秩序を与えるのが理性であり、両者を調整するのが判断力である。著者はこういっている「カントはここで技術(テクネー)と実践(プラクシス)とを決定的に切断している。あるいは自然(ピュシス)と倫理(エシックス)との間に踏み越えることのできない分割線を引いているといってもよい」。さらに続けて「技術は自然を模倣する。技術は自然にもとづき、自然に寄りそうことによってのみ可能となる。技術にあって問題となるのはひとえに自然原因であり、それを裏打ちする自然概念であって、自由概念ではない。そしてカントにとって、倫理とは端的に自然を超えるものである(中略)。かくして自然と倫理が分断されなければならないのと同じように、倫理と技術のあいだにも決定的な境界線が引かれなければならない」。技術は自然を模倣するとはいえ実践的な意図抜きに技術が存在するとは思えない。したがって倫理と技術を切り離すという言明にも僕はひっかかる。この問題は以下のような「理性」の定義にも関係している。「法則から行為を導出するためには「理性」が必要とされるから、この場面で意志とは「実践理性」にほかならない」。つまり悟性は自然の法則を認識する能力、理性は倫理と自由の法則を認識し実践する能力であり、理性には認識理性と実践理性があるという訳である。悟性と理性を調整するのが判断力だとすると技術はむしろ判断力に関わるのではないだろうか。第三批判『判断力批判』の課題はこの問題を解決することのように思える。


2017年04月23日(日)

6時半起床。シャワーを浴びて目を覚ました後7時過ぎにクラブラウンジで朝食。日曜日は宿泊客で一杯である。部屋に戻り8時半にチェックアウト。タクシーで高松港フェリー乗り場へ。9時15分発の直島行高速船に乗船。船内は満員で外国人客が多い。通常の宮浦フェリー乗船場から少し離れた宮浦桟橋に10時前到着。10時過ぎの町内バスで本村経由で島の南側のつつじ荘まで行きシャトルバスに乗り換えて地中美術館に10時半過ぎに到着。以前はなかった駐車場前の待合室+切符売場でしばらく待機する。来訪者が多いため新しく造られた施設のようである。11時15分に発券を受けて歩いて約5分の地中美術館へ入館。以前より展示は大きくは変わっていないがジェームズ・タレルの部屋は記憶にない。ともかく外国人とりわけフランス人の多さにびっくりする。ゆっくりと館内を見て回り12時半にカフェで一服。快晴だが風は少し冷たく気持ちがいい。待合室に戻るが次のシャトルバスまで1時間半近くあるので山道を歩くことにする。途中で李禹煥美術館や祭國強ゾーンを見学しながら海岸歩道を1時間余り歩きつつじ荘に13時過ぎに到着。満員の町内バスに乗って本村農協前まで戻り近くの小さなうどん屋で簡単な昼食。その後ANDO MUSEUMとジェームズ・タレルの南寺プロジェクトを見学。ANDO MUSEUMは木造民家の地下に地中美術館のミニチュアを埋めたような建築である。木造の上部構造を一旦解体しRC造の地下構造を建設した後に再築したのだろう。再び町内バスで15時前に宮浦に到着。往復のバスの中から幼児学園、小学校、町民体育館、中学校の懐かしい風景を確認する。最初の小学校が完成したのは僕が修士2年の1972年だから45年前になる。博士課程の1975年に幼児学園が完成し石井和紘とLADIUMを共同設立して1976年に町民体育館1977年に中学校が完成した。その直後に僕は界工作舎を設立して石井との協働を解消したことを思い出す。パートナーとしては刺激的で学ぶことが多い人だったが人間として問題が多過ぎた。とはいえ今となってはすべて懐かしい思い出である。高松行高速船の切符を買った後に大竹伸朗のゲテモノ作品「直島銭湯」で一風呂浴びる。16時半発の高速船で高松港に17時着。駅で土産物を購入した後駅前バスターミナル18時前発の空港行リムジンバスに乗り19時前に高松空港着。空港内のレストランでビールと天麩羅ざるうどんの夕食。20時過ぎ発の羽田行に搭乗し21時半に羽田着。モノレールとタクシーで22時半過ぎに帰宅。ウィスキーを呑み直し『カント---美と倫理とのはざまで』を読みながら夜半就寝。


2017年04月22日(土)

6時起床。1階の大浴場に行き一風呂浴びる。6時半過ぎに部屋に戻り着替えて7時から3階のホールでバイキングの朝食。部屋に戻り日記を書き込んだ後8時にチェックアウト。荷物を預けてから金比羅宮参道の途中にあるレストラン神椿の駐車場までタクシーで行く。鈴木了二の設計で佐々木睦朗が構造デザインを担当した鉄骨橋「えがおみらい橋」を見るためである。約100mスパンの両端約15mまでを方杖のようなトラスで持ち出し中央部の70m近くは手摺を兼ねた鉄骨大梁を掛け渡した単純明快なシステムである。手摺は了二さんらしい緊張感のあるディテールである。突き当たりにレストラン神椿があり階段を上ると金毘羅宮参道の踊場に出る。ここまでが参道の全階段の500段目辺りらしい。そこからさらに約150段を上り本宮に着く。9時前なので人はほとんどいない。広場から瀬戸内海を遠望した後に鈴木了二設計の社務所を再訪。以前に訪ねた時は竣工直後で足元の赤土の山肌が露出していたが現在はすっかり緑で覆われている。しばらく境内で過ごしてからゆっくりと参道の階段を下る。徐々に人が増え始めて参道の入り口近くまで降りる頃には参道は人で一杯になる。10時前にホテルに戻り荷物を受け取ってから歩いて琴平駅へ向かう。10時40分発の岡山行きに乗り丸亀駅で下車。駅前にある谷口吉生設計の「猪熊弦一郎美術館」を再訪。館の内外を1時間弱見学し再び電車で坂出駅へ11時半着。北へ約200m程歩き大高正人設計の「坂出人工土地」へ。足元は小さな店が並ぶ商店街だがRCの庇が続いているので一体の建物と分かる。裏に回り駐車場の斜路から人工土地の上に上る。高密度に立ち並ぶRC造2階建の住戸群は普通の戸建て住宅街のようだが通常のような道路ではなく路地に面している。市民ホールの斜屋根にも住戸が載っていることを確認。斜路を下りて西側の表通りに回ると市民ホール前に広場があり再び庇下に商店街が続いている。土曜日のせいかどの店も閉まっている。近くのうどん屋で昼食を摂ってから歩いて坂出駅まで戻り1時半過ぎの快速電車で高松駅へ2時前着。タクシーで瓦町のホテルにチェックイン。風呂に入って一休みした後に夜は近くの瀬戸内料理の居酒屋で夕食。ホテルのクラブラウンジで呑み直してから10時過ぎに就寝。


2017年04月21日(金)

6時半起床。曇りで肌寒い一日。7時半に一旦事務所に出て手提げ鞄に洗面用具を入れてから8時に事務所を出てタクシーで浜松町へ。通勤ラッシュのモノレールに乗り9時前に羽田空港第ターミナル着。9時半発の高松空港行に搭乗し10時40分高松空港着。琴平行のリムジンバスに乗り12時前に琴平駅着。同じバスに東大建築学科の教え子の女性2人が乗ってくる。僕たちと同じ琴平の金比羅歌舞伎を観劇に来たという。琴平駅からホテルまで歩く途中で天ぷらうどんの昼食を摂る。やはり讃岐うどんはうまい。12時半過ぎにホテルに到着。チェックインの3時までには時間があるので荷物を預けて外に出る。金毘羅宮の参道まで歩き途中の店で金毘羅宮までの階段上下の往復時間を聞くと歌舞伎開演にはとても間に合いそうにないので今日は諦めて参道途中までの店を見て回りカフェで一服。2時過ぎに金比羅金丸座に行くとすでに長い行列ができている。桟敷席は選択制なのでいい席を確保するためだそうだ。金丸座は木造の巨大建築で江戸時代の遺構である。2時半に館内に入り1階の花道脇の席に着く。背もたれのある狭い席で自分の靴袋を持って入るのでかなり窮屈である。3時開演。間に2回の休憩を挟んで3時間の長丁場。前半は中村雀右衛門の襲名公演だが後半は久しぶりに片岡仁左衛門の芸を堪能する。彼は僕と同世代で片岡孝夫の時代から見続けているので懐かしい。6時終了。外に出るとまだ明るいが参道の店はほとんど閉じている。歩いてホテルに戻り部屋でしばらく一服。7時から1階の和食レストランで瀬戸内料理の夕食。冷酒をたっぷり呑んでいい気分になり9時前に部屋に戻る。メールチェックし9時半に就寝。夜中に目が覚めメールチェック。2時過ぎに再び眠りに就く。


2017年04月20日(木)

7時起床。晴れで昨日よりもかなり涼しい。8時半出社。佐々木構造計画から届いた「159吉村邸」変更案の一般図と構造システム図と地盤改良の仕様をまとめてTH-1に送信する。引き続き概要書と平断面詳細図を至急まとめるように木村+戸田に指示する。できれば変更案で概算見積をまとめたいからである。正午過ぎに事務所を出て千代田線都営三田線を乗り継ぎ田町の建築会館へ。13時半から日本建築士会連合会連合会作品賞の第一次審査会。村松映一委員長、石山修武、松川淳子、竹原義二、岸和郎、櫻井潔、中谷礼仁、僕の8人の審査員全員が出席。今年の応募作品は84作品で例年よりもやや少ない。それでもすべての応募書類に目を通すのは大変である。3.11や熊本震災後のコミュニティ施設が散見されるが社会性以外の意味はなくいささか安易な印象を受ける。今年は総じてこれといったテーマが見えないので作品性だけで選ぶしかない。3時までに各人15作品を選び8人分を事務局が集計。7票を獲得した2作品から3票までで17作品。2票以下の作品から審査員の推薦で選んだ4作品を加え21作品を現地審査することに決定する。その後現地審査の担当者を決め審査スケジュールを調整した後に最終審査日を決めて4時半に終了。建築会館近くのいつもの居酒屋に移動して懇親会。焼酎とつまみを食べながら様々な建築談義で盛り上がる。現地審査での再会を約して6時半に解散。7時半前に帰社。まもなく建築士会事務局から現地審査の担当者とスケジュール表が届いたので界工作舍の予定表に書き込む。僕は結局11作品を審査することになる。明日が早いので9時過ぎに帰宅。『カント---美と倫理とのはざまで』を読みながら夜半就寝。


2017年04月19日(水)

7時起床。昨日に続き暖かくて風の強い一日。8時半出社。10時半に神戸のデイベロッパー和田興産の村上事業部長と藤本室長が来所。昨年2月の建売住宅コンペ当選案のその後の進行状況について報告を受ける。すでに竹原義二さんから概要は聞いているが諸般の事情で計画を一旦休止しているとのこと。いろいろ説明を受けたが僕には確かめようがないので計画を中止することはなくいずれ再開するという確認を取る。民間コンペだから社会的責任は問われないとは考えないように念を押し入選者全員に状況を説明すべきであることを強く主張する。11時半終了。昨夜栃内がまとめた「158石邸」減額案を石夫妻に送る。それに対する返答の電話とメールが届き工事予算を再検討したいという。全体の規模を縮小し家具類を大幅に削減したことに対する揺れ戻しである。とはいえこうしたプロセスがあるからこそ建主は本気で考えるようになるので僕たちの作業が無駄になるわけではない。工務店1社に絞られたので5月の連休明けに三者会談を持つことを決め、それまでに最終方針を確定することにして直ちにその旨の依頼メールを工務店に送る。吉村夫妻に昨日の「159吉村邸」減額変更案の承認を得たので構造システムの変更方針をまとめて佐々木構造計画に送信する。合わせて地盤改良の方針についても問い合わせる。昨日から左目が充血しているので青山の眼科に予約し14時半に検診を受ける。直接の原因は不明だが結膜下出血で特に大きな問題はないとのこと。治療目薬を処方してもらう。3時半に事務所を出て南青山5丁目の「山田守邸」へ。東工大の安田幸一さんの好意で見学会に参加させてもらう。山田守が設計し1959年に竣工したRCラーメン構造3階建の住宅+アトリエである。前面道路からやや引いた南面T字型プランで西北入隅に玄関と円筒階段を置き3層を繋いでいる。1階のピロティに喫茶室が3階に住居が増築されスチールサッシはアルミサッシに取り替えられてはいるがラーメン構造の開放的な空間は現在でも十分体験できる。2階の和室で藤岡洋保さんによる詳細な説明を聞く。曲線プラン、RC逆梁、薄さを強調したRCスラブ庇など見るべき点が多い。5時半に終了。6時前に帰社。レモン画翠から今年度のレモン展の資料が届く。5月3日の講評会までにCD-ROMに納めた作品データに目を通すようにとある。修士設計を含めて110点のエントリーがある。データ画像を見始めると昨年の中部卒計展や今年のトウキョウ建築コレクションでデータ画像と模型を含む現物プレゼンテーションとで評価が大きく変わったことを思い出したのでとりあえず記憶に留める程度にしておこう。9時半帰宅。明後日の金毘羅宮行きのスケジュールを確認した後『カント---美と倫理とのはざまで』を読みながら夜半就寝。


2017年04月18日(火)

7時起床。夜中から明け方にかけて春の嵐が続くが昼前には日が射し始める。8時半出社。佐野さんから転勤後の現況報告のメールが届く。4月に札幌から稚内に転勤したため札幌市民対象の住宅ローンが受けられなり「157佐野邸」の計画を延期せざるを得ないとのこと。再び札幌に戻った時に再開するつもりだがそれが何年後になるかは不確定である。今後の進め方について相談したいとのことなので設計業務委託契約書にしたがって対応の仕方を整理したメールを送る。実施設計はほとんど完了し北海道での住宅設計に必要なBIS資格も獲得したばかりなので残念至極である。木村と「159吉村邸」減額変更案について打ち合わせ。昼過ぎまでに図面にまとめコメントを添えて吉村さんに送信。夜に吉村さんから返事が届き代案の検討を依頼されたので明日までに検討結果を送る旨を返信。法政大の浜田英明さんから木村俊彦を含む構造家展に関するプログラムが届く。木村俊彦に焦点を絞るか視野を広げて日本の構造デザインの系譜を辿るか難しいところだが僕としては後者がいいのではないかと考える。佐々木さんとも相談しプログラムについて考えてみよう。16時に事務所を出て乃木坂のギャラリー間へ。16時半から坂茂展のオープニング。館内は既に超満員である。坂さんにお祝いの挨拶をした後に展示をみる。佐々木睦朗、斎藤裕、北山恒、塚本由晴、三宅理一、真壁智治、黒川雅之といった人たち以外は知った顔はほとんど見えない。通常の建築関係者の会とは全く雰囲気の異なる会である。3階はパリに完成したばかりの音楽ホールの巨大な模型とビデオの展示が中心で4階は建設中・計画中の建築のモックアップ模型が所狭しと並べられその数に圧倒される。木造建築が多いのは最近の世界的傾向だろう。坂さんの主要なデザインモチーフは木造シェルといえるだろうか。人がますます増えてきたので5時過ぎに会場を出て歩いて六本木シネマへ。18時から『Ghost in the Shell』(ルパート・サンダース:監督 2017)を観る。押井守監督の『攻殻機動隊』と『イノセント』を観ているので物語にはスムースに入り込める。しかしアーサー・ケストラーの『機械の中の幽霊』(1969)に端を発しコンピュータと人間が一体化することによって人間のアイデンティティが問われることになるというテーマは『ブレードランナー』(1982)以来何度となく描かれてきたので今や古臭いテーマのような感じがする。脳だけが残され身体は義体化されているというアイデアももはや単純過ぎてリアリティが感じられない。とはいえアニメーションとは異なり実写とCGを組み合わせた映像は圧倒的である。ネタバレになるので詳しくは書かないが草薙素子をどのように描くかが押井守作品を引き継ぐこの映画の中心テーマだろう。20時終了。タクシーで表参道まで戻り夕食を摂って9時前に帰社。吉村さんから届いた質問メールに返信した後9時半帰宅。『カント---美と倫理とのはざまで』を読みながら夜半就寝。


2017年04月17日(月)

7時起床。晴れ後曇り後雨と変化が大きいが暖かい一日。8時半出社。東工大の安田幸一さんとメールでやりとりし今週水曜日の山田守自邸見学会に混ぜてもらうことになる。10時にTH-1朝倉社長と渡邉さんが来所し「159吉村邸」の概算見積の打ち合わせ。昨年から今年にかけて鉄骨工事費が高騰しているため苦労しているとのこと。工事中の鉄骨住宅の工事単価を聞くとなかなか厳しそうである。とりあえず現状の図面一式を渡し概算を依頼するが結果がまとまる前に僕たちとしては減額のための大幅な設計変更案を検討する必要がありそうである。担当の木村+戸田と相談して何点か減額案の方針を決める。TH-1との打ち合わせ結果をまとめて吉村夫妻に報告しクライアントとしても減額案を考えて欲しい旨を伝える。14時過ぎにアタゴ第2工場現場監督の登坂さんと鋼製建具メーカー2人が来所。栃内と外部スチールドアの納まりについて打ち合わせ。第1工場で課題になった気密性を確保する納まりについて検討する。「158石邸」の査定回答がまとまったので石篤+登子夫妻にメール報告。引き続き減額変更案のまとめに着手する。明日中には何とかまとめて石篤+登子夫妻に報告する予定。「157佐野邸」についても佐野さんが稚内に転勤して以降の状況について問い合わせてみよう。夜は読書。9時半帰宅。

『カント---美と倫理とのはざまで』は第1章「美とは目的なき合目的性である」を読み終わり第2章「美しいものは倫理の象徴である」に進む。久しぶりのカントなので読解の前提である哲学用語に引っかかりスムースに読み進めない。しかしながらいちいち用語の定義を確認したところで理解が深まる訳ではないことは十分に承知しているので強引に読み進み全体の文脈から逆に用語の意味を理解するように努める。第1章は「美とは目的なき合目的性である」という有名なテーゼに向けて〈美〉と〈快適〉との差異に関する議論が展開する。美も快適も主観的な〈趣味判断〉だが前者は普遍性を志向し後者は主観的なものにとどまる。この差異について著者はこう書いている。「純粋な趣味判断によって対象を美しいと判断する場合、人はその判断が単に「直感的」な、それゆえに判断する「主観への関係」を含むに過ぎないものであるにもかかわらず、「あたかも美が対象の性状であり、その判断が論理的なものであるかのように」語らざるを得ない。かくて「趣味判断は一切の関心から分離している」と意識されている限り、美しいものをめぐる判断は「万人に対する妥当性への要求」、つまり「主観的普遍性への要求」が伴っていると言わなければならないのだ。快適なものをめぐる判断と、美しいものに関わる判断との間の決定的な差異が、ここにも存在する」。これは〈快適さ〉は対象の属性がもたらすものであっても主観的な判断に止まるのに対して〈美〉は主観的判断であっても対象の属性のように思われる理由の説明である。これについてカント自身はこう言っている。「美しいものとは、概念を欠いたまま必然的な適意の対象として認識されるものなのである」。かくして『判断力批判』のなかでもっと有名な結論に辿り着く。「美とは何らかの対象の合目的性の形式であるが、それは当の合目的性が目的の表象を欠きながら、その対象について知覚される限りでのことである」。いかにも逆説的な論理には魅力を感じるけれども言葉の意味は伝わってこない。家早南友。


2017年04月16日(日)

8時起床。晴れで暖かい一日。ゆっくりと朝食を摂り10時過ぎに出社。iPhoneに書き込んだメモを見ながら昨日のシンポジウムについてまとめる。色々な問題を考えさせられたが中でもハード・ソフトの両面でテクノロジーの進化がデザインの目的や価値を大きく左右する時代になっていることを痛感したことが大きい。これからの建築史はテクノロジー史抜きには成立しないだろうというのが僕の得た結論である。昼過ぎに帰宅し熱い風呂に入った後にベッドでゴロゴロしながら読書と仮眠。『美と倫理のはざまで』を読み始めるがなかなか入り込めない。夕方6時に家を出て築地まで行き寿司の夕食。9時前に帰宅。ウィスキーを飲み直しながらあれこれ考えを巡らせる。11時過ぎにベッドに入るがなかなか寝つけないので読書を再開。ようやく1時過ぎに就寝。

ちょうど『建築史とは何か』(アンドリュー・リーチ:著 横手義洋:訳 中央公論美術出版 2016)を読み終わったところだが、本書は〈近代建築史学史〉なのでテクノロジーについてはまったく論じられていない。近代建築は18世紀に端を発するというのが今や通説になっているが、近代建築史学もそれに並行して生まれているという事実は一つの発見である。近代建築史学は基本的には文化史でありヤーコプ・ブルクハルトやハインリヒ・ヴェルフリンがその開祖である。文化史としての建築史なかでも建築様式史の興隆をもたらしたのは18世紀に始まるギリシア建築やローマ建築に関する科学的・考古学的な研究である。その背景には科学の進歩と産業革命の進行があるのだが、そのことは文化史としての近代建築史の視野には入っていないようだ。とはいえ様式が研究と選択の対象になることによって19世紀のリバイバリズムの興隆がもたらされたのである。著者によれば近代建築史家の第一世代はニコラウス・ぺヴスナー、ジークフリート・ギーディオン、ブルーノ・ゼーヴィであり、彼らは近代建築を歴史的に意味づけ先導するような誘導的建築史を書いたという。それに対して第二世代のコーリン・ロウ、レイナー・バンハム、マンフレッド・タフーリは第一世代に抗して批評的建築史を書いたという。批評的とは建築の多様な展開可能性に目を向け選択肢を提唱することである。ロウは形態の自律性と連続性に、バンハムはテクノロジーの進展の可能性に、タフーリは近代建築を支えている社会性やイデオロギーに焦点を当てた訳である。鈴木博之は彼らに続く第三世代の建築史家といってよいが建築そのものよりもそれが存在する場所や都市に注目した点において明らかに第二世代の思想を引き継いでいるように思う。


2017年04月15日(土)

7時起床。晴れで暖かい一日。8時半出社。TH-1から「155桃井邸」の残工事である外階段と道路ガードレールの設置に関するメールが届く。ようやく今月末には全ての工事が完了する。「158石邸」の査定回答が工務店2社から届く。やはり僕たちの査定をすべて受け入れてもらうのは難しそうだ。とはいえ2社でかなりの差があるので今後は1社に絞って減額案を検討することとし栃内と設計変更の方針を決める。木村と来週月曜日の工務店との話し合いに備えて「159吉村邸」の仕様概要について打ち合わせ。陣内秀信さんから『水都ヴェネツィア---その持続的発展の歴史』(陣内秀信:著 法政大学出版局 2017)が届く。これまでのヴェネツィアに関する論考をまとめた本である。陣内さんは今年度一杯で法政大学を退職するのでまとめに入ったのだろう。正午に事務所を出て地下鉄千代田線都営三田線を乗り継ぎ田町の建築会館へ。13時からシンポジウム「パッシブデザインの未来を語る」に参加。ホールは200人余の観衆で一杯である。北山恒、渡辺真理、木下庸子といった建築家の顔も見える。まず野沢正光が「日本における環境共生建築の系譜を振り返る」と題して吉村順三+奥村昭雄によるNCRビル(1962)の日本で最初のダブルスキン・空調システムの紹介から始めて空気の流れをデザインする奥村の考えに基づくOMソーラーシステムの開発経緯を紹介。次に藤岡洋保が「良識を形にする吉村順三と奥村昭雄の仕事」と題して森の中の家(1962)、NCRビル、愛知県立藝術大学(1974)におけるデザインとテクノロジーを結びつけるヒューマニズムにもとづく設計思想について紹介。休憩を挟んで安田幸一が「旧NCRビルの計画から学ぶべきこと」と題して東工大環境研究室と共同で実施したNCRビルのダブルスキンの計画、構法とディテール、環境性能の実測調査を紹介し同時代に完成した林昌二のパレスサイドビル(1966)と比較しながら日建設計での自作のダブルスキン建築を紹介。続いて高間三郎が「二人との関わり、NEXT21や森の中のオフィスでやったこと」と題して吉村順三へのインタビュー記事「太陽熱利用と建築のあり方」(『新建築』1978年5月号)を紹介しながら高間の一連の環境デザインの仕事を紹介。続くパネルディスカッションの冒頭に川島範久が高性能ガラスサッシやコンピュータ・シミュレーションを初めとする最近の建築テクノロジーの急速な進化を紹介しながらこれからの環境建築のデザイン思想のあり方について問題提起。続くパネルディスカッションでは吉村・奥村の感性や良識に話題が集中し今一盛り上がりに欠ける。今回のようなテーマの場合、問題を建築家の感性や倫理へ帰着させると議論が矮小化して学ぶべき回路が失われてしまう。そうならないように藤岡は建築史家としてこのテーマを歴史的に位置づけ問題を拡大すべきだと思うが残念ながらレイナー・バンハムのような知見がないために建築家の人間性の話題に逃避した印象を受ける。現代ではテクノロジー史を抜きにして建築史はあり得ないというのが今回のシンポジウムから得た僕の最終的な結論である。5時に終了。その後ロビーで懇親会。黒石いずみ、伊礼智、益子義弘、原尚、秋山東一、金子尚志といった懐かしい人たちと再会。6時過ぎに建築会館前のイタ飯屋に移動し野沢、松隈章、川島らと歓談。9時半解散。10時過ぎ帰宅。『動く大地、住まいのかたち』を読みながら夜半就寝。

『動く大地、住まいのかたち---プレート境界を旅する』は「11.ワールズエンドの風景」でローマ時代の都市構造の痕跡を残すシリアのイスラム都市から純粋なイスラム都市としてのモロッコのフェズへと移動する。僕は1979年にフェズを訪れたことがあるのでその時の体験を思い出しながら読む。最後に中谷はワールズエンドとしてのタンジェに赴くが僕は逆にジブラルタルのアルヘシラス港からタンジェに渡ったのでワールズエンドという印象はない。本書冒頭の「1.土地のかたち、人の住まい」に戻り世界のプレート境界図を見ながら中谷の旅の経路を確認する。インドやイランについては以前もらった連載コピーで読んだのでこのあたりで本書は一旦休止する。中谷さんは現在雲南にいるようだ。そこはユーラシアプレートとオーストラリアプレートの境界である。次はアメリカ大陸に行くのだろうか。久しぶりに純粋な頭の体操をしたい気分なので次は『カント---美と倫理とのはざまで』(熊野純彦:著 講談社 2017)に取り組んでみる。


2017年04月14日(金)

7時起床。晴れのち曇りの温かい一日。8時半出社。10時にクライアント候補のTさんが来所。映像関係の仕事に携わる若い人である。千駄ヶ谷の極小敷地に自邸を立てる相談に来所した。敷地図はなく写真だけなので地図で確認。親族が所有する隣地のマンションとの敷地関係が曖昧なのでマンションの図面を持って渋谷区役所の建築指導課に赴き法規制を確認するようにアドバイスする。Tさんは午後に渋谷区に出向き確認したが大きな問題はないようだというメールが届く。ならば次の段階として複数の敷地所有者の使用許可を得るようにアドバイスする。栃内と「アタゴ第2工場」のスチール・ドアやカーテンウォールの打ち合わせ。第1工場の納まりをさらにチューンアップする方向で納める。工務店1社から「158佐野邸」の査定回答が届く。期待したほど受け入れられず依然として厳しい金額である。もう1社の回答を待って次のステップに進もう。知り合いの工務店に「159吉村邸」の事前相談の依頼メールを送った後に電話確認し来週初めに来所することを約す。20時に吉村夫妻が来所し今後の進め方について意見交換。概算見積の金額が厳しいことを伝えたので少々不安になっているようだ。しかし僕たちとしてはいつも通り前向きに検討を進めて打開を図るしかない。再来週半ばには工務店の概算をまとめることを約す。木村+戸田に来週の工務店との打ち合わせに備えて早急に概要書をまとめるように指示する。9時半帰宅。

『動く大地、住まいのかたち---プレート境界を旅する』(中谷礼仁:著 岩波書店 2017)を読み始める。9月に行く予定のマルタ島とシチリア島に関連した「8石と遊ぶ」と「10シチリア・ベリーチェ」から始める。両島はユーラシア・プレートとアフリカ・プレートの境界上にありマルタ島はアフリカ・プレートにシチリア島はユーラシア・プレートに載っている。マルタ島の街中に世界遺産のハル・サフリエニ・ハイポジウム(地下墳墓)があることを知ったことは大きな収穫である。是非訪ねてみよう。シチリア島は1968年に震災を受けた島の西部内陸のベリーチェ谷一帯の復興の現況報告が中心である。復興計画はグローバリゼーションとマフィアが絡んで複雑な様相を呈しているという。中谷さんの文章は旅の紀行文と建築史的分析が重なり合い時折私的な感想がない交ぜになった一種の小説のようである。


2017年04月13日(木)

7時起床。晴れで暖かい一日。8時半出社。二日間の札幌出張の疲れが若干残って身体が怠い。午前中に木村と「159吉村邸」の概算見積と詳細図の打ち合わせ。3時過ぎに資料が一通り揃ったので詳細なコメントを添えて吉村夫妻に送信。概算見積をして見ると予想以上に厳しい予算であることが改めて分かったので実施設計では仕様を大幅に抑えることと工務店を1社に絞って実施設計段階から相談しながら作業を進めることを提案する。まもなく吉村さんから承諾のメールが返送されてくる。早速心当たりの工務店に打診してみよう。はりゅうウッドスタジオから『福島アトラス---原発事故避難12市町村の復興を考えるための地図帳』(NPO法人福島住まい・まちづくりネットワーク:発行 2017)が届く。僕も関係しているNPO法人福島住まい・まちづくりネットワーク編集とあるが実質的には日大郡山の浦部智義研究室や明治大学の青井哲人研究室が中心になってまとめたらしい。これから本格的に始まる太平洋岸の市町村の復興のために必須の資料になるだろう。現在〈縦ログ構法研究会〉で開発している縦ログ構法住宅が福島県の住まいとまちづくりのみならず林業振興の一助となることを期待しよう。6時に事務所を出て青山通りからタクシーで紀尾井町のホテル・ニューオータニへ。6時半から中華レストランで大学の同級生で大成建設の山内隆司さんに須藤、早藤両氏が加わり会食。先日の松波+大森さんとの会食に続く同窓会のような雰囲気である。中華料理のコースに紹興酒を呑みながら四方山話。アタゴ第2工場の工事も話題に上る。山内さんは『メタル建築史』や『進化する箱』を読んでくれたようだ。山内さんは現在は会長だが社長に就任した2000年代初期には海外で受注した工事が軒並み失敗し経営の立て直しに辛酸を舐めたそうだ。しかしながら社員の前では常に明るく振る舞うように努め決して暗い顔は見せなかったという。そんな時に僕から東大の建築学科での講演を頼まれたので社員のためにも頑張ったといったような思い出話で盛り上がる。8時半解散。タクシーで9時前に帰社。雑用を済ませて9時半帰宅。『建築史とは何か』を再読しながら早目に就寝。


2017年04月12日(水)

6時半起床。昨夜は何度も目が覚めてかなり寝不足気味。シャワーを浴びて目を覚ましてから4階の食堂で朝食。何人かの工務店社長に会う。今日は8時半から講義があるそうだ。7時半に部屋に戻り日記をまとめて書き込む。8時半にチェックアウトを済ませロビーで休憩。まもなく三木奎吾さんが到着。外に出ると風が強く霙まじりの雨が降り始める。三木さんの車で昨日の講演会にも参加していた女性建築家丸田絢子さんの札幌市北区の自邸に9時前着。平屋のコートハウスで最近の北海道仕様を適用した木造住宅である。完璧な外断熱で外壁は茶色の左官仕上げ、屋根は勾配なしのシート防水仕上げでちょうど雨が降っているため雨水が中庭に垂れ流しになっているのがよく分かる。窓は中庭側がトリプルガラスの木製テラス窓、北側はペアガラスのアルミ断熱サッシ。室内は壁が化粧合板と塗装仕上げ天井は2×12の小梁と屋根合板の露出仕上げである。室内はほんのりと暖かい。食卓に座り丸田さんから色々と話を聞く。彼女は東北大から東京芸大の大学院に進み青木淳さんの事務所で働いた後に結婚して札幌に来たそうだ。幼い子供3人を育てながら設計をこなす才気煥発な建築家である。東京と札幌で設計を経験しているから東京の建築家の性能感覚の貧しさをよく理解しているようだが、逆に言えば寒冷地住宅の性能追求の面白さに嵌ってやや大人しいデザインになっている感じもする。とはいえこの問題は他人事ではない。10時半にお暇して札幌市中央区のフーム空間計画工房の事務所へ11時前着。周囲は高級住宅街である。木造自邸の向かいにある両親の木造住宅をリノベーションした事務所で代表の宮島豊さんの話を聞く。外壁は褐色のステイン塗りの木造壁で室内は天井を除去し小屋組が見える高い天井である。木材関係の仕事をしていた父君が40年近く前に建てた完全な外断熱住宅なのでこうした試みが可能になったとそうだ。大空間に微かにチック・コリアとゲーリー・バートンが流れる快適な事務所である。南向窓はトリプルガラスの木製ドリーキッピング窓でその外側に木製サッシのダブルスキンゾーンがある。バッテリーが並んでいるので理由を聞くと外壁面に太陽電池を張って蓄電する試みをしたが高価な蓄電池の寿命が短くて償却できないことが分かったという。最終的にはガス熱源のコジェネレーションシステムが最も省エネであるという結論に達したそうだが、宮島さんとしてはさらに進んで空間構成と合わせて小さな薪ストーブだけで建物全体を暖房できるシステムを試みたいという。最近の仕事は住宅だけではなくパッシブな温度・湿度管理が要件となる自然食品のチーズ工場やオーガニックワイン工場にも広がっているそうだ。一言でいうなら宮島さんの仕事はパッシブな時間のデザインである。僕としては褐色の外壁や斜屋根には少々抵抗はあるが学ぶところ大である。昼前にお暇して北広島市里見町でキクザワ工務店が工事中のZEH(ゼロエネルギーハウス)へ向かう。移動途中にリプラン編集部、三木さんの自邸、山本亜耕さん設計の住宅の外観をちらりと見る。1時過ぎにZEHに到着。大工さんの説明で工事の様子を聞く。外壁工事は66亳ネオマフォーム(発泡尿素樹脂)パネルの上にタイベック下地の状態で外壁仕上げはサイディングと板金仕上げの予定。室内は柱ゾーンに100亳の高性能グラスウールがきっちりと嵌め込まれ防湿シートが張られて端部はブチルテープでしっかり押さえられている。室内仕上げは石膏ボードに塗装仕上げの予定だそうだ。屋根はグラスウール400亳の上に通気層を確保しガルバリウム鋼板の緩勾配屋根で太陽電池を載せる予定。ほぼ完璧な性能が確保されているがデザイン的には特に面白味はない。3軒の異なる住宅を見学して頭は混乱状態なので少し時間をかけて整理しよう。そのまま三木さんの車で新千歳空港まで送ってもらい2時過ぎに到着。お礼を述べて別れ空港内で簡単な弁当で腹ごしらえ。3時発の羽田空港行きの便に搭乗し4時40分に羽田着。6時前に事務所に戻る。往復の飛行機の中で『建築史とは何か』(アンドリュー・リーチ:著 横手義洋:訳 中央公論美術出版 2016)を読み終わる。週末に再読してまとめよう。東大計画研の大月敏雄さんから『住まいと町とコミュニティ』(大月敏雄:著 王国社 2017)が届く。3.11以降コミュニティ論議が盛んだがなかなかついて行けない気持ちがあるのでその疑問を晴らしてくれることを期待して読んでみたい旨のお礼のメールを送る。夕食後は栃内と「158石邸」の見積査定について打ち合わせ、査定結果をまとめて石夫妻と工務店2社に送信。引き続き木村と「159吉村邸」の概算見積の打ち合わせ。なかなか厳しい予算であることが分かったので明日中に結果を吉村夫妻に送ることにしよう。9時半帰宅。2日間の出来事を反芻しながらウィスキーを呑む。『建築史とは何か』の再読を開始し夜半過ぎに就寝。


2017年04月11日(火)

7時起床。小雨で寒い一日。8時半出社。9時に事務所を出て羽田空港第1タ―ミナルへ。10時半発の新千歳空港行きに搭乗。機内は9割の乗客でほぼ背広組である。機内で日記を書き込む。最近のJAL国内線ではインターネットサービスがあるのでパソコンのWiFiを接続できる。12時過ぎ新千歳空港着。12時半新千歳空港駅発の空港エキスプレスで1時過ぎに札幌着。雨模様でかなり寒い。駅構内の食堂で簡単な昼食を済ませタクシーで講演会場のジャスマックホテルへ2時前着。5階の大ホールで「アース21」という道内全域の環境志向の工務店グループの年次総会を開催中。2時過ぎにロビーで山本亜耕さんと待ち合わせ「157佐野邸」の進行状況について報告した後しばらく歓談。4時から「地域工務店とその地の環境に根ざした住宅--- 箱の家シリーズの展開:北海道の箱の家をめざして 」と題して1時間半のスライド・レクチャー。最後に「157佐野邸」のデザインについてやや詳しく説明する。その後いくつか質問を受けて6時前に終了。6時過ぎから同じ会場で懇親会。テーブルに座って約100人余がバイキングの食事を食べながら歓談。アルコールが入り北海道の建設状況について色々な話を聞く。延々と名刺交換が続いて閉口するが建築家仲間の懇親会とは全く異なる雰囲気で文化人類学的な視点からはなかなか興味深い会である。札幌の工務店が中心だが函館、網走、稚内、旭川から来た工務店社長もいる。総会は明日も続くそうだ。8時半に終了し有志がホテル地下の料亭に移動して二次会。コンパニオンが加わってますます工務店の親父たちの雰囲気が噴出し大いに盛り上がる。カラオケがなくて幸いである。10時半に解散。ホテルの部屋に戻りシャワーを浴びた後そのままベッドに倒れこむ。


2017年04月10日(月)

7時起床。晴れで清々しい一日。8時半出社。TOTO出版から『進化する箱』20冊が届く。明日の札幌講演の後に見学させてもらう住宅のお礼に何冊か持参するためである。札幌講演のスライドの最後のチェック。与えられた時間を考慮して何枚かのスライドを削除し後続のスライドを追加する。もし時間があるようなら3.11以降のコンパクト箱の家や木造仮設やKAMAISHIの箱を紹介しよう。Dropboxに入れてMacBookにコピーする。午後は木村+戸田と「59吉村邸」の詳細打ち合わせ。矩計をチェックバックした後に設備システムの組み込み方について検討。引き続き概算見積の検討に入る。「158石邸」の見積の質問メールに対する工務店からの返答が揃ったので栃内と査定とコストダウン案について打ち合わせ。2社に絞って作業を進めることとする。三木奎吾さんから明後日に見学する2軒の住宅の図面が届く。詳細図を見るとさすがに断熱材の厚さが半端ではない。それがどのような空間を生み出しているかをじっくり確かめてみたい。明日と明後日のスケジュールについてスタッフに伝え9時半に帰宅。『建築史とは何か』を読み続ける。第3章「根拠」では論証、文脈、概念という3種類の根拠を紹介し事例を挙げて推理小説のような歴史的検証を紹介している。夜半就寝。


2017年04月09日(日)

8時起床。小雨が降る寒い一日。ゆっくりと朝食を摂り10時過ぎに出社。『ブロックチェーン革命』の赤線部分を読み返し日記にまとめる。パブリック・ブロックチェーンとプライベート・ブロックチェーンの違いが気になる。おそらく今後はプライベート型が主流になるような気がする。インターネット・ニュースを見ていると『Fobes Japan』にブロックチェーンに関する記事が掲載されているのを発見する。「ブロックチェーンが2020年までに「破壊」する可能性がある5つの分野」として1)投票 2)音楽ストリーミング 3)不動産 4)サプライチェーン・マネジメント 5)金融サービスが挙げられており『ブロックチェーン革命』の結論とほぼ同じである。
http://forbesjapan.com/articles/detail/15821/1/1/1
午後に一旦帰宅し熱い風呂に入り疲れを取る。その後はベッドの中で『建築史とは何か』を読み続ける。「何か」を問う場合には必ずその歴史を問うことになるので本書は「建築史学の歴史」という印象である。19世紀の建築についてニコラス・ぺヴスナーは「建築家が自信を失った時代」と呼び鈴木博之は「理想の混迷の時代」と呼んでいるが、そのことと19世紀に建築史学が成立したこととは密接に関係していることが分かってくる。建築史とは結局「建築とは何か」を問うことだから建築に関するさまざまな定義の濫立をもたらし最終的に自己=建築の根拠を揺るがせる結果に至るのである。『建築の世紀末』で鈴木が言いたかったのはそのことだったのではないかという気がしてくる。夜までかかって第1章「近代的な学問の基礎」第2章「過去の編成」を読み終えて第3章「根拠」へと進む。半分まで進んだので今週中には読み終えられるだろう。


2017年04月08日(土)

7時起床。朝から小雨が続く肌寒い一日。8時半出社。札幌公園のスライドのチューンアップ。「箱の家001」の最初のスケッチや『建築の4層構造』(INAX出版)の目次を加える。江別の「箱の家157」の前に放送大学「新しい住宅の世界」のプログラムを加え結論の文章を推敲する。これまでもそうだが思いついたアイデアを少しずつ加えていくとスライドの内容は豊かになっていく。足し算だけでなく時には引き算も必要である。「158石邸」の査定について工務店から報告が届き始めたので石夫妻に連絡する。木村+戸田がまとめた「159吉村邸」の規矩図を佐々木構造計画に送り概算見積の作業に着手する。事務所内外の掃除はスタッフに任せて午後3時過ぎに帰宅。『建築史とは何か』(アンドリュー・リーチ:著 横手義洋:訳 中央公論美術出版 2016)を読み始める。「鈴木博之の世紀末」の原稿は途中だが関連がありそうな予感がするので本書を読み終わっていから再開することにしよう。

『ブロックチェーン革命---分散自律型社会の実現』の内容を整理してみる。ブロックチェーンとは電子的な情報を記録する新しい仕組みであり、その特徴は次の2点にある。第1は管理者が存在せず自主的に集まったコンピュータが運営しているにもかかわらず行っている事業が信頼できること。第2はそこに記された記録が誰によっても改竄できないことである。本書ではそのようなブロックチェーンの具体的な技術とその応用範囲が詳細に紹介されている。ブロックチェーンとは誰もが参加できるコンピュータの集まり(P2P=Peer to Peer)によって運営され公開される管理者のいないDAO(Decentralized Autonomous Organization 分散化された自律組織)である。つまりブロックチェーンは究極のボトムアップ技術だといってよい。さらにこれまでのインターネットでは情報を書き換えることが可能であり情報の〈真正性〉は確保されていなかった。しかしブロックチェーンにはPoW(Proof of Work)という特殊な仕組みが導入されており書き込まれた情報履歴はすべて記録され改竄することができない。というよりP2Pネットワークの参加者が多いので改竄しようとするとコストがかかり過ぎて意味を成さないのである。これによってtrustless(信頼不要)なシステムの構築が可能になる。したがって情報の〈真正性〉が確保され「情報のインターネット」だけでなく「経済的価値のインターネット」も可能になる訳である。例えばデジタルな仮想通貨の一種である〈ビットコイン〉はブロックチェーン技術によって初めて可能になった。最近注目されている金融とITを融合させた〈FinTech フィンテック〉もブロックチェーンの応用の技術ひとつである。ブロックチェーンにはパブリック型とプライベート型の2種があり前者はP2Pシステムで運営される本来のブロックチェーンだが、後者は管理者が存在する擬似ブロックチェーンであり現在進行しているブロックチェーンの大部分は銀行や企業などが運営する後者である。僕が利用しているPayPalやApplePayも後者である。後者の信頼性はシステムそのものにではなく管理者が大組織である点にあるから本質的にはブロックチェーンではない。本書はこうしたものを含めてブロックチェーン技術の広大な応用範囲と今後の展開の可能性を概観している。著者は経済学者なので経済の話題が中心だが、僕の興味はブロックチェーン技術がアダム・スミスや新自由主義の世界を超えてボトムアップな社会の可能性を垣間見させてくれる点にある。Trustlessであっても成立する社会というヴィジョンをどう考えるかによって判断が分かれるところだが、trustlessを〈信頼性のなさ〉ではなく〈匿名性〉や〈他者性〉と解釈すれば肯定的に捉えることができるかもしれない。本書を読む限りIT革命は来るところまで来たという感じがする。


2017年04月07日(金)

7時起床。晴れのち曇りで春らしい暖かい一日。8時半出社。10時半に「155桃井邸」の桃井さんが来所。引っ越しが無事に終わり落ち着いたという報告に来られる。荷物の片付けはこれからゆっくり時間をかけて進めるそうだ。ここ数日寒い日が続いたが暖房を止めても室内はきわめて快適とのこと。訪れる人たち皆が住宅のことを褒めてくれるので改めて「箱の家」の素晴らしさを痛感したと感謝された。思い起こせば実現するまでに僕たちはコストの問題を初めとして道路拡幅や隣家との交渉など様々な難しいハードルを越えなければならず大変だったが桃井一家の心労も想像以上だったろう。しかし快適な新居が完成してすべての苦労が報われた感じである。まだ外階段やベランダの床工事が残っているが今月中には終わるだろう。木村+戸田と「159吉村邸」の規矩図と平面詳細図の打ち合わせ。建物の基本的なコンセプトを改めて確認し設計作業の続行と概算見積に着手するように指示する。栃内と「158石邸」の査定とコストダウンの打ち合わせ。見積比較表を検討しながら2社に絞って見積査定を行うこととしコストダウン案の基本方針を決める。神戸の和田興産から電話が入り昨年2月の建売住宅コンペの進行状況報告に来所することになる。直ちに大阪の竹原義二さんに確認の電話をしてみると和田興産が今日来所し現状報告を受けたとのこと。敷地条件に問題が生じたため計画は進んでいないそうだ。やむを得ない事情があるのかもしれないが社会的責任は大きいと言わざるを得ない。6時に事務所を出てタクシーで六本木ヒルズへ。6時半から6階の寿司屋で青木茂夫妻と会食。寿司と美味しい冷酒をいただきながら互いの近況について報告しその後は建築論議で盛り上がる。青木さんは首都大学東京にあと1年在任しその後は名古屋の女子大学の客員教授になるそうだ。事務所の本社は大分から博多に移すとのこと。相変わらず仕事は忙しそうだ。9時過ぎに解散。9時半に帰社。すっかり酔いが回ったので10時前に帰宅しそのままベッドに倒れこむ。『ブロックチェーン革命---分散自律型社会の実現』(野口悠紀雄:著 日本経済新聞出版社 2017)を読み終わる。週末に再読しまとめることにしよう


2017年04月06日(木)

7時起床。曇りで生暖かい一日。8時半出社。昨日に引き続き札幌講演のスライドの編集。最後に「建築の4層構造」にもとづく結論めいたスライドを加える。講演の主催者である「アース21」からプログラムと講演タイトルの確認メールが届く。三木さんから提案された「環境住宅」という名称を外し「地域工務店とその地の環境に根ざした住宅---箱の家の展開:北海道の箱の家をめざして---」とする。「158石邸」の見積を担当した工務店4社それぞれに昨日作成した見積比較表を添えてコメントメールを送る。回答を待ってコストダウン案の作成に着手する。思い切った設計変更が必要になりそうだが何とか打開策を見出したい。木村+戸田と「159吉村邸」のディテールの打ち合わせ。ようやく2人は自主的に動き始めたが基礎知識がないので迷走が続いている。中谷礼仁さんから『動く大地、住まいのかたち---プレート境界を旅する』(中谷礼仁:著 岩波書店 2017)が届いたので直ちにお礼のメールを送る。3年前に岩波の『科学』に連載中の旅行記のコピーをもらったことがあるがその連載をまとめた著作である。3.11震災に関連して世界中の地震地帯の住居を調べることを思い立ったらしい。とはいえ調査対象は近代住居ではなく近代以前の民家や集落である。藤森照信流の古代住居研究の一種だろうか。この調査を通して中谷さんは『メタル建築史』に対し近代以前には木と石の住居しか存在しないとやや批判めいたコメントを送ってきた。しかし鉄骨造にはすでに150年以上の歴史があるから私見では近代以降の住居を含めないと調査は片手落ちに思える。今年の9月にシチリアとマルタに行く予定なので、まずは「8-石と遊ぶ」と「10-シチリア・ベリーチェ」から読み始めてみよう。9時半帰宅。熱い風呂に入って疲れを取りベッドの中で『ブロックチェーン革命』を読み続ける。第10章に差し掛かりあと一息で終章である。夜半就寝。


2017年04月05日(水)

6時半起床。晴れで暖かい一日。7時半出社。直ちに事務所を出て歩いて青山へ。表参道では明るい朝日を受けながら歩行者の少ない欅並木の下でモデル撮影をしている。8時から青山歯科医院で右上奥歯の虫歯の治療。歯茎に麻酔注射をしたので痛みはないが右半分の唇が麻痺し右の鼻や目の下まで感覚がなくなる。9時過ぎに帰社。札幌講演のスライド編集を続行。江別の「箱の家157」の図面や模型写真に気候条件データや敷地写真を加えてほぼ完成。講演日まで5日あるので90分の時間内でどこまで説明できるかシナリオを考えながら編集しよう。木村と戸田と「159吉村邸」の詳細図の打ち合わせ。寸法の記入法、施工・生産寸法と機能寸法の使い分け、「箱の家」のモデュールなど初歩から指示しなければならないのでまどろっこしい。大学の設計製図の初めに寸法の描き方の基本を教わった記憶があるが現在は一体どうなっているのか。2人は寸法の授業を受けた記憶はないという。今や完全にCADで図面を描くようになっているとはいえモデュールの基本規則は変わっていないはずである。しかし現状ではJISの教育さえなされていないようで天を仰ぐ。基本的な考え方を説明することにとどめて図面の進行状況に応じてチェックバックすることにする。スタッフに任せていたのでは作業が進まないので主要部分のディテール・スケッチを続行する。夕方までに「15石邸」工務店4社からの見積書が届く。ばらつきはあるが4社とも予想以上に厳しい金額である。3年前の「箱の家152」の契約見積との比較表を作成することから始めるように栃内に指示。夜までに比較表がまとまったので内容を分析し各社のコメントと今後の進め方に関するコメントを加えて石夫妻に送信。明日中に各社にコメントをフィードバックしその回答を得た上で話し合いを続ける工務店を選びさらに突っ込んだコストダウンを行う予定。いつもながらしんどい仕事が続くが建主の心労と不安を考えれば前向きに進むしかない。9時半過ぎに帰宅。ウィスキーを煽って気分転換した後『ブロックチェーン革命』を読みながら夜半就寝。


2017年04月04日(火)

7時起床。昨日とは打って変わり晴れで暖かい一日。8時半出社。今日は「159吉村邸」の外壁、開口部、パラペットの納まりを集中的にスケッチする。外断熱を徹底しようとすると建物の凹凸部や開口部の断熱がきわめて難しくなる。木造の場合は木材の取り付けが容易なので比較的易しいが鉄骨の場合は木材を使うにも鉄骨への取り付けが難しい。おまけに今回は外壁や屋根を耐火構造にする必要があり構法が限定されている。一日中スケッチを繰り返し夕方までにようやくまとめてスタッフに渡す。このような作業抜きで詳細図を作成できるとは思えないのだがインターンシップの戸田は黙々と図面を描いている。分からないままに図面を描いても時間の無駄なので早急に打ち合わせが必要であるにもかかわらず自主的に打ち合わせの判断も質問もできない。家早南友である。昨日早稲田の中谷礼仁さんからアレグザンダーに関する留学生のインタビューを依頼されたのだがその気になれないので断った。というのもアレグザンダーについては一昨年にYGSAで開催されたシンポジウムをまとめた『20世紀の思想から考える、これからの都市・建築』(彰国社 2016)でとりあえず僕なりの結論を出したからである。アレグザンダーに関する僕の結論は2点に集約できる。第1はパタンランゲージは環境に関するカント的な一種の認識図式であること。第2はパタンランゲージはあくまで計画言語でありデザイン言語ではないということである。パタンランゲージには構法が含まれていない。したがって建築の計画はできても構法や施工方法を含んだデザインはできない。もちろんアレグザンダー自身はアルカイックな構法を提唱しているのだが僕にはまったく共有できないのである。夜は読書。9時半帰宅。『ブロックチェーン革命』を読みながら夜半就寝。


2017年04月03日(月)

7時起床。昼間のうちは晴れていたが夕方は雷雨で急に寒くなる。8時半出社。札幌講演のスライド編集続行。「157佐野邸」の詳細図、アクソメ図、模型写真を準備するよう木村に指示。12時半に栃内と事務所を出て副都心線と東武線を乗り継ぎ14時半に終点の寄居駅着。タクシーで15時前にアタゴ第1工場へ。会議室で月例会議。アタゴ工場から4人、大成建設から7人、界工作舎から2人が出席。3月の定例会議の議事録と工程の報告の後に変更追加工事についての説明。界工作舎からは新たに追加された会議室の変更システムについて説明し承認を受ける。若干の意見交換の後に次回の定例会議を5月8日(月)に決めて16時前に終了。敷地東側の現場小屋に移動し工事詳細について打ち合わせ。16時半に現場の車で玉淀駅まで車で送ってもらい19時前に帰社。夕方から雷雨になる。九州大学の土居義岳さんから『知覚と建築―クロード・ペロー[五種類の円柱]とその読解史』(土居義岳:著 中央公論美術出版 2017)が届いたので直ちにお礼のメールを送る。クロード・ペローと新古典主義建築に関する450ページを超える大著である。現在ゆっくりと読解中の『近代建築理論全史』(H・F・マルグレイヴ:著 加藤耕一:監訳 丸善出版 2016)がクロード・ペローの建築論から始まっていることや10+1websiteで土居さんが書評を書いていることが重なったので時間をかけてじっくり取り組んでみたい。『近代建築理論全史』の前半に関しては土居さんが厳しい批評を書いているし後半については僕の教え子たちの翻訳が稚拙で辟易し監訳の加藤耕一さんや丸善の編集部の仕事に少々唖然としたが土居さんはどう感じただろうか。アマゾンから『建築史とは何か』(アンドリュー・リーチ:著 横手義洋:訳 中央公論美術出版 2016)が届いたので合わせて読んでみよう。最近の一連の著作を通して近代建築史はポストモダニズム歴史観の批評性から脱して俯瞰的で精細なフェーズに移行しつつあるような気がする。土居さんの著書は近代建築史の初源を捉え直す試みという意味ではその最先鋒ではないかと思う。今日は新年度の始まりの日で全国の会社で入社式が行われている。大成建設の参加者も打ち合わせが終わるなり早々に帰社していった。今朝のニュースで知ったのだがこうした一斉就職や年功序列といった日本的な制度は関東大震災(1923)以降の不景気の時期に始まったらしい。これもエマニュエル・トッドが指摘する日本の直系家族によって支えられた制度だろう。最近では就職時期が分散化し年功序列も廃止されつつあるがそれは核家族化の進行の現れといえるかもしれない。9時半帰宅。『ブロックチェーン革命』を読みながら夜半就寝。


2017年04月02日(日)

7時半起床。晴れで肌寒い一日。木村にメールし「155桃井邸」の撮影状況について確認する。直ちに返事メールが届き早朝の撮影を良好に完了したので網戸と室内の手摺ネットを取り付けて桃井一家の引っ越しを待機中だという。10時出社。青木茂さんからメールが届き大分の自邸を売却して家財を福岡へ引越ししたという。とはいえ本宅と事務所は以前から東京である。久し振りに会って食事をすることとし日時と場所を決める。早稲田大の中谷礼仁さんから『メタル建築史』と『構造・構築・建築---佐々木睦朗の構造のヴィジョン』に関するコメントメールが届く。中谷さんは世界中のアルカイックな住宅を調べて回ったそうだが木や石の住宅はいたるところにあっても鉄の住宅は見当たらなかったという。鉄自体は古代から存在し生活の道具や武器には使われていたが建築に適用されるようになるのは明らかに近代以降である。僕からは桑村仁さんの著書から学んだ「地球は巨大な磁石でありいわば鉄の塊である」という宇宙の中の鉄Feの原子論的な位置づけと産業革命の地理的条件であるスコットランドの地質について論じたエリック・ホブスボームのコメントを返送する。縦ログ構法原稿に構法の標準化に関するコメントを加筆しフリックスタジオに送信。再来週の札幌での講演のスライド作成を開始。合わせて「157佐野邸」の進行状況について山本亜耕さんと丸稲武田建設の武田司さんに報告メールを送る。夜はNHKTVでトランプ政権誕生後の世界経済に関する特集を見る。相変わらず経済論議ばかりだがトランプの経済政策がケインズ流の社会主義的公共投資政策とフリードマン流の新自由主義政策の相対立する経済政策の野合であるという指摘に興味を持つ。前者は一国内の政策であり後者はグローバルな政策だがら本来は両立しないはずだがトランプはそんな議論には頓着していないのである。そんな中でエマニュエル・トッドが英国のEU離脱やアメリカの排他的ナショナリズムの勃興をもたらした「グローバリゼーション疲労」について警告しているのが印象的である。『ブロックチェーン革命』を読み続ける。ブロックチェーン技術の革命性がようやく分かってきたが、適用範囲が広すぎてその可能性をまだ十分に把握できない。


2017年04月01日(土)

7時起床。冷たい小雨が降り続くが午後には曇りに変わる。8時半出社。9時に事務所を出て小雨の中仙川の「155桃井邸」に10時丁度着。外は4月というのに冬のような寒さだが室内は3日前からの床下暖房の蓄熱が効き始めてほんのりと暖かい。何もないガランドウの空間は徹底したコストダウンの結果だが桃井一家のこれからの生活が展開する無地のキャンバスのようで潔くて持ちがいい。すでに桃井一家、TH-1、木村が集まっている。直ちに設備機器類と建築の説明を開始。10時半頃から建物引渡書類の説明。界工作舎からは竣工祝に高窓掃除機を贈呈する。階段前で記念撮影をして11時過ぎにすべて終了し午後のオープンハウスのために桃井さんから鍵を預かる。僕は一旦帰社しメールチェックと原稿スケッチ。入れ替わりに栃内がオープンハウスに向かう。『リプラン』誌編集長の三木圭吾さんから再来週の札幌講演の参考資料として昨年末に東工大の川島範久さんと北海道の建築家との間で交わされた討論会の記録が届く。かなり長い討論だが単純化すると性能と表現の二元論の議論のように読める。僕としては環境性能を単独に論じるのではなくあくまで「建築の4層構造」の視点から総合的に捉えたいので札幌の講演ではその点を明確にするように努めよう。3時に戸田と事務所を出て4時に「155桃井邸」に到着。オープンハウスが進行中で吉村夫妻が来ていたのでしばらく建築の概要について説明。近所の人や若い建築家に混じって「箱の家144」の河野さんも訪れたそうだ。5時に戸締りをして6時に帰社。6時半にスタッフと事務所を出て歩いて外苑前の行きつけのトラットリアへ。7時からオープンハウスの打上と設計契約締結のお祝いの会食。赤ワインと創作イタリア料理をいただきながら設計の反省と建築談義。設計の際には頭の中で自分が生活する状況をシミュレーションしながら図面を描くことの重要性について念を押す。というのも「箱の家」の場合には先例が沢山あるためスタッフはそれを鵜呑みにしコピーで済ませることが多いからだ。9時過ぎ終了。9時半帰社。木村は明日の早朝から撮影に立ち会うことになっている。ウィスキーを呑み直し明日からの作業についてあれこれ考えを巡らしながら11時過ぎにベッドに倒れこむ。


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