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箱の家 PROJECT 青本往来記
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コンパクト箱の家

2017年06月23日(金)

7時前起床。晴れで暑い一日。8時前に出社し、急いで日記を書き込む。8時過ぎに事務所を出て、外苑前から銀座線、新橋で山手線、浜松町でモノレールに乗り継ぎ羽田空港第1ビルに9時過ぎ着。保安検査場を通過し、かなり歩いて15番ゲートから9時45分発の徳島空港行のJAL便に搭乗。機内で石山修武さんと合流し11時に徳島空港着。ロビーで竹原義二、櫻井潔の両氏と合流し、迎えに来てくれた(株)スペックの小林さんの車に同乗。一昨日の豪雨とは打って変わり、徳島は晴れで暑い。南に向かって約1時間半走り吉野川の支流、勝浦川上流の上勝町に12時半過ぎ着。まず、スペック社長の田中達也さんの案内で町の廃品収集展示場を見学。町民全員が廃品を徹底的に分別し再利用するシステムに協力しているとのこと。その後NAPの中村拓志さんの案内で「Kamikatz Public House」を見学。日建連作品賞の現地審査の対象はこの建築だが、廃品展示場を先に見学したのは、この建築のプログラムの背景を知らせるためだろう。(株) スペック所有のビール醸造場と売店を一体化した奥行約5m、長さ約30mの南北に細長い木造平屋の建築である。建物を縦断する屋外通路によって売店と醸造場を分離し、道路から遠望できる北面ファサードを高く上げ、収集した廃品のガラス建具をパッチワークのように組み合わせてファサード面を構成している。内側も同じようなガラス建具のパッチワークによってダブルスキンにしているので、室内から見ると「廃品ステンドグラス」といった感じである。短辺方向は、建物外部に1間ピッチに袖壁を取り付け、室内には壁を出さない構造システムである。在来工法の屋根構造のキレの悪さがやや気になる。冬期はそれほど寒くないので断熱性能はあまり気にしていないようだ。とはいえ廃品建具を生かした徹底したローコスト建築である点は評価できる。売店中央の机を囲んで中村さんの説明を聴きながら3種類の地ビールと豚リブロースをいただく。醸造場を見学した後2時半に現地を発ち、徳島へ戻る。還りの便まで少し時間があるので、櫻井さんが40数年前に京大大学院の増田友也研究室で担当したRC打ち放しの「鳴門市民文化会館」と、竹原さんが十数年前に設計した木造の「松茂町総合体育館」を見学する。17時前に徳島空港に着き。17時半発の羽田空港行に搭乗。往復便とも背広組で満員である。7時前に羽田空港着。表参道で夕食を済ませ8時半帰社。栃内と「アタゴ第2工場」の屋根詳細とワンズホームから届いた「158石邸」のGL設定について打ち合わせ。木村と昨日吉村さんから届いた「159吉村邸」変更案について打ち合わせ吉村さんに返送。9時半帰宅。『建築の条件』を読みながら夜半就寝。


2017年06月22日(木)

7時起床。曇りで昨日に続き風が強く蒸し暑い一日。8時半出社。『建築の条件』の第1部を読み終わったので、暫定的な感想を日記に書き込む。スピード感のある論理展開についていくのは心地よいが、問題の表層を撫でていくような危うさも感じられる。栃内と打ち合わせて修正した「アタゴ工場」の屋根工事の施工図を大成建設に送信。昼過ぎに木村が「128濱本邸」の雪止金物の改修工事の現場監理を終えて帰社したので、現場写真を添えてオーストラリアの濱本さんに報告メールを送る。明日の徳島の日建連作品賞の現地審査について、竹原義二さんや同行するNAPの中村拓志さんらとメールのやり取り。午後は2つの原稿スケッチを続行。少しずつ箇条書きが溜まってきた。このまま書き溜めていこう。夕方、吉村さんから「159吉村邸」の追加変更のメールが届いたので、検討するよう木村に指示。夕食後に打ち合わせ。夜は読書。9時半帰宅。

『建築の条件』は第2部「人間に外在する問題」に進み、第5章「消費性」を読み始めたところで本書のアキレス腱に気づく。第5章ではポストモダンな消費の時代になるとテーマが拡散し、建築作品の平準化とカタログ化が進行する時代状況について論じているが、まさに本書が現代建築思想のカタログになっている。坂牛さんは無意識のうちに自分が掲げたテーマを実行している訳である。


2017年06月21日(水)

7時起床。朝から風雨が強く肌寒い一日。8時半出社。栃内と10時半前に事務所を出て、雨が降り続く中を原宿駅へ。自動券売機で予約しておいた特急券を受け取り品川駅へ。弁当を買って11時15分発の特急ひたち号に乗車。12時半に水戸駅着。鹿島線に乗り換えて1時15分過ぎに大洗駅着。風雨が激しくなる。改札口で石夫妻と待ち合わせ、車で「158石邸」敷地へ。大洗海岸を見渡す高台にあるので風雨が激しい。ワンズホームの吉田社長と大石さんが泥濘の敷地にブルーシートを敷き、簡易テントを建ててくれた。テント下の組立テーブルの上に塩、米、神酒を置き、二拍二礼一拍した後に敷地四隅を浄め、再び二拍二礼一拍で終了。お神酒で乾杯し15分余で略式の地鎮祭を終了。近所の4軒に挨拶回りをするが1軒を除いて留守。風雨がますます激しくなったので、ワンズホームに敷地の高低差の測量と地盤調査の結果報告を依頼してから、石さんの車で大洗町内のファミレスへ。コーヒーを飲みながら、一昨年前に石さんに初めて連絡をもらって今日までの経緯を振り返りながら歓談。最初の電話に対する界工作舎スッフの応対が好印象だったという石さんの思い出話が耳に残る。スタッフには電話の応対の仕方の重要性をしっかり伝えねばならない。「日本の家---1945年以降の建築と暮らし」展のポスターと招待券を贈呈し、3時前に店を出て大洗駅まで送ってもらう。3時半に大洗駅発の電車に乗り、水戸駅で特急ひたちに乗り換えて5時過ぎに上野駅着。天気予報とは異なり東京では雨が上がっている。銀座線で6時前に帰社。6時半にスタッフと事務所を出て千代田線で赤坂へ。寿司屋で打ち上げの食事会。8時半終了。9時過ぎに帰社し明日のスケジュールを確認して9時半帰宅。

『建築の条件』の第1部「人間に内在する問題」の4章分を読み終わる。坂牛卓さんが立てているテーマ・ラインアップの時代潮流に対する目配りの良さと視野の広さには感心させられる。しかし一方で、建築に内在するテーマを建築外の哲学・社会思想に照合させながら問題を検証していくのだが、テーマが多いせいか個々のテーマを論じるスペースが少なく、テーマの掘り下げがいささか浅い点が気になる。このため読んでいて建築思想の簡易辞書版のような印象を受けてしまう。建築を学ぶ学生にとっては、問題群を一通り把握するだけでもいいのかもしれないが、僕には議論の展開が少しばかり物足りない。この点については読み通してからよく考えてみよう。


2017年06月20日(火)

7時起床。今日も晴れで暑い一日。天気予報では明日から本格的な梅雨だという。8時半出社。札幌の山本亜耕さんに「157佐野邸」の計画中止と陳謝の報告メールを送る。色々お世話になったので何らかのお礼をしなければならない。栃内と10時半前に事務所を出て明治神宮前駅から副都心で和光市駅にて東武東上線に乗り換え、終点の寄居駅に12時半着。タクシーでアタゴ工場近くのファミレスで昼食。14時前にアタゴ第1工場へ。永吉工場長に工場係員が加わり大成建設との定例会議。僕が出席する定例ではないが、気になったので出席することにした。平面計画や外構工事の変更について確認の打ち合わせ。平面計画の変更は大きな問題ではない。しかし南面の斜面の勾配がきつ過ぎるので敷地を買い増すことになる。それによって高さの変更も加わるので、かなりの追加工事が発生しそうである。竣工式の日程が確定しているが、それまでに外構工事を終えられるかどうかも不確定である。敷地は荒川のすぐ側にあり、緩やかな斜面に沿っているので地下水が豊富にありそうだが、ここ数年の間に斜面の上を東西に通るバイパス道路沿いに新しいホテルや土木工作物が建設されたせいか、工場内の井戸が枯れてしまった。ガラスの研磨に大量の水を使うので、井戸水の供給は不可欠なのだが、井戸の掘削業者によれば新しく井戸を掘っても水が出るかどうかは保証できないという。おまけに敷地一帯の地下層は岩盤であり深さが予測できないという。井戸の掘削が最大の問題である。僕たちとしては、南側の外構変更図を早急にまとめて大成建設に見積を依頼することになった。2時半終了。その後現場事務所に移動し、金属屋根の納まりについて打ち合わせ。3時過ぎにタクシーで寄居駅へ。6時前に帰社。明日の「158石邸」の地鎮祭について工務店とメールのやり取り。現場の地面は畑なので泥濘対策を依頼する。夜は読書。9時半帰宅。『建築の条件』を読みながら夜半就寝。


2017年06月19日(月)

7時起床。早朝の雨が上がり快晴で暑い一日。8時半出社。10時に愛知県津島市役所から都市計画課長の角田達哉さんと側島清仁さんが来所。7月に開催される駅前通りの再生コンペについての相談である。応募要項のたたき台を見ながら詳細について意見交換。現在の名鉄津島駅が尾張鉄道の駅として開通したのは明治31年、その後昭和14年に策定された都市計画によって駅前広場から津島神社までの東西に走る直線道路が通されたそうだ。現在はシャッター街になっているので何とか活性化させたいというのが今回のコンペの趣旨である。津島市の都市計画図の資料などをもらい、スケジュールや審査員のメンバーを確認。今回のコンペは今年4月に名古屋大を定年退職した清水裕之さんが立ち上げたNPO法人が企画運営するそうだ。今年も7月に開催される「尾張津島天王祭」の案内をもらい、打ち合わせは11時過ぎに終了。天気がいいので散歩がてら表参道から銀行へ。日差しが強いので少し歩いただけで汗ばむ陽気。街ゆく人はほとんど夏の服装である。木村と戸田に「159吉村邸」の南面庇を確保するため道路斜線制限がどこまで緩和できるか天空率計算で確認するように指示する。今週水曜日に地鎮祭を行う予定の「158石邸」について石さんや工務店とメールのやり取り。雨になりそうだがなんとか保ってくれればいいのだが。栃内と「アタゴ第2工場」に設計変更について打ち合わせ。施工図が届かないので明日の現場打ち合わせで決めることにする。夜は読書。9時半帰宅。『建築の条件』を読みながら夜半就寝。


2017年06月18日(日)

8時過ぎ起床。晴れのち小雨。ゆっくり朝食を摂り10時過ぎに出社。『歴史の喩法』を再読し読後感を日記にまとめる。「歴史は歴史的な出来事の物語的な表象である」というホワイトの主張には目から鱗が落ちる。しかし表象メディアとしての〈比喩=フィグーラ〉の形式については、まだ十分に理解できない。ともかく今後は歴史を歴史家の〈語り=ナラティヴ〉として捉える視点を失わないようにしよう。昼過ぎに一旦帰宅し風呂に入って汗を流す。夕方に娘が帰宅。父の日の贈り物として『勉強の哲学---来たるべきバカのために』(千葉雅也:著 文藝春秋 2017)と『中動態の世界---意志と責任の考古学』(國分功一郎:著 医学書院 2017)の2冊の本をもらう。どちらも文科系の若い学者の間で最近話題になっている著作だそうだ。前者は『週刊読書人』の最新号の冒頭に取り挙げられている。〈中動態〉の概念については『歴史の喩法』第6章でモダニズムの文体として詳しく論じられているので、ある程度は知っている。読みたい本が山積しているので、読むかどうか迷っていたが、せっかくの機会なのでじっくりと読んでみることにする。午後は石さんやアタゴの永吉工場長とメールのやりとり。3時過ぎに帰宅し、ベッドの中で読書と仮眠の繰り返し。まずは『建築の条件』から読み始める。


2017年06月17日(土)

7時起床。今日も快晴で暑い。梅雨はどこに行ったのだろう。8時半出社。「箱の家の自然」と「建築の4層構造の根拠」の原稿スケッチ続行。締切はまだ先だが、これまでの経験から、箇条書きを書き溜めていくことが内容を煮詰める最善の方法なのである。坂牛卓さんから『建築の条件---「建築」なきあとの建築』(坂牛卓:著 LIXIL出版 2017)が届く。「建築」とはいわゆる「大文字の建築」ということか。坂牛さんは東工大出身で坂本一成の弟子であり、エイドリアン・フォーティの『言葉と建築』(2005)『メディアとしてのコンクリート』(2015)やジェフリー・スコットの『人間主義の建築: 趣味の歴史をめぐる一考察』(2011)の翻訳者だから、かなりの理論派である。久しぶりに本格的な建築論に触れることができそうで期待が膨らむ。じっくり読み込んでみよう。TH-1社長の朝倉幸子さんから『建築技術』2017年7月号が届く。佐々木睦朗さんへのインタビュー記事が読みやすくコンパクトにまとめられている。昨日で当面の急ぎの仕事は一息ついたので、正午で切り上げ事務所の掃除をした後に解散。一旦帰宅し、しばらく休憩。6時半過ぎに家を出て外苑前のトラットリアへ。7時から、中川純、栃内秋彦、佐藤桂火の三氏と会食。僕の〈古希の会〉を企画運営してくれたことへのお礼である。イタ飯と赤ワインをいただきながら建築談義で盛り上がる。3人ともそれぞれ頑張っているようだ。9時半に店を出て近くの居酒屋で二次会。10時過ぎに解散。10時半に帰宅。焼酎を呑み直し夜半就寝。

『歴史の喩法---ホワイト主要論文集成』(ヘイドン・ホワイト:著 上村忠男:訳 作品社 2017)を読み終わる。これまで僕は〈歴史〉とは、ある特定の視点から現実に生じた出来事をピックアップし、それらを一連の連鎖に繋げたものだと考えていた。その場合の〈現実に生じた出来事〉は〈事実〉であり、その〈連鎖〉は〈特定の視点〉によって選択されたものであることを疑わなかった。しかしホワイトは〈歴史的事実〉もその連鎖である〈歴史〉も言語による〈表象〉であり、フィクションとしての〈物語=ナラティヴ〉であると主張している。そのような立場から、ホワイトは歴史を〈表象〉する手段としての〈比喩〉の形式について詳細に論じているのだが、僕にはなかなか馴染めない。ともかく歴史は表象を通して捉えられる以上、誰もが疑わない客観的な〈出来事〉などあり得ないということである。そう言われてみれば、確かに同じ出来事をまったく異なる物語の中に位置づけ、異なる歴史的意味を与えることが可能であることは、日本、韓国、中国の戦後史を見ただけでも明らかである。第4章「現実を表象するにあたっての物語性の価値」においてホワイトはこう言っている。「歴史的なものとして資格づけるためには、出来事はそれが起きたことにかんして少なくとも二通りの仕方で語られる余地がなくてはならない。同じ出来事の集合(セット)についても少なくとも二通りの語り方を想像できないかぎり、歴史家が現実に起きたことについての真実の記述を与える権威をみずからの身に纏わせる理由はなくなってしまう。歴史的物語(ナラティヴ)の権威とは、現実そのもののもつ権威なのだ。そして歴史記述はこの現実に形式を与えるのであり、現実の展開過程にストーリーのみが所有している形式的一貫性を推し与えることによって、現実を人々にとって望ましいものにするのである」。しかしながら歴史の意味を確定するような客観的な基準は、歴史記述の中には存在しない。にもかかわらず現代においては、歴史学をディシプリン化し歴史記述を飼い慣らそうとする〈政治〉が見られるとホワイトは警告する。第5章「歴史的解釈の政治---ディシプリンと脱崇高化」でホワイトはこう言っている。「歴史における崇高なものを抑圧することによってもたらされた歴史の飼い馴らしは、近代の資本主義社会においても共産主義社会においても、たぶん歴史家たちが社会的責任を果たしていることを誇り高く主張するための唯一の土台なのだろう。」「歴史における崇高なものの理論家たちがそうであると考えていたように、歴史は「それ自体としては」無意味なのかもしれないという可能性---その可能性はどのような研究分野についても、けっして排除されてはならないものである---を排除してしまった歴史研究のディシプリン化の所産に他ならないからである」。歴史の表象それ自体にも歴史がある。歴史学が生まれたのは19世紀だが、20世紀になると19世紀とは異なる表象の形式が生み出された。第6章「歴史のプロット化と歴史的表象における真実の問題」において、ホワイトはホロコーストのような究極的な事件を表象する方法について問うている。それは主観的でも客観的でもない表象の仕方、すなわちロラン・バルトのいう〈自動詞的記述〉やジャック・デリダのいう〈差延〉に近いのではないかとホワイトは指摘する。バルトによれば「自動詞的記述は、書き手、テクスト、書かれている対象、そして最後には読み手のあいだに距離があることを否認する」「書くことはなにか自分から独立に存在するものを写しとる鏡ではなく、ひとつの行為であり、関与なのだ。ことがらを反映させ描写するというよりは、むしろ行為し、つくりだすことなのである」。このような表象の仕方は能動態でも受動態でもない〈中動態〉であり、そこでは主体(主語)は行為の内部に存在するものと想定されている。デリダはこういっている。「差延は単に能動的なものではない(それが主体的に遂行されるものでないのと同様に)。それはむしろ中動態を指示している。それは受動性と能動性の対立に先行しており、当の対立そのものをつくりだすのである」。20世紀のモダニズム文学が追求するリアリズムの特徴はこの〈中動態〉的な表象にある。それは19世紀のリアリズムとはまったく異なる表象の仕方であるとホワイトは結論づけている。第7章「アウエルバッハの文学史---比喩的因果関係とモダニズム的歴史主義」では、アウエルバッハの有名な著作『ミメーシス』はモダニズム歴史主義を西洋文学の歴史に応用したものであり、西洋文学におけるリアリズムがモダニズム文学の〈中動態〉的表象へと到達する歴史であることが明らかにされている。ホワイトによれば「アウエルバッハは、歴史とはまさしく出来事が先に起きた出来事が成就されたものでもあれば、後に起きる出来事をかたどった比喩(フィグーラ)でもあるような存在の様式である、という考えを抱懐している」。同じことはマルクスが『ルイ・ボナパルトのブリュメール十八日』において論じた1848年のフランス革命と1789年のフランス革命の関係についてもいえるという。これはニーチェのいう〈歴史の逆遠近法〉でもあるだろう。この章で興味深いのは、アウエルバッハがモダニズムのリアリズムは19世紀リアリズムに対する反発でも拒否でもなく、むしろ19世紀リアリズムの〈成就〉として捉えている点である。ホワイトはこういっている。「歴史の拒否であるように見えるものは、その19世紀的形態をさらに練り上げようとしたものであって、それがいま20世紀半ばに成就されることになるひとつの比喩(フィグーラ)として登場しているのである。拒絶されているのは歴史ではなく、歴史の19世紀的形態なのだ」。ホワイトのこの指摘はモダニズム・デザイン運動における歴史拒否についてもいえるだろうか。コーリン・ロウ、レイナー・バンハム、マンフレッド・タフーリの近代建築史論には、そのような主張が読み取れるような気がする。〈中動態〉的表象については、最近の若い哲学者が注目しているようだ。それはモダニズム思想の再評価なのだろうか、気になるところである。


2017年06月16日(金)

7時起床。快晴で暑い一日。8時半出社。東京大学出版会から『建築 未来への遺産』(鈴木博之:著 伊藤毅:編集 東京大学出版 2017)が届く。鈴木博之の遺稿集ともいえる論文集である。僕も短文を寄稿した。久しぶりに、じっくりと鈴木の思想に触れてみることにしよう。
https://www.amazon.co.jp/建築-未来への遺産-鈴木博之/dp/4130668579/ref=sr_1_3?ie=UTF8&qid=1497601675&sr=8-3&keywords=鈴木博之
昼前に事務所を出て東京駅12時半発の東北新幹線に乗車。車内で松川淳子さんと合流。日建連作品賞の審査である。宇都宮駅に1時半着。改札口で設計者の小島光晴さんと待ち合わせ、小島さんの車に同乗し約20分で住宅「うちのうち」へ。宇都宮へ着く直前から雹混じりの激しい雷雨が降り始めたが、住宅に着く頃はピーカンの快晴に変わる。奥行2間、間口6間、木造3階建(法的には2階建)の箱型の住宅である。住人は若い夫婦に子ども3人の5人家族。1階は中央に南北に開放された、間口3間、天井高3.6mの暖炉のある共用空間の両側に、浴室+ユーティリティと天井高1.4mの収納。2階に6畳の和室と天井高1.4mの子供室。3階は2間×6間の一室空間のダイニングキッチンになっている。複雑な空間構成をコンパクトな箱にまとめたキレのいいデザインだが、玄関の庇以外は、内外をつなぐ霧避け庇がないので、今日のような急な雷雨の際の雨除や日射制御ができないのが問題である。建ぺい率には余裕があるのでコストの制約かもしれない。しかしコストパフォーマンスを考えれば必須の建築要素ではないか。とはいえ、南面にネットを張り、植物を絡ませようとしているので、日射制御は何とかなるかもしれない。2時半にお暇し宇都宮駅に戻り、3時半発の新幹線に乗る頃には再び激しい雷雨になる。しかし東京はピーカンの天気。5時過ぎに帰社。栃内と「アタゴ第2工場」の設計変更打ち合わせ。工期に関わるので来週火曜日に現場に赴き打ち合わせを行うこととする。TH-1から「159吉村邸」コストダウンの概算見積が届いたので、内容を精査した上で吉村さんに送る。一昨日のロンドンの高層住宅火災のニュース映像で、尋常ではない外壁の燃え上り方を見て、2008年北京オリンピック直前の「中央電視台電視文化センター」の火災を思い出す。外壁とサッシの断熱改修を行ったばかりだというから、外壁に使用した可燃性断熱材が原因であることは明らかである。2008年以降は「箱の家」や「MUJIHOUSE」では不燃性の外断熱材に切り替えたが、未だに法的な対策は取られていないようだ。家早南友である。9時半帰宅。『歴史の喩法』の最終第6章「アウエルバッハの文学史」を読みながら夜半就寝。


2017年06月15日(木)

6時前起床。晴れで暑い一日。急いで朝食を摂り7時前に家を出る。表参道から銀座線で渋谷にて山手線に乗り換え、品川駅に7時20分着。7時37分品川発ののぞみに乗車。今日から日本建築士会連合会連合会作品賞の現地審査が始まる。車内で村松映一、石山修武、櫻井潔の三氏と合流。10時過ぎに新大阪着。タクシーで「豊中市立文化芸術センター」へ。玄関前の広いポーチで竹原義二と岸和郎の二氏と合流。日建設計のスタッフ3人に挨拶。ポーチ前の広場には開かれているが、街路に対しては閉じている点が気になる。館内に入ると型枠ブロック積みの壁構造であることが分かる。今日はピーカンの快晴なのだが、壁が多いせいか壁際のスリット状トップライトから採光しても館内は薄ぼんやりと暗い。このため天井のダウンライトが点灯しっ放しなのがやけに気になる。小ホールや大ホールが機能的にデザインされている点は日建設計らしいが、プログラムに齟齬を感じる。11時半前に審査を終え駅近くのレストランで軽い昼食。近くの曽根駅から阪急電車に乗り梅田駅で下車。タクシーに分乗して中央区大手通の「大塚グループ大阪本社」へ。これも日建設計のデザインで、外周を鉄骨トラス構造に組んだ軽快なオフィスビルである。東西北の建物三面はトラス壁構造だが、南面は通常のフレーム構造でトイレやエレベーターシャフトが付属し、さらにその南側に低層の幼児施設を付設している。このため西側駐車場から見ると4つの建物が並んでいるように見える。ニューヨークにあるノーマン・フォスター設計の「ハーストビル」がアイデア・ソースか設計者に訊いたところ、設計時は全く知らなかったそうだ。確かに鉄骨トラスのデザインは、こちらの方がずっと細かい。2時前に現場を発ちタクシーで松屋町まで行き、地下鉄長堀緑地線で鶴見緑地へ2時半着。歩いて5分で「TSURUMI子どもホスピス」へ。公園内に建つ集成材木造軸組の福祉施設で、大成建設設計部の設計である。スケールの異なる三角屋根の建物5棟を、南面広場を囲むようにランダムに配置し、低層のコモンスペースで連結している。学生の設計課題のような素朴なプラニングだが、日射制御への配慮がない点と、2階の居住空間の天井が高すぎて間延びしている点が気になる。4時すぎに現場を発ちタクシーで門馬駅まで行き、京阪電車で枚方市駅にて下車。駅前の歩道橋で竹中工務店設計部と待ち合わせ、駅前の「枚方T-SITE」へ。TSUTAYA書店が中心となった8階建ての商業施設で、書店だけでなく、テナントに物販店、レストラン、カフェ、銀行が入っている。百貨店に似た施設だが、これまでの百貨店は外周が壁だったのに対し、この施設は全フロアがガラス張りの外部に開放されたデザインである。ただ、建物西面が駅前広場で強烈な西日が差し込んでいるため、熱負荷はかなりの大きさだろう。西日対策は遮光カーテンによって対応しているのが外から見てもよく分かる。館内の至る所に本棚が置かれ、ダミーの本が一種の装飾として並べられているのも目を惹く。6時半に現場を発ち、枚方駅で竹原さんと、丹波駅で岸さんと別れ、京阪電車と近鉄を乗り継いで京都へ。村松、石山、櫻井三氏と8時過ぎ京都駅発の新幹線に乗車。10時過ぎ品川駅着、山手線、銀座線を乗り継ぎ11時過ぎに帰社。疲労困憊で帰宅し、そのまま就寝。


2017年06月14日(水)

7時起床。晴れで涼しい一日。8時半出社。9時過ぎに事務所を出て外苑前の診療所へ。9時半から3ヶ月振りの定期検診。待合室で血圧を測ってみると、家で測ったよりもやや高い。医師に最近の寝不足について相談すると、ホルモン・バランスも要因の一つかもしれないが、それよりも就寝前の飲酒が問題だろうと指摘されて納得。夕飯時の晩酌はいいが、就寝前のウィスキーはやめた方がいいと言われる。7月初めの人間ドックを予約して10時過ぎ終了。青山通りを歩いて表参道の薬局で処方箋の薬を購入し10時半に帰社。吉村さんから昨日送った「159吉村邸」コストダウン案に対する返答が届く。直ちに木村と打ち合わせ減額案を整理するように指示。夕方までに修正見積案を吉村さんに送信し、合わせてTH-1に検討依頼のメールを送る。アタゴの工場長から社長との打ち合わせ結果について電話連絡をもらう。何点か変更があるので、栃内が項目と図面に整理し、工場長と大成建設に送信する。夜までに図面と変更項目をまとめて工場長と大成建設へ送信。合わせて設備コンサルタントにも確認メールを送る。午後、アマゾンから高圧洗浄機が届く。アルミサッシ枠や網戸や床の汚れの清掃のために購入。試しに使ってみるが、予想以上に水の使用量が多い上に、使い方にコツがいることが判明。夜は読書。『歴史の喩法』は第5章「歴史的解釈の政治―ディシプリンと脱崇高化」を終えて第6章「歴史のプロット化と歴史的表象における真実に問題」へ進む。ホワイトの歴史は、つまるところ、表象representationの歴史であり、出来事をどう表象するかという問題をめぐって議論が展開している。


2017年06月13日(火)

7時起床。小雨が降り続く涼しい一日。ようやく梅雨らしい気候になってきた。8時半出社。朝、栃内が一旦出社した後に「アタゴ第2工場」の定例打合せに出かけていく。鉄骨建方が完了した後は、僕は月例の定例会議に出席し、担当の栃内は毎週1回現場監理に行くことになった。木村と「159吉村邸」のコストダウン案について打ち合わせ、結果をまとめて、概算見積を添えて吉村さんに送信。東京国立近代美術館から「日本の家---1945年以降の建築と暮らし」展の案内状とオープニング招待状が届く。開催期間は7月19日(水)から10月29日(日)までとかなり長い。僕は「箱の家」の典型例4戸を出品し、無印良品は「MUJI HOUSE」を出品している。
http://www.momat.go.jp/am/exhibition/the-japanese-house/
7時前に栃内が帰社。現場の進行状況と打ち合わせ結果の報告を受ける。現場の進行とともに生産ラインなどプログラムの変更が生じているようだ。やむをえないとはいえ、コストを抑えるために規模を縮小したことが少々悔やまれる。夜は『歴史の喩法』を読みながら思いついたことがある。歴史を知ることは一種の自己反省であり、歴史的な事実を相対化することもである。別の側面から見ると、歴史化することは、歴史的事実の〈リアリティ〉を疎外し、遠ざけ、解毒し、無害化することでもある。したがって、歴史化は、現在までの歴史的連続性を一旦断ち切ることにもなる。建築家たちのモダニズム批判には、総じてその傾向が強いように思う。しかし重要なのは、歴史的変化に注目しながらも、底流にある歴史的持続性を見据えることではないかと思う。


2017年06月12日(月)

7時起床。晴れのち曇りの涼しい一日。8時半出社。昨日考えたことから様々な連想が続いている。意識と無意識を往還するこの問題の起源は、多木浩二の『生きられた家』にあるような気がする。同じような問題については、かつて『建築家の読書塾』でLatsのメンバーと議論したことがある。さらにバーナード・ルドフスキーの『建築家なしの建築』や、本居宣長の「自然と漢意」の対比などの問題とも関連づけて考えつづけている。僕の思考形態には何か特定のパタンがあるのかも知れない。昨日、放送大学から前期中間試験の回答が届く。番組は5年目に入り、さすがに受講者が減ったので、午前中一杯で採点を終える。放送大学ネットの採点表に結果を書き込み、答案を段ボール箱に詰めて放送大学へ返送。今日までいろいろ紆余曲折があったが、稚内に転勤した佐野夫妻から「147佐野邸」計画中止の正式な通知メールが届く。北海道で最初の「箱の家」を実現するために、札幌の建築家に指導を仰いだり、BIS資格を獲得する講習会や試験のために何度も仙台に赴いたが、すべて水の泡となった。家早南友である。いずれまた設計の機会が訪れることを期待しよう。「126濱本邸」の雪止改良工事について濱本さんから承諾のメールが届く。直ちに山菱工務店の深草氏に連絡し早急な着工を依頼する。夜は読書。9時半帰宅。

『歴史の喩法』は、第2章「文学的製作物としての歴史的テクスト」、第3章「歴史の喩法」、第4章「現実を表象するにあたっての物語性の価値」を読み終えて、第5章「歴史的解釈の政治―ディシプリンと脱崇高化」へ進む。この中では、第2章において主張されている歴史の物語性に関する議論に最も興味を持った。というのも当初僕は、まず歴史的な出来事つまり事実が実在し、それが一つの物語へと紡ぎ上げられるのだと考えていた。要するに、歴史はあくまで実在する事実の連鎖に物語性を与えることだと考えていたのである。それに対してホワイトは、歴史は一種の文学的テクストでありフィクションであると主張し、そこで取り上げられる個々の歴史的事実も、物語性の中に位置付けられたフィクションに他ならないと主張している。確かに、歴史の中には、意味を欠いた無数の出来事が存在しているが、そこから物語性にもとづいて幾つかの出来事がピックアップされ、意味と価値を与えられることによって、初めて歴史的な事実となるという訳である。何だか騙されたような気がするが、厳密に考えれば、歴史的事実を取捨選択し焦点を当てる際には、すでに物語性によるフィルターが働いていることは確かである。ホワイトはこう言っている。「或る所与の歴史的状況がどのように形象化されるかは、或る特殊的なプロット構造を、歴史家がそこに特別な種類の意味を付与したいと思っている出来事の集合とうまくマッチさせる歴史化の手腕にかかっている。これは、本質的に文学的な操作、つまりはフィクションをつくりあげる操作である」。さらに「文学と同様、歴史は古典の生産によって進歩していくのである。それは諸科学の主要な概念図式が反証されたり否定されたりするようには反証されたり否定されたりできない性質のものなのである。そして、それらが反証し得ないものであるということこそが、歴史の古典が本質的に文学的な性質のものであることを証言しているのである。歴史の傑作の中には、何か否定し得ないものが存在している。そして、この否定し得ない要素こそは、その形式なのである。それのフィクションであるところの形式なのだ」。かくして、ホワイトの結論はこうである。「フィクションは想像上のものの表象であり、歴史は実際にあったものの表象であるとする、詩と歴史の区別よりも古いフィクションと歴史の区別は、私たちが実際にあったものを知ることができるのは、それを想像上のものと比較することによってでしかない、ということの認識に場をゆずらなければならない」。


2017年06月11日(日)

8時半起床。昨夜は様々な想念が頭を駆け巡り、遅くまで酒を呑んでしまう。それでも早朝に目が覚めたので、寝不足と二日酔いのダブルパンチ状態である。明け方に、どこかのパーティでヴェネツィアについて話している夢を見る。多分、来月に予定されている祝賀会でスピーチを頼まれたことが気になっているからだろう。内容は、東浩紀の〈観光客の哲学〉をヴェネツィアに当てはめ、研究対象と観光対象としてのヴェネツィアの二つの側面について考えるという話題である。研究対象としてのヴェネツィアは、住民の生活に触れ、歴史的な資料を収集し、ミクロな歴史までを掘り起こす〈深層〉のヴェネツィアであり、観光対象としてのヴェネツィアは、イメージを通して街に触れ、食事やイベントを楽しんでいる〈表層〉のヴェネツィアである。しかし、ヴェネツィアの主要産業が観光である以上、深層と表層は相補的に存在している。むしろ表層が深層を支えているといってもよい。さらにこの相補性は、ワルター・ベンヤミンが提唱した、芸術の二元性を連想させる。熟慮・注視される芸術としての絵画や彫刻と、散漫な意識によって漫然と感受される芸術としての写真や映画である。朦朧とした夢の中で、このアイデアはハンナ・アレントの〈政治家と歴史家〉の対比へと展開していき、さらには、かつてどこかに書いたル・コルビュジエとベンヤミンの対比へと繋がったところで目が醒める。とても興味深い夢なので、日記に書き留めることにした。とはいえ、このような考え方は、いつも最終的に無限後退に陥る。というのも、深層と表層の相補性を捉えようとする意識は、それ自体がすでに深層的な意識に他ならないからである。つまりその意識は、本質的に表層の表層性を捉え損ねる構造を孕んでいるのである。〈観光客の哲学〉にも、同じような構造が潜んでいる。さらには、建築家という職業も、設計者と生活者の二重性の上に成立している点で。同じような構造の上に成立している。この問題は、かつて柄谷行人が抱いた思考の理論的な限界を、エドワード・サイードが提唱する〈世俗性〉に身を委ねることよって乗り越えたことを想起させる。観光も建築も、共に世俗的な存在である。11時前に出社し、上記のような考えをまとめてから、昼過ぎに帰宅し、ベッドの上で読書と仮眠のくりかえし。夜はNHK特集で、熟年夫婦の考え方のすれ違いに関する番組を見る。要因は、進化の中で組み込まれた男と女の脳の構造の相違とホルモン分泌にあるいう説明に、いささか眉唾感を抱く。『歴史の喩法』を読みながら夜半就寝。


2017年06月10日(土)

7時起床。今日も晴れで暑い一日。8時半出社。散歩がてら表参道を歩き、銀行で雑用を済ませた後に10時前に帰社。日に当たりながら歩いていると汗が噴き出す。10時半から木村と「159吉村邸」のコストダウン案を再検討する。コストダウンの可能性がある細かな項目を拾い出し、リストアップして概算見積に反映するように指示。戸田は栃内の指導で「158石邸」の施工図を描き続けている。正午に今日の仕事を打ち切り、事務所内外を掃除して解散。午後一番に風呂に入り汗を流す。その後はベッドの上で読書と仮眠。思い立って新宿武蔵野館で上映中の映画を予約購入。夕食後、19時過ぎに家を出て、明治神宮前駅から副都心線に乗り、新宿三丁目で下車。歩いて5分で新宿武蔵野館へ。土曜日の新宿の盛り場だけあって、館内は若い観客でほぼ満員。20時半から『光と血』(藤井道人:監督 2017)を観る。日常生活の中で起きた3つの事件、強姦、交通事故、通り魔殺人の被害者と加害者、それぞれの心理と生活の変化を描いた群像劇である。テーマははっきりしているので分かりやすいが、被害者と加害者の心理と生活の変化の描写がいささか説明過剰で台詞が多く、冗長な舞台劇を見ているようである。おまけに最後に3つの事件が一つに絡み合うのだが、現代の匿名的な都市社会ではあり得ないような設定で、無理矢理感が拭えない。観客の想像力に期待するのではなく、映像と台詞だけで説明し尽くそうとする監督の演出意図が露骨に伝わってきて、いささか鼻白む。確かに力作ではあるが、昨日観たチベット映画『平原の河』の寡黙な豊かさとは対照的である。映画終了後に監督と俳優の対話イベントが開かれたが、自画自賛的なコメントの応酬にいたたまれず、途中で退席。僕の見るところ、啓蒙的であろうとする意図が裏目に出た作品に思える。建築も同じだろう。土曜日の深夜の表参道では、コンビニの前の歩道に座り込んで酒盛りをする沢山の若者たちが屯している。11時半に帰宅。『歴史の喩法』を読みながら1時過ぎに就寝。


2017年06月09日(金)

7時起床。梅雨の合間の晴れ間でやや暑い。8時半出社。11時にTH-1の渡邊さんが来所。「159吉村邸」の最新の図面を渡し、コストダウンの可能性を検討するように依頼する。これに対し、前回の概算見積を見直したが、大きなVE案は見当たらないという返答。ならば細かなコストダウン変更を積み上げるしかない。来週末には回答をもらうことになった。木村が「155桃井邸」の解体業者に連絡し「159吉村邸」既存建物の資料を送り解体工事の見積を依頼。前回もそうだったが、設計事務所から直接見積を依頼されることはほとんどないので、やや腰が引けている。やはり解体工事は建主から直接依頼する方がいいというアドバイスをもらう。TH-1との打ち合わせと解体業者との話し合いの結果をまとめて、吉村さんに報告メールを送る。大成建設と「アタゴ第2工場」の鋼製建具についてメールのやり取り。第1工場とはやや異なる納まり。永吉工場長へ今週の工事進捗の報告メールを送信。15時に事務所を出て、半蔵門線で神保町にて下車。すぐ側の岩波ホールへ。16時からチベット映画『平原の河』(ソンタルジャ:監督 2015)を観る。今日が最終日だが、会場は5割の入り。観客はほとんど老齢の夫婦と女性である。チベットの遊牧民家族の日常生活を淡々と描いた映画で、イデオロギー臭はほとんどない。若い夫婦と幼い子供の3人の核家族が、山羊の放牧と農業とで生計を立て、テント生活をしながら移動している。移動手段はトラック、放牧は馬ではなくバイクで管理している。生活単位は核家族だが、両親や親戚縁者との関係も依然として強く、世代と地域の共同体の一部に組み込まれている。その点ではエマニュエル・トッドの〈家族システムの起源〉のうち、ユーラシア・モデルの典型といってよい。テント内には祭壇があるから、チベット密教との関係が深いようだ。物語では、夫の父親は僧で、人里離れた洞窟に独居している。雷雨の後に草原に一時的に生じる河が、近代化による家族システムの揺れ動きを象徴しているように思える。6歳の女の子の表情がとても豊かに描かれ、彼女の感情の動きに惹き込まれる。6時前終了。6時半に帰社。夜は原稿スケッチと読書。『歴史の喩法』を読みながら夜半就寝。


2017年06月08日(木)

7時起床。小雨の後、晴れの涼しい一日。8時半出社。TH-1の渡邊さんから返信メールが届き、明朝「159吉村邸」の打ち合わせを持つことになった。コストダウンのために、もう一歩踏み込んで検討しなければならない。木村に既存建物の解体工事の見積を手配するように指示する。「039田中邸」の改修工事について田中さんとメールのやり取り。とりあえずメンテナンス工事だけを先行させることとし、TH-1の御厨さんにスケジュール調整を依頼する。6月21日(水)の大洗行の特急券2人分をネット予約する。今月末の今村創平さんのインタビューに備えて「箱の家の自然」と「4層構造の起源」の原稿スケッチを再開。前者は「箱の家」の環境制御が、周到に組み立てられた物理性能に基づく外界との多面的な相互作用によって成立していることについて説明する。後者は「建築の4層構造」が成立するに至った経緯を詳細に検討してみる。その起源はもちろんウィトルウィウスの『建築論』にあるのだが、決定的なアイデアは池辺陽の〈デザインスゴロク〉である。僕にとって『デザインの鍵』(池辺陽:著 丸善 1979)は、現在でも依然としてバイブルのような著作である。夜は読書。9時半帰宅。『歴史の喩法』を読みながら夜半就寝。


2017年06月07日(水)

7時起床。曇りで涼しい一日。気象庁の発表では、今日、関東も梅雨入りしたとのこと。8時半出社。吉村さんから「159吉村邸」概算見積が届いたので、至急打ち合わせしたいというメールが届く。凄いスピードなので、多分、僕たちの設計仕様を無視した見積だろうが、とりあえず今夜の打ち合わせを約束する。津島市役所から津島駅前コンペに関するメールが届く。審査員が確定したので、応募要項について話し合うため6月下旬に来所することになる。「039田中邸」実家改修工事の公的補助について、木村+戸田から調査結果の報告を受ける。耐震改修は補助対象区域ではないので不可と判明。断熱改修については、いくつか条件があるので、その旨を田中夫妻にメール報告する。濱本さんから、昨日送った変更改修案に対する承諾メールが届いたので、決定案を山菱工務店の深草さんにメール送信する。現在の住人の借家契約は今年8月一杯だが、半年程度の延長を希望しているという。しかし雪止めの改良工事だけは今年中に行いたい。「アタゴ第2工場」の電気引込みについて設備コンサルタントとメールのやりとり、東京電力との事前協議記録が届いたので、大成建設に転送する。石さんから「158石邸」敷地の引渡しが無事完了した旨のメールが届いたので、6月21日(水)の地鎮祭の要領について返事メールを送る。20時に吉村夫妻が来所。知り合いの工務店から届いた概算見積書一式を見せてもらう。かなり詳しい見積書だが、RC造の内断熱構法で、予算を大幅にオーバーしている。おまけに室内に構造壁が突出するので、平面計画的にも大きな変更が生じ、ほとんどリアリティがない。これで吉村夫妻にも僕たちの提案の合理性を納得してもらえたようだ。早速、今後の進め方について話し合い、TH-に早急な打ち合わせ要請のメールを送る。9時半帰宅。『歴史の喩法』を読みながら夜半就寝。


2017年06月06日(火)

7時起床。晴れ時々曇りの過ごしやすい一日。8時半出社。伊藤毅さんから『鈴木博之遺稿集』が6月末に出版されることが確定したというメールが届く。複数部の購入希望があるので12人の住所録を添えて贈呈を依頼する。昨日、吉村さんに現状の「159吉村邸」図面一式を送ったが、それを転送した知り合いの工務店から、RC造の代替案を提案したいという連絡が届いたという。明らかに僕たちからの計画の乗り換えを目論んでいるように思える。その工務店は鉄骨造よりもRC造の方が安いと言っているらしいが、外断熱構法かどうかは確認していないという。僕たちの経験では、RC造外断熱が鉄骨造外断熱よりもよりも安いことはありえないはずである。何れにしても、あまり気分の良くないプロセスだが、僕たちとしては、とりあえずクライアントの判断を待つしかない。オーストラリアの濱本さんから「128濱本邸」改修工事に関するメールが届く。増床部分と開口部の仕様について変更希望があり、直ちに図面化して返信メールを送る。田中さんから「039田中邸」改修工事に関する返答メールが届く。説明不足について補足し、実家改修のコストダウン案を提案するメールを送る。午後2時過ぎに「082谷端邸」の谷端夫人が突然来所。現状の住まいについていくつかの質問を受けたので、図面を見ながらアドバイスする。大成建設から「アタゴ第2工場」の鋼製建具製作図が届いたので、栃内がフィードバック。引き続き、電気引込についての質問メールが届いたので、設備コンサルタントに転送し対応を依頼する。『10+1ウェブ』にリリースされている特集「時間の中の建築、時間が作る建築」の冒頭対談「建築時間論---近代の500年、マテリアルの5億年」(加藤耕一+長谷川豪)を読む。先ごろ加藤さんが出した『時がつくる建築: リノべーションの西洋建築史』(加藤耕一:著東京大学出版会 2017)の紹介から始まり、長谷川さんの最近作の紹介と合わせて、レム・コールハースが『SMLXL』で論じた〈クロノカオス〉や〈proto-typology〉に関する議論が展開されている。proto-typologyは、建築の原型性(普遍性)と作品性(固有性)とを繋ぐ興味深い概念である。加藤さんが紹介しているヨーロッパ建築のリノベーションは知っている例が多いが、どのような論理でまとめているか興味があるのでamazonに注文する。
http://10plus1.jp/monthly/2017/06/issue-01.php

『歴史の喩法』は第1章「歴史という重荷」を読み終わり、第2章「文学的製作物としての歴史的テクスト」へ進む。1960年代後半に書かれた論文だが〈物語としての歴史〉の理論的根拠が詳論されている。〈物語としての歴史〉は、歴史に対して何らかのストーリーを当てはめ、ピックアップした事実をプロットすることによって紡ぎあげられるという論法は、多分にカント的である。『メタル建築史』は〈建築の4層構造〉を近代建築史に当てはめ、代表的な鉄骨建築をピックアップすることによって構築されているから、ホワイトの方法の典型例といってよいだろう。


2017年06月05日(月)

7時起床。晴れ後夕立の涼しい一日。8時半出社。吉村さんに「159吉村邸」の現場図面一式を送信。工務店との対応には界工作舎は関与せず、吉村さんに任せることとする。10時半に栃内と事務所を出て副都心線、東武東上線を乗り継ぎ、寄居駅に12時半着。タクシーでアタゴ工場近くのファミレスへ。昼食を済ませた後に初めて通る坂道を下って第2工場現場を坂の上から眺める。敷地から1段上の土地なので工場の屋根を見下ろすことができる。古い農家が建っているが現在は誰も住んでいない。坂を下って第1工場前の階段で一服。間も無く大成建設の営業や現場監督が集合。14時から月例の現場会議。前回の議事報告、先月の現場工事進捗報告、今回の議題の報告と議論、今月の工程報告と進み、3時過ぎに終了。その後、設備担当者から設備システム図の説明があり、今回新しく加えられる成型部門の機械配置と設備システムとの連結関係について議論。明確な機械配置はまだ未検討のようなので、アタゴ工場の担当者に早急な検討を依頼する。今後は毎週定例会議を持つこととし、金曜日の午後に決定して、4時過ぎ終了。車で鉢形駅まで送ってもらい6時過ぎに明治神宮前駅着。地上に出ると夕立の真最中。18時半帰社。夜は読書。大学の最後あたりに購入したAirMacは容量不足でスライドショーにうまく使えないためMacBookに買い換えたが、現在も健在なので、蓄積したファイルを全て消去した上で、栃内に贈呈する。

『歴史の喩法---ホワイト主要論文集成』(ヘイドン・ホワイト:著 上村忠男:訳 作品社 2017)を読み始める。10年以上前にホワイトの『物語と歴史』(ヘイドン・ホワイト:著 海老根宏+原田大介:訳 《リキエスタの会》 2001)を読み、歴史における〈物語性〉の意義について学んだことがある(2006年05月13日(土)の日記)。要するに、歴史それ自体に物語性は存在しないが、歴史的な〈事実〉は物語的コンテクストの中に置かれて初めて理解できるようになるという主張である。ホワイトには、歴史のあり方そのものについて論じた『メタヒストリー』(1973)という著書もあり、近いうちに翻訳出版されるようだ。『歴史の喩法』は編者が選んだホワイトの論文集である。建築史のあり方について考えながら読んでみよう。


2017年06月04日(日)

8時起床。ゆっくりと朝食を摂り10時半に出社。日記に『近現代建築史論』の感想をまとめる。本書からゼムパーについて様々なことを学んだが、彼の〈建築被覆論〉を現代建築にまで適用しようとする川向さんの試みにはいささか抵抗を感じる。被膜性によって説明できる近現代建築が多いことは確かだが、そのことは被膜性がデザインの主要モチーフになっていることとは別問題である。昼過ぎに事務所を出て山手線、中央線で武蔵小金井駅にて下車。駅前のバスターミナルからバスで小金井公園前まで行き、公園内の「江戸東京たてもの園」へ。まず玄関パビリオンで開催中の「ル・コルビュジエ+前川國男展」を観る。入口近くに置かれている模型を見てびっくり。僕が東京理科大で非常勤をしていた1980年代半ば頃に、建築学科の学生有志による〈アルカディア建築グループ〉を組織し、八束はじめさんに依頼されて、ル・コルビュジエ生誕100年展のために作った集合住宅〈イムーブル・ヴィラ〉の模型が展示されていたからである。展覧会終了後は広島市立美術館に寄贈されたと聞いていたが、30年ぶりに再見し精細に作り込まれた模型に改めて感心する。全体の半分の模型を作り、切断面に反射ガラスを立てて視覚的に完結させているのは、計画案で終わった虚構性の演出である。展覧会を見た後に外に出て〈前川國男邸〉を見学。大学2年生の建築学科に進学した最初の設計課題が、この住宅のパースを描き詳細図をコピーすることだった。僕は吹抜の点景に盆栽の松を描いて助手たちの失笑を買った。モダニストの住宅に〈見越しの松〉はないだろうという訳である。とはいえこの住宅の記憶は鮮明で、吹抜のスケールはほぼ記憶通りだが、構造部材は想像以上に太く民家のような印象である。しばらく時間をかけて内外を見学し、再びバスと電車で4時過ぎに帰宅。歩いて汗が出たので風呂に入り汗を流す。夜は読書。

『再起動する批評』(佐々木敦+東浩紀:編著 朝日新聞出版 2017)を一気に読み通す。先日読んだ東浩紀の『ゲンロン0---観光客の哲学』の続きだが、特に大きな発見はない。とはいえ〈観光客の哲学〉でも論じていた人間関係のあり方を、東は「ゲンロン批評再生塾」にも適用している点に注目する。ウィトゲンシュタインが言語ゲーム論で提唱した〈家族的類似性〉に基づく人間関係である。ゲマインシャフト(共同体)とゲセルシャフト(社会)の中間的な集団で、東はそれを〈コミュニティ〉と呼んでいる。建築界でいうコミュニティは、どちらかといえば共同体に近いので、意味の相違に要注意だが〈家族的類似性〉に基づく批評塾は、もっとクールな集団を目指しているらしい。その点で見ると、建築設計業界は図らずも、東が言うような中間的集団を形成しているような気がする。おそらくそれは建築メデイアが、依然として建築家たちを集合させる社会的な力を持っているからだろう。


2017年06月03日(土)

7時起床。快晴で暑い一日。8時半出社。9時半に事務所を出て山手線に乗り、高田馬場で西武新宿線に乗り換えて新井薬師前駅に10時過ぎ着。改札口で木村と待ち合わせ、歩いて5分で「128濱本邸」に着く。まもなくリロケーションインターナショナルの戸村さんと三菱工務店の深草氏さんが到着。北側の敷地には新しい住宅が工事中である。借家中の住人は仕事で不在のため、戸村さんに玄関を開けてもらい室内へ入る。図面と照合しながら、玄関脇のfixガラスの納まりを調べた後に2階に上がり、吹抜を通して3階床の構造を調べる。ここも図面通りなので、持参した改修図面で工事ができることを確認。30分で調査終了。改修図面を深草さんに渡して見積を依頼し、11時半に帰社。直ちに今日の現場写真と改修図面一式を添付して、オーストラリアの濱本さんに報告メールを送る。TH-1から「039田中邸」のメンテナンス工事と夫人実家の改修工事の見積のチェックバックが届いたので、図面を添えて田中夫妻に送信する。17時に吉村夫妻が来所。TH-1の減額案の見積についての相談。やはり1社だけの見積では納得できないようなので、吉村夫妻の知り合いの業者に相談してみるとのこと。僕たちとしてはTH-1に絞ってさらに相談してみたいと主張したが、予算を大幅にオーバーしているので説得しきれない。僕たちの見通しの甘さもあるが、最近の建設物価の高騰には対処しきれない。家早何友し難い。「アタゴ第2工場」とまったく同じような状況である。来週早々に再度相談することとする。6時に事務所内外の掃除。6時半解散。7時前に家を出て、原宿の行きつけのイタメシ屋で夕食。9時前帰宅。

『近現代建築史論---ゼムパーの被覆/様式からの考察』(川向正人:著 中央公論美術出版 2017)を読み終わる。僕はこれまで、ゼムパーを「建築の4要素」の提唱者として興味を持っていたが、川向さんにとってゼムパーは、むしろ〈建築被覆論〉の提唱者であり、現代の建築にも通ずる建築理論家として捉えられているようである。ともかく本書を読んで、僕にとってのゼムパーの歴史的な位置づけは大きく変わった。ゼムパーは19世紀初めに生まれ、歴史主義の最盛期をパリやロンドンで亡命建築家として生きた建築家である。建築におけるテクトニック概念を提唱したのは、当時のドイツの建築理論家カール・ベッティヒャーだが、ゼムパーはそれを自身の〈様式論〉に引き寄せ〈建築被覆論〉へと展開させた。ゼムパーの〈被覆論〉は一種の装飾論でもあるので、本書は、ほとんど同じ時代を描いた鈴木博之の『建築の世紀末』とは相補的な関係にあるといってよいだろう。僕は絶えず、その点を念頭に置きながら読んだ。しかしながら、19世紀半ばにゼンパーはロンドンにいて、1951年のロンドン万博の展示計画に関わり、建築については否定的な評価をしているにもかかわらず、『建築の世紀末』にはゼムパーに関する言及はまったくない。本書の最終章で川向さんは、19世紀の歴史主義的建築から、オットー・ワグナーやアドルフ・ロースを経て、インターナショナル・スタイルから現代建築に至る歴史を〈被覆論〉の展開の歴史として捉えようとしている。それはそれで一つの歴史観だとは思うが、僕としてはあまり説得力を感じない。というのも、そこで適用されている〈被覆論〉は、定義が曖昧で、適用範囲があまりにも広過ぎるからである。何に対しても適用できる概念は、対象の〈共通性〉を明らかにすることはできても、逆に対象の〈差異〉を説明することはできない。建築のデザインは〈差異〉のデザインだから、それを照らし出さなければ批評にはならないと思う。ともかく他山の石としよう。


2017年06月02日(金)

7時起床。晴れで暑い1日。今日からシャツは半袖に変える。8時半出社。吉村さんから昨日送ったTH-1の概算見積について相談したいというメールが届き、明日の夕方に打ち合わせすることになる。それまでに、より正確な金額を示すため「159吉村邸」の設備工事概算見積の査定をTH-1に送り、明夕までの回答を依頼する。栃内がまとめた「アタゴ第2工場」の今週の現場報告と大成建設から届いた来週月曜日の月例打ち合わせの議題リストを永吉工場長に送る。木村と明日の「128濱本邸」の改修工事について打ち合わせ。竣工図に従って改修図面をまとめ、明日の現場で工務店に渡せるように手配する。3時に事務所を出て、半蔵門線、都営大江戸線を乗り継ぎ大門駅で下車。貿易センタービルの地下街で道に迷ううちに、エレベーターの前で降りてきた安藤忠雄さんに出会う。前田財団の理事会に出席したそうだ。相変わらず元気そうである。立ち話をした後に39階の東京会館へ。4時から前田記念財団の前田工学賞その他の表彰式。前田記念財団理事長、審査委員長の挨拶に引き続き、土木分野と建築分野の前田工学賞と山田一宇の表彰式。来年度の研究助成と国際会議助成の紹介。引き続き、それぞれの賞のスライドプレゼンテーション。土木と建築の審査員が、それぞれ審査したにもかかわらず、今年の論文テーマが川や海に関する研究が多いことに気づく。今年は例年よりも総じてレベルが高く、研究テーマも広範囲に渡っている。建築分野の前田工学賞を獲得したのは、陣内秀信さんの弟子で、陣内さんの長年の研究テーマであるヴェネツィア研究の範囲を、後背地(テッラフェルマ)の河川地域にまで拡大し、なおかつ時代を共和国崩壊後の19世紀以降の近代まで引き延ばした壮大な研究である。土木分野の工学賞を受賞したのは、大阪市大建築学科の都市専攻の研究者による、大阪の橋のデザインの歴史的研究で、土木と建築に跨る興味深い研究である。土木分野の山田一宇賞受賞者が、僕の娘の高校時代の同級生であることを知ってびっくりする。彼女は情報分野の研究者だが、中小河川の洪水モニター・システムの構築をテーマに論文をまとめて土木分野に応募したという。終了後、レストランに移動して懇親会。ワインを呑みながら若い研究者達と歓談。彼らの様々な意見を聞くうちに、老齢の審査員が、年齢を経た経験を背景に、若い研究者たちの仕事を睥睨するように評価するのではなく、そろそろ世代交代を自覚しながら、彼らから学ぶつもりで評価すべき時代になったのかもしれないという感慨を抱く。7時前に中締め。7時半過ぎに事務所に戻る。ゴットフリート・ゼムパーの被覆理論に収斂する『近現代建築史論』読みながら夜半就寝。


2017年06月01日(木)

7時起床。曇りのち晴れ一時雨で相変わらず暑い一日。8時半出社。JIAの機関誌『JIAマガジン』の編集長である今村創平さんから巻頭インタビューの依頼メールが届く。僕は現在はJIAの会員ではないが、大丈夫だろうか。15年以上前に、当時のJIA会長と副会長に勧誘されて入会したが、事業企画委員のような役割を当てられ、行事の企画や運営にかなり苦労させられた経験がある。それに対するJIAの対応が理不尽だったことや、かつてのように建築家がエリートの時代ではないにもかかわらず、担当役員や事務局の全員が、上から目線の態度に終始していることに嫌気がさして退会した。今村さんも重大な仕事を引き受けて大変だろう。とはいえ『メタル建築史』に関するインタビューだというので、引き受けたい旨のメールを返送する。できれば池辺陽、鈴木博之、佐々木睦朗らとの出会いから『メタル建築史』に至る経緯について話してみたい。10時前に事務所を出て山手線と東武東上線を乗り継ぎ、寄居駅に12時着。ホームで栃内と佐々木構造計画の富岡さんと待ち合わせタクシーでアタゴ工場の現場へ12時15分着。12時半過ぎから「アタゴ第2工場」の上棟式。(株)アタゴからは雨宮社長と永吉工場長を初め8人の社員が出席。大成建設の司会で、まず記念写真を撮る。引き続き、鉄骨棟材の浄めとボルト締の儀式の後に、クレーンで所定の位置に取り付けて上棟式は終了。その後は社長や工場長と歓談。雨宮社長は、第2工場の完成後に、敷地より一段高い北側の隣地500坪余に、更に新しい工場を増築する予定だと言われる。第2工場には、組立ラインの充実に加えて、プラスチックケースの成型ラインが新たに加えられるが、更に新製品開発には、別の新しい工場が必要になるのだという。ぜひ引き続き僕たちにやらせてくださいと伝える。アタゴは新社長になって急激に成長しているようだ。タクシーで寄居駅に戻り4時に帰社。日本建築士会連合会連合会から現地審査書類と切符一式が届く。6月半ばから7月上旬にかけて集中的に現地審査を行う予定で、僕は大阪、徳島、長野、福島などを回る。19時前にTH-1から「159吉村邸」の減額変更案の概算見積が届く。残念ながらほぼ予想通りの回答で、当初の予算には届かない。早速、僕たちの概算見積とTH-1の回答との比較表を作成し、コメントを添えて吉村さんに送信する。9時半帰宅。風呂に入った後『近現代建築史論』読みながら夜半就寝。


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