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箱の家 PROJECT 青本往来記
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コンパクト箱の家

2017年03月23日(木)

7時起床。曇りで暖かい一日。花粉症は依然として続く。8時半出社。10時半に吉村夫妻が来所。「159吉村邸」第3案の図面と模型をプレゼンテーションする。いくつか細かな点の追加要求と変更が出る。吉村夫妻は特に建物の足元周りの外構にこだわりがあるようだ。基本設計はこれでほぼ収斂したので作業を迅速に進めるために設計監理契約の締結手続きに進む承認を受ける。打ち合わせは正午に終了。直ちに設計業務委託契約書と重要事項説明書の作成を開始する。2時過ぎに事務所を出て京王線仙川駅から「155桃井邸」現場へ。建物の外装と内装はほぼ完了しているがベランダ、外構、外階段はまだ未工事である。外階段の基礎とアプローチ床の配筋は終了し今日中にコンクリートを打つとのこと。明日の午前中に審査期間の検査を受けるがベランダや外階段の取り付けは間に合わないので写真報告とするというギリギリのスケジュールである。今週土曜日午後の施主検査までに外階段がつけばいいのだが。ともかく最後の詰めをしっかりやるように現場監督と木村に念を押して3時半過ぎに現場を発ち4時半に帰社。水戸の工務店から「158石邸」に関する質問リストが届いたので栃内と打ち合わせ回答をまとめて返送する。「アタゴ第2工場」の現場監督から設計変更提案のリストが届いたので佐々木構造計画とメールで打ち合わせ。吉村さんから敷地測量図が届く。木村と「159吉村邸」第4案について打ち合わせ。今夜中にまとめて明日返送する予定。青木淳さんより『建築文学傑作選』(青木淳:選 講談社文芸文庫 2017)が届く。お礼のメールを送り返礼として『メタル建築史』を送付する。9時半帰宅。

『建築文学傑作選』の青木さんの解説「夢想としての建築文学」から読み始める。選ばれた10編の小説についてコンテンツ(内容)よりも形式(構成)について、あるいは形式が内容にどう関係しているかという視点からの解説が主であり、10編それぞれが建築のタイプに対応しているようだ。読みながら青木さんの視点の多種多様さに舌を巻く。小説やエッセイを相当読み込んでいないとこのような分類はできないだろう。僕は芥川龍之介と立原道造の2編しか読んだことがない。単なる趣味では到底できない芸当である。
https://www.amazon.co.jp/dp/4062903407/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1490313971&sr=8-1&keywords=青木淳


2017年03月22日(水)

7時起床。快晴で暖かい一日。8時半出社。軽金属協会から今年11月に開催されるアルミニウム建築・土木のシンポジウムの冒頭レクチャーを依頼される。アラップの金田充弘さんも参加するらしい。昨年のアルミ建築構造協議会の僕のレクチャーを聴いて依頼したという。シンポジウムまで少し時間があるし『メタル建築史』でもアルミ建築構造協議会建築構造に関する考えをまとめたので引き受けることにする。「155佐野邸」の作業が一時休止になったので担当の木村には「159吉村邸」に集中するように指示。佐々木構造計画から届いた構造見取図に従って構造アクソメ図の修正や詳細図の検討を指示。概算見積の作業にも着手する。前田財団からの研究助成に関する質問に答える。最終審査結果を入選者に伝えたらしいが様々な反応があるようだ。審査員の責任の重大さを改めて痛感する。4時半に法政大の浜田英明さんが来所。タクシーで来た佐々木睦朗さんに同乗して広尾の磯崎新邸前に5時前着。マンション前で会った秘書の染谷李枝さんと一緒に磯崎邸へ。4月下旬から始まる磯崎新展の打ち合わせ。まず日本での当面の展覧会プログラムについての説明の後にロンドン、ポンピドゥー、フィレンツェでの展覧会のスケジュールについても説明を受ける。その後は前回の「ソフトとハード」の展覧会コンセプトに従ってハードの構造デザインをテーマにした展覧会の具体的なプログラムの相談。磯崎さんは展覧会のイメージについて自分の興味を時代背景に結びつけながら説明するので分かりやすいが一方で視野があまりに広いためについていくのが大変である。それでも『メタル建築史』『建築家の読書塾』『構造・構築・建築---佐々木睦朗の構造のヴィジョン』などを読んで僕を展覧会のコーディネーターに選んだ理由がよくわかった。今日は欠席した川口衞さんとの協働作品のヴィデオをいくつか見た後に浜田さんが持参した木村俊彦との協働作品や佐々木さんとの協働作品の資料について磯崎さんに説明。来週末のミーティング日時を決めて19時半に終了。その後タクシーでMISA SHINギャラリーまで行き中国からの留学生が合流して近くのネパール料理屋へ。インドワインとネパール料理をいただきながら建築談義。鈴木博之に関する磯崎さんの興味深い話を聞く。10時過ぎ解散。佐々木さんとタクシーに乗り青山通りで別れ10時半に事務所に戻る。完成した「159吉村邸」の模型を確認した後に帰宅。『家族システムの起源』を読みながら夜半就寝。


2017年03月21日(火)

7時起床。時雨が降り続ける寒い一日。東北大学の大学院生から昨年11月にせんだいメディアテークで開催されたシンポジウム「せんだいメディアテーク---構造デザインの射程」の念校が届く。ほとんど校正はないので一部の修正を依頼して返送。近いうちに「10+1」ウェブサイトに掲載される予定である。先週末に依頼されていた「158石邸」の設計事務所としての概算見積をまとめ捺印した書類のスキャンデータを石さんに送信。「159吉村邸」第3案の模型が明日中には完成する見通しが立ったのでプレゼンテーションの日時について吉村夫妻にメール送信。前田財団事務局から前田工学賞論文の審査結果が届いたので選評のスケッチを始める。ヴェネツィアとその周辺地域の19,20世紀の空間形成史に関するポピュラーでありながらも専門性の高い研究である。「鈴木博之の世紀末」の原稿スケッチも続行。どちらも締切が4月末なので相乗効果を期待しながら並行して進めよう。竣工間近の「155桃井邸」の工事の進捗について現場監督とメールのやり取り。「アタゴ第2工場」の構造施工図について栃内と打ち合わせ。9時半帰宅。『家族システムの起源』の第1章「類型体系を求めて」を読みながら夜半就寝。


2017年03月20日(月)

7時半起床。今日も晴れで暖かいが夕方から曇りに変わる。9時出社。今日は春分の日で事務所は休み。「159吉村邸」の詳細図スケッチ。設備システムをどう組み込むかをスタディする。夕方に札幌の佐野さんからメールが届きご主人が稚内に転勤になったという。そのため新居のプログラムだけでなくローンの条件も変わるので検討結果待ちになりそうだ。家早南友。

神宮前日記に『家族システムの起源』の読書の途中報告をまとめる。核家族が家族システムの起源であるというトッドの主張はさまざまな角度から戦後の家族社会学の見直しを要求している。というのも戦後の家族社会学は家父長制的家族から核家族への転換は近代化・民主化の一環に他ならないと主張してきたからである。この主張の背景には古代から近代に至るまで家族システムは家父長的だったという暗黙の前提が潜んでおり、トッドもその錯誤を指摘している。これまで戦前の家父長制度が戦後に核家族制度へと解体されたことは歴史的な進歩であり核家族制度も歴史的な存在として相対化されてきた。したがって僕自身も「箱の家」は核家族の容器であり歴史的な存在に過ぎないと考えてきたのである。しかし一方で僕は中根千枝やクロード・レヴィ=ストロースなどの文化人類学者の文献を読んでアルカイックな家族は核家族であるという主張に出会い、近代的な核家族と根本的にどこが異なるのかがずっと気になっていた。もちろんアルカイックな核家族と近代的な核家族を同列に捉えることはできないことは十分に承知しているが、トッドが主張する核家族制度と個人主義との結びつきも近代的な現象に過ぎないのか依然として疑問が残るのである。要するにプロトタイプとしての核家族制度なるものが存在するのかどうかということである。山本理顕が指摘するのは核家族は集合化を前提として成立しているということである。山本はその事実を原広司研究室における集落調査を通じて学んだと言っている。『家族システムの起源』の第1章「類型体系を求めて」では家族制度と住居の関係についての記述も出てくるのでよく読み込んでみることにしよう。


2017年03月19日(日)

8時起床。晴れでやや暖かい。今日は一日ゆっくり休むことに決めて10時前に出社し日記を書き込んでから直ちに帰宅し午後はベッドの中で読書と仮眠をくり返す。川口衞さんからインフルエンザに罹ったので今週水曜日の磯崎邸のミーティングは欠席する旨のメールが届いたので佐々木、浜田両氏に転送し当日は界工作舎に集合することを申し合わせる。昼過ぎにゆっくりと風呂に入り1週間の疲れを取る。6時すぎに家を出て地下鉄で築地まで赴き老舗の寿司屋で魚のツマミと冷酒でゆっくりと夕食。9時半過ぎに帰宅。そのままベッドに倒れこむ。

『家族システムの起源』は「日本語版への序文」と序説「人類の分裂から統一へ、もしくは核家族の謎」を終えて第1章「類型体系を求めて」へと進む。序文でトッドは本書の内容をコンパクトにまとめている「本書は、全く通常と異なる、ほとんど逆の、とさえ言えそうな人類の歴史の姿を提示するものである。ユーラシアの周縁部に位置する現在最も先進的である国々とりわけ西欧圏が、家族構造としては最も古代的(アルカイック)なものを持っているということを示しているからである。発展の最終局面におけるヨーロッパ人の成功の一部は、そうした古代的(アルカイック)な家族構造はかえって変化や進歩を促進し助長する体のものであり、彼らヨーロッパ人はそうした家族構造を保持してきたということに由来するのである。このような逆説は日本と中国の関係の中にも見出される。日本は経済的に中国に比べて非常に進んでいるが、家族構造としてはより古代的(アルカイック)なものを持っているのである。本書はそれ自体で存在している。しかし歴史の逆転した姿(ヴィジョン)を描き上げるための土台となるはずのものである。今後は家族システムの歴史のこうした新たな見方を踏まえた人類の社会・政治・宗教史の解釈を書くことが必要となるのだ」。序説では『世界の多様性―家族構造と近代性』以来主張してきた「家族類型は偶然的かつ構造的(不変的)な存在である」という仮説に換えて「家族類型は共通の起源から出発し歴史的に変化してきた」という視点への転換が宣言されている。要するに〈構造〉から〈歴史〉への転換である。「家族類型とは、歴史における実に多くの事象を説明するものであるが、それ自体一つの歴史を持ち、共通の起源を有するのである」。「人類全体に共通の起源的家族形態は、突き止め、かつ定義することができ、かつまた都市化と工業化による居住地からの離脱が起こる直前に観察し得た多様な人類学的類型(家族類型)の出現に至る分化の過程の一般的特徴は復元することができるということである」。かくしてトッドはイングランドの〈絶対核家族〉が家族類型の起源であることにたどり着く。「イングランドには、農業革新、ついで文字は、比較的遅い時期ではあっても到達はしたけれども、父系的概念という第3の革新と、それに結びついた複合的な家族形態は、現実に到達することはなかった。それこそが、イングランドが1700年頃に高度な技術水準と、未開人のものに近い家族形態との組み合わせを出現させた理由である」。産業革命はイングランドの地勢的条件のみならず家族システムに縛られない個人を生み出す初源的な核家族によってもたらされたという訳である。こうしてトッドは本書の意義についてこうまとめている。「最も深い過去の奥底を探ったら我々西洋の現在に再会するというのが、本書の中心的逆説なのである。逆に、かつてはヨーロッパの人類学から古代的(アルカイック)なものと見なされていた形態(不可分の大家族、直系家族)の方が、歴史の中で構築されたものとして立ち現われることになるだろうし、いかなる場合にも原初性の残滓として立ち現われることはないだろう。一夫多妻制や一妻多夫性も、起源において支配的であった一夫一婦制からずっと後の発明物として現れることになろう」。核家族システムを特徴とする人間集団はイングランドだけではなく、東南アジアや地南米にも見出される。それらの特徴をトッドは以下の5点にまとめている。「ゝ源的家族は、夫婦を基本的要素とする核家族のものであった。△海粒鵬搬欧蓮国家と労働によって促された社会的文化が出現するまでは、複数の核家族単位からなる親族の現地バンドに包含されていた。この親族集団は、女を介する絆と男を介する絆を未分化なやり方用いていたという意味で双方的であった。そ性のステータスは高かったが、女性が集団の中で男性と同じ職務を持つわけではない。ツ招浪搬押共同体家族、その他の複合的な家族構造は、これよりのちに出現した。その出現の順序は、今後正確に確定する必要があるだろう」。の主張は女性の交換(母方交差イトコ婚)が婚姻システムの中心にあると主張したクロード・レヴィ=ストロースの『親族の基本構造』に対する根底的な批判である(トッドとレヴィ=ストロースは遠い親戚だそうだ)。第1章「類型体系を求めて」では以上のような視点から家族類型の体系化への模索が行われる。


2017年03月18日(土)

7時起床。快晴で暖かい。花粉症でくしゃみと鼻水が止まらない。昨日書いた「縦ログ構法とは何か」の原稿を読み直し若干手を加えてフリックスタジオに送信する。『リプラン』誌編集部から「箱の家148:本庫」のゲラ原稿が届く。写真はしっかりと撮られているが図面がまったく掲載されていない。「北国の箱の家」というタイトルなのに矩計を掲載しないのは本末転倒なので校正原稿に添えて図面掲載を依頼するメッセージを編集部に返送する。佐々木構造計画から「159吉村邸」の構造システムの見取図が届く。これで第3案の構造システムが固まったので模型製作を急ぎ来週中には吉村夫妻にプレゼンテーションを行う予定。『鈴木博之著作集』の原稿スケッチを開始する。2000年代の原稿を集めた章の冒頭に置かれるので「鈴木博之の世紀末」というタイトルを思いつく。鈴木のデビュー作とも言える『建築の世紀末』(1977)をもじったタイトルである。『メタル建築史』(2015)では『建築の世紀末』を技術面から読み替えた「技術の世紀末」を書いた。僕にとって『建築の世紀末』は歴史に対する視点のトラウマになった本である。事務所内外の掃除はスタッフに任せて3時過ぎに帰宅。磯崎さんの代理とメールをやりとりし来週の打ち合わせ日時を確定。夜はベッドの中でヨーロッパ旅行の旅程を確認しながらBooking com.で訪問先のホテルを検索する。『家族システムの起源』を読みながら夜半就寝。


2017年03月17日(金)

7時起床。晴れでやや肌寒い一日。8時半出社。縦ログ構法に関する原稿「縦ログ構法とは何か」の執筆に集中し夕方までに6枚を書き上げる。「KAMAISHIの箱」や「縦ログ構法の箱の家」については別に説明原稿を書く予定なのでこの「縦ログ構法とは何か」では〈建築の4層構造〉によって縦ログ構法の詳細な分析を行ってみた。明日推敲してフリックスタジオに送る予定。「159吉村邸」について吉村さんとメールをやりとりし第3案をまとめる。基本設計がほぼ固まったので佐々木構造計画へ全体の構造システムの確認メールを送る。「アタゴ第2工場」の平面計画の一部変更を依頼されたので栃内と相談し空調システムの追加について高間さんに相談。井戸の位置も変更になりそうだ。鈴木杜幾子さんから『日本の地霊:ゲニウス・ロキ』(鈴木博之:著 角川ソフィア文庫 角川ソフィア文庫2017)が届く。1999年に一度文庫化された本の再版で隈研吾が解説を書いている。『東京の地霊』(ちくま学芸文庫 2009)と合わせて〈ゲニウス・ロキ〉は鈴木博之の後期の主要テーマのひとつだった。鈴木の保存論の根底にあるのはこのテーマなのである。
https://www.amazon.co.jp/dp/4044001901/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1489799660&sr=8-1&keywords=日本の地霊
鈴木博之の本を見て思わず昨夜のパーティで石堂威さんに聞いた『鈴木博之著作集』の話を思い出す。昨年末に東大歴史研の伊藤毅さんに原稿を頼まれたことをすっかり忘れていた。直ちに伊藤さんに確認のメールを送ると編集は最終段階でまだ大丈夫というメールが来てホッとする。目次に僕の原稿のテーマが位置付けられているので急いで取り組もう。
早稲田大の渡邊大志さんから『東京臨海論---港からみた都市構造史』(渡邊大志:著 東京大学出版会 2017)が届く。渡邊さんの博士論文をまとめたものでなかなかの力作である。
https://www.amazon.co.jp/東京臨海論-港からみた都市構造史-渡邊-大志/dp/4130611348/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1489799761&sr=8-1&keywords=東京臨海論---港からみた都市構造史
9時半帰宅。『家族システムの起源』を読み続ける。昨夜のパーティで山本理顕さんとトッドの家族類型論について意見を交わした。理顕さんは10年以上前に『新ヨーロッパ大全機Ν供戞1992,1993)を読んだという。さすがに先見の明がある。理顕さんはトッドの家族類型論には家族の集合論や関係論が欠落していることを指摘したが最新の『家族システムの起源』ではその点はある程度考慮されている。しかし家族類型の空間的な現れとしての住居論や地域論が欠落しているという指摘では僕と意見が一致する。とはいえ家族類型の空間論までトッドに期待するのは無い物ねだりであり批判になっていない。家族類型と住空間の関係はむしろ建築計画や建築史が追求すべきテーマだろう。重要なのは家族類型が独立変数で下部構造であるという点である。


2017年03月16日(木)

7時起床。昨日とは打って変わって快晴で暖かいが夕方は曇りで肌寒くなる。8時半出社。9時前に事務所を出て京王線の仙川駅から「155桃井邸」の現場へ10時前着。足場が取れて建物の全景が姿を表す。天気がいいのでガルバリウム鋼板波板の外壁が眩しい。道路手摺、アプローチ階段、2階ベランダバの金属工事と足元周りの外構工事は来週後半である。室内は台所設備が運び込まれたばかりで設置工事はこれからである。ほぼ予想通りの仕上がりになったので最後の詰めの工事をしっかり押さえるようにTH-1の御厨監督に頼む。木村にはこれからは頻繁に現場を見るように指示。10時半過ぎに現場を発ち11時半に帰社。『新建築社住宅特集』の西牧厚子編集長にメールでデータを送り来週末に「155桃井邸」を案内することになる。昨夜札幌の佐野さんからコストダウン案に対する質問が届いたので今後の進め方に2通りの選択肢がありうる旨を返送する。縦ログ構法の原稿スケッチの最後の詰めを行う。全体像が見えたので明後日の締切までに一気に書き上げる予定。難波研OBの服部一晃からメールが届き修士論文のテーマだった『妹島和世論:マキシマル・アーキテクチャー』(服部一晃:著 NTT出版 2017)が7年がかりでようやく出版されるので今月下旬に届けるとのこと。これも真壁智治さんの企画である。
 https://www.amazon.co.jp/妹島和世論-マキシマル-アーキテクチャーI-建築-都市レビュー叢書-服部-一晃/dp/4757160704/ref=sr_1_1?ie=UTF8& qid=1489713202&sr=8-1&keywords=服部一晃
5時半にスタッフと一緒に事務所を出て副都心線、東横線を乗り継ぎ代官山駅で下車。歩いて代官山プラザに6時着。『構造・構築・建築---佐々木睦朗の構造のヴィジョン』(LIXIL出版 2017)の出版記念パーティである。3月初めに出た本書の売れ行きは現在でもなかなか好調のようだ。
 https://www.amazon.co.jp/構造-構築-建築-佐々木睦朗の構造ヴィジョン-佐々木睦朗/dp/4864800286/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1489714154&sr=8-1&keywords=佐々木睦朗
一昨年の連続対談に参加した人々に混じって石山修武、山本理顕、青木淳、赤松佳珠子といった建築家の顔も見える。久しぶりに界工作舎OBOGとも会う。会場には約130人が集まる。6時半からパーティ開始。最初は僕が司会進行を担当し磯崎新、川口衞両氏のやや長目のスピーチに続き和田章さんの乾杯の挨拶までで一休止。その後の進行は浜田英明さんに任せて連続対談メンバーのスピーチ。その間は酒とバイキングで懐かしい人達と歓談。合間に磯崎新さんと「磯崎新展」について打ち合わせ。来週に磯崎新邸でミーティングを持つことになる。メディアデザイン研究所やLIXIL出版のメンバーに会ったので出版の労をねぎらう。8時過ぎに佐々木さんが挨拶し佐々木構造計画のこれまでの事務所メンバー全員を紹介。最後に僕が締めの挨拶をして8時半に終了。その後は近くの居酒屋で二次会。播繁、岡部憲明、島田・宮城夫妻と焼酎を呑みながら建築談義。11時過ぎ解散。タクシーで11時半に帰宅。そのままベッドに倒れこむ。


2017年03月15日(水)

7時起床。小雨のち曇りで寒い一日。8時半出社。縦ログ構法の原稿スケッチを続ける。10時過ぎに栃内と事務所を出て原宿駅で予約しておいた水戸行の特急券を受け取り山手線で品川駅へ。構内の売店で弁当を購入し11時15分品川発の特急ときわに乗車。1時前に水戸駅着。臨海鹿島線に乗り換え1時過ぎに大洗駅着。改札口で石さんと待ち合わせ車で「158石邸」敷地へ1時半着。雨は上がっているが北風が強くひどく寒いので約束の2時まで車内で待機する。まもなく見積を依頼する4社が三々五々集まってくる。敷地の販売に関わった不動産屋の紹介による水戸の3社と「箱の家」の建設経験のある鹿沼の1社である。敷地の前に集まり最初に建主の石さんを紹介してから各社に図面一式を配布。敷地の概要、インフラ条件、アクアレイヤーと仕上げの見本を提示し現場説明。質疑はファックスかメールを送るように頼む。強風が収まらないので約30分で終了。早めに終わったので石さんの車で水戸芸術館まで送ってもらい開催中の「藤森照信展」を観る。かなり大掛かりな展覧会でこれまでの藤森照信の仕事が手作りの模型や巨大な写真で紹介されている。とりわけ「たねやとラコリーナ近江八幡」の展示は圧巻である。全体を通しで見て一つ大きな発見があった。藤森建築は一見すると自然素材がふんだんに使われた手作り建築に見える。確かに小さな茶室は構造も仕上も手作りである。しかし住宅以上の規模になると有機的に見えるのは表層の仕上だけで下地の構造体はコンクリート造や鉄骨造の近代的な建築である。言葉は悪いが要するに〈ハリボテ建築〉なのである。言い換えれば藤森建築は構造システムがそのまま建築表現となるという近代建築の論理をハナから無視した建築であり、その点ではフランク・O・ゲーリーさえも超越しているといってよい。つい先日に水戸芸術館の藤森照信展の話になった時、磯崎新さんが「藤森の仕事は建築じゃないよ」と評したのはそういう意味だろう。とはいえこれまでにはない新しい建築世界を拓いた点では圧倒的である。是非とも「ラコリーナ近江八幡」は体験して見たい。最後の「路上観察学」のヴィデオを見たのち3時過ぎに芸術館を出てタクシーで水戸駅へ。4時前発の特急ひたちに乗り5時半に品川着。6時過ぎに帰社。夜は木村と「159吉村邸」の法規条件について打ち合わせ。3階建耐火建築の場合には排煙の条件があり1、2階の住宅部分には吹抜があるので排煙面積のとり方が難しい。さらに階段は木造ではなく鉄骨造にする必要がある。あれこれ検討し対応策を講じる。9時半帰宅。『家族システムの起源』を読みながら夜半就寝。


2017年03月14日(火)

7時起床。小雨で寒い一日。8時半出社。桃井さんとメールで「155桃井邸」の引渡と引越しのスケジュールについて打ち合わせ。引越が1日ずれ込んだそうなので前日にオープンハウスを開催したい旨を伝え快諾してもらう。大急ぎで案内状を作成するように木村に指示し午後にfacebookへ、夜に界工作舎HPにアップする。反応はかなり多いが建築家ばかりに来られてもありがたくない。僕たちにとってオープンハウスは数少ない広告の機会なので一般の人かメディアに来てもらいたいのである。4月上旬に札幌で講演することになったので三木奎吾さんに当日のスケジュールを確認した上で往復航空券を予約する。引き続きそれまでに「157佐野邸」のコストダウン案をまとめて工務店と打ち合わせを行いたい旨の報告メールを佐野夫妻に送る。何とか前向きに進むことを期待しよう。磯崎新さんの代理人から佐々木出版記念パーティでのスピーチの要領について質問メールが届いたので全体のスケジュールとスピーチの手順について返送メールを送る。磯崎新展についても打ち合わせをしたい。フリックスタジオから先週末の締切を過ぎた縦ログ構法原稿の催促メールが届く。来週初めのデッドラインを宣告されたので今週末には原稿を送る旨の返事メールを送る。直ちに原稿スケッチを再開し夜までに何とか見通しを立てる。発火しない原稿はデッドラインによって尻に火が点くと何とか前に進むものである。佐々木構造計画の永井佑季さんから電話が入り「159吉村邸」の構造システムについて打ち合わせ。構造体を外殻にまとめるという基本方針を確認しブレースと窓の位置調整を行うことを約する。何とか当初の方針を変えずに進められそうだ。明日は茨城県大洗の「158石邸」の現場説明だが天気予報では大荒れのようである。石さんにメールし敷地紹介の後に場所を変えて図面を渡すことを提案する。9時半帰宅。『家族システムの起源』を読みながら夜半就寝。


2017年03月13日(月)

7時起床。曇りで寒い一日。8時半出社。花粉症で鼻水とクシャミが止まらないが熱はないのでそれほど辛くはない。先週末にあれこれ相談した結果、今年の海外旅行は9月後半にシチリアに行くことに決める。当初はニューヨークを再訪しシカゴやボストンを回る旅程を考えていたがトランプ大統領になって急に行く気が失せたので急遽シチリア行に変更したのである。とりあえずパリ往復の航空券を確保した上で旅程について詳細に検討しシチリアとマルタ島に1週間、パリに5日間滞在することとしパリ滞在中に僕1人がベルリンを往復することにする。いつもながら強行スケジュールとはいえシチリアではゆっくりできそうである。移動手段とホテルの選択はいつも通り妻に任せる。札幌の住宅雑誌『リプラン』編集長の三木奎吾さんから札幌の工務店グループに対する講演を依頼される。ちょうど秋田の「箱の家148---本庫」の取材を受けたばかりだし、江別の「箱の家157」を設計中でもあるのでいい機会だと考えたのだろう。僕としてもコストダウン案で難航している「箱の家157」の突破口を探る機会になるかもしれないので引き受けることとする。締切原稿に取り組むがなかなか発火しない。デッドラインを決めないと動きそうにない。午後「159吉村邸」の前面道路の幅員調査のために木村とアルバイトが目黒区役所に赴く。佐々木構造計画に電話し構造システムの再検討について依頼。桃井さんと「155桃井邸」の引渡と引越のスケジュールについてメールのやり取り。ギリギリのスケジュールでオープンハウスができそうな気配である。9時半帰宅。『家族システムの起源』を読みながら夜半就寝。


2017年03月12日(日)

8時起床。晴れでやや暖かい一日。9時過ぎ出社。直ちに事務所を出て表参道から銀座線で上野駅に10時前着。地上に出ると上野駅周辺は人でごった返している。10時に国立西洋美術館着。地下1階の会議室で10時から開催されるmASEANa(modern ASEAN architecture)project「アセアンと日本の近現代建築遺産」の第3回に出席。何人か顔見知りの建築史家に出会う。村松伸の挨拶から始まりブラジル大使によるnon-central countryすなわちブラジルと日本によるヨーロッパ発の近代建築の受容の仕方に関する講義に続き藤森照信による丹下健三のル・コルビュジエ受容に関する講義。オスカー・ニーマイヤー、エーロ・サーリネン、丹下健三らによる20世紀後半における構造表現主義の探求。現地の若い建築家によるヴェトナムのレ・ヴァン・ラン(1938-1998)とインドネシアのフリードリヒ・シラバン(1912-1984)に続き岩元真明によるカンボジアのヴァン・モリヴァンの紹介。最後の松隈洋によるル・コルビュジエの弟子、前川國男、坂倉準三、吉阪隆正の紹介は『ル・コルビュジエコルビュジエを遠く離れて』と同じ内容である。東南アジアの近代建築受容に関する研究はかなり進んでいるようだが日本政府に後押しされた経済進出が背景にあることはまちがいないだろう。中国と韓国のみならず香港やシンガポールが含まれていない点にどことなく政治性を感じるのは考え過ぎだろうか。午前中の部は1時終了。難波研OBの岩元真明に会場に来ていた佐藤桂火と川島範久を加えて上野駅近くの食堂で会食。2時前に店を出て会場に戻る皆と別れて3時前に帰社。ゆっくりと熱い風呂に入って疲れを抜いた後に締切を過ぎた原稿を少々。夜は読書。

『世界の多様性―家族構造と近代性』を読み終わる。「世界の幼少期」では国の政治的近代化が若年層の識字率に大きく依存しており20-25歳の識字率が70%に達した時点で必ず革命や市民戦争などの政情不安が生じること、その際のイデオロギーは家族構造の類型によって決まることが明らかにされている。トッドによれば「イデオロギーは、家族生活を構造づけている価値体系にそって無意識的に構築されていて、それらの価値体系の分節化された表現を提供しているに過ぎない。家族構造の三つの要素が、イデオロギーの内容についてのこの人類学的な分析で浮上してくる。両親と子供たちの関係、兄弟間の関係、そして近親相姦の禁止の強度の三つである」。人口動態上の近代化では識字率と平均寿命、結婚年齢の上昇と出生率の間には強い相関関係があることが明らかにされる。経済的近代化は以上のような近代化プロセスの副産物に過ぎない。計画経済がことごとく失敗したのはそれが家族構造を無視して為されたからである。結論でトッドはこう書いている。「文化現象の優位性を明らかにし、ある種の経済政策の幻想性、もしくは有害性を明示したとしても、それは決して地球の未来に悲観的な姿勢をとることを意味しない。反対である。リズムの相違はあるとはいえ、識字率の上昇は普遍的な現象なのである」。「世界の幼少期」とは、文字が発明されて識字化が浸透していく段階であり、識字率が100%に達することが人類の幼年期の終わりを意味するのである。引き続きトッドの最新作『家族システムの起源汽罅璽薀轡 上』(エマニュエル・トッド:著 石崎晴己:監訳 藤原書店 2016)を読み始める。トッドによれば家族類型が人間の社会・政治・経済を決定づける最も強固な独立変数であり下部構造である。と同時に家族類型は地形や風土といった地理的な条件とは無関係に分布していることをトッドは明らかにしている。とすれば家族類型は家族の容器である住宅空間とも無関係なのだろうか。少なくとも家族類型と住宅の空間類型が一義的に対応していないことは明らかだろう(機能主義の錯誤)。家族類型を独立変数としてその地域の気候や地形などの地理的条件に対してその家族類型にふさわしい空間が考案されると考えるべきだろう。とすれば住空間はやはり従属変数なのだろうか。トッドの著作を読む限りその点はまったく議論されていない。


2017年03月11日(土)

7時起床。晴れで肌寒い一日。昨夜はぐっすりと寝たので体調は回復する。8時半出社。「157佐野邸」のコストダウン案について木村と打ち合わせ。さらにもう一歩踏み込んだ案を作成するように指示。山本亜耕さんからようやく電話が入り建設会社の概算見積について内容に関するコメントをもらう。スケジュールと概算見積の解釈の仕方について若干の考え方の相違があったようだ。いずれにせよ今日中にコストダウン案とその概算見積をまとめるつもりなので建設会社からの概算見積に関するコメントを佐野夫妻にメールしてほしい旨を伝える。山本さんのコメントメールが佐野夫妻に届いたことを確認した後に、やや長目のコメントを添えて木村がまとめたコストダウン案の説明とその概算見積を佐野夫妻に送信する。かなり思い切ったコストダウン案なので佐野夫妻は驚くかもしれない。しかしこれはクライアントの希望条件と「箱の家」のコストを摺り合わせるためにどうしても越えなければならないハードルである。今日は3.11だが6年前の3.11以降に建設物価が急騰しそれ以前の工事単価が通用しなくなったために最近の「箱の家」では僕たちは同じような作業をくり返してきた。今回は概算見積の段階でその作業が始まってしまった訳である。佐野夫妻には何とか現実をじっくりと見据えて前向きの判断をしてもらいたいものである。来週の「158石邸」の現場説明のための図面一式について栃内と確認の打ち合わせ。この「箱の家」にも同じように越えなければならないハードルがあるかもしれない。アルバイトの戸田がまとめた「159吉村邸」第2案の図面一式をチェックバック。吉村さんから住宅ローンや防火戸に関するコメントメールが届いたのでそれに対する回答を添えて第2案の図面を送る。合わせて第2案の変更点に関する説明を添えて佐々木構造計画に図面を送り構造システムの再検討を依頼する。5時過ぎ帰宅。夜は久しぶりに銀座に出かけて夕食。9時前帰宅。

『世界の多様性―家族構造と近代性』は「世界の幼少期---家族構造と成長」の最終章に差し掛かる。社会の近代化は識字化や結婚年齢の上昇という近代化から始まり経済的近代化は最後に訪れるというこれまでの経済優先とは正反対の考え方が紹介されている。


2017年03月10日(金)

7時半起床。晴れで寒い一日。昨夜は嘔吐と下痢で何度も目が醒めたのでひどい寝不足である。9時前に出社。アルバイトがまとめた「159吉村邸」の平面図をチェックバックした後に事務所を出て散歩がてら銀行まで出かける。銀行のベンチでしばらく休むが気分が良くないのでそのまま帰社。佐々木さんの会のスピーチに関して何人かとメールのやり取り。今夜のCAt学会賞祝賀会を欠席する旨の陳謝のメールを赤松佳珠子さんに送る。昼食時に帰宅してしばらくベッドで休む。締切原稿が間近なので午後に一旦出社するが集中できないので諦めて漫然と読書。「157佐野邸」の概算見積に関して札幌の山本亜耕さんとメールのやり取り。山本さんが紹介してくれた工務店で概算見積を取ったのだが、その結果について北海道の建設事情に基づいてコメントが欲しい旨を伝える。明日までにはコストダウン案をまとめる予定だが参考意見も何ももらえない状態では突っ込んだ案がまとめられないからである。夕ご飯はスタッフと一緒に摂り9時に帰宅。TVでWBCの中国戦の勝利を見届けてから早めに就寝。


2017年03月09日(木)

7時起床。快晴で寒い一日。8時半出社。9時過ぎに事務所を出て外苑前の診療所へ3ヶ月の定期検診。先頃風邪で診察を受けたが今日は待合室で血圧を測り医師に報告。特に大きな問題はなく3ヶ月分の降圧剤と尿酸降下剤を処方してもらい10時終了。表参道の薬局で薬を購入し10時半帰社。佐々木退職記念本の出版記念パーティでスピーチを依頼する人たちへメールを送信。散発的に返事が届くので佐々木事務所へ転送。吉村夫妻から「159吉村邸」のチェックバック図面とコメントが届く。今日の打ち合わせが可能だというので15時に吉村夫妻が来所。変更図に基づいて「159吉村邸」の打ち合わせ。住宅部分が大きく変更されているので構造の再検討が必要かもしれない。夫人の写真スタジオについては細かな希望があるので最新の注意が必要である。合間に吉村夫人の親元と僕の故郷が同じであること指摘されてビックリ。不思議な縁である。今日の打ち合わせに基づいて第2案をまとめることを約し4時過ぎに終了。早速スタッフに第2案をまとめるように指示。木村と「157佐野邸」のコストダウン案について検討。思い切った案を策定し概算を見積った上で今週中には佐野夫妻に提案しよう。夕食にマグロのぶつ切りと野菜を和えたご飯を美味しく食べたが9時過ぎから腹痛を催し帰宅してしばらくしてから嘔吐が始まったので完全に魚に当たったことが判明。夜中にはさらに下痢が始まりまんじりともせず夜が明ける。


2017年03月08日(水)

7時起床。晴れのち曇りで底冷えの一日。8時半出社。9時に事務所を出て京王線仙川駅の「155桃井邸」の現場に10時前着。外装工事はほぼ完了しているので今週末に外周足場と仮囲いは解体するそうだ。木村と御厨さんとで建主検査、竣工検査、竣工写真の撮影など今後のスケジュールについて打ち合わせ。11時前に現場を発ち正午前に帰社。予定の2時より約1時間早く1時過ぎに石さんが到着。今日の来所はご主人だけで「158石邸」の実施設計の最後の打ち合わせ。ほとんど追加と変更はなく現設計で見積を依頼することとする。とはいえ見積金額のオーバーの可能性が高いのでコストダウンの方法について若干の打ち合わせ。仕様変更では対応しきれない場合は面積の縮小もありうるかもしれない点を確認する。来週の大洗着の時刻を確認して3時前終了。6時に佐々木睦朗さんと永井佑季さんが来所。来週木曜日の佐々木退職記念本の出版記念パーティについての打ち合わせ。現時点での出欠表を見ながらスピーチを依頼するメンバーについて意見交換。基本的には法政大での連続対談の参加メンバーに依頼することとしプラス数人の新規メンバーを候補に挙げる。7時終了。事務所のスタッフを加えて近くのトンカツ屋で夕食を摂り8時半解散。その後スピーチメンバーを整理。9時半帰宅。『構造・構築・建築---佐々木睦朗の構造ヴィジョン』を読みながら夜半就寝。


2017年03月07日(火)

7時起床。晴れなのに冬に戻ったような寒さ。体調はかなり回復したが鼻水は止まらない。8時半出社。「157佐野邸」の概算見積を最新の「155桃井邸」の工事契約見積と比較しどの工事が大きく異なるのかを検証してみる。木工事と家具工事が予想よりも大幅にオーバーしているのは一式の見積なので明らかに安全を見たためだろう。外構工事が大きいのは敷地に広さによるのでやむを得ないかもしれない。工事費に対する諸経費の比率が東京の工務店の倍近いのは大いに疑問である。それに比べると設備工事が予想とほぼ同じなのは意外である。当初の概算見積を加えた比較表を作成し見積オーバーの要因についてコメントし今後のコストダウンの進め方をまとめたメールを佐野夫妻に送る。今週中には思い切ったコストダウン案をまとめることとする。最終的には規模の縮小が必要かもしれない。縦ログ構法の原稿を続行。箇条書スケッチを加えながら頭を整理するがなかなか先へ進まない。4時に事務所を出て千代田線、南北線を乗り継ぎ市ヶ谷駅で下車。歩いて10分で前田建設へ。5時から前田記念財団の論文顕彰と研究助成の最終審査会。建築部門と土木部門に分かれて審査。博士論文についてはヴェネツィアの19世紀地域史をまとめた論文が突出しており満場一致で前田工学賞に決定する。顕彰文は僕がまとめることになった。山田一宇賞については委員の意見が割れ、僕が推した木造仮設住宅に関する研究は残念ながら他の4人の委員の評価を得られない。最終的には高密度コンクリートの時間的変化に関する研究と東北の津波史に関する事例研究の2点に評価が収斂する。その後は研究助成の選定。11点までは投票数によって自動的に決まったが次点の中から僕が推薦するオーラルヒストリー研究を加えて12点が確定。国際会議については2点を選択してすべての審査が終了。7時前から会食。日本酒を呑みながら歓談。最近は工学系の論文よりも歴史・計画系の論文が徐々に増えている傾向を前田財団としてどう受け止めるかと問いかけてみると「建築学科にある講座なら問題ありません」との回答。ここにも海外とは異なる日本の大学の建築学科の特異性がある。8時過ぎに解散しタクシーで8時半に帰社。メールチェックした後帰宅しそのままベッドに倒れこむ。


2017年03月06日(月)

7時起床。曇りのち小雨でやや肌寒い一日。咳はほとんど出なくなったがまだ鼻水が止まらず万全ではない。目もショボショボするので花粉症だろうが処方してもらった抗生物質は効かないのだろうか。8時過ぎ出社。直ちに事務所を出て青山歯科医院へ。着いたところでiPhoneへの予約書込が1ヶ月前の間違いであることが判明。家早南友。おかげで予想外の散歩になったので良しとしよう。札幌の建設会社から「157佐野邸」の概算見積が届く。2月初めに札幌に行ってから3週間以上が経過したので先週末に山本亜耕さんに確認したら1ヶ月ぶりにようやく反応があった。それにしても概算で1ヶ月とはいかがなものか。しかも中身は大幅な予算オーバー。これから詳細を査定するがざっと目を通したところでは大幅に安全を上乗せした見積で期待外れである。経費が18%とは東京では考えられない見積内容。概算で安全を見るのは普通の見積法だが山本亜耕さんに紹介された建設会社なのでそうでないことを期待したが無駄足だった。やはり東京から北海道に入るには高いハードルがあるのかもしれない。残念な結果ではあるがそのまま佐野夫妻に報告し山本さんには北海道単価の確認を依頼する。少し時間がかかりそうだがVEを含めてじっくり進めるしかないだろう。夕方「アタゴ第2工場」の現場から戻った栃内に現場監理の報告を受ける。試験杭打は問題なく進んだので引き続き杭工事を進める。その他若干の設計変更の報告。来月の現場定例会議には出席することにしよう。木村と「155桃井邸」の現場打ち合わせ。工事は最後の詰めの段階で細部に要注意である。体調のせいで放置していた「縦ログ構法本」の原稿が締切間近なのでスケッチを再開。しかしなかなか発火しないので夕方まで悶々とする。9時半帰宅。久しぶりに『世界の多様性―家族構造と近代性』の再読を始める。


2017年03月05日(日)

8時起床。晴れでやや暖かい一日。ゆっくりと朝食を摂り10時前出社。急いで日記をまとめてHPに書き込み11時前に事務所を出る。表参道から千代田線に乗り北千住で東武線特急電車に乗り換えて太田駅に13時前着。太田駅に着く直前に車窓の右奥に小さな丘のような「太田市美術館・図書館」が見える。建物は駅を出てすぐ左側正面にあり日曜日で1階のカフェは多くの人で賑わっている。外壁は曲面プランだが内側にはいくつかの箱があるようだ。設計者の平田晃久さんが〈からまりしろ〉と呼ぶ厚みを持った境界が外周を包み込みアクティビティを呼び込んでいることがよくわかる。要するに〈からまりしろ〉とはアクティビティの境界ゾーンなのである。1階の企画展示室で開催中の「平田晃久展」を見てこれまでの彼の建築コンセプトの展開を把握する。会場を出たところで平田さんに出会ったので竣工祝いに『メタル建築史』を贈呈し〈からまりしろ〉の感想を述べる。すでに師匠の伊東豊雄さんも訪問してくれたそうだ。1時半から3階の視聴覚ホールで建物の説明会。何人か知り合いの若い建築家に会う。その後約1時間弱で館内外の見学。RC造2-3の階建ての矩形プランの箱5個をランダムに並べ間にアクティビティ空間を残しながら鉄骨造の曲線プランの床によって包み込んだ構造である。鉄骨部分はデッキプレートの最大スパン3mで構成されている点が隠されたルールである。北西から南東に向けてRC造の箱を階段状に並べ屋上を斜面状に緑化することによって小さな丘のような景観を作り出している。構造・設備設計はARUPで他にもランドスケープ、照明、サイン、テキスタイル、ワークショップに多くのコンサルタントが参加している。平面計画と床レベルの変化はかなり複雑ではあるが、延床面積3,000嵳召任修譴曚病腟模ではないので平田さんのコントロールが細部にまで行き届いている清々しい建築である。3時半前に見学会終了。平田さんにお礼の挨拶を述べた後に大急ぎで2時半過ぎ太田駅発の東武線特急に飛び乗り4時半に帰宅。まだ体調は万全でないのでしばらくベッドで休息。夜は東日本大震災の津波の〈引き波〉のメカニズムに関する特集を観る。女川市は典型的なリアス式海岸で18m超の津波に襲われ引き波も最も激しかったために800人余の死者のうち約1/3が行方不明だという。家早南友と天を仰ぐ。11時過ぎに就寝。


2017年03月04日(土)

7時起床。晴れだが今日もまた寒い一日。8時半出社。昨日の疲れで午前中はぼんやりとして過ごす。昨日の審査会の経緯を日記にまとめようと書き込むが整理できず何度も書き直す破目になる。風邪のせいで自分の思考過程が十分にフォローできないからである。審査経過を思い出すに連れて本来の体調だったら間違いなくコメントしたであろうことを思い出し反省すること頻りである。それにしても各審査委員の価値観は多種多様でさまざまな評価軸があることを改めて確認した会である。特に今回は世代による価値観の相違というか美学の多様性を痛感したが、それでも大きな趨勢はまとまるものであることも再確認した。唯一悔やまれるのは最後の審査委員長のコメントで応募してくれた学生たちへの感謝と、審査という行為は審査員の鑑識眼が逆に試されることでもあることを言いそびれた点である。体調が良ければ思い出していたはずだが審査終了時には風邪の熱ではほとんど思考停止状態だった。メディアデザイン研究所研究所から再び『構造・構築・建築---佐々木睦朗の構造ヴィジョン』(佐々木睦朗他:著 LIXIL出版 2017)が届く。そういえば昨日が正式な発売日である。
https://www.amazon.co.jp/構造-構築-建築-佐々木睦朗の構造ヴィジョン-佐々木睦朗/dp/4864800286/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1487920503&sr=8-1&keywords=佐々木睦朗
対談への参加者や協力者全員に送られたことだろう。3月16日(木)には昨日の審査会と同じ代官山プラザで出版記念パーティが開催される。3時過ぎ事務所内外の掃除。僕はそのまま帰宅ししばらく休息。6時過ぎに娘が帰宅したので妻と3人で出かける。歩いて明治通りを渡った東郷神社裏のフレンチレストランで娘の誕生会。週末で店内は満員。9時に店を出て帰宅。風邪の治りかけに赤ワインをたっぷりと呑んだのでそのままベッドに倒れこむ。


2017年03月03日(金)

7時起床。快晴で比較的暖かい一日。8時半出社。咳と鼻水はかなり収まってきたが完全ではない。9時過ぎに事務所を出て明治神宮前駅から副都心線、東横線で代官山駅へ。「トウキョウ建築コレクション2017---全国修士設計展」の審査会場である〈ヒルサイドプラザ〉に10時前着。まもなくヨコミゾマコト、太田佳代子、倉方俊輔、長坂常、中村拓志の審査員が到着。事務局から今日一日の審査スケジュールについて説明を受けた後に10時半から一次審査を通過した10人のメンバーのプレゼンテーション開始。間に短い休憩を挟んで5人ずつがプレゼテーションし12時過ぎに終了。一次審査で僕が選んだ応募作品は3点しか残っていないが(1点が出展を辞退したため)A3版ファイルでの一次審査から評価が反転し3点とも番外となる。逆に一次審査で外した応募作品を見直すことになったので10点以外にも優れた作品があったのかもしれないという一抹の不安が残る。本格的な審査を行うには「卒計日本一決定戦」のように作品を一堂に集めて審査するしかないだろう。自選の7点が一次審査に残ったと言う審査委員もいて僕自身の評価眼は大いにグラつくが、一方でプレゼンテーションを見ても評価する気になれない作品が半分以上もある。この時点で納得できる作品は2点に絞られる。僕が考える修士設計の評価軸は第1にボトムアップなアプローチである点と第2に扱っている変数の多さで、後者が卒業設計との決定的な相違点である。昼食を挟んで午後1時から代官山フォーラムの作品展示を見ながら約2時間をかけて応募者たちと質疑応答。この段階で僕が確認しようとしたのは模型プレゼテーションと質問に対する応募者の理論武装力でありほぼ評価は固まる。3時に代官山プラザに戻り各審査委員が3点を選んで投票。僕の推す2点は確定したが残り1点には迷いが残る。3時半過ぎから最終審査開始。審査委員の投票結果が画面に表示され、それを見ながら各委員が講評を展開。全員が投票した作品が1点ありこの時点でグランプリはほぼ確定する。それにしても僕の触手に引っかからない作品を絶賛する審査員がいる点には少々驚く。というのも評価する理由は明確なのだが僕の視点からするとその評価尺度がやや稚拙で大学院生レベルの知性を感じられないからだ。これは世代の相違なのか感性の相違なのか、おそらく両方だろう。講評と応募者との意見交換は5時過ぎに終わり別室に審査員が集まりグランプリと個人賞を決定する。僕は結局最初のプレゼテーションから目をつけていた2人から変わらず東理大岩岡研と早稲田大古谷研の院生で確定。5時半から表彰式。6時に閉会し6時半から懇親会。応募した学生たちとしばらく歓談。7時半に退席しタクシーで8時過ぎに事務所に戻る。疲れが噴出したので9時前に帰宅し簡単な夕食を済ませた後に風邪薬を服んでそのままベッドに倒れこむ。あれこれ考えさせられる長い一日だった。


2017年03月02日(木)

7時半起床。小雨で寒い一日。8時半出社。相変わらず咳と鼻水が止まらないので薬を飲み続けるが症状は一向に改善されない。午前中は今夜のY邸のプレゼンテーションに向けて縮小案をまとめるように指示。昼食後に薬を服んでしばらくの間仮眠。症状が少し回復したので4時過ぎに出社。夕食は食欲を奮い立たせてステーキを食べ体力をつける。トウキョウ建築コレクションの事務局から最終候補10案のデータが届く。ダウンロードして一通り目を通すがドングリの背比べである。これは明日の成り行きで決めるしかないだろう。8時にY夫妻が来所。模型と図面で第1案のプレゼンテーション。Y夫妻の反応は淡々としている。予算オーバーの可能性に対しても驚いた様子はない。建築家と2度目の付き合いのせいだろうか。何点か新しい要求が出たがプラニングルールがはっきりしているのである程度の設計変更は可能であることを伝える。淡々としたやりとりが続き模型と図面を渡して9時過ぎに終了。一気に疲れが噴き出し9時半帰宅。直ちにベッドに横になり爆睡。明日は一日「トウキョウ建築コレクション」なので体調を回復せねばならない。


2017年03月01日(水)

7時起床。晴れのち曇りのち小雨。咳と鼻水が依然として続く。血圧も高いし微熱も出てくる。8時半出社。9時に事務所を出て京王線仙川の「155桃井邸」現場に10時前着。外装工事はほぼ終わり内装工事に取りかかっている。外装の板金の収まりに何点か問題を発見。担当の木村に指摘するが要領を得ない。図面を確認するとそもそも外壁展開図を正確に描いていないのが原因であることが判明。板金屋も質問すればいいのだが不明解な図面では理解しにくいだろう。家早南友。現場監督に問い質しても暖簾に腕押し。竪樋の足元に排水の受口がないので天を仰ぐ。今月中は頻繁に現場に来ざるを得ないことを痛感する。施主検査の日程を決めて10時半過ぎに現場を発つ。現場の状況のせいか風邪の症状が悪化し午後は机の上にしばらくうつ伏せ。磯崎新展の依頼メールに佐々木さんからの快諾メールが届いたので先日の会食のお礼と出版祝賀パーティについて相談。今週中に出欠者がまとまるので来週に打ち合わせをすることになる。処方した薬を2日間服んでいるが症状はほとんど快方に向かわない。18時に遠藤政樹さんが30分遅れで芳賀沼整さんが来所。南島の縦ログ構法ロッジの相談だがいくら話を聞いても得心できない。芳賀沼さんとしては縦ログ構法研究会として取り組みたいという。何とか縦ログ構法住宅を実現したい気持ちは理解できるので僕を外して有志だけが参加すれば良いのではと提案する。水掛け論ばかりで辟易し7時半過ぎに解散。夕食後はY邸の模型チェック。明日のプレゼンテーションにはVAのために面積縮小案を提案することを考える。9時半帰宅。咳と鼻水が止まらないので早々に就寝。


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