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箱の家 PROJECT 青本往来記
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2008年05月12日(月)

9時、青山の歯科医院。メンテナンスが十分でないことを注意される。ここ1ヶ月間はまじめに磨いたつもりだが、それでも足りないらしい。再度、徹底的に磨いてもらう。しかしその後しばらくは歯茎がヒリヒリ痛む。10時半、メディアデザイン研究所の荻原所長と斉藤氏が来所。『10+1』に連載した「現代住宅論」を本にまとめる件。僕としては現在絶版になっている『建築的無意識』の延長上でまとめたい旨を伝える。1ヶ月以内に本全体のプログラムをまとめることを約す。午後1時半、事務所内打ち合わせ。「石野邸」の設計条件と敷地説明を行い、花巻を担当とする。その後、進行中の仕事のスケジュール報告。事務所の現状のキャパシティーギリギリの仕事量である。花巻と「129坂口邸」の実施設計打ち合わせ。5時AGCの木原氏来所。「130鶴見邸」の断熱透光パネルに関する相談。性能と構法の早急な検討を依頼。6時半に事務所を出て大学へ。7時半からヴェトナム・コンペ打ち合わせ。プレゼンテーションの叩き台ができたので多目的演習室に張り出し皆で議論。途中から佐藤淳さんも参加。一区切りついたところで、皆で弁当を食べながら歓談。最後の頑張りを期待し10時前に大学を出る。10時半に事務所に戻る。『ダーウィンとデザイン』を読みながら夜半過ぎ就寝。いよいよダーウィンの『種の起原』に差し掛かる。


2008年05月11日(日)

8時起床。ゆっくりと朝食を食べ、9時半に出社。午前中は書評を依頼された本をじっくり読み込む。とはいえ文章は少量で、ほとんどは写真と図面。図面を読みとるのは文章よりも大変である。おかげで1980年代から気になっていた建築家の全貌がようやく明らかになった。書評を書き始めるが、いつものように書き出しの言葉が見つからない。夕方までにようやく短文を書き上げる。午後、花巻が出社。「129坂口邸」実施図面の作業。夜は進行中の建築の図面チェック。いくつか新しい仕事が始まる。現在のスタッフの陣営では迅速な対応が難しい気がする。新しいスタッフの補充が必要かもしれない。


2008年05月10日(土)

小雨。少々寒い。8時出社。8時半に井上が出社。9時前に模型をもって事務所を出る。9時40分、板橋本町着。高間三郎、佐々木睦朗さんと一緒にA 社本社ビルへ。土曜日なので会社は休日。社長と工場長が迎えてくれる。会議室で模型と図面のプレゼンテーション。建築の概要を説明した後、構造と設備の方針説明。質疑応答と作業工程の確認。道路条件の変更にともなう平面計画の変更が必要となる。早急な修正を約して12時前終了。1時半に事務所に戻る。2時、クライアント候補のN夫妻来所。那須にセカンドハウスを計画しているという。一通り設計条件を聞く。敷地写真を見ながら頭の中でスケッチ。ぼんやりとイメージが湧く。近いうちに敷地調査に行くことを約す。その後、栃内と「131吉田邸」の打ち合わせ。「130鶴見邸」と同じように高さ方向に明確なシステムを与えるように指示。4時前に事務所を出て大学へ。5時からヴェトナムコンペ打ち合わせ。本格的なプレゼンテーション作業に入る直前の打ち合わせ。細部デザインの方針についてアドバイス。部分デザインを分担しているので、全体の統轄が問題である。月曜日に再度エスキスすることを約して6時過ぎ終了。7時に事務所に戻る。A工場の打ち合わせ結果の再確認。夜は書評スケッチ。11時帰宅。ウィスキーを煽り『ダーウィンとデザイン』を読みながら夜半過ぎ就寝。


2008年05月09日(金)

7時起床。軽い二日酔いで少々頭が痛い。8時に出社し雑用。8時半過ぎに事務所を出て品川駅へ。9時半の新幹線に乗り、車内で竹中工務店の村松映一さんと待ち合わせ。名古屋で近鉄線に乗り換え、白子駅に12時着。改札口で日建設計名古屋の若林さんと待ち合わせ、駅前で簡単な昼食を済ませた後、タクシーで鈴鹿市立旭が丘小学校へ。校長に挨拶した後、校内を見学。中央に幅の広いギャラリーを通し、その両側に櫛状に教室棟を並べた単純明快なプラン。RC造2階建てで、1階に監理部門、特別教室、1年生の教室を置き、他の教室はすべて2階に集め、屋根全面に幅約2m、長さ16mの4分の1円PC屋根を並べることによって屋根採光している。高窓はすべて北東を向いているのでダイレクトゲインは問題ないとのこと。最小限の要素だけで全体をまとめあげたキレのいいデザイン。学校のデザインも新しい局面を迎えているようだ。2時前に見学を終え、近鉄、新幹線を乗り継いで5時半に東京着。村松さんの送迎車に同乗し、大学へ6時過ぎ着。6時半コスモス・イニシアの南氏が来研。共同研究の条件について話し合い。スケジュールについて再検討。戸建て住宅の最近の販売状況を反映して、かなり大幅な変更が生じそうだ。8時終了。9時前に事務所に戻る。A工場のプレゼンテーション模型がほぼ出来上がっている。「131吉田邸」の設計業務委託契約書の案を作成し吉田さんにファックス。11時帰宅。
『ダーウィンとデザイン』を読み続ける。デザインの起源が聖書にあることは周知の事実だが、それ以前のプラトンやアリストテレスにまで遡ることを確認。第2章の近代哲学におけるカントのデザイン論まで読み進む。


2008年05月08日(木)

10時15分から大学院講義。連続講義「近代建築論」の話をした後、アルミ建築についてスライドレクチャー。12時半から学科会議。少し雑用をこなした後、3時ヴェトナムコンペ・ミーティング。広場と公園の詳細設計。様々なアイデアが飛び交う。5時半、竹中工務店の北泰幸さん来研。6時から特別講義。竹中工務店設計部の仕事の全容を懇切丁寧に紹介していただく。中身の濃いレクチャーで僕自身も勉強になった。第1回の大成建設社長・山内隆司さんの話と合わせて、ゼネコンの仕事の概要はほぼ見えたような気がする。次回どのように展開するか思案のし所である。今月末にはヴェネチア大学のフランチェスコ・ダル・コ、6月初めにはフランス人建築史家の特別講義があるので、次回は7月である。次は大組織事務所の話を聞くのがいいだろうか。8時終了。引き続き講評室で学生との懇親会。9時から正門前の居酒屋に移動し夕食。焼酎を飲みながら盛り上がる。11時終了。12時前に事務所に戻る。メールチェックした後12時半帰宅。1時就寝。


2008年05月07日(水)

10時前龍光寺が来所。A工場のプレゼンテーション模型製作の協力を頼む。10時『モダンデザイン』誌編集部の志水氏とライターの酒井氏が来所。6月号の特集「日本の住宅建築を支えた6人---先駆者の足跡」で池辺陽を取り上げるにあたってのインタビュー。藤井厚二・吉村順三・清家清・池辺陽・林雅子・宮脇壇というラインアップが面白い。池辺研究室でのエピソードを交えて1時間余り話す。午後1時半『コンフォルト』誌編集部の小川氏とライターの大山直美さんが来所。通風・換気特集で「箱の家」の開口部の考え方について取材。最近の「箱の家」の通風実験などについて約1時間半話す。昨年実施した天井扇実験について環境研のショートレクチャーを聞いてもらうといいかもしれない。早速、環境研にメール連絡。4時過ぎに事務所を出て大学へ。安藤忠雄さんから電話。5月23日(金)にヴェネツィア大学の建築史家で『カサベラ』誌の編集長でもあるフランチェスコ・ダル・コ教授の特別講義が確定。山崎さんに15号講義室の予約を頼んだところ、五月祭前日のため使用不可という返事。やむを得ず安藤さんに頼んで福武ホールの使用を打診。今のところ不確定だが、頼みの綱はここしかない。5時から研究室定例会議。最初にM2生の修論中間報告。パッサージュとショッピングセンターの比較分析。引き続きココラボ・エスキス。環境共生というテーマを明確に把握できていないので、いささかトンチンカンな案が多い。学生たちには建築的常識を教えることから始めざるを得ないという教訓。彼らは同一化のデザインに慣れていない。通常のデザインは差異化をめざすが、プロトタイプ・デザインは同一化をめざすからだ。7時過ぎ終了。9時前に事務所に戻る。A工場の試作模型をチェック。方針を決めて本格的な製作に着手。

『プラグマティズムの思想』(魚津郁夫:著 ちくま学芸文庫 2006)を読み終わる。アメリカン・プラグマティズムの教科書的な紹介なので一気に読み飛ばしたが、パースのアブダクションと記号論だけでなくクワイン/ローティの反本質主義・対話主義を再認したことは収穫だった。ローティによって「大文字の哲学」は脱構築された。ローティのプラグマティズムにはどことなくコールハースに通じるものがある。とすればコールハースによって「大文字の建築」は脱構築されたのかもしれない。次は『ダーウィンとデザイン:進化に目的はあるのか?』(マイケル・ルース:著 佐倉統+土明文+矢島壮平:訳 共立出版 2008)に向かう。デザインの思想的・歴史的起源を探るためである。



2008年05月06日(火)

10時に事務所を出て有楽町線で小竹向原駅へ11時着。改札口で石野夫妻と待ち合わせ。住宅地の複雑な道を抜けて敷地へ。南と西を道路に面した角地で東西に駐車場がある開放的な敷地。駐車場にはいずれ建物が建つだろう。東側の駐車場の先には中学校があり枝振りのいい桜の樹が見える。写真を撮りながら敷地境界杭、高さ関係、ライフラインを調べる。11時半終了。12時前に千川駅に戻る。近くのファミレスで夫妻と昼ご飯を食べながら歓談。石野さんは意外と建築通で、千川駅近くにTH-1(朝倉邸)があることを知っていた。1ヶ月後までに第1案を作成することを約し1時に別れる。池袋に戻り久しぶりに池袋西武の書店を訪れたが、めぼしい本は見つからない。新宿周りでJR中央線の西八王子駅へ3時前着。坂本一成さんが設計した「水無瀬の別棟」のオープンハウスへ。すでに多くの人が訪れている。ほとんどが建築家。南側道路に面した「水無瀬の町家」の奥に別棟が増築されている。本棟はRC壁に木造の屋根を架けた単純な構造、別棟は木造在来構法のやや複雑な構造で、中庭をはさんで2つの棟が対面している。本棟はかつての『都市住宅』誌で見ただけだが、実際の空間の印象は変わらない。鉄筋とチェッカープレートの階段が懐かしい。30年以上を経て新旧の建築が対峙するというのも珍しい。本棟は吹き抜けのある大きな空間だが、別棟は高さを抑えた坂本さんらしい細やかな空間。構法的・設備的な新機軸はないが、スケール感の対比が絶妙である。細部の納まりを確認した後、4時前にお暇する。5時半過ぎに事務所に戻る。雑用を済ませた後、7時に事務所を出て大学へ。8時からヴェトナムコンペ打ち合わせ。佐藤淳さんに構造のコンサルタントを受け全体のシステムを確定。これで本格的なプレゼンテーションに突入できる。11時前に事務所に戻る。

電車の中で『資本主義のパラドクス:楕円幻想』(大澤真幸:著 ちくま学芸文庫 2008)を読み終わる。貨幣の形式論から始まり、花田清輝の『復興期の精神』、ミシェル・フーコーの「ラス・メニナス」論、モーツァルトの新古典派音楽、フロイトの精神分析、ディズニーランド論、環境倫理論へと縦横無尽に近代/資本主義分析が展開されている。著者の視野の広さには驚嘆するが、著者の頭の中に原型的な分析パタンが内蔵されていて、その応用問題を読まされているような感じがするのは深読みし過ぎだろうか。たしか著者はG・スペンサー=ブラウンの『形式の法則』の訳者でもあるから当然かも知れない。柄谷行人も同じような思考パタンを取るが、柄谷の方がキレはいいように思う。
引き続き『プラグマティズムの思想』(魚津郁夫:著 ちくま学芸文庫 2006)を読み始める。パースの「アブダクション論」を再認しながらプラグマティズムの歴史を辿る。



2008年05月05日(月)

天気予報とは異なり薄ら寒くて小雨がパラつく気候。午前中は書評のスケッチ。共感できる建築家の書評には注意を要する。共感が全体をぼんやりと包み込み、細部への視線を曇らせてしまうからだ。批評的な眼でじっくりと読み込むことが大切である。午後1時半、クライント候補夫妻が来所。まだ子供のいない若い夫婦である。昨年から最近までの「箱の家」のオープンハウスにはすべて来たそうだ。すでに敷地を購入しているとのこと。早速、明日敷地調査に行くことを約して3時終了。3時過ぎに事務所を出て大学へ。4時半からヴェトナムコンペのエスキス。院生たちがひとつのアルゴリズムを考案している。一目見て「これなら全体を統合できる」と直感。これで明確な方向性が見えてきた。明晩には佐藤淳さんが構造をチェックしてくれるので、一気にまとめ上げることができるだろう。6時半事務所に戻る。夜は読書と書評スケッチ。11時過ぎ帰宅。『資本主義のパラドクス』は最終章「環境未来の倫理」まできた。


2008年05月04日(日)

午前中は読書と書類作成。Amazonから『footbridges』が届く。ヴェトナムコンペの参考書である。午後はしばらくココラボ・スケッチ。ここのところ「箱の家」はスキップフロアが続いているので、そのプロトタイプを完成させてみたい。中高年夫婦のための平屋タイプも興味深い。3時半に七世と家を出て久しぶりに歌舞伎座へ。5月の演し物は『白浪五人男』。かぶりつき近くで観劇。テンポの遅さはいつものことだが、看板的な舞台装置にはなかなかついていけない。まさに日本的スノビズムの極地である。午後の部と夜の部の客が入れ替わる際の出入口の混雑には辟易とする。地下鉄の出入口はパニック状態である。8時終了。帰宅後しばらく読書。『資本主義のパラドクス』はフロイトの章まで来た。精神分析を生み出した19世紀がテーマである。


2008年05月03日(土)

今日は一日事務所で仕事。午前中は雑誌原稿の校正とA工場の基本図チェック。プレゼンテーションのための第1案はこれでほぼ確定した。午後は書評のための読書と雑用。仕事の合間にiTunes storeで音楽探索。中学生の頃FENで初めて聞いて以来、ことあるごとに思い出し、いまだに耳に残っている曲「Here’s that rainy day」(作曲:Jimmy Van Heusen 作詞:Johnny Burke1953)を探索。以前「121小野邸」のクライアントである小野夫妻に教えてもらったall musicのHPで探したときは300曲近くのヴァージョンあり、すべて試聴してみたが、僕が聞いたヴァージョンは見当たらなかった。ITunes storeでは150曲のラインアンップが見つかったが、ここでも目当てのヴァージョンは発見できない。55年も前の曲だから僕が聞いたのは初期のヴァージョンなのだろう。やむをえず編曲が気に入ったヴァージョン12曲を購入。

『資本主義のパラドクス』を読んでいて一昨日の連続講義のことを思い出し、あるアイデアが浮かんだ。石山修武は『世田谷村日記』の連続講義に関する感想の中で「鈴木博之の初期の著作である『建築の世紀末』においてすでに、今日まで持続する近代に対する「哀切」を読みとることができる。その持続性に感動した」と書いている。一方、本書の序で、鈴木はジャン・ジュネを例にとりあげながら「他者に認められながらも、自ら内部にその根拠を見いだせないとき、人は孤独である」と書いている。哀切と孤独はどこかで結びついている。さらに鈴木はあとがきで「近代建築へ至る道は、建築家と他者との関係の変容の歴史である」とも書いている『資本主義のパラドクス』によれば、資本主義は自己と他者(地理的、時間的、技術的)との差異から価値を生み出すシステムである。近代建築家たちも他者との差異から自らの商品価値を生み出してきた。『建築の世紀末』は資本主義的な差異の変容の歴史として読むことができる。だとするなら石山の「哀切」や鈴木の「孤独」は、たえず他者を生み続けざるを得ない近代資本主義が必然的にもたらす感情ではないか。とはいえ「哀切」や「孤独」には、依然として共同体的なニュアンスが残っている。僕としては、他者を生み出し続けながらも、歴史的偶然性を引き受ける存在を、もう少しクールに「単独性」と呼んでみたいが、どうだろうか。



2008年05月02日(金)

10時半、高間三郎さんが電気設備コンサルタントの松本由貴さんと一緒に来所。A工場の第1案について意見を聞く。サスティナブルなテーマを建築化することについてディスカッション。天井の高い一室空間的な工場の空調が最大のテーマである。午後1時半、鶴見浩司さんが来所。「130鶴見邸」の設計契約。透光断熱パネルを使った実験住宅で「箱の家」の新しいステップになるだろう。3時、佐々木睦朗さん、犬飼さん、木村さんが来所。A工場の打ち合わせ。プラニングと調整した上で第1案の構造システムを確定。これで第1案のプレゼンテーション模型製作に着手することができる。5時に事務所を出て大学へ。6時からコスモスイニシアとのココラボ定例会議。ウェブ・デザインの方針について話し合い、昨年と同様の方法でまとめることに決定。引き続きプログラムマトリクスの項目追加について説明を受けた後、通風についてのスライドレクチャーを受ける。まるで学生相手の授業のようで辟易とする。コスモスイニシアは通風について僕たちがほとんど何も知らないと考えているようだ。環境研究室が通風の研究を展開していることを知らないのだろうか。まったく舐められたものだが、この程度で怒ってもしょうがない。住宅の通風が決して理論通りには行かないこと。僕たちはもっと突っ込んだ実測とシミュレーションを計画していることを説明して釘を刺す。9時半に事務所に戻る。進行中の仕事について簡単な打ち合わせ。11時解散。11時半に帰宅。『資本主義のパラドクス:楕円幻想』(大澤真幸:著 ちくま学芸文庫 2008)を読み始める。近代と資本制の関係についてあらためて考えてみるためである。


2008年05月01日(木)

午前中、A工場の構造打ち合わせ。11時過ぎに事務所を出て大学へ。12時半から建築学科会議。その後、連続講義の資料作成。2時半院生室でヴェトナムコンペとココラボの打ち合わせ。6時から連続講義「近代建築論」の第1回。担当は僕である。会場は超満員の盛況。最初、連続講義の趣旨について簡単に説明した後、『建築の世紀末』の内容紹介と歴史的な意義について約1時間のレクチャー。内容紹介がやや長引いたのは僕の読みが細かすぎたせいかもしれない。しかし本書にはそれだけの価値がある。学生には何としてでも内容を理解してもらいたかったので力が入った。その後、鈴木博之さんのコメントと会場からの質疑応答。出版当時の鈴木さんの考えを聞く。8時終了。講評室に場所を移して懇親会。3年生の参加者が多いのが嬉しい。9時に大学を出て、本郷通りのイタメシ屋で打ち上げ。石山修武、五十嵐太郎、大月敏雄、横手義洋、山代悟、志岐祐一といった面々が参加。赤ワインを飲みながら歓談。鈴木さんが絶好調に盛り上がっていたのがよかった。次回は五十嵐さんの担当である。緊張感を保ちながら楽しく続けられるように頑張りたい。10時半に事務所に戻る。明日の打ち合わせ資料を作成した後、11時半に帰宅。ウイスキーを煽り夜半過ぎ就寝。


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