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箱の家 PROJECT 青本往来記
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2010年02月08日(月)

8時半、青山歯科医院行。右上の奥歯がいよいよガタツキ始めた。医師には時間の問題だと言われたが、可能な限り延命させてみよう。午前中はスライド作成続行。データが重くなるにつれて動きにくくなったと思ったら画像の一部が表示されなくなった。急いでバックアップを取った上でスライドを二つの部分に分解する。午後大学行。1時半から卒計エスキス。この段階ではもはやプレゼンテーションのアドバイスができるだけである。模型制作が徐々に廊下にはみ出してきた。メールで事務所とのやり取り。事務所のPCを持参してスライド作成を続行。一旦毀れてしまったデータは元に戻らない。ひたすらバックアップをとり続けるしかない。6時から難波研ポートフォリオ編集会議。各ページの担当者の最終確定。3月前半までにはおおよその編集を終える予定なので、できるだけ早い時期の出版をめざしたい。8時過ぎ終了。その後、皆で正門前の中華料理屋で夕食。9時半に事務所に戻る。

『atプラス』03号「特集:生きるためのアート」が届いた。直ちに石山修武さんのインタビュー「生き延びる技術としての建築」を読み通す。開放系技術とアポロ13号のブリコラージュ技術、世田谷村と区民農園との比較、プノンペンのヒロシマハウスの可能性、現代におけるアニミズムの意味などが分かり易く語られている。それにしても絶版書房がウィリアム・モリスのケルムスコット・プレスの真似だったとは驚きである。以前、僕は石山さんについて「モダニストでも、ポストモダニストでもなく、プロトモダニストである」と書いたが、その時はまさにモリスを念頭に置いていたからだ。石山さんの特異な建築は石山さん自身の個人的なイマジネーションに根ざしているから、それは確かにデザインではなくアートである。石山さんはこう言っている「難しいことを噛み砕いて伝える技術を工夫する必要がある。そうした噛み砕いて伝える技術も、またアートだと思います」。石山さんにとってデザインはアートの一部に含まれてしまうのかもしれない。


2010年02月07日(日)

午前中はスライド編集続行。午後1時半に事務所を出て六本木ヒルズのTOHO映画へ。岩元とパートナーの緒方菜穂子さんと3人で『AVATAR』(監督:ジェームズ・キャメロン)を観る。3D眼鏡を着用し真正面中央の最高の席で、あっという間の3時間だった。コッポラの『地獄の黙示録』、キャメロン自身の『エイリアン2』『アビス』、宮崎駿の一連のアニメ、押田守の『INOCENT』、庵野秀明の『新世紀エヴァンゲリオン』、マイケル・ジャクソンの『THIS IS IT』などなど、さまざまなモチーフをコラージュしながら圧倒的な3DCGテクノロジーによってまとめあげた超大作である。ともかく次々と出現するメカニズムと動物との中間にあるような新種の動物のデザインが素晴らしい。デジタル・テクノロジーは究極的に生物学的なパラダイムに到達するという暗黙のメッセージが込められているように思える。あるいはメカニカルなテクノロジーからデジタルなテクノロジーへの移行として観ることもできるだろう。もっとも分かり易いのはテクノロジーと自然との対立として捉えることだが、それは少々安易だろう。この映画で描かれているメカニカルなテクノロジーは余りにも拙いからだ。3DCGによる立体的な映像には最初は驚いたが、しばらくすると慣れてしまう。その効果は「散漫な無意識」に仕舞い込まれてしまうのかもしれない。ともかく映像技術の勝利を唱い上げた映画である。5時半終了。その後、溜め池方面に歩いて六本木まで行き、その先のイタリアンレストランで夕食。パスタ、ピザと赤ワインで映画談義。緒方さんは今日で7回目、岩元君は4回目だそうだ。9時過ぎ解散。9時半に事務所に戻る。しばらく雑用をこなした後、10時半帰宅。七世と『AVATAR』について話し合う。彼女の評価は今一である。阿丹も観たらしいが同じような感想だったという。彼女たちの意見も何となく分かるような気がする


2010年02月06日(土)

今日も一日事務所で最終講義のスライドの作成。時折、足りない資料を難波研院生に請求しながら進める。シナリオの具体的な内容を考えているとストーリーが少しずつ膨らんで行く。やはりデザインは全体から部分へと進むことを痛感する。合間に『家の知』最終原稿の校正。真壁智治、篠原聡子との鼎談はこれで最後である。井上と新しい「箱の家」の打ち合せ。その他、細かな打ち合せ。夜もスライド作成続行。10時帰宅。ウィスキーを煽りながら最終講義のシナリオについて考える。夜半就寝。


2010年02月05日(金)

8時出社。今日は一日事務所。午前中は設計契約書類の作成。終了後、最終講義のスライド作成を再開。1969年に東大を卒業して東大生産技術研究所の池辺陽研究室に入り、30年後に再び東京大学に戻るまでの経緯をまとめる編集を続行。引き続き東大での活動の整理に入る。これは現在、編集進行中の『難波研ポートフォリオ』にしたがった構成だが、シナリオを詳細化しながら資料を集めて行くのは結構手間がかかる。このように一つの仕事に集中するのは久しぶりである。合間を見ていくつかの打ち合せ。新しい「箱の家」のスケッチ。夕方5時半、大急ぎで着替えて南青山の梅窓院葬儀場へ向かう。6時から千葉学さんの妹さんの通夜。東大の関係者以外には建築関係の顔は見えない。7時帰宅。夜も引き続きスライド整理を続け、何とかシナリオの前半3分の1くらいにまで到達する。4年生の卒業設計と並行して11日までの完成を目指す。


2010年02月04日(木)

10時大学行。10時半宮城大学の中田千彦さんが来研。DAAS卒業設計コンペの第1次審査。DAASコンペはインターネット上に立ち上げた卒業設計のコンペで、審査もネット上で実施するので海外からの応募も可能である。今回もハーバード大学から応募があった。今年度の審査委員を依頼されたので、パソコンをスライドプロジェクターに繋ぎ画面を見ながら審査を行う。約1時間半で第2次審査の3点をピックアップ。第2次審査は本人が参加するプレゼンテーションで行う予定。正午過ぎ終了。1時半から研究室定例会議。6人の修士論文プレゼリハーサル。月曜日に提出したばかりなので、皆まだ未完成。基本的なまとめかたをアドバイス。来週火曜日に再度リハーサルする。4時から卒計エスキス。3人のエスキスを見る。締切まで残すところ1週間。製図室は嵐の前の静けさである。他大学からのヘルパーの顔も見えはじめた。引き続き最終講義の画像データ編集。工学部から届いた退職書類の作成。退職時期が近づくと雑用が増える。8時半に事務所に戻る。進行中と新しい「箱の家」の打ち合わせ。「137志賀邸」見積結果報告。大学で集めた画像データのスライド化。10時半帰宅。

『トランスクリティーク』は遅々として読み進まず、ようやく第2部第3章「価値形態と剰余価値」に差し掛かったところ。カントの崇高論とマルクスの貨幣論の同型性を巡るトランスクリティークな議論には、柄谷の想像力の壮大さと深さに思わず目眩を感じる。


2010年02月03日(水)

7時起床。ホテルの部屋のインターネットはワイヤレスではなく旧式のケーブル接続だが、持参したのはAirMacなので通常のジャックが差し込めない。iPhoneでメールチェックするが細かい書類を読み取るのは面倒である。やむなく青本往来記の書き込みは諦める。こういうときにiPadがあるといいのかもしれない。シャワー浴びてから1階のレストランに行くと中国人団体客でごった返している。冬の札幌は台湾や上海から雪を見るためにやってくる観光客で一杯なのだそうだ。今週末からの雪祭りが始まることも観光客を集めているらしい。約15分待ってようやく席に着くが、バイキング方式で料理を取るのもままならない。彼らは料理台の前に並んで順番を待つというルールを守らないで構わず割り込んでくる。料理をとってテーブルに着くまでにさらに15分以上かかる。8時半に部屋に戻って一休み。9時にチェックアウト。杉本貴志さんは体調が勝れないので工場見学はパスするという。やむなく僕と岩元だけでマイクロバスに乗り込む。東京から来たニチハの社員2人も参加。気温は零下12度。天気はいいが風が強い。札幌から北に向かい石狩湾近くのFPコーポレーション工場まで約40分。海岸沿いに巨大な風車が林立している。まずウレタンフォームを充填したFP断熱パネルとそれを使ったFP構法の概要説明を受けてから工場見学へ。工場内の気温も零下。人がいる場所には灯油バーナー式暖房機が置かれている。木造軸組工法と2×4工法とのそれぞれの断熱パネルの製造ラインを見学。プレカットの木造軸組に嵌め込む方式の断熱パネルである。枠に使用しているのはスプルス系無垢材。木造軸組用はMDF板と筋交入の2種類の耐力壁仕様パネルを製造している。柱と同厚のパネルで断熱性能はかなり高い。木枠の間に2液混合ウレタンフォームを注入するので、断熱材の隙間はまったくない。ジョイントにアルミテープを貼るため気密性は抜群だが、柱や間柱の木材部分が弱いヒートブリッジになりそうだ。アルミエコハウスで試みたようにプラスチック枠材を使えばヒートブリッジを防ぐことができるが、それでは木軸との一体化が難しい。FPパネル工法は木枠だからこそ可能な工法でもある。木枠が二重になるので構造的には少々オーバースペックな感じもする。問題はパネルの重量だが91cmスパンの柱間に嵌め込むタイプで約40kg。大工1人でギリギリ運べる重さである。引き続き2×4用のトラスユニット製造工場も見学。9.1mスパンのトラスをジベル金物で留める製法。ジョイントにジベルを並べロール式プレス機で圧着するだけである。このタイプの屋根トラスは五十嵐純さんの住宅で見たような記憶がある。北海道では雪を屋根に溜め、縦樋は凍結を防ぐため室内側に納めるようだ。昼食をすませた後、札幌へ戻りFPコーポレーション本社へ。会議室で営業内容や技術仕様についての説明を受ける。断熱パネルの製造だけでなく戸建住宅の建設部門も持っているようだ。僕の意見を求められたので、ハード面の性能については熱の4条件(断熱、気密、輻射、熱容量)について話し、熱容量とダイレクトゲインの条件への配慮が足りない点を指摘する。さらにハードな性能はもちろん重要だが、ライフスタイルの提案と組み合わせることの重要性を付け加える。杉本さんが同行できなかったので今後の展開については僕の個人意見を述べるに止める。北海道版の「MUJI+INFILL 木の家」というアイデアもありうるかもしれない。「箱の家」でも試しに使って実測してみたい。モデルハウスをつくってはどうかという提案に対しては反応は今一だった。2時過ぎ終了。3時過ぎに千歳新空港へ。4時発のJALで5時半羽田着。6時半に事務所に戻る。スタッフに工場見学の概要を説明。雑用を済ませた後、10時前に帰宅。


2010年02月02日(火)

8時出社。午前中は最終講義のデータリスト作成。手元にないデータがほとんどなのでリストアップして関係者にデータの提供依頼メールを送信。今週中に何とか全体の資料を集めたい旨を伝える。その後は手元にあるデータだけでスライドを作成。25枚まで進む。2時過ぎに岩元と事務所を出てタクシーで浜松町へ。モノレールで羽田空港第1ターミナルに3時過ぎ着。タッチアンドゴーの切符で3時半前にJALの札幌行ゲートに到着。杉本貴志さんと待ち合わせてしばらく歓談。羽田を4時半発、札幌千歳空港6時着。到着ロビーでニチハと断熱メーカーの担当者と待ち合わせ、断熱パネルメーカーの車で札幌のホテルへ7時着。ロビーは中国人の団体客でごった返している。チェックインを済ませた後7時半に外に出る。気温は零下10度近い。札幌でも今年一番の寒さだという。断熱パネル工場の見学にふさわしい気候だというべきか。すすき野の和風料亭で魚料理と日本酒で歓談。料理に関する杉本さんの蘊蓄に皆が耳を傾ける。食事中に煙草を吸う人が多いのには少々辟易する。杉本さんは呑みすぎてダウン。10時終了。ホテルに戻り風呂に入った後11時半就寝。


2010年02月01日(月)

8時半出社。2軒の「箱の家」の設計契約の準備。10時、所内打ち合せ。先週末の報告。午後大学行。1時半から卒業設計エスキス。締切間近のせいか希望者は4人だけ。もうあれこれ考える段階ではないのだろう。合間を見て最終講義のスライド準備。著書の表紙をスライドにする。事務所とやり取りしながら「箱の家」設計契約関係書類の作成。5時までにクライアントへ送信。午後4時が修論の締切だが、何とか6人全員が提出できたようだ。6時から難波研ポートフォリオ編集会議。各章のページレイアウトの検討。若干の変更。研究室メンバー全員のコメントを掲載することになった。8時終了。9時過ぎに事務所に戻る。雪が降り始める。少々寒気がする。風邪の引き初めかもしれない。明日は北海道の出張なので、早めに就寝。


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