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箱の家 PROJECT 青本往来記
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コンパクト箱の家

2017年02月24日(金)

7時起床。快晴で冬の再来のような寒い一日。8時半出社。東北大の大学院生から昨年11月に〈せんだいメディアテーク〉で開催されたシンポジウム「せんだいメディアテーク 構造デザインの射程」の記録のゲラ原稿が届く。伊東豊雄、佐々木睦朗、小野田泰明、小西泰孝、僕の5人のやりとりがよく整理され読み易くなっていることに感心する。このくらい的確に編集されていると読む方も気分がいい。直ちに僕の発言部分に手を入れて返送する。近いうちに10+1ウェブサイトに掲載されるだろう。Yさんから下目黒の敷地周辺の地盤調査データが送られてくる。お礼のメールとともに来週の第1案プレゼンテーションのスケジュールのメールを返送する。来週木曜日までには模型を作り終えたい。縦ログ構法本の原稿スケッチを開始。いつものように「建築の4層構造」に従って縦ログ構法の定義と可能性をリストアップしていく。縦ログ構法はまだ実験段階であり実際に建てられた建築は僅かなので可能性を重視することになるだろう。17時半に事務所を出てタクシーで広尾のマンションの磯崎新宅へ6時前着。まもなく芝浦工大の菊池誠さんが合流する。磯崎さんは去年6月と今年1月に循環器系の手術を受けたために体調がまだ完全に回復していないそうだ。しかし3月中旬の佐々木睦朗退職記念本の出版記念会には出席するつもりだという。僕と菊池さんが呼ばれたのは磯崎さんの仕事をまとめる展覧会の第1回目の企画相談である。カナダの美術館で昨年開催された〈無署名性〉の展覧会にヒントを得て、単に作品を並べるのではなく〈署名性〉を消してハードとソフトの両面から磯崎建築を分析したような展覧会にしたいそうだ。一例として昨年に応募したメディナの「コーラン・オアシス」コンペのプレゼンテーション・ヴィデオを見せてくれる。図面ではなくCGによる建物の映像とコーランの朗唱を組み合わせたプレゼンテーションである。直径数百メートルの自転車車輪状の構造体を横にして浮かせたような建築で構造デザインは川口衞である。僕が建築のハードを担当し菊池さんがソフトを担当するというのが磯崎新さんのイメージで、手始めに木村俊彦、川口衞、佐々木睦朗の3人の構造家との協働作品に焦点を当てたコンパクトな展覧会をMISA-SHINギャラリーで開催したいという。佐々木睦朗連続対談の企画を契機に『メタル建築史』や『建築家の読書塾』を読んで僕に頼むことにしたらしい。聴きながら僕は「水戸芸術館のタワー」「なら100年会館」「北方町生涯学習センター」の3作品を想起する。一通りの説明を聞いた後7時過ぎにタクシーで中目黒駅ガード下のイタメシ屋へ。ギャラリー・オーナーの辛美沙さんが加わり4人で創作イタリア料理をいただく。磯崎さんが中国の都市計画のイデオロギーについて話し始めたので、赤ワインの酔いに任せてエマニュエル・トッドの家族構造とイデオロギーの関係に話題を仕向けたが磯崎さんといえども読んでいないらしく反応はない。10時に店を出て菊池さんと一緒に中目黒駅まで歩き東横線、副都心線を乗り継いで明治神宮前で下車。10時半過ぎに事務所に戻る。スタッフたちがまだ仕事をしているので今日の会について簡単に話をした後に帰宅。そのままベッドに倒れこむ。


2017年02月23日(木)

7時起床。朝から小雨のち曇りで暖かい一日。8時半出社。小雨の中を歩いて銀行に行き雑用を済ませる。「158石邸」の現場説明への参加を呼びかけた工務店4社すべてから快諾の返事が届いたので一安心。アクアレイヤー・システムについてイゼナとメールのやり取り。「箱の家153」では東西に細長い床下空間の両端に空調機を設置したが、今回は居間の棚下に置いた1台の空調機から室内全体に空調空気をいかに行き渡らせるかが課題である。午後は3月初めの締切に向けて『リプラン』誌の「箱の家148―本庫」に関する原稿を書き始める。初めて原稿を依頼された札幌の雑誌なので寒冷地の「箱の家」に辿り着くまでの経緯をまとめるつもりで書き始める。「建築の4層構造」に従って「箱の家」の性能仕様のこれまでの進化について書いていくと意外に興に乗り夕方までに一気に要求された10枚近くまで書いてしまう。江別の「157佐野邸」を設計中であることやBIS認定試験をパスしたことが後押しになったのかもしれない。夕方に木村がまとめた「157佐野邸」の図面一式を佐野夫妻と山本亜耕さんに送る。概算見積中の建設会社に追加資料として送るべきかどうか山本さんに相談したが概算見積の後にフィードバックすべきではないかという意見なので見送ることにする。トウキョウ建築コレクションの事務局から一昨日の一次審査の結果が届く。各審査員の評価はかなりバラけているが大きな傾向はあるようだ。それにしても2次審査に進んだ10作品は僕の選択リストとは大きく異なっている。このラインアップが最終審査のプレゼンテーションでどう動くか見ものである。夜は読書。『世界の多様性―家族構造と近代性』を読みながら夜半就寝。


2017年02月22日(水)

7時起床。快晴で風が収まり昨日よりもかなり過ごしやすい。8時過ぎ出社。直ちに事務所を出て原宿駅まで歩き池袋から東上線で終点の寄居駅に10時半着。先に着いている栃内と合流しタクシーでアタゴ工場へ11時前着。今日は第2工場の地鎮祭である。待合で久しぶりにお会いした雨宮社長に挨拶。11時から地鎮祭開始。さすがに大成建設だけありフォーマルな設えと儀式である。久しぶりに正式な鍬入れを行い身が引き締まる。最後にご神酒をいただきすべて終了。その後は現場監督と一緒に建物配置、寸法、レベルを確認する。レーザー測定器を使うと移動せずに寸法と直行軸を確認できる。地盤はすでに均されているので河川敷に沿った道路とのレベル差も分かる。北側から敷地を縦断し川まで伸びている細い公営水路によって東側の三角形敷地と分けられているが水路上に通路を通し2階建ての仮設小屋が設置されている。正午過ぎに現場を発ちタクシーで寄居駅へ。森林公園駅で副都心線直通電車に乗り換えて2時過ぎに明治神宮前駅着。栃内と裏原宿で簡単な昼食を摂って2時半に帰社。3時から日本デザイン振興会の理事会に出席予定なのだが疲れが噴き出したので欠席の旨のメール連絡を送りしばらくの間一休み。木村とアルバイトとY邸の模型の打ち合わせ。何とか1週間で仕上げたい。その後「158石邸」の見積を依頼する工務店4社に3月15日(水)14時に現場説明を依頼する旨のメールを案内図を添付して送信する。合わせて水戸までの2人分の特急券を予約する。夜は読書。9時半帰宅。

『世界の多様性―家族構造と近代性』は家族構造の各論分析を読み進み、アラブ世界に一般的な第5章「内婚制型」を読み終えインド南部の非対称型共同体家族に関する第6章「非対称型」に進む。内婚制型の家族構造は水平的で閉じたシステムに向かい社会主義的な傾向があるが反国家的である。アラブ世界では西欧型の近代国家が生まれにくいのはそのためである。イスラム原理主義の勃興は近代化による女性の地位の上昇によって不安定化した内婚制に対する男性側からの反動的な揺れ戻しである。それは戦後日本における公明党の躍進に近いというトッドの指摘は興味深い。非対称型共同体家族はヒンズー教とカースト制度の原型であるという指摘にも驚く。この家族構造には外に開きながら内に閉じようとする対立的な傾向があり、それが輪廻転成の時間概念を生み出すのだという。残すところは第7章「アノミー型」と第8章「アフリカ型」である。


2017年02月21日(火)

7時起床。快晴で風が強く真冬に戻ったような寒さ。8時半出社。9時過ぎに事務所を出て明治神宮前駅から副都心線にて池袋駅に10時半過ぎ着。北へ約10分歩いて日建学院の池袋校へ。トウキョウ建築コレクション修士設計展の一次審査である。設計展代表の澤田君と副代表の中井さんの案内で9階講堂へ。審査の概要について説明を受けた後に審査開始。登録数は131点だが作品を提出してない学生が何人かいて実際は審査するのは120点余である。すべての作品がA3版のクリアファイルにまとめてあるので見易いが、さすがに修士設計だけあって研究と設計を組み合わせた作品が多く読み取るのに時間がかかる。傾向は多種多様だがレム・コールハース+OMAのヴォイドの戦略やクリストファー・アレグザンダーのパタン・ランゲージを応用した作品が目につく。地域再生をテーマにした作品も多い。最近流行の思弁的実在論やオブジェクト指向実在論の影響を受けた作品は表層的な作品ばかりで呆れ返る。建築がモノであることに引き寄せようとするこの種の実在論は材料や構法といったエンジニアリングに結びつけなければ建築には応用できない。その意味で、応募者本人はまったく意識していないだろうが最近流行の木構造をテーマにしたプロジェクトの方がよほどオブジェクト指向的である。それにしても建築家の哲学カブレには辟易とするが、その傾向を引っ張っている若手設計教員の指導もいかがなものかと思う。作品毎に短いコメントを加えながら全作品を見通し、候補となる20作品をピックアップするまでに3時間余を費やす。1回目を見通した後にもう一度候補作品を見直しながら10作品に絞り込み、最後にエイヤッと6作品を選ぶ。最優秀1作品はプレゼンテーションだけで決めてようやく14時過ぎに終了。昼食抜きで4時間ぶっ続けで審査したのでどっと疲れが噴き出す。審査メモの写真を撮ってすべて終了。途中でプロジェクト部門審査員の吉村靖孝さんがやってくる。明治神宮前駅まで戻り表参道から少し入って渋谷区役所神宮前出張所でBIS登録用の住民票を購入して3時に帰社。木村とアルバイトを交えてY邸の打ち合わせ。木村がまとめた高さ方向の詳細をチェックしアルミサッシの防火戸仕様とサイズを確定してから模型制作用の図面一式を揃えるように指示。その後スタッフと近くのトンカツ屋で夕食を摂る。夜は読書。9時半帰宅。

『トッド自身を語る』(石崎晴己:編訳 藤原書店 2015)を読み終わる。訳者である石崎晴己の解説によってトッドの研究歴の概要を知ることができる。トッドは現代の家族システムが確立された近・現代を宗教改革以来の500年と捉えていること、彼の家族システム研究の集大成は『家族システムの起源』にまとめられていること、共同体家族は家族システムの中では比較的新しく最も広範囲に広がっているが、その理由は優れた軍事的適性を持っているからであること、逆に核家族はイングランド、フランス、日本などのユーラシア大陸周縁に分布する最も古い家族システムであり国家が保証する様々な社会的インフラによって支えられていることなどが紹介されている。全体の見通しが得られたので再び『世界の多様性―家族構造と近代性』に戻る。


2017年02月20日(月)

7時起床。晴れ後曇り後雨で風が強く暖かい一日。8時半出社。4月の金比羅歌舞伎の予約。なかなか切符が取れず4月の最終週になりそうだ。鈴木了二の金毘羅宮を再訪することは言うまでもないがその後高松に向かう途中で大高正人の坂出人工土地や丸亀の谷口吉生の猪熊弦一郎美術館にも立ち寄るつもりである。さらに直島に行く予定だったがベネッセホテルが予約で一杯なので止むを得ず高松泊になりそうである。北海道建築技術協会からBIS資格試験の合格通知が届く。試験終了時には合格を確信してはいたが正式に書類が届くとそれなりに嬉しいものだ。早速登録の書類を作成する。平田晃久事務所から太田市美術館・図書館のオープンハウスの案内が、藤森照信さんから水戸芸術館での藤森照信展の告知が届く。どちらもそう遠くないし開催日は週末なので何とか訪れてみることにしよう。午後1時半に佐々木構造計画一行が来所。佐々木さん永井さんと一緒に新人2人もついて来る。Y邸の基本計画の概要を話し構造システムについて相談。スパンとピッチが「箱の家112」(界工作舎)に近いので鉄骨柱梁のサイズもほぼ同じだが僕たちの想定とはやや異なるシステムを考案してくれる。3時に終了した後に佐々木さんの退職記念本の見本を見せてもらい出版記念祝賀会の案内を受け取る。構造システムが決まったので高さ方向の正確な寸法を検討し道路斜線制限をチェックした後にプレゼンテーション模型の作成に着手するように指示する。Yさんから地盤調査に関する報告メールが届いたので構造システムの打合せを終えて来週中にはプレゼンテーションできる旨のメールを返送する。栃内と「158石邸」のアクアレイヤーシステムについて打合せ。イゼナから届いたアドバイスに従って床上吹出口の位置の変更を指示する。夜は読書。9時半帰宅。久しぶりにウィスキーを呑みながらぼんやりTVを見る。『トッド自身を語る』を読み続ける。期待したほど面白くない。早急に読み通して『世界の多様性―家族構造と近代性』に戻ろう。夜半就寝。


2017年02月19日(日)

8時起床。快晴でやや風があるがそれほど寒くない。昨日は昼間から酒を呑み続けたので二日酔い気味。ゆっくりと朝食を採った後に朝風呂に入り酔いを抜く。10時半に出社し日記を書き込んでから木村がまとめたY邸の図面チェック。敷地資料の中に地盤条件のデータがないので不動産会社に打診するようにYさんに頼むメールを送る。敷地一帯は緩やかな下り坂を下りきった場所で突き当たりには丘があるから近くに川が通っていたように思われる。おそらく地盤改良か杭打が必要になるかもしれない。いずれにせよ軽量構造がふさわしいので鉄骨構造になるだろう。午後2時過ぎに帰宅しベッドの中で読書。夕方渋谷に出かけて百貨店のレストランで夕食。8時半帰宅。

『世界の多様性―家族構造と近代性』は『第三惑星---家族構造とイデオロギー・システム』の第3章「権威主義型」と第4章「二つの個人主義」までを読み終わったところで一旦休止。序章「民主主義と人類学」でトッドはヨーロッパにおける家族構造を4種類に分け、さらにそれを「自由と平等」という二つの軸で分類した上で国と地域に対応させている。すなわち(1)自由主義で不平等主義=絶対核家族=イングランド(2)自由主義で平等主義=平等主義核家族=フランス(3)権威主義で不平等主義=権威主義家族=ドイツ(4)権威主義で平等主義=共同体家族=ロシアであり、それぞれはイデオロギーにも対応している。第1章「7つの家族類型」ではこの4タイプの家族構造を世界に当てはめるために、共同体家族でありかつ近親婚を認める内婚制か近親婚を認めない外婚制かによって内婚制共同体家族と非対称型共同体家族に二分し、さらに絶対核家族が不規則化したタイプのアノミー家族を加えることによって7つの家族構造タイプに分類している。ちなみに日本はドイツと同じ権威主義型であり中国はロシアと同じ共同体型である。第2章以降はそれぞれの家族構造の詳細な分析であり、人口の多い順に第2章「共同体型」第3章「権威主義型」第4章「二つの個人主義」第5章「内婚制型」第6章「非対称型」第7章「アノミー型」第8章「アフリカ型」と続く。第4章までで一旦休止したのはトッドの思考形態がおおよそ理解できたので、それがどのような経緯で生まれたのかを知るためにトッドの自伝インタビューをまとめた『トッド自身を語る』(石崎晴己:編訳 藤原書店 2015)を読んでみようと考えたからである。本書でトッドは家族構造が固定的ではなく歴史的に変化することを発見し家族構造の起源でありかつ近代化の収斂点を核家族に見出すに至っている。


2017年02月18日(土)

7時起床。晴れだが昨日よりも一気に気温が下がり冬に舞い戻り。8時半出社。10時からY邸の構造と構法の打合わせ。アルバイトがまとめた一般図を見ながら構造システムを再確認し外壁の耐火構法や防火戸についての調査結果の報告を受ける。断熱と耐火を兼ね備えた耐火構法は意外に種類が限られている。耐火性能とコストパフォーマンスを考慮すると敷地周辺のほとんどの新築住宅でALC版が使われている理由がよく分かる。しかしALC版では僕がめざす断熱性能のレベルを達成できない。室内側に断熱材を加えれば何とかなりそうなので候補構法としておこう。本命は木毛セメント板の上に断熱パネルを張り金属サイディングで仕上げる構法とする。栃内と「158石邸」の外壁展開図、天井伏図、建具表について打ち合わせ。夕方前にまとめて石夫妻に送信する。残すところは構造図、給排水設備図、空調アクアレイヤー設備図である。次回の石夫妻との打合わせは3月8日(水)だが見積用図面一式は今月中にはまとまるだろう。11時半に事務所を出て歩いてキャットストリートの脇に入ったギャラリーへ。東大建築学科の卒業生が卒業10年後に教員を招いて開催する定例の〈10年会〉である。去年は日比谷のレストランで開催したが今年は卒業生の一人が住宅をリノベーションしたギャラリーで開催することになった。出席した教員は松村秀一、西出和彦、大野秀敏、神田順と僕の5人。難波研究室OBの2人以外に数人の卒業生の見覚えはあるがそれ以外はほとんど記憶にない。赤ワインを呑みながら軽食を摂るうちに少しずつ記憶が甦る。皆30代半ばなので子連れが多く賑やかな会である。妊娠中の女性も数人参加している。中には小学生の子供連れもいてびっくり。聞けば在学中に結婚したそうだ。最後に教員5人がそれぞれ近況について話し3時に解散。その後僕一人だけ参加して明治通り沿いのビル9階のテラスビュッフェで二次会。赤ワインが回って何を話したかほとんど忘れてしまったが30代の若者たちのエネルギーを貰って元気を取り戻した気分である。5時前に解散。店を出ると土曜日の表参道一帯は若者でごった返している。5時過ぎに事務所に戻る。スタッフは事務所の掃除中である。磯崎新さんからこの春に展覧会を開くのでキュレーションを手伝って欲しい旨のメールが届く。構造に関する展覧会なので佐々木睦朗さん絡みかもしれない。来週末に打ち合わせをすることになる。6時過ぎに帰宅。暖かいおでんを食べながら日本酒を呑み直す。すっかり酔いが回り8時過ぎに横になる。11時過ぎに目が醒めたので『世界の多様性―家族構造と近代性』を読むうちに夜半過ぎ眠りに就く。


2017年02月17日(金)

7時起床。晴れだが春一番の強風で暖かい。8時半出社。アルバイトがまとめたY邸の図面をチェックバックする。とりあえず基本計画をまとめて来週初めの構造システムの打ち合わせによってフィードバックしよう。思い立って縦ログ構法本の原稿のスケッチを開始する。僕に与えられたテーマは「縦ログ構法とは何か」「KAMAISHIの箱」「縦ログ構法の箱の家」の3つである。「縦ログ構法とは何か」だけは締切が先行しているので、いつものように縦ログ構法の考え方についてについて思いついたことを箇条書きにすることから始める。当然ながら背景にあるのは「建築の4層構造」のマトリクスである。並行して『リプラン』に掲載される「箱の家148:本庫」の原稿のスケッチも始める。こちらはjt誌に書いた原稿を第2層の熱環境の視点から書き直す作業になるだろう。現在設計中の江別の「箱の家157」についても紹介しよう。栃内に「箱の家148」図面一式と「箱の家」のアクソメリストを揃えるように指示し編集部に送信する。

『世界の多様性―家族構造と近代性』を読み続けながらトッドの論述にカント的な図式が潜んでいることに思い至る。というのもトッドは7種類に分類された全世界の家族構造を当てはめることによって各地域のイデオロギーや政治体制を分析しているからだ。僕がトッドの議論の進め方に共感する理由はその辺りにある。本書の時点(1990年代)ではトッドは世界中の家族類型の分布は偶然の結果であると主張しているが、後にトッドは家族類型に相互作用と歴史的な変化を見出しその原型が核家族であることを発見するに至る。最近出た『家族システムの起源』(エマニュエル・トッド:著 石崎晴己他:訳 藤原書店 2016)ではその経緯が詳細に検討されているらしい。本書の紹介には以下のように書かれている。「伝統的な家族構造が多様な近代化の道筋をつけたと論証してきたトッドは、家族構造が不変のものではなく変遷するという方法の大転換を経て、家族構造の単一の起源が核家族であること、現在、先進的なヨーロッパや日本はその古代的な家族構造を保持しているということを発見した」。これは何としてでも読まねばなるまい。


2017年02月16日(木)

7時起床。快晴で初春の暖かい一日。8時半出社。9時に事務所を出て半蔵門線で北千住にて東武スカイツリーラインに乗り換えて草加に10時過ぎ着。タクシーで建材試験センター中央試験所に10時15分着。玄関ではりゅうウッドスタジオの三浦翔太さんと待ち合わせ敷地北端の新しい試験場に入ると秋田県立大の板垣直行さんが待機している。直ちに縦ログ構法パネルの耐力試験を開始。試験体は150角の杉材12本をボルトで緊結した1800佗のパネルで両端材の上下をそれぞれ土台と桁に金物で留め付けている。予備実験の結果に従って決定した留金物である。頂部の桁を油圧ポンプで左右に動かしながら層間変位が300分の1から15分の1まで左右の変位毎に交互に3回ずつ桁に加えた荷重を記録していく。50分の1位までは弾性的な挙動を示すが徐々に木材の摩擦音が聞こえ始めて50分の1を超えたあたりで留金物の変形が始まり20分の1を過ぎた所で右端足元の木材が破断する。引抜力で留金物はBaseプレートが凸型に変形する。一昨日と昨日の試験では金物を試験機に固定しているボルトが破断したのでパネルの耐力を正確に測定できなかったらしいが今日は試験パネルの方の破壊で終了したから正確な耐力値を測定できるようである。同じ試験を3枚のパネルで実施するが残りの試験の立会いは三浦さんに任せて僕と板垣さんは1枚目の試験が終了した11時半に試験所を出てタクシーで草加駅へ向かう。駅前で板垣さんと別れ近くの食堂で昼食を済ませた後に1時半に帰社。試験の記録をfacebookにリリースする。2時半に近所のYさんが来所。下目黒の敷地の売買契約書を持参したのでコピーさせてもらう。その後しばらく設計条件について何点か尋ねる。Yさんは建築に詳しいので『進化する箱』と『メタル建築史』を贈呈する。その後木村とアルバイトを交えてY邸の図面のチェックバック。基本計画の見通しが立ったので佐々木構造計画にメールし来週初めの打ち合わせを依頼する。木村と「157佐野邸」の打ち合わせ。先週に札幌の建設会社に概算見積を依頼したのでそのフィードバックがいつになるかにもよるが早急に見積用図面をまとめるように指示する。札幌の雑誌『Replan』編集部から「箱の家148」の原稿と図面に関するメールが届く。東京の雑誌に比べると今一要領を得ない上に過大な要求に辟易とするができる限りの対応を試みる。夜は『世界の多様性―家族構造と近代性』を読み続ける。議論は徐々に詳細に分化していく。


2017年02月15日(水)

7時起床。快晴でやや暖かい一日。8時半出社。9時前に事務所を出て銀座線井の頭線京王線を乗り継ぎ仙川駅に9時半過ぎ着。「155桃井邸」の現場監理である。すでに木村が到着している。屋根工事の最中で外壁工事は未工事。内部の床下地も未だできていないのでスケジュールが少し心配になる。3月末の引き渡しまで残す所1ヶ月半だからである。10時半前に現場を発ち京王線山手線から池袋で東武線に乗り換えて終点の寄居駅に12時半着。改札で栃内と待ち合わせタクシーでアタゴ工場近くの食堂まで行き昼食を済ませて2時前にアタゴ工場へ。駐車場だった敷地にはすでに仮囲が設けられ第2工場の敷地の地均し工事が始まっている。第1工場の玄関前で大成建設の関係者と待ち合わせ。永吉工場長に挨拶して奥の会議室へ。来週の第2工場地鎮祭に備えてアタゴ工場、大成建設、設計者の三者の初顔合わせである。大成建設は営業、現場監理者、総務の6人が出席。アタゴの雨宮社長は海外出張の疲れのために欠席。まず大成建設から全体工程、1ヶ月工程、地鎮祭手順について説明を受け界工作舍からは確認認可書類を手渡して約30分余で終了。大成建設の車で寄居駅の隣の大淀駅まで送ってもらい2時間あまりの電車で5時に事務所に戻る。夜8時に芳賀沼整さんが来所。縦ログ構法で南方の島にバンガロー村を作るというプロジェクトについて相談を受ける。僕としては福島の復興住宅を中心とした都市住宅のために考案した構法なのであまり乗り気になれない。芳賀沼さんは構法実験になるのではというが大した成果は得られないだろう。気を使ってくれるのはありがたいが今一説得力に欠けるプロジェクトである。9時過ぎに打ち合わせ終了。「158石邸」のスケジュールについて石夫妻とメールをやり取りし次回打ち合わせは3月8日現場説明は3月15日となる。10時前帰宅。

『世界の多様性―家族構造と近代性』は『第三惑星---家族構造とイデオロギー・システム』の序章「民主主義と人類学」第1章「七つの家族類型」第2章「共同体型」を読み終えて第3章「権威主義型」に差し掛かる。序章でトッドは地球上のイデオロギーをコミュニズムとリベラリズムという対立するイデオロギーに二分する捉え方を批判しもっと多様なイデオロギーが存在することを指摘する。そして親と子、夫と妻という家族関係の構造がイデオロギーの下部構造であるという仮説を提唱する。その例証としてフランス革命において普遍的な価値と唱えられた「自由と平等」を親子の関係の反映として検証する。すなわち自由の理念は思春期の子供が親から独立して自由に家族を築けるか、あるいは親の所属する家族集団にとらわれているかの反映であり、平等の理念は親からの財産相続において兄弟が平等か不平等かの反映だという。ここからトッドは家族システムを以下のような4つのタイプに分類しそれぞれを定義している。(1)自由主義で不平等主義=絶対核家族(2)自由主義で平等主義=平等主義核家族(3)権威主義で不平等主義=権威主義家族(4)権威主義で平等主義=共同体家族。一般的には家族関係は変化しやすく可塑的でイデオロギーによって形づくられると考えられているが、フロイトの精神分析が明らかにしたように家族関係の方が下部構造を形成し、宗教を含むさまざまなイデオロギーは家族関係の反映であるという主張がトッドの提唱する仮説である。第一の根拠は、家族関係はその中に置かれた子供たちの無意識に刷り込まれ、意識的なイデオロギーよりも強固に再生産されるからである。その一例としてトッドは「自由と平等」を唱えたフランス革命は平等主義家族が支配的であるパリを中心とする地域の住民によって担われたことを検証した上で、絶対核家族が支配的なイングランドでは自由の理念は受け入れられても平等の理念は拒否され、権威主義家族が支配的なドイツでは規律を重んじて平等は無視され、共同体家族が支配的なロシアでは規律と平等が重視されることを明らかにしている。これはそれぞれの国の家族システムの政治体制への反映だといってもよいだろう。かくして序章におけるトッドの結論は以下の通りである。「イデオロギーの領野は、どこでも家族システムを知的な形式に転写したものであり、基礎的な人間関係を統御している根本的な価値---例えば自由、平等、そしてその反対物---を社会的レベルに転換したものである。各家族タイプには一つのイデオロギーだけが対応している」。以下の章ではヨーロッパにおいて発見された以上のような仮説を全世界の家族システムに拡大した上で7種類の拡大版家族システムとイデオロギーとの対応を調べ上げる作業が展開していく。僕はこの問題を「建築の4層構造」における第3層=家族システムを政治システムへ拡大したスケール的同型性として、あるいは第3層と第4層=イデオロギーの反映的関係として解釈できるのではないかと考える。いずれにせよ近代において(この歴史的条件はきわめて重要)イデオロギーの下部構造は経済システムよりも家族システムであること、つまり社会構造を決定している独立変数は生産関係ではなく家族類型であることを発見した点においてトッドはマルクスを超えているかもしれない。


2017年02月14日(火)

7時起床。晴れで緩やかな寒さが続く。8時半出社。大急ぎで日記をまとめてHPに書き込み。9時半に事務所を出て地下鉄を乗り継ぎ東京駅へ。10時12分発の新幹線で仙台へ。2時間の車内ではBISテキストを一通り復習。12時半に仙台着。晴れでそれほど寒くはない。タクシーにて約15分で郵貯フォレストホールのBIS試験会場に着く。大きなホールに受験者は64人で会議机を並べ一つのテーブルに一人というゆったりした密度で座る。1時15分から試験に関する注意説明が行われた後に1時半に試験開始。試験勉強を頑張った甲斐あって全30問のうち引っかかったのは2,3問だけ。しかし大幅に時間が余ったため考え過ぎて最後の問題でポカをしてしまう。隣の人が3時過ぎに早々と会場を出たので焦りがあったのかもしれない。試験会場の張り詰めた緊張感に耐えられず終了時刻の40分前に会場を出たところで間違いに気付き天を仰ぐ。タクシーで仙台駅まで行き予定より一便早い4時半に仙台発の新幹線に乗り6時半過ぎに東京着。表参道のトンカツ屋で夕食を済ませて8時過ぎに事務所に戻る。9時半帰宅。『世界の多様性―家族構造と近代性』を読みながら夜半就寝。


2017年02月13日(月)

7時起床。晴れで昨日とほぼ同じ寒さ。8時半出社。BIS試験勉強の最後のサイクル開始。午前中に計算問題と正否問題を1サイクルこなす。合間に住宅の打ち合わせや読書を挟んで夕方までに2サイクルを終える。サイクルの間に別の作業入れないと惰性の反復になりかえって混乱する。桃井さんTH-1と「155桃井邸」の設備に関するメールのやりとり。佐野さんに先日の概算見積打ち合わせのお礼メールを送る。石崎さんから「178石崎邸」の展開図に関する追加変更の要望メールが届いたので栃内と打ち合わせ。今日中にまとめて返送する予定。Yさんから敷地売買の契約を締結した旨のメールが届いたので先日の敷地調査と作業進行状況の報告メールを返送し3日後に敷地書類をコピーしてもらう約束をする。夜は試験勉強の最終段階として再度テキストを集中的に読み込む。明朝に電車の中で復習して試験に臨もう。9時半帰宅。

『世界の多様性―家族構造と近代性』(エマニュエル・トッド:著 荻野文隆:訳 藤原書店 2008)を読み始める。先日読んだ『問題は英国ではない、EUなのだ---21世紀の新・国家論』(エマニュエル・トッド:著 堀茂樹:訳 文春新書 2016)で紹介されていた家族構造とイデオロギーの関係についてトッドの仮説をもう少し詳細に知りたいと考えて手に取った。先日のパーティで山本理顕にトッドの仮説は間違っていると指摘されたのでその真偽を確かめるのも目的の一つである。フランスで原書が出たのは1999年だが、それも『第三惑星---家族構造とイデオロギー・システム』(1983)と『世界の幼少期』(1984)の合本としてである。それぞれトッドが32歳と33歳の時の著作である。500ページ余の大著だがまずは訳者解説とトッドの序文を読んでトッドの仮説の概略を把握する。世界中の家族構造の型の分布と近代のイデオロギーの分布とが密接に連動しているという仮説である。トッドが発見したのは文化人類学的かつ社会学的な仮説ではあるが、いわゆる哲学やイデオロギーとは異なり経験的に検証できる科学的仮説である。かつてのマルクス・レーニン主義こそがトッドの仮説によって反証されたイデオロギーである。なぜなら共産主義国家はマルクスの『資本論』に反して資本主義が進展した英国ではなく資本主義が未発達の農業国だったソヴィエトにおいて生まれたからだ。中国についても同じである。さらに核家族が家族の起源であり原型であるというトッドの主張は、昨今の近代家族論において主張されてきた歴史的に制約された〈近代家族〉という仮説の反証になっている。山本理顕が引っかかっているのは間違いなくこの点だろう。読み始めてどんどん引き込まれていく。ともかくじっくりと読み込んで考えてみよう。


2017年02月12日(日)

7時半起床。快晴で朝のうちは寒いが午後になると気温が上がる。9時出社。午前中のうちにBISの計算練習問題の最後の1問にトライアル。難しい応用問題だが実際にはずっと単純化された形で出題され直感でも回答できるような問題である。外壁面積は屋根面積よりも大きい場合がほとんどなので住宅全体の断熱性能に対する外壁の断熱性能の寄与が大きいことやガラス窓の性能には大きな幅がある上に熱貫流率は外壁よりもほぼ1桁大きいので要注意である。換気方式による熱負荷の差にも注意を要する。引き続き文章問題にトライアルしBISテキストと照らし合わせながら回答をチェックしてみる。全問正解とはいかないが8割位はどうにかクリアできそうである。夕方までに一通り練習問題に目を通す。明日もう一度見直せばなんとかなる気がしてくる。夕食後はベッドの中で読書を続ける。

『ル・コルビュジエから遠く離れて』(松隈洋:著 みすず書房 2016)を読み終わる。近代建築に関する沢山の知識を得ることができたのは確かだが、松隈洋の歴史観は鈴木博之や藤森照信のようなポレミックなポストモダン歴史家と付き合ってきた僕には少々正統的に過ぎて取り付く島がない。おそらくそれは松隈が前川國男から引き継いだものだろう。大江宏や吉阪隆正のみならず村野藤吾や白井晟一に対するポジティブな評価はそこから出てくるのだと思う。同時に日本のモダニズム建築を再評価しながらそれを現代建築へと引き寄せる視点が今一はっきりと読み取れない要因もその辺りにあるような気もする。とはいえ松隈には『建築の前夜---前川國男論』(松隈洋:著 みすず書房 2016)のような労作もあり目を離せない歴史家であることは間違いない。


2017年02月11日(土)

7時起床。晴れのち曇りで風がなくやや暖かい。8時半出社。9時過ぎに事務所を出て地下鉄と山手線を乗り継ぎ恵比寿駅で下車。歩いて5分でCAtの「恵比寿SAビル」に10時前着。鉄骨造10階建で1階にイベントホール2,3階に救世軍の教会を収めた賃貸ビルである。南側が駒沢通りに裏側が恵比寿公園に面した敷地で南面ファサードに鉄骨フレームを組み壁面緑化を行なっている。オープンハウスは始まったばかりなので訪れている人は少ない。まずエレベーターで10階と8階のレンタル・オフィスを見る。壁と柱は化粧しているが床はモルタル金鏝仕上げのままで最終仕上げは借り手が行うシステムとのこと。天井は吹付モルタル系の耐火被覆そのままの仕上げだが空調機は備えている。2階の教会は2層分の天井高で木質系の単純な仕上げである。北側の広いベランダに出ると恵比寿公園が一望できる。裏側の道路に商業地域と住居地域の境界線があり日影規制に掛かるため2.3階のヴォリュームを欠き込んで4階より上階のオフィス部分を大きくオーバーハングさせている。こうした法的な対応の結果このような形が生まれたらしい。1階ホールの表通り側と裏の公園側の開口はCatが多用する折り畳み式のガラス引戸で、開くと空気とアクティビティが抜ける小嶋一浩さんらしい仕掛けである。さまざまなイベントに使えそうな開放的な空間である。1階まで降りると急に人が多くなっているので急いで赤松佳珠子さんに挨拶し10時半にお暇する。再び山手線で五反田まで行き駅前のバス停から渋谷駅東口行のバスに乗り下目黒の「林試の森公園」近くで下車。歩いて公園北側のY邸敷地へ。2階建の古い住宅と3階建の新しい住宅とが半々に建て込んだ住宅密集住宅地である。3階まで上がれば林試の森が見えるだろうが空中を飛んでいる電線類がかなり目障りかもしれない。しばらく周囲を歩いて見ると徐々に建替が進んでいるようで幾つか空地も散見される。Y邸の候補敷地には木造2階建住宅がありまだ人が住んでいる。写真を撮っていると住人が出てきたのでびっくりする。11時半に現場を発ってしばらく敷地周辺を歩いてから目黒方面に向かい途中でバスに乗車。終点の渋谷駅東口でバスを降り副都心線で明治神宮前駅にて下車。12時過ぎに事務所に戻る。稲山正弘さんから『中大規模木造建築物の構造設計の手引き』(稲山正弘:著 彰国社 2017)が届く。構造解析までを含んだプロフェッショナル向けの専門書である。午後はBISの試験勉強。練習計算問題を試みいくつかのデータを頭に叩き込む。夕方までに7問まで試み1問を残して終了。明日は練習問題の総復習としよう。『ル・コルビュジエから遠く離れて』を読みながら夜半就寝。


2017年02月10日(金)

7時起床。晴れで風の強い一日。8時半出社。昨日に引き続きBISの試験勉強を続行。第7章までの赤線部分を読み基礎データを頭に入れていく。関東に比べて北海道ではあらゆる性能の要求値が1ランク上なのでこれまで学んだ常識が通用しない。今後は北海道仕様が常識になっていくのだろうか。夕方までに全7章を読み通しぐったり疲れたので計算練習問題は明日に持ち越し。しかし記憶したデータは計算に使ってみないとリアリティが湧かないのは設計と同じである。要するに仮説なしには問題意識が湧かないのである。夜はY邸の第2案スケッチを続行。断面図をまとめる。まだ敷地を見ていないので明日には調査してスケッチをチェックしよう。明日から2日間の休みなのでスタッフと来週以降の仕事のスケジュールを打ち合わせ。「155桃井邸」の現場監理と「アタゴ第2工場」の現地打ち合わせ日時を調整。「157佐野邸」と「158石邸」の作業の状況を確認。9時半帰宅。『ル・コルビュジエから遠く離れて』を読みながら夜半就寝。


2017年02月09日(木)

7時起床。雪から小雨に変わる寒い一日。8時半出社。一昨日に佐々木構造計画から届いた退職記念本の出版記念会の趣旨文の校正に取り組む。冗長性を取り除きコンパクトに圧縮した趣旨文に切り詰めて担当の永井さんに返送する。BISの試験勉強を再開する。面倒なのは計算問題なので連休に集中的に取り組むことにしてまずはテキストの読み込みを先行する。この歳になると基本的なデータを記憶するのはなかなか難儀なので何度も読み返すしかない。先日の講習会で章毎の出題数を指定されたので読み込みの度合いを調整する。Y邸の第1案について木村と打ち合わせ。道路斜線制限や外壁耐火の構法に厳しい条件がありそのまま進めるのは難しそうなことが分かる。引き続きY邸の第2案のスケッチを再開する。面積がやや大きくなり予算が厳しそうだがその他の条件は何とかクリアできそうである。夜までかかって何とか高さ方向のチェックまでを済ませる。9時半帰宅。『ル・コルビュジエから遠く離れて』を読みながら夜半就寝。

『ル・コルビュジエから遠く離れて』を半分まで読み進む。戦前の吉田鉄郎やアントニン・レーモンドから始まりル・コルビュジエに学んだ前川國男、坂倉準三、吉阪隆正に関する小論を集めたエッセイ集である。知らないことが多いので勉強にはなるが松隈さんの視点は僕にはあまりにも正統的過ぎるので時々ついていけなくなる。とはいえ敬瑤痢屮襦Ε灰襯咼絅献┐慮た日本」は1955年11月に国立西洋美術館の調査のために初来日したル・コルビュジエの1週間の滞在の足跡を追った記録で興味深く読んだ。桂離宮を見て「線が多すぎる」と言った有名なエピソードはこの時に発せられたらしい。ル・コルビュジエは日本の都市や建築を『東方への旅』のようにヴァナキュラーで文化人類学的な視点から捉えていたようである。そのために伝統的な名建築よりも先斗町の路地の方に興味を惹かれたのである。


2017年02月08日(水)

6時前起床。急いで朝食を摂り7時前に出社。木村がまとめた図面一式をカバンに詰め込み7時に事務所を出る。快晴で寒い朝である。表参道から銀座線で新橋にてJR山手線浜松町でモノレールに乗り換え8時に羽田空港第一ターミナル着。8時半発のJAL新千歳空港行の便に搭乗。今週始まった札幌雪まつりのせいか外国人観光客が多い。10時に新千歳空港着。JRの改札口は中国人観光客でごった返している。10時半発の小樽行空港ライナーに乗り11時10分に札幌着。札幌地方は予想したほど雪は積もっていない。雪の積もり方から多くの住宅が傾斜屋根ではなくフラット屋根であることがよく分かる。西改札口で佐野夫妻と待ち合わせ駅ビル内のラーメン街で昼食。12時過ぎに店を出て佐野さんの車で北区の丸稲武田建設へ1時前に到着。山本亜耕さんに紹介してもらった建設会社で「157佐野邸」の概算見積を依頼するために訪問した。社長の武田さんに佐野夫妻を紹介し概算用図面一式を渡す。まもなく山本さんが到着。武田さんが作成した質問リストに従って質疑応答を開始する。かなり細かな納まりまで訊かれる上に質問に対して佐野さんから新たな希望が出てくるので本格的な見積の際の質疑応答のような様相を呈し始める。僕としては手綱を締めるために佐野さんの希望を押し止めるような警告を発さざるを得なくなる。やむなく数回にわたり界工作舎に電話し木村に質疑内容を伝える。北海道の住宅建設事情を知るにはいい機会だがこの段階で概算見積をするのが適当なのかどうか一抹の疑問が湧いてくる。とはいえこの機会に佐野夫妻に設計の詳細を知ってもらうことには大きな意味があるだろう。結局打ち合わせは2時間以上に渡り3時過ぎに終了。江別に戻る佐野夫妻と別れて山本さんの車で最寄の琴似駅まで送ってもらう。帰りの飛行機までに少し時間があるので岩見沢駅まで行ってみようかと考えホーム上でiPhoneで電車の便を調べているうちに間違えて逆方向の小樽行快速電車に乗ってしまい天を仰ぐ。どちらにしても2時間弱で岩見沢まで往復するのは時間的に難しいことが分かったのでよしとしよう。次の駅で札幌行の普通電車に乗り換え札幌駅から空港ライナーで千歳空港駅に5時過ぎ着。そのまま搭乗ゲートに向かい6時発の羽田行の便に搭乗。朝の便よりも一回り大きい飛行機だが満員である。7時半に羽田着。外苑前まで戻り蕎麦屋で簡単な夕食を摂り9時過ぎに事務所に戻る。スタッフに今日の打ち合わせの経緯を報告し9時半帰宅。ウィスキーを煽り『ル・コルビュジエから遠く離れて』を読みながら夜半就寝。


2017年02月07日(火)

7時起床。快晴で風が強い。8時半出社。9時に事務所を出て山手線、西武新宿線を乗り継ぎ鷺ノ宮駅に9時半着。改札口で西方里見、村井正、エクスナレッジの木藤阿由子の三氏と待ち合わせ。駅から歩いて10分余の住宅地内にある山脇巌が設計した『三岸好太郎アトリエ(1934)』へ。家主の山本愛子さんの案内で建物内外を見学する。外壁はラスモルタル吹付仕上で屋根は木亜鉛メッキ鋼板葺。元は木製サッシだったが現在はアルミサッシに換えられている。2層吹抜南向きのアトリエを中心とした住宅で木造モダニズムの典型といってよい。内外ともかなり増改築されているので竣工当時のキレのいいモダニズムデザインは薄れているが空間の骨格だけは残されている。国の有形文化財指定を受けてはいるが十分なメンテナンスは施されていないためアトリエの床がかなり傷んでいる。2階和室の天井漆喰がほとんど脱落している状況はやや痛々しい。内外を見学した後に竣工当時の写真などを見せてもらい玄関脇のリビングで紅茶を飲みながらしばらくの間歓談。西方さんは木造モダニズムの可能性を強調するが80年後の現状を見ると僕はイマイチ乗り切れない。このまま維持できるかどうかは今後の修理が正念場だろう。11時にお暇し12時前に帰社。佐々木構造計画の永井さんから佐々木睦朗さんの法政大学退職記念本『構造・構築・建築---佐々木睦朗の構造のヴィジョン』(LIXIL出版)の出版記念祝賀会案内状のたたき台が届く。3月初めの出版が確定したので祝賀会開催日は3月16日(木)で会場は代官山ヒルサイドプラザ地下ホールに決まる。僕のスケジュールに問題はないので直ちに発起人代表の快諾メールを返送する。木村と明日の札幌での打ち合わせに備えて「157佐野邸」の設備システムについて打ち合わせ概略をほぼまとめる。栃内と「158石邸」の展開図の打ち合わせ。一通りまとまったので石夫妻に送信。那須高原の「箱の家133」を工事した鹿沼のカクニシビルダー社長の西村陽さんに打診してみたら大洗は工事可能範囲だというので見積に参加してもらうことにする。石さんからも工務店3社の紹介を受ける。今日は何となくBIS試験勉強に取り組む気分になれないのでY邸のスケッチを続行。夜までかかって第2案をまとめる。一部が道路斜線制限にかかるので3階が少し変形しそうだ。9時半帰宅。明日が早いので『ル・コルビュジエから遠く離れて』を読みながら11時半に就寝。


2017年02月06日(月)

7時起床。晴れでやや寒さが和らぐ。8時過ぎ出社。直ちに事務所を出て青山の歯科医院へ。8時半から月例の歯のメンテナンス。正月を挟んで1ヶ月半ぶりである。半年前に電動歯ブラシの機種を変え薬用歯磨を使用し始めたせいか歯垢の沈着がほとんないと褒められる。ただ逆に磨き過ぎると歯根を痛めるから要注意とアドバイスされる。ソニックケア型だから問題はないと思うのだが。9時半帰社。BISの試験勉強を再開する。テキストと練習問題を見ながら数問解いてみる。断熱抵抗値や熱貫流率については常識的な値を記憶しておく必要があるようだ。2階建ての場合は屋根よりも外壁の断熱の方がU値(熱貫流率)の低下に有効であり、窓は樹脂枠にLow-e複層ガラスでも熱貫流率は外壁より1桁高いことも常識の範囲なので記憶しておかねばならないという。それ位の知識がないと数字上だけの計算になるので簡単に桁を間違えてしまう。さらに屋根や外壁には室内外に空気による表面熱伝達抵抗なる値があるのには驚いた。これは腰を落ち着けて取り組まないと落第してしまいそうである。家早南友。あまり続けると知恵熱が出そうなので間にY邸のスケッチを挟む。木村と「157佐野邸」の設備システムの打ち合わせ。何とか明後日の札幌行きには間に合う見通しがつく。先週末に札幌の雑誌『Replan』編集長の三木奎吾さんから「東北のデザイン住宅」という特別号を企画しており取材したい旨のメールが届いたので秋田の「箱の家148・本庫」のクライアント天雲さんが承諾すれば取材に応じられる旨の返事メールを送る。取材依頼のメールを天雲さんに転送したら直ぐに快諾メールが届いたので三木さんに転送する。『建築雑誌』2017年2月号「アジア建築家山脈」特集が届く。アジア7カ国7人の近代建築家を見開きで紹介した小特集だが久しぶりに読んで面白い記事である。難波研OBの岩元真明がカンボジアのヴァン・モリヴァンについて書いている。DOCOMOMOの活動が日本からアジアへと広がりこうした特集ができるようになったらしい。今後どのように展開するのか興味深い。9時半帰宅。熱い風呂に入った後『ル・コルビュジエから遠く離れて』を読みながら夜半就寝。


2017年02月05日(日)

8時起床。快晴で寒い一日。昨夜は夢で何度も目が醒める。昨日のシンポジウムで様々な問題を感じたからだろう。10時過ぎに出社しiPhoneに書き込んだメモを見ながら日記をまとめる。原広司の晦渋なレクチャーは「小嶋一浩の未来」というシンポジウム・タイトルに対する遠回しのオマージュであり西沢大良のニヒルなコメントはシンポジウムに対する遠回しの批判(西沢は終了前に退席)だが聴衆は理解したのだろうか。ともかく小嶋が彼と同世代のリーダーであったことを証明するようなシンポジウムだった。昨日木村がまとめた「157佐野邸」の概算用建築図面一式を札幌の建設会社に送信する。昨日に続きY邸のスケッチを続行。新しいプログラムは以前のプログラムよりもさらにヘヴィーであることが判明。予算内に収めるのはかなり難しそうな感じがしてくる。昼過ぎに栃内が出社。1時半に大洗から石夫妻が来所。「158石邸」の詳細図打ち合わせ。栃内が材料見本を見せながら建築について説明し質問を受ける。引き続きカタログをコピーしたファイルに従って設備システムについても説明。参考のために作成中の展開図も渡す。僕も途中でコメントするが栃内の十全な説明で石夫妻はほぼ納得しただろう。工務店の手配について打ち合わせ次回打ち合わせは今月末あたりになることを確認して3時半過ぎに終了。前田財団の博士論文の残り2編を読み込みコメントと評価を書き込む。研究助成と国際会議の評価を見直して審査の作業はすべて終了。今年は全体的にかなりレベルが高いので最終審査では議論百出になるような予感がする。夜はNKKTVで中国の大気汚染の特集を見る。北京だけでなく他の大都市でも大気汚染が酷いようだ。ここ数年中央政府は大気汚染の撲滅を叫び続けているが民間会社に買収された地方行政府は決して腰を上げようとしない。そうした社会的矛盾が武漢の婦人団体の抗議運動の取材によって具体的に紹介される。最近NHKTVは中国の社会的経済的問題を何度も特集しているが少数の事例の取材によって全国的な問題を検証するような番組には何処となく虚しい印象を拭えない。個別的な事例が中国全土の問題をrepresentしているとはとても思えないからである。番組企画の問題か取材規制があるのか分からないがよしんば両方の条件があるにしてももっと多数の事例を集め多角的な視点を持たないと説得力を持ち得ないだろう。


2017年02月04日(土)

7時起床。快晴で寒さはやや和らぐ。8時半出社。栃内は明日の出勤の代休で今日は休みである。木村と「157佐野邸」打ち合わせ。来週札幌に行くための建築図面は揃いそうだが設備図はギリギリ間に合うかどうかである。Y邸のスケッチを続けるうちに駐車場の問題が気になり始めたので確認のためにYさんに質問メールを送る。午後に返事メールが届き何度か敷地を見るうちに希望プログラムが変わり始めた旨がまとめられている。以前とは異なるプログラムなのでスケッチをやり直す必要があるが現在進めている案も合理的なので2案合わせて提案することにしよう。午後3時前に事務所を出て明治神宮前駅から代官山へ。3時半から代官山ヒルサイドプラザの地下ホールで昨年10月に亡くなった小嶋一浩の追悼シンポジウムである。会場は顔見知りの建築家で一杯だが世代は僕より若い。ギャラリーには多くの学生が陣取っている。YGSAの西沢立衛の挨拶から始まりまず原廣司によるショートレクチャー。T・S・エリオットとW・フォークナーによる「始まりと終わり」の回帰、中世の作曲家ギョーム・ド・モショーからピエール・ブーレーズに至るロンド(回旋曲)の展開を紹介しながら終焉に始源が埋め込まれているといういつもながら晦渋な話である。要は小嶋一浩の逝去を未来への始源にしようといえば済む内容だが聴衆は聴き入っている。引き続き「教育という視点から」と題して原廣司、北山恒、西沢大良、乾久美子、平田晃久と司会の藤原徹平によるシンポジウム。小嶋の建築教育に関してそれぞれの建築家が思い出と感想を披瀝する。東京理科大での建築デザインをアクティビティ・デザインとして捉える教育法やYGSAに移った際の建築から都市への視点の転換や「名建築の再読」というユニークな課題などが紹介される。小嶋は東日本大震災以後では建築と都市におけるリスク問題に注目していたらしい。最後に藤本壮介と槇文彦がコメントして前半終了。後半は「社会という視点から」と題して山本理顕、妹島和世、塚本由晴、小野田泰明、西沢立衛、赤松佳珠子と司会の槻橋修によるシンポジウム。まず赤松がC+Aの仕事の概略を紹介し引き続き小野田が計画学者の視点からアーキエイドや鵜住居小学校での小嶋の活動を紹介した後にパネラーによる思い出と感想。デザインの与条件に対する疑問の提出、脱学校を目指すイヴァン・イリッチ的存在としての小嶋、シーラカンスというグループとしての活動などが紹介される。西沢立衛による「生きたモダニズム」というコメントが印象に残る。伊藤恭行と工藤和美は一人でも自立できた小嶋がなぜシーラカンスというグループを組んだかを説明した後に大西麻貴、佐藤淳、青木淳の発言で終了。最後の挨拶に山本理顕が小嶋の学校のヒューマニズムについて語る。小嶋一浩の活動を様々な側面からとらえた多面的なシンポジウムだった。終了後会場で小嶋夫人の城戸崎和佐さんに挨拶。小泉雅生さんからは『メタル建築史』に対する好意的な感想を聴く。その後近くのモンスーンカフェ代官山に移動し二次会。懐かしい面々と酒を呑みながら他愛のない歓談。最後に山本理顕が神宮前日記に書いたエマニュエル・トッドについての議論を取り上げて批評された時は緊張する。山本さんもトッドをかなり読み込み家族形態の分析に錯誤があると指摘。僕はこれから勉強するつもりなので反論できなかったがこの問題については是非いつか議論しましょうと言って別れる。会場はまだ盛り上がっていたが10時過ぎに退席しタクシーで帰宅。軽食を摂った後に夜半就寝。


2017年02月03日(金)

7時起床。快晴で風が強く寒い日が続く。8時半出社。9時半過ぎにはりゅうウッドスタジオの芳賀沼、滑田、三浦の3氏が来所。縦ログ構法本の打ち合わせ。とはいえ芳賀沼さんは別のプロジェクトの話を始めてしまい本の話は後回しになる。10時に秋田県立大の板垣直行と遠藤政樹が来所。10時から縦ログ構法研究会の第7回。縦ログ構法耐力壁パネルの予備実験の報告。柱脚金物の仕様を決めて壁倍率5をめざして本実験を行うことを決定。相変わらず芳賀沼さんがコンテクストから外れた発言を差し挟む。何故なのか理由を考えながら話を聞いていると回答に向かって収斂しそうな問題を芳賀沼さんはいつもコンテクストを拡大することによって再検証しようとする点にあることに思い至る。場が共有している問題に対して別な角度からアプローチを試みながら回答への収斂を阻害していることに本人は気づいていないのである。そのようなスタンスはブレイン・ストーミングのように拡散思考の場合には適しているが解答に向かって漸近的に収斂すべきデザイン・プロセスにはふさわしくない思考形態である。問題は話し合い前の初期条件にあるのかもしれない。おそらく話したいことが多すぎて整理できないのだろう。暫定的な結論を確認し本実験の日時を確認して12時に終了。栃内と「158石邸」の打ち合わせ。詳細図を見ながら電気設備システムについて検討する。石夫妻との明後日の打ち合わせに備えてカタログ類を準備する。木村と「157佐野邸」の打ち合わせ。構造システム図を検討し詳細図へフィードバックする。昨日に続きY邸のスケッチを続行。Y夫妻の希望条件と一昨日見学したY邸を頭の中で照らし合わせながらスケッチを繰り返す。新しい敷地は自由度が高いように思えるが意外にそうでもないことが判明。道路の斜線制限がクリティカルになりそうである。カレンダーを見て今日が孫の満3歳の誕生日で鈴木博之の3回忌であることに気づく。思い立って事務所を出てタクシーで四谷の東長寺へ向かう。5時を過ぎ正面の門は閉じられて境内には入れないので窓口に頼んでエレベーターで地下2階の羅漢堂まで降りる。極小の位牌が階段状に並べられた超高密度な納骨堂である。正面奥の本尊裏の最上段中央辺りに「観相博禅信士」の位牌が見える。片手に『メタル建築史』を持ち正面で暫く黙考。6時前に事務所に戻る。夜は前田財団の博士論文の読み込み。2編を読んでコメントと評価を書き込む。9時半帰宅。『ル・コルビュジエから遠く離れて』を読みながら夜半就寝。


2017年02月02日(木)

7時起床。快晴で風が強く寒さがぶり返す。8時半出社。9時半に事務所を出て地下鉄で湯島の国立近現代建築資料館へ。10時半から今秋の建築ドローイング展のアドバイザー会議。資料館の調査官の遠藤信行さんと前田玲子さん金沢工大の戸田穣さんが展覧会コーディネーターで川向正人さんと僕がアドバイザーとして参加。昨年末から今年にかけて調査した8人の建築家のドローイングの結果報告を受ける。まだはっきりした方向性は見えないが作業はスピードアップしているので内心安堵する。今月中にさらに数人の建築家に当たるとのこと。何人かの建築家にインタビューしてドローイングの歴史的な意味に関する仮説のようなものを得たかどうかを戸田さんに訊いてみたがまだはっきりした見通しは得られていないようだ。僕の印象ではドローイングに込められた建築家の内向性とそれを強化した1970年代以降の都市逃避の傾向を強く感じる。コスモロジーという言葉が当時の気分を表現している。都市と社会への眼差しが復活する1995年以降にドローングがあまり描かれなくなったことがそれを逆証明しているのではないかと思う。次回の会議を3月初めに決めて12時前に終了。開催中の大高正人展をしばらく回覧した後12時半に資料館を出て1時過ぎに事務所に戻る。Yさんから新しい敷地の測量図と写真が届く。予算と設計の希望条件が整理されているので大急ぎで法的な条件と工事予算の検討し結果報告のメールを返送する。直ちにその条件で進めたい旨の返事メールが届く。前の敷地より条件はずっといいがそれだけ土地代金もアップするのでYさんには確実な予算計画を立ててもらいたい。木村が清書した敷地図に従って早速平面のスタディを始める。久し振りの鉄骨造の「箱の家」なので気分が高揚する。並行して前田財団から届いた博士論文の読み込みを開始。夜までに2編を読み込みコメントと評価を書き込む。9時半帰宅。

『近代建築理論全史』の再読を始めたがベッドでは『ル・コルビュジエから遠く離れて』(松隈洋:著 みすず書房 2016)を読み始めることにする。『建築の前夜---前川國男論』の仕事とともに松隈さんは藤森照信に続く近代建築史家として頭ひとつ抜け出したように思える。


2017年02月01日(水)

7時起床。晴れで寒さが少し和らぐ。8時半出社。10時前に事務所を出て近所のY邸を訪問。地上3階地下1階で内外RC打ち放し仕上げのキレのいい住宅だが冬はやや寒そうである。階高を稼ぐために徹底して逆梁構造とし床下を拝観配線スペースに使っている。駐車場を取るために1階は玄関ホールと収納トイレだけで地下は夫人の写真スタジオ2階はご主人の仕事場、3,4階が生活空間である。屋上への階段があり緑化されている。住まいからY夫婦の生活の仕方を理解する。先日見せてもらった敷地とは別の敷地を検討中で今夜不動産会社と相談するそうだ。結果を知らせてもらうことを約して11時前に事務所に戻る。午後はBISテキストの勉強続行。断熱性能の計算方法高校時代の物理学のようで面倒臭くて難儀をする。トウキョウ建築コレクションの事務局から先日のインタビュー原稿が届くが読み始めて仰け反る。1時間半のインタビューをコンパクトにまとめるのは大変だとは思うが、まったく論旨が通っていない上に文章がひどく稚拙で読むに耐えない。思い立って全面的に書き直す作業を始めてしまい四苦八苦しながら夕方までに何とかまとめて返送する。なぜ僕がこんな面倒な作業をしなければならないのか理解に苦しむがこれも教育の一環なのだと自分に言い聞かせる。それにしても大学院生がこの程度では困ったものだ。夜Yさんから新しい敷地に関する打診メールが届いたので予算を含めた基本条件を整理して返送する。夜は読書。しばらく休んでいた『近代建築理論全史』の再読を始める。


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