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箱の家 PROJECT 青本往来記
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コンパクト箱の家

2018年02月22日(木)

7時起床。冷たい小雨が降り続ける寒い一日。8時半出社。「159吉村邸」の現場に問い合わせると、今日も鉄骨建方の作業を続けているが、雨のため作業は遅れ気味とのこと。齋藤さんから既存建物の解体工事の工期短縮と既存塀の解体に関するメールが届く。工期は20日間に短縮されたが、いずれにせよ現場説明の際には解体中の建物が少し残っていることになるだろう。隣家との塀は敷地境界上に立っているのでそのまま残すことになる。仕様について何点か追加要求がるので問題点を整理する。外壁の矩計図をスケッチしながら日除ルーバーとの取り合いを検討する。〈箱の家112〉では外断熱の外側にルーバーを取り付けたが「161齋藤邸」の場合は外部テラスに取り付けることになるので納まりが難しい。14時過ぎに木村が「159吉村邸」の現場監理に向かい17時過ぎに帰社。現場写真を見ると建方は3分の2まで進んだところ。H型鋼150幅シリーズのフレームは鳥籠のようで軽快である。明日中には何とか終わりそうだが、その後は間柱や、階段、デッキプレートの工事が続く。夜は読書。21時半帰宅。『文化進化論』を読みながら夜半就寝。


2018年02月21日(水)

7時起床。曇りで寒い一日。8時半出社。昨日は『松村正恒著作集』の花田佳明さんの「はじめに」を読んで思考を喚起され、これまで気になっていたさまざまなアイデアが頭の中を駆け巡った。松村正恒の発言に、地方の建築家が東京を見据えながら自らのアイデンティを主張する典型的なスタンスを見たのである。花田さんはそれを何とか普遍的=論理的に説明しようとしているのだが、僕としてはもう一歩踏み込んで分析してほしいと思った。というのも世界に視野を広げれば、近代建築運動においては、西欧に対して日本は地方であり、そこには相似な構図を見ることができるからである。その中で、坂倉準三は松村と同じようなスタンスをとったが、それに対して丹下健三は、世界の中の地方である日本の歴史性を自覚し、方法化し、形式化ようとした。丹下が世界的に認められた最大の要因はそこにあったと思う。東浦和の齋藤さんから、敷地に立っている既存木造アパートの解体工事の工程表が届く。解体開始は3月半ばで4月上旬まで1ヶ月弱もかかる工程なので、もう少し短縮するよう交渉してもらいたい旨の返事メールを送る。14時過ぎに事務所出て、銀座線から山手線で目黒にて目黒線に乗り換え武蔵小山駅で下車。歩いて10分で15時前に「159吉村邸」現場に着く。今日は鉄骨建方で、木村は朝から立ち会っている。西側と北側の柱が立ちL字型の壁面まで進んでいる。休憩に入った15時過ぎに吉村夫妻が到着。15時半に建方再開。西側の柱列にブレースを設置したところで今日の作業は終了。17時前に木村と現場を発ち、17時半に帰社。寒空の中で2時間も立っていると疲れる。いつ頃から分からないが、このところ周囲が静かになると耳の底でジーンという耳鳴りがするようになった。少し気になるので耳鼻咽喉科を訪ねてみることにする。青山歯科医院からブリッジ歯の製作が遅れているので予約を来週に延期してほしい旨の連絡が入る。夜は読書。21時半帰宅。平昌オリンピック中継で日本がスピードスケート女子パシュート(団体追い抜き)の金メダルを獲得したのを確認した後に、『文化進化論』を読みながら夜半就寝。


2018年02月20日(火)

7時起床。晴れのち曇りの肌寒い一日。8時半出社。9時過ぎに事務所を出て湯島の近現代建築資料館へ10時前着。調査官の桐原さん、藤本さん、藤井さんと短い打ち合わせ。10時半から構造家倶楽部のメンバー中心の「構造アーカイヴ会議」第4回。僕はこれまでの3回は日程が合わず、今回が初めての出席である。東工大の竹内徹を座長とし、斉藤公男、佐々木睦朗、新谷眞人、日建の小堀徹、満田衛資、法政大の浜田英明といった錚々たるメンバーが、資料館からは桐原武志武、藤本貴子が出席。明治以降の構造家の仕事をリストアップすることから始めて、今後は主要な構造家について資料の調査を行う作業について打ち合わせ。日本近代の構造デザインの全貌を把握し、近い将来に展覧会を開くための予備調査である。これまでの資料館の活動は主に建築家を対象としていたので、さらに対象範囲を拡大する第一歩である。調査の担当者を決めて12時過ぎ終了。佐々木さんと一緒に表参道まで戻る。13時前帰社。オーストラリアの濱本さんから「128濱本邸」改修工事に関するメールが届く。4月に現在の借家人が退出することが決まったので、その時点で改修工事に着手するとのこと。昨年7月に一度現地調査を行い改修工事の設計と見積を行ったが、さらに追加工事の要望が届く。所内で検討のための打ち合わせを行い、方針を決め、資料を収集して濱本さんに報告メールを送る。「161齋藤邸」の齋藤さんからメールが届き、次回打ち合わせを前倒しにすることを決定。現場説明は解体工事の工期から3月中旬のままとする。ローマ大学のLeone Spita教授から『木造仮設住宅群』のイタリア語版の出版に関する問い合わせメールが届く。2月初めに日本の出版社にメールを送ったが梨の礫だという。やむなく出版社に電話してみると、対応ははりゅうウッドスタジオに任せていると責任逃れの回答。ならばその旨のメールをイタリアに返送するのが出版社としての最低の礼儀だと思うが要領を得ない。直ちに芳賀沼さんに電話し対応を依頼する。家早何友。夜は読書。明日のスケジュールを確認し21時半帰宅。『文化進化論』を読みながら夜半就寝。

神戸芸工大の花田佳明さんから『老建築家の歩んだ道---松村正恒著作集』(花田佳明:編 鹿島出版会 2018)が届く。花田さんは以前、鈴木博之を主査として松村正恒に関する博士論文を提出し、僕も副査として審査に参加した。その後、花田さんは松村正恒に関する本を2冊出しているから、本書で3冊目である。早速「はじめに」に目を通す。花田さんは、地方で建築を設計することについての松村の主張に〈普遍性〉を探ることを本書の目的としている。松村は自分の建築が〈地方〉〈風土〉〈伝統〉といった言葉で評されることを拒否し、それに代えて〈自然体〉と〈心構え〉を対置しているという。花田さんは、このような松村の主張は「直感的に示された数学の定理のようなもの」だと評し、そこには隠された〈普遍性〉があると指摘している。松村の一連の主張が、1950年代の〈伝統論争〉を背景としていることは、花田さんが指摘する通りである。そして〈伝統〉を〈形式〉として捉えることに対する松村の反論は、〈中央〉と〈地方〉を対比することへの反論と根拠を同じくしているように思われる。その根拠が〈自然体〉や〈心構え〉なのだが、こうした構図から僕が直ちに連想したのは、かつて『国際建築』誌上で交わされた〈伝統論争〉での坂倉準三と丹下健三の対比的な主張である。そこで坂倉は〈パリ万博日本館(1937)〉や〈鎌倉近代美術館(1951)〉を提示しながら「日本人にとって、伝統は身体化されているので、意識しなくても自然に表出するものだ」と主張し、それに対して丹下は「コンクリート構造による伝統表現の方法をつくり出すことが、これからの日本建築の課題である」と主張している。要するに坂倉は伝統を〈自然体〉や〈心構え〉として捉え、丹下は〈形式〉として方法化すべきだと主張したのである。そして松村も坂倉と同様に、伝統に対する丹下的なスタンスを批判した訳である。しかしながら世界的に見るならば、日本は〈西欧=中央〉に対する〈地方〉に他ならない。丹下は、その歴史的な事実を意識化し形式化を試みたのである。その結果、丹下の〈倉吉市庁舎(1957)〉や〈香川県庁舎(1958)〉が生み出され、それ以降の坂倉の公共建築デザインは、ほぼ完全に丹下の亜流に陥ることになる。このような捻れた構図は、松村正恒の主張に関する花田さんの評価を相対化することにならないだろうか。そして坂倉や松村の主張には〈地方〉から〈中央〉に向けた典型的な発想を見ることができるのではないか。ここには建築デザインにおける〈自然(じねん)と作為〉や〈意識と無意識〉の問題、あるいは〈明示知と暗黙知〉(マイケル・ポランニー)や〈パタンランゲージ〉(クリストファー・アレグザンダー)が提起した「無意識の意識化とその再無意識化」という普遍的な問題が潜んでいるように思う。


2018年02月19日(月)

7時起床。今日も晴れだが寒い一日。昨夜は暖かくして寝たので幸い風邪に罹らずに済んだようだ。10年ほど使い続けた無印良品のコーヒーメーカーが水を入れてもドリップしなくなった。結構長持ちしたので十分かなと思うが、簡単に買い換えるにはちょっと気がひける。リノベーション時代のせいかもしれない。8時半出社。戸田がまとめた「161齋藤邸」の外壁展開図をチェックバック。鉄骨フレームに外断熱した外壁と日除ルーバーの納まりが、まだ十分に理解されていないようだ。規矩図を描いた上でフィードバックする必要があるかもしれない。近現代建築資料館の藤井愛さんからメールが届く。先週、池辺陽原稿を送ったことの返答がないのは、担当の遠藤信行さんがインフルエンザに罹っているためだという。展示全体のコメントに加えて、池辺陽の〈渋谷区復興計画〉についての短文コメントを追加要求される。〈渋谷区復興計画〉は今回の展示の目玉なので、以前からコメントをスケッチしていた。大急ぎで『戦後モダニズムの極北---池辺陽試論』の第1章と第2章を読み直し、池辺陽の父親である池辺稲生が、戦前に内務省の官僚から東急電鉄に天下りしていることを確認する。生前の池辺に、何度か渋谷駅や新宿駅周辺の計画を父親から持ちかけられたという話を聞いたことがあるので、そのことを思い出しながら原稿をまとめる。池辺は戦時中に坂倉準三の事務所に勤めていたから、その関係で新宿駅と渋谷駅周辺の建築の仕事は、坂倉事務所が担当することになったとも聞いた。当時、池辺と坂倉は複雑な関係にあったようだ。2枚の原稿をまとめて建築資料館の藤井さんに送る。18時に東浦和の齋藤さんが来所。「161齋藤邸」の展開図と設備図の打ち合わせ。実施図面を読み解くのはなかなか難しいので、家具の配置、アルミサッシのサイズ、照明器具のLED化など基本的な方針だけを説明し、あとは疑問点に回答するに止める。さらに器具類のカタログコピーのファイルを渡し、奥さんと相談するように依頼。齋藤さんは税理士なので、年度末が一番忙しいため、次回の打ち合わせは3週間後とし、その週の週末に工務店への現場説明を行うことにする。19時半に齋藤さんと一緒に行きつけのトンカツ屋で夕食を食べながら歓談。齋藤さんのセンスは〈箱の家〉にピッタリなので意気投合する。21時過ぎに別れて帰社。21時半帰宅。『文化進化論』を読みながら夜半就寝。


2018年02月18日(日)

8時起床。晴れだが相変わらず寒い一日。ゆっくりと朝食を摂ってから熱い朝風呂に入る。10時半出社。日記をまとめた後、「161齋藤邸」の図面に目を通す。明日の夕方に齋藤さんと打ち合わせる準備はとりあえず大丈夫そうである。1時過ぎに事務所を出て千代田線、東西線を乗り継いで木場駅にて下車。地上に出て案内図を確かめているところで陣内秀信さんに遭遇したので、一緒に〈続・Tokyo Metabolizing展〉の会場であるEARTH+GALLERYに向かう。倉庫をリノベーションした会場で北山恒さんが待機しているので、展示について簡単な説明を受ける。木造密集地域の隙間に小広場を囲むようにRCの厚い壁を立て、中に水を貯めて防火や蓄熱に使うというインフラの新しいアイデアである。壁周辺の住宅にはリノベーションを呼びかけている最中だという。相変わらず北山さんらしい強引なアイデアだが、徹底したボトムアップの計画である点には共感できる。塚本由晴さんの展示は、以前に雑誌で見た相続による敷地の細分化によるタイポロジー計画で、こちらもボトムアップである点は同じである。陣内さんの展示室には、これまでの研究と調査をまとめた本がずらりと並べられている。14時半から1階の会場でシンポジウム「都市東京の近未来」の開始。会場は若い人で満員。最初に陣内さんが江戸=東京の下町の水都としての歴史について30分の基調講演。会場が寒いのと風呂上がりで毛穴が開いているせいか寒気に襲われる。引き続き北山さんのレクチャーが始まったところで背中がゾクゾクしてきたため、後ろ髪を引かれるがやむなく退席。早々に16時過ぎ帰宅。暖房を点けベッドの中で読書と仮眠。6時過ぎにいつものとんかつ屋で夕食。セーターを二重に着込みウィスキーを呑みながらTVで平昌オリンピックのスピードスケートを観戦。小平奈緒の金メダル獲得を確認した後『文化進化論』を読みながら夜半就寝。


2018年02月17日(土)

7時起床。晴れ時々曇りで一時小雨のやや暖かい一日。8時半出社。木村は昨日僕がチェックバックした「161齋藤邸」展開図の修正作業を続行している。戸田は外壁展開図を担当している。僕は進行状況を確認しながら概要書や平断詳細図に目を通す。山本成一郎さんから『ニッポンの名前図鑑---日本建築・生活道具』(山本成一郎:監修 淡交社 2018)が届く。山本さんは十数年前に広瀬鎌二にインタビューした時に知り合った建築家である。早大出身だが当時の武蔵工業大学の教授だった広瀬の事務所に入った。広瀬はモダニストだが日本建築にも造詣が深く、実際に日本建築の保存や復元に取り組んでいる。広瀬が亡くなった後、山本さんはその仕事を引き継いでいる。広瀬も山本さんもモダニズムと日本の古代建築に共通性があるという太田博太郎流の建築観を体現しているようだ。そのような経緯で本書の監修を担当することになったのだろう。イラストだけでなく英訳もついているので座右の書になりそうである。青木茂さんから手紙と退職記念講演会のパンフレットが届く。当日の僕のブログ日記を読んだらしく、先日の退職記念祝賀会の返礼と陳謝の内容が綴られている。パンフレットに収められた鈴木博之の文章を読みながら「青木さんと僕の世界はかけ離れている」という感想を書いたことを大いに反省する。鈴木の評は極めて的確に青木さんの仕事を捉えているからである。様相は異なるけれど、鈴木も青木さんも、いわゆる建築家の世界からは距離を保っている。僕もどちらかといえば鈴木に近いスタンスなので、鈴木が僕に青木さんの博士論文の主査になるようにアドバイスしたことの意図を、この青木評を読んで改めて思い知った。その意味では当日の僕の祝辞は、たとえ誰にも伝わらなくても正鵠を射ていたことを確信する。今となっては確かめる術はないのだが、鈴木は僕に青木さんの仕事を「理論化しろ」と言いたかったのかもしれない。要するに〈時間のデザイン〉というテーマである。今後追求すべき課題として胸に刻んでおこう。「161齋藤邸」の図面をdropboxに入れておくように木村に指示して17時前に事務所を出る。表参道とキャットストリートを通り歩いて渋谷の文化村へ17時半着。6階のル・シネマのカウンターで予約しておいた切符を受け取り、17時40分から『欲望の翼』(ウォン・カーウァイ:監督 1990)を観る。有名な『恋する惑星』は1994年だから、その4年前の作品である。1997年の中国への返還に向けて動き始めた香港の社会状況を反映してか、映画全体に不安定感が溢れている。ほとんど焦点がボケる程のクローズアップの多用も見ものである。主人公の孤児の青年を演じるレスリー・チャンの投げやりな演技も印象に残る。香港上海銀行が完成したのが1985年で、その2年後に僕は香港を訪れたから、当時の香港の雰囲気はよく覚えている。青年を香港人に預けた母親がフィリピン人というのも香港の社会構造を反映している。香港の富裕層のメイドは、現在もほんとんどフィリピンからの出稼ぎ女性だからである。シナリオはメチャクチャだが、映画が映像と時間のアートであることを痛感させる秀作である。19時半終了。渋谷西武の美美卯で鳥南蛮定食を食べてから、来た道を戻り21時前に帰社。Dropboxから「161齋藤邸」の展開図と設備図を抜き出し、斎藤さんに送信。21時半帰宅。ウィスキーをちびりながらTVで平昌オリンピックの羽生結弦の演技を見る。『文化進化論』を読みながら夜半就寝。


2018年02月16日(金)

5時半に目が覚めたので、ベッドの中でしばらく読書した後7時前に起床。晴れのち曇りでやや暖かい一日。8時過ぎ出社。直ちに事務所を出て、表参道を通って青山歯科医院へ。日差しが暖かく少し春めいてきた。表参道では朝日のなかでモデルの撮影を行っている、8時半からブリッジ歯の最終調整。このところ毎回、接着した仮歯を外す際にリムーバーという器具を歯根に差し込み、小さなハンマーで叩くので頭蓋骨に響くのが気持ち悪い。その後、完成手前のブリッジ歯を装着し噛み合わせを調整する。装着と調整を何度も繰り返す辛い作業に30分以上かかる。家早何友。来週末には本歯が完成するので診療日時を予約して10時過ぎに終了。10時半帰社。昨日まとめた池辺陽の原稿を読み直し、加筆と校正を加えた上で近現代建築資料館の遠藤信行さんと川向正人さんに送信する。短い原稿だったが、かなり頭を使い苦労した。考えてみれば、これまで僕の建築思考を導いてくれたのは、池辺陽、鈴木博之、佐々木睦朗の3人である。池辺と鈴木については何度か評を書いたし、佐々木に関しては昨年の退職記念本の巻頭論文で、ある程度のまとめを行った。その結果、現在は今後進むべき方向が見えず新しい方向性を模索していることが、今回の原稿を書いて自分でもよく分かった。しかし歳を取ったせいで、かつてのようなガムシャラにランダムな探索ができなくなったために思考停滞に陥っているような気がする。そんな時にはセキュラーな設計の仕事に取り組むのが最善の打開策であることは、エドワード・サイードから学んだ教訓である。木村がまとめた「161齋藤邸」の展開図のチェックバック。細部の納まりはまだまだである。イゼナからアクアレイヤー・システムに関する検討結果が届いたので内容を検討。厳寒時の熱負荷が大きいので、熱源はいつものヒートポンプよりもガスボイラーを勧められる。僕もそう考えていたのでその方向で進めることとし、台所や風呂の給湯を兼ねることができるか検討を依頼する。東海大学建築学科の十亀昭人准教授から『宇宙建築』(十亀昭人:編・著 東海大学出版部 2108)が届く。僕は4年前の第1回宇宙建築賞の審査員を担当したが、その後の賞も合わせてまとめた本である。SF的イメージと建築的リアリティのバランスを問うたコンペである。夜は読書。

『文化進化論』は第1章「文化的な種」第2章「文化進化」を終えて第3章「文化の小進化」に差し掛かる。ダーウィンが提唱した生物の進化論が人間の文化にも適用できるかを検証するというテーマである。ダーウィンの進化論をダーウィニズム、その現代版をネオ・ダーウィニズムと呼び分け、文化進化には、精緻な後者ではなく前者の〈変異〉〈競争〉〈遺伝〉という3条件が適用できるという点を確認することから検証が始まる。モデルは生物の進化論なので、ラマルクの獲得形質遺伝との比較論が興味深い。文化は基本的に〈学ぶ〉ものだからである。


2018年02月15日(木)

7時起床。晴れで暖かいが夕方から冷え込む。8時半出社。今日が近現代資料館の今春の収蔵品展覧会のための池辺原稿の締切である。一昨日の原稿を読み直した結果、やはり最初から書き直すことにする。午前中に書き始め、午後にようやく全体像が見えてきたので『戦後モダニズムの極北---池辺陽試論』を読み直しながら3枚まで進む。15時から木村と「161齋藤邸」の展開図打ち合わせ。鉄骨柱はすべて30分耐火性能が必要なのだが、耐火塗料を節約するため、リビングと階段周りだけに使用し、残りは石膏ボードで包むことに決めた。しかし両者は仕上げの厚みが大きく異なるので、仕上げの切り替え部分の納まりが難しい。しかし担当の木村には、まだそこまで見えていないようだ。さらに凸凹の多い外観なので、外装の外断熱と内部の露出部分の間にも仕上げの切り替えが生じる。木村にいちいち細かく説明するのは大変なので、基本方針を決めて納めるしかないが、気にしなければ大きな問題ではないといえるかもしれない。しかし僕としては気になって仕方がない問題である。16時過ぎから池辺陽原稿の再開。何度も書き直し、悪戦苦闘してようやく20時にに校了。近現代建築資料館から要求されたのは4枚弱だったが、最終的に5枚弱になる。書きながら途中で頭の切り替えが生じ最初のイメージからは大きく変わってしまった。やはり原稿は実際に書き始めてみないと、どう展開するか分からないものである。21時半帰宅。ウィスキーを呑みながら原稿を反芻し考えを整理。『文化進化論』を読みながら夜半就寝。


2018年02月14日(水)

7時起床。晴れで朝のうちは寒いが徐々に暖かくなるという天気予報に反して一日中寒かった。8時に今日から海外旅行に出かける妻を見送った後に8時半出社。9時過ぎに事務所を出て、表参道駅から銀座線で渋谷にて井の頭線に乗り継ぎ9時40分に高井戸駅着。戸田と待ち合わせ「160平井邸」の高井戸のマンションに10時前着。まもなく平井さんのお父様が着いたので、工事要領の提出書類に署名捺印をもらって管理人に渡す。今日はロビーでマンションの理事会が開かれているようだ。管理人の案内で平井邸住戸に隣接する3住戸に挨拶し工事要領の説明書を渡す。終わった頃にTH-1が遅れて到着。皆で地下駐車場まで降りて工事車両の駐車法について管理人から説明を受け10時半終了。11時過ぎに表参道駅に戻る。戸田と別れて銀行に立ち寄り、雑用を済ませてから、帰途に青山通りに面した北青山3丁目のビルの地下で開催中の「会田誠展:GROUND NO PLAN」に立ち寄ってみる。昨日、吉村さんに勧められた展覧会である。入口は狭いが地下1,2階の会場はかなり広く2層の吹抜もある。以前、ここにはクラブやミニホテルがあったように記憶している。展覧会は都市改造に関する多種多様なアイデアを詰め込んだポップで自由闊達な内容だが、僕の感じでは広くて複雑な会場を使いあぐねているような印象を受ける。ビデオ、模型、絵画の展示は手が込んでいるが、手描きで書きなぐったメッセージや、瓦礫と椅子を積み上げてカーテンにスライドを映写する展示法は、広い会場を埋めるためのやや手抜き工事のようにも思える。全体として密度の高い展示と粗い展示との落差が激しく、東大の五月祭の際に3年生の僕が担当したに展示と大して変わりがない。とはいえ興味深い展示も沢山あるので、そこだけ写真を撮って12時前に帰社。午後は池辺陽原稿に取り組むが、まったく発火しない。書き始めれば印象が変わるかもしれないが、現時点では新しい所見は思いつかないからである。明日一日取り組めば何とかまとまるだろう。「161齋藤邸」の見積依頼について羽生の〈箱の家153〉を工事した建設会社に電話連絡し参加の承認を得る。大宮の工務店には昨年に打診しているので、相見積は2社となる。齋藤さんからも1、2社を紹介してもらう予定。21時半帰宅。『文化進化論』を読みながら夜半就寝。


2018年02月13日(火)

7時起床。晴れで風が強く寒い一日。8時半出社。昨日の日記を書き込んだ後、10時半過ぎに木村と事務所を出て、表参道駅から千代田線、小田急線を乗り継ぎ12時過ぎに渋沢駅。少し先の栢山駅まで行けば〈箱の家127〉があるので、現場に通った頃が懐かしい。改札口で佐々木構造計画の永井さん、瀧本さんと待ち合わせ、駅前のレストランで昼食。その後コーヒーショップで歓談。13時15分に駅前ロータリーで鉄工所の車にピックアップしてもらい13:30に鉄骨工場へ到着。まず会議室で鉄骨加工の前検査の結果報告を受けてから、加工場へ移動して実地の製品検査。すでに90%が加工済みで、出来上がった柱と梁の部品が外に並べてある。それぞれの部品寸法を確認し溶接の検査。いつもながら溶接部分の盛り上がりが気になる、直交面の入隅の溶接盛はそれほどでもないが、溶接が連続する小口部分はヘタクソなスチレンボード模型の接着面のようであまり綺麗ではない。強度に影響しない程度にサンダーがけするように依頼する。再度会議室に戻り、検査結果をまとめた書類にサインして15時に終了。鉄骨建方は21日(水)に決まる。佐々木構造計画とは代々木公園駅で別れて16時半過ぎに帰社。18時に吉村夫妻が来所。今日の鉄骨検査について概要を報告し、これまでに溜まった諸々の報告書を渡す。外壁耐火サイディング、ドアペイント色、床ラワン材などの見本を提出。現在の住宅の電気容量の資料をもらい19時半に終了。スタッフと近くのトンカツ屋で夕食。池辺陽原稿を少々。21時半帰宅。『文化進化論』を読みながら夜半就寝。


2018年02月12日(月)

7時半起床。晴れで寒い一日。今日は祝日だが9時出社。〈箱の家072〉のクライアントでブックデザイナーの芦澤泰偉さんからメールが届く。これまでの〈箱の家〉でポイント的に使ってきた倉俣史郎デザインのKスポットが製造中止になったので、その代わりになるような照明器具に関する質問である。照度の確保だけなら代替品はあるが、Kスポットのデザインに匹敵するような器具は見当たらない。ハロゲンランプをそのまま器具デザインに一体化させているからである。ハロゲンランプはある程度の寿命はあるが、点灯時は熱くて効率も良くないのでLEDには比較すべくもない。とりあえず栃内が代替器具を調べてくれたが、今後の〈箱の家〉ではどうしたものだろうか。池辺陽の原稿を書き始めるが1枚書いたところで頓挫。長い原稿ではないだけにコンパクトにまとめるのが難しい。『ひとり空間の都市論』を読み続けるが、今ひとつ興が乗らないのでなぜなのか考えあぐむ。扱っているトピックは現在的だし僕の個人的な体験にも強く結びついている。しかし都市に生きる若者にとっては当たり前のことを社会学的に言い換えているだけのようで、新しい発見がほとんどないのである。やむなく結論「都市のひとり空間の行方」まで飛び、最後まで読み通してみる。「結論」ではP2P(Peer to Peer)やIoT(Internet of Things)が浸透した近未来の「ひとり空間」の変容について論じているが、ここにも特に新しい発見はない。シェアリングエコノミーを代表する民泊サービスAirbnbについても、もはや僕の世代には当てはまらないだろう。著者の南後は社会学的分析を都市空間に結びつけて考えたいと書いているが、そもそもITをはじめとするテクノロジーは、都市における人間の行動と空間の結びつきを解体する方向に進んでいるので説得力はないように思える。要するに広い意味でも機能主義の時代はもはや終わっているのである。だから今や人間行動からではなく(つまり社会学的アプローチではなく)逆に都市空間の方から(つまり建築都市的な視点から)人間行動にアプローチすべきなのである。もっと手応えのある本を読みたいので、去年5月に読み始め途中で休止した『文化進化論---ダーウィン進化論は文化を説明できるか』(アレックス・メスーディ:著 野中香方子:訳 NTT出版 2016)の再読を始める。


2018年02月11日(日)

8時半起床。晴れ時々曇りの比較的暖かい一日。10時過ぎ出社。午前中は昨夜の青木茂さんの退職祝賀会についてあれこれ考えたことをまとめ、引き続き『世界史の中の産業革命』を再読し読後評を書く。技術革新が生じる大きな条件は高賃金にあるという指摘は目から鱗だったが、イギリスの産業革命の場合は、それに安価なエネルギーという条件が加わっていたことも忘れてはならないだろう。イギリス国土は複雑な地質条件を持ち、石炭と鉄鉱石の資源に恵まれていた。産業革命における最初の技術革新は蒸気機関であり、それが綿業の機械化に応用され、鉄道と蒸気船という効率的な交通機関を普及させた。現代の技術革新においても高賃金は依然として重要な条件だが、一方で資本の負担を相殺する安価なエネルギー価格に当たるような条件はあるだろうか。建設産業について考えてみると、木造構法における技術革新の条件が大工の高賃金化にあることは間違いないが、裏を返せば労働力賃金はもっとも変化しにくい条件である。従って現状の賃金条件のもとでは、新しい技術革新は大工の賃金を下回るような技術でなければ浸透しない。プレカット機械はそのような技術として普及したと考えられる。だとすれば現在僕たちが開発している縦ログ構法は、ロウテックな工業化構法として、過剰な資本投下を必要とせずに構法を単純化し、工期を短縮するコストダウン技術となるように、簡易な標準化をめざすべきだろう。この点に本書から学ぶべきもう一つの教訓があると思う。そして簡易な標準化の有効性を検証するためには、縦ログ構法の実験住宅を建設する必要がある。これが本書から学んだ結論である。15時前に難波研OGのグエンティン・アン・トゥーさんが娘を同伴して来所。現在、彼女は大手ゼネコンの設計部に務めているが、この3月に母国のヴェトナムに帰国しホーチミンのゼネコン支社に移動するという。保育園に通っている5歳の娘さんはヴェトナム語にはまだ不慣れなので、日常会話をヴェトナム語で話し少しずつ慣れさせているそうだ。建築のことや今後の計画について話し『進化する箱』と『メタル建築史』の2冊を贈呈して17時前に別れる。夜は池辺陽の原稿を書き始めるが、いつもながら、なかなか発火しない。熱い風呂に入り、ボンヤリと旅チャンネルを見ながらウィスキーを煽った後『ひとり空間の都市論』を読みながらは夜半就寝。


2018年02月10日(土)

7時起床。午前中は晴れていたが午後は曇りになり夜は雨に変わるやや暖かい1日。8時半出社。9時過ぎに事務所を出て半蔵門線、田園都市線であざみ野駅に9時半前着。戸田と待ち合わせ、西口の3番バスに乗りもみの木台にて下車。歩いて5分で「124佐藤邸」に到着。竣工してちょうど10年で2012年に放送大学の取材をして5年ぶりの訪問である。外観はほとんど変わりがない。まもなく小川建設社長の小川高司さんが到着したので、佐藤夫妻に挨拶しメンテナンス調査開始。外部階段のモルタル割れ、外壁セメント版のひび割れ、フレキシブルボードの欠孔、建具戸車の不具合、天井扇の遠隔操作の不具合などを指摘されたが、根本的な問題はない。項目をリストアップし工事が必要なものは見積を出して決めることとし10時半過ぎに終了。11時半に帰社。天井扇のメーカーについて東京理科大の高瀬幸造さんへメールで問い合わせる。まもなく返答メールが届く。早速連絡してみるが、アメリカのメーカーなので当然ながら土曜日は休み。戸田がまとめた「124佐藤邸」のメンテナンス項目を佐藤夫妻と小川建設に送信。16時半に事務所を出て銀座線、井の頭線、京王線を乗り継ぎ、南大沢駅に17時半過ぎに到着。駅周辺をしばらく探索して、すぐ近くの青木茂さんの退職祝賀会会場へ。まずは青木さんと夫人と娘さんに挨拶。18時から祝賀会開始。100人近くの人が集まっているが、知り合いは2,3人、建築家は原尚さんだけなので居心地が悪い。僕は2番目の祝辞。青木さんの博士論文の先駆性をマイケル・ポランニーの〈暗黙知〉に結びつけて紹介したが反応は皆無。僕以降のスピーチはいずれもリファイン建築がらみと商売の話だから当然かもしれない。最後の深尾精一さんのスピーチは首都大学東京へ青木さんを招いた経緯のみ。居場所がないので会場の隅で原尚さん石堂威さん小田道子さんと赤ワインを呑みながらひっそりと歓談。8時に中締め。青木事務所からのメール案内では、中締め後は少人数で懇親会と書いてあったが、何の対応もエスコートもない。やむなく青木さんに挨拶し、記念本をもらって早々に会場を出る。帰りの電車の中で記念本を拾い読みするが、理論的な話題がないので僕の興味には引っかかってこない。おそらく青木さんの方が一般の社会に近いのだろう。青木さんと僕とは世界が大分かけ離れていることを改めて思い知らされた会である。今日読み始めた『ひとり空間の都市論』(南後由和:著 ちくま新書 2018)が今日の会に共振する。家早南友。土砂降りの表参道駅を出て21時半に帰宅。ウィスキーを呑み直しながらあれこれ考えを巡らせる。夜半就寝。

3日前から『世界史の中の産業革命---資源・人的資本・グローバル経済』(R.C.アレン:著 眞嶋史叙 他:訳 名古屋大学出版会 2017)の第3章から最終第11章までを飛ばし読みする。第3章「農業革命」では、高賃金による食生活の変化と人口の都市集中を支えた農業革命について論じ、第4章「低価格エネルギー経済」では、イギリスにおける石炭資源開発によるエネルギー価格の低下が、それまでの木炭から石炭への転換を可能にし、高賃金による資本家の負担を相殺したことを分析している。第5章「なぜイギリスが成功したのか」では、4つの変数、賃金水準、都市化、農業生産性、プロト工業化が産業革命を牽引し経済成長を推進した経緯が詳細に検証されている。第局堯峪唆罰很拭廚蓮∋唆罰很燭遼楴租な特徴である技術革新の分析である。第6章「なぜ産業革命はイギリスで起きたのか」では、イギリスにおいて技術革新を導いた資本と賃金の関係について分析される。第7章「蒸気機関」では、蒸気機関の発明の詳細な経緯が、第8章「綿業」では、イギリスにおける綿業の技術革新が世界を席巻した経緯が、第9章「コークス溶鉱法」では、エイブラハム・ダービーによって木炭に代わるコークス溶鉱法の発明がイギリスの製鉄産業の興隆をもたらした経緯が詳細に分析される。第10章「発明家、啓蒙主義そして人的資本」では、18世紀のイギリスが豊かな人的資本に恵まれ、それが飛躍的な技術革新をもたらす要因となった経緯が論証される。著者は当時の思想を〈産業的啓蒙主義〉と呼び、それを以下の4つの側面、1)発明と発明家、2)発明家が活躍する社会的ネットワーク、3)実験を通して科学的方法を技術の研究に応用すること、4)技術革新を担った啓蒙主義者の階級の範囲、に分けて分析し〈産業的啓蒙主義〉における〈実験主義思想〉が18世紀の発明家を性格づける共通の特徴であることが検証している。その点において〈産業的啓蒙主義〉は知識重視のいわゆる啓蒙主義とは本質的に異なるのである。最後の第11章「産業革命から近代経済成長へ」は本書の結論として、イギリス産業革命の偉大な業績は、生産性を上昇させる機械類を大量生産する最初の大規模な機械産業を生み出した点にあり、機械の生産は第一次世界大戦まで続く経済成長を直接説明する3つの発展、1)産業の全般的機械化、2)鉄道の発展、3)蒸気を動力とする鉄船の発展の基盤となったことを論証している。本書から僕たちが学ぶべきことを1点だけ挙げるとすれば、技術革新は理論の〈実験〉によって導かれるという点だろう。アルミニウム建築においてもそうだったし、現在進めている縦ログ構法の開発においても、実験的なモデル建築を建て、多面的に検証することからしか構法的な技術革新は生まれないということである。


2018年02月09日(金)

7時起床。快晴でやや暖かい一日。8時半出社。10時に平井直子さんとお父様が来所。「160平井邸」の設計監理業務委託契約の締結。工事契約の約款や見積の内容について、何点か質問を受ける。約款は四会連合の標準書式の抜粋だが、建築関係以外の人が読むと設計者や工務店に有利なことばかりが書いてあるように感じるらしい。見積書についても、長い付き合いの工務店の見積についてその都度査定を行う必要があるのかと問われる。なるほど側から見るとそのように見えるかもしれない。しかし工事内容が異なるし、工務店の見積担当者が変われば、それまでの経験抜きでゼロからの見積になってしまう。それにしてもゼロからやり直すのは確かに不合理だし、徒労ではないかとも言える。協力業者が変わると工事費が変わるというのも分かりにくい。それだけ建築工事費は曖昧で不確定なのである。さて、どうしたものだろうか。11時にTH-1の朝倉社長と担当の渡邊さんが来所。見積内容と支払条件を確認したのちに、契約書類に住所氏名を書き込んで捺印。最終図面一式を渡し、マンションの隣接住戸への説明は管理人に連絡し、改めて決めることとして11時半に終了。直ちにマンションの管理人に連絡し、訪問の日時を決め平井さんとTH-1に連絡。午後は池辺陽原稿のスケッチと、明日の青木さんの祝賀会のスピーチのスケッチ。色々考えているうちに、次に書く予定の〈建築の4層構造〉に関する本のイメージがボンヤリと浮かんでくる。これまで〈建築の4層構造〉の根拠や応用についてはあちこちで書きなぐってきたが、その根拠にはいつも引っかりを感じていた。特に第4層の〈記号性〉については、形態性と自己言及性との論理階型の混同に矛盾を感じていた。つまり記号性は建築の携帯=記号としての働きを意味するだけでなく〈建築の4層構造〉総体を入れ子状に包含しているのではないかということである。言い換えれば、各層も一種の記号なのではないかということである。考えてみれば〈言語〉もそのような記号である。したがって〈言語〉の構造分析を〈建築の4層構造〉にあてはめてみるのも一法かもしれない。夜は読書。『世界史の中の産業革命』を飛ばし読みして読了。ベッドの中で再読しながら夜半就寝。


2018年02月08日(木)

7時起床。快晴で寒い日が続く。8時半出社。「161齋藤邸」設備図面をdropboxから引き出しチェックバック。照明器具は事務所と住宅ともすべて、これまでの〈箱の家〉標準仕様からLED照明に変えるが、照度がどの程度変わるのか確認せねばならない。配線経路はできる限り露出するが、ケーブル配線の露出は避けて配管配線とする。界工作舎の事務所と同じく、一部に工場用配線ダクトを使うようにする。アクアレイヤーの温水熱源はヒートポンプだが、冷房兼用の室内機が使えるかどうか条件が難しい。〈箱の家112〉(界工作舎+難波自邸)のように床暖房だけでなく床冷房を行うことも可能だが、結露の問題があるのでイゼナに検討を依頼しよう。衛生設備工事図面にも目を通し図面に赤を入れて木村に修正を指示する。佐々木構造計画から鉄骨構造システムの見取り図が届く。全体のシステムがほぼ確定したが、まだ部分的に修正箇所が残っている。木村とスケジュールを相談し、来週中に見積用図面を一通りまとめて、来週末に齋藤さんとの打ち合わせを持つことを決める。明日の「160平井邸」の契約に備えて設計業務委託契約書をプリントアウトし界工作舎の捺印をし、戸田に指示した図面の製本を準備しておく。夜は読書。『世界史の中の産業革命』の第2章以降は統計や詳細な分析なので飛ばし読みする。今週中には読み終わるようにしよう。


2018年02月07日(水)

7時起床。晴れで寒い一日。北陸はかつてない大雪らしい。8時半出社。最近は外に出る機会が少ないのでズボンの腹回りが少々キツクなってきた。食事に注意し暖かくなったら散歩を始めるべきかもしれない。思い立って散歩に出てみるが寒いので30分早々で帰社。『戦後モダニズムの極北---池辺陽試論』(難波和彦:著 彰国社 1999)を読みながら池辺陽原稿のスケッチを続行。我ながら池辺の都市論にまったく触れていないことに改めて気づく。今日は「159吉村邸」基礎底盤のコンクリート打ちなので、昼過ぎに木村が現場に出かける。3時に帰社したので直ちに現場写真を吉村さんに送信する。木村と「161齋藤邸」の地盤について打ち合わせ。既存建物の解体スケジュールについて齋藤さんにメールで問い合わせると、今月末に既存住宅の住人が引越し、解体工事は3月上旬になるため、ボーリング調査はその後になるという返事。見積用図面は2月中にまとめる予定なので設計に反映することはできない。とりあえず行政が発表している地盤情報サイトで敷地周辺のボーリングデータを探し、周辺の地形からもっとも近いと思われるデータに基づいて鋼管杭の本数と長さを決めておくことにする。引き続き2階床のアクアレイヤー・システムと空調システム、特に冷房との組み合わせを確認し図面化してイゼナに送信し検討を依頼する。夕方、TH-1から「160平井邸」工事請負契約書と見積内訳書が届く。何点か間違いがあるのでチェックバックし修正を依頼。夜に修正版が届き9日までに製本を依頼。夜は読書。9時半に帰宅。『世界史の中の産業革命』を読みながら夜半就寝。


2018年02月06日(火)

7時起床。晴れ一時曇りの寒い一日。8時半出社。昨日に引き続き「161齋藤邸」断面詳細図のチェックバック。複雑な納まりがあるのでできるだけ単純化するように変更する。クライアントの齋藤さんが特に希望している道路側のスクリーンゲートは、建物本体とは独立した要素なのでチェックは後回しにする。ローマ大のLeone SPITA教授から『木造仮設住宅群』のイタリア語版の出版社が見つかった旨のメールが届く。早速、はりゅうウッドスタジオに転送して日本の出版社の連絡先を照会してもらい出版の条件について直接交渉するようにLeoneに連絡メールを送る。青木茂さんから今週末の青木さんの退職祝賀会のプログラムが届く。当日は「124佐藤邸」のメンテナンス調査で昼間の退職記念講義には行けないため、夜の祝賀会だけに出席する返事を送る。祝辞を頼まれたので2007年に審査したリファイン建築に関する青木さんの博士論文の話題に絡めて話をする旨を伝える。『デザインの鍵』を読みながら池辺陽の原稿スケッチ続行。そろそろイメージが煮詰まってきたので、今週末から書き始めることにしよう。盛岡の平井さんと「160平井邸」の契約条件に関するメールのやりとり、夕方までに収斂したので、プリントアウトした契約書のたたき台を修正しTH-1に送信する。夜は読書。

『世界史の中の産業革命』は第1章「前工業化経済と産業革命」を読み終わり、詳論の第1部 第2章「前工業化イギリスの高賃金経済」へと進む。第1章では18世紀にイギリスで産業革命が起こった要因を概観したが、第2章ではその第1要因である高賃金経済について詳細に分析している。中世末期にはヨーロッパ全体の賃金はほぼ同じだが、14世紀後半から徐々に上昇し始める。その要因は14世紀半ばにヨーロッパ全体を襲ったペストの流行による人口減少と労働力不足だという。その後17世紀半ばからイギリスやオランダの賃金が急上昇するのは両国の植民地の拡大による貿易経済の興隆である。さらにオランダに比べるとイギリスは石炭資源が豊富でエネルギー価格が安価だった。労働価格の高騰と安価なエネルギーという2つの要因が、18世紀後半のイギリスおける産業革命の引き金となったというのが著者の結論である。


2018年02月05日(月)

7時起床。晴れ後曇りの寒い一日。8時半出社。昨日チェックした「160平井邸」の最終図面を戸田に渡し修正した上で製本に出すように指示。Dropboxから「159齋藤邸」の詳細図を抜き出し細かく目を通す。細部に改良点があるので木村にチェックバックし展開図に反映するように指示。引き続き2階床のアクアレイヤー床暖房システムについて打ち合わせ。まず室外機からの温水配管経路について検討し、次にアクアセルの敷き込み方向について検討。前面道路に面したリビング西側は開放的な窓だが、日射角度が低いのでダイレクトゲインはあまり期待できない。南面は隣家で日射制御スクリーンがあるため、こちらもダイレクトゲインは期待できないが、温度分布を均一化するには南北方向にアクアセルを通すのが有効だろう。脱衣室やトイレのアクアセル敷き込みシステムについても検討。まとめてイゼナに検討を依頼するように指示。富山の酒井さんから「162酒井邸」の模型が届いたという連絡メールが届く。家族内での意見がまだまとまっていないそうなので、少し時間をかけて話し合うように依頼するメールを返送。TH-1から「159吉村邸」の鉄骨製作図の最終版が届く。大急ぎで最終確認をするように木村に指示。日本大学の佐藤光彦さんにJIA修士設計展の公開情報について問い合わせ。まもなくJIAのURLが届いたので先日貰ったポスターと一緒に界工作舎HPとfacebookにアップする。去年僕はトウキョウ建築コレクションの審査を担当したが、入賞者の多くがJIA修士設計展にも出展している。去年のJIA審査員は長谷川逸子さんだったが、審査結果はトウキョウ建築コレクションと微妙に異なっているのが面白い。さて今年はどうなるか。
http://www.jia-kanto.org/kanto/activity_event/exhibition/2164.html

昨日読み終わった『資本主義と死の欲動』に対する一つの回答は、2012年にブラジルで開催された「国連持続可能な開発会議リオ+20」でのウルグアイのホセ・ムヒカ大統領の演説にあるかもしれない。いささか楽観的ではないかとも思えるが、大統領自らが実践しているからこそ説得力がある。国の指導者の発言として傾聴すべきだろう。
https://www.youtube.com/watch?v=F7vh7eQUtlw
夜は池辺陽の原稿スケッチと読書。『世界史の中の産業革命』を読み続ける。第1章「前工業化経済と産業革命」では、なぜヨーロッパ大陸ではなくイギリスで産業革命が起こったのかについて概観している。経済と技術だけでなく、政治・社会制度や家族制度、文化や思想など幅広い要因を検討している点が興味深い。ホブスボームより突っ込んだ分析が期待できそうだ。


2018年02月04日(日)

早朝4時頃に目が醒めたので1時間ばかり読書した後に再び眠り8時半に起床。晴れで肌寒い一日。10時過ぎ出社。Dropboxから「160平井邸」の図面を抜き出し一通り目を通す。概要書と詳細図のチェックバック。マンションの修繕委員会へ報告義務があるので、十分な工事記録を残すように明示する必要がある。『デザインの鍵』を読み直し、池辺陽原稿のスケッチ続行。そろそろストーリーを組み立てねばならない。15時前に事務所を出て、散歩がてら表参道からキャットストリートを抜けて渋谷まで歩く。宮下公園が完全に仮囲いに覆われ解体工事が始まっている。建築計画の看板を見ると、公園と商業施設に建て替えるらしい。設計施工は竹中工務店である。家早南友。渋谷に近づくと雑踏のような人出に辟易する。人波をかき分けてようやく15時半過ぎに円山町のユーロスペースに辿り着く。15時40分から妻に勧められたフィンランド映画『希望のかなた』(アキ・カウリスマキ:監督 2017)を観る。貨物船でヘルシンキに辿り着いたシリア難民の若者を、ヘルシンキ市民がどのように受け入れ、あるいは拒否するかを描いたシリアスだがユーモアを交えた映画である。ハリウッド映画とはまったくテイストの異なるエンターテインメント性のない映画だが、ジワジワと腹に応える。断片的なカット割り、クロースアップの多用、フラットで陰影のない色彩感覚、音楽の挟み方などから、どこかで観たような記憶があるので、帰って日記をチェックすると、娘に勧められて2010年に『過去のない男』(アキ・カウリスマキ:監督 2002)を観ていた。映像の記憶は深い。夜は読書。

『資本主義と死の欲動---フロイトとケインズ』(G・ドスタレール+B・マリス:著 斉藤日出治:訳 藤原書店 2017)を読み終わる。2008年のリーマンショック直後に書かれた本で、金融危機をもたした要因をフロイトの〈死の欲動〉とケインズの〈貨幣欲望〉から解き明かそうとする試みである。1,2章でフロイトとケインズが提唱した概念を紹介し、第3章「今日におけるフロイトとケインズ」で両者を統合して、昨今の金融危機の根源的な要因を〈グローバリゼーション〉〈貨幣の流動性〉〈過剰なレント(不労所得)〉に求めている。人間集団の経済行動が無意識の欲動によって左右されていることを明らかにしようとする精神分析学や経済人類学の所見であり、様々な新しい視点をもたらしてはくれるが、その先の対処法には結びつかない。というかよしんば無意識の経済法則があるとしても、それをテクノロジーに適用しようとする試み自体が〈死の欲動〉なのである。そのような自己言及的な論理から脱出して具体的な行動の指針に結びつかない点が本書の限界だろう。マルクスの『フォイエルバッハに関するテーゼ』(1845)に倣えば「哲学者たちは、世界を様々に解釈してきただけである。肝心なのは、それを変革することである」。引き続き『世界史の中の産業革命---資源・人的資本・グローバル経済』(R.C.アレン:著 眞嶋史叙 他:訳 名古屋大学出版会 2017)を読み始める。エリック・ホブスボームから学んだ産業革命史をさらに詳細に検証した著作である。


2018年02月03日(土)

7時起床。晴れのち曇りのやや穏やかな一日。8時半出社。「161齋藤邸」の図面の進行がやや遅れ気味なので木村と相談し戸田と手分けして進めるように指示。戸田には「160平井邸」の契約用図面を今日中にまとめてdropbxに入れておくように指示。今日は鈴木博之の4回忌で孫の4歳の誕生日である。13時前に事務所を出て半蔵門線、田園都市線であざみ野駅にて下車。タクシーで10分程でCAt設計の「HOUSE TM」へ。〈箱の家001〉と同じ1994年に完成したRC造の住宅だが、まもなくクライアントの手を離れるので、その前に一般公開されることになった。13時半過ぎに着いたが、すでに多くの見学者が集まり知り合いの顔も多い。赤松佳珠子さんに挨拶して内外を見学。RC壁造3階建ての住宅で斜めに屈曲したプランが興味深い空間だが、3階に個室が増築され、かつての伸びやかさは少し弱まっている。僕が確認したかったのは長方形の敷地と屈曲平面の間の余白の空間だが、道路の境界に壁が立てられ余白の空間には玄関や部屋が増築されている。2階の床スラブには床暖房配管が打ち込まれているので室内はほの暖かい。居間のル・コルビュジエ・チェアに座ってしばらく外を眺める。完成時、敷地外周にはまったく建物がなかったが現在はすっかり住宅が建て込んでいる。20年以上も経つと周辺環境は大きく変貌するようだ。14時を過ぎるとますます見学者が増えてきたので、14時半過ぎにお暇してタクシーであざみ野駅へ戻る。田園都市線、半蔵門線、銀座線を乗り継いで外苑前駅にて下車。青山三丁目の交差点でタクシーを拾い、外苑西通りを北上して四谷の東長寺へ鈴木博之の墓参。階段を上り中庭に入ると、鈴木博之の銘板の前で墓参に訪れていた鈴木杜幾子夫人に遭遇。しばらくの間互いの近況について立話した後に地下の納骨堂に降りて焼香。16時過ぎに寺の前で夫人と別れタクシーで帰社。木村は既に退社しているが戸田が作業を続けている。17時半に帰宅。昼食を抜いたので妻と早めの夕食。夜はウィスキーを呑みながら今日一日を振り返りボンヤリと旅チャンネルを見る。『資本主義と死の欲動』を読みながら夜半就寝。


2018年02月02日(金)

7時起床。朝から雪が舞う寒い一日だが、先週のようには積もらない。8時過ぎ出社。直ちに事務所を出て青山歯科医院へ。8時半から歯根の整備。右前の犬歯に神経が残っているため麻酔した上で歯茎周りを念入りに削る。最終的にブリッジ歯を被せて歯茎との境界を連続させるための作業だそうだ。ブリッジ歯の色も根元から先にかけて微妙に変化させ不自然に見えないようにするという説明を受ける。歯根の型を2回採って10時すぎに終了。ブリッジ歯の完成は2週間後である。10時半に帰社。TH-1から「160平井邸」改修工事請負契約書と約款のたたき台が届く。内容をチェックした上で、設計監理業務委託契約書と一緒に平井さんに転送。合わせてプリントアウトした書類を郵送する。木村と「159吉村邸」の鉄骨階段製作図について打ち合わせ、チェックバックをTH-1に送信。『デザインの鍵』(池辺陽:著 丸善 1979)を読み、96の項目の中から都市計画に関係ありそうな項目をピックアップする。とりあえず〈人間集合〉と〈モデュール〉を選ぶが、他にも関係する項目があるかもしれない。僕が知りたいのは、終戦直後に池辺陽が都市計画に取り組んだ経験が、その後の大学での研究設計活動にどのようにつながっているかという点である。展覧会のパネル説明原稿では、それを逆に辿って見たいのである。夜は秋のアメリカ旅行の旅程について妻とメールで意見交換。スケジュール調整の結果、ライトの落水荘とミースのファンズワース邸の両方に行くのは難しいようなので、どちらを選ぶか究極の選択になる。ネットで調べると、落水荘に行くパブリックツアーは見当たらないが、シカゴにはいくつかミース・ツアーがあるようだ。シカゴにはライトのロビー邸もあるので、去年の旅程と同じように、ニューヨーク滞在中に僕一人でシカゴに行くことになる。大急ぎで旅程をまとめて妻に送信。これで旅程はほぼ収斂したので、次の作業は航空便とホテルの予約だが、まだ時間があるので、ここまでで意見交換は一旦休止する。北山恒さんからメールが届く。2月から3月にかけて3回開催される「続・Metabolizing展+シンポジウム」のお知らせで、法政大学で設立された江戸東京研究センター」の一環で北山さんが担当している「東京近未来都市研究」の活動である。何とか時間をとって出席してみよう。21時半帰宅。

『資本主義と死の欲動』は第2章「ケインズと貨幣欲望」を読み終わり第3章「今日におけるフロイトとケインズ」に進む。第2章では、ケインズの貨幣理論はフロイトが唱える〈死の欲動〉の経済的な表れであり、資本主義の根源的な駆動力であることを、アダム・スミス、マルチン・ルター、マックス・ウェーバー、ゲオルグ・ジンメルを参照しながら検証している。ケインズは、将来の不確実性に対する恐れと、あらゆるものの不安定性に対する恐れを〈流動性選好〉と呼び、これを通してフロイトの〈死の欲動〉と、資本主義を根底で支えている〈貨幣〉がもたらす〈利子率〉とを結びつけている。この〈貨幣〉と〈死の欲動〉の結合、つまり商品交換と心理的交換との関係を、柄谷行人の〈4つの交換〉の視点から読み解いてみたくなるが、それは本書を読み終わってからの宿題としよう。


2018年02月01日(木)

7時起床。曇りのち雨のやや暖かい一日。8時半出社。木村、戸田と「160平井邸」詳細図の打ち合わせ。平面詳細については既に打ち合わせ済みなので、床と壁、天井と壁の取り合いについて検討し、わずかな目地を残すように指示。工事契約書に添付する図面に加えることにする。「161齋藤邸」鉄骨柱の耐火被覆の打ち合わせ。柱に30分耐火性能を持たせる必要があるのだが、小部材には1時間耐火仕様の耐火塗料しかないので、ごく一部に限定して使用することにする。「162酒井邸」の完成模型と基本図面を富山の酒井さんに宅急便で送付。近現代建築資料館の遠藤信行さんからメールが届く。池辺陽の都市計画関係の追加資料がないか問われたので、手元の資料を調べてみるが新しい資料は見つからないので、その旨を返信。カタログ原稿のスケッチも滞っている。どこに突破口を見出そうか考えて、まず『デザインの鍵』を読み直してみることにする。東京理科大学で設計演習の非常勤をしていた頃のお教え子である寺本健一さんから雑誌『KJ』2018年1月号が届く。彼がパートナーをしている事務所「ibda design」の特集が掲載されている。東京とドバイに事務所を構える国際的なデザイン事務所で、小嶋一浩さんのCAtで同僚だった3人の建築家で立ち上げたそうだ。これからの仕事が楽しみな事務所である。夜は読書。21時半帰宅。『資本主義と死の欲動』を読みながら夜半就寝。


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