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箱の家 PROJECT 青本往来記
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コンパクト箱の家

2022年05月20日(金)

晴れのち曇りの暑い一日。8時半出社。『新建築』編集部から「立体最小限住宅・再考」(1995 08号)の〈新建築 ONLINE〉に掲載する最終版が届く。掲載写真のクレジットがはっきりしないため、原稿と掲載版との併載にするとのこと。家早南友。
https://shinkenchiku.online
昼過ぎに戸田が「170 M邸」の現場監理から帰社したので、現場写真を見ながら報告を受ける。屋根・外壁の断熱パネルの気密性とヒートブリッジ対策を確認し、アクアレイヤーの配列についてイゼナとの打ち合わせを行った。工事写真と現場監理報報告に加えて、外壁に取り付ける自転車吊金具の図面をMさんに送信する。一昨日、facebookに『ブレードランナー1982』の短縮編集版をアップしたが、それを見た島根の宇田川孝浩さんから、作曲家のヴァンゲリスが5月17日にパリの病院で亡くなったというネットニュースを書き込んでいる。死因はコロナ感染とのこと。享年79歳で、まだ若いのに残念である。
https://rollingstonejapan.com/articles/detail/37678?fbclid=IwAR14m9VxF7sBDlEOAkf4UIhBfxgEqZwkozcvmd-7wCNE4gpMUWKFtcyCMgY
『ブレードランナー1982』でヴァンゲリスが成し遂げたのは、映画音楽というよりも映像と一体となった音響効果というべきもので、その巧妙な音響デザインには、最初から最後まで圧倒され続けた。現在に観ても感心させられる。『炎のランナー』や『南極物語』の仕事も素晴らしかったが、僕にとっては『ブレードランナー1982』が突出した彼の業績である。冥福を祈りたい。17時半から『世界建築史15講』連続セミナー12「日本近現代建築の歴史」のオンライン配信を聴講する。講師は日埜直彦。司会は青井哲夫(明治大学教授)、コメンテーターは、Matthew Mullane (東大建築学科の客員研究員) 、田所辰之助(日本大学教授)、 布野修司(日本大学特任教授)の3人である。まず日埜さんによる1時間のレクチャー。国家に結びついた建築と、民間から生まれる建築との分岐点を1970年に見るという仮説は『日本近現代建築の歴史』(講談社 2021)で提唱されたものだが、改めて注目したのは、国家的段階からポスト国家的段階への展開の中で、建築デザインに対する建築家が共有する文化的基盤が破壊され、その結果いわゆる日本の都市のカオス的景観がもたらされたという日埜さんの指摘である。その過程には歴史的必然性はなかったので、今後何らかの形で修正されるべきであるという結論が提唱されている。引き続き、Matthew Mullaneさんによる30分間のコメント。図版と文章による建築史記述の定型ではなく、文章だけに集中している点や、師匠と弟子の系譜による記述を採っていない点を評価しながら、相変わらず国家に囚われているのではないかという疑問が提示される。田所さんは国家的段階からポスト国家的段階への転換における建築家の〈私性〉の変容について述べる。かつてポストモダンの建築家に関して鈴木博之が提唱した〈私的全体性〉を連想するが、それによって何が明らかになるのかが不明なので興味を持てない。布野さんのコメントは、細部においては日埜の記述を認めながらも、『戦後建築論ノート』(布野修司:著 1981)をはじめとする一連の自著を引きながら、国家的段階からポスト国家的段階へという全体の構図は雑駁すぎるという批判を展開する。僕は「日本が植民地化されなかったという特殊性と、日本の大学の建築学科が「工学部」に所属しているという世界的な特殊性とは、日本の近現在建築史と何らかの関係があるとお考えでしょうか」という質問を書き込んだが、20時を過ぎたので、最後までは付き合わずに退席する。建築史に関する議論は、建築家の立場から見ると、やや煩瑣に過ぎてついていけない面が多々ある。このギャップはどうになならないものだろうか。『これからの住まい』は、第3章「〈つくる〉から〈つかう〉へーストック重視政策」と、第4章「〈所有〉から〈利用〉へー賃貸住宅政策」を読み終わり、第5章「〈住まい〉から〈暮らし〉セーフティネット政策」へ進む。低成長と少子高齢化の時代に向けての政府の住宅政策の変遷についての記述が主な内容であり、以前読んだ『〈仮住まい〉と戦後日本―実家住まい・賃貸住まい・仮設住まい』(平山洋介:著 青土社 2020)と重なる部分が多い。今日の全国の感染者数は37,438人。昨日から約2,200人の減少である。


2022年05月19日(木)

晴れで初夏のように暑い一日。8時半出社。一級建築士定期講習のテキストと別冊テキストの目次と内容にザッと目と通し、講習全体の項目の構成を頭に入れる。毎回、興味を惹かれるのは「最近の新技術、最近の重要技術項目等」の項目である。今回は、‐淵┘優襯ーと脱酸素化、地盤調査と杭基礎の設計・監理、L畋し築物、ご存建築物の利活用に向けて、の4項目がとり挙げられている。前回とほぼ同じラインアップだが、新たにい加えられているようだ。ここから最近の建設関係の問題状況を読み取ることができる。もう一つの興味は住宅の着工戸数の変遷である。 平成20(2008)年まではかろうじて100万戸を超えていたが、それ以降は今日まで100万戸を切っている。建設投資額を見ると、令和3(2021)年の総計は62.7兆円で、うち建築は38.3兆円(61%)、土木は24.3兆円(39%)である。こうした数字から、最近の都市開発が、住宅ではなく商業建築や公共建築に集中していることがよく分かる。10時半に建築技術教育普及センターの「建築士講習会オンライン通知」のマイページにログインし、一級建築士講習の考査にアクセスして、11時から考査の開始。問題数は40問で、一問ずつ出てくるのに⚪︎×で答えていく。20分弱で終わったので、回答を見直そうとすると、1問ずつ問題を開き直さねばならず、問題とテキストの照合が難しい。この点が対面の講習会とは異なる。最初から順番に見直し、回答に自信がない問題については、テキストの目次を見て、関係する部分を探して調べることになる。7割程度は調べることができたが、残りは発見できず、記憶と直感で回答する。12時に終了。考査の結果は後日に連絡が来るとのこと。一気に緊張感が抜けたので、午後はぼんやりと読書を続ける。『これからの住まい』は、第2章「〈官〉から〈民〉へー市場重視政策」を読み終わり、第3章「〈つくる〉から〈つかう〉へーストック重視政策」へ進む。1990年代のバブル崩壊後には、政府は新自由主義政策による市場重視政策へと住宅政策を転換するが、その結果2005年の構造計算書偽装問題をはじめとする一連の社会問題が生じる。一方では「民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律(PFI法)が制定され、公営住宅の建て替えが促進される。この転換は今も継続しているようだ。本書の内容は一級建築士定期講習のテキストの内容と重なる部分が多々ある点に気付かされる。今日の全国の感染者数は39,642人。昨日から約2,500人の減少だが、増減の波が続いている。


2022年05月18日(水)

晴れ一時曇りの暑い一日。8時半出社。「170M邸」のMさんから、世田谷区役所へ新築届を提出するため、基本図のデータを送るように求められたのでpdf版データを送る。新建築編集部から「箱の家001」を発表した『新建築住宅特集』1995年8月号に併載したエッセイ「立体最小限住居・再考」を「新建築.ONLINE」に転載したい旨の依頼メールが届きたので承諾する。
https://shinkenchiku.online
戸田がまとめた「170 M邸」のベランダ詳細図をTH-1に送信する。午前中から夜までかけて一級建築士定期講習の動画を、テキストを読み合わせながら視聴する。実際の講習会に参加するのとは異なり、オンオフの選択の自由が効くため、集中力を維持するのが大変である。映画を映画館で観るのと、PCでヴィデオで見るのとの違いに近い。途中で何度も集中力が弛緩したので、結局夜までかかってしまう。家早南友。明日の午前中に考査を受ける予定である。その前にざっと復習することにしよう。YouTubeで2007年に再編集された『ブレードランナー1982』の 短縮・別バージョンを発見する。最初の公開版と同じようにデカードの解説が入っている。ディレクターズカットに比べると確かに解説による説明は過剰である。重要なシーンの多くが削除され、半分の時間(47分)になっている。ラストシーンのレイチェルの台詞が、デカードがレプリカントか否かという謎を解いているのではないかと思う。
https://www.youtube.com/watch?v=PyyCdjAo0Vk&t=1201s
今日の全国の感染者数は42,161人。昨日から約5,200人の増加である。


2022年05月17日(火)

京都は曇りだが過ごしやすい一日。6時起床。7時半に最上階の食堂でビュッフェ式の朝食。満員なので急いで朝食を摂り8時過ぎに部屋に戻って一休み。9時半過ぎにチェックアウトし、タクシーで5分で京セラ美術館へ着く。入り口には既に長い行列ができている。10時開館と同時に入館。ほとんどの人は本館の中国兵馬俑展とポンペイ展に向かうが、僕たちは中央ホールを抜けて東山キューブの森村泰昌展へ。
https://kyotocity-kyocera.museum/exhibition/20220312-0605
まず10時10分から会場入口から直ぐの遮光カーテンで囲まれた楕円形の会場に入り30分間の「ワタシの迷宮劇場無人朗読劇《影の顔の声》」を見る。会場中央の床几に4畳半の畳が敷かれ、中心に香炉が置かれ会場内は香で煙っている。床几を囲むように十数人が椅子に座り、レーザー光線の巧妙な演出を見ながら朗読劇を聴く。森村泰昌は妻と同じ70歳の同世代なので、朗読劇は寺山修司や唐十郎を思わせる1970年代の感覚のおどろおどろしい内容だが、妻はしきりに笑いを堪えていた。有名人に扮した彼のセルフポートレート写真作品は何度も見ているからだ。朗読劇が終了した後、会場に展示された800枚近い写真を約1時間かけて観て回る。40年近い時間の間に撮り溜めた壮大な回顧展といってよいだろう。11時半に日本庭園に出てしばらく休憩。美術館の建築は、写真で見るよりもずっと単純明快な構成である。正面を1階分掘り込み、緩やかな斜路をつけた点が旧館全体を浮かび上がらせている。前面道路を挟んだ近代美術館やロームシアターの存在が薄れるほどの圧倒的な存在感である。これで京都に来た目的を達したので、美術館の前でタクシーを拾い、12時過ぎに京都駅に着く。11階の美々卯でうどん定食の昼食をいただき、13時24分京都駅発ののぞみに乗車。京都駅の新幹線のコンコースとホームは修学旅行生で溢れ返っている。15時28分に品川駅着。東京は小雨まじりで寒い。渋谷経由で16時半に帰社。メールチェックし、各方面に返事メールを送る。京都駅で買った鯖寿司の夕飯を食す。2日間の短期旅行だったが、本をまったく読まずににぼんやりと時間を過ごしたので、いい気分転換になった。今日の全国の感染者数は36,903人。昨日から約15,100人の増加。昨日は月曜日減少だったようだ。


2022年05月16日(月)

福山地方は薄曇りで時々日が差す涼しい一日。東京は雨らしい。雲間から射す朝日で6時に起床。3階の大浴場にゆっくりと入り、目を覚ます。7時半に朝食。9時半過ぎにチェックアウトし、10時過ぎにホテル発の送迎バスに乗り11時前に福山に着く。バスの中で横河健さんからfacebookメッセージを受け取る。〈The TWIST〉に関する僕のブログの批評を誰かが横河さんに送ったらしい。横河さんはフォルマリスムという言葉に引っかかったようだ。1980年代に近現代建築史の用語として明確になった用語であることに注意を喚起する。福山駅構内のロッカーに荷物を預けて、山陽本線に20分ほど乗り、尾道駅に11時半に着く。駅前からバスに乗り千光寺道前で下車。千光寺山ロープウェイで八畳台展望台まで登る。展望台はRC+鉄骨造によるデコン風のデザインで、明らかに若い建築家によるデザインである。尾道市街と尾道水道の向こうに向島全体がパノラミックに見渡せる。展望台にしばらく滞在し、千光寺台公園の茶屋で一休みした後にロープウェイで下山。バス停で約30分間待って、尾道駅前に戻る。駅前のカフェで簡単な昼食を摂り、13時40分発の山陽本線で福山駅まで戻り、新幹線に乗り換えて京都駅に15時20分に到着。タクシーで京都市役所近くのホテルにチェックイン。西向きの部屋なので薄曇りの夕日が部屋に差し込み眩しい。シャワーを浴びてしばらく休んでから19時前にホテルを出て、近くのビストロで夕食。赤ワインでフランス料理風の前菜、馬肉のカルパッチオ、鶏肉のローストをいただき、いい気分になる。21時前にホテルに戻り、熱い風呂に入って一日の汗を流し、21時半過ぎに眠りに就く。今日の全国の感染者数は21,784人。昨日から約13,200人の減少。減少傾向が続く。


2022年05月15日(日)

曇りで涼しい一日。8時半出社。今日から2日間は久しぶりに妻との短期旅行である。10時半に家を出て表参道から銀座線で渋谷へ。山手線に乗り換えて品川駅に11時に着く。11時17分発ののぞみに乗り、福山駅に14時半過ぎに到着。南口に出て東に少し歩き、鞆の浦行きの送迎バスに乗り、16時過ぎに鞆の浦の観光ホテルに着く。海を見ながら海産物を食べたいという妻の要望で選んだホテルである。鞆の浦は薄曇りで涼しい気候。8階建ての観光ホテルで、すべての部屋が東向きの瀬戸内海に向いている。しばらく休んだ後に、屋上の露天風呂に入る。18時半から海を眺めながら和食の夕食。鞆の浦産の極辛口の日本酒でいい気分になる。日本建築史家の太田博太郎先生の生家の酒か問うてみたが、そうではないらしい。妻は珍しいスパークリング日本酒をいただく。20時に食事を終えて、ラウンジでハイボールを呑み直し、21時に部屋に戻り、そのままベッドに倒れ込む。今日の全国の感染者数は35,008人。昨日から約4,600人の減少。このまま進めばいいのだが。


2022年05月14日(土)

雨のち晴れの暑い一日。9時出社。10時に事務所を出て千代田線、小田急線を乗り継ぎ10時半に豪徳寺駅に着く。歩いて10分で「箱の家170」に到着。早朝からの雨が上がり日が差し始めている。すでにTH-1社長の 朝倉社長と現場スタッフ2人、鉄骨業者、大工、電気、設備業者に、戸田が待機している。まもなくクライアントのMさん一家が着いたので、11時から僕の司会で略式の上棟式を開始。祭壇前で全員が二礼二拍一礼した後に、M夫妻と大工が建物の四隅を、塩、米、酒で浄め、再び祭壇前で二礼二拍一礼して終了。神社庁の命で乾杯はなしで、Mさん、僕、朝倉社長が簡単な挨拶。皆で記念写真を撮った後に2階に上がってコンクリートスラブの状況と天井高の感じを確かめる。1階とは対照的な低さが心地よい。Mさん一家も興奮しているのが印象的である。来週から屋根、外壁の断熱パネル張りが始まる。簡単な打ち合わせをした後、Mさん一家、TH-1、協力業者に挨拶をして、11時半過ぎに現場を発つ。12時半帰社。明日から2日間、関西を旅行するので戸田に留守番を頼み、16時に帰宅。『これからの住まい』は第1章「戦後住宅史の流れをたどる」を読み終わり、第2章「〈官〉から〈民〉へー市場重視政策」へ進む。第1章は、以前読んだ住宅政策に関する平山洋介の一連の著書、『住宅政策のどこが問題か』(平山洋介:著 光文社2009)、『マイホームの彼方にー住宅政策の戦後史をどう読むか』(平山洋介:著 筑摩書房 2020)、『〈仮住まい〉と戦後日本―実家住まい・賃貸住まい・仮設住まい』(平山洋介:著 青土社 2020)を公営住宅の視点から再確認するような内容である。平山の著書の方が、統計データが詳しいのでリアリティがあるが、本章では大きな潮流を確認することができる。今日の全国の感染者数は39,416人。昨日から約2,100人の減少で、先週土曜日に後戻りである。


2022年05月13日(金)

雨が降り続く肌寒い一日。TH-1から、昨日打診した「039田中邸」のメンテナンス工事見積金額のネゴシエーションに対する回答が届く。何とか田中さんの希望に近い金額に下がったので、田中さんも承認し、工事の日程打ち合わせに進む。家早南友。『これからの住まい』は序章「これからの住まいに求めるもの」を読み終わり、第1章「戦後住宅史の流れをたどる」へ進む。著者の立場が、行政の住宅政策に関わるハウジング・コンサルタントであることから、最初にとり挙げられている住宅は、戸建住宅よりも住宅公団(現:UR都市機構)を中心とする公営集合住宅である。しかし住宅公団からUR都市機構になるまでの60年間に建設された総住戸数は883,000戸であり、既存の住戸6,000万戸の1.5%に過ぎない。1970年代には住宅金融公庫融資による戸建住宅の戸数は年間60万戸に達している。この数字には民間マンションも含まれるが、やはり中心は戸建住宅である。いうまでもなく、建築家が設計する戸建住宅はほんのわずかだが。今日の全国の感染者数は39,647人。昨日から約2,100人の減少で、先週土曜日に後戻りである。


2022年05月12日(木)

曇りのち雨の過ごしやすい一日。8時半出社。「039田中邸」の田中さんからTH-1のメンテナンス工事の見積金額のネゴシエーションを依頼されたので、コメントを加えてTH-1に転送する。自身の根拠がはっきりしない媒介者に過ぎない建築家の仕事はクライアントと工事業者の調整であることを痛感する。家早南友。はりゅうウッドスタジオの滑田崇志さんから6月18日(土)に開催する「芳賀沼整さんを偲ぶ会」の案内メールが届く。会場は芳賀沼整さんや僕たちが設計した〈希望ヶ丘プロジェクト〉である。小さな会場なので20人程度の小人数で開催し、オンラインでも配信するらしい。早速、東北新幹線の切符を予約し、翌日の〈森の町と Pavillion 〉の見学会にも参加する予定なので、郡山駅近くのホテルを予約する。5月14日(土)の「170 M邸」上棟式の要領についてTH-1とメールのやり取り。明日は一日中雨のようだが、明後日は何とか持ち直すらしい。『〈住宅〉の歴史社会学―日常生活をめぐる啓蒙・動員・産業化』は、第4章「産業化」と終章「日常生活批判に向けて」を一気に読み通して読了。第4章では、大正時代に隆盛する住宅博覧会の紹介から始まり、木村徳国による中規模独立住宅の標準型が〈中廊下型〉と〈居間中心型〉の平面形式に分類されたことが紹介され、工業化はその延長線上で展開する。このテーマは『中廊下の住宅―明治大正昭和の暮らしを間取りに読む』(青木正夫+鈴木義弘+岡敏江:著 住まいの図書館出版局 2009)でも論じられており、池辺陽をはじめとする戦後モダニズムの建築家たちが否定し続けた事実である。これに関連して、1929年に開催されたCIAM第2回の〈生活最小限住宅〉の影響を受けて〈文化住宅〉から〈小住宅〉への転換が紹介される。西山夘三による〈型計画〉から展開した鈴木成文による公団住宅(1955)〈51C型〉への展開が検証される。西山夘三による〈住宅の階層構造〉や戦後に一般化する〈住宅スゴロク〉も紹介されているが、詳細な検討はなされていない。終章は、戦後の〈住宅言説〉の総体的な分析で、住居空間を作りあげるテクノロジーについての3つの解読格子(製技術―〈集積の過程〉、交通・コミュニケーションー〈媒介〉の過程、時間・空間の商品化―〈所有〉の改訂、について詳説されている。僕の研究の範囲内である、磯崎新や布野修司の言説も紹介されているが、読みながら柄谷行人流に〈日本近代住宅の起源〉について論じられるかもしれないという感想を抱く。なかなか手強い内容だったが、住宅に対する社会学の視点が分かったような気がする。引き続き、本書の延長上で『これからの住まいーハウジング・スモールの時代へ』(川崎直宏:著 岩波新書 2022)を読んでみよう。今日の全国の感染者数は41,741人。昨日から約4,200人の減少で2日前に後戻りである。


2022年05月11日(水)

晴れ一時曇りの過ごしやすい一日。8時半出社。TH-1から「039田中邸」のメンテナンス工事の見積が届いたので田中夫妻に転送する。小さな工事にしてはちょっと見積金額が高いが、手間を考えるとやむを得ないだろう。引き続き「170 M邸」の工事報告と鋼製サッシの製作図が届く。今朝、2階の床スラブと1階テラスの土間のコンクリート打ちを終えたようだ。これから屋根と外装の断熱パネル張りに移るので、ジョイント部の気密テープ貼りと、ガセットプレート貫通部への発泡断熱材の吹き込みをしっかり施工するように指示する。さらに今週末は大雨が予想されるので、屋根の十分な養生も依頼する。11時過ぎから、九州大学開学記念行事の一環として開催される重松象平さんのオンライン記念講演「建築の多様性と公共性」を視聴する。重松さんはOMAのパートナーでOMA@ニューヨークの代表である。1973年生まれだから49歳と若い。OMA設計の北京CCTVの現場を5年間担当したそうだ。ハーバードやコロンビアで教鞭をとり、現在は九州大学大学院人間環境学研究員教授とBeCAT(Built Environmennt Center with Art &Technology)のセンター長である。約45分のレクチャーで沢山の建築が紹介されたが、タイトルにもあるように建築に公共性を持たせるために都市空間を建築内に引き込むというデザイン・モチーフで一貫している。フロリダ海岸の海面上昇に対応したSDGsプロジェクトも紹介され、盛り沢山の充実した内容だった。藤森照信さんから『モダニズム建築とは何か』(藤森照信:著 宮沢洋:画 彰国社 2022)が届く。本書についてはBUNGA NETの宮沢洋さんのfacebookで知っていたが、わざわざ送ってもらったので直ちにお礼の葉書を書いた後に、一気に読み通す。バウハウスに始まるモダニズム建築が本書の主なテーマだが、藤森さんらしく石器時代から今日までの壮大な建築史についても論じている。そして世界建築史は、紙で包んだ飴玉のように、石器時代は〈石・木・土〉で世界共通であり、その後は世界中で多種多様な建築がつくられたが、モダニズム以降の現代は〈鉄・ガラス・コンクリート〉へと収斂して世界共通になったのだと主張している。さらに藤森さんは、世界建築史は〈生命の相〉から〈鉱物の相〉を経て〈数学の相〉へと抽象化の道を進んでいるという別の仮説も提唱している。どちらもヘイドン・ホワイトがいった「歴史とは物語(づくり)である」という主張を文字通り適用した分かり易い物語ではある。しかし近来の木造建築の勃興など、探せば例外事例も結構多いので、やや眉唾な仮説にも思える。『〈住宅〉の歴史社会学』は、第3章「動員」を読み終わり、第4章「産業化」に進む。第3章では、明治時代末期から大正時代にかけて盛り上がる貧民救済活動における賀川豊彦らの住居改良運動から始まり、都市化に伴う住宅問題に対する政策の展開を経て、戦前に始丸西山夘三による労働者の住まい方調査から導き出された〈食寝分離論〉が詳細に紹介されている。ここでも住居に関わる〈観念〉と〈慣習〉が住居改革の壁としてとり挙げられている。西山が戦時中にまとめた『庶民住宅の建築学的課題』(1941)において提唱されている〈型計画〉すなわち、_搬欧領犒寝宗↓∪源困竜格化、生活の標準化という提案が興味深い。今日の全国の感染者数は45,957人。昨日から約3,800人の増加で、4月末の連休前に後戻りである。


2022年05月10日(火)

晴れで涼しい一日。8時半出社。先週の「170 M邸」の現場監理でMさんから要請があった設計変更を戸田がまとめたのでTH-1にメール送信する。ガルバリウム鋼板平葺の屋根に載せる集熱パネルの取付方法については、TH-1が施工した「箱の家132」の屋根で、すでに検討済のはずなので再確認を依頼する。『建築雑誌』2022年6月号が届く。特集は「野生の都市」である。特集タイトルから直ちにレヴィ=ストロースの『野生の思考』を連想したが、ざっと目次に目を通すと、思想的なテーマではなく、ストレートに「現代都市おける自然の様相」について論じているようである。人工的になり過ぎた都市にリテラルな〈自然を取り戻す〉的な意味ならば、いささか反動的に思えるが、英文タイトルに“ City is Already Wild ”とあるところを見ると、現代都市には、まだかなりの自然が残っているという主張のようである。最近、植物を積極的に取り込んだ建築デザインが多くなっている傾向と無関係ではないだろうが、むしろ建築に過剰な植物を纏わせようとするデザインに対する批評と読むこともできるので、注意深く読んでみよう。『〈住宅〉の歴史社会学』は、第2章「啓蒙」を読み終わり、第3章「動員」に進む。第2章の後半は戦前に始まる今和次郎の農村住宅の改良に関する研究についての詳細な紹介である。今が、早急な合理化を受け付けない生活の〈慣習的性質〉に直面して方針転換し、生活の観察に基づく〈造形論と改善論〉へと向かっていく経緯が興味深い。造形論に注目するところが柳田國男の民俗学と決定的に異なる点である。それに続いて、今と同じように造形論を通して生活を改革しようとした西山卯三の研究との比較も興味深い。西山は国家による住宅供給体制の再編成としての住宅政策を提唱した。今のボトムアップな農村住宅の改善運動と、西山のトップダウンな都市住宅の合理化政策との対比が詳細に議論されている。とはいえ今も西山も、生活の近代化・合理化目指しながら、住居形式からアプローチするに至っている点が共通している。この辺りの議論から、2年前の『建築雑誌』2020年5月号の特集「社会のマテリアライゼーション」での山本理顕との議論を思い出した。今日の全国の感染者数は42,160人。昨日から約 13,650人の増加なので2日前に戻る。


2022年05月09日(月)

曇りのち雨の肌寒い一日。8時出社。8時15分に事務所を出て、表参道を通り青山の歯科医院へ。連休明けの表参道は人通りが少ない。8時半から歯の定期検診。いつも通り歯垢を清掃し消毒して終了。とくに問題はないようだ。6月末の診療日を予約して9時過ぎに医院を出る。帰途に銀行に立ち寄り、通帳の記入を済ませて9時半過ぎに帰社。昨日の〈The Twist〉のオープンハウスのレポートを中心に日記をまとめる。昼過ぎに横河健さんからfacebookのメッセージで、昨日撮った記念写真が届いたので、お礼のメッセージを返信する。間仕切りを借り手に合わせてフレキシブルにした方がいいのではないかという意見を述べたのをきっかけにメッセージで意見交換。それぞれの部屋割りに対して空調や照明の設備を設置してしているので、フレキシブルな間仕切りは難しいという横河さんからの反論が届く。要するに、定型的な3LDK平面を固定しているため、箱の家の考え方とはまったく相いれないわけである。かくして箱の家の生活スタイル、構法、設備のすべてのシステムが一室空間住居の考え方の上に成立していることを、再確認する結果になる。そこで〈The Twist〉に抱いた感想と問題点を、僕なりに整理しておくことにする。〃物配置や1階の空間構成と庭との連続性には学ぶべき点が多い。各階平面の回転の捩れはフォルマリスム・デザインである。道路側ファサードには目を惹く効果があるが、それ以上の効果はない。住戸の間仕切りが3LDKに固定されている。しかし私見では、耐震コアの周りに生活空間をまとめたプラニングは、フレキシブルな生活の潜在的可能性を備えている。て醋未料缶FIXガラスに庇がない。ソ燦佑砲弔覆るベランダがない。β琶し部分を含めて内外装すべて塗装仕上げである。С庵杷ではなく内断熱である。RC構造の建築には外断熱は必須であるというのが僕の基本的スタンスである。午後は記帳した銀行の通帳を見ながらPC帳簿データの整理。2ヶ月ぶりの作業なのでかなり手間取り、連休明けまでの通帳をデータ化するのに夕方までかかる。『〈住宅〉の歴史社会学』は、第2章「啓蒙」を読み続ける。今和次郎による大正モダニズムの住宅観に対する批判が続く。今の住宅観は徹底してリアリズムである。今日の全国の感染者数は28,510人。昨日から約 14,000人の減少だが、首都圏の感染者数は増加傾向のようである。


2022年05月08日(日)

晴れのち曇りの過ごしやすい一日。9時半出社。メールチェックした後、10時前に事務所を出て、表参道から千代田線で代々木公園駅にて下車。5分程歩いて横河健さん設計の集合住宅+アトリエ〈The TWIST〉へ10時半に着く。すでに何人かの訪問者が見学している。1階のアトリエで横河さんに挨拶した後、外に出て建物全体を眺める。隣家の横河自邸〈トンネル住居〉の並びに4階建てのアトリエ+集合住宅が、12m角の各階を微妙に(5〜10度)回転させながら立ち上がっている。〈The TWIST〉という名称の由来だろう。横河さんの生家の建て替えだそうだ。外壁はRC打放しだが、白色の塗装仕上げが施されている。どうやら外断熱ではなく内断熱のようである。集合住宅の玄関から入ってエレベーターで4階まで上がり、外階段で広々とした屋上に上がる。屋上で納谷新さんと会ったので、渋谷方向の南の景色を眺めながらしばらく立ち話。南側には〈トンネル住居〉の庭と一体化した、ゆったりとした庭が広がっている。かつての横河さんの生家である庭の樹木の保存が、今回の大きなプログラムだそうだ。その後エレベーターで下階に降りて室内を見学。南向きに全面ガラスの広いLDKがあり、中央のEV、階段、水回りを収めた耐力壁ゾーンを挟んで、道路に面した北側に個室3室とクローゼットが置かれている。3LDKの通常タイプのプラニングで、やや煩瑣な印象を受ける。僕ならば一室空間のままにして、間仕切の仕方は賃貸者に任せるだろう。LDKに立っている数本の鋼管柱は、フラットスラブの鉛直加重を負担させているのだそうだ。構造デザインは梅沢良三さんである。天井もフラットスラブの打放しだが、ここも白色塗装仕上げが施されている。内外とも薄い被膜によって覆われている印象である。南面ファサードは全面ガラスで、庇はないから夏の日射制御はブラインドだけだろう。ガラスは当然ペアだが、すべてFIXなので庭の景色は見えるが、外部との接触はない。ベランダをつけなかったのはなぜだろうか。屋上に登ればいいという判断かもしれない。しかし僕の経験では、生活空間に連続していない外部空間は、あまり有効に利用されることがない。3階で東京理科大学時代の教え子で、横河さんの事務所のOGでもある辰野智子さんに再会する。マスク越しにいきなり挨拶されたので、最初は判別できなかった。互いの近況についてしばらくの間、立ち話。35年以上前の教え子なので、そろそろ60歳になるという。EVで地下室まで降り、オフィスとゆったりした倉庫を見学してから、半階分階段を上って緑豊かな庭に出る。テラスのベンチに座っていると、深尾精一さんと亀谷信男さんに再会。納谷さんを交えて昔話に花が咲く。1階オフィスに半階上がる階段の踊り場に、横河さんを挟んで斉藤裕さんと僕が並んでいる写真が額入りで飾ってあるのにびっくり。昔一緒に遊んだ頃の写真で、懐かしいやら恥ずかしいやらである。1階のアトリエで横河さんにお礼を述べていると、入れ違いに今村創平さんが入ってきたので挨拶し帰途につく。小田急線代々木八幡駅を通って地上に降り、代々木公園駅で千代田線に乗って12時に帰社。Facebookで紹介されている〈The TWIST〉の紹介記事に目を通す。僕の考えでは、この建築はつまるところ上質なフォルマリスムであるという結論に至る。『〈住宅〉の歴史社会学』は、第2章「啓蒙」を読み続ける。大正モダニズムの時代に盛り上がった住居改良論に対して、今和次郎が現実離れしたブルジョア的抽象論に過ぎないと批判しているのが興味深い。17時過ぎ、散歩がてら青山のスーパーマーケットまで足を伸ばして食材を購入。18時半から早めの夕食。日本酒をたっぷり飲んでいい気分になり、熱い風呂に入った後、ベッドの中でしばらく読書。今日の全国の感染者数は42,528人。昨日から約 3,200人の増加で、停滞状況である。


2022年05月07日(土)

早朝は雨、後曇りの過ごしやすい一日。8時半出社。青山の眼科に電話し、3ヶ月後の眼科診療の予約をする。定期検診は半年毎だが、予約は3ヶ月前でないとできないからである。午前中は、昨日Mさんから「170 M邸」の設計変更に関する詳細な説明メールが届いたので細部をチェックし、戸田に検討を指示する。昼食後13時半から2ヶ月ぶりの読書ゼミ開始。とり挙げるのは柄谷行人の『隠喩としての建築』である。戸田がまとめたレジメを読むことから始める。形式主義の問題から世俗性への移行というレジメの結論は間違ってはいないが、あまりにも素っ気ないのでびっくり。というかプラトンから始まり、デカルト、カント、ヘーゲルを経て、19世紀後半に哲学、経済学、数学、文学、批評といったさまざまなジャンルにおいて集中的に勃発した〈隠喩としての建築〉すなわち形式主義の問題の重大さをまったく理解=共有しないで、世俗性という一言で解決されたと結論づけてしまう思考構造には少々唖然とする。世俗に埋もれていない理論家 柄谷行人にとっての〈隠喩としての建築〉の問題を共有しなければ、当然ながらリアルな建築への適用も難しい。確かに世俗性の塊である建築設計という仕事に埋没した立場から見れば、〈隠喩としての建築〉の問題は抽象的な議論に過ぎないように思えるだろう。そこで、柄谷があとがきにも書いているように、モダニズム建築運動すなわちバウハウスにおける形式主義の表れについて僕なりにレクチャーする。僕自身についていえば、本書を読みながら、池辺陽の設計方法論である〈デザイン・スゴロク〉や〈ESTEM〉の形式化を試みるなかで〈建築の4層構造〉が構築されていった経緯についても話をする。今後も読書ゼミを続けるとしたら、やはり建築史について学ぶべきだろうとアドバイスして16時終了。『〈住宅〉の歴史社会学』は、第2章「啓蒙」を読み続ける。今日の全国の感染者数は39,327人。昨日から約 18,000人の増加で4月末の連休前に戻った感じである。政府は6月から海外旅行の規制を緩和すると発表したが大丈夫だろうか。


2022年05月06日(金)

薄曇りの晴れで暖かい一日。8時半出社。大同建設から「169菅野邸」の残工事に関する写真とメールが届く。玄関アプローチ床のヘアクラックは、床下の配管ピットに沿って生じているようだ。どこまで進むか、しばらく様子を見るように伝える。東面のプロフィリットガラスから朝日が差し込むために、木製引戸建具に取り付けたアルミバーが変形し浮き上がっている。450丱團奪舛離咼肯韻瓩225丱團奪舛冒やすように依頼する。時間が経過すると、木製建具自体も変形する可能性がある。その際には室内側に遮光用のブラインドが必要かもしれない。12時半に事務所を出て、銀行で雑用を済ませた後に、表参道駅から千代田線、小田急線で豪徳寺駅にて下車。約10分歩いて13時半に「170 M邸」現場に到着。すでに戸田とMさんが現場監督と打ち合わせをしている。工事は2階床と屋根のデッキプレートの設置、2階床スラブの配筋が完了し、鉄骨階段とベランダ骨組も取り付けられている。来週水曜日(5/11)に2階床コンクリートを打ち、来週末の5月14日に上棟式を開催することを確認する。Mさんから何点か追加工事の要請を受ける。14時過ぎに戸田を残して現場を発ち15時前に帰社。16時に戸田も帰社したので、佐々木構造計画に上棟式への出欠の打診メールを送る。明日の読書ゼミの準備に『隠喩としての建築』(定本 柄谷行人集-2 岩波書店 2004)の再読を開始する。赤印をつけた部分を拾い読みするだけでも結構時間がかかる。それだけ気になる箇所が多いわけである。初版が出たのは2004年だが、それから3回以上読み返し、その度に新しい発見がある。定本が出る前の同名本や文庫本を入れるともっと読んでいるかもしれない。この本は、建築デザインに対する僕自身のスタンスを決定づけたといっても過言ではない。エンジニアリングにおいても、システムに回収できない〈他者〉としての〈歴史〉への視点が決定的な重要であることを学んだのも本書からである。『〈住宅〉の歴史社会学』は、第2章「啓蒙」を読み続ける。今日の全国の感染者数は21,628人。昨日から約 850人僅増の停滞状態である。


2022年05月05日(木)

今日も快晴のいい天気で初夏のような暑い一日。9時出社。昨夜は何度も『アネット』の夢を見て目が覚めた。神経を逆撫でされた奇妙な映画なので、記憶に刷り込まれたのかもしれない。おかげでかなり酷い寝不足である。天気はいいが外に出かける気分にはなれず、一日中、事務所と自宅を往復し読書と仮眠のくり返し。先日Amazonで購入し、少し読んで興味が湧かず、積読になっていた『現代建築 社会を映し出す建築の100年史』(山崎泰寛+本橋仁:編著 フィルムアート社 2022)を引き出し、一気に読み通す。『日本建築宣言文集 1960-2020』(五十嵐太郎+菊池尊也:編 彰国社 2022)に比べると、時代範囲も1920年代(大正時代)以降から現代までの100年で、トピックもかなり広い視点で時代潮流をとり挙げている。住宅関係のキーワードも多く、NHKラジオ『住まいをよむ』の参考になるようなトピックも多い。しかし『日本建築宣言文集 1960-2020』に比べると、熟読するような本ではない。『〈住宅〉の歴史社会学』は、第2章「啓蒙」を読み続ける。すでに1910年代(大正時代)から〈核家族〉やその住居に関する機能的な提案が行われていることは一つの発見だが、趣味や文化における〈住居言説〉としての提案なので、おそらく一般庶民を対象としてはおらず、戦後の住宅政策とはかなり様相が異なっているように思える。今日の全国の感染者数は20,779人。昨日から約 5,700人の減である。


2022年05月04日(水)

ピーカンの晴れで過ごしやすい一日。8時半出社。10時過ぎに「169菅野邸」の菅野さんから電話が入る。オープンハウス後にゆっくりと自邸を見て、いくつか問題点を発見したそうだ。最大の問題点は、玄関アプローチ床の墨モルタルが依然として不完全という点である。僕たちは4月18日(月)の竣工検査でヘアクラックを発見しモルタルが浮き上がっていることを確認したので、大同建設に剥いでやりす事を依頼した。その後、引き渡しまでに一旦仕上げを剥がして塗り直しを行った。急速な乾燥を防止するために、その後、毎日水を撒き、引渡時にはまだ表面に斑模様が残っていた。オープンハウスの際には床に養生シートを敷いて対応した。今朝、菅野さんは再び細かなクラックを発見したという。それ以外にも細かな点を指摘されたので、直ちに大同建設に対処を依頼するメールを送る。引き渡しが終わってホッとしていたところなので、少し気分が滅入る。早稲田大の渡邉大志さんがfacebookにMo+で開催中の〈吉阪隆正展〉について長い感想を書いている。早稲田大学建築学科にとって吉阪隆正は特別な存在である。渡邉さんは石山修武研究室の出身だが、石山が学生の頃は吉阪研究室の絶頂期で、吉阪自身は早稲田大学学長を務めていた。石山は吉阪隆正のあまりの人気の高さに抵抗を感じて、大学院は敢えて建築史の渡邉保忠研究室に進学したという経緯がある。そのことを含めて渡邉さんは、吉阪隆正という存在の単独性を指摘し、吉阪研究室に対する間接的は批判を行なっている。僕の師匠である池辺陽は、吉阪とは対照的なモダニストだったが、二人は家族ぐるみの付き合いだった。その関係で、僕は何度か吉阪に直接に会い、新宿歌舞伎町で行われた吉阪研究の飲み会に参加したことがある。その時に、今はないコマ劇場前の噴水池に吉阪と飛び込んだ思い出もある。池辺研究室時代には、吉阪が翻訳したル・コルビュジエの一連の著作『建築をめざして』『モデュロール』『ル・コルビュジエ作品集』を熟読し、気になる翻訳箇所をフランス語と照らし合わせて、吉阪が独自の解釈を行なっていることを確認した。吉阪の死後に出版された『吉阪隆正集8』(勁草書房 1984)の書評を建築文化誌に書いた際には、僕は『ル・コルビュジエ作品集』(吉阪隆正:訳 ADA. Edita Tokyo 1979)の最後に掲載されているル・コルビュジエのインタビュー記事「Rien n’est transmissible que la pensee」の吉阪訳「人の心ほど伝えられないものはない」は、ル・コルビュジエの建築思想を考慮しても、前後の文脈から読んでも、明らかに誤訳(意訳?)であり、「思想以外に伝えられるものはない」と訳すべきではないかと指摘した。僕のこの書評に対して、吉阪研出身で〈いるか設計集団〉の代表である神戸大の重村力さんが噛みついてきた。彼とはこの件について、何度か意見交換を行ったが、完全なすれ違いに終わった。僕に立場から重村さんの反応は、吉阪に対する「贔屓の引き倒し」にしか思えなかった。しかしながら今から考えれば、吉阪はル・コルビュジエの建築思想を、文字通りデコンストラクションしたのではないだろうか。そのことを渡邉さんのfacebookにコメントする。思い立って13時半過ぎに事務所を出て、14時45分から渋谷のユーロスペースで放映中の『アネット』(レオス・カラックス:監督 2021)を観る。館内は若い人ばかりで6割の入り。カラックス作品は『ボーイ・ミーツ・ガール』(1983年)、『汚れた血』 (1986年) 、『ポンヌフの恋人 』 (1991年) を観ている。久しぶりのカラックス作品なので、期待したが、いささか期待外れである。ハムレット的な物語をロックオペラ調にまとめた脚本で、カラックスらしい手の込んだ演出が随所にあるのだが、僕にはちょっとついていけない。ミュージカルがそもそも僕の趣味ではないからだ。19時過ぎ終了。帰途に行きつけのトンカツ屋で夕食。1ヶ月前から15%の値上げにびっくり。20時半帰宅。今日の全国の感染者数は26,469人。昨日から約 4,000人の減である。


2022年05月03日(火)

晴れでやや暖かい一日。9時出社。連休中は気が向けば映画を観に出かけるかもしれないが、基本的には自宅と事務所で過ごす予定である。連休が明けて人出が収まった頃に旅行に出かけてみたい。連休中には建築士定期講習の動画を観るつもりだが、その前にテキスト冒頭の「最近の建築関係法令の動き」に目を通してみる。最近の主なトピックは、市街地の建築における防火・防災の法令変更のようである。既存市街地の木造密集地域における建替やリノベーションに対する延焼防止策の強化が目的のようだ。現在工事中の「170 M邸」では、箱の家の木造下地の標準準防火仕様とは異なり、外壁下地を軽量鉄骨、外装も法令指定の仕様とするよう指導を受けた。世田谷区の法令が厳しいためと考えていたが、どうやら最近の法令変更の影響もあるようだ。僕にとって定期講習の意味は、こういった最近の法令変更の傾向を具に学ぶ点にある。『〈住宅〉の歴史社会学』は、第2章「啓蒙」を読み続ける。明治時代の幸田露伴の住居論から始まり、当時流行した趣味論へと話は展開する。今日の全国の感染者数は30,481人。昨日から約 11,100人の増で、減少の気配はない。連休のすごい人出をみると第7波は間違いなさそうな気がする。


2022年05月02日(月)

晴れ一時曇りのやや暖かい一日。9時出社。今日は連休の谷間だが事務所は開業する。菅野夫妻から「169菅野邸」竣工のお礼と、ベランダで撮った記念写真がメールで届く。お礼の手紙に加えて、戸田がまとめた「169菅野邸」オープンハウスの来訪者リストに関係書類とを添えて宅急便で送る。引き続き大同建設と龜谷清さんには竣工図とオープンハウスの来訪者リストのデータを送信する。まもなく龜谷さんから、オープンハウス前日のJIAレクチャーに対するアンケートのまとめが届く。目を通してみると、とくに意外な反応はないが、1点だけスライド発表の図面に敷地条件と方位の描き込みがないことに驚いたという感想があったので少々ドキッとする。確かに「箱の家」をシリーズで紹介するときには、話を単純化するために、それぞれの敷地条件についての説明は省いているからである。「箱の家」はそれぞれの敷地の個別条件に対応していることは間違いないのだが、固有性によりも共通性に焦点を当てようとすると、どうしても敷地条件についての詳細な説明は省かれてしまう。方位だけは平面図に描き込んでいるはずだが、よしんば描き込みがなくても、庇が南向きであることは直ぐに分かるはずである。とはいえ「箱の家」が建築の固有性を無視しているように見えることは、工業化を志向している建築の弱点であることは熟慮すべき問題点だろう。はりゅうウッドスタジオの滑田崇志さんから「芳賀沼整さんを偲ぶ会」を6月18日(土)に開催する旨のメールが届く。会場は芳賀沼さんたちと一緒につくった郡山のモデルハウス〈希望ヶ丘の家〉で、現在は芳賀沼未亡人がギャラリーを開いている。スケジュールを確認し、出席する旨の返信メールを送る。翌日の19日(日)には、完成したばかりの〈南会津の森の町とpavillion〉をぜひとも見学しよう。『〈住宅〉の歴史社会学』は、第1章「住居の社会学的把握」を読み終わり、第2章「啓蒙」に進む。第1章は、まず住居(住まい home/dwelling)と住宅(house)の区別から始まる。住宅は物理的な実在であるのに対し、住居(住まい)は人と物との相互作用の場であることが指摘され、本書では住居の社会性・歴史性に焦点を当てることが確認される。建築学では、両者の区別はそれほど明確ではないが、ニュアンスとしては了解できる。引き続きCIAM第2回会議のテーマ〈最小限住居〉の話題から始まり、池辺陽の〈立体最小限住居〉と平面図が紹介されているのにはびっくりする。続いて、住宅と近代の成立の関係についての議論が展開し、柳田國男や今和次郎の住居論が紹介される。議論はヨーロッパにおける近代住居論へと広がり、1990年代に勃興したカルチュラルスタディーズにおける〈ドメスティケーション(家庭化)〉理論が紹介される。そこでは住居におけるモノとヒトのマテリアルな交渉に焦点が当てられ、住居への設備機器、給排水や洗濯機といった近代テクノロジーの導入がもたらした生活の変化に関する議論が展開している。読みながら、僕はミースがチェコスロバキアのブルーノに設計したチューゲントハット邸(1929)の地下室の巨大な洗濯室や空調室を思い出した。テクノロジーのドメスティケーションの議論は、さらに住居へのテレビの導入が消費を亢進するという議論へと展開していく。一方で、住宅と家族の関係に焦点を当てた日本の家族社会学がとり挙げられ、池辺研究室時代の先輩、外山知徳さんの家族論が紹介され、住居は家族の身体の拡張であるという主張が紹介されている。さらに木村徳国が提唱した日本の住居様式、〈居間中心型〉と〈中廊下型〉が紹介され、西川裕子の近代住居批判や西山夘三による住居の規格化に関する議論が紹介されている。さらに自動車やテレビといった近代テクノロジーと、郊外住居と都心との関係に関する議論へと進んでいく。第1章の結論として、本書の方法は、住居に関わる言説すなわち〈住居言説〉の分析であることが確認され、住居言説が住居の社会現象を作り出すという社会構築主義が提唱されている。盛りだくさんの内容にお腹一杯になるが、第2章以下は、第1章の詳細な歴史的検証のようである。今日の全国の感染者数は19,353人。昨日から約 7,500人の減である。


2022年05月01日(日)

雨で肌寒い一日。10時出社。昨日の「169菅野邸」オープンハウスについて考える。改めてじっくりと建築を眺めてみると、考えさせられる点がいくつかあることに気づく。最大の反省点は南面ファサードである。FRPグレーチングはいいと思うのだが、庇が主屋根から完全に分節しているのが気になる。南庇の構造を主屋根の構造と一体化できないために、やむをえずサブ構造にしたのだが、よく考えてみると西側ベランダの南端に丸柱を立てて庇を支えれば、主屋根を寄棟にして一体化できたことに気づく。要するに更なる単純化の可能性を追求しなかったことは大きな反省点である。細かなことだが、駐車場と玄関アプローチの間仕切引戸にもう少し厚みを持たせれば額縁に入れた写真を展示できるだろう。菅野さんの体調を考慮して、もっと手摺を追加すべきことも反省点である。とはいえ2階床下の空調チャンバーのアイデアは大成功である。今後の展開可能性が大きい構法なので、ピロティ付きの「箱の家」があれば適用可能だろう。オープンハウスには多くの若い建築家が訪れたが、彼らと話をして基礎的知識の欠落に何度も驚きを感じた。単なる勉強不足といってしまえば元も子もないが、僕が歳をとったことの証明でもある。教師の仕事はその落差を埋めることだが、すでに教員を退職した立場としては、今更先生ぶって教える気にはならない。『建築雑誌』の編集員会でも同じような落差を痛感したが、これが世代という絶え間ない仕切り直しと初期化の積み重ねなのだろう。すでに彼らの方が主流になっているのだから、それを反転させることはできない。だから進化はこのようなすれ違い(つまり突然変異)の積み重ねから生まれるのである。日本デザインセンターの原研哉さんから『低空飛行―この国のかたちへ』(原研哉:著 岩波書店 2022)が届く。日本の特異性の細部を見きわめることからデザインに展開させようとする試みである。〈低空飛行〉というキーワードが秀逸である。学ぶことが多そうなので、いずれじっくりと読んでみよう。『〈住宅〉の歴史社会学』は、第1章「住居の社会学的把握」を読み続ける。今日の全国の感染者数は26,865人。昨日から約 1,700人の増である。


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