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箱の家 PROJECT 青本往来記
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コンパクト箱の家

2012年02月04日(土)

7時起床。8時半出社。10時、スタッフに昨日の「福島復興住宅プロポーザル」の報告。引き続き、リノベーションコンペ打合せ。構造体、平面、スキンに優先順位を設けず、それぞれが固有のシステムを持ち、フラットに共存しているような表現をめざすように指示。「143高田邸」第2案の打ち合わせ。予算から逆算して延べ床面積を5坪縮めるように指示。「144K書店」の打合せ。極小の建築なので開口のデザインがポイントであることを確認。午後はテキスト原稿続行。あと一息で4章がまとまりそうだ。夕方までに「143高田邸」第2案がまとまったのでコメントを添えて高田夫妻に送信。ハウスメーカーや建材メーカーとメール上で放送大学取材の打合せ。5時、事務所内掃除。6時解散。夜は読書とテキスト。鈴木博之さんと石山修武さんにXゼミ2月例会の呼びかけ。来週半ばにミーティングを持つことになった。

『プルーストとイカ』は第1部「脳はどのようにして読み方を学んだか」を終えて、第2部「脳は成長につれてどのように読み方を学ぶか」に進む。第1部の第3章「アルファベットの誕生とソクラテスの主張」が興味深い。ソクラテスは徹底して口承にこだわり、書き言葉を否定した。書き言葉は柔軟性に欠け、記憶を破壊し、知識の検証を鈍らせるという理由からである。書き言葉(エクリチュール)よりも音声言語を優先する伝統が生まれたのはこの時点である。とはいえソクラテスの書き言葉批判が書き言葉によって伝えられていることは歴史の皮肉かもしれない。音声言語優先主義の伝統に対してジャック・デリダが『グラマトロジーについて』で反旗を翻したことはよく知られている。しかし書き言葉は日常生活にあまりにも浸透しているので、僕たちにはソクラテスの書き言葉批判の方が、むしろ新鮮に感じられる。「喋られたこと」に比べると「書かれたこと」は、書かれているという事実だけで、それに対する批判力を失わせる力を持っているからである。それは日常的にもよく経験することだが、なかでも新旧約聖書は「書かれたもの」の代表的存在であることは言うまでもないだろう。


2012年02月03日(金)

7時起床。8時半出社。快晴。雑用を済ませた後9時半に事務所を出て東京駅へ。10時過ぎの新幹線で福島へ。宇都宮を過ぎたあたりから雲が増え郡山ではすっかり雪になった。11時45分福島着。今日は「ふくしまの家復興住宅供給システムプロポ−ザル」の第2次審査である。改札口ではりゅうウッドスタジオの滑田さんと待ち合わせ構内のうどん屋で昼食。間もなく芳賀沼さんと浦部さんが到着し県庁近くの杉妻会舘へ移動。ロビーで待機しているとナスカの八木佐千子さんがやってくる。仙台から山形への移動途中に立ち寄ってくれたようだ。朝9時からヒアリングが続いている。2次審査には19社が残っているそうだ。僕たちのチームは16番目で13時45分開始。定刻より少し早めに会場に入る。傍聴者は100人程度。審査委員は三井所清典委員長以下5人。芳賀沼さんが約3分間話し、浦部さんと僕が各1分ずつコメントする。その後の質疑応答は5分の予定が9分近くまで延びる。県がプロポーザルの要項で求めているのは、復興住宅を実現する建設体制と住宅のプランなので、僕たち以外のチームは1案に絞って提案している。しかし僕たちは、木材供給と工務店をネットワークする建設体制だけでなく、コストダウンのためのコンストラクションマネージメントのシステムと、複数の復興住宅の平面や構法のヴァリエーション、さらにはそれらを組み合わせた街づくりの提案まで行った。そこまで提案しないと単なる戸建住宅の提案に止まり、ハウスメーカーと何ら変わりがないと考えたからである。応募要項を大きくはみ出す提案をした訳だが、幸い審査委員も僕たちの意図を理解してくれたようだ。ヒアリングは3時前に終了。3時過ぎから公開審査。最初の投票で僕たちの提案は早々とトップ当選。それを見届けてから僕は会場を出てロビーでしばらく休憩。この間に八木さんは山形へ向う。4時過ぎに再投票が行われ全8チームが決まった。4時半から最終審査に残った8チームと県とで今後の進め方についてのミーティング。芳賀沼さんが県に対していくつかの提案を行う。要するにこのプロポーザルを住宅単体の提案に終わらせず街づくりにまで拡大すべきであるという提案である。これに対して県も前向きに検討するという回答。6時半終了。その後、駅近くの居酒屋で祝杯。8時半解散。9時前の新幹線に乗り10時半過ぎ東京着。11時過ぎに事務所に戻る。栃内がまだ仕事をしている。荷物を置きメールをチェックした後帰宅。赤ワインを飲みながらしばらく妻に今日一日の経過報告。夜半過ぎ就寝。


2012年02月02日(木)

7時半起床。少々寝不足。9時前出社。今日も快晴。ようやくインフルエンザが完治した栃内が出社してくる。まずはパリで開催される震災展のパネルレイアウトの仕上げを頼む。昨日メールを送ったKさんから返信メールが届く。「KAMAISHIの箱」の仕様には拘らないとのことなので最初からスケッチを再開する。可能な限り単純な「箱」のコンセプトで進める。角地を生かした庇下の空間をどこまで広く確保するかがテ−マである。古書店なので本棚の問題もありそうだ。放送大学のテキスト続行。ようやく第4章の半分まで進む。いつものことだが書いているうちにどんどん予想しない方向へと進んでいく。多分、文章量が増えるにつれて、どこまで書けるかが見えてくるので、無意識にフィードバックが生じるからだろう。何となくそれが分かったので今度は原稿の延長上で全体のスケッチを書いてみる。午後、栃内と「143高田邸」の第2案打合せ。僕がまとめたスケッチを渡し基本図をまとめるように指示。新機軸の可能性についても検討するように頼む。ミサワホームと積水ハウスから放送大学の取材承諾のメールが届く。LIXILやプレカット工場の篠原商店も取材を受けてくれそうだ。まずは来週早々に高井戸のミサワホームにロケハンに行くことになった。取材先をもっと拡げたいがこの辺りが限界かもしれない。夜は「141小澤邸」の現場から帰社した花巻とK書店の打合せ。9時半帰宅。深夜、芳賀沼さんからメールが届く。明日のヒアリングの内容に関する事前報告。審査委員の立場を想像するに、ヒアリング前に選定結果はほぼ決まっているような気がするのだが。ナスカの八木佐千子さんからのメールを転送してくれた。彼女も僕たちのチームに加わってくれるそうだ。『プルーストとイカ』を読みながら夜半就寝。


2012年02月01日(水)

7時起床。8時半出社。快晴で少し風があるようだ。雑用を済ませた後、9時半に事務所を出て地下鉄銀座線で京橋下車。歩いて東京駅八重洲口へ。高速バスの待合室で往復の切符を購入し10時20分発の茨城県岩井行高速バスに乗車。車内はガラガラ。新守谷インターチェンジで常磐高速道を降り御所ケ丘停留所で下車。10時10分に高田夫人と待ち合わせ。歩いて5分で高田邸敷地に到着。快晴で風もない。敷地は周囲を建売住宅に囲まれた広大な畑の中の北西隅の一画。面積はやや南北に長い約180m2(55坪)。西隣に1軒新しい住宅が建っているだけで、他は貸農園として使われているが、いずれ宅地化されるのは時間の問題だろう。iPhoneで方位を確認すると完璧に南北方向の敷地。続いてライフラインをチェック。前面道路に上下水道ガスが通っているが下水と雨水は分離排水のようだ。敷地は畑だったので当然引込み配管はない。敷地の北東隅は隅切りがなされて電柱が立っている。幹線道路から一歩入った場所なので静かな環境である。おおむね予想通りの敷地である。その後、近くのスーパーの喫茶店に移動し図面を見ながら夫人の要望を聞く。箱型の一室空間を求めているクライアントなので細かな要望だけである。1時前に店を出てバス停へ。しばらく立話をしながらバスを待つ。1時20分の高速バスに乗車。往は東京駅から直通だったが、復は渋滞に巻き込まれ、おまけに浅草や上野に立ち寄ったため東京駅まで80分近くかかる。3時半に事務所に戻る。昨年1月末に亡くなった同級生の花田勝敬くんを偲ぶ冊子が久恵夫人から届いている。花田くんのスケッチと友人たちの想い出の文章をまとめた冊子で、大学時代の同級生以外に菊竹清訓事務所時代の同僚だった遠藤勝勧や内藤廣、花田くんの代表作「欅ハウス」をコーディネートした甲斐徹郎といった人たちが寄稿している。遠藤さんは「引き算の建築」と題して花田くんが銀座のTOTOパヴィリオンを担当した頃の想い出を書いている。僕もオープンハウスに出かけたことを想い出す。菊竹事務所時代に花田くんのチームで働いた想い出を淡々と綴った内藤さんの「温かな諦念の人」は花田くんの人間性を通して自分のことを書いているようだ。花田くんが日大生産工学部の建築学科で20年間も非常勤講師を勤めていたことも浅野平八さんの文章から初めて知った。僕は「欅ハウス」に関するコメント「サステイナブル・デザインの同志として」と大学生時代の設計製図課題の想い出「建築家の予感---形へのこだわり」の二つの文章を寄稿した。直接会って話したことはほとんどなかったが彼の仕事は距離を置きながらいつも共感を持って見ていた。さまざまな想念に浸りながら夜までかかって全部を読み通す。はりゅうウッドスタジオの芳賀沼さんと滑田さんから「KAMAISHIの箱」の防火性に関するコメントが届く。やはり準防火地域内での使用は難しそうだ。その旨をまとめてKさんにメールを送る。「143高田邸」の修正図面をスケッチ。「箱の家001」に近い案になりそうだ。何か新機軸を考えねばならない。10時前帰宅。なかなか寝付かれないので2時に起床。焼酎のロックを煽った後3時過ぎに再び就寝。


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