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箱の家 PROJECT 青本往来記
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コンパクト箱の家

2023年11月29日(水)

晴れのち曇りで、朝は寒いが昼間は過ごしやすい一日。8時半過ぎに出社。直ちに事務所を出て表参道経由で青山の銀行へ。事業税の振込を済ませて9時半に帰社。NHK出版編集部の小湊さんからメールで、NHKラジオテキスト『住まいをよむ』の最終稿が届く。早速、第1回の原稿をプリントアウトし、今週土曜日の収録の準備をする、HHKエデュケーショナルから、土曜日のタクシー券が届いたので、お礼のメールを送る。13時前にon-siteの坂本さんから、無事に熊本に戻った旨のメールが届いたので一安心する。14時前にTH-1の朝倉社長とスタッフ2人が来所。こちらは家族3人が揃って相手し、界工作舍改装工事の工事契約締結を行う。記名捺印し、工程表と請求書を受け取り、設備機器の発注を確認して15時に終了。着工は来年1月半ばだが、材料や設備機器の発注は年内に済ませたいとのこと。『建築ジャーナル』2023年12月号:特集「磯崎新とは何だったのか」が届く。僕は「和様化を体現した建築家」を書いた。前半では、歴史的にもっとも重要だと考える『建築の解体』(1975)と、建築作品〈つくばセンタービル1983〉について検証し、後半では、晩年の著書『建築における日本的なもの』(2003)をとり挙げて〈和様化〉について論じた。磯崎は〈日本的なるもの〉を相対化しようと試みたが、意図に反して自らの和様化を逆照射することに帰着したことを明らかにしている。それは〈外〉の視点を持とうとすること、つまり自己言及性がもたらす逆説である。
https://www.amazon.co.jp/建築ジャーナル-2023年12月号-磯崎新とは何だったのか/dp/B0CNCVPFHW/ref=sr_1_1?crid=1LM67Q3FI1QEP&keywords=建築ジャーナル+2023年12月号&qid=1701226478&sprefix=建築ジャー%2Caps%2C284&sr=8-1
午後は、カタログとファイルを荷紐で束ねる作業を少しずつ続行し、夜までに80束を玄関脇に積み上げる。どっと疲れが吹き出したので、熱い風呂に入り、ウィスキーを煽って早めに就寝。


2023年11月28日(火)

晴れで暖かい一日。朝6時過ぎにon-site社長の坂本亮介さんからメールが届く。名古屋あたりを走っているらしい。到着は昼頃になりそうだとのことである。12時前に坂本さんの車が到着する。直ちにセダンの荷台に食卓椅子6脚を積み込む。頼まれて1脚の背中に油性ペンで記念に僕の顔サインを描き込む。その後コーヒーを飲みながら、しばらく歓談。5年前の〈箱の家163〉の工事について、懐かしい思い出話を交わす。坂本さんにとっては、工務店として転機になる仕事だったとのことである。僕たちのやり方が役に立っているのであれば何よりである。〈箱の家〉シリーズの本2冊、抜刷、雑誌類を贈呈して1時過ぎに見送る。無事に熊本まで帰ってくれれることを祈ろう、明治大の川島範久さんから、界工作舍の家具解体工事について質問メッセージが届く。TH-1との工事契約締結は明日(11/29・水)の午後であること。解体工事は来年1/15(月)着工で、大工に協力して家具の解体と搬出に協力してほしい旨を伝える。午後はファイルとカタログを荷紐で束ねる作業を少しず続行し、夕方までに机の上のファイルをすべて束ね終える。残りは棚のファイルだけである。明後日の分別ごみ収集日まで80束を完了させたい。夕方、散歩がてら青山通りのスーパーマーケットまで行き、野菜類を購入して帰宅。『訂正する力』は、第3章「親密な公共圏をつくる」を読み続ける。東がゲンロン・カフェを始めた経緯について説明しながら、現在的な〈固有名〉のあり方について議論している。


2023年11月27日(月)

晴れで穏やかな一日。8時半過ぎに出社。直ちに事務所を出て表参道経由で青山の銀行へ向かう。陽射しがあるのでそれほど寒くない。振込を済ませて9時半に帰社、昨夜遅く戸田から界工作舍改装工事の最終図面一式が届く。一通り目を通し、問題はないことを確認したので、家族全員に転送する。TH-1に連絡し、工事契約の日程について打診する。契約書類はすでに準備しているそうなので、家族と相談し、明後日29日(水)の午後に界工作舍での締結を連絡する。10時に会計事務所の田中治樹さんと担当スタッフの長野紘平さんが来所。今期の今朝の決算報告を受け、税金の支払票を受け取る。ちょっとショボイ決算だが、それでも事業税の支払いが必要である。家早南友。秋田の西方設計から〈箱の家148〉の復旧工事の監理報告書が届いたので、お礼のメールを返信する。冬になる前に復旧工事が完了して何よりである。『訂正する力』は、第2章「〈実は・・・だった〉のダイナミズム」を読み終えて、第3章「親密な公共圏をつくる」へ進む。第2章の最後辺りでは、ChatGPTのようなAI技術が進歩しても、人間自体が変わらない以上、情報のコンテンツよりも〈作家性〉がますます注目されるようになることが指摘されている。建築に引き寄せていえば、『アルファベット そして アルゴリズム: 表記法による建築――ルネサンスからデジタル革命へ』(マリオ・カルボ:著 美濃部幸郎:訳 鹿島出版会 2014)でカルボが主張したように、デジタル・ターン以降は作家性は消えるという指摘とは、まったく逆になるということである。最近のハイテックな建築デザインを見ても、カルボの主張が的外れであることが証明されているように思える。


2023年11月26日(日)

曇りで昨日よりもさらに気温が下がり、この冬一番の寒さだが、アクアレイヤー床暖房で、2階の住まいはそれほど寒く感じない。10時半に出社。1階の事務所も気温はほんのり暖かいが、足元は深々と冷えている。床のコンクリートスラブの蓄熱によって年中18度のままだからである。なので僕の机の下には電気ヒーターを置いて足元を暖めている。今回の改装では、床を20冂度持ち上げて、木造の床下にアクアセルを敷き込み、空調機で冷暖房するエアアクア・システムを採用することにしている。外周壁にはさらに断熱材を補充することによって、天井の輻射冷暖房と合わせて快適な室内環境が確保できるだろう。今日もファイルとカタログを数冊束ねて駐車場の脇に積んでいく。コンビニに行ったついでに、追加で30束分のゴミ処理券を購入する。これで手元には80束分になったが、今週木曜日にそれだけ積めるだろうか。『訂正する力』は、第2章「〈実は・・・だった〉のダイナミズム」を読み続ける。訂正する力の一種としてウィトゲンシュタインの言語ゲームとカール・ポパーの反証可能性が紹介されている。21時からNHKスペシャルのシリーズ『食の“防衛線” 第一回 主食コメ・忍び寄る危機 』を観る。農業従事者の高齢化によって、日本の主食・米の自給率が危機的な状況になりつつあることのドキュメンタリーである。この傾向は昨今の建築デザインの1970年代回帰と、あながち無関係ではないような気がする。僕の高密度都市志向も訂正すべき段階なのだろうか。


2023年11月25日(土)

晴れ時々曇りの一日だが、昨日よりぐんと気温は下がり肌寒い一日である。9時出社。可動本棚がなくなりガランとした事務所を見てしばらくボンヤリと佇む。気を取り直して机の上のファイルやカタログを荷紐で少しずつ束ねていく、一気に作業するよりも1週間毎の収集日に合わせて少しずつ進めていこう。戸田と界工作舍改装の工事契約用の図面についてメールでやり取り。浴室の天井換気扇の納まりの問題が残ったが、細かな図面を描く時間はないので、要検討であることを明記することでよしとする。熊本の〈箱の家163〉の工事を担当したon-siteの社長、坂本亮介さんからメールが届く。廃棄予定の食卓と椅子のうち、椅子6脚を熊本から引き取りにくるという。来週月曜日に車で熊本を発ち、火曜日に界工作舍に着くという。遠方からで畏れ多いが、ありがたい申し出なので承諾する。青森の建築家、森内忠良さんから青森りんごが届いたので、お礼のメールを送る。数年前に〈箱の家〉について講演会を主催してくれた地元の工務店兼建築家である、丁度〈ねぶた〉の時期だったので、踊りにも参加させてもらった懐かしい記憶がある。『訂正する力』は、第2章「〈実は・・・だった〉のダイナミズム」を読み続ける。第2章は、ミハイル・バフチンやソウル・クリプキの思想を参照しながら〈訂正する力〉の哲学的背景に関する議論を展開している。しかしながら穿った見方をすると、〈訂正する力〉の根底には再帰的な力があり、自らに対して訂正可能性を適用すると、まったく正反対のことがいえてしまう。それでは元も子もないのだが、そういう論理も成り立ってしまう危うい主張であることも確かである。


2023年11月24日(金)

今日も秋晴れで過ごしやすい一日。8時半出社。9時に可動本棚の解体業者が数人の職人を連れて来所する。午前中一杯をかけて可動本棚を解体する。僕は自分のコーナーでiMacで原稿書きと読書を続けながら、裏で進んでいる解体作業の金属音を聞き続ける。3年前に本棚を組み立てた時のメーカーの担当者が立ち会ってくれる。解体作業は昼前に完了し、部品が束ねられて床に並べられている。13時前にトラックが到着し、部品が運び出されて13時半にすべての作業が完了。事務所の奥の半分が空っぽの空間になる。とはいえ外周の窓台の上はガラクタで一杯で、窓台の下の棚はファイルで一杯である。これらも年末までには片付けねばならない。窓上の棚に並べた模型群の全貌が見渡せるようになった。これらも年末までには運び出される予定である。空っぽになった空間を眺めていると、本で一杯だった時の幻影が浮かび上がり、一瞬眩暈がする。NHK出版局編集部からNHKラジオ・テキストの最後の校正依頼のメールが届く。大急ぎで目を通し、指摘通りで進める旨を返信する。むげん企画の塚谷理恵さんから、来週土曜日から始まるNHKラジオ『住まいを読む』の録音日の確認と往復の交通についての問い合わせメールが届く。渋谷のNHKに行くには地下鉄が通常ルートだが、渋谷駅から長い坂道を登る必要があり結構辛い。天気がよければ、代々木公園から代々木国立競技場を抜ける道を約30分歩くルートも対案である。夕方、思い立ってカタログとファイルを束ねる作業を再開する。夕食までに10束をまとめて駐車場に積む。『訂正する力』は「はじめに」と第1章「なぜ〈訂正する力〉は必要か」を読み終えて、第2章「〈実は・・・だった〉のダイナミズム」に進む。第1章では、山本七平の『〈空気〉の研究』や憲法改正運動を例に挙げて、訂正がし難い日本社会の土壌の分析が行われている。訂正の本質は〈メタ意識〉にあるとか、訂正とはジャック・デリダの脱構築であるとか、訂正する力は〈老いる力〉でもある、といったメッセージが記憶に残る。夕食は、生チーズとミニトマト、ほうれん草とハムを和えたナポリタンをいただきながら、赤ワインをたっぷりと呑む。気がついたら着替えもせずにベッドに倒れ込んで眠り込み、1時過ぎに目が醒める。


2023年11月23日(木)

今日も秋晴れで過ごしやすい一日。昨夜、玄関脇に積み上げておいた40束のカタログとファイルが、事業ゴミとして搬出されているのを確認して胸を撫で下ろす。来週木曜日には、さらに残りのゴミを処理券を添付して搬出することにしよう。昼間はひたすら可動本棚に残っているカタログとファイルを、運べる重量に荷紐で束ねて駐車場の奥に並べていく。結局のところ本棚一列で25束になる勘定である。今日までに積み残したゴミ束を加えると優に50個を越える。事務所の外周の棚に残されたファイル類が依然として大量に残っているので、最終的にどの程度の数になるかは予想できない。家早南友である。16時に事務所を出て、散歩がてら青山通りのスーパーマーケットへ行き、食材を購入して、帰途にコンビニに立ち寄る。しかし青山通りのコンビニでは港区のゴミ処理券しか扱っていない。やむなく脇道を戻り、マイセン通りのコンビニで渋谷区ゴミ処理券5セット50枚を購入する。夕方、岩元真明さんから電話が入り、明日の可動本棚の解体搬出の確認をもらう。彼は立ち会わないそうだが、川島範久さんが来所する12月3日(日)には同行するそうだ。夕食後も可動本棚に残った荷物の移動をひたすら続ける。明日が解体搬出なので、待ったなしである。21時過ぎに作業を完了しやれやれで帰宅。『訂正可能性の哲学』の最後あたりで、民主主義の条件として、ロシアのミハイル・バフチンのポリフォニー(多声性)の概念が検討されているが、その事例としてフュードル・ドフトエフスキーの『地下生活者の手記』がとり挙げられている。モノローグでありながら多声性を備えた稀有な小説としてである。懐かしい記憶が一気に蘇る。僕は大学2年の時に赤い表紙の米川正夫訳で読んだからである。フランツ・カフカの『日記』と並んで、僕の内面的思考の基礎を決定づけた本である。どちらも今頃は神田のどこかの古本屋に並んでいるかも知れない。


2023年11月22日(水)

晴れで穏やかな一日。8時半出社。朝一番でTH-1の朝倉社長に電話し、界工作舍改装工事の工事契約金額について話し合いを続ける。朝倉社長が工事項目の金額について細かな条件まで把握していることに少々驚くが、現段階で10万円レベルにこだわっているのはいかがなものかとも思う。ともかく解体工事の際に明治大学の川島範久さんと家具の内藤祐輔さんが協力すること。再利用のために家具部品の大部分を彼らが搬出することを伝えて、何とか当初の工事金額に納めることで話し合いは決着する。やれやれである。これで大きなハードルを乗り越えることができた。YouTubeでゲンロン・カフェで開催された、東浩紀と辻田真佐憲の対談「2023年を『訂正する力』で斬る―『訂正する力』刊行記念」の冒頭を観る。東によれば、『訂正する力』は、哲学書として完璧ともいえる『訂正可能性の哲学』の実証例であり、その思想の〈訂正〉でもあるという。訂正可能性とは、一種の忘却の論理であり、歴史に拘ることへの批判でもあるという指摘には、なるほどと思わせるところがある。最近のウクライナやガザの紛争は、歴史の忘却によるしか解決はないだろうという主張には説得力がある。明日には『訂正する力』が届く予定なので、早速読んでみよう。
https://www.youtube.com/watch?v=D3gEb3UKu8U&t=209s
https://www.youtube.com/watch?v=c4svRzbASDI
『都市美』の巻頭対談「団地という政治空間」(原武史×松山巖×布野修司×山本理顕)を読み始める。冒頭に、団地の転換点として〈高島平団地〉が紹介されている。読みながら僕は思わず、大友克洋の漫画『童夢』を思い出した。団地の遊園地や屋上で、人知れず繰り広げられる老人と子供の凄まじい超能力戦を描いた名作である。僕は背景を見て『童夢』の舞台は高島平団だと直感した。


2023年11月21日(火)

晴れで過ごしやすい一日。9時出社。朝早く渋谷区の清掃車係員に、昨夜出したカタログのゴミについて問題点を指摘される。カタログやファイル類は事業ゴミなので、有料ゴミ処理券を添付した上で分別ゴミの日に出すようにアドバイスされる。10時過ぎに表参道経由で青山の銀行へ行く。雑用を済ませてから帰途にコンビニに立ち寄り、渋谷区粗大ゴミの回収手数料券と有料ゴミ処理券を購入し、紐で結んだ荷物それぞれに貼って積み直していく。とりあえず40冊分を玄関通路の脇に積み上げる。積み残しはそれ以上の量があるが、来週に運び出すことにしよう。『訂正可能性の哲学』(東浩紀:著 ゲンロン 2023)は、ルソーを中心とする何人かの哲学者の読解によって書かれているが、つまるところは東浩紀自身のこれまでの人生経験の理論化になっているといってよい。その点において、僕も十分に納得できるし共感できる内容になっている。今後の僕の生き方においても〈訂正可能性〉は重要な指針であり、そうしなければならないと考える。引き続き『都市美』第3号「国家と住宅」を読み始める。巻頭言「ネーション・ステートとシティ・ステート」において、山本理顕は、現代の一連の世界的紛争はネーション・ステート(国民国家)の歴史的錯誤に起因することを明らかにし、それに代わるシティ・ステート(都市国家)の可能性について考えてみたいと主張している。


2023年11月20日(月)

今日もピーカンの晴れで清々しい一日。9時出社。TH-1と界工作舍改装の工事契約金額について話合いメールのやり取り。徐々に収斂に向かっているので、あと一息である。改めて図面を睨みながら、さらなるコストダウンの可能性についてあれこれ考えを巡らせるが、かなり難しい。食卓と椅子については、すでに渋谷区の清掃センターに引取を予約したが、先日の引取の申し入れがあった人から、椅子だけを引き取りたい旨のメールが届く。なかなか面倒な作業である。16時半過ぎに事務所を出て、散歩がてら青山のスーパーマーケットに出かける。寒い北風が吹いているので、歩いている人は皆コートを着ている。なぜかスーパーのレジ前に長い列ができており10分以上も待たされる。この時間帯は、会社からの帰途に買い物をするサラリーマンが多いせいかもしれない。『訂正可能性の哲学』は、第9章「対話、結社、民主主義」と「おわりに」を読み終わり、読了。以前、同じテーマについて論じた『一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル』 (東浩紀:著 講談社文庫 2015)を読んだが、あまりにも幼い議論にがっかりした記憶がある。すべてがテクノロジーへの依存と期待の論理だったからである。東自身もそう感じて反省したらしい。『訂正可能性の哲学』はその反省の著だといってよい。その点について少し考えてみると、SDGsもテクノロジーだけでは解決できない政治的・経済的問題であるという意味で、本書の内容はそのまま建築デザインに通用できるかもしれない。建築デザインは政治問題以上に、カント的な意味で美的判断になるため、テクノロジーによる解決は難しいからである。最近の建築デザインの1970年代回帰は、現代とオイルショックがあった当時が同時代的状況ということだろう。建築においても、先決め至上主義を改めて、つくりながら考える工事現場での〈訂正可能性〉が本格的に議論されるべき時代になりつつあるのではないだろうか。


2023年11月19日(日)

ピーカンの秋晴れで清々しい一日。9時出社。9時半に明治大の川島範久さんとスタッフが来所。スタッフは滋賀県立大の芦澤竜一研の出身だそうである。芦澤さんは石山修武研出身だから、川島さんの建築観とはちょっとズレているような感じがするが。棚に残っているカタログやファイル類を荷造り紐で束ねて玄関通路の脇に積んでいく。予想以上に大量で、すべてを積みきれないので、日を改めて来所してくれることになる。棚の中に何冊か貴重な本が残っていたが、そのまま贈呈する。11時過ぎに、東工大卒で現在はゴーストファニチャーを主宰している内藤祐輔さんが、事務所の机と棚を再利用するための下見に来所する。昼前にコーヒーを飲みながらしばらく四方山話。13時半過ぎに解散。河野書店から、界工作舍蔵書の入札結果について報告メールが届く。それなりの評価をもらったので、とりあえず胸を撫で下ろす。河野さんにも少しはお礼になればいいのだが。昨日家族で話し合って決めた界工作舍改装工事の工事契約条件についてまとめたメールをTH-1に送信する。何とか前向きの回答を期待しよう。『訂正可能性の哲学』は、第8章「自然と訂正可能性」を読み終わり、第9章「対話、結社、民主主義」に進む。第8章の後半で、東はルソーの小説『新エロイーズ』を詳細に読み込み、〈自然〉を理想とする思想家ルソーという通説を完膚なきまで脱構築することによって、自然と人為、絶対性と訂正可能性が両立することを主張している。東はこういっている。「家族と家族でないもの、ゲームとゲームでないものを区別することが原理的に不可能であるように、ぼくたちは本当は、自然と自然でないもの、社会と社会でないもの、嘘と嘘でないもの、愛と愛でないものを区別することもできない。ルソーの〈小さな社会〉は、真実と嘘の境界で現れる人工的な自然のことなのだ」。対立するものを原理的には区別できないのは、時間の中で両者が入れ替わることがあるからである。ここにも時間の問題が潜んでいる。これも多木浩二が『生きられた家』で指摘していたことである。


2023年11月18日(土)

晴れで南西風の強い一日。9時出社。10時に界工作舍OBの戸田剣さんが来所。〈箱の家シリーズ〉の抜刷と著作を贈呈する。ついでに本棚に残った雑誌のバックナンバーなどを選び贈呈する。彼が界工作舍のスタッフとして使っていたiMacも贈呈することにする。『新建築住宅特集』2023年12月号「特集:環境住宅の展開」が届く。吉阪隆正が設計した木造住宅〈丸山邸1957〉の建替である〈箱の家170〉が掲載されている。最後のインタビュー記事では、丸山邸で生まれ育った経験、建替の設計を界工作舍に依頼することになった経緯、去年9月に入居して1年間余居住した感想がコンパクトに語られている。僕は吉阪による丸山邸のプラニングのトポロジーとモデュロールを参照したことについて話し、本号に掲載されている最近の住宅デザインの1970年代回帰に対する批評を加える。ネットで渋谷区清掃センターにアクセスし粗大ゴミ収集の申込を行い、収集は12月5日(火)を予約する。その後日記を読んだ人から引き受けたい旨のメールが届いたので、収集予約をし旨について報告し、対応の検討を依頼する。14時過ぎに散歩がてら青山通りのスーパーまで行き、食材を購入する。かなり寒くなったので青山通りを歩く人たちの足が早い。夜は娘一家と食事。界工作舍の改装や赤坂のアパートの改装などについて話し合い方針を決める。『訂正可能性の哲学』は、第8章「自然と訂正可能性」を読み続ける。本章で東は、ルソーの演劇論をオートポイエーシス引き寄せて一般意志論を展開している。僕の理解するところ〈訂正可能性〉とは、多木浩二が『生きられた家』で指摘した時間の計画不能性であり不確定性である。おそらく、それは進化におけるノイズであり突然変異であり、つまるところ予測不可能な創発である。


2023年11月17日(金)

雨のち曇りのやや暖かい一日。9時出社。10時に寺田倉庫の近藤以久恵さんが、スタッフの野村仁衣那さん、佐々木構造計画OBで現在はARSTR代表の富岡庸平さんと一緒に来所。界工作舍の箱の家シリーズの模型の下調査である。富岡さんは最近、臨時スタッフとして寺田倉庫で開催される展覧会に協力しているそうだ。しばらく四方山話をした後に、事務所に棚に置いている模型の数とサイズを念入りに調べてもらう。12月21日(木)に搬出する際のトラックへの収納と展示室への配置の確認のためである。11時半に終了。近藤さんに『箱の家:エコハウスをめざして』を贈呈して解散。TH-1から、界工作舍改装工事の減額案に関する疑義への回答が届く。これで、工事費の条件が出揃ったので、今週末に検討した上で回答する旨のメールを返送する。明日、娘一家と相談して方針を決めよう。17時前に古道具屋が仮事務所の食卓と椅子の調査に来所。一通り調べた上で引取不能という回答をもらう。食卓面の隅が日焼けしているのと、椅子の背板の一部が擦り切れているためである。指摘されてみれば、その通りなので諦める、河野さんにメールでお礼と報告する。最終的には渋谷区に回収を依頼するしかなさそうである。『訂正可能性の哲学』は、第7章「ビッグデータと〈私〉の問題」を読み終わり、第8章「自然と訂正可能性」に進む。第7章の最後あたりでは、ビッグデータを駆使した監視民主主義は、結局のところ訂正可能性を持たないために、ルソーが提唱する〈一般意志〉には接近できないことが明らかにされている。ここまで読んできて〈訂正可能性〉の意味の内実が徐々に分かってきた。おまけに、東浩紀と山本理顕が接近遭遇していることも明らかになってきた。社会学者の本田晃子が、東が編集する『ゲンロン』に連載していた記事をまとめて、ゲンロン出版から『革命と住宅』を発行し、同時に山本が編集する『都市美』3号に、同じテーマで「住宅の革命/革命の住宅」を書いているからである。両者に共通しているのは、どうやら〈家族〉の概念の脱構築のようである。


2023年11月16日(木)

晴れ後曇りのやや暖かい一日。9時出社。TH-1から界工作舍改装工事のコストダウン案が届く。戸田と内容を精査し質疑を添えて返送する。10時過ぎ、散歩がてら表参道経由で青山の銀行に行く。欅並木の落葉が歩道に散り始めている。通帳の記帳だけを済ませて帰社。最新の帳簿記入を済ませて、ファイルと一緒に宅急便袋に梱包し、夕方の集配に渡す。NHK出版局の小湊さんからラジオ・テキストの表紙デザインの代替案が届いたので、チェックした上で承認のメールを返送する。これまでのテキストの表紙に比べると、ずっと単純明快なデザインなので、よしとしよう。山本理顕さんから『都市美』第3号が届く。特集は「国家と住宅」である。巻頭言では、Nation Stateを国民国家と翻訳することの問題点の指摘から始まり、ギリシア時代のCity State=都市国家に関する理顕さんらしい議論が展開されている。『建築ジャーナル』に磯崎新論を書いたかどうかの質問メッセージを添えて、お礼のメールを送る。夜はNHKラジオテキスト再稿の読み込を続行し、20時過ぎに完了。宅急便封筒に詰めて送付状を書いたところで、表通りに集配の車が通りかかったので、呼び止めて手渡す。明日には届くそうだ。これで、溜まっていた仕事が一通り終わったので、ぼんやりと事務所内を眺めていると、可動本棚に本が並んでいる幻影が浮かび上がってきたので、驚いて思わず我に帰る。少し疲れが出てきたようだ。22時過ぎに帰宅し、軽くウィスキーを煽ってベッドに横になる。


2023年11月15日(水)

曇り後晴れの肌寒い一日。9時出社。九州大の岩元真明さんから電話が入る。界工作舍の可動本棚の解体移築の日程についての相談である。工事業者の手配が完了したので、11月下旬に解体搬出するスケジュールで進めることとする。界工作舍の今期の帳簿記入を続行する。集中的に作業を進めて。夕方までにほぼ完了する。宅急業者に明日午後の集配を予約する。NHKテキスト再稿の再校正の読み込を続行する。これまで2度も読んだ原稿なので、改めて精読するは難しい。チェックバックの締切は来週だが、急いで読み通し、今週中に送ってしまおう。『訂正可能性の哲学』は、第7章「ビッグデータと〈私〉の問題」を読み続ける。アルゴリズム的統治性について、ミシェル・フーコーの近代的な主体統治理論を参照しながら論じている。フーコーの自己統治論は何度も学んだせいか、ベッドの中で読んでいると自然に眠くなってくる。読書はもはや催眠作用の一部になってきたようだ。


2023年11月14日(火)

晴れのち曇りの昨日よりも過ごしやすい一日。熱は下がったようだが、まだ咳が止まらない。9時出社。NHK出版局の小湊さんからメールが届く。NHKラジオのテキストの表紙デザインを頼む予定のフランスのブックデザイナーから、断りの連絡が届いたらしい。アルド・ロッシ風のデザインを期待していたのだが、残念ながら難しそうだ。代替案が届いたので、その中から選ぼうとするが、タイトルが『建築をよむ』になっているのにびっくり。正しくは『住まいをよむ』である。テキストの内容を読めば、間違いようがないと思っていたが、大いなるすれ違いである。その旨を伝えて訂正を依頼する。『建築ジャーナル』編集部から「磯崎新とは何だったのか」の最終稿が届く。これで確定したので承認して完了。タイトルは「和様化を体現した建築家」である。磯崎と和様化の組み合わせは意外性があっていいのではないかと思うが、どうだろうか。昨年10月からの界工作舍の帳簿記入を続行する。ようやく慣れてきて、2022年11月までの記入を終える。この調子で今週中には終える予定。最近、Facebookの友達申請がやたらと届くようになった。友達の数はすでに2800人を超えているので、選択には注意している。どういう経路で友達申請をしてくるのか分からないが、海外の女性が多い。彼らは投稿や自分の写真は掲載しているが、自己紹介もせず、共通の友人もいない人が多いのに驚く。自己紹介もしない申請は失礼だし、友達になる必然性もないので当然ながら削除する。『訂正可能性の哲学』は、第7章「ビッグデータと〈私〉の問題」を読み続ける。ビッグデータは固有名に対して遡行的発見、すなわち訂正可能性を持たないゆえに、人間の固有性を正当に扱うことができないと指摘している。固有名の特性によって統計の意義を否定するのは少々的外れだと思うけれど、論理的には通用するかもしれない。


2023年11月13日(月)

曇り後晴れの肌寒い一日。昨夜はずっと眠り続けたので、熱は下がったようだが、咳はまだ続いている。8時半出社。11時にNHK出版局編集部の小湊雅彦さんが来所。NHKラジオのテキスト『住まいを読む』の再稿を持参される。図版や写真について何点か追加の指示をもらい12時間に完了。次回の再稿返却の締切は11月22日(水)である。直ちに読み直しを開始し「はじめに」と第1回「住まいの現在」を読み通す。とくに大きな変更はないようで、読み通すのにあまり時間はかからないことが分かったので一旦休止する。ネット上で前田工学賞と研究助成の一次選考を見直し、博士論文の一次選考を再開する。24編のうち残りの6点の審査とコメント記入を行い、昼過ぎまでに完了したので、もう一度全体を見直した上で事務局に送信する。応募数は多いけれど、全体的に低調な印象だが、他の選考委員の感想はどうなのか気になるところである。12月5日(火)の一次選考会を待とう。引き続き、2023年度の帳簿データの記入を開始する。昨年末からずっと放置していたため、記入の仕方をすっかり忘れていることに愕然とする。少し作業を進めるとマニュアルを思い出してきたので、粛々と進めることにする。『訂正可能性の哲学』は第6章「一般意志という謎」を読み終わり、第7章「ビッグデータと〈私〉の問題」へ進む。19世紀の集合的無意識の発見やや統計学的な知見が、ルソーの一般意志の現代的な意義に結びつけて論じられている。YouTubeで東浩紀と成田悠輔の対談を観る。現在読んでいる『訂正可能性の哲学』の〈家族〉に関する議論も絡んで、丁々発止のやりとりが興味深い。こういう対話こそが、ダイアローグというものなのだろう。
https://www.youtube.com/watch?v=w-ToOG5rMTc
https://www.youtube.com/watch?v=B7bchnNcYhI&t=581s


2023年11月12日(日)

雨のち曇りの寒い一日。秋を通り越していきなり冬になったような寒さである。10時半出社。ますます身体が熱っぽくなってきたので、急いで日記を書き込んでから一旦帰宅する。体温を測ると36.8度で通常よりやや高めだが、大したことはないようだ。しかし頭はぼんやりして思考能力はないので、風邪薬を服み、ベッドに横になって眠る。これまで風邪のときは、ひたすら眠るようにしている。夜、起き出して、21時からNHKスペシャル『混迷の世紀 第12回 難民漂流 人道主義はどこへ』を観る。世界で1億1000万人の難民が発生している現状の問題点に焦点を当てた番組である。光明は見えず暗澹たる気分になる。再び熱が出てきたので、ウィスキーを煽った後にベッドに入り眠り込む。


2023年11月11日(土)

晴れ後曇りの肌寒い一日。気分が沈んで緩んだせいか鼻水と微熱が出始める。完全に風邪を引いてしまったようだ。9時に出社。昨夜遅く『建築ジャーナル』編集部から磯崎論のゲラ原稿が届いたので、早速プリントアウトして校正する。大急ぎで書いたために、訂正箇所がかなりある。全体のタイトルは「和様化を体現した建築家」とする。和様化のロジカルタイプを二つに分けて書いたので、正確には「再帰的和様化」というべきところだが、さらに分かりにくくなるのでやめる。話題毎にサブタイトルを入れて、スキャンデータを編集部に返送する。昨日、Facebookに界工作舍の蔵書搬出後の写真を掲載したら、反応が250人近くになる。これまでの反応で最高数だが、皆気にしてくれたことを感謝しよう。午後は熱が出たので帰宅し、薬を服んでしばらく休む。16時過ぎに起きて散歩がてら青山のスーパーマケットへ向かう。鍋の食材を購入し17時前に帰宅。18時から熱い鍋の夕食をいただき、風邪薬を服んで早めに就寝。


2023年11月10日(金)

曇り後雨の肌寒い一日。9時出社。昨夜Facebookに、空っぽになった界工作舍の本棚をアップする。僕はこう書いた。「蔵書がすべて搬出されて本棚が空っぽになった界工作舍。身も心も空っぽになった気分になる、まさに人生最大の断捨離である。家早南友」。これに対しては、いろんなから反響があった。その多くはびっくりしたという反応だが、中には「形あるものは皆壊れる」という気休めのコメントもある。形をつくっている建築家に対する感想としては、少々矛盾したコメントだが、慰めの言葉として受けとめよう。僕としては、終わったことは、もうどうでもいいというのが本音である。夜に河野書店の河野さんからメールが届き、入札はほぼ成功裡に終わったそうだ。20日頃にはっきりするとのことだが、どんな結果なのか気になるところである。むげん企画の塚谷さんから、NHKラジオ「住まいを読む」の収録スケジュールのリマインドメールが届く。ラジオ番組は初めてなので、第1回目の収録は少し時間をかけて練習させてもらおう。KENCHIKU37号が届く。冒頭に藤森照信が「戦後をリードした4人−1:磯崎新」を書いている。主に初期の大分医師会館や県立美術館に焦点を当てているが、総じて気楽な感想で新しい発見はない。磯崎と藤森とは対照的な建築家だから、あまり思い入れはないのだろう。『訂正可能性の哲学』は第6章「一般意志という謎」を読み続ける。東はルソーの時代には習合的無意識や統計の概念が存在しなかったことに注意を喚起し、両者を一般意志に結びつけて論じようとしている。


2023年11月09日(木)

晴れで清々しい一日。8時半出社。今日は界工作舍の蔵書の搬出日である。10時過ぎに河野古書店店主の河野さんとスタッフ1人が、4トントラックにキャスター付き移動ラック数台を積んで来所する。河野さんに界工作舎内の搬出予定の蔵書の配列を伝えた後に、僕は搬出作業を静かに見守る。2人は手際よく本棚から本を引き出し、ラックに積み上げ、一杯になると外に運び出し、トラック後部のリフトで持ち上げて、荷台内に収納していく。この作業を何度かくり返し、正午までに持参したラックをすべて使い切る。しかし打ち合わせ机の足元周りの雑誌類は積み切れないので、そのまま本棚に残すことになる。12時半過ぎに搬出作業は完了。いずれにしても古書店にとって古い雑誌類は処分するしかないようなので、やむを得ないだろう。いずれ僕の方で処分することにしよう、蔵書がすべて搬出されて空っぽになった可動本棚と僕のコーナーの本棚を眺めていると、心も身体も空っぽになった気分になる。まさに人生最大の断捨離である。模型もなくなると一体どんな気分になるのだろうか。午後しばらくの間は、ガランとした事務所内で茫然と過ごす。14時半に事務所を出て、表参道駅から千代田線で赤坂駅にて下車。いつもの地上出口が封鎖されているので、別の出口から地上に出ると、2棟の高層ビルが消えている。仮囲いに沿って歩き、娘の住居があるマンションへ向かう。建物前で不動産業者の3人と待ち合わせて娘一家の住戸へ入る、室内の改装工事のための調査に立ち会い、45分余で終了。外に出て近くの鹿島建設ビルまで歩き、1階で開催中の水曜会の展覧会へ向かう。鹿島建設設計部のOBの展覧会で、大学の同級生の福田武司さんに挨拶し、会場を出るところで喜多村義興さんに遭遇したので挨拶して別れる。16時半に帰社。YouTubeで偶然に学生たちの国際的な交流をめざしてつくられた SHIMOKITA COLLEGE@下北沢の紹介番組を発見する。成田悠輔が取材する番組『夜明け前のplayers』である。昨年度のJIA新人賞を受賞したツバメアーキテクツのBONES TRUCKとはかなり近い位置にあるが、何か関係があるのだろうか。
https://www.youtube.com/watch?v=_wT1FQLUDPw
事務所の本棚が空っぽになったので、ここでの読書は仕切り直しの気分なので、何となく新鮮に感じる。『訂正可能性の哲学』は、第6章「一般意志という謎」を読み続ける。



2023年11月08日(水)

晴れで清々しい一日。8時半出社。『建築ジャーナル』掲載の原稿「磯崎新とは何だったのか」を読み直し、一部加筆、訂正して編集部に送信する。ちょっと散漫な気もするが、思うつくままに書いたので、かえって読みやすいかもしれない。夕方に編集部から返信が届き、磯崎と和様化の関係についての議論が興味深いという感想をもらう。論理展開に再帰的な一捻りがあるからかもしれない。『建築雑誌』2023年11月号が届く。特集は「空疎と充実のにぎわい論」である。ざっと目を通すが、公共空間に関する気軽な記事ばかりで散漫な印象である。編集委員会には2年間の編集担当、ご苦労様といいたいところだが。完全に息切れ状態の号である。16時半に界工作舍OGの田中幸子さんが来所。相変わらずコツコツと仕事を展開しているようだ。長野県立美術館の設計プロセスについても聴く。箱の家シリーズの抜刷を贈呈して17時半に別れる。明治大学の川島範久さんからメールが届く。界工作舎の家具搬出の下調査と搬出日についての相談である。11月中旬に下調べし、12月初めに搬出することにする。東急ケーブルTVから電話で、光ケーブルの配線変更工事について打ち合わせ。午後から夜にかけて、事務所内の図書の最終的な整理と移動。11時に帰宅。あれこれ思いを巡らせながらウィスキーを煽る。


2023年11月07日(火)

昨夜は風が激しかったが、今朝は曇り後晴れで暖かい一日である。9時出社。昨日に引き続き『建築ジャーナル』の磯崎新論を書き続ける。スケッチにしたがって紆余曲折しながら集中的に取り組み、夕方までに10枚弱を書いて完了。タイトルは「磯崎新とは何だったのか」。和様化の典型的な建築家としての磯崎新という結論は、最初に考えていた結論とは少しだけズレてしまったが、言いたいことはより明確になったような気がする。要求されたのは1500字〜3000字だが、4000字近くにまで膨れ上がる。明朝に再読校正して送信しよう。13時に界工作舍OGの井上樹さんが来所。3年ぶりの再会だが、あまり変わりはない。最近は横須賀の自宅で設計の仕事を続けているとのこと。〈箱の家〉シリーズの抜刷と雑誌のバックナンバーを贈呈して14時前に別れる。界工作舍OGの田中幸子さんから、明日の午後に来所する旨のメールが届く。青木淳さんから、来年3月末で東京藝大を退任する記念展の案内メールが届く。是非とも見学に行こう。東急ケーブルTVに界工作舍の配線変更の依頼メールを送る。ファックスコピー機のリース解約の件でリース会社と揉めているので、光ケーブルの配線変更の時期をいつにするか問題だが、ギリギリまで待つことにしよう。前田記念財団から前田工学賞の一次選考会の案内が届く。12月5日(火)開催だが、ネットでの一次選考は一通り終えているので、今週末に見直した上で送信しよう。『訂正可能性の哲学』は、第6章「一般意志という謎」を読み続ける。東はエルンスト・カッシーラーが提唱した〈ルソー問題〉を参照しながら、ルソーと、ホッブス、ロックの民主主義思想を比較対照している。ホッブスとロックは、人間は一人では生きていけないゆえに王の権力を必要としたと考えたのに対し、ルソーは人間は一人でも生きていけるにもかかわらず〈一般意志〉によって統べられる社会を提唱したという。いささか理解しにくい論理である。だからこそルソーは論じ続けられるのかもしれない。


2023年11月06日(月)

晴れ後曇りの暖かい一日。9時出社。界工作舍OBで現在は京都美術工芸大学 建築学専攻教授の山内貴博さんからメールが届く。界工作舍で山内さんが担当したのはMUJI HOUSEの開発と〈箱の家〉の何戸かだった。界工作舎から独立してもMUJI HOUSEのフォローを引き受けてくれた。山内さんは12月に建築学会の「住宅系研究報告会」で京都の町屋について研究発表をするので、その案内である。ただ12月半ばは界工作舍の事務所の片付の最終局面で、出席する時間的余裕はなさそうなので、その旨の陳謝のメールを返信する。界工作舍OGの井上樹さんからメールが届き、明日の午後一番に来所するそうだ。『建築ジャーナル』の磯崎新論を書き始める。話題は『建築の解体』と〈つくばセンタービル〉の2点に焦点を当てるつもりだが、その文脈をはっきりさせるために、磯崎と知り合った時間的経緯についても少しだけ書くことにする。まず丹下健三事務所ウルテックでの大阪万博の準備と、1960年代末の大学紛争における出会いについて短く紹介し、70年大阪万博後の〈都市からの逃走〉と『建築の解体』の紹介へと進む。日本構造家倶楽部の金箱温春会長から『構造家がめざすもの』(日本構造家倶楽部:編 フリックスタジオ 2023)が届く。歴代の構造デザイン賞受賞者を見開き2ページで紹介するパンフレットで、第1回の受賞者である川口衛さんと佐々木睦朗さんから始まり、今年度に受賞した名和研二さんと平岩良之さんまでが紹介されている。ここ数年で構造家は職能としで社会的に認知された感じだが、環境デザインの職能認知はこれからの課題である。『訂正可能性の哲学』は、第6章「一般意志という謎」を読み続ける。民主主義政治の根拠である〈一般意志〉に関連して、ルソーに加えてトーマス・ホッブスとジョン・ロックが紹介されている。


2023年11月05日(日)

曇り後晴れの涼しい一日。9時出社。10時に界工作舍OBの木村優志さんが来所。息子さんのピアノの発表会のために高崎から東京に来られたそうだ。久しぶりなので、しばらく近況報告。住宅のリノベーションを手がけているようだが、界工作舍OB・OGと同じく、最近の建材高騰への対応に苦労しているとのこと。箱の家シリーズの抜刷と雑誌のバックナンバーを贈呈する。僕の手描き図面にも興味を持ってくれたのでコピーを贈呈する。界工作舍の旧CGソフトも贈呈して12時前に解散。午後、散歩がてら表参道経由で青山のスーパーマーケットに赴く。暖かい日なので表参道も青山通りも沢山の人が往来している。食材を購入して1時間余で帰宅。磯崎新論のスケッチを続行。なかなか本番に取り組む気になれない。スケッチは執筆の開始を遅らせるための作業である。デッドラインまで残すところ3日なので、明日には書き始めねばならない。『訂正可能性の哲学』は、第6章「一般意志という謎」を読み続ける。第6章はジャン=ジャック・ルソーの『社会契約論』で提唱された〈一般意志〉と〈全体意志〉の相違に関する議論から始まり、ルソーの評伝へと展開する。ルソーはスイスのジュネーブ生まれの時計職人の息子である。小説や脚本まで書いた相当な奇人・変人であり、18世紀啓蒙主義の批判者、ロマン主義の創始者と見做されているようである。それにしてもなぜ東は、そこまでルソーに拘るのかイマイチ理解しにくい。21時からNHKスペシャル『調査報道・新世紀 File1 中国“経済失速”の真実』を観る。不動産不況の渦中にあり、経済の長期的な低迷への警戒が高まる中国経済の現状を、経済指標や不動産指標のビッグデータと実地検証によって明らかにしようと試みる番組である。中国の地方行政府が、政府の圧力によってGDP数値を押し上げるために、ひたすらインフラ建設への投資を行ってきた負の遺産が明らかにされている。第2次大戦後の世界的なケインズ的公共投資政策の失敗を、一回り巨大なスケールでくり返しているように思える。サッチャーとレーガンは、1980年代に新自由主義経済政策への転換によって、それを克服したのだが、そのような政策転換は、共産主義を奉じる中国には到底無理だろうが。


2023年11月04日(土)

晴れで暖かい一日。9時半出社。戸田から『新建築住宅特集』12月号掲載の「箱の家170」の最終レイアウトのチェックバック・メールが届く。主に掲載写真のコメント文の訂正である。その他にデータの間違いが何箇所かあることが判明したので、直ちに編集部に転送する。その後に、西牧編集長の最終チェックバック原稿が届く。これで一通り校了だろう。『近代建築ジャーナル』誌の磯崎新論のスケッチを続行する。著作と作品の2つに焦点を絞るつもりだが、それぞれの背景と文脈について説明しようとすると、話題が広がっていく。両者をつなぐテーマは〈日本的なるもの〉だろうか、あるいはポストモダニズムだろうか。どちらにも結びつけることができそうだが、前者の方が磯崎新に相応しいような気がする。その方針でまとめることにしよう。TH-1に界工作舍改装工事の減額案への回答スケジュールを打診する。今週末に祝日を挟んだので、来週明けになるという回答メールが届く。少しずつ対応がズレ込んでいくので頭を抱える。『訂正可能性の哲学』は、第2部「一般意志再考の第5章「人工知能民主主義の誕生」を読み終わり、第6章「一般意志という謎」に進む。第5章では、2010年代にAI技術の急速な進展によって〈大きな物語〉が再来しかけたが、2019年以降のパンデミックによって、一気に萎んだことが指摘されている。それでも2022年に公開されたChatGPTによってネット民主主義の可能性が議論されるようになったことを、東はアイロニカルに捉えている。


2023年11月03日(金)

今日も秋晴れで清々しい一日。8時半出社。10時に界工作舍OGの藤武三紀子さん、界工作舎OBで東京都市大学の中川純さん、界工作舎OBの栃内秋彦さんが来所。〈箱の家シリーズ〉の抜刷と雑誌のバックナンバーを贈呈した後に、事務所の改装に際して必要になるインターネット配線の変更について中川さんにアドバイスを仰ぐ。現在、界工作舍で使用しているアップルのWiFiモデムは玄関脇の棚の中に置いているので、仮事務所まで電波が飛んでいるのではと指摘されたが、今朝、僕のiPhoneで確認し、電波を受信できないことを確認した。玄関ドアのガラスがペアガラスである点と、外壁と天井がアルミ・サイディング張りの仕上なので、WiFiの電波を乱反射しているようである。なのでLANケーブルの再配線が必要になるだろうという結論。配線経路については、2階のWiFiとの関係を考慮して決める必要があるとのことである。最後に、年末の難波研究室の同窓会と界工作舍OBOGとの合同忘年会について意見交換を行い、12時前に解散。午後『新建築住宅特集』編集部から、12月号掲載の最終レイアウト版のデータが届いたので、戸田に転送する。17時半に娘一家が来宅したので、界工作舎で検討したコストダウンのための設計変更案について意見交換する。しかし今週初めにTH-1に送った設計変更と減額案に対する回答がまだ届いていないので、最終的な方針は、それを見てから判断することにする。その後、皆で青山まで出て夕食。20時過ぎに帰宅。『訂正可能性の哲学』は、第2部「一般意志再考」の第1章「人工知能民主主義の誕生」を読み続ける。第1章の冒頭で東は、20世紀末のポストモダンの思想においては〈大きな物語の終焉〉が注目されていたが、21世紀に入ると人工知能の急速な発展によって、例えば〈シンギュラリティ〉というような形で〈大きな物語〉が、再び注目されるようになったことを指摘している。しかし、その説はかなり疑わしいと思う。


2023年11月02日(木)

晴れで清々しい一日。9時出社。10時半に河野古書店店主の河野さんが来所。界工作舍の蔵書の状況の下調査にこられた。1970年代以前の本は、古本屋ではあまり人気がないとのことだが、僕は現在の事務所に建て替えた2006年に、それ以前の蔵書の大部分を廃棄しているので、現在の本棚にあるのは、それ以後に購入した本である。したがって古書店としては扱いやすいのではないかと思う。ついでに仮事務所に置いてある食卓、椅子、サイドテーブルを見てもらうが、有償の引き取りは難しいだろうという意見である。義父が台湾で購入した食卓セットだが、古道具屋にとっても商品価値がないとはいささか残念というしかない。とりあえず写真を撮り、データを河野さんに送信する。来週木曜日の蔵書引き取りの時間を確認して11時半に解散。まもなくして界工作舍OGの花巻裕子さんが来所する。しばらくお茶を飲みながら近況について話を聞く。娘さんは小学2年生になり時間ができたので、本格的な設計を再開しているそうだ。伴侶の田中さんは東大の特任講師になっているとのこと。抜刷と雑誌のバックナンバーを贈呈して12時半に解散。午後、ファックスコピー機のリース会社に電話連絡し、リースの中止を申し入れる。引き続きメンテナンスを依頼している大塚商会にも確認の連絡をする。前田工学賞の博士論文の一次選考を再開する。夕方までに残りの論文の選考を行い、24編すべての選考を完了。海外の留学生の時代錯誤的な日本近代建築史研究に唖然とする。本人としては勉強のつもりかもしれないが、なぜこんなターマを大学教員が指導し、前田工学賞応募してくるのか理解に苦しむ。とはいえ最後あたりにル・コルビュジエの初期の都市論に関する発見的な研究論文に出会い、胸を撫で下ろす。今年度はエンジニアリング系の論文は少なく、建築史や建築計画に関する論文が比較的多いが、総じてレベルが低い印象である。去年から賞金は倍増されたが、論文のレベルはやや下がっているような気がする。『訂正可能性の哲学』は、第4章「持続する公共性」を読み終わり、第2部「一般意志再考」の第1章「人工知能民主主義お誕生」に進む。第4章の後半では、ハンナ・アーレントの『人間の条件』における〈公共性論〉に関する議論が展開されている。アーレントは、人間の営為(アクティビティ)を、労働(レイバー)、制作(ワーク)、活動(アクティビティ)の三つに分け、活動だけが公共性を構成できると主張している。〈活動〉の典型は政治的な言論であり、政治的言論こそが社会に開放性をもたらすというのが通説である。これに対し東は、同時にアーレントは公共性に持続性をもたらすのは〈制作〉であるとも主張している点にち注目する。そして〈制作〉を担うのは、歴史家であり芸術家であると指摘している。ここまで読んできて僕は直ちに、山本理顕がアーレントの『人間の条件』に基づいて展開している建築空間・都市空間論を連想する。山本は、社会のプログラムは、建築・都市として眼に見えるようになって、初めて人々に共有(持続)されると主張している。この点において、東の議論と山本の議論は完全に重なり合っているように思う。東はこういっている。「政治が目指すべき公共性は、開放性の場としてだけではなく、同時に持続可能な場として、したがって訂正可能の場としても構成されなければならない。それが第一部の結論である。」


2023年11月01日(水)

晴れで過ごしやすい一日。8時半出社。10時、大学の教え子で現在は日建設計に勤めている田中渉さんが来所。彼は『建築家の読書塾』の執筆メンバーの一人なので、中国語の翻訳版を1部贈呈する。まもなく界工作舍OBの杉村浩一郎さんと河内一泰さんが来所。箱の家シリーズの抜刷や僕の著作のバックナンバーを贈呈する。その後しばらくの間は互いの近況報告。田中さんは最近完成したOMA設計の虎ノ門タワーについて、超高層ビルとしては新境地だという感想を述べる。若手建築家の最近の田園回帰については、日建としてはついていけないという感想だが、その傾向を明確に認識し相対化はしているようだ。12時過ぎに解散。その後、再びバックナンバー誌を整理し2階寝室の本棚へ移動する。NHK出版局編集部の小湊さんからメールが届き、ラジオテキスト編集の今後のスケジュールを再確認する。11月中旬に再校が届き、下旬に再校をチェックバック。校了は12月1日で、第1回目の録音の前日である。家早南友。〈箱の家166〉のクライアント河野書店の河野さんからメールが届く。明日の界工作舍の蔵書下調べの確認である。界工作舍OGの花巻裕子さんから、抜刷引き取り希望のメールが届いたので、河野書店の下調査が終わる予定の、明朝11時半過ぎに来所を依頼する。『建築ジャーナル』編集部から磯崎新原稿の催促メールが届く。スケッチは終えているから、何とかまとめたいので、デッドラインがいつか問い合わせのメールを返信する。『訂正可能性の哲学』は、第4章「持続する公共性」を読み続ける。第4章は第一部「家族と訂正可能性」の最終章なのでやや長い。リベラルと保守の錯綜した関係を、リチャード・ローティの『偶然性・アイロニー・連帯』を参照しながら、リべラル・アイロニズム、すなわち普遍性ではなく細部への同一化思想としてとらえている。読みながら僕自身を含めて、個人的なアンガージュマン(投企)としての建築デザインという意味として受け止める。東はそうした思想を、保守すべきものが絶えず再構成されるという意味で〈再帰的的保守主義〉と呼んでいる。第4章の後半は、ハンナ・アレント論である。


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