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箱の家 PROJECT 青本往来記
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コンパクト箱の家

2019年10月20日(日)

曇り時々晴れの涼しい一日。8時起床。10時出社。10時半に事務所を出て歩いて明治神宮へ。久しぶりの晴天のせいで参道も境内も人でごった返しているが半数以上は外国人である。11時半から本堂脇の神楽殿で孫の七五三の儀式。200組以上の子供と親が神楽殿の大広間に座りお祓いを受ける。大量生産、流れ作業の儀式に気分が悪くなる。大金を払って有り難く受けている人たちは従順な羊である。保守化もここに極まれりというしかない。12時半終了。14時前に帰宅。JIA事務局から明後日の盈進学園東野高校見学会のリマインドメールが届く。添付の『新建築』誌の記事に目を通し当時の状況を思い出しながらショートレクチャーのシナリオについて考える。デジタルデザインの嚆矢である『形の合成に関するノート』の歴史的位置づけとパタンランゲージへの展開について話すことになるだろう。TVでラグビーワールドカップの対南アフリカ戦の敗戦を確認し早めに就寝。


2019年10月19日(土)

曇りで肌寒い一日。台風の被害のニュースが続き災害の専門家たちは水害や地滑り要因を治水だけでなく森林維持や限界集落の問題にまで拡大し遡って解説している。となれば日本の人口構成や産業構造にまで要因を探ることができることになりレジリエンス概念の意味はほとんど災害とは関係ないまでに薄まってしまう。要するに災害という非日常性は日常性の根元に潜んでいることになる訳である。これで問題点はハッキリしたので後は書き出すだけである。少し頭を休めてから書き始めることにしよう。10時半に週末の所内打ち合わせ。木村とは10月21日(月)の「162酒井邸」の現場監理の打ち合わせ。11月末の竣工引渡しは変更なしとし施主と事務所の検査、竣工写真の撮影、引渡しとオープンハウスの日程を確認するように指示する。戸田とは「箱の家164」の確認申請前に必要な敷地に関する手続きについて打ち合わせ。直ちにUさんにメールと書類を送るように指示。11時過ぎに事務所を出て表参道駅の半蔵門線ホームで佐々木睦朗さんと待ち合わせ。錦糸町にて総武線に乗り換えて千葉駅に13時前着。モノレールに乗り換えて県庁前で下車し歩いて数分で千葉県立中央図書館と千葉県文化会館へ13時半着。まずプレグリッド構造の中央図書館を佐々木さんの説明を聞きながら見学する。システマティックで明快な構造システムに感心する。プレキャストコンクリート(PC)構造が現在ではあまり見られないのはなぜなのだろうか。14時から〈DOCOMOMO千葉文化の森シンポジウム〉開始。聴衆は3割の入り。遠方で雨のせいで参加者は少ない。司会は千葉工大の藤木竜也さんと千葉大の穎原澄子さん。パネラーは建築史家の松隈洋さん、大高正人事務所で千葉文化会館を担当した増村敏夫さん、木村俊彦事務所で構造デザインを担当した渡辺邦夫さんの3人。それぞれ30分のショートレクチャーを聴く。いくつか興味深い指摘がある。まず大高事務所内の設計体制が完全にトップダウンであり大高正人と木村俊彦の間にも上下関係があったことである。大高は建築家の個人性と署名性に関して否定的だったと聞いているが、実際にはそうでもなかったことが意外である。当時は建築家の個人性は当然の無意識的前提であり、その上で署名性を否定する身振りが成立していたのかもしれない。磯崎新のマニエラや形式論は一見すると大高の姿勢とまったく異なるように見えるが、実は同じ前提の上に成立していたのである。建築家と構造家の序列についても同じである。渡辺さんはPC構造による代表的な建築としてモントリオール博のアビタ67、シドニーのオペラハウス、そして千葉県立中央図書館の3つを挙げたのが印象的である。会場からの質問で佐々木睦朗さんがプレグリッド構造の耐震性について質問。コンクリートのコアにプレグリッド部分の横力を負担させていることを確認する。僕は木村利彦から直接聞いた上記のような大高正人批判を紹介する。16時半過ぎに終了。18時半に表参道駅にて下車。佐々木さんと近くの居酒屋で日本酒と鳥料理で今日のシンポジウムについて意見交換。21時半解散。22時に帰宅。ウィスキーを呑み直し23時過ぎ就寝。


2019年10月18日(金)

曇り時々雨の肌寒い一日。8時半出社。いよいよ原稿締切日が近づき尻に火が点いてきたので『建築雑誌』2020年1月号連載原稿「レジリエンス」のスケッチのピッチを上げる。ここ数日のニュースで台風19号の被害はますます甚大であることが明らかになってきた。今週末には被災地全体に再び強い雨が降る天気予想が出て被害拡大の可能性が報じられている。レジリエンスの概念は主として防災と復興に関連するテーマだが、こうした一連の被災状況を見るにつけてその無力さが明らかになり、それを直接的に論じることはますます難しいように思えてくる。そこで災害という事態の総合性を視点を変えて捉える方針に転換することに思い至る。つまりレジリエンスの非日常的な総合性を建築の日常性に引き寄せて読み替えるという視点である。ならば「建築の4層構造」をレジリエンス概念に対しても適用できるかもしれない。非日常性に対しては日常性を通して備えることが最も有効でもあるからだ。あれこれ考えたあげくようやく基本的な方針が見えてくる。まだ落とし所は見えないが箇条書を書き連ねていく。週末から来週にかけての連休中に何とかまとめたい。北山恒さんからメールで『法政大学建築フォーラム2019 都市という表現』のポスターが届く。すでに事務局からかなり前に届いていたが、風邪や原稿締切でなかなか出席するタイミングがなかった。僕の顔が見えないので気にして再送してくれたらしい。ありがたいことだが海外旅行が終わるまでは時間が取れない旨の陳謝のメールを返信する。帰国する11月半ば以降には何とか出席するように努力しよう。正栄産業と「162酒井邸」の工事に関するやりとり。階段用合板の色相写真が届く。駐車場の鉄骨骨組のブレース接続部の詳細寸法について木村と打ち合わせ。僕としてはもう一歩踏み込んで寸法を押さえて欲しい旨を伝える。夜も連載原稿スケッチ続行。iPadで原稿スケッチに目を通しながら夜半就寝。


2019年10月17日(木)

今日も曇りで夕方から小雨の肌寒い一日。『建築雑誌』連載原稿のスケッチを続行する。台風19号による水害の甚大さが徐々に明らかになるにつれてレジリエンス概念の意義が分かりづらくなってくる。少なくとも物理的に河川の氾濫や山崩れを防止する対策としてレジリエンスの概念はまったく無力に思えるからである。せいぜい前もって警報を発し早目の避難を促す効果しかないのではないだろうか。つまりレジリエンス概念には災害情報のネットワークの構築程度の意義しかないような気がするのだ。だとすれば災害時よりも日常生活を通した防災意識や災害対策のあり方にレジリエンス概念の総合性・ネットワーク性を生かす方が有効なように思えてくる。しかしその論理を説得的に説明できるだろうか。あれこれ考えあぐねるうちにますます連載原稿に取り組む気分が萎えてくる。戸田と「箱の家164」の確認申請の事前相談の手順について打ち合わせ。確認申請と長期優良住宅の二つの申請が必要なのだが両者を並行して申請することはできない。長期優良住宅の申請前に確認申請の認可を受ける必要がある。だから戸建て住宅にそれほど複雑な手順は必要ではない。早急に佐々木構造計画と相談するように指示する。『心の進化を解明する』の込み入った議論を辿る合間に気散じにAmazonから届いた『柄谷行人|浅田彰前対話』(講談社 2019)を読み始める。冒頭からふたりの口調は歯切れはいいが上から目線で一貫している。東浩紀がこうした口調を避けようとした気持ちが分かるような気がする。上から目線の批評は実際的な行動から身を引いたやや無責任なロマンティック・アイロニーだからである。


2019年10月16日(水)

曇りで肌寒い一日。いよいよ秋の到来だろうか。8時半出社。9時前に事務所を出て表参道から銀座線で渋谷駅にて湘南新宿ラインに乗り換える。渋谷駅は工事中で山手線から湘南新宿ラインのホームまでではかなり距離がある。大宮駅までは乗客が結構多いが大宮駅を過ぎるとグンと減る。車内で日記をまとめて界工作舎HPに書き込む。佐々木構造計画から見積用の構造図一式と鉄骨階段の詳細図のチェックバックが届く。終点の籠原駅に10時40分過ぎ着。改札口でU夫妻と戸田と待ち合わせ「箱の家164」の敷地へ11時着。見積を依頼する4社が既に待機している。まず各社にU夫妻を紹介した後に見積要領と図面を配布し敷地について説明する。引き続き見積要領を読みあげて見積提出の締切と今後のスケジュールについて説明しさらに図面を見ながら建物概要について説明する。見積用図面一式は後ほど各社にデータを配信する旨を伝えて11時半過ぎに終了。その後U夫妻と駅近くの定食屋で昼食をいただきながら歓談。13時前に店を出て今日は休日だというU夫妻と一緒に籠原駅から湘南新宿ラインに乗り車内でも歓談。U夫妻とは大宮駅で別れ15時過ぎに帰社。佐々木構造計画から届いた鉄骨階段詳細図のチェックバックを図面に反映させ、見積用図面一式を圧縮ファイルにして見積依頼の4社、U夫妻、佐々木構造計画へ送信する。これで一区切りついたので今後は民間の審査機関と確認申請の事前相談と外壁や屋根の下地木造システムの図面化を進めるように戸田に指示する。前田工学記念財団事務局から前田工学賞と山田一宇賞の応募申請書と研究助成申請書一式が届く。博士論文はエンジニア系が4篇、歴史計画系が5篇である。研究助成は全体の46件のうち僕の担当は25件である。評価報告の締切日は11月末なので海外旅行からの帰国後に目を通すことにしよう。夜は『建築雑誌』連載原稿のスケッチ続行。台風19号の被害の甚大さを考えるとレジリエント研究にどんな意義があるのかまったく見えないのでなかなか書き出すことができない。問題は個別の建築ではなく結局のところ都市インフラの問題ではないかという思いが頭を駆け巡る。


2019年10月15日(火)

曇りで涼しい一日。8時半出社。9時過ぎに事務所を出て外苑前の診療所へ。9時半からインフルエンザの予防接種。毎年定例の予防接種である。10時に帰社。酒井さんからアルミサッシ周りの納まりに関する質問メールが届いたので直ちに回答を返信する。酒井さんによれば台風による土砂崩れのため北陸新幹線の長野と糸魚川間が不通で復旧には1か月以上かかるらしい。次回の現場監理は米原経由の北陸線特急で行くしかなさそうである。昨日佐々木構造計画から届いた「箱の家164」の構造図を戸田が詳細に検討し佐々木構造計画へチェックバックする。僕は見積要領を読み直し地盤調査の追加と見積用図面のダウンロードについて書き加えてdropboxに納める。これで明日の「箱の家164」の現場説明の準備は整った。あとは佐々木構造計画からのフィードバックを待つだけである。前田工学記念財団の事務局から10月10日に締め切った前田工学賞と研究助成の応募状況の報告メールが届く。今年度の前田工学賞の応募数は建築分野9件、研究助成は建築分野46件と昨年度とほぼ同数だが審査員の入れ替わりがあり審査手順が少し変わるのでどういう審査になるか不確定である。一次審査は審査員が手分けして行い12月上旬の審査会で検討し二次審査へ進める論文と研究助成を決定する。『心の進化を解明する』第6章「情報とは何か」を読み終わり第7章「ダーウィン空間」へ進む。デネットは進化に関係した情報を〈意味論的情報〉と名づける。〈意味論的情報〉とは世界に満ち溢れている情報の中で特定の〈関心〉のフィルターによって見分けられた情報のことである。逆にいえば〈関心〉がなければ〈意味論的情報〉は存在しない。〈関心がある〉というと意識的・意図的なニュアンスが強いのでむしろ〈関係がある〉といった方が正確かもしれない。つまり情報を受け取る側にノイジーでランダムな情報の中から進化に関係があると判断するためのフィルター(受容器)が存在しなければ〈意味論的情報〉も存在しないのである。〈意味論的情報〉はフィルターが存在しなければ存在しないのだからこの定義は循環論法である。要するに〈意味論的情報〉は事後的にしか明らかにならないということである。進化に関係したからこそ〈意味論的情報〉であることが判明するのである。とはいっても事はそれほど単純ではない。というのも〈関係〉があるように見えて実際には何の〈関係〉もなく無視される情報も膨大に存在するからである。逆に〈関係〉がないようであっても受容器そのものを大幅に組み替えてしまうような〈意味論的情報〉も存在する。〈突然変異〉はそのようなプロセスによって生まれるのであり、その積み重ねが進化をもたらすのである。以上のような事情から導き出されるのは、僕の信念ともいえるような教訓である。まず外界の情報を生産的に受容するには最大限に広くて多様な受容器を持つべきだということである。言い換えればできるだけ多種多様な〈仮説=先入観〉を持つべきだということである。そのフィルターによって多種多様な情報を仕分け取り込むことができる。さらにそれを進化的学習に活かすには〈仮説=先入観〉はできるだけフレキシブルでいつでも転換可能でなければならないということでもある。僕たちが進化論から学ぶことは、あらかじめ可能な限り多種多様な仮説によって世界からの情報をフィルターにかけ、その仮説を厳しい検証にかけることによって転換させるべきだということである。したがって何をするにせよ〈白紙の状態〉で向かうことほど非生産的なことはない。映画や旅行には「新鮮な気持ちで向かうべきである」とか「初めての気分で出逢うべきであり、生の情報をそのまま受けとめるべきである」というような主張は、実のところ神話以外の何物でもないと考える。


2019年10月14日(月)

曇り時々雨の肌寒い一日。今日は体育の日で祝日だが9時半に出社。昨夜の懇親会で山本理顕さんから『都市美』第2号について話を聞いた。次回のテーマは『作法』で最近の政治家の言葉遣いの杜撰さの要因について考えてみるそうだ。社会学的な分析なのだろうか。それ以上の詳しい説明は時間切れで訊けなかった。第2号は来年2月頃に出るそうだ。横須賀の駿河湾に面した海岸に建つ「箱の家072」の芦澤さんから台風上陸直前の荒れた海の動画が届いたのでfacebookにアップする。風雨に対しては「箱の家」は万全だが塩害対策はなかなか大変である。ステンレスも錆びるからだ。冬になる前に屋根のガルバリウム鋼板を防錆塗装する予定である。台風の影響で富山の「162酒井邸」にも風雨が吹き込んでいると酒井さんからクレームのメールが届く。地中梁のスリーブから雨水が浸入したらしい。直ちに正栄産業に転送し対策を依頼する。ローマ大学のLeone Spita教授から台風に関する見舞いのメールが届く。東京都心は大きな問題はないが近郊や地方で川の氾濫があり水害に見舞われている旨の報告とお礼のメールを返信する。佐々木構造計画からようやく「箱の家164」の構造図が届いたので一通り目を通す。基本システムは問題ないが外壁の耐風下地や鉄骨階段の間柱などが未記入である。明日までに記入した図面を送るように依頼する。『心の進化を解明する』第6章「情報とは何か」を読み続ける。〈有能性〉を〈理解力〉に展開させるために〈有能性〉を〈情報化〉によって相対化するための進化の条件についての説明が始まる。


2019年10月13日(日)

台風一過ピーカンの快晴でやや暑い一日。昨夜は台風の興奮でなかなか寝つかれずやや寝不足気味。10時出社。『建築雑誌』連載の原稿スケッチ。いつもながら最初の言葉を模索するために書き溜めたスケッチを何度も読み返す。今日の〈小嶋一浩賞表彰式+シンポジウム〉を開催する旨のメール事務局からが届く。一方〈隈研吾最終講義第6回〉は中止だそうなので好都合である。14時過ぎに事務所を出て表参道から銀座線で渋谷で井の頭線に乗り換え駒場東大前で下車。改札口で飯田善彦さんと新建築社編集部の内藤麻美さんに出会い一緒に東大生産技術研究所S棟へ向かう。15時から〈小嶋一浩賞表彰式+シンポジウム〉が開催される。西沢立衛さんの開会挨拶の後に山本理顕さんが〈小嶋一浩賞〉の主旨と第1回審査会の経過を説明。いつものように山本さんはハンナ・アレントによるプラトン解釈の説明から始める。プラトンは〈知ることknowing〉と〈為すことdoing〉との役割を分離し〈knowing〉を権力者に〈doing〉を命令の実行者に分担させたという。現代においても〈knowingプログラム〉とそれを実現する〈doing 設計〉の役割分離が存在するが、小嶋一浩さんは〈doing 設計〉を通して〈knowing プログラム〉の本質を明らかにしさらには双方の立場を逆転させることを試みた。〈小嶋一浩賞〉はそのような挑戦者に与えられるという主旨を説明する。審査会で最初に候補に挙がったのはレム・コールハースだったそうだ。しかし年齢と有名性を考慮して候補から外れ、最終的に玄関ホールに建築作品の模型が展示してある仲俊治+宇野悠里のふたりが受賞者に決まったと審査経過を説明する。仲さんは山本理顕事務所の出身であり『脱住宅 「小さな経済圏」を設計する』(山本理顕+仲俊治:著 平凡社 2018)の共著者でもあるので妥当といえば妥当であるがやや出来レース的な印象も受ける。今年3月の福島でのシンポジウムから帰途の新幹線の中で山本さんは〈小嶋一浩賞〉は第1回目の受賞者が肝心だと述懐していた。確かに仲俊治+宇野悠里ならば誰も文句を言えないだろう。引き続き仲+宇野による自作の発表。〈食堂付きアパート〉や〈五本木の集合住宅〉を初めとして幾つかの計画案が紹介される。休憩を挟んでシンポジウム「建築の未来」開始。平田晃久さんが司会で青木淳さんと中川エリカさんの2人がパネラーである。予定されていた塚本由晴と西沢大良の2人はそれぞれニューヨーク、モスクワからの帰国便が台風で運行中止のため欠席となる。平田さんの問題提起は小嶋一浩の建築デザインにおける〈言語〉の役割についてである。青木さんと中川さんの言語とデザインの関係に関する話の詳細は忘れてしまったが、会場を含めた一連のディスカッションを聴きながら僕が考え続けたのは社会学と建築学における言語の役割の差異についてである。『社会学史』(大澤真幸:著 講談社 2019)で大澤は、社会学においては社会現象に関する命名(言語化)が社会現象を実在させると指摘している。一方、建築において言語は具体的な建築や空間を表象するのみならず具体的、抽象的なイメージを喚起する手段ともなる。つまり社会学において言語は社会現象を収斂させ実在化させるが、建築の言語はデザインプロセスを駆動するだけでなくときには発散させる。いずれにせよ社会学における実在は言語そのものだが、建築における言語はあくまで建築の周囲を巡る存在である。この問題は『建築雑誌』5月号特集「計画学と社会学」でテーマにとり挙げてもいいかもしれない。最後に賞のファウンダーである城戸崎和佐さんが挨拶して18時半終了。場所を構内のイタリアンレストランに移動して懇親会。長田直之さんの司会でワインとイタ飯をいただきながら歓談。終わりに近づいた20時前に会場を出て20時半に帰宅。『心の進化を解明する』第5章「理解の進化」を読み終わり第局堯嵜焚修ら知的デザインへ」第6章「情報とは何か」に進む。第5章の最後あたりでデネットは〈理解力〉を構成するものとしての〈有能性〉のモデルを以下のような4段階に分けている。1)ダーウィン的生物:学習しない固定的な有能性の段階、2)スキナー的生物:固定されているが強化の調整を行うオペラント条件付けの段階、3)ポパー的生物:外部情報から仮説を立て検証する段階、4)グレゴリー的性物:具体的・抽象的な思考道具がある環境世界を備えた段階。以上は昨日の日記に書いた〈創発〉の4段階ともいえるが、むしろ理解力は段階的〈漸進的〉に進化・生成するというべきかもしれない。


2019年10月12日(土)

明け方から雨が激しくなるが時々静かにもなる嵐の前の静けさである。10時出社。dropboxから「箱の家164」の建築図と設備図を取り出して目を通す。とくに大きな問題点は残されていないようなので詳細図の制作寸法の入れ方をチェックする。構造図がまだ届いていないが台風なので連休中になるのだろうか。今日はほとんどすべての交通機関が運行中止で外部での移動が出来ないので事務所と自宅に籠りiPadでひたすら台風情報を追い続ける。『建築雑誌』1月号特集「レジリエントな建築」の巻頭座談会「レジリエントな建築・社会の到来」のゲラ原稿が届いたので一通り読んでみる。内容は分かりやすく手始めとしては可もなく不可もない無難な印象である。僕の発言部分はテーマとは直接関係がないため収録されておらず加筆校正は必要ないようだ。午後は雨は降り続けるが比較的静かな気候なので熱い風呂に入った後にベッドの中で読書と原稿スケッチの繰り返し。夜になると徐々に風雨が激しくなり21時過ぎには時折家が微かに揺れるような強風が吹きつける。南東向きのベランダに向いたガラス面には風雨が激しく叩きつける。とはいえ物が飛んでこなければ問題ない耐風強度があるので安心である。台風は伊豆半島西岸に上陸し町田あたりを通過して埼玉方面に抜けたようだ。22時半を過ぎるとすっかり静かになったのでベッドの中で読書。『心の進化を解明する』を読み続ける。第5章「理解の進化」の「理解力の創発」でデネットは〈有能性competence〉と〈理解力comprehension〉を区別している。Competenceとは行為する能力でありcomprehensionとはその行為を自覚し意味を理解していることである。つまり行うこととそれを理解することとは次元が異なるのだが、往々にして両者は混同される。スポーツ選手へのインタビューではよく見られることである。選手とコーチが分かれているのは〈competence〉と〈comprehension〉が異なるためである。有能性なしに理解力を獲得することはできないが有能性から理解力に至るには創発的ジャンプが必要なのである。などあれこれ考えるうちに眠りにつく。


2019年10月11日(金)

曇りで涼しい一日。夕方から雨に変わる。天気予報では台風19号は明日の夜に伊豆半島に上陸するようだ。8時半出社。U夫人から「箱の家164」の2階ベランダ物干について変更依頼メールが届く。U夫人には申し訳ないが僕たちがもっとも避けたいと思っていた天井付の物干竿用の金物である。ワイヤー物干では風で洗濯物がズレるという経験談を「箱の家151」の小暮婦人から聴いたらしい。前面道路に面した正面バルコニーなのだが、たっての希望なのであれこれ取付方法を検討して図面化する。家早何友。戸田と「箱の家164」見積用図面一式の打合せ。特に大きな変更点はないので今日中にまとめてdropboxへ入れておくように指示する。「箱の家163」の保田さんから窓の網戸と床冷暖房切り替えに関する質問メールが届く。床下空調機は室内気温のフィードバックによって制御するシステムだが、気候制御で重要なのは室内気温よりも床下のアクアレイヤー水温である。気温が低くても水温が30度になるように空調機を調整するようにアドバイスする。正栄産業とメールをやりとりし「162酒井邸」の外部足場の解体開始を10月22日(火)に延期したので次回の現場監理は前日の21日日決定し横山さんにも連絡する。藤森照信さんから『藤森照信のクラシック映画館』(中馬聰:写真 青幻社 2019)が届いたので直ちにお礼の葉書を送る。劇場や映画館を通して歌舞伎から映画へと変わる明治以降のエンターテインメント変遷史が紹介されている。まえがきを読むうちに映画館に関するさまざまな想い出が湧き上がる。僕の小学生の頃の友人に映画館オーナーの息子がおりいつもタダで映画を観ることができた。それも観客席からではなく半透明の銀幕の裏側に座って画面を見つめる観衆の顔を眺めながら映画を見たことを思い出す。田舎町の小さな木造映画館だったが『キングコング』が上映された時は映画の内容だけでなく一喜一憂する観衆の反応を見るのも面白かった。強烈なカルチャーショックを受けた映画は小学生低学年の頃に母親と一緒に観たアルフレッド・ヒッチコックの『サイコ』である。以後ヒッチコックの映画の虜になった。1950年代は日本の映画界の最盛期で僕が育った人口4万人の田舎町にも4軒の映画館があった。僕の映画好きはその頃に刷り込まれたのかもしれない。夜、簡単に週末の所内打ち合わせを行い明日は事務所を休みにすることにして21時半帰宅。夜は『心の進化を解明する』を読み続ける。第4章「2つの奇妙な推理の逆転」でデネットはエレベーターの自動制御装置の設計プロセスを詳細に分析しながら、目標が明確な人工物のトップダウンなデザインプロセスと、自然選択による進化のボトムアップな生成プロセスとの決定的な差異を浮かび上がらせている。人工物のデザインとは異なり進化のプロセスにはあらかじめ定められた目標はないし解くべき問題もない。有り体にいえば試行錯誤があるだけである。しかしそこには試行錯誤の〈主体〉はいない。能動でも受動でもなくまさに〈中動態〉であり宣長的〈生成〉である。続く第5章「理解の進化」ではボトムアップな進化によって生成された(人間の)知性がトップダウン的にコンピュータのような思考する人工物をデザインすることがいかにして可能なのかという問題について論じている。この問題は〈問題〉として捉えること自体が難しいのだが、その理由はこの問題の延長上に人間の知性がそれに匹敵する人工知能をデザインできるかという問題があるからである。かつてポール・ヴァレリーが問うた疑問つまり「人工物はなぜ自然物よりも単純なのか」という疑問である。同じ問題はグレゴリー・ベイトソンも問いかけていた記憶がある。ここから僕が連想するのは、パタンランゲージの〈漸進的固定(Gradual Stiffening)〉という生成原理にはデザインプロセスにおけるトップダウンとボトムアップをいかに調整するかという暗黙のテーマが込められているという点である。つまりマリオ・カルボが言う〈アルベルティ・パラダイム〉をいかに脱するかという目的である。進化の問題と最近のデジタルデザインの問題は複雑に絡み合っている。


2019年10月10日(木)

晴れ後曇りの涼しい一日。横山天心さんから「162酒井邸」の定例監理報告と工程表のメールが届く。外装工事はやや遅れ気味で内装工事は順調に進行中である。次回の現場監理は外装工事が完了し外部足場が取れる前に行くように木村に指示する。10月中旬以降になりそうだが横山さんの授業のスケジュールとの調整が必要である。酒井さんとの家具工事に関するメールのやりとりが続いているが正栄産業から工程が遅れる可能性があることを酒井さんに伝えて欲しい旨のメールが届く。10時過ぎに木村は「141小澤邸」のメンテナンス工事の現場説明に向かい午後に帰社する。見積提出は今月末になりそうである。「箱の家164」の基礎設計は敷地周辺の地盤調査データを参考にしており見積にはそれで問題ないのだが、確認申請には敷地の地盤データを求められるだろう。地盤調査位置を見積図面に反映するため佐々木構造計画に調査位置の指定を依頼する。まもなく返事が届いたので地盤調査位置を配置図に記入するように戸田に指示する。加藤耕一さんから『建築雑誌』3月号特集「歴史の効用」の座談会と論考依頼のメンバーが確定したので事務局から正式な依頼状を送付してほしい旨のメールが届く。先日の編集委員会で決めたプログラムが変更なく実現できそうである。特集の主旨文を加藤さんが書き直したので特集の意図がより明確になる。巻頭座談会には中谷礼仁、青井哲人、加藤耕一の3人の建築史家が参加し僕が司会をすることになるので座談会のトピックを簡単にリストアップして投げかけることにしよう。建築学会WEB版「建築討論」を読んで5月号特集「計画学と社会学」に関しても現在の課題をとり挙げるだけでなく歴史的な視点が必要であることを痛感する。建築史に関する特集は何度か継続すべきだと考えるので『建築雑誌』Slackで日本建築史の海野聡さんに特集の担当依頼を書き込む。『心の進化を解明する』を読み続ける。本書でデネットはこれまで展開してきた進化論に関する議論の集大成を目論んでいるようだ。読み易くて第4章まで進むがいくつか気になるキーワードに出会う。〈Gradual(漸進的)〉の概念は進化の基本的なコンセプトだがクリストファー・アレグザンダーのパタンレンゲージのキーワーでもあり〈漸進的固定(Gradual Stiffening)〉はパタンランゲージの生成原理の一つに挙げられている。コーリン・ロウによる〈透明性〉の議論が新カント主義に依拠していることにも思い至る。ロウはワールブルク研究所のルドルフ・ウィットカウアーの弟子でありワールブルク研究所の思想は新カント主義の影響を色濃く受けているからである。LiteralとPhenomenalはつまるところ〈物自体と現象〉の変奏なのである。


2019年10月09日(水)

秋晴れで涼しい一日。台風が近づいている嵐の前の静けさである。8時半出社。富山の酒井さんから「162酒井邸」の家具に関する詳細な設計変更が届く。最後まで細部に拘る執念には感心するがそれに付き合うのは大変である。キッチンカウンターに組み込んだ床下空調機のリターンがラリのサイズについて根拠を問われたので空調機の風量とガラリの実質面積から風速を計算し過不足がないことを検証し結果を伝える。通常はあまり深く考えないような問題に注意を向けさせてもらうことについては感謝したい。これが「箱の家」の進化のステップとなるからである。建築倉庫ミュージアムの近藤以久恵さんからメールが届く。先週末の佐々木睦朗講演会と対談に関する感想に加えて講演時の写真と聴衆のアンケート結果が添付されている。佐々木睦朗さんの仕事の歴史的な位置づけと建築デザインにおけるデジタルターンに関する僕の解説について感想が加えられている。こうした突っ込んだコメントをもらうのは稀なのでありがたい。一度近藤さんと議論してみたい気がする。『建築雑誌』5月号特集「計画学と社会学」の参考資料として建築学会WEB版「建築討論」2014年11月14日の「マイホーム神話とコミュニティ幻想−建築と社会学の間」(山本理奈+布野修司+八束はじめ)が紹介されている。
https://www.aij.or.jp/jpn/touron/4gou/tairon2.html
住宅公団51C平面とnLDKの歴史的関係についての社会学者(上野千鶴子)と建築計画学者(鈴木成文)とのやり取りとすれ違いについて若手社会学者(山本理奈)が検証している。上野は51Cが範例となってnLDKを生み出されたと主張し、nLDKは51Cとは関係なく自然発生的に生まれたと鈴木は反論したという。社会学と建築計画学の立場が逆転したようなすれ違いは歴史的な皮肉である。この問題は編集委員会でも議論してみたい。『談115 特集 新虚実皮膜論 アウラの消滅/再生』の「亡霊としてのメディア」(石田英敬:談)を読む。石田英敬は1980年代の言語モデル的な記号論をデジタル時代に合わせてチューンアップするために〈技術的無意識〉というベンヤミン的な概念を提唱している。石田はこう言っている「19世紀末に登場してきたテクノロジーの文字は、人間の意識では捉えることのできない〈技術的無意識〉のなかで描かれる文字技術と言えるでしょう。(中略)テクノロジーの文字は人間の意識を逃れて、人間が意識できない無意識において書き始めます。そのことによって意識が生みだされ、逆に、人間の意識はどのようにできているかということがわかるようにもなってくる。つまり意識と無意識を人間とテクノロジーで分担し合うようになった。それが1900年に起きた知の断層なんですね」。このようなスタンスから石田はフロイトをデジタル化にふさわしい形で読み替え現代の神経科学や認知科学に接続しようとする。フロイトが『快感原則の彼岸』で提唱した〈死の欲動〉を石田は無秩序に向かうエントロピーとして捉えているが、これはイリア・プリゴジンの『混沌からの秩序』の〈時間〉の不可逆性のアイデアに近いかもしれない。ベンヤミンは『複製技術時代の芸術作品』で映画や写真という複製技術による〈アウラの消失〉を指摘したが、現代では双方向的なデジタル技術がもたらす〈虚実皮膜〉すなわちオリジナルとコピーという対立の消失によって〈人工性〉という形で新しいアウラが再生するかもしれないと石田はいう。興味深いアイデアである。次はAmazonから届いた『心の進化を解明する---バクテリアからバッハへ バクテリアからバッハへ』(ダニエル・C・デネット:著 木島泰三:訳 青土社 2018)を読み始める


2019年10月08日(火)

曇り後晴れのやや暑い一日。8時過ぎ出社。直ちに事務所を出て表参道を経由して青山の歯科医院へ。表参道の人通りは少ないけれどApple表参道店の前にはすでに人列ができていてほとんど中国人のように見える。iPhone11Proを購入するためだろうか。夕方にも店の前を通ったが列はまだ続いていた。8時半から定例の歯のメンテナンス。右奥歯にぐらつきがあるので歯磨きの励行をアドバイスされる。11月末の診療予約をして9時半に終了。10時前に帰社。台風19号が近づいているので「072芦澤邸」の芦澤さんからガラスの耐風強度について訊かれる。物が飛んでこない限り風速50mでも大丈夫であることを伝える。京都の岸和郎さんから〈大徳寺弧篷庵〉の見学案内のメールが届く。残念ながら海外旅行中なので参加できない旨の返信。同時期に岸夫妻もイタリアに行くらしいが入れ替わりで帰国するのだという。昼前iMacに新しいソフトウェアの知らせが届いたので昼休みを利用してmacOS Catalinaの読み込みを始めるが1時間半近くかかり13時半過ぎになってしまう。家早何友。野沢正光さんがfacebookに『ブレードランナー』の映画音楽会のポスターをアップしている。ヴェンゲリスの音楽を映像と共に演奏する会らしい。開催は来年4月で切符の発売は11月だが何とか手に入れたい。14時過ぎに事務所を出て田町の建築会館へ。15時から『建築雑誌』2月号特集「震災後の新しい生活」の巻頭インタビュー。文筆家・キュレーターの上妻世海さんはインタビュー記事を下地にして論考をまとめたいそうだ。インタビューアーは能作文徳、長澤夏子、川島範久の3人で僕はオブザーバーとして参加したので発言はしない。2時間のインタビューだが話題があちこちに飛び焦点のない散漫な内容なので大丈夫か少し心配になったが『制作へ 上妻世海初期論考集』(上妻世海:著 オーバーキャスト エクリ編集部2018)を書いた人だから特集テーマに沿ってまとめてくれることを期待しよう。17時終了。18時前に帰社。夜はAmazonから届いた『談115 特集 新虚実皮膜論 アウラの消滅/再生』(アルシーヴ社 2019)を読む。『有限性の後で』(カンタン・メイヤスー:著 人文書院 2016)の訳者、千葉雅也による緩やかな人間関係を生み出すための個人主義的な虚実皮膜論が興味深い。読みながら『マニエリスムと近代建築』(コーリン・ロウ:著 伊東豊雄+松永安光:訳 彰国社 1981)に納められた論文「透明性」において〈実〉と〈虚〉という訳語を使い分けていたことを思い出す。literal transparencyとphenomenal transparencyで〈文字通りの透明性〉と〈現象的な透明性〉なのだが〈実〉と〈虚〉と訳し分けたことによって近松門左衛門の〈虚実皮膜論〉に接続され意味深に受け止められるようになったのである。創造的な誤訳というべきだろう。


2019年10月07日(月)

曇りで涼しい一日。夕方は一時雨になる。8時半出社。まだ風邪の微熱が残っているので診療所に電話し今日のインフルエンザ予防接種を来週に延期する。「162酒井邸」がいよいよ仕上げ工事の段階に入ったため正栄産業から何度も細かな質問メールが届く。酒井さんとは家具の仕様についてこちらも細かなやりとりのくり返し。追加コストもありそうなので要注意である。『建築雑誌』5月号特集「計画学と社会学」の個別編集委員会の日程が確定したのでSlack上でテーマに対するスタンスについて能作さんと意見のやりとり。能作さんがブルーノ・ラトゥールの科学社会学について言及したので僕はピエール・ブルデューが『科学の科学』第1章「議論の現状」で展開しているラトゥール批判を紹介する。能作さんはラトゥールの社会構築主義を批判されたと受け止めたようだがそうではない。ブルデューも自身の社会学を発生的構築主義と自称しているから社会学を構築主義として捉えている点は同じである。ブルデューはラトゥールが科学的真理を社会構築主義に還元し相対化しようとしている点を批判しているのである。戸田がまとめた「箱の家164」見積用図面に再度目を通し細部に赤を入れて修正加筆を指示する。外構工事についてはいつもの「箱の家」よりもディテールを与えたい。難波研究室OBのAntonio Luqueさんからメールが届く。スペインのグラナダ大学からの留学生で現在はベルリンで働いていることはfacebookで知っていた。アルハンブラ宮殿入口脇のレストランで生まれ育った若い建築家でグラナダを訪れた時には一緒に街を周り食事したことがある。その際に紹介されたギリシア人のフィアンセと結婚しベルリンに移住して子供が生まれた。現在は育児休暇でグラナダに帰郷しているとのこと。クリスマスまでの4ヶ月間の育児休暇というからヨーロッパの働き方改革は徹底している。11月前半に夫婦で北イタリアを旅行すると伝えると是非会いに行きたいという返事が届いたので日程と宿泊ホテルの情報を送信する。『ゲンロン10』の座談会「AI研究の現在とSFの想像力」(長谷敏司+三宅陽一郎+大森望)を読む。『人工知能のための哲学塾』を書いたゲームAI開発者とSF作家との対談で隔靴掻痒な面があるが、人間はAIからの直接的な指示に対しては拒否してもAIが創る物語(コンテクスト)には容易に身を任せるという指摘には目から鱗が落ちる。「人工知能と人文知を結ぶ15の必読書」(山本貴光+吉川浩満)では僕が読んできた脳や思考に関する著作がほとんど含まれていることを確認する。ライプニッツの〈普遍記号論〉から始まりアラン・チューリング、ジョン・フォン・ノイマン、ノーバート・ウィーナーを経てホフスタッターの『ゲーデル・エッシャー・バッハ』、ダニエル・デネットの『マインズ・アイ』などである。デネットの近著『心の進化を解明する---バクテリアからバッハへ』も挙げられている。700ページを越える大著なので敬遠していたがトライアルしてみようか。


2019年10月06日(日)

雨のち曇りの涼しい一日。まだ若干風邪の症状が残っているようだ。軽い咳と鼻水が止まらない。 10時半出社。「箱の家164」の階段詳細図に再度目を通す。何ヶ所か気になる点が残っているが指摘されたら修正することにして、構造に関する質問項目とコメントに現場説明の日時と見積依頼先の情報を加えて今週末までに構造図面をまとめるように依頼するメールを佐々木構造計画に送信する。『建築雑誌』連載原稿のスケッチを続行。1月号の原稿締切は今月下旬だが何とかなるとして2月号の締切までは半月の海外旅行なのでスケッチする時間が十分にない。旅行前に原稿スケッチをある程度まとめておく必要がありそうだ。『ゲンロン10』の対談「歴史は家である」(高橋源一郎+東浩紀)で高橋は〈記憶の継承〉には空間が必要だと主張している。歴史的な空間が人々に記憶の多様な解釈をもたらすのである。さらにヴィトゲンシュタイが言語ゲーム論において提唱した〈家族的類似性〉を引きながら〈家族〉概念の新しい解釈を提案している。東浩紀も「観光客哲学」において〈家族的類似性〉の概念にしたがって緩やかな共同体を提案している。先日のシンポジウム「都市内共同体のつくりかた」で議論されたのも同じような問題だったし山本理顕が提唱する〈地域社会圏〉も〈家族的類似性〉にもとづく緩やかな共同体ではないだろうか。この問題はもう少し突っ込んで考えてみる必要がありそうだ。夜はNHKTV特集『大廃業時代』を観る。中小企業の廃業が全国的に広がっている現状が報告されている。様々な問題を惹起する倒産前にポジティブに仕事を辞めることの意味について考えさせられる。


2019年10月05日(土)

快晴で30度を越える猛暑がぶり返す。8時半出社。11時に週末の所内打ち合わせ。木村には「141小澤邸」のメンテナンス工事項目の追加整理を、戸田には「箱の家164」の鉄骨階段詳細図を仕上げてdropboxに入れておくように指示する。12時過ぎに事務所を出て表参道駅から銀座線、山手線、大崎駅にてりんかい線に乗り換え天王洲アイルに12時45分着。改札口でジャーナリストの中村謙太郎さんに会ったので一緒に歩いて建築倉庫ミュージアムへ。窓口から近藤以久恵さんに展示会場に案内してもらい佐々木睦朗夫妻とお姉さんに再開したのでしばらく立話。14時前に隣の会場控室に移動し手荷物を置いて2階の講演会場へ。14時から佐々木さんのレクチャー開始。法政大学の最終講義をコンパクトにまとめた内容でフレーム構造の究極版として〈せんだいメディアテーク(伊東豊雄)〉を、空間構造の究極版として〈豊島美術館(西澤立衛〉に焦点を当て、最後に最近作として〈大阪芸術大学アートサイエンス学科新校舎(妹島和世)〉と〈新青森県総合運動公園陸上競技場(伊東豊雄)〉を紹介して50分で終了。10分の休憩を挟んで後半の佐々木さんと僕の対談が開始。まず僕が講義へのコメントとして優れた構造家はそれぞれ独自の原理と美学を持っているが、構造に関する歴史観を持った構造家は日本人では佐々木睦朗以外には出会ったことがないことを指摘し、その歴史的な視点が彼のユニークな仕事を生み出す背景にあることに注意を喚起するする。続いて〈代々木国立競技場〉の屋根構造のハイブリッド性について佐々木さんに質問すると佐々木さんは構造家・坪井善勝の名言「構造の美は合理の近傍にある」を引きながら自分は単なる合理性を越えた構造を追求していることを主張する。僕はそれを歴史的に解釈するためにイタリアのルネサンス建築史家マリオ・カルボが提唱した〈デジタルターン〉の概念を紹介しコンピュータの急速な進展がもたらしたデザインの可能性として、構造デザインでは佐々木さんが考案した歪みエネルギーの最小化(力学)と形態創成を結びつけた〈フラックスストラクチャー〉を、プログラムデザインでは国境線を通過する複数の動線と空間の関係を立体曲面によって結びつけたファシッド・ムサヴィ+アレハンドロ・ザエラ・ポロの〈横浜国際フェリーターミナル〉を、環境デザインでは大空間のコールドドラフトを防ぐジェット気流の減衰曲線と屋根構造の形態を結び付けたレンゾ・ピアノの〈関西国際空港ターミナルビル〉を紹介し、コンピュータによる単なる形態操作を越えたデジタルターンの可能性についてコメントしたところで対談終了。引き続き会場からの質疑応答。「箱の家163」のクライアントである保田和豊さんが自分の仕事に結び付けながらオートバイのような工業製品では必ずモデルを使って構造実験するのに建築では計算だけで済ませているのは十分な強度の保証が得られないのでは疑問を投げかけたのに対し、佐々木さんは建築構造の条件は個別的で多種多様である上に考慮すべき変数が多いので長年の経験の積み重ねと直観の組み合わせによって対応することになると回答する。おそらく保田さんも同じような回答を念頭において質問したに違いない。16時前に終了。その後1階の控室に移動し佐々木夫人とお姉さん、池田昌弘さん、犬飼基史夫妻、近藤以久恵さんを交えて雑談。池田さんや近藤さんは僕たちの対談が興味深かったとコメントしてくれる。少し疲れたのでこれから大井町に食事に行くという佐々木さん一行と別れてタクシーで16時半に帰宅。しばらく横になる。夜は事務所に出てdropboxから「箱の家164」の階段詳細図を引き出し目を通す。明日再度チェックし佐々木構造計画の瀧本さんに送ろう。21時帰宅。「ゲンロン10」を読みながら夜半就寝。


2019年10月04日(金)

朝のうちは小雨で風が強いが9時過ぎから一気に晴れて猛暑となる一日。原宿駅から山手線で代々木駅で総武線に乗り換え浅草橋駅にて下車。北へ約10分歩いてホステル〈Little Japan〉に10時前着。『建築雑誌』2月号特集とインタビュー取材である。まもなく編集担当の長澤夏子さんと川島範久さんがライターと写真家と一緒に到着。10時からCEOの柚木理雄(YUNOKI Michio)さんにインタビュー。柚木さんは元農林水産省の官僚で地域再生の様々なプロジェクトを担当したが机上論ばかりのプロジェクトに疑問を感じ退職して民間の宿泊施設の経営に参入したという。〈Little Japan〉は安価な簡易宿泊施設で外国人の宿泊客が多いが一部は1時間半以上の通勤圏に住む人たちのための会員制の長期宿泊施設としても開放されている。僕としては新しい二拠点居住のユニークな形態である点に興味を持った。日常的には都市に居住し週末に別荘に行くという生活は都心に住む中間層以上のよくある生活パタンだが、それを逆転させて住まいは東京周辺にあるが仕事のために都心に住むというタイプの新しい生活パタンである。現状の運営状況や今後の計画などについても話を聞く。1時間半ほどインタビューしその後は既存ビルをリノベーションした内部を見学する。2階には畳のリビングルームがありその上階が4人から2人の個室である。かなりコンパクトで寮のような空間である。11時半にお暇して浅草橋駅前で川島さんと昼食を摂り13時過ぎに帰社。佐々木睦朗さんと建築倉庫ミュージアムの近藤以久恵さんから明日の佐々木睦朗レクチャーのリマインドメールが届いたので体調は回復したので問題なく出席する旨の返信メールを送る。長澤さんに『建築雑誌』5月号特集「計画学と社会学」の編集委員会の開催呼びかけを編集委員に直接メールで行うことをアドバイスし夜には日程が確定する。夕食後に戸田と「箱の家164」の鉄骨階段詳細の打ち合わせ。製作図にも使えるような図面にすることを指示してチェックバック。明日中にはまとまるので佐々木構造計画事務所に構造チェックを依頼しよう。20時半過ぎに木村が富山の「162酒井邸」現場監理から帰社したので簡単な報告を受け問題点を検討する。外装工事と1階床仕上げ工事が始まっているようだ。21時半帰宅。体調が回復してきたので久しぶりにウィスキーのロックを呑みながらワールドカップラグビーを観る。「ゲンロン10」を読みながら夜半就寝。


2019年10月03日(木)

曇り一時晴れの蒸し暑い一日。酒井さんから「162酒井邸」階段手摺の揺れについて気になる旨のメール。少しの揺れはむしろ安全を喚起する。『建築雑誌』編集幹事の長澤夏子さんから5月号特集「社会学と計画学」の個別編集会議の日程調整のメールが届いたので僕のスケジュールを書き込む。しかしその後は誰からも書き込みはない。『建築雑誌』Slackは項目が多いので小まめにチェックする人はあまりいないようだ。やはり要件は直接メールで連絡した方が確実である。先日郡山で開催した縦ログ講習会に長野の大工と一緒に参加していた南カルフォルニア大学(USC)日本コンサルタントの花岡特秋さんからメールが届く。南カルフォルニア大学建築学部の教員が「箱の家」に興味を持ち界工作舎を訪ねたいそうだ。ありがたいことだがカリフォルニアの気候にはエコハウスのクリティカルな必然性がないことを数年前のUCバークレーでのワークショップで痛感したのでやや疑心暗鬼もある。その人たちが実際にどんな研究をしどんな建築をつくっているのか情報が欲しい旨を返信する。『建築雑誌』1月号の連載記事「レジリエンスの4層構造」の原稿スケッチを本格的に開始する。連載の最初なので「建築の4層構造」についても紹介したい。戸田と「箱の家164」の打ち合わせ。一昨日のU夫妻からの要望を反映した図面を見ながらチェックバック。明日には階段詳細の打ち合わせを行うことを確認する。16時半に事務所を出て田町の建築会館へ。17時半から学会会議室で『建築雑誌』1月号特集の巻頭座談会「レジリエント建築社会の到来」の開催。出席者は竹脇出(日本建築学会長/京都大学)、林春男(防災科学技術研究所理事長)、香坂玲(名古屋大学大学院環境学研究科教授)の3人で、聞き手は高口洋人編集委員長、増田幸宏編集幹事、中川浩明編集委員と僕の4人。最近の台風15号による千葉地域の被害についてレジリエントの視点から見た感想を3人に訊くことから開始。戸建て住宅の風害と電力ネットワークの不備が大きな問題だという結論。東京電力が福島原発問題への対応のために基礎体力を削がれ十分な対応力を失っているのが背景の要因であるという意見。大局的視点からの発言が多くそれはそれで学ぶべき点はあるのだがメモをとるほどではない。何にせよ一般論はリアリティが弱い。19時半終了。20時半に帰社。明日の「箱の家162」の現場監理を木村に確認して21時半帰宅。入浴後ベッドの中でメールチェック。加藤耕一さんが『建築雑誌』3月号特修「歴史の効用」の巻頭座談会の依頼メールを中谷礼仁さんと青井哲人さんに送ったので僕からも2人に依頼のメールを送る、まもなく快諾の返事が届いたので加藤さんがスケジュール調整をして僕が帰国する11月中旬に座談会の日時を決める。やはり直接メールの方が話は早い。


2019年10月02日(水)

晴れのち曇りで残暑が続く。8時半出社。横山さんから「162酒井邸」定例報告メールと工程表が届く。外壁下地と床フローリング張工事の準備が進んでいるようだ。外壁のガルバリウム角波板張りは予定通り今日から始まるので10月4日に木村が現場監理に行く予定である。『前川國男論』の書評が終わったので次は『建築雑誌』の連載原稿に取り組まねばならない。2020年1月号の特集は「レジリエントな建築・都市」である。編集担当幹事の増田幸宏さんから明日開催される巻頭対座談会「レジリエント建築社会の到来」進行案が『建築雑誌』Slackにアップされたので目を通す。原稿のスケッチはある程度進んでいるがこの座談会を聴いた上でテーマを絞り込むことにする。注目したいのはエンジニアリング的に捉えた時の〈レジリエンス〉の範囲と限界である。エンジニアリングは〈レジリエンス〉の変数を明確に捉えようとするが、必ずそこからはみ出す〈想定外〉の事象が発生する。その点をエンジニアはどう自覚し対処しようとするのかという問題である。まだ体調が万全ではないので昼食後はしばらくベッドに横になる。14時に出社しiPadを鞄に詰めて田町の建築会館へ向かう。15時から『建築雑誌』の第5回編集委員会。出席者は10人余と少ない。高口編集委員長がテキバキと議事を進める。各号の特集担当編集幹事が進行報告。1月号は座談会を残すのみである。2月号はインタビュー作業が半ばまで進行中。3月号特集「歴史の効用」については担当幹事の加藤耕一さんが全体の構成について説明し承認を受けたのでこれから具体的な依頼作業に着手する。4月号「木質構法 上流から下流まで」については高口編集長が昨日の個別編集会議と合わせて全体の構成案について説明。5月号「計画学と社会学」については僕が特集の趣旨と担当編集委員について説明。遅れて出席した長澤夏子編集幹事が補足し早急に個別編集会議を招集してテーマを明確にする旨を説明。引き続き6月号以降の特集と担当編集委員について確認。連載記事の担当者に進行状況を確認し17時半に終了。会議室を出るとたまたま中谷礼仁さんに出会い先ほど加藤耕一さんから3月号特集について座談会への参加を依頼され快諾したとのこと。一緒に建築会館ホールに移動する。18時からシンポジウム『Village in Metropolis―都市内共同体のつくりかた』が開始。パネラーは中谷礼仁(建築史家、早稲田大学教授)、武田徹(ジャーナリスト、専修大学教授)、岡部明子(都市計画家、東京大学教授)、大西麻貴(建築家、大西麻貴+百田有希/o+h共同主宰)の4人、司会は山本至(建築家、itaru/taku/COL.共同主宰)。山本さんは山本理顕の子息である。中谷さんは近著『未来のコミューン』(中谷礼仁:著 インスクリプト 2019)5章以下の内容をクリストファー・アレグザンダーの『形の合成に関するノート』の〈形とコンテクスト〉の対応論理とハンナ・アレントの〈仕事の3階梯―Labor-Work-Action〉によって整理し、本書で紹介した〈病の共同体〉が〈形とコンテクスト〉の再編成であることを例証する。この講義で本書の後半に対して抱いていた疑問が少し解けたが完全に氷解したわけではない。というのも〈病の共同体〉が〈都市内共同体〉のモデルになるとは思えないからである。武田さんは清瀬市にある国立ハンセン病療養所に焦点を当てながら〈隔離の共同体〉が現在では〈共生の共同体〉として都市内共同体に移行しつつあることを紹介する。武田さんが『都市美』に「ハンセン病患者たちの〈共生の共同体〉」を書いていることはこの時に知った。岡部さんは世界中の大都市周辺に発生するスラムを〈フォーマルとインフォーマル〉〈テリトリーとポリス〉という対概念によって分析し両者のバランスがスラムにおける〈都市内共同体〉を成立させていることを紹介する。岡部さんの研究については詳しくないので的確な批評は難しい。大西さんは地方でのワークショップの経験からボトムアップな共同体への拡大可能性について紹介したが〈都市内共同体〉というよりも〈地域共同体〉の事例のように思える。引き続き20時からディスカッションと質疑応答。僕はジェイン・ジェイコブスの『アメリカ大都市の死と生』が大都市ニューヨークにおけるボトムアップな活動がグリニッジヴィレッジの生活共同体を守るための活動であったにも関わらず〈都市内共同体〉という面からの説明がほとんどないのはなぜだろうかと質問してみるが、ジェイコブズの活動は都市運動であって共同体生成ではないという回答である。僕としては明確な目標を持っていたが生活空間を共有しない人々の〈機能的共同体〉ではないかと考えているのだが確信はない。21時過ぎ終了。中谷、岡部、山本のパネラー三氏に加えて『建築雑誌』編集部の高口、吉村、能作、中川、川島が加わり会館内の居酒屋で打ち上げ。22時過ぎに解散して中谷、吉村、中川、川島と近くのバーで二次会。23時時過ぎに解散。24時過ぎに帰宅。そのままベッドに倒れこむ。風邪の症状はいつの間にか消えている。


2019年10月01日(火)

今日も晴れで暑い一日。昨夜も咳と頭痛に悩まされる。薬を服んで寝たら頭痛は少し収まったが相変わらず咳と微熱が続き頭が朦朧としている。8時半出社。11時にU夫妻が来所。「箱の家164」の実施設計の最後の打ち合わせである。展開図について台所と浴室のタイル仕上げについて意見交換。夫人がヘキサゴンタイルを提案したので調べてみることを約す。その他には大きな変更希望はないが、物干しワイヤの高さや手摺の塗装など細かな点について希望条件が出る。とはいえ部分的な変更は必ず他の部分に影響を及ぼすので要注意である。10月半ばに現場説明を実施することを再確認して12時半に終了。一緒に昼食を摂るつもりだったが体調が悪いのでスタッフに付き合いを任せ、僕は見積を依頼する4社に現場説明のスケジュールと敷地案内図を送信する。一旦帰宅ししばらく横になる。14時過ぎに再び出社した後に事務所を出て田町の建築学会へ。15時から『建築雑誌』4月号特集「木質構法 上流から下流まで」の編集委員会に出席。高口編集長、法政大の網野禎昭さん、物林株式会社の大貫肇さん、僕の4人が出席。出席予定の名古屋大の山崎真理子さんは手違いで欠席。大貫さんは生家が林業で以前は林野庁に勤めていたそうだが現在は筑波大学大学院で博士論文の準備中だそうだ。まず大貫さんから博士論文の一部である「なぜ、山元立木価格は下落したのか」についてショートレクチャーを受ける。外材の輸入が内地材の価格を下げたというのが通説だが、そうではなくプレカット業者の普及によって立木の標準化が進み立木に対する流通木の〈歩留まり〉を下げ、JAS基準がその傾向を促進していることに大きな要因があるというのが実情だという。つまり立木がプレカットの加工基準に合わせて選定されるようにJASが制定されているといことである。プレカットもJASももっと緩やかな基準にすべきであるというのが大貫さんの主張である。したがって今回の特集では木材の使用者である下流の建築家に上流の〈歩留まり〉の概念を啓蒙することを目標にし、上流から下流までの記事を網羅することを確認する。網野さんには是非とも編集に参加してほしい旨を強く依頼して17時半に終了。会議中は何とか覚醒していたが終わると疲れが吹き出し帰りの電車の中では頭が朦朧とする。18時半帰宅。日経アークテクチャーから『小wモダン建築巡礼 1945-1964』(磯達雄+宮沢洋:著 日経BP 2019)が届く。池辺陽研究室が設計した鹿児島内之浦のロケット打ち上げ場が紹介されている。19時に帰宅。夕食を摂った後そのままベッドに倒れ込む。


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