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箱の家 PROJECT 青本往来記
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コンパクト箱の家

2017年11月24日(金)

7時起床。快晴で寒い一日。微熱が続いているので今朝の近現代建築資料館のミーティングは欠席し10時前に出社。昨日チェックした「162酒井邸」中庭案の平面図を戸田に説明し修正を指示。昼までに修正が終わったので、引き続き断面図を書いてみるように指示する。藤森照信さんから『自然を生かした建築』(水戸芸術館 2017)が届く。今年春に水戸芸術館で開催され、その後は広島現代美術館に移動した藤森照信展のカタログである。僕は水戸芸術館で展覧会を見たが、その時にはカタログは用意されていなかったと記憶している。14時半に、はりゅうウッドスタジオの芳賀沼整、滑田崇志、三浦翔太、秋田県立大の坂垣直行、千葉工大の遠藤政樹が参加し縦ログ構法研究会を開催。今年度の縦ログ構法パネルの強度実験の仕様について意見交換。昨年度に実施した150角材の縦ログパネルは、壁量5に近い耐力があり、準耐火性能もあるのだが、150角材にあまり一般性がないので、今年度は一般的な120角材か105角材の縦ログパネルの実験が提案された。ただ、このサイズの縦ログパネルでは断熱性能と耐火性能が確保できないので、はりゅうウッドスタジオtとしては、その上に同材の横ログ材を重ねてクロスログのパネルにすることを提案してきた。しかし僕としては、それはCLT的で中途半端な構法なので賛成できない。様々な意見が出たが、結局120角材のみの縦ログパネルの案に収斂する。その後、柱脚金物の製作と実験について議論。僕は先日のWoodriseの報告に合わせて木構造の現状の趨勢について報告し、工業化とコストの関係について私見を述べる。引き続き芳賀沼さんが、ログ仮設住宅の解体移設プロジェクトの進行状況について説明し、最後に縦ログ構法本のための対談スケジュールを確認して6時過ぎに終了。早目に終われば、今夜、建築学会で開催予定のシンポジウム「環境住宅を地域性と倫理から再考する」に参加するつもりだったが時間切れ。19時に帰社した栃内から「158石邸」の現場監理報告を受ける。足場が外れて外観が姿を現した。まだ鉄骨ベランダがついていないので画龍点睛を欠くが、ともかく工事は最終段階である。佐々木構造計画から「159吉村邸」の地盤改良の仕様が届いたのでTH-1に転送し見積を依頼。合わせて、ここ2週間の現場監理報告をまとめて吉村夫妻にメール報告。9時半帰宅。『実況|近代建築史講義』を読み続けるが、細切れの論文が続くので一気に読み通せない。夜半就寝。


2017年11月23日(木)

7時半起床。冷たい雨が降り続く一日。9時出社。木村がまとめた「161齋藤邸」の図面を見直す。敷地をもう一度調査した上で、窓の配置やルーバーの配置について再検討する必要があるかもしれない。特に夏季の西日対策のために、前面道路を挟んで対面する敷地の状況を見直す必要があるだろう。引き続き、戸田がまとめた「162酒井邸」中庭案のチェック。アプローチと駐車場の床レベル、和室や寝室の収納、下記の風向に合わせた通風高窓の配置などを検討。さらに水回りの配管経路を考えながら湯沸器の位置を決める。今週中には案をまとめて、来週から模型製作に着手しよう。昼過ぎに帰宅し、熱い風呂に入って疲れを取る。その後はベッドに横になり読書と仮眠の繰り返し。『実況|近代建築史講義』は「祇祥龍畭---ルネサンスから産業革命へ」「競皀瀬縫坤爐龍頬---20世紀芸術運動と建築」を読み終わり「袈畭紂榮本+建築」に進む。いわゆるモダニズ建築が始まる前の、明治時代の折衷主義の建築について論じることから始まる。僕としては、出来上がった建築よりも、伝統的な生産体制が西洋建築をどのように取り入れたかに、そのプロセスに興味がある。少し風邪気味で熱が出てきたようだ。夜半就寝。


2017年11月22日(水)

7時起床。晴れのち曇りの寒い一日。8時半出社。9時に事務所を出て、千代田線で新御茶ノ水駅にて下車。歩いて5分で日本大学理工学部駿河台キャンパスの1号館2階会議室へ9時45分に到着。10時から軽金属学会主催の第106回シンポジウム「アルミニウム建築・土木の現状と将来展望〜さらなる適用範囲・需要拡大を目指して」の開催。主催者挨拶の後に、僕が「アルミニウム建築の歴史と可能性」と題して45分の冒頭レクチャー。アルミニウム建築の概略史を紹介し、建築の4層構造に基づく〈実験住宅アルミエコハウス〉の開発と、その後の普及版アルミ住宅を紹介。アルミ建築の今後の展開可能性について私見を紹介した後に質問を受けて11時前に終了。昼前の金田充弘さんのレクチャーも聞いてみたかったが、午後の先約があるので11時過ぎに退席し12時前に帰社。13時半に淡青社会計事務所の伊藤麻里さんが来所。界工作舎の昨年10月から今年9月までの決算報告を受ける。相変わらずの低空飛行だが、11月初めに竣工したばかりのアタゴ第2工場の会計は来年度の決算に参入されることと、来年9月にはMUJIHOUSEとの著作権契約が終了するので、来年度以降は厳しい会計状況になるかもしれない。家早南友である。東浦和の齋藤さんから電話が入り「161齋藤邸」設計監理業務契約書を締結したいという嬉しい知らせ。早速、書類一式を作成し宅急便で送る。夕方に木村が「159吉村邸」の鉄骨ファブとの打ち合わせから帰社。打合せ結果の報告を受ける。細かな問題は残っているが、大きな問題はないようだ。地盤調査の会社から支持地盤の結果報告書が届く。予想以上に地盤が良くないので地盤改良が必要のようだ。至急、佐々木構造計画に地盤改良の仕様検討を依頼し、その結果でTH-1に見積を依頼するように木村に指示する。戸田がまとめた「162酒井邸」の2案を比較検討。総合的には中庭案の方が優れているので、プレゼンテーションは中庭案で進めることとする。横河健さんからオープンハウスの案内メールが届く。都内なのでスケジュールを調整して行ってみよう。夜は「162酒井邸」中庭案の検討を続行。9時半帰宅。『実況|近代建築史講義』を読みながら夜半就寝。


2017年11月21日(火)

7時起床。快晴で北風が強く寒い一日。8時過ぎ出社。直ちに事務所を出て、表参道経由で青山歯科医院へ。以前、表参道に大勢の中国人が並んでいたのはApple Storeで売り出すiPhone召鮗蠅砲い譴襪燭瓩世辰燭海箸、後になって分かった。今日も数は少ないが中国人らしき人が数人並んでいる。8時半から青山歯科医院で前歯治療の続き。仮歯を外し、右奥歯に麻酔を打って、さらに仮歯を1本増やすために歯を削る。歯の根元が出血しているので神経を除去する。痛くはないが歯を削る音と臭いに辟易する。まさに基礎工事である。再び仮歯を接着して10時過ぎに終了。前回よりも馴染んで来たようだ。来週の治療日を予約し、帰途、銀行で雑用を済ませて10時半に帰社。戸田がまとめた「162酒井邸」線形案のチェックバック。中庭案と比較すると、LDKがやや狭いかもしれない。面積をチェックした上で比較してみよう。木村と「159吉村邸」の矩計詳細図と鉄骨階段詳細図の打ち合わせ。建築部品を取り付けるための金物を、どこまで鉄骨工事に含めるかが問題だが、あらかじめすべての金物取り付けておくのは難しいだろう。要検討事項である。栃内がまとめた「158石邸」のオープンハウス案内をチェックバック。アクソメ図の角度を何種類か検討して決める。直ちに石夫妻に送り承認を得る。来週、界工作舎HPとfacebookにアップしよう。17時半に事務所を出て市ヶ谷の法政大学建築学科へ。陣内秀信連続対談の第6回。ゲストは北山恒さんである。会場は超満員で西沢立衛さんや中谷礼仁さんの顔も見える。まず北山さんが「都市東京の近未来(新たな居住都市のイメージ)」と題して40分のレクチャー。北山さんは、60年代末の全世界的な文化革命がもたらした社会と都市の思想の転換から説き起こし、ヴェネチア・ビエンナーレの「TOKYO METABOLIZING」の都市空間論について紹介しながら、経済成長と人口増大の時代に対応したモダニズム建築に対して、経済停滞と人口減少の時代に対応した都市・建築思想を探求する研究活動として、まもなくスタートする「江戸東京研究センター」の活動を位置付ける。北山さんとしては、東京の中心を環状に取り囲む木造住宅密集地域ゾーンにおけるボトムアップな小規模インフラの挿入を解決策としてイメージしているようだ。続いて陣内さんは「新たな都市居住像のための歴史からの考察」と題して、イタリアのトレヴィーゾやボローニャの都市改造の試みの紹介から始めて、江戸東京の地形、水、緑、名所などの特性を生かした都市改造の様々な可能性を探りながら、いくつかの都市居住実験の事例を紹介する。20時から高村雅彦さんの司会でディスカッション。まもなくスタートする法政大学「江戸東京研究センター」の活動方針に関する議論に展開する。僕としては、北山さんが提案する木密地域へのスモール・インフラの挿入に興味を持ったが、それを環状の木密ゾーンの都市改造に展開させるヴィジョンは、構造的にはモダンな時代のメタボリズムや東京計画1960と同じトップダウンな発想に思える。その点について質問したが、議論は展開せず時間切れ。佐々木睦朗さんといつもの市ヶ谷の寿司屋で冷酒と寿司で今日の対談いついて意見交換。10時過ぎに店を出てタクシーで青山まで送ってもらい、10時半に帰社。そのまま帰宅しウィスキーを煽りながら今日一日を頭の中で反芻。夜半就寝。


2017年11月20日(月)

喉の渇きで7時に目が覚める。このホテルは窓ガラスがシングルなので窓際が寒く、湿度調整が最悪である。暑い風呂に浸かって気分転換。8時半にチェックアウトし、地下道を歩いて金沢駅構内のカフェでゆっくりと朝食を摂る。9時半に店を出て、北口からタクシーで北の海方向に向かい、10分ほどで〈金沢海みらい図書館〉へ着く。開館は10時なので、小雨がちらつく中、外周を一周してみる。巨大な白い箱の足元に所々サッシ窓が配置されている以外は、4面全体に小さな丸窓が均等に開けられている。10前になると三々午後、人が集まり始める。皆、車で来ているようだ。室内は白一色の空間。見学者の登録をして、エレベーターで3階に上がると2、3階が吹抜の広大な一室空間の開架図書館が広がる。外は曇りだが、4面に穿たれた丸窓からの光と、開架本棚の照明だけで十分に明るい。3階の奥にガラスで囲った小室があり、天井はなく、床全面がグレーチングになっている。空調システムを設計した高間三郎さんから話を聞いていたので、リターン空気の採入口であることがわかる。入館者は疎らで静寂に満ちた絶好な読書空間である。検索システムで調べてみたら僕の著書はすべて置いてあるようで一安心。1時間ほど滞在した後、タクシー会社に電話し、11時過ぎに金沢駅に戻る。構内の蕎麦屋で急いで天麩羅蕎麦をかき込み、12時前発の新幹線に駆け込む。15時45分に東京駅着。16時半に帰社。「159吉村邸」の鉄骨ファブとの打ち合わせが11月22日(水)の午後に決まる。残念ながら先約があるため僕は同行出来ないので、界工作舎からは木村が佐々木事務所と一緒に先方に行くことになる。TH-1の「160平井邸」の見積は今週末に出ることになったので、その旨を平井さんとご両親ににメール報告。高井戸の〈小澤医院〉のメンテナンスについて戸田から報告を受け、小澤さんにメール連絡。富山の酒井夫妻に「162酒井邸」の第1案プレゼンテーションのために、来週末に富山に行くスケジュールをメール報告。間も無く返事が届き、ご主人が長期出張なので、スケジュールを再調整することになる。夜は戸田がまとめた「162酒井邸」中庭案のチェックバック。9時半帰宅。

『実況|近代建築史講義』を読み続け、些細だが決定的な間違いを発見する。第5回「産業革命と万国博覧会」で中谷さんは、1889年パリ万博の〈エッフェル塔〉を造ったギュスターヴ・エッフェルの学歴をエコール・ポリテクニーク卒業と紹介しているが、実際には第1志望のエコール・ポリテクニークの受験に失敗し、第2志望のエコール・デ・サントラルに入学している。そのためにフランス本国での仕事には恵まれず、ハンガリー、ポルトガル、ヴェトナムなど地方での仕事で認められた結果、エッフェル塔に辿り着いたのである。それも設計者としてではなく企画建設者として参加したのは、そういう彼の経歴のためである。ちなみにエッフェルの後輩に、工部大学校(後の東大工学部)の初代校長になった古市公威がいることは、意外に知られていない。ほとんどの国では建築学科はArt and Architectureなのに、日本では建築学科が工学部に置かれているのは、富国強兵をめざしてフランスに留学した古市公威の経歴に起因するのである。


2017年11月19日(日)

7時起床。晴れで寒い。8時半に妻と家を出て東京駅へ。9時半発の上越新幹線で金沢駅に12時半着。途中、日本海沿岸は雪がチラホラしていたが、金沢は寒いが小雨である。そのまま駅前のホテルにチェックインし、部屋に荷物を置き、タクシーで〈金沢21世紀美術館〉へ。雨が徐々に強くなるが、日曜日なので館内はごった返している。半分は韓国語と中国語である。この美術館はすっかり観光地になっているようだ。しばらく館内を歩き回る。僕は開館時とその後1回来館したので今回が3度目だが、妻は初めてである。円形プランの外周の施設を眺めた後に、列に並んで企画展「死なない命」の切符を購入し、展示を見て回るが、あまりピンとこない。地下から見上げるプールにも列ができているが、これもイマイチ。カフェで一休みしようにも待ち時間が30分以上といわれて諦める。やむなく1時間弱で切り上げて北口から館を出る。小雨の中を10分ほど東に歩き、左に曲がると谷口吉生設計の〈鈴木大拙館〉に着く。平屋のコンパクトな施設で、観覧者は少なく静寂に満ちている。庭の巨大な楠の樹に圧倒される。一通り展示を見た後に、池を囲む回廊と〈思索空間〉で一休み。一辺6m(7.2m?)キューブの〈思索空間〉に佇み、二方の出入口によって切り取られた池面をぼんやりと眺めていると、急に風雨が強くなり池がざわめき立つ。御影石の塀とRC打放しの塀によって切り取られた裏山の紅葉が眼に染みて、胸に熱いものがこみ上げてくる。池に落ちた紅葉が風によって緩やかに渦を巻いているのを眺めていると、以前読んだ大拙の『日本的霊性』と『無心ということ』を想い出す。谷口さんの池のデザインは絶妙で、まさに思索の空間になっている。その場を立ち去り難かったが、徐々に人が増えてきたので、裏口に回り、紅葉の小山を登り県立美術館へ。途中、若い建築家夫婦に呼び止められて記念写真を撮られる。美術館のカフェで30分待たされて一服。5時近くになったので、タクシーでホテルに戻り、熱い風呂に入って一休み。6時半にホテル内の料亭で加賀懐石の夕食。熱燗の日本酒をたっぷり呑んでいい気分になる。9時過ぎに部屋に戻り、『実況|近代建築史講義』を読みながら、いつの間にか眠りに就く。


2017年11月18日(土)

7時起床。朝から冷たい小雨が降り続く寒い一日。ネットで映画情報を調べると、まだ『ブレードランナー2049』を上映しているようだ。ちょっとやり過ぎかなとは思ったが、六本木ヒルズのシネコンにいい席が残っているので思い切って予約する。8時半出社。「162酒井邸」の今後のスケジュールについて検討。来週中にふたつの案を確定し、再来週一杯をかけて模型を製作し、11月初めの日曜日に富山に行き、第1回のプレゼンテーションを行うことを決め、スタッフに確認する。来週早々に酒井さんにスケジュールを伝えよう。昼前にスタッフに来週のスケジュールを伝えてから事務所内外の掃除。木村と戸田は午後一番で高井戸の「160平井邸」に行き、TH-1に2回目の現場説明を行うことになっている。僕は13時半に事務所を出て千代田線、日比谷線を乗り継ぎ六本木駅にて下車。六本木ヒルズのシネコンで14時過ぎから5回目の『ブレードランナー2049』。館内は8割の入り。今回はひたすら映像と音響に身を任せたが、さすがに新しい発見はないので、これで見納めだと自分に言い聞かせる。とはいえデッカードの次の言葉は印象に残る。「愛する人とは、時に他人(stranger)でいるべきである」。この映画は、大義のために何事かを為すことが〈人間〉であることのアイデンティティであると主張しているようだ。しかしそういう教訓はこの映画には馴染まない。僕の解釈では、人間とレプリカントとの差異は〈記憶〉であり、つまるところ〈歴史〉であるというのが、この映画の教訓ではないかと思う。あれやこれやを考えながら17時半終了。18時過ぎに帰社。夜は『実況|近代建築史講義』を読み続ける。第4回「折衷と廃墟---19英国」で、中谷さんはエドモンド・バークの〈崇高論〉について論じながら、ピラネージや〈ジョン・ソーン自邸〉を紹介している。ここでも〈折衷デザイン〉の例として『ブレードランナー』(1982)が紹介されているが、ラストシーンでレプリカントのロイ・バティが死の直前にデッカードに語りかける詩が紹介されているのが印象的である。中谷さんもこの映画が好きなんだなと、思わずほくそ笑む。


2017年11月17日(金)

7時起床。晴れのち曇りの寒い1日。8時半出社。「162酒井邸」のスケッチを続行し、昼までにリニア案と中庭案の2案を1/100の手描き図面にまとめる。11時半に妻と家を出てタクシーで赤坂の迎賓館へ。12時前に西門から入り、セキュリティチェックを通って券売機で入場券を購入した所で福田武司さんと待ち合わせ、少し遅れて中島一郎夫妻も到着。天気が良いせいか大勢の見物客が集まっている。東入口から正面玄関を通り、福田さんの懇切丁寧な説明を聴きながら、2階に上がって西側の大食堂を見学し、2階中央ホールから正面階段を見て、正面玄関上のホールに戻り、再び2階の中央ホールを抜けて、東側の舞踏室を見学し、1階の東入口に戻る約1時間の見学コース。館内の随所に立っている案内人が、いちいち細かな指示を出すのが官僚的で苛々する。観客が身勝手な行動をとるせいもあるのだろうが、自己責任を信じない役人根性で気分が悪い。こちらの質問に対して的確に応える福田さんの詳細な説明と対照的である。早々に外に出て南庭に回り、宿泊部屋が並ぶ外観を眺め、大噴水を周り、記念写真を撮って解散。想像していたほど大きな建物ではないが、細部まで造り込まれた超高価な建築である。中央階段のホールに唯一〈空間〉を感じたが、それ以外は工芸品のような部屋の連続である。要するに立体的なつながりが感じられないのである。東庭でしばらく立話した後に建物正面に回り、バロック様式の正面玄関を遠望してから、北側の正面玄関から門の外に出る。タクシーを拾って2時過ぎに帰社。戸田と「162酒井邸」の打ち合わせ。彼がまとめた中庭案を見るが、今一キレがないので僕の手描きの図面を見せて清書するように指示。TH-1と「159吉村邸」の鉄骨ファブとの打ち合わせについてメールのやり取り。15時に事務所を出て、半蔵門線と有楽町線を乗り継ぎ新木場駅にて下車。約5分歩いて〈新木場タワー〉へ。16時から1階のホールでJIA環境会議が主催する〈WOODRISE Bordeaux 2017帰国報告会〉。大野二郎さんの開会の挨拶の後、三宅理一さんが〈WOODRISE Bordeaux 2017〉への参加の経緯について説明。民間組織の〈建築倉庫〉が社団法人〈日本建築文化保存協会〉を設立し、三宅さんはその理事として、フランスの木造建築家との交流を通して国際会議〈WOODRISE Bordeaux 2017〉を企画したそうだ。9月に開催された会議に参加した建築家たちが、今回の発表者である。まず芝浦工大の青島啓太さんが木材産業の中心であるボルドーの立地について説明。南西のスペイン国境に向けてナポレオン三世が植林した広大なパイン林があることや、北東部一帯に広葉樹の森林が広がっていることなどを紹介した後、CLTを使った自作について説明。次に山代悟さんがLVLとCLTを使ったプロジェクトを紹介。在来木造とのハイブリッド化やプレファブ化の可能性について問題提起。内海彩さんは日本でのTimber Riseの活動を紹介しながら5階建ての木造耐火構造の集合住宅や木質パネルやCLTを使ったプロジェクトなど再利用を視野に入れた自作を紹介。最後に小見山陽介さんは英国のCLT集合住宅や日本でのCLTの収蔵庫などの自作と英国でスターリング賞を受賞したdRMM(de Rijke Marsh Morgan Architects)のハイブリッド構法によるHastings Pier再生プロジェクトを紹介。「木は新しいコンクリートである」というdRMMの標語が印象に残る。7時に発表が終了。その後パネルディスカッション。僕は木造の工業化とプレファブ化の可能性について、MUJIHOUSEの構法の経験と、英国の産業革命における工業化と人件費との関係についてのホブスボームの議論を紹介しながら、木質構法工業化のコスト面での難しさについて問題提起する。この報告会で学んだことは、CLTに焦点を当ててはいるが、それは日本だけでなくフランスでも未だに発展途上の構法であること、木質構造では依然として集成材軸組工法が主流だが、鉄骨やコンクリートなども組み合わせて適材適所に使い分けることの可能性の方が大きいということである。「161齋藤邸」の構造で佐々木睦朗さんが提案した、耐震性を鉄骨ラーメン構造で担保し、軸力の一部を集成材柱で分担させるという構法は、一つの解答であることを思い出す。現在、木質構造が改めて注目されている背景には、地球環境を見据えた炭素固定、つまりCO2の削減という大目的があることを忘れてはならないが、そのために多種多様な木質構造が十羽一絡げにされることに対しては要注意だと思う。会場では三栖邦博、深尾精一、齋藤公男、金田勝徳といった人たちに会う。19時半過ぎに中締になったので、三宅さんたちにお礼を述べ、たまたま出席していた栃内と一緒に退席し21時に帰社。明日の打ち合わせをして21時半帰宅。ウィスキーを呑みながら今日1日を反芻し『実況|近代建築史講義』を読みながら夜半就寝。


2017年11月16日(木)

7時起床。快晴でやや風が強く肌寒い一日。8時過ぎ出社。直ちに事務所を出て表参道を経由して青山歯科医院へ。8時半から前歯にブリッジをかけるための準備治療。右の犬歯に麻酔をかけ、前回の仮歯を取り外し、現在の右前歯の3本ブリッジを削り取る。痛くはないが、まるで道路工事のように機械で削り落とすので頭蓋骨に響く。その後仮歯の取り付け。噛み合わせを何度も調整するが、どうやっても違和感は残る。歯のレントゲンを見ながら歯科医から新しいブリッジの架け方について説明を受ける。保険が効かないために、かなりの治療費が掛かりそうだがやむを得ない。仮歯状態を早く抜け出したいので来週早々の予約を取り10時過ぎに終了。10時半に帰社。昼前に戸田と木村が高井戸の「小澤医院」の現地調査から帰社したので報告を受ける。外壁と屋根防水の全面的な補修に加え、ドレイン、竪樋、塀、看板などの修理を行うことになる。工事項目を整理してTH-1のチェックを受けた上で、小澤さんに確認するように指示。午後は「162酒井邸」のスケッチ続行。中庭案についてあれこれスケッチを試み、夕方までに目星をつける。6時過ぎに「161齋藤邸」の齋藤さんが来所。模型を見ながらしばらく打ち合わせをした後、7時前に事務所を出て、歩いて行きつけの原宿のイタ飯屋へ。いつものように赤ワインで、マッシュルームのサラダ、和牛のカルパッチオ、カラスミのスパゲッティを食べながら歓談。齋藤さんの若い頃の思い出、〈箱の家〉のクライアントの特性、『ブレードランナー』などの話題で盛り上がる。齋藤さんは僕たちが提案した第1案で進めることを決断するために話をしたかったようだ。僕たちも心して取り組まねばならない。9時前に店を出て竹下通りの前で握手して別れる。「158石邸」の現場監理から帰社した栃内から現場の進行状況について報告を受ける。鉄骨のベランダの施工図がずいぶん遅れているので、工事が間に合うかどうか工務店に念を押すように指示。「155桃井邸」で鉄骨工事が遅れたてしまったことの再現にならないように祈るばかりである。10時前帰宅。『実況|近代建築史講義』を読みながら夜半就寝。


2017年11月15日(水)

7時起床。曇りのち晴れの肌寒い一日。8時半出社。昨日に引き続き「162酒井邸」のスケッチを一日中延々と続ける。「138上田邸」タイプの案は何とか目星がつきそうだが、南側の敷地からの引きがイマイチ足りない。「161齋藤邸」タイプの案は中庭を十分に広く確保しないと、採光と日射制御がうまくいかないだろう。そのためには建物の短辺を5.4mできれば4.5m以下に抑えたい。夜は戸田がスケッチした「162酒井邸」について打ち合わせ。「161齋藤邸」の第1案に引きずられて、日射制御がほとんど考慮されていないので問題外である。再度、中庭案を試みるように指示する。スケッチの合間に『実況|近代建築史講義』(中谷礼仁:著 LIXIL出版 2017)を読み始めたところ、面白くて一気に第3章まで進む。講義はルネサンスにおける〈様式(style)〉概念の成立から話が始まり、最初にフィリッポ・ブルネレスキの〈サン・ロレンツォ聖堂〉が取り上げられている。ミケランジェロ・ブオナロッティの〈ラウレンツィアーナ図書館〉や〈メディチ家礼拝堂〉が付属しているので説明しやすい例ではあるが、僕としてはフィリップ・ジョンソンに倣って、論理的にもっと純粋な〈サント・スピリト教会〉を取り上げて欲しいところである。一方、遠近法の成立の話題に結びつけてドナト・ブラマンテの〈サンタ・マリア・ブレッソ・サン・サティーロ聖堂〉が取り上げているのは中谷さんらしい。しかしルネサンスからマニエリスムへの移行を〈メディチ家礼拝堂〉の彫刻の様相に読み取ろうとしているだけで、見上げの遠近法強化のトリックを指摘していないのは不可思議である。ともかく、ありきたりの視点とは大いに異なるユニークな近代建築史講義なので、ここまま読み続けることにする。


2017年11月14日(火)

7時起床。曇り後小雨の肌寒い一日。8時半出社。栃内が今年一杯で界工作舎を卒業するので、12月に竣工する「158石邸」の打ち上げと忘年会を兼ねて、12月半ばに歓送会を開くことにする。栃内夫妻のスケジュールを確認した後、花巻と井上にも打診し、出席可能という返事がきたので外苑前のトラットリアを予約する。「159吉村邸」の現場から連絡が入り、井戸の枠が数儡霑辰暴鼎覆襪里任修諒を解体するよう指示。支持地盤まで根切りしたので、明日の午後に佐々木事務所に同行してもらい確認に行くことにする。昨日に引き続き「162酒井邸」のスケッチを続行。あれこれ新しいプランを試行錯誤してみるが、突破口はなかなか見つかりそうにない。ともかく何とか今週中には見通しを立てたいので、事務所内で一度、ブレインストーミングでもやってみようか。Facebookで紹介した『ブレードランナー2049』のセットデザインの映像にLEMONの松永社長が反応したので、1980年代の『都市住宅』誌で、鈴木了二と小宮山昭が精巧な建築模型の写真を連載していたことを想い出す。それは明らかに『ブレードランナー』(1982)の影響だった。大友克洋の『AKIRA』や押井守の『攻殻機動隊』が生まれたのも、その影響ではないかと思う。当時は卒業設計のプレゼンテーションにも大きな影響を与えた。『ブレードランナー2049』でも精巧なセット模型が制作されているが、模型材料を販売しているLEMONの松永さんはそれに反応したのである。
https://www.facebook.com/kazuhiko.namba?sk=wall
『日本思想史への道案内』(苅部直:著 NTT出版 2017)を読み終わる。色々学ぶところがあったので、再読して感想をまとめよう。引き続き『日本思想全史』(清水正之:著 ちくま新書 2014)を読んでみる。


2017年11月13日(月)

7時起床。晴れ後曇りの寒い一日。8時半出社。前田記念財団の博士論文と研究助成の一次審査の評価リストをもう一度読み直し、若干加筆訂正した上で事務局に送信。第1次審査の審査会は12月上旬である。〈にぎわい創出機構OSHI〉の清水裕之さんから津島天王通り再生コンペ第2次審査のスケジュールの相談メールが届く。最終審査は前回の町屋リノベーションコンペの審査手順と同じように、審査応募者と審査員の意見交換を交えながらの公開審査にすることで合意。公開審査のプロセスを通して審査員も学習することになるだろう。「161齋藤邸」の齋藤さんからメールが届き、最終の打ち合わせを今週木曜日(16日)に行うことになる。まだ設計の細部が気になっているようなのでじっくり対応しよう。13時過ぎに、はりゅうウッドスタジオの芳賀沼さんと滑田さんが来所。縦ログ構法に関する久しぶりの打ち合わせ。縦ログ構法本の進行状況について報告を受け、現段階でのゲラ原稿を受け取る。さらに縦ログ構法に関する対談企画の相談、今年度の縦ログパネルの強度実験のスケジュール、福島のログ仮設住宅を沖永良部島に解体移設する計画などについて相談を受ける。今月下旬か来月初めに縦ログ構法研究会を持つこととし日時の候補を決めて15時前終了。戸田に富山の「162酒井邸」の敷地図をデータ化し、スケッチを開始するように指示。気象庁のHPで年間気象データを検索し、富山市の気温、日射時間、雨量と積雪量、風向などを調べる。夏季の風向は北北東で、冬季の風向が南西であることに少々驚く。敷地データをもらったので僕も並行してスケッチを始める。東西が逆転しているが、高岡の「138上田邸」と敷地条件が似ていることに思い至る。夜は読書。21時半帰宅。『日本思想史への道案内』を読みながら夜半就寝。


2017年11月12日(日)

8時起床。晴れでやや暖かい一日。10時出社。日記を書きながら昨夜に観た『ブレードランナー2049』についてあれこれ考えを巡らせる。前作のリドリー・スコット監督の『ブレードランナー』(1982)を初めて観たのは1983年で、池袋の文芸座でジョン・カーペンター監督の『遊星からの物体X』(1982)と2本立てだったと記憶している。当時、ロードショー公開が終わった映画は2本立や3本立で公開されるのが普通だった。それ以来『遊星からの物体X』も僕のお気に入りの映画になっているが、やはり決定的だったのは『ブレードランナー』との出会いである。1979年に師匠の池辺陽が亡くなって糸の切れた凧のようになった僕は、妻と一緒に世界一周旅行に出た。その年の夏にボストンの場末の映画館でリドリー・スコット監督の『エイリアン』(1979)を観て驚嘆し、同じ日にハーバード大学の書店でクリストファー・アレグザンダーの『時を超えた建設の道Timeless Way of Building』を購入した。両者との出会いは偶然だが、僕にとっては運命的な符合だったので、2年後に『エイリアンとタイムレス』というエッセイを書いた。このエッセイは少し加筆して『建築の四層構造』(INAX 2009)に収められている。そこで僕はリドリー・スコットの映画美学を徹底的に分析し『ブレードランナー』で、その美学がさらに進化していることを確認したのである。35年前の1982年、僕は35歳だったから『エイリアン』や『ブレードランナー』との出会いは様々な意味で決定的な契機だった。その意味で35年後の『ブレードランナー2049』は、その契機を自己確認する映画だといってもよい。これはきわめて個人的な記憶なのだが、それを何とか一般的に根拠づけ共有できる経験にできないかと考えているのである。〈104逸見邸〉の逸見さんとfacebookで友達になり、メッセージ欄で『ブレードランナー2049』に関するコメントのやり取り。逸見夫妻は『エイリアンとタイムレス』を読んで〈箱の家〉を依頼してくれた。夫妻は映画公開の前夜祭に参加し、公開後は3度も観るほどのファンである。〈箱の家〉のクライアントにはこの映画のファンが多く、僕の誕生祝いに5枚組のCDをくれたクライアントもいる。午後、昨日酒井夫妻にもらった敷地のCDを見直し、Google Mapで富山市内での敷地の位置を確認する。夕方、熱い風呂に入った後ベッドの中で『ブレードランナー2049』のカタログの読み込み。夜は『日本思想史への道案内』を読みながら夜半就寝。


2017年11月11日(土)

7時起床。晴れでやや寒い一日。8時半出社。10時半に富山からクライアント候補の酒井健興+敦子夫妻が来所。すでにメールで設計条件については詳しい情報をもらっているので、直接会いたい旨を伝えたら早速来所してくれた。40歳代半ばのエンジニアで、幼い子供2人と母親の5人家族である。聞けば夫婦共に金沢工業大学の建築学科卒業で環境系研究室の出身だそうだ。環境的な視点から〈箱の家〉を選んだというので嬉しい限りである。昨日撮影したという敷地周辺の動画を見せてもらい説明を受ける。敷地は富山市の中心地に近い住宅地で、近くに川があることや清水町という敷地の名称から推測すると地下水が浅く軟弱地盤の可能性がある。母親の部屋やサンルームなど住まい方に関する希望について聞く。アクアレイヤーについては若干の疑念を抱いていたようだが、見本を見せた上で、自邸と事務所の効果を体感し納得してもらう。約1ヶ月後までには第1案を富山に持参することを約して、12時過ぎに終了。13時半に田中義之+花巻裕子夫妻が1歳の娘の公(きみ)ちゃんを連れて来所。公ちゃんは人懐っこい女の子で、最初のうちは緊張していたが直ぐに打ち解けて、僕の膝に乗ってケラケラ笑っている。田中君は今年6月から東大建築学科の助教に就任したそうだ。僕の教え子たちがどんどん学職についているので、田中君にも頑張って博士論文に挑戦するようにハッパをかける。花巻君には12月の忘年会と栃内の歓送会への出席を頼んで15時前に別れる。LIXIL出版から『実況|近代建築史講義』(中谷礼仁:著 LIXIL出版 2017)が届く。中谷さんの早稲田大での近代建築史の講義録である。大阪市大で教えていた頃から練り上げたユニークな近代建築史講義の記録のようなのでじっくり読んでみよう。16時過ぎに事務所を出て、千代田線と日比谷線を乗り継ぎ六本木駅にて下車。17時から六本木ヒルズシネマで『ブレードランナー2049』を観る。4度目になるが、このシネコンの中で最大の画面とドルビー音響の特別料金の劇場なので、新宿バルト9とは映像も音響も迫力が違う。今回はストーリーをさて置き、ひたすら画面と音響に身を任せる。それでもいくつか新しい発見があった。映画の中のロサンゼルスの都市構造が把握できたこと、敵味方の立場はまったく異なるにも関わらず、出てくる女性が皆Office-Kに微かな好意を抱いているように映像の微妙な細部から読み取れること、様々な場面で緑色がキーカラーになっていることなどである。新宿バルト9の観客はタイトルバックが終わるまで誰も席を立たないのに、六本木ヒルズの観客はタイトルバックが始まるや否や大半が退出するという客層の対比も面白い。20時終了。今回で打ち止めにするため、プログラムを購入し21時前に帰宅。ウィスキーを煽りプログラムを読みながら夜半就寝。


2017年11月10日(金)

7時起床。晴れで寒い一日。いよいよ秋本番である。8時半出社。表参道を通り青山へ。欅並木の落ち葉が歩道一面を黄色に覆っている。青山歯科医院で8時半から右奥の親不知の抜歯と前歯の治療。奥歯の前後の歯茎に麻酔を打ち、しばらく待ってから力技で抜歯。麻酔が効いているのでまったく痛くないが、何となく違和感が残る。引き続き浮き上がった前の差歯を除去して仮歯を接着する。来週は前歯4本をブリッジするそうだ。家早南友。10時過ぎに帰社。木村がチェックした「159吉村邸:の鉄骨製作図の打ち合わせ。敷地周りの道路が狭くて3階分の長さの柱をそのままの長さでは運び込めないため、2階で柱を分割する必要がある。剛接合の補強プレートやボルトが出たのでは見苦しいので、仮止めのウェブプレートだけにして、フランジは現場溶接にするようにチェックバック。その他耐火構造のため外壁や床などのサブ構造との取り合いに十分注意するよう指示。昨日に引き続き前田工学賞と山田一字賞の審査続行。博士論文7編の申請書類を読み込み前田賞、山田賞それぞれの評価とコメントを書き込む。前田賞は総合評価、山田賞はテーマの先見性とユニークさが評価基準である。去年に比べると応募数も少ないし総じてやや低調気味で、7編のうち興味深いのは2編だけ。他はあまり興味を持てないので評価は去年ほど難しくない。昨年応募して惜しくも落選した論文でも、今年応募していれば入選したかもしれない。当然ながら逆も言えるだろう。夕方までに全ての作業を終える。週末に再度見直して来週はじめに事務局に送ろう。明朝、富山から来所するクライアント候補の書類を読み込む。富山市の中心に近い住宅地の一角で、東面に前面道路がある東西に奥行の深い敷地である。広さが70坪近くあるので建物配置はそれほど難しくないが、南面が隣家なので日射制御と空間の開放性の難しさは〈161齋藤邸〉と同じである。夜は読書。9時半帰宅。『日本思想史への道案内』を読みながら夜半就寝。


2017年11月09日(木)

7時起床。快晴だが風が強くやや寒い一日。8時半出社。9時半に事務所を出て銀座線、山手線を乗り継ぎ目黒駅で下車。タクシーで「159吉村邸」の敷地へ。今日は「159吉村邸」の地鎮祭である。10時15分に着いたが、すでに吉村夫妻、TH-1朝倉社長とスタッフ2人、木村は現場で控えている。直ちに略式地鎮祭を開始。ニ礼二拍一礼の後に、塩、米、神酒で敷地の四隅と井戸を浄め、再びニ礼二拍一礼で終了。神酒で乾杯と吉村さんの挨拶。その後、測量士が加わって近隣への挨拶。ウィークデーのため半分の家は留守である。縄張りとGLを決めて11時過ぎに木村と現場を発つ。近くに佐々木事務所OBの寺門さんの自宅があることを発見。木造3階建てのモノリシックなデザインである。帰りは初めて敷地南側に広がる林試の森を南北に横断して、目黒線の武蔵小山駅から目黒駅経由で12時に事務所に戻る。快適な散歩道である。これからはこの経路を利用しよう。名古屋の清水裕之さんから津島天王通り再生コンペの第2次審査に関する質問メールが届く。今週初めに僕がまとめた審査コメントを入賞者10人に送ったが、提出案と第2次審査のスライドプレゼを短い時間でどのようにプレゼンテーションするかという問題である。僕としては応募案とチューンアップ案とを比較対照しながら見せるのがいいと考える旨のメールを返信する。久しぶりに〈箱の家001〉の伊藤さんから電話。数年前に作り変えた玄関ドアの蝶番が壊れたので、修理してほしいという連絡。直ちにTH-1に連絡するが製作を担当した建具屋がすでに廃業しているとのこと。止むを得ず建具の詳細図と金具リストを伊藤さんに送る。同時期に屋根の修理や電気容量追加の図面を渡したが、それっきりだったので問うたところ、まだ実施していないとのこと。少々心配になってきた。構造家倶楽部の新谷眞人会長からメール。2年後に近代建築資料館で開催予定の日本構造デザイン史展の準備調査を引き受けてくれることになった。今月下旬に実行委員会を立ち上げる予定。前田工学賞の博士論文の第1次審査。応募7編のうち4編を読み込み評価とコメントを加える。今週中にはすべて終わるだろう。戸田が「アタゴ第2工場」の模型を完成させた。今夜写真を撮り、週明けにアタゴ工場に送付する予定。夜、栃内が「158石邸」の現場監理から帰社。僕は今月末に現場監理に同行することにする。9時半帰宅。『日本思想史への道案内』を読みながら夜半就寝。


2017年11月08日(水)

7時起床。小雨のち晴れのやや寒い一日。8時半出社。JIAから「WOODRISE Bordeaux 2017帰国報告会」の知らせが届く。山代悟さんや小見山陽介さんによる報告があることと、会場がまだ見学したことのない〈新木場タワー〉なので参加を申し込む。前田記念財団の前田工学賞と研究助成の一次審査を開始。まず研究助成の申請書を読み込みながらコメントを加え評価をつけていく。今年は30点の応募があり、6人の審査委員が手分けして評価するが、僕の担当は17点で最も多い。歴史意匠計画系の研究テーマが多いせいである。とはいえ今年はこれといった研究テーマがなく、全体としてやや沈滞気味に思える。昼過ぎまでに研究助成の審査を終えて、前田工学賞の審査に進む。14時に国立近代美術館の保坂健二郎さんが来所。〈箱の家〉の模型4点を届けてくれる。『日本の家展』は先月末で終わり、8万人を超える来館者があったというから、予想以上の大成功だろう。TH-1から「159吉村邸」の工程表が届いたので吉村夫妻に転送。合わせて明日の地鎮祭の準備について確認する。『建築雑誌---特集:都市の未来を構想できるか?』(建築学会)2017年11月号を拾い読みする。都市に対するトップダウンな視線は、もはや時代錯誤であることが自覚されているのかどうかは、はっきりとは読み取れないが、興味深い記事もある。北山恒と西村幸夫の対談「前近代に学ぶ、未来の都市空間」と山形浩生のエッセイ「成長マシンとしての都市」である。前者はボトムアップな公共空間のつくり方について論じながら、単体建築に集中する建築家のあり方を批判している。後者はソフトとハードの相互作用の新しいあり方について論じながら消費の場としての都市の重要性について問題提起している。

『知の棘---歴史が書きかえられる時』(上村忠男:著 岩波書店 2010)は、ベネデット・クローチェ、カルロ・ギンズブルグ、ヘイドン・ホワイトなどの翻訳者の著書なので興味を持った。クローチェの「あらゆる真の歴史は現代史である」という箴言や、ベンヤミンとギンズブルグの「歴史を逆撫ですること」つまり歴史的証拠やテクストを、それをもたらした人の意図に逆らって読まねばならないという主張を確認する。「ベンヤミンの歴史哲学は哀しみに始まり、哀しみに終わる」という今村仁司の指摘は、鈴木博之の「都市のかなしみ」を思い出させる。「物語としての歴史」にまつわるホワイトとギンズブルグの論争の構図も要領よくまとめられている。フランス発祥のアナール派における匿名性の歴史に対し、ギンズブルグが無名と思われてきたユニークな個人の活動を浮かび上がらせることを通じて民衆の歴史の構築を試みている点は、鈴木博之が提唱した〈アノニマスとインコグニート〉の対比を想起させる。つまり例外的なもの(単独性)こそ普遍的なのである。テクストを通じて歴史を構築する最近流行の試みに対するギンズブルグの次のような主張は、審査論文を読みながら絶えず想起していた警告である。「現実をテクストとして研究せよという流行の命令は、いかなるテクストもテクスト外的な現実への参照なくしては理解されないという自覚によって補完されるのでなくてはならない」。本書ではテクストのあり方の究極的な例としてエーリッヒ・アウエルバッハの『ミメーシス』が取り上げられている。エドワード・サイードやヘイドン・ホワイトに促されて、かなり以前に手に入れているが、いまだに読んでいない。いずれは読まねばならない文献である。引き続き『日本思想史への道案内』(苅部直:著 NTT出版 2017)を読み始める。自分の足元の思想が予想以上に脆弱であることに気がついたからである。


2017年11月07日(火)

7時起床。昨日と同様に晴れで暖かい一日。8時半出社。昨日会った同級生の福田武司さんからメールが届き、ボランティアで案内をしている迎賓館に見学に来ないかと誘われる。まだ一度も見学したことがないのと、明治の西欧志向の原型をこの目で確認してみたいと考え、妻と相談して来週末に見学に行くことにする。昨日まとめた博士論文審査評を読み直し、大幅に加筆訂正して事務局に送信する。今朝、東浦和の齋藤さんから「161齋藤邸」の設計契約を勧めたい旨のメールが届く。早速、最終案の一般図、契約書類、重要事項をまとめて送信し、契約日まで決めたが、若干のトラブルがあり、手続きは一旦休止となる。家早南友。戸田が作成中の「アタゴ第2工場」の模型チェック。軒の曲面がうまく作れないので四苦八苦している。吉村夫妻、TH-1と明後日の「159吉村邸」の地鎮祭の打ち合わせ。明日は雨の予報だが明後日は晴れそうだ。17時半に事務所を出て市ヶ谷の法政大学建築学科へ。初めて参加する佐々木睦朗さん他、冨永譲夫妻、北山恒、赤松佳珠子、下吹越武人といった人たちの顔も見える。18時半から陣内秀信さんの退職記念対談の第5回。ゲストは早稲田大の中谷礼仁さんである。まず中谷さんが『イタリア都市再生の論理』(陣内秀信:著 鹿島出版会 1978)を引用しながら、ここ20年間に展開してきた「大阪の長屋再生」「セヴェラルネス」「動く大地、住まいのかたち」「千年村プロジェクト」といった一連の自分の仕事に関連づけて40分のレクチャー。最後に中谷さんは、カッパドキアの観光開発に対する地元住民の反発や震災後のシチリアの再開発をめぐるマフィアの暗躍について紹介しながら『イタリア都市再生の論理』に欠けている政治性についてコメントしたが、私見では陣内さんの本に隠された政治性の読み込みが足りない勇み足だと思う。というか1970年代と現代との政治性のあり方が変わったのだといってもよい。1970年代のイタリアではまだ共産党の活動が盛んだったし日本でも学生運動の余波があった。しかしグローバリゼーションが世界を覆う現代では政治と経済が一体に結びついている。引き続き陣内さんは「都市・地域の古層、基層を読む」と題して地中海世界と日本の都市の公共空間から私的空間を空間人類学的な視点から比較する約50分のレクチャー。空間構造や形態が都市空間の基層として都市生活と相互作用を繰り返しながら持続して行く事例の比較や、トップダウンな計画とボトムアップな個別活動との相互作用の比較。都市において「水」が生み出す「聖なる空間」の東西比較など力の入ったレクチャーである。その後は高村雅彦さんの司会で30分間のディスカッション。互いのレクチャーの関係を確認するようなやりとりだが、中谷さんの研究方法がテーマと方法論が緊密に結びついていることや、藤森照信さんの「路上観察学」に典型的なボトムアップなスタンスが「千年村プロジェクト」にも引き継がれている点を確認できたのは収穫である。僕の印象ではこれまででもっとも充実した対談だったと思う。20時半過ぎから地下の食堂で懇親会。ビールを呑みながら歓談。佐々木さんと9時に大学を出て市ヶ谷駅近くの寿司屋で夕食。冷酒で刺身と寿司を食べながら互いの近況について話す。最近の佐々木さんは読書三昧らしい。『反脆弱性』を読んだ後は生物の構造に関する本に取り組んでいるそうだ。10時半に店を出てタクシーに乗り青山で別れる。


2017年11月06日(月)

7時起床。晴れで暖かい一日。8時半出社。今朝早くに名古屋の清水裕之さんから届いた昨日のコンペ第一次入選案の画像データを見ながら審査コメントの加筆修正を行う。昨夜届いた審査コメントは、審査員の発言を速記でまとめた素っ気ない文章なので、各案に対するポジティブな評価コメントと、チューンアップのためのアドバイスに分けて大幅に加筆修正する。11時半までにまとめて清水さんに送信する。一昨日に引き続き、東浦和の齋藤さんから「161齋藤邸」に関する追加希望と質問メールが届いたので、直ちに回答メールをまとめて返信。ほぼ当初の第1案のままで進めることを決断したようなので、倉庫、階高、窓、日除ルーバなど細部の再確認を求められる。早急に図面をまとめるように木村に指示する。富山のクライアント候補から、来所の日時の打診メールが届く。スケジュールを調整し、できるだけ早い今週末の来所を決定し返信する。敷地、予算、希望条件は既にメールで届いているので、直接、夫婦から話を聞いた上で、富山の敷地を調査に行くことにしよう。審査論文の審査結果のまとめを開始する。送られてきた審査用紙の項目にしたがってコメントを書き込んで行く。明日、再度読み直した上で事務局に送ることにしよう。16時に事務所を出て千代田線で赤坂駅にて下車。歩いて鹿島建設K1ビル2階の「水曜会展」へ。鹿島建設設計部のOB有志による水彩画グループの展覧会で、同級生の福田武司さんが4点の水彩画を出展している。大森英華、吉田倬郎、中島一郎、永松賢一の4人が参集。安藤広重のようなチチカカ湖の風景が目を惹く。17時に会場を出て歩いて赤坂界隈のベルギーレストランへ。赤ワインと魚介料理で四方山話。19時半に解散。20時に帰社。21時半帰宅。ウィスキーを呑み直しベッドの中で『知の棘』を読み終わる。夜半就寝。


2017年11月05日(日)

7時起床。晴れでやや涼しい一日。8時半出社。直ちに事務所を出て、銀座線と山手線を乗り継いで品川駅に9時半前に到着。9時27分発の博多行のぞみに乗り11時15分に名古屋駅着。改札口前の銀の鈴の前で津島市訳書の側島さんと待ち合わせ。「津島市天皇通り再生プランコンペ」の一次審査である。マイクロバスで津島市役所に12時着。昼食後、13時前から審査開始。審査員は僕以外に三重大学の浅野聡、名城大学の生田京子、名古屋大学の宮脇勝、三菱UFJコンサルタントの加藤義人、津島市長の日比一昭の6人。今年4月に名古屋大を定年退職した清水裕之さんは社団法人「にぎわい創出機構機OSHI」を設立し、今回はコンペ主催側の事務局長として参加している。応募数は前回の町屋再生コンペとほぼ同じ40点弱。応募者は北海道から九州まで分布している。まず初めに審査員各人が約1時間半をかけて10作品をピックアップする。ほとんどの作品がA1版にビッシリとプレゼンテーションしているので、説明文を読み通すのは大変である。僕はまず全作品にざっと目を通し、プレゼンテーションの見栄えだけで約20点余を選び、その後にテーマと細部を見て、コメントを書きながら◯と△に分ける。この時点で◯が11点。再度◯を見直し、当選確実の作品4点に◎をつける。引き続き◯と△を見直して2点を入れ替え、最後に◯を見直して10点に絞る。ここまでで約1時間。その後10分ほど休んでコーヒーを飲んだ後、もう一度全体を通しで見直し、コメントを加えて終了。事務局が票を集計しスライドで表示し、14時半からディスカッション。全委員が投票(6票)した作品が2点。5票が1点、4票が7点で計10点。5票作品に投票しない一人の委員の意見を確認した上で、まず上位3作品を当選とする。その後1〜3票の作品それぞれについて意見交換。委員が強く押す作品3点を選び、4票作品の7点と比較しながら議論し、3票の作品2点と入れ替え、最終邸に7点に絞り込んで終了。引き続き12月に行われる第2次審査のために、各入選者に対する審査委員からの質問とチューンアップのためのアドバイスを加え、第2次審査のスケジュールを確認して16時前に全て完了。マイクロバスで名古屋駅まで送ってもらう。予約した18時発の新幹線まで1時間以上の余裕があるのでiPhoneで予約変更を試みるが連休最終日の夕方のために全ての新幹線が満員。やむなく待合室で音楽を聴きながら読書。予定通り18時前発の新幹線に乗り19時半に品川着。表参道のトンカツ屋で夕食を摂り20時半に帰宅。清水裕之さんにお礼のメールを送ってからウィスキーを煽りながら一日を振り返る。『知の棘』を読みながら夜半就寝。


2017年11月04日(土)

7時半起床。晴れで夜は小雨の暖かい一日。8時半出社。審査論文の再読を続行。第2章までは論理展開は明快で新しい所見もある。第3章あたりから展開が曖昧になるが、それは文章のせいではなく、対象自体が曖昧な内容のためである事が分かる。赤線を引いたところだけを中心に飛ばし読みをすると論理展開が把握できるので、最初に読み終わった時よりも印象はずっと良くなった。しかし二度読みするような人は稀だろうから、一冊の本として読ませるには、何か仕掛けが必要かもしれない。木村は「159吉村邸」の施工図チェックと詳細図の作成を始めている。戸田にはアタゴ工場の竣工模型の製作を指示する。昼過ぎに今日の仕事を終えるように言い残して事務所を出る。千代田線で湯島まで行き、13時過ぎに近現代建築資料館でジラルデッリ青木美由紀さんと待ち合わせ。開催中の「ドローイング展」を案内し、キュレーターの戸田穣さん、今日のゲストスピーカーの塚本由晴さん、資料館調査官の頴原澄子さんらを紹介。しばらくレクチャーを聴いてから、15時に青木さんと別れ16時に帰社。「161齋藤邸」の齋藤さんから第1案に関する何点か質問と追加希望のメールが届いたので、直ちに回答メールを返信する。基本的に第1案を進めたいらしいが、まだ不確定な点もある。夜にも再度質問メールが届く。18時半に家を出て行きつけのイタメシ屋へ。いつものミニコースと赤ワインの夕食。9時前に帰宅。ウィスキーを飲み直し、『知の棘』を読みながら早めに就寝。


2017年11月03日(金)

7時起床。快晴で暖かい一日。8時半出社。直ちに事務所を出て山手線、東武東上線を乗り継ぎ終点の寄居駅に10時半に到着。栃内、高間さん、佐々木事務所の富岡さんと待ち合わせ、タクシーで「アタゴ第2工場」。11時から竣工式。雨宮社長、永吉工場長にお祝いの挨拶。深谷市長や関係者に加えて、アタゴ本社とアタゴ工場の社員に、アメリカ、ブラジル、ロシア、中国、インドなど世界各地のアタゴ支社から20人余の社員が加わり、200人を超える出席者。最初に第2工場の前で記念写真の撮影。その後、第2工場に入り竣工式の式典。雨宮社長の挨拶と深谷市長の祝辞に続いて僕の祝辞。昨日まとめたスケッチを暗誦しながら喋ったが、重要な1点だけを言い忘れてしまう。雨宮社長が〈カッシーナジャパン工場〉のデザインを気に入っただけでなく〈箱の家〉の一室空のコンセプトにも共感してくれた点である。最後に大成建設関東支店長が祝辞を述べ、酒樽を割って乾杯した後に懇親会。シャンペンやビールをいただきながら食事。寿司やサンドイッチに加えて、南庭には焼鳥や豚汁の屋台まで出ている。13時前に中締。社長と工場長に挨拶しタクシーで寄居駅へ。15時過ぎに帰社。荷物を置き16時に事務所を出て副都心線で新宿三丁目へ。新宿バルト9で3度目の『ブレードランナー2049』。100人余の小さな劇場で前から5列目の席だが、客席に傾斜があり、これまでで最も観やすい。しかしスクリーンが小さいので、映像や音響はイマイチ迫力に欠ける。そこで今回は脚本に注目して、前作からの繋がりや物語の細部をフォローし〈共感〉と〈記憶〉が隠されたテーマであることを確認する。19時半終了。20時過ぎに帰宅。ウィスキーを呑みながら今日一日のことを反芻。『知の棘』を読みながら夜半就寝。


2017年11月02日(木)

7時起床。ここ2日間は早朝4時過ぎに一度目が覚めて、メールチェックした後に再眠するようになった。依然としてジェットラグの後遺症だろうか。晴れで涼しい一日。8時過ぎ出社。直ちに事務所を出て、表参道を通り青山歯科医院へ向かう。途中、アップルストアを過ぎた辺りから青山通りの交差点まで、植込に沿って沢山の人が歩道脇に座り込んでいる。皆、厚着を着込んでいるが何かを待つ列でもないらしく、眠り込んでいる人やカップラーメンを食べている人もいる。何かの撮影のエキストラだろうか。8時半から1ヶ月半ぶりの歯のメンテナンス。海外旅行中に右下の奥歯に軽い痛みがあった旨の報告をする。帰国しても寝不足の時には痛みが出ると伝えると、直ちに調べた結果、親不知が虫歯になっているとのこと。定期的にメンテナンスに来ているのは、そういう症状を前もって発見してもらうためなのに、どういうことなのか疑念を抱く。ついでに上の前歯も歯茎との間に違和感があると伝えると、前歯の何本かをブリッジにしたらどうかという。問題が生じると、歯科医は急に張り切り始めるのが不思議である。これも医原病の一種かもしれない。来週の治療日の予約をして9時半に医院を出る。帰途も表参道沿いの人の列はそのままである。10時前に帰社。10時半に塗装メーカーのローバル社の田中孝篤さんと弘田大介さんの2人が来所。紹介してくれた建築家の三栖邦博さんも同席したいと言われたが、今回は塗料の仕様を詳しく訊きたいので機会を改めてもらう。約1時間余ローバル塗料について詳細な説明を受ける。最近では水性ローバル塗料も売り出され、より使いやすくなったようだ。これまでローバル塗料は亜鉛ドブ漬けメッキの補修塗料としてしか考えていなかったが、鉄骨の塗装仕上げ材としても十分に使えることが分かり、目から鱗である。通常のオイルペイントよりも材料費は若干高めだが、重ね塗りの人件費と錆止め効果を考慮するとコストパフォーマンスはずっと高いように思う。早速、鉄骨造〈箱の家〉で使ってみることにしよう。午後は審査論文の再読を続行。〈はじめに〉と〈序章〉では、論文のテーマと章構成がコンパクトにまとめられており、極めて分かりやすい。しかしながら、建築以外では〈美術史〉とか〈文学史〉といっているにもかかわらず、建築に関しては〈建築史〉ではなく、あえて〈建築思想史〉といっている点にひっかかる。というのも逆読みすれば、それは実際の建築との接続を断ち、建築思想の相互参照だけに焦点を当てるという宣言に受けとめられるので、ちょっと待てよといいたくなる。その点をもう少し追ってみよう。明日は〈アタゴ第2工場〉の竣工式でお祝いのスピーチを頼まれているので、スケッチを始める。第2工場までの経過を、できるだけコンパクトに報告することにしよう。久しぶりに芳賀沼さんから電話。再来週に来所し、縦ログ構法のその後の開発報告を受けることになる。木村がまとめた「161齋藤邸」第2案の修正図面を齋藤さんに送信。富山のクライアントからメールが届いたので、一度、界工作舎に来所してほしい旨の返信メールを送る。工事予算、敷地図と写真、新居の希望条件は届いたが、具体的にスケッチを始めるのは、やはり直接クライアントに会わないと難しいと考えたからである。夜は審査論文の再読続行。9時半帰宅。あれこれ考えあぐね、明日の竣工式の帰途に、新宿に寄って『ブレードランナー2049』を観ようと決め、新宿バルト9に予約を入れる。今度は一番小さい劇場である。『知の棘』を読みながら夜半就寝。


2017年11月01日(水)

7時起床。晴れで涼しい一日。8時半出社。9時半前に事務所を出て、銀座線、井の頭線を乗り継ぎ高井戸駅に10時15分着。改札口でTH-1の朝倉社長と渡邊さん、戸田と待ち合わせ平井邸のマンションへ。今日は平井親娘とTH-1の顔合わせと「160平井邸」の現場説明。平井さんの住戸に向かい、平井さんとご両親をTH-1に紹介した後に、見積用図面を見ながら現場の説明。2階の床仕上げについては最終的な結論が出ず、床暖房と合わせて2通りの見積をして比較検討することになる。見積期間は3週間である。11時半にマンションを出て12時過ぎに帰社。14時に「161齋藤邸」の齋藤さんが来所。昨日から第2案に従って設計契約の準備をしてきたが、齋藤さん自身は、まだ第1案に対する拘りを捨てきれないらしいので設計契約の話にまで進まない。当然ながら工事予算が大問題なのだが、齋藤さんとしては全く不可能な金額ではないらしく、迷いが残っているようである。もしかすると第1案の復活がありうるかもしれないので、両方の模型を持ち帰り連休中に検討してもらうこととする。3時過ぎに終了。直ちに、齋藤さんの希望を反映して、第1案の図面を修正するように木村に指示。明日には修正案を送りたい。芦澤さんに頼まれていたA&Fの原稿を校正し、pdfデータにスキャンして編集部に返信。〈箱の家〉の写真を何枚か使用するので、坂口裕康さんと上田宏さんの連絡先を知らせる。アタゴから第2工場のスタディ模型が送られてくる。永吉工場長から第2工場の完成模型の作成を依頼される。これまで何度か設計変更があったので、2通りの模型を作成したのだが、最終案とは異なっている。第1工場の模型は玄関ホールに飾られているので、同じように第2工場に展示するのだろう。夜は審査論文の再読続行。9時半帰宅。熱い風呂に入り。『知の棘』を読みながら夜半就寝。


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