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箱の家 PROJECT 青本往来記
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コンパクト箱の家

2017年08月19日(土)

昨夜は色々な夢を見た。明け方に一度目が覚めるが、ふたたび寝込んで8時起床。曇り時々晴れで夕方以降は雨。ゆっくりと朝食を摂った後、TH-1にメールを送り「159吉村邸」の見積の再検討を依頼する。木村からTH-1との電話のやりとりに関するメールが届いたので、吉村夫妻にその経緯コメントを添えて、とりあえず見積結果の報告メールを送る。来週には突っ込んだ話し合いが必要だろう。戸田がまとめた「161齋藤邸」のスタディ図面にチェックバックを加えて返信する。昼前に露天風呂に浸かり目を覚ます。天気が良くなったので散歩がてら近くの公園内のレストランでスパゲティの朝食。地ビールを呑んだら一気に酔いが回ったので、1時半過ぎにマンションに戻り一休み。横になって『時代区分は本当に必要か?』を読み続けるうちに眠りに落ちる。4時過ぎに目が覚めたので再度一風呂浴び、読書続行。6時から冷酒を呑みながらコンビニの刺身と寿司の夕食。軽井沢一帯は大雨に変わる。食事中に戸田から「161齋藤邸」のスタディ図面が届く。かなり収斂してきたが、来週は戸田や1週間の夏休みなのでフィードバックできない。7時過ぎにマンションを出て妻の車で軽井沢駅へ。8時過発の新幹線で東京駅に9時過ぎ着。東京も雨である。10時に帰宅。ウィスキーを呑み直し『時代区分は本当に必要か?』を読みながら夜半就寝。僕の短くも事件続きの夏休みが終わる。明日の日曜日も一休止だが出社しスケッチの予定。


2017年08月18日(金)

7時起床。曇りで過ごしやすい一日。8時半出社。日記を書き込んでから9時半過ぎに事務所を出て東京駅へ。改札口で予約しておいた乗車券を受け取り、10時半発の金沢行はくたか号に乗車。列に並んでいる際にちょっと気になっていたが、帽子を被り紺色のジャケットを着た老齢の紳士が同じ号車に乗車した。先に窓際の僕の席の隣に座っていたので、紳士の荷物を跨いで窓際に腰掛け、直ぐに本を読み始める。ル・ゴフの本が興味深く、赤線を引きながら集中して読んでいたので、新聞を読んでいる隣の紳士にはまったく注意を払わなかった。高崎を過ぎたあたりで、当該の紳士がトイレに立ち、帰ってきたところで顔を合わせ、びっくりして椅子から跳び上がりそうになる。何と僕の隣に座っていたのは槇文彦さんだったのである。東京駅を出発してから、そわそわして落ち着かない様子だったから、槇さんの方は先に気づいていたのかもしれない。それでも読書に集中している僕に声を掛けられなかったのだろうか。それにしてもあまりの奇遇である。槇さんも僕と同じ軽井沢で降りるというので、ほんの数分間だけ話をする。槇さんは、新聞で昨日、柳澤孝彦さんが亡くなったニュースを知ったことを話し、僕は柳澤さんが近所に住んでいるという話をする。まもなく軽井沢に着き、改札口で挨拶して別れる。心臓の鼓動が止まらず、迎えに来た妻に状況を話したら彼女も驚く。妻の車でしばらく走って昼食のために蕎麦屋に寄ると、そこではヨックモック社の社長夫妻に会い、これまたびっくり。2度も不思議な出会いが続き、呆然と天を仰ぐ。妻のマンションに着き、しばらく休んだ後に露天風呂に浸かり、汗を流す。夜は、車で2度目のイタ飯屋で赤ワインとハンバーグの夕食。8時半に店を出て代行でマンションに戻る。TH-1から「159吉村邸」の見積が届く。概算時から金額が大きくかけ離れているのでクレームのメールを送る。これでは何のために時間をかけて概算のやりとりを続けてきたのか分からない。このままの数字では吉村夫妻に伝えることはできないので、再検討を依頼する。戸田から「161齋藤邸」のスタディ図面が届く。相変わらず迷走が続いているので、対応は明日に伸ばす。窓の外の漆黒の闇を眺めながらあれこれ思いを巡らすうちに眠りに落ちる。


2017年08月17日(木)

7時起床。曇り時々小雨で、時折日が射す蒸し暑い一日。8時半出社。直ちに事務所を出て原宿駅から山手線で新宿まで行き、埼京線に乗り換えて武蔵浦和駅で武蔵野線に乗り継ぎ、東浦和駅に9時40分到着。駅前広場で齋藤さんと待ち合わせ、奥さんの車で「161齋藤邸」の敷地へ。Google mapの写真で付近一帯の状況を見るよりも建て込んでいる印象だが、緑は多い。住宅専用地域で、周囲のほとんどの住宅は新しく、ここ最近に建て替えられたようだ。その中で既存建物はもっと古く、1階が住居、2階がアパートで、従来の木造モルタル塗り防火構造での建物ある。面道路の西側の水路が歩道になってゆったりしている。この歩道分が前面道路の幅員に含まれるのかどうか確かめる必要がある。敷地の南、西、裏の境界と周辺道路の写真を撮り、境界杭、電柱と電線、道路排水枡などを確認する。その後、近くのマンション5階の齋藤さんの住居+仕事場にお邪魔し、住宅部分と仕事場の様子を写真に撮らせてもらう。台所、水周り、収納について再考の余地がありそうである。11時過ぎにお暇し、齋藤夫妻と一緒に新居や家族について話しながら東浦和駅前まで歩く。同じ経路で12時前に帰社。TH-1に連絡したところ「159吉村邸」見積は明夕までかかるというので、既存住宅解体の立会いと、見積の遅れに関する報告メールを吉村夫妻に送信。2時半に事務所を出て、千代田線と日比谷線で東銀座駅で下車。歩いて直ぐの東劇ビル3階の松竹試写室へ。3時半から『ル・コルビュジエとアイリーン---追憶のヴィラ』(監督・脚本:メアリー・マクガキアン 2015)の試写を観る。建築関係の映画だが知っている顔は全くいない。主人公はアイリーン・グレイで、カプ・マルタンに彼女がデザインしたヴィラの壁面にル・コルビュジエが無断で壁画を描いたというエピソードにまつわる愛憎劇である。グレイはル・コルビュジエよりも9歳年上で、ル・コルビュジエがスイスからパリに移住した時には、すでに家具デザイナーとして認められていた。グレイはレスビアンだったが、若い裕福な建築家であるジャン・バドウィッチと結婚し、二人の別荘として通称〈E.1027〉をカプ・マルタンにデザインしたのである。おそらく現地をロケしたのだと思われるが、平面図を見ると意外に小さな建築である。したがってリビングの壁面全体に極彩色の壁画を描けば空間の印象は、当初のコンセプトから完全に変わってしまうことはル・コルビュジエも分かっていたはずだ。監督は女性であり、映画からはル・コルビュジエの悪意が伝わってくる。時折、ル・コルビュジエが観客に向かって状況について感想をコメントするシーンが挟まれるため、余計にその印象が強い。住まいに関して、グレイは生活と快適さを追求し、ル・コルビュジエは〈近代建築の5原則〉という理論を優先するという対比もその印象を強めている。最終的に、ル・コルビュジエは1965年に77歳でカプ・マルタンの海で溺死し、グレイは1976年、98歳まで生きるというのも歴史の皮肉だろう。グレイのデザインした椅子が2009年のオークションで史上最高額の28億円で落札されたが、その落札者がその価格に対する質問に対して「The Price of Desire」と答える冒頭のシーンが、この映画の原題である。6時前に帰宅。夜は読書。『時代区分は本当に必要か?---連続性と不連続性を再考する』(ジャック・ル=ゴフ:著 菅沼潤:訳 藤原書店 2016)を読み始める。


2017年08月16日(水)

7時起床。小雨が降り続く涼しい一日。8時半出社。昨夜、再会した井坂幸恵さんとはfacebookで既に友達になっていることを発見する。港区に事務所を構え、現在は日立市で工場を設計しているらしい。構造デザインは佐藤淳さんとのこと。早速メーッセージを送り、昨夜のお礼を伝え、大洗の「箱の家158」と深谷の「アタゴ第2工場」について案内する。戸田と「161齋藤邸」について打ち合わせ。昨日、1日かけてスタディしたプランを見て欲しいというので手描きのスケッチに目を通す。あまり期待していなかったが、ある程度、勘所を押さえた可能性のあるプランなので、少々意外な出来である。ここ数ヶ月、僕たちの仕事を細々と手伝っていたので「箱の家」の考え方をある程度学んだからかもしれない。一通り問題点を指摘した上で、さらにスケッチを続けるように指示する。夕食後、再度、打ち合わせをするが、今度は考えねばならない変数が増えたためか、やや迷走気味であまり展開していない。収斂までにはまだ時間がかかりそうだが、焦らずにスタディを続けるように指示する。縦ログ構法の原稿スケッチを少々。いつものように、なかなか発火せず、短文だけを書いて休止。

『モダニズムの臨界---都市と建築のゆくえ』(北山恒:著 NTT出版 2017)を読み終わる。1990年代以降現在までに書かれた35の論文の集成だが、特別に新しい所見には出会わなかった。これは否定的な意味ではない。時代認識はもとより、建築と都市に関する北山さんの考え方のかなりの部分が、僕の考えと重なっているように感じたからである。ただ、個々の論文はあまり長くないので、問題を突っ込んで詳細に検討するには至っていない。したがって、全体として抽象的で総論的な文章が多く、やや物足りなさが残る。先日のオープンハウスの際に、北山さんは「学者の論文ではないからね」と言い訳していたが、そのことを言っていたのだろうか。全体を読み通して、僕としては第1部「切断」や第2部「状況」よりも、第3部「都市」や第4部「住宅」に共感する論文が多いように感じた。特に第3部「都市」に収められた「木密」と「現代都市という都市類型」や、第4部「住宅」に収められた「アメリカを経由した「近代」」に興味を持った。これまでとは異なるボトムアップな都市計画の試みとして、東京に環状に存在する「木造密集住宅地」に注目したのは、北山さんが初めてであり、これまでにないユニークな視点だと思う。北山さんは、現在でも法政大学の研究室で、引き続き〈木密〉の可能性を追求しているようだ。ただ、木密は解決すべき問題としては興味深いが、〈建築〉になるかどうかは難しい課題である。


2017年08月15日(火)

7時起床。雨のち晴れで蒸し暑い一日。8時半出社。Amazonから乾燥剤が届いたので、戸田と協力してスライドボックス内の乾燥剤を1年ぶりに取り替える。毎年恒例の作業だが、毎年ちゃんと乾燥剤を取り替えてきたので、30年以上前のスライドフィルムもほとんど色褪せしていない。東浦和の「161齋藤邸」の敷地図と設計条件が一通り出揃ったので、試しに戸田にプランをスケッチしてみるように指示する。まったくの新人なので新しい発見があるかもしれない。3階建てなので鉄骨造のつもりだが、構造材の露出が法的に可能であれば集成材造もありうる。昼過ぎに事務所を出て副都心線の明治神宮前で東横線直通のFライナーに乗り、横浜駅にて根岸線に乗り換え桜木町駅で下車。駅を出ると土砂降りの雨である。北口から約10分歩いて久しぶりに前川國男が設計した〈神奈川県立音楽堂(1954)〉へ。13時半から建築学会関東支部が主催する見学会。ホワイエには100人を越える人たちが集まっているが顔見知りは僅かである。野沢正光夫妻と鈴木工務店社長の鈴木亨さんに挨拶。若い建築家はほとんどいないが、藤村龍至さんが参加しているのにびっくり。世田谷区役所のリノベーションに隈チームの一員として参加するので11月に開催されるシンポジウムの準備だそうだ。僕にとっては24年前にこの音楽堂の建て替えを巡って開催されたシンポジウムで、鈴木博之さんが賛成派に激しく詰め寄った出来事が記憶に刻み込まれている。当時はバブル経済の余韻で、近代建築の保存運動など誰も口にせず、主催者の県庁を初めとして『新建築』誌編集長や壇上の建築家たちはほとんどが建替賛成派だった。その中で鈴木一人が支配的な風潮に反旗を翻したのである。一方で、聴衆の建築家たちはほとんどが鈴木の味方であり、鈴木の発言に対して拍手喝采で応えたことを記憶している。その時に、鈴木は近代建築保存運動に対する手応えを掴んだのではないかと僕は考えている。つまり〈神奈川県立音楽堂〉でのこのイベントは、現在ではある程度、社会的に認知されているDOCOMOMO運動の歴史的端緒といっても過言ではないのである。音楽堂の木仕上げの内部空間は相変わらず暖かい。最初に松隈洋さんが前川國男の仕事を紹介しながら、この音楽堂を歴史的に位置付けるショートレクチャー。続いてチェロとピアノによる短い演奏会で音響効果の良さを確認。その後、松隈さんに元館長の伊藤由貴子さんと県施設整備課長の村重正章さんが加わり、シンポジウム。最後に松隈さんに指名された野沢さん、僕、前川事務所のスタッフの3人が発言して、3時半過ぎに終了後、館内の見学会。裏方の空間の狭さと設備の貧しさにいささか唖然とする。音楽堂に手を加えず、裏方の空間と設備を現代的な性能にリノベーションすることの難しさが想像できる。4時半に終了。5時開始予定の懇親会まで少し時間があるので、隣の県立図書館を見学。ここも蔵書の増加で手狭になり、隣地に増築されているが限界があるようだ。5時前に隣の青少年文化センター1階のレストランで懇親会の開始。鯵坂徹さんも参加している。久しぶりに宮晶子さんと井坂幸恵さんに再会し建築談義で盛り上がる。7時前に懇親会終了。雨が上がったので松隈さんにお別れの挨拶した後、約15分歩いて宮さんが設計した京急線ガード下のバーへ移動。ウォッカのロックを呑みながら建築談義の続き。井坂さんとは20年ぶりの再会なので、その間の様々なエピソードを聞く。井坂さんは妹島和世さんの事務所創立に関わっていたようで、イタリアにいる伊藤格さんのこともよく知っているので、話は一気に盛り上がる。10時半に店を出て京急線で品川まで行き井坂さんと別れ、山手線の渋谷で宮さんとも別れ、銀座線を乗り継いで11時半に帰宅。そのままベッドに倒れ込む。


2017年08月14日(月)

7時起床。曇りと小雨の蒸し暑い一日。8時半出社。栃内と木村は今週一杯お盆休みなので、事務所は僕と戸田の2人である。早朝にYGSAの寺田真理子さんから北山恒さんの『モダニズムの臨界』の出版記念会の案内メールが届く。是非出席したいのだが、開催日が海外旅行にカブっているので、残念ながら出席できない旨のメールを返送する。『芸術・無意識・脳』を再読しながら読後評をまとめる。500ページの大著で読むのに一苦労した。フロイトやクリムトなど1900年代にウィーンで活動した科学者や芸術家の活動とアロイス・リーグルやエルンスト・ゴンブリッチなどの芸術鑑賞理論を紹介した前半は興味深いのだが、芸術者や鑑賞者の脳の働きとの関係に関する後半の議論になると、新しい知見は数多いが、芸術との具体的な関係が見えなくなる。芸術と科学を結びつけることの難しさである。東浦和の齋藤さんから敷地の登記簿が届いたので、登録面積に合わせて敷地図を作成するように戸田に指示。前面道路は南北から西側に約30度傾いており、間口約9m、奥行約18m、165屐50坪の東西に長い敷地である。ゆったりした敷地だが、南側の敷地一杯に2階建の隣家があるので、南に開放するのは難しいし、道路側に開放すると西陽対策が難しい。都市計画地域指定は、第1種中高層住居専用地域で建物高が10mを超えると日影制限がある、建ぺい率60%、容積率200%である。日射制御に加えて、40%の面積を駐車場と庭にどう配分するか、住まいと仕事場との関係をどう配分するかが課題である。スケッチを開始するが、いつもより設計の自由度が大きいので、頭の切り替えが必要である。問題を整理してじっくり取り組んでみよう。近現代建築資料館の遠藤信行さんからメールが届く。先日の運営委員会を受けて、次回の企画委員会をどうするかという相談である。僕としては、来年以降の展覧会の体制について館の方針をある程度まとめてから開催すべきだと考えるので、今月末の企画委員会は延期すべき旨の返信メールを送る。とはいえ9月下旬は海外出張なのでスケジュール調整が難しそうだが。坂茂さんの事務所からLa Seine Musicaleの大ホールの見学時間について調整中であるというメールが届く。大ホールを是非見たいので、当日は終日スケジュール調整可能であると返事する。夜は読書。『モダニズムの臨界』は第4部「住宅」から最終第5部「行方」に差し掛かる。住宅に関する議論は具体性があって興味深い。


2017年08月13日(日)

8時起床。曇りだが蒸し暑い一日。ゆっくりと朝食をとり10時前に出社。日記をHPに書き込んだ後、しばらく原稿スケッチ。あまり興が乗らないので11時に事務所を出て、東郷神社の境内を抜ける裏通りを通ってJR原宿駅へ。改札口前は若者と外人観光客でごった返している。山手線の外回りで大塚駅にて下車。約10分歩いて平田晃久さん設計の〈Tree-ness House〉のオープンハウスへ。日曜日の正午で、訪れている人は少ない。RC造5階建の事務所と2戸の集合住宅である。両側一杯に隣家が建つ町屋のような敷地で、前面のピロティにやや大きめの駐車場をとり、その突き当たりの建物中央に5階吹抜の中庭を置き、2階以上の住戸は中庭と両側の隅出窓から採光している。3階から上のオーナー住戸のランダムな隅出窓に、造り付けのプランターがあるので、道路側から見ると樹木のように見えるところから付けられた建物名称だろう。先頃、完成した太田市立図書館+美術館のコンセプトの都市住宅版であり、以前に伊東豊雄さんが何人かの若手建築家を集めて、青山の病院跡地に提案したプロジェクトの縮小版と言えばいいだろうか。都市建築に緑を絡ませ、都市空間との境界に両者を結びつける〈のりしろ〉をつくるという平田さんが提唱するコンセプトの一例である。複雑な形態の出窓部分をPCで作成し、現場打ちのRC構造体に一体化するという構法が興味深い。共有部分のガラスがシングルなのはコストのせいだろうか。聞けば工事単価は「箱の家」の2倍近いので、さもありなんとも思う。現場スタッフの話では、計画は9年前に始まったが、3.11以降の工事費の高騰で一時ストップしていたという。現場で偶然に、難波研OBで平田事務所のスタッフだった佐藤桂火さんに会ったので、一緒に渋谷まで帰る。3時帰宅。シャワーを浴びたのちはベッドで読書と仮眠。夜は旅チャンネルでドイツのバーデン・バーデンとイタリアのサン・ジミニャーノの番組を見る。どちらも1979年に行ったことがあるが、かなり様相が変わっているようだ。

『芸術・無意識・脳---精神の深層へ:世紀末ウィーンから現代まで』(エリック・R・カンデル:著 須田年生+須田ゆり:訳 九夏社 2017)は、1900年前後にウィーンで勃興したモダニズム芸術と精神分析学との関係を、現代の神経科学から詳細に検証した内容である。第1部「精神分析学と無意識の情動を描く芸術」では、ジグムント・フロイトが提唱した精神分析学における、エゴ(自我)、スーパーエゴ(超自我)、イド(無意識)の生物学的な根拠と、フロイトとも懇意だったアルトゥール・シュニッツラーの心理小説、グルタフ・クリムト、オスカー・ココシュカ、エゴン・シーレの絵画における情動的表現との結びつきを探求することが本書の目的であることが提起される。第2部「視覚の認知心理学と絵画に対する情動的反応」では、第1部で紹介された1900年代ウィーンの芸術活動に触発されて生まれた認知心理学の創始者として、アロイス・リーグル、エルンスト・クリス、エルンスト・ゴンブリッチらの視覚認知理論が紹介される。並行して文学の多義性に関するウィリアム・エンプソンの『曖昧の7つの型』やウィルヘルム・ウォリンガーの『抽象と感情移入』や、さらにはヘルマン・ヘルムホルツやカール・ポパーの科学理論までが紹介されている。新カント主義とワールブルグ研究所を背景とするゴンブリッチの『芸術と幻影』や『棒馬考』は僕も読んだことがあるが、芸術に関する認知心理学の古典的名著といってよい。第3部「絵画に関する視覚反応の生物学」と第4部「絵画に対する情動反応の生物学」は、第2部までの芸術理論としての認知心理学の生物学的な根拠、つまり脳の働きとの関係に関する詳細な検証である。ここでは絵画の視覚的解釈や情動的反応が、脳の具体的な機能に実験的に結びつけて説明されるのだが、絵画の〈意味〉を脳の〈機能〉と〈構造〉に対応させても、〈意味〉の具体的な内容までは分からず、隔靴掻痒な印象を拭えないのはなぜだろうか。その理由は、つまるところ第5部「進化する芸術と科学の対話」の問題に行き着く。神経科学者である著者カンデルは、幼少期を過ごしたウィーンの表現主義芸術を、何とか自らの研究領域に引き寄せ、その意味を解明したいと考えて本書をまとめたようだが、結局、芸術と科学は依然として平行線を歩み交差しない。つまり、科学は形式=理論を提案するが、その意味=解釈をもたらすことはないという従来の陳腐な結論にたどり着いてしまう。例えばカンデルは芸術哲学を参照しながらこういっている。「豊かな想像力にはきわめて大きな生存上の価値があるため、我々は生まれながらのストーリーテラーとして進化してきた。物語によって世界やそこにある問題について仮説的に考える機会が提供され、そうすることで我々は経験を広げることができる。このため物語は快楽であるという具象的な絵画は一種の物語である。画家と鑑賞者はそれぞれに視覚化を行い、それを自分の心に描き、社会的にも環境的にも異なる世界で生きている人物の関係などを探求していく。物語や具象絵画は、リスクの低い、想像の世界における問題の解決方法である。言語や物語、ある種の芸術によって、芸術家は世界の独自のモデルを作ることが可能となり、そのモデルを他の人に伝えることができる」。興味深い芸術解釈ではあるが、いささかナイーブに過ぎるように思える。進化論に最終的な根拠を求めることは、歴史的説明と同じで、結果から原因を説明する事後的な論理だからである。本書をまとめたカンデルの意図と努力には心から敬意を抱くが、残念ながら芸術を科学的に論じることの不可能性だけが読後感として残る。要するに、芸術は徹底して固有性・個別性にこだわり、科学は一般性・普遍性にこだわるからである。


2017年08月12日(土)

7時起床。曇りのち晴れでやや暑い一日。8時半出社。朝早く、盛岡の平井さんへメールを送り、再度、住戸の調査に伺いたい旨を伝える。直ちに返事が届き、再来週にマンションの調査に赴くことになる。窓周りや内壁の状態だけでなく、配線配管のシステムの調査も必要である。10時半に東浦和からクライアント候補のS一家4人が来所。ご主人は37歳の会計士の若い夫婦で、6歳と4歳の男の子2人の4人家族である。現在は東浦和駅近くの所有するマンションで会計事務所を開いているが、近くに相続した土地があるので、そこに職住近接の住まいを建てたいとのこと。MUJIHOUSEのデザインを気に入っているようだが、3階建て職住近接住居には対応できないと考えて界工作舎に連絡をくれたとのこと。すでに「箱の家」に関する3冊の本を購入し、読み込んでいるそうだ。僕の考えでは、家族と仕事の関係については、自宅兼事務所の「箱の家112」以来の理想に近い条件である。ぜひ設計させて欲しい旨を強調し、早急に敷地調査に赴くことを約して12時前に終了。夕方にメールで詳細な要望とイメージが届く。すでに自邸についてはかなり考えがまとまっているようなので、早速、来週に敷地調査に行くことを約束する。午後、久しぶりに渋谷区中央図書館に行く。窓口で『東洋建築の研究』(伊東忠太:著 龍吟社 1945)の所在を確認してもらったところ、中央図書館ではすでに廃棄処分になっているという。家早南友、猫に小判の対応というしかない。とりあえず出版社と出版年を確認した上で、他館に保管されていないかどうか確認を依頼する。それにしても、終戦と同じ年の1945年に出版しているとは、何か特別な事情でもあったのだろうか。夕方、渋谷に出かけ、宇田川町の奥にある雑踏から離れた地下のイタ飯屋で夕食。料理もワインもヴェネツィア風である。9時前帰宅。夜は読書。『モダニズムの臨界』は論文集なので、論文毎に頭を切り替えながら読むのが結構大変である。


2017年08月11日(金)

7時半起床。曇りで比較的過ごし易い一日。今日から事務所はお盆休みだが、僕は原稿があるので、できるだけ出社する予定である。9時半に出社。日記をまとめた後に、明朝のクライアント候補の来所に備えて、敷地への経路や都市計画地域などを調べる。埼玉県の東浦和で高さ制限はそれほど厳しくはないが、地盤が液状化する可能性がある地域でもあるので十分に注意しなければならない。正確な測量図はないので測量を頼む必要がありそうだ。午後は自宅でまったりする。シャワーを浴びた後ベッドの上で読書と仮眠。夜、平井さんから昨日送ったメールに対する返信が届く。少し細かい要求が整理されているので、実施設計に進むには、やはり既存住戸の再調査が必要のようである。

『モダニズムの臨界---都市と建築のゆくえ』(北山恒:著 NTT出版 2017)を読み始める。1990年代以降の北山さんの原稿の集大成である。「切断」「状況」「都市」「住宅」「行方」という5つのテーマに分類されているが、底流には一貫した主張があるようだ。北山さんは絶えず社会状況と建築・都市を結びつけようとしている。ただし、書かれた時期にかなりズレがあるので、矛盾とはいえないまでも思考に微妙な変化が読み取れる。それにしても「モダニズムの臨界」というタイトルには、いささか引っかかる。各論文には、モダニズムがその可能性を使い果たし、さまざまな矛盾を生み出しているという主張が通底している。しかしながら、本来〈臨界〉という言葉は、潜在的な可能性をフルに発揮して定常状態にある状態を意味するのではないか。もしそういう主張なのだとしたら、僕としてはむしろ賛同したいが、書かれている内容はまったく逆の意味なので、名は体を表していないように思う。


2017年08月10日(木)

7時起床。昼間は曇りで蒸し暑いが夕方から涼しくなる。昨日来所した平井直子さんから9時半過ぎに電話が入り、両親・姉妹と相談した結果、改修工事を直ちに進めることとし、完成後は人には貸さないことに決めたという。僕たちの提案を気に入ったので、全面的に進めてくれと言われる。早速、管理組合との相談を始めたいと伝える。夕方、その回答について連絡があり、計画前の事前相談は必要なく、工事前に改修申込書を提出すればよいと言われる。昨日もらった書類だが、じっくり読み直してみると、具体的な改修図面に加えて施工業者と施工期間を報告する必要があるようだ。管理組合を通して隣接する住戸へ報告し承認を得るためだという。平井さんにその旨を報告し、早急に設計作業を進めるために、昨日渡したプログラムを検討し改修の基本方針を確定するように依頼する。僕たちの方は設備システムの調査のために、再度マンションに行く必要があるだろう。午後1時半に事務所を出て千代田線で湯島駅にて下車。歩いて〈近現代建築資料館〉へ。13時半から第10回運営委員会。竺覚暁、松隈洋、渡辺葉子、三井所清典の運営委員に加えて、杉浦久弘館長、橋本副館長、桐原武志、遠藤信之の調査官以下、館のメンバー全員と文化庁の係官が参加し、いつになく大所帯である。収集、企画、情報小委員会の報告の中で、僕は企画委員会代表として昨年から今年にかけての展覧会の報告と11月からのドローイング展について説明。その後、今後の事業計画について話し合う段階で議論が噴出。資料の収集量が増大していることと、毎年2回の展覧会の準備作業が膨大になってきたので、本資料館のあり方についてまで議論が及ぶ。僕からは展覧会を年1回にしてはどうかと提案。延々と議論が続きようやく16時半に終了。当然、結論は出ないのだが、文化庁と本館の関係を含めて、組織のあり方を見直す段階になっていることは確実のようである。鈴木博之が本館を立ち上げた時からいるメンバーは僕だけだが、鈴木の喪失が本館を糸の切れた凧にしていることは間違いない。かといって僕が前面に出て組織を担うことは難しいのだが。17時半帰社。18時前に大洗の「158石邸」の現場監理から栃内が帰社。屋根の垂木の工事まで終了して現場は盆休みに入る。「アタゴ第2工場」の現場は明日から10日間の休暇である。坂茂さんにメールで9月末のLa Seine Musicale@パリの見学について打診してみる。直ちに返事メールが届き、9月末には坂さんは日本にいるそうだが、現地事務所のスタッフの案内を手配してくれるという。インターネットでイベントについて調べてみると、残念ながらその時期にはコンサートも演劇も開催されていないようだ。9月初めの広島行と福山行について界工作舎OBの中川純さんとメールのやり取り。彼はレンタカーで移動するらしいので、僕は福山駅でピックアップしてもらうことになる。夜は読書。『芸術・無意識・脳』を読み終わる。読後評はこの週末にまとめることにしよう。


2017年08月09日(水)

7時起床。台風一過、快晴でこの夏一番の暑さで37度を超える。8時半出社。直ちに冷房を点ける。10時、平井直子さんとお母様が来所。まずは自己紹介から始める。平井さんは現在、盛岡の放送局に勤務するアナウンサーである。定年退職まではまだ3年あるが、退職後の住まいとして今年6月にこのマンションを購入したとのこと。自己紹介後に、資料と図面に沿って僕たちの提案について説明。一通り説明し終わってから、今後の進め方について意見交換。退職までの賃貸のためにリノベーションすると、新しい住まいに最初に住むのが自分ではないことに、少々抵抗もあるという。僕たちとしては、平井さんの退職まで実施設計を待っても構わないので、ご両親と相談し十分に検討して決めて下さいと提案し11時過ぎに終了。難波研+界工作舎OBの岩元真明さんから福山市の鞆の浦に設計した超ローコスト住宅のオープン案内の電話連絡があり、その後メールで案内図が届く。Lat's 『建築家の読書塾』のメンバーの千種成顕さんとの共同設計で、構造のデザインは僕の教え子で佐藤淳事務所の荒木美香さんである。9月初めに広島で建築学会大会が開催されるので、その時期に合わせたそうだ。僕は学会に参加する予定はないが、いい機会なので久しぶりに山口県の故郷に墓参に行こうかと考え、故郷の弟に連絡する。Welcomeとの回答が直ぐに届いたので、親戚との再会を兼ねて会食し、一泊後に広島に立ち寄り、午後に福山に赴くことにして新幹線の切符を予約。岩元さんにその旨を連絡し福山駅からの案内図を送ってもらう。縦ログ構法の原稿スケッチを開始。まずは「KAMAISHIの箱」について書き始める。夜は読書。『芸術・無意識・脳』を読み続けるが、第4部「絵画に対する情動反応の生物学」も相変わらず脳の話題なので飛ばし読みし、最終の第5部「進化する芸術と科学の対話」に差し掛かる。明日には読み終わりそうである。


2017年08月08日(火)

7時起床。晴れ一時雨のち曇りの蒸し暑い一日。台風5号は日本海に抜けそうだが、あちこちに影響が続いている。明朝、来所する平井さんに「160平井邸」改修工事に関する改修工事項目と図面、管理組合への質問事項を再チェックし、戸田に修正を支持する。既存マンションのリノベーションだが、管理規約が厳しいので、どこまで回収が可能か見極める必要がある。昨日「アタゴ第2工場」で気がついた隙間処理のディテールを栃内がまとめたので、現場の大成建設に送信する。午後、日本建築士会連合会作品賞の講評原稿に取り組む。僕の担当は優秀賞と奨励賞の2作品だが、一方は民家のリノベーション、もう一方はハイテクなオフィスと対照的なので、頭の切り替えが大変である。まず、民家のリノベーションの資料を読み返し、現地審査を思い出しながら、とり挙げる項目を決めてから原稿スケッチ開始。もう一方も同じプロセスで原稿に取り組む。四苦八苦して夕方までに終了。事務局から送られてきた資料に、プロントアウトした原稿を同封して宅急便で送付する。その後、原稿だけをメール通信。まずは一つの宿題をクリアした。次は縦ログ構法本の原稿である。津島市の「津島にぎわい創出機構OSHI」の代表である清水裕之さんから「津島市天王通り再生プランコンペ」のリマインドメールが届く。第1回現地説明会が近づいているので、再度広報してほしいとのことなので、界工作舎HPとfacebookにアップする。
https://www.tsushima-nigiwai.jp/event/idea_contest/
黒川雅之さんから『DESIGN PARADOX』(黒川雅之:著 デザイントーブ 2017)が届く。「逆説としてのデザイン」というタイトルが黒川さんらしい。まず、冒頭の原稿とあとがきを読む。目次に目を通すと、原理的な短い文章を集めている点が、どことなく池辺陽の『デザインの鍵』に雰囲気が似ている。しかしながら美学的な話題が中心で、技術的視点と歴史的視点が欠けているところが、僕にとってはやや物足りない印象である。80歳を超えて、黒川さんは一種、達観の領域に到達したからかもしれないが、70歳になったばかりの僕は、まだ世俗的な世界に拘っているからだろう。9時半帰宅。シャワーを浴びて汗を流した後、『芸術・無意識・脳』を読み続ける。第3部「絵画に対する視覚反応の生物学」は、ほとんど脳の話題なので飛ばし読みし、第4部「絵画に対する情動反応の生物学」へと進む。


2017年08月07日(月)

7時起床。晴れのち曇りのち雨の不思議な天気。台風5号の影響である。8時半出社。直ちに事務所を出て青山の銀行に行き雑用を済ませて9時過ぎ帰社。10時半に栃内と事務所を出て、副都心線、東武東上線を乗り継ぎ寄居駅で下車。タクシーでいつもの和食ファミレスまで行き昼食。一休みしてから歩いて「アタゴ第2工場」の現場を俯瞰した後に第1工場へ。2時から8月の月例現場定例会議。主に設備に関する打ち合わせ。南側の市道の買収についてはすでに市への申し入れは済ませているそうだ。3時前に終了。その後、永吉工場長と一緒に現場見学。屋根、壁、サッシなどシェルター部品の取り付けはほぼ終了し、ダクト工事が始まっている。「第2工場」は天井の仕上げがないため、主構造だけでなく小梁、母屋、垂木などの副構造がすべて露出している。このため部材相互の間に逃げの隙間ができるので、屋根や外壁でその隙間の納め方が難しい。今回もほとんどの納まりは矩計図面によってチェックしたが、たまたま矩計図を描かなかった部分に見落とした隙間を発見する。図面で押さえるのは難しいが、現場で実見するとすぐに分かる。直ちに対策を考え基本方針を決める。これも図面より現場を見た方が早い。その他にも細かな納まりをチェック。3時半に終了。6時前に帰社。往復の電車の中で、埼玉のクライアント候補S氏から仕事依頼のメールが届き、何度かメールをやり取りする。職住近接の住居である。急いでいるようなので今週末に来所してもらうことになる。夜には敷地図が届く。安倍政権が消費税増税の時期を明言したので、その前に建設需要が集中するかもしれない。9時半帰宅。シャワーを浴びて汗を流し、『芸術・無意識・脳』を読み続け、3分の1の第3部まで進む。


2017年08月06日(日)

7時起床。ゆっくりと朝食を摂り8時に出社。直ちに事務所を出て、外苑前から銀座線で上野駅にて下車。9時発の常磐線特急ときわ号の車内で栃内と合流し10時過ぎに水戸駅着。今日は水戸黄門祭りがあるので混雑が予想されるので、帰りの電車を決めて切符を購入。10時50分に水戸駅発の鹿島臨海線で11時過ぎに大洗駅着。改札口で石崎さんと待ち合わせ、車で「158石邸」の敷地へ。今日は上棟式である。曇りで蒸し暑いが幸い天気は保っている。遠くの大洗海岸に海水浴客が見えるが、例年に比べて今年は人数が少ないのだそうだ。ワンズホームの吉田社長と大石専務に土地と工務店の紹介をしてくれた不動産屋の小形さんが参加。石夫人のお母様とお姉様親娘が加わり略式の上棟式。二礼二拍一礼の後に建物四隅を塩、米、神酒で浄め、再び二礼二拍一礼で締める。お神酒で乾杯し、石さんが簡単な挨拶をして11時半過ぎに終了。明日以降の工事について大石社長と簡単に打ち合わせた後に、石夫妻の車で大洗町の割烹へ。お昼前から簡単なお祝いの会食。1時半に店を出て2時前初の電車で水戸駅へ。予定通り2時半発の特急に乗車。東京駅で栃内と別れて品川駅で下車。西口からタクシーで北山恒さん設計の「北品川の家」へ。西斜面の崖地に立つ3階建ての住宅で、東側道路から鉄骨造のブリッジでア3階にプローチする形はマリオ・ボッタの「リヴァ・サンヴィターレの家」に似ている。相変わらず北山さんらしいキレのいい住宅である。3階床まではRC壁造で3階は木造の切妻屋根である。3階がLDK、2階が水回りと予備室、1階が寝室で、地下が崖下の西面道路に面した駐車場という比較的大きな住宅である。所々にクライアントの嗜好が出ていて、北山デザインからズレているのが面白い。4時半にお暇して5時過ぎに帰社。シャワーを浴びた後、夜はケーブルTVの旅チャンネルを見ながら冷えたビールを呑む。『芸術・無意識・脳』を読みながら夜半就寝。


2017年08月05日(土)

7時起床。曇りだが暑さが振り返し始める。8時半出社。木村と「159吉村邸」の詳細について打ち合わせ。お盆明けに見積が出るまでは矩計図や階段詳細図を積めるように指示する。戸田とは「160平井邸」の工事項目をチェックしカタログと見本類を準備するように指示。来週に平井さんとの打ち合わせを持つので、マンション管理組合への質疑項目も整理する必要がある。来週の作業について打ち合わせた後、僕は一旦帰宅。2時半に再度出社。今朝、横河健さんは「日本の家」展を訪れたようで、Facebookに「玉石混交」というコメントを書き込んでいる。それに対して僕は議論を展開したらどうか提案するコメントを書き込む。何度かやり取りしているところへ深尾精一さんがコメントを加えるが、話題がズレたところで終了。Facebookでは自分の意見を述べるだけで、対話は成立しないようだ。NCNからSE構法を開発して今年までの20年間で20,000棟を建てたという葉書が届く。MUJIHOUSEでもSE構法を採用しているが、2003年に販売を開始してから今年までの14年で1,350棟に達したところである。その15倍以上が建てられたわけだ。家早南友である。夜、ウィスキーを呑みながら、ケーブルTVのDiscovery Channelで「台中オペラハウス」のドキュメント番組を観る。番組は主にRC曲面シェルの鉄筋加工の難しさに焦点を当てているが、完成後は伊東豊雄さんのインタビューが中心である。伊東さんは3.11以降、近代建築によるトンがった批評的建築は一般市民に受け入れられないと指摘し、やや保守的な「みんなの家」を提唱した。しかしながら「せんだいメディアテーク」や「台中オペラハウス」は、トンがった建築であっても「みんなの建築」になりうることを証明しているといってよい。だから、伊東さんの主張をあまりまともに受け取らない方がいい。というか、一部の若い建築家を除いて、ほとんどの建築家は、伊東さんの主張に耳を傾けなかったが、それでよかった訳である。結果的には伊東さんの一人相撲だが、横綱相撲なので周りが振り回されているだけである。問題はむしろ別の所にありそうだ。そんなことを考えながら、さらにウィスキーを煽る。『芸術・無意識・脳』を読みながら夜半就寝。


2017年08月04日(金)

7時半起床。曇りで蒸し暑い一日。二日酔い気味で頭が痛いのは昨夜のレモンチェッロのせいかもしれない。しばらく横になり9時過ぎに出社。直ちに事務所を出て青山の眼科医院へ。9時半から3ヶ月定期検診。視力、眼圧、視野検査の後に診察。特に変化はなく眼圧も視野も良好だとのこと。最近、眼がショボショボすることを伝えると、眼球を調べた結果、目蓋の際に微かな皺ができているため、眼球に涙が供給されにくくなっているらしい。老化のためなので、その都度、目薬を点すことを勧められる。4ヶ月後の検診を予約し、処方箋をもらって表参道近くの薬局で目薬を購入し、10時半に帰社。藤村龍至さんがfacebookに来年度からの『建築雑誌』の編集委員会メンバーの写真をアップしている。ほとんど知らない若い人ばかりなので、その旨をコメントしたら、深尾精一さんが編集顧問に加わっている旨のコメントが書き込まれる。最近の『建築雑誌』は、学会を辞めたくなるほどつまらないので少々腹が立っている。編集メンバーはそれなりに揃っているようだが、編集方針が見えないし、テーマも陳腐である。年寄の会員としては、編集メンバーの若さと経験不足が一因ではないかと偏見を抱いているが、来年度こそは同じ轍を踏んでもらいたくないのである。かつて篠原聡子さんが編集長だった時のように、最初に明確な編集方針を立てることが重要ではないかと思う。フリックスタジオから『縦ログ構法』本の原稿スケジュールが届く。僕の担当原稿は3本である。何とか今月中にまとめることを目指そう。日建連作品賞の講評は来週中、芦澤泰偉さんから頼まれているA&F原稿の締切は9月上旬である。ヨローッパ旅行までにはすべて片付けねばならない。前田記念財団の事務局から、川口衞さんが審査員を辞める旨のメール連絡が届く。川口さんは最近体調を崩しているという話を磯崎新さんから聞いたが、そのせいだろうか。大月敏雄さんから『町を住みこなす---超高齢社会の居場所づくり』(大月敏雄:著 岩波新書 2017)が届く。先頃、加藤耕一さんの『時がつくる建築---リノべーションの西洋建築史』を読んで、建築史が〈時間〉を研究し始めたことに感慨を抱いたが、建築計画学も本格的に〈時間〉をテーマにし始めたことを感じさせるような内容である。北山恒さんから『モダニズムの臨界---都市と建築のゆくえ』(北山恒:著 NTT出版 2017)が届く。1990年代以降の原稿を再編集した本である。僕の興味と重なる部分も多いのでじっくり読むことにしよう。「160平井邸」の改修項目を再整理して戸田に戻す。夜は読書。9時半帰宅。シャワーを浴びて汗を流し『芸術・無意識・脳』を読みながら夜半就寝。


2017年08月03日(木)

7時起床。今日も曇りで涼しい一日。8時半出社。「159吉村邸」について木村が確認申請審査機関と長々と電話をしているので何か問題があるのかと訊くと、3階のスペースの用途に関する議論だという。住宅の一部であり、建主は写真家なので、機材やセットの倉庫として申請すればいいのではないかとアドバイス。ともかく今後の生活に必要不可欠な多目的空間なのである。水戸のワンズホームから「158石邸」の現場写真が届く。土台と大引の設置が完了し、建方に備えて足場が組まれている。明日が建方だが、何とか天気は持ってくれそうだ。昼過ぎに安藤忠雄さんから電話が入る。新国立美術館の展覧会の準備のために東京に来て、これから大阪に帰るらしい。会場の前庭に「光の教会」の原寸大模型を建設中で大わらわだとのこと。国立近現代建築資料館の現況について問われたので、ドローイング展への安藤作品の出品を再依頼し、8月中に石山修武さんと3人で食事することを約して電話を切る。5時半に事務所を出て外苑西通りでタクシーを拾い広尾のイタリアンレストランへ。小堀哲夫さんの建築学会賞受賞祝賀会で、6時過ぎに着いたがすでに店内は満員で足の踏場もない。平均年齢がかなり高いように見えるのは関係者を厳選したからだろうか。まず最初に、小堀夫妻にお礼を述べてから、佐々木睦朗さんと別室のテーブルでワインを呑みながら食事。いろいろな人たちと出会い四方山話。横河健、堀越英嗣、木下庸子さんらに「日本の家」展の入場券を贈呈する。9時に会場を出てタクシーで帰社。帰り際にレモンチェッロを2杯引っ掛けたため急に酔いが回ってくる。9時半に帰宅しシャワーを浴びた後、ベッドで『芸術・無意識・脳』を読むうちに眠りに落ちる。


2017年08月02日(水)

7時起床。曇りで涼しい一日。8時半出社。確認申請機関との事前協議でスケジュールの見通しが立ったので、吉村さんに「159吉村邸」の今後のスケジュールを整理してメール報告。木村+戸田と「160平井邸」の打ち合わせ。戸田がまとめた改修提案項目リスト、現状と改修後の比較図面、改修に関連してマンションの管理組合に確認する質疑事項リストに眼を通す。はりゅうウッドスタジオから『縦ログ構法の手引き』のパンフレットが届く。僕も縦ログ構法について短文を書いたが、その後の書籍化についてはどうなっているのだろうか。補助金と出版社に依存しているだけでは進まないだろう。こういう仕事は一気に進めないとダメである。「158石邸」の土台と大引の設置が始まり、ワンズホームから工事写真が届いたので石さんに転送。明日に土台と大引の敷設を終え、金曜日に建方である。「アタゴ第2工場」の設備システムの変更仕様が固まったので承認図を大成建設に送る。近畿大学文学部の教員であるOさんから「箱の家」に関する長い質問メールが届く。昨年9月にもメールが届いたクラアイアント候補である。関西での「箱の家」の設計監理の進め方と最近の標準仕様についてまとめて返答メールを送る。夜は『芸術・無意識・脳』の第一部「精神分析学と無意識の情動を描く芸術」を読み続ける。


2017年08月01日(火)

7時起床。曇りのち雨のやや涼しい一日。8時半出社。9時過ぎに事務所を出て半蔵門線、東西線を乗り継ぎ竹橋駅にて下車。10時前に国立東京近代美術館に着く。玄関ポーチで同級生の大森英華さんと待ち合わせて『日本の家---1945年以降の建築と暮らし』展に案内する。3回目の再訪である。しばらくすると現在は本館に勤務する大森さんの長女、大森智子さんが合流し3人で館内を見て回る。火曜日の午前中だが来館者もそこそこの人数で、特に中高生や修学旅行生が多い。大森さんによれば、今回の展覧会では、招待券ではなく入場券を購入して入館する人がかなり多いそうだ。大森さんの説明を聴きながら作品を観ていくと、これまで気づかなかった発見もある。これまで若い建築家の住宅には注意を払って観なかったが、改めてじっくりと観ると、僕の視点からは理解しにくい住宅も散見される。展覧会のタイトルにある〈暮らし〉にはあまり関係を見出せない住宅が多々あるので、建築的・空間的な試みを優先してピックアップした印象である。一般の人たちは、これを「日本の家」の代表として見るかと思うと、いささか首を傾げざるを得ない。とはいえ、逆にこれを世代交代の表れと見ることも可能なのかもしれない。そんなことはいざ知らず、会場の若い学生たちは、精巧な模型を見ながら驚きの声を上げたり、ヒソヒソ話で意見を交換し合っている。こういう時にこそ、ギャラリートークが必要ではないだろうか。11時に大森さんと一緒に美術館を出て、竹橋から大手町まで同行し、そこで別れて千代田線で、明治神宮前駅まで行き、原宿駅で予約しておいた「箱の家158」の上棟式行の特急券を入手し昼前に帰社。木村と「159吉村邸」の構造システムの詳細について打ち合わせ。佐々木構造計画とスケジュールについてメールでやりとりし、9月第1週に確認申請を審査機関に提出することで了解を得る。水戸のワンズホームから最終のプレカット図が届いたので、栃内が確認し承認。近現代建築資料館の調査官、遠藤信行さんから電話。来週の運営委員会の下打ち合わせと秋のドローイング展の打ち合わせ。ギャラリートークへの参加を依頼され快諾する。文化庁が京都に移ることが決まったので、近現代建築資料館は正念場を迎えることになるかもしれない。

『中動態の世界』を再読し感想をまとめる。最終的に〈中動態〉の再評価は諸刃の剣であることを確認する。人間のあらゆる判断や行動は、歴史的・社会的に条件付けられているという意味では、〈中動態〉が相応しい記述形式であることは間違いない。しかし他方では、それによって〈意志〉や〈責任〉の所在が拡散され、誰も自主的に判断せず、責任も取らないという結末に至らないとも限らない。このような事態は哲学的原理と世俗的適用の間のありふれた矛盾である。
『かくて行動経済学は生まれり』(マイケル・ルイス:著 渡会圭子:訳 文藝春秋 2017)で印象に残ったことを書き忘れていた。第7章「人はストーリーを求める」の冒頭にこう書かれている。「歴史的研究家は偶然に過ぎない出来事の数々に、辻褄のあった物語を当てはめてきた。それは、結果を知ってから過去が予測可能であったと思い込む〈後知恵バイアス〉のせいだ。スポーツの試合や選挙結果に対しても、人の脳は過去の事実を組み立て直し、それが当たり前だったかのような筋書きを勝手に作り出す」。あるいは、こうも書かれている。「人はランダムなデータでも、そこにあるパターンや動向を読み取るのが得意だ。だが、筋書き、説明、解釈を組み立てるスキルとは対照的に、可能性を計算したり、それらを厳しく評価したりする能力は著しく不足している。いったんある仮説や解釈を受け入れると、その仮説を過剰に信じてしまい、見方を変えるのがとても難しくなる」。これはヘイドン・ホワイトの〈物語的歴史観〉に対する真正面からの批判である。同時に、この批判は建築家のアイデアとデザインの説明に対しても当てはまるかもしれない。とはいえ〈後知恵バイアス〉も〈中動態〉と同じく、諸刃の剣である。


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