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箱の家 PROJECT 青本往来記
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コンパクト箱の家

2018年08月17日(金)

5時半起床。晴れで涼しい1日。急いで朝食を摂り6時半前に出社。図面とMacbookを手提鞄に詰めて直ちに事務所を出て外苑前駅から新橋駅にて下車。山手線で浜松町駅にてモノレールに乗り換え羽田空港第1ターミナルで下車。8時5分発のJAL熊本空港行きに搭乗。機内は満員。定刻通り9時45分熊本空港着。待合ホールで保田夫妻と矢橋徹さん+スタッフの上野さんと待ち合わせ。2階のカフェで互いの紹介。10時半に空港を出て保田夫妻の車で予約したレストランへ。昼食をいただきながら保田邸のこれまでの経緯について矢橋さんに説明。1時半に店を出て1時半前に現場に到着。保田邸以外の敷地はほとんど建築工事が進んでおりすでに入居している住宅もある。保田夫妻を紹介した後13時半から現場説明開始。今日は2社が参加しているが来週月曜日にもう1社が参加し現場説明は矢橋さんに委任する。見積要領にしたがっていつもより少し詳しく設計について説明。その後しばらく歓談したのち14時過ぎに終了。矢橋さんの車に同乗し熊本市内の矢橋事務所へ。大正時代に建てられた古い賃貸ビルで、なかなか味のある伸び伸びとしたインテリアである。保田夫妻を交えてしばらく四方山話。13時半に矢橋事務所を出て車に分乗し熊本大学のキャンパスへ。建築学科の仮校舎で田中智之さんと待ち合わせ、田中さんが用意してくれた会議室へ。16時過ぎから田中研究室の学生さんが参加して約20人の観客を相手に〈箱の家〉に展開について約1時間半のレクチャー。参考のために熊本大教授だった建築計画の青木正夫による『中廊下の住宅---明治大正昭和の暮らしを間取りに読む』(青木正夫+岡俊江+鈴木義弘:著 住まいの図書館出版局 2009)の話から始めるが田中さんを含めて誰も知らないことに驚く。18時過ぎに終了。田中さん、矢橋さんに挨拶して保田夫妻の車で熊本空港へ向かい18時45分着。空港前で保田夫妻と別れ、空港内のレストランでビールと簡単な夕食。19時45分発の羽田空港行に搭乗。機内は満員。21時30分過ぎに羽田空港着。モノレール、山手線、銀座線を乗り継ぎ表参道駅にて下車。23時前に帰宅。シャワーを浴びて汗を流し『わたしは不思議の環』を読みながら夜半過ぎに就寝。心身ともに疲れた長い1日だった。とりあえず「163保田邸」は一区切りついたが、山場はまだこれからである。


2018年08月16日(木)

7時起床。晴れで今日も猛暑だが朝から風が強い。8時半出社。夜中2時過ぎに佐々木構造計画の永井佑季さんから「163保田邸」の構造図一式が届く。一通り目を通した上でプリントアウトし見積用図面に加えるように戸田に指示する。これで現場説明の準備は終了したので、念のため図面データを圧縮して熊本の保田さんと矢橋さんに送信する。引き続き規矩図の作成に着手するように戸田に指示。これまでの経験から、注意深い工務店は断面詳細図に加えてサッシや金物類の細かな納まりを質問してくる可能性があるからである。午後は原稿スケッチと資料収集。ここ数年のヨーロッパ旅行の写真をファイルから探し出し目を通す。『建築雑誌』の「マイスポット」のネタ写真を探し出すためである。10年前からの写真を見直すと同じ場所に何度も行っていることが分かる。それが僕にとっては無意識の「マイスポット」かもしれない。少し考えてみよう。夜は読書。『知の歴史学』は第12章「歴史家にとっての〈スタイル〉、哲学者にとっての〈スタイル〉」を読み終えたところで一旦休止する。残すところ3章なのだが、テーマに関するハッキングのしつこいほどの分析に少々食傷気味になってきたからである。夜はAMAZONから届いた『わたしは不思議の環』(ダグラス・ホフスタッター:著 片桐恭弘+寺西のぶ子:訳 白楊社 2018)を読み始める。こちらの方がずっと読みやすい。9時過ぎに帰宅。明日が早いので早めに就寝。


2018年08月15日(水)

7時起床。晴れで猛暑の一日。8時半出社。「163保田邸」の見積用図面に目を通しているうちに外構図が欠けていることに気付き平面詳細図に外構の仕様を描き込むことにして図面をチェックバック。その他何点か細かなことにも気づく。再三の注意喚起なのだが、これまでの〈箱の家〉の図面を参考にすることはいいとしても、図面を初めて見る工務店のスタッフがどのように読み取るかを想像しながら図面を描くことが肝要である。要は他者に対する想像力の問題なのだが、初心者に限ってその想像力が欠けているのが気がかりである。安藤忠雄さんから昨日電話で知らされたクロアチアの出版社Oris社から出版されたばかりの『安藤忠雄モノグラフィー』が届く。500ページを越える本で、厚さ6僉表紙と裏表紙とも5亳、背表紙がなくページを綴じた背中に大きなゴシック文字で「TADAO ANDO」と印字しただけのユニークな装丁である。背表紙を省いているのは単にローコストのためではなく、どのページを開いても写真や図面に歪みが出ないようにするための心憎いデザインである。中味はテーマに分けて安藤さんの最近作を中心にほぼ網羅されている。言語は英語とクロアチア語である。直ちに安藤さんにお礼のメールを送信する。午後は原稿のスケッチと資料収集。夜は読書。『知の歴史学』は第11章「言語・真理・理性」を読み終えて第12章「歴史家にとっての〈スタイル〉、哲学者にとっての〈スタイル〉」に進む。言語の話題から科学哲学の話題に移ったが議論が細かいので集中できない。「163保田邸」の見積用図面が、明日届く予定の構造図を除いて一通り揃ったので戸田にプリントアウトを指示。21時半帰宅。『知の歴史学』を読みながら夜半就寝。


2018年08月14日(火)

7時起床。晴れのち曇りの猛暑の一日。8時半出社。日記を書き込んだ後しばらくは原稿スケッチ。正午前、久しぶりに安藤忠雄さんから電話が入る。とくに急ぎの用事があるわけではないが、とりあえず互いの近況報告。先日開催された杉本貴志さんを偲ぶ会のこと、今週末から旧古河庭園大谷美術館で開催される石山修武さんの展覧会のこと、パリの美術館の工事の進行状況、設計中の2,3の美術館のこと。クロアチアの出版社から出たばかりの安藤忠雄作品集のこと、オーストラリア大使館近くに設計した住宅のことなどである。僕の方は相変わらずなので石山修武展に行く日時が決まったら同行しますと伝える。安藤さんは思いついた時すぐに電話をくれる。このこまめさに皆参ってしまうのだろう。フリックスタジオから『縦ログ構法の世界』の僕の原稿に関して若干の校正を求められたので加筆訂正した上で返送する。AMAZONからの情報で1979年に『ゲーデル・エッシャー・バッハ---あるいは不思議の環(通称GEB)』を出したダグラス・ホフスタッターが40年振りに続編『わたしは不思議の環』(ダグラス・ホフスタッター:著 片桐恭弘+寺西のぶ子:訳 白楊社 2018)を出したという情報を得たので早速注文する。前著は700ページを越える大著だったが、本書も600ページを越えている。キーワードの〈不思議の環〉とはゲーデルの〈不完全性定理〉にもとづく〈自己言及システム〉のことである。僕はそれをポール・ヴァレリーの『テスト氏との一夜』と結びつけながら無限後退ならぬ無限前進つまり進化の論理的駆動力と解釈し興奮しながら読んだことを記憶している。今では〈自己言及システム〉は、僕にとって物事を時間的に捉えるカント的な図式として定着している。夜は読書『知の歴史学』は第9章「歴史言語学についての夜想」と第10章「根底的誤訳など現実にあったのか?」を読み終えて第11章「言語・真理・理性」に進む。第9章でもJ・G・ハーマンについて論じているが延々と言語論が続くのでやや食傷気味である。21時半帰宅。戸田がまとめた「163保田邸」の修正図面一式をiPadでdropboxからダウンロードし目を通しながら夜半過ぎに就寝。


2018年08月13日(月)

7時起床。晴れのち曇り、午後一時激しいゲリラ雷雨の蒸し暑い一日。8時半出社。朝6時過ぎに佐々木構造計画の永井佑季さんから「163保田邸」の構造図一式が届く。耐力壁の条件から柱のサイズが一部変更になったようだ。ラップルコンクリートによる地盤補強の範囲も明記してあることを確認。直ちに戸田に昨日赤を入れた建築図、設備図のチェックバックとともに、図面に反映させるように指示するメールを送る。9時15分に事務所を出て外苑の診療所へ。9時半から7月14日(土)に受けた人間ドック診療の結果報告を受ける。昨年から大きな変化はないようだが、酒の飲み過ぎによる肝臓肥大は徐々に進行しているので酒を控えろとのこと。尿酸値はギリギリ正常値内だが血圧は少しずつ上昇しているので降圧剤と尿酸剤は服用し続けるように指示される。日常的には青物魚と緑黄色野菜を摂り散歩を心がけるようにというアドバイスは昨年と同じである。2ヶ月後の定期検診を予約して10時過ぎに帰社。戸田と図面の修正法について打ち合わせ。昼過ぎに構造図の修正が終わったので佐々木構造計画に返送。永井さんから最終図は8月15日に送るという連絡が届く。『知の歴史学』は第8章「いつ、どこで、なぜ、いかにして言語は公共的なものになったのか」を読み終えて、第9章「歴史言語学についての夜想」に進む。第8章では17世紀から18世紀に泣けての啓蒙主義者たち、ジョン・ロック、ジョージ・バークリ、デイヴィッド・ヒュームから、ドイツロマン主義者、アレクサンダー・フォン.フンボルト、ヨハン・G・ヘルダー、イマヌエル・カント、G・W・F・ヘーゲル、から近代のルードウィッヒ・ヴィトゲンシュタインに至る哲学者たちの言語思想が総覧されるが、中心人物はJ・G・ハーマンである。僕はアイザイア・バーリンの『北方の博士J・G・ハーマン』を読んだので知ってはいたが、バーリンがハーマンについて本格的な研究をする契機となったのが本論文なのだそうだ。ここ数章は言語に関する論文が続いている。夜はNHK TVで特集『船乗りたちの戦争』を見る。太平洋戦争開戦の1941年から終戦までの3年半の間に小さな漁船を含めて日本中のほとんどの民間船舶が軍に徴用され7000隻以上の民間船が沈没し6万人以上が亡くなったそうだ。生き残った人たちは亡くなった仲間たちへの悔恨の想いから自分たちの経験についてはほとんど何も語らなかったという。漁民の中には成人前の高校生も数多くいたという。ここでも戦争が若者の未来を摘み取った悲劇がある。『知の歴史学』を読みながら夜半就寝。


2018年08月12日(日)

8時起床。曇りで蒸し暑い一日。10時出社。保田さんから8月17日(金)の「163保田邸」現場説明のスケジュール確認メールが届く。空港での待ち合わせから昼食の場所まで予約してもらったのでありがたい。現場説明は天気次第だが炎天下の可能性があるので出来るだけ短めに終えるようにしたい旨を伝える。敷地周辺では新築工事がどんどん進んでいるらしい。昨日に続き建築図と設備図のチェックバック。iPad上のPDF図面にpencilを使い赤線で修正点を指摘していく。15時過ぎに一通り終えたので帰宅。シャワーを浴びた後は読書と仮眠のくり返し。『知の歴史学』は第6章「人々を作り上げる」、第7章「自己を改善すること」を読み終えて、第8章「いつ、どこで、なぜ、いかにして言語は公共的なものになったのか」に進む。フーコー理論の応用が続くが、カントやサルトルまで出てくる。ハッキングは科学哲学者をはみ出して本格的な哲学者のようである。科学的・技術的知見を備えた思想家という意味で、建築界でいえばレイナー・バンハムのような存在かもしれない。18時に早めの夕食。夜はNHK TVで特集『“駅の子”の闘い』を見る。終戦後に駅で生活していた孤児たちの現在の取材である。戦死した人たちは当然だが、戦争の最大の被害者は未来を閉ざされた子供たちかもしれない。彼らがその辛い思い出についてようやく語り始めている。『知の歴史学』を読みながら夜半就寝。


2018年08月11日(土)

7時半起床。曇り時々雨の蒸し暑い一日。今日は山の日なので事務所は休みである。9時半出社。日記を書き込んだ後10時半に妻と家を出て赤坂の娘のマンションへ生まれて1ヶ月半経った孫娘の顔を見に行く。眠っていたが間も無く目を覚ましたので妻がミルクを与える。ぽっちゃりと太り元気そうで安心する。夜泣きが激しいので娘はやや疲れ気味の様子だが、頑張るように励まして12時前にお暇する。午後は戸田がまとめた「163保田邸」の建築図と設備図に目を通す。まだ少し手を加える必要がある箇所を発見する。試しにiPadのPDF Expertを使って赤線で図面をチェックしてみる。iPad pencilの使い方にまだ慣れていないので書き込みがうまくいかないので練習が必要だろう。とはいえ使いこなすことができればペーパーレスでやり取りができそうだ。15時過ぎに帰宅しシャワーを浴びた後にベッドで読書と仮眠のくり返し。最近は夜の睡眠が浅いためか午後になると眠気に襲われる。18時に早めの夕食。妻の手料理のサイコロステーキとスパゲッテイを食べながら赤ワインでいい気分になり、娘一家や孫のことについて妻と話し合う。21時前に一旦ベッドに横になるが23時過ぎに目が覚めたので『知の歴史学』を読みながら夜半就寝。


2018年08月10日(金)

7時起床。晴れのち曇りで蒸し暑い一日。8時半出社。木村は明日から盆休みに入るので、その前にこれまでの仕事と休み明けの仕事について打ち合わせ、「159吉村邸」の残工事が少しあるので、まずその工事のスケジュール確認。引き続き「162酒井邸」の仕様について一般的な打ち合わせ。プランはまだ確定していないので構造や仕上げについて意見交換。戸田とは「163保田邸」の建築図と設備図について打ち合わせ。今日中に一通りまとめてdropboxに収めておくように指示する。戸田の盆休みは僕が「163保田邸」の現場説明に熊本に出張する日からである。熊本大学の田中智之さんから「163保田邸」の現場説明後に開催する予定の〈箱の家〉紹介のスライド会を熊本大学の建築学科で行なってはどうかという提案メールが届く。願ってもないありがたい提案なので矢橋さんと相談した上で喜んで依頼する旨のメールを返信する。『Abitare la Terra』誌の原稿スケッチのための資料収集を始める。図面や写真がどこまで掲載可能かどうか不明だが、できるだけ分かりやすくまとめるには図版と写真は欠かせないだろう。『知の歴史学』は第5章「ミシェル・フーコーの未熟な科学」を読み終えて第6章「人々を作り上げる」に進む。『表現と介入』を読んで以来、著者のイアン・ハッキングは科学哲学者だと思い込んでいたが、彼の視野はもっと広くて人文社会科学にまで及んでいることが分かった。本書の第4、5章からもわかるようにハッキングは哲学者ミシェル・フーコーの思想のディープな理解者であり実践者である。第5章の「未熟な科学」とはトーマス・クーンが『科学革命の構造』で提唱した「成熟科学」に対比させた名称である。フーコーとクーンは科学の歴史的展開の不連続性を指摘した点では共通しているが、クーンが成熟した自然科学について研究したのに対し、フーコーは未熟な人文社会科学を研究対象にした点が異なっている。未熟な科学とはいえ日常性の捉え方に対するインパクトにおいてはフーコーの方が建築との関係が深いように思う。さらにハッキングはすべての事象を歴史的に捉えるというスタンスが徹底している点においても学ぶ点が多い。21時半帰宅。『知の歴史学』を読みながら夜半就寝。


2018年08月09日(木)

7時起床。雨が降り続くが天気予報ほど風雨はひどくない。午後には晴れて猛暑が戻る。8時半出社。昨日まとめた日本建築士会連合会作品賞の講評を読み直し若干校正して事務局に送信する。合わせて参考資料を宅急便で返送する。富山の酒井さんから設計監理契約書が届いた旨のメールが届く。返送は当初の予定通りお盆休明けになるとのこと。その間は界工作舎スタッフも盆休みである。今朝のメールで保田さんに指摘された「163保田邸」の床下から2階へのスパイラルダクトの位置変更とアクアレイヤーの修正図を送る。今日は一日かけて建築図と設備図の見直しである。ローマ大のSPPITA教授に依頼されたエッセイのスケッチを開始する。3.11以降にスタートした「コンパクト箱の家」の開発から始めて、「KAMAISHIの箱」と縦ログ構法の開発、会津若松の木造仮設住宅のプロジェクト、さらに「希望ヶ丘プロジェクト」や縦ログ構法の〈箱の家〉などについてまとめてみたい。読者はイタリア人だから日本の木造構法に関するコンテクストの説明が必要かもしれない。今日の保田さんから届いたメールをきっかけにいろいろなことを考える。保田さんからはクライアントに関する細かなコメントを日記に書くのはいかがなものかという問いかけがあった。確かに誰が読むのか分からない日記に固有名詞を書くことには注意を要するだろう。思い返せばブログで日記を書き始めたのは2000年9月に大阪市大に勤務し始めた時である。日記を始めた目的は5つあった。1)家族に大阪での生活の状況を知らせること、2)事務所スタッフに大阪市大での活動を知らせること、3)短期滞在なので大阪市大の学生に東京での事務所の活動を知らせること、4)クライアントに仕事の進行状況を知らせること、5)日記の読者であるクライアント候補や建築家たちに僕の活動や考え方を知らせること、以上である。ブログを書くときはいつも上記の読者を念頭に置き、それ以外の読者についてはほとんど考えなかった。稀に海外にいる留学生から質問やコメントのメールが届くこともあったが、それ以外の反応は皆無だった。現在は大学を辞めているので、念頭に置いている読者は少し変わっているが、基本的なスタンスは変わっていない。とはいえ毎日18年間も続けていると、今では日記はほとんどモノローグというか備忘録のようになっている。僕としてはそれで構わないと考えているが、保田さんからのメールは初心を思い出させてくれたので少し目が醒めた感じである。心に留めて置こう。夜は読書。『知の歴史学』は第1章「歴史的存在論」、第2章「五つの寓話」、第3章「哲学者のための二種類の新しい歴史主義」、第4章「ミシェル・フーコーの考古学」を読み終えて第5章「ミシェル・フーコーの未熟な科学」へ差し掛かる。本書は500ページを越える大著で3分の1まで進んだところである。1973年から2002年までに書かれたエッセイを集めた論文集だが、読み進むうちに第1章「歴史的存在論」が最も新しく書かれたもので本書のまとめのような内容であることが分かってきた。確かに第1章は問題点が整理され内容が濃かった。読み終わったら第1章を再読する必要があるだろう。21時半帰宅。『知の歴史学』を読みながら夜半就寝。


2018年08月08日(水)

7時起床。台風の接近で朝から雨が降り続く。東からの海風で涼しい一日。8時半出社。昨日戸田がまとめた「163保田邸」の天井伏図をチェックバック。これまでの〈箱の家〉の実施図をそのまま引き写し、図面の意味を理解していないので、細かく修正を指示する。僕は詳細に見ていないので定かではないのだが、これまでのスタッフも同じように図面の意味について深くは考えていなかったのかもしれない。箱の家シリーズの初期には、僕がすべての図面に目を通していたが、何度も繰り返しコピーされるうちに図面の意味が脱落し、図面表現だけが一人歩きして、変形を被りながら現在に至っているのだろう。最近の建築学科では構法の授業がある大学は僅かであり、図学のコースはほとんどなく、ましてやJISの記号や図面の描き方を教えることもない。その結果このような状況が生まれるのである。この時点で、僕自身が最初から教え直さねばならないとは家早何友である。イゼナからアクアレイヤーの図面と負荷計算の結果報告が届く。空調機の能力は負荷計算ギリギリだが設備計算は安全率が高いので問題はないだろう。とはいえ念のため2階寝室の壁に空調用コンセントを追加しておくように戸田に指示する。一日かかりでようやく夕方までに天井伏図がまとまったのでアクアレイヤーの図面と一緒に保田さんに送信する。これで建築図と設備図が一通り揃ったので全体に目を通し落ちやくい違いがないかどうかをチェックするように戸田に指示する。日本建築士会連合会作品賞の講評を書き始める。僕の担当は優秀賞を獲得した2作品で、一つは札幌市内の住宅、もう一つは新潟県内の市庁舎である。前者は岸和郎さんと僕の2人で現地審査に行った。豊かな室内空間を備えた木造3階建てのローコスト住宅で岸さんも僕も初心に戻ったような清々しさを感じた。優秀賞になるかならないか境界線上のレベルだったが最終審査会で他の住宅と比較した結果、消去法で残った感じである。後者は竹原、岸、櫻井、僕の4人で現地審査に参加したが、僕以外の3人はそれほど感心しなかったようだ。というのも冬季の市民イベントのために半屋外の広場を提案しているのだが、気候制御のために巨大なスクリーンシャッターや全面開放の建具など大掛かりな仕掛けを持ち込んでいるからである。軟弱地盤に対する免震装置や吊構造、自然換気窓を組み込んだダブルスキンのカーテンウォールなどの仕掛けに対しても「建築的」というよりも「装置的」な印象を抱いたようだ。しかしながら僕としては、これらの提案すべてが、市民に開かれた市庁舎を実現することにストレートに結びついている点を評価すべきだと主張した。今年の応募作品には、ここまで明確なプログラム提案を行っている建築は見られなかったからである。与えられた文字数は限られているので、あれこれ試行錯誤しながら夜までかかってようやく講評をまとめる。21時半帰宅。『知の歴史学』を読みながら夜半就寝。


2018年08月07日(火)

7時起床。雨時々曇りのやや涼しい一日。台風が近づいているせいだろう。8時半出社。富山の酒井さんからメールで「162酒井邸」第9案について家族で話し合ってみるとの短いコメント。階段、玄関、子供室の配列が第5案に戻っている点を気にしているが、僕たちとしては予算を考慮した上での回答案である。合わせて設計監理契約の締結を承諾してもらったので、早速書類をまとめ返信用封筒を入れて宅急便で送る。ゆっくりしたスケジュールだが、これで設計作業は軌道に乗りそうだ。『日経アーキテクチュア』誌編集長の宮沢洋さんから同誌No.1125(2018年8月9日)号が届く。巻末の「建築巡礼―特別編」に池辺陽研究室が設計した「内之浦宇宙空間観測所」が紹介されている。僕のインタビューもコンパクトにまとめられている。「技術観光」の特集にも折込まれており興味深い記事である。小雨の中18時15分過ぎに事務所を出て千代田線で日比谷駅にて下車。19時から日生劇場の地下1階の居酒屋〈ツギハギ〉にて「杉本貴志さんを偲ぶ会」の第2部が開催される。昨日の第1部は若い頃からの友人が中心だったようだが、今日は仕事上の仲間の会のようである。広大な居酒屋の間仕切りを利用して曲りくねった迷路のような通路がつくられ、所々に発起人の送る言葉を記したパネルが吊るされている。通路の最初のコーナーに置かれた古家具の上に杉本さんの東京芸大の卒業制作であるブロンズ製の〈ジャガイモ〉が置かれている。杉本さんのデザイン事務所の名前〈スーパーポテト〉はこの作品に由来するのだろうか。続いて蔵書、著書、スケッチ、写真がコンパクトに展示されている。この店のインテリアは様々な古材を組み合わせたデザインで〈ツギハギ〉という店名はこのデザインコンセプトに由来するのだろう。長い通路の先に少し広い空間がつくられ、純白の絨毯の奥に献花台が設けられている。一人ずつ白いカーネーションを献花して黙祷。脇に控えている奥様に自己紹介をして別室に移動。赤ワインと簡単な食事をいただく。集まっているのは錚々たるメンバーだが皆高齢である。斎藤裕、横河健、松本哲夫、南和正といった人達と立ち話。主賓挨拶も親族挨拶もない杉本さんらしいシンプルで静寂に満ちた偲ぶ会である。想い出について話すのは10月5日の会なのだろう。19時半過ぎに会場を出て表参道のトンカツ屋で簡単な夕食を済ませた後に20時半に帰社。21時半帰宅。ウィスキーを飲みながら杉本さんのことをあれこれ想い出す。11時過ぎにシャワーを浴びた後『知の歴史学』を読みながら夜半就寝。


2018年08月06日(月)

7時起床。昼間は酷暑だが朝夕はやや涼しくなった。8時半出社。木村が先週末にまとめた「162酒井邸」第9案について打ち合わせ。動線と機能配分の組み替えについて検討する。2世帯住宅の機能配分はなかなか難しい。生活のスタイルと時間が異なるからだろう。予算の条件もあるので規模を少し縮小する案を検討する。あれこれスタディし基本方針を決めて木村に図面化を指示する。戸田が先週末までにまとめた「163保田邸」建具表について打ち合わせ。アルミサッシ、中空ポリカ、吊戸金物、ブラインドのカタログデータを集めるように指示。午後にまとまったので保田さんに送信する。LVLの屋根小梁と軒桁の接合方法について質問を受けたので、〈箱の家158〉の建方時の写真を添えて佐々木構造計画にメール報告する。熊本で「163保田邸」の現場説明の後に実施する「箱の家」のスライドを再編集する。一昨日の三重講演のスライドを見直し専門家向けに「建築の4層構造」の説明スライドを若干減らす。ローマ大学のLeone SPITA教授に『Abitare la Terra』誌に掲載する原稿の締切を1ヶ月延長してほしい旨のメールを送る。夜SPITA教授からやむを得ないだろうという承諾の返事メールが届きホッと胸をなでおろす。夕方までに木村が「162酒井邸」第9案をまとめたので詳細な回答コメントを添えて酒井さんに送信する。夜は日士連作品賞講評のスケッチ開始。21時半帰宅。シャワーを浴びNHKTVで広島原爆の特集番組を観る。直接の被害者だけでなくその子供達、原爆2世の生活に焦点を当てている。僕と同じ世代である。『知の歴史学』を読みながら夜半就寝。


2018年08月05日(日)

8時半起床。今日も晴れで酷暑の一日。ゆっくりと朝食をとった後10時半に出社。日記を書き込んでから先週末に木村と戸田がまとめた図面に目を通す。「162酒井邸」第9案のたたき台はまだ明解さが足りないようだ。「163保田邸」の建具表はほぼまとまっているので、ガラスや中空ポリカの仕様、建具金物、ブラインドなどの資料を加えて月曜日の保田さんに送ることができるだろう。佐々木構造計画は仕事が立て込んでいるため構造がまとまるのは来週末になるとのこと。一度フィードバックしたいので作業はお盆休みにずれ込みそうだ。三重大の浅野さんと富岡さんに昨日のお礼のメールを送る。正午に一旦帰宅。ベッドの中でiPadを使って日記の追加書き込みやメールチェック。その後は読書と仮眠の繰り返し。18時半に家を出てマイセン通りのしゃぶしゃぶ屋で夕食。一人飯の人たちが結構な人数集まっている。20時前帰宅。シャワーを浴びて汗を流した後『知の歴史学』を読みながら夜半就寝。

『時のかたち---事物の歴史をめぐって』(ジョージ・クブラー:著 中谷礼仁+田中伸之‥訳 SD選書270 2018)を再読する。クブラーは冒頭でこういっている。「〈事物の歴史〉という語が意図するのは、目に見える形という表題のもとに、観念と物質をもう一度結びあわせることである。(中略)端的にいうとこの語は、時間的推移のシークエンスの中で展開する一連の観念に導かれた、人類によってつくり出されるあらゆるものを含んでいる。これらすべての事物において、時のかたちが姿を現わす」。観念と物質はそれぞれ独立した規則・法則のもとに展開するので、互いの構造=規則・法則を知らなければ緊密な相互作用は生まれないだろう。しかし上の記述から読み取れるのは明らかに〈観念〉の優位性であり、そのスタンスは本書全体に浸透している。おそらくクブラーは具体的な事例を知り尽くした上で、そのエッセンスを本書で披瀝しているのだろうが、読者には具体的な事例を想起する術がないので取りつく島がないのである。例えば次のような文章を読んでも何を意味しているのか具体的なことはわからない。「事物に関して私たちが現在知っているいかなる特性も一元的あるいは根本的ではない。ある事物の特性はすべて下位の特性の束であり、それはまた同時に別の束の下位部分でもあるのだ」。第1章から第3章までこのような議論が延々と続き、第4章「持続の種類」でようやく事例として固有名詞が出現する。しかしここでも事例の写真がないので初心者は議論の具体的な内容を確かめようがない。かくしてクブラーの結論はこうである。「考古学的研究や科学史は技術的産物としてだけ事物と関与する。一方、美術史は事物の技術的、形態的構成に大した注意を払うことなく、もっぱら事物の意味についてだけ議論するように矮小化されてしまった。私たちの世代の任務は、意味と実体、計画とその実現、あるいは図式と事物との双方を正当に評価することのできる事物の歴史をきちんと構築することである」。まったくその通りだが、残念ながら本書は宣言だけで実践を伴っていない。本書(1962)の宣言はロバート・ヴェンチューリの『建築の多様性と対立性』(1966)によって、ようやく実践されたといってよい。とはいえ『建築の多様性と対立性』で論じられているのは、依然として事物の形態=様式だけであり、技術=物質性についてはほとんど検討されていないのだが。昨日、ペンシルバニア大に留学した三重大の富岡義人さんに聴いた話では、アメリカの大学にはヨーロッパにつながる流派のようなものがあり、ハーバード大はドイツ(バウハウス)、イェール大はフランス(ボザール)、ペンシルバニア大はイタリアの影響が強いのだという。僕は退職する前年(2009)に当時UCLAのチェアマンだった阿部仁史さんと共同で、東大で建築教育国際会議を開催したが、その時に参加したアメリカの大学は、ハーバード大、MIT、コロンビア大、UCLAでイェール大やペン大は招聘されていなかった。阿部さんにその理由を尋ねたら「イェール大は、いまだにアナクロな芸術教育をしているからです」という回答が返ってきた。当時のイェール大建築芸術学部のディーンはロバート・スターンだったと記憶している。1970年代の「ホワイト・アンド・グレイ」の影響がいまだに残存しているようである。


2018年08月04日(土)

6時起床。今日も暑くなりそうだ。急いで朝食を済ませ7時に出社。Macbookを手提鞄に入れ7時15分過ぎに事務所を出て表参道駅から銀座線、山手線を乗り継ぎ品川駅に7時50分着。8時7分発ののぞみに乗車。車内で日記をまとめHPに書き込む。9時40分に名古屋駅着。近鉄名古屋駅へ移動し10時発の特急mtライナーに乗車。10時45分に津駅着。快晴で酷く暑い。西の方向に伸びる緩やかな坂道を約10分歩き11時に三重県立美術館に着く。玄関で三重大学の浅野聡さんが迎えてくれる。館内の控室で三重大学の富岡義人さんと田端千夏子さんに紹介される。富岡さんは東大建築学科1986年卒で香山壽夫研究室の助手を務めた後に三重大学に就任しペンシルバニア大学の客員研究員に就任して帰国後は今日まで三重大学で教えている。浅野さんは早稲田大で中谷礼仁と同級生だったとのこと。田端さんは8年前に熊本大学から三重大学に移ってきたそうだ。展示場では三重大学の卒業設計と修士設計の展示会を開催中なので富岡さんに案内してもらう。会場で難波研OBの坂井禎介さんに遭遇。僕の講演を見にきてくれたそうだ。富岡、浅野両氏と館内のレストランで昼食を摂った後。13時に講堂へ移動。200人の会場は満員で立見の観客もいる。ほとんどが学生だが社会人もチラホラ混じっている。13時半から講演会開始。富岡さんによる僕の紹介から始まり「進化する箱の家」と題して90分の講演。「建築の4層構造」について詳細に説明し「箱の家」の一室空間住居の歴史性について話した後、典型的な「箱の家」を紹介しながらシリーズの展開について話す。会場からの質問は3つ。クライアントの個別的な多様性と「箱の家」のコンセプトとの対応のさせ方、一室空間コンセプトの他のビルディングタイプへの適用可能性、MUJHOUSEと「箱の家」との関係、といういつもの典型的な質問である。回答は『進化する箱』にまとめているので思い出しながらかいつまんで回答する。第2の質問に対しては「箱の建築」のスライドを紹介して15時半終了。控室に戻りしばらく休憩した後に展示場に移動し選ばれた4人の卒業設計のプレゼンテーションと講評。女学生の作品にエネルギーを感じるが、皆素直で問題提起性がないためコメントしにくい。富岡さんの影響で技術的な提案があるのが興味深い。終了後、控室でしばらく歓談。富岡さんから『フランク・ロイド・ライト 自然の家』(富岡義人:訳 ちくま学芸文庫 2010)と『建築デザインの構造と造形』(富岡義人+小野徹郎:編著 鹿島出版会 2015)をもらう。『褐色の30年---アメリカ近代芸術の黎明』(ルイス・マンフォード:著 富岡義人:訳 鹿島出版会 2013)は先頃読んだので遠慮する。18時前に美術館を出て田端さんの車に同乗し津駅近くの居酒屋へ。郷土料理と地酒をいただきながら歓談。富岡さんとは何となく話が合うのは近代建築史に対する造詣が深いからだろう。もっと話をしたかったが時間切れ。19時過ぎにお暇して歩いて津駅へ。近鉄線で名古屋まで戻り20時半発ののぞみに乗車。22時過ぎに品川着。東京も蒸し暑い。23時前に帰宅。シャワーを浴びて汗を流した後『知の歴史学』を読みながら夜半過ぎ就寝。長くて暑い一日だった。


2018年08月03日(金)

7時起床。今日も酷暑で8時には30度を越えている。8時半出社。界工作舎OBの栃内秋彦さんにメールし、杉本貴志さんを介してニチハと共同開発した断熱サイディングのデータの所在を尋ねる。10月に開催される杉本貴志に関するトークセッションでMUJIHOUSEと一緒に紹介するためである。直ちに返事メールが届きデータの所在がわかったので戸田にデータのストックを指示する。昨夜遅く保田さんから浴室のリモコンの位置指定と細かな質問メールが届く。いささか食傷気味になってきたが、気を取り直して戸田に回答をまとめるように指示。昼までに修正した展開図とカタログデータを再度返送する。どれも以前に送った製品カタログのデータを仔細に見てもらえればわかることなのだが、いささか細かな質問にヤレヤレという感じである。現場説明の前に工務店に送るため大急ぎで敷地の案内図を作成するように戸田に指示。夕方までにまとまったので、見積要領と一緒に矢橋徹さんに送信する。明日の三重大学の講演のスライドを再度見直しシナリオを反芻する。「建築の4層構造」を含めてゆっくりと話せば1時間半はかかるだろう。建築学会から「マイスポット」の正式な原稿依頼が届いたので、とりあえず書類に必要事項を書き込む。夜、富山の酒井さんから「162酒井邸」第8案に関するコメントメールが届く。設計監理契約書の内容については承認をもらったが、酒井一家にとって第8案はまだ納得できる案ではないようだ。少し時間をかけて第9案を検討する旨の返信メールを送る。21時半帰宅。シャワーを浴びた後『知の歴史学』を読み続ける。本書の原題は『HISTORICAL ONTOLOGY』まさに「歴史的存在論」である。明朝は早いので早めに就寝。


2018年08月02日(木)

7時起床。今日も酷暑が続く。8時半出社。久しぶりに真壁智治さんから電話が入る。『家の理』(難波和彦:著 堀越優希:絵 平凡社 2014)の中国語版の表紙(案)がファックスで送られてくる。清華大学出版社から8月に刊行される予定で、訳者は朱一君という人である。中国語版のタイトルは『箱子里的家』。そのまま日本語に訳すと「箱の中の家」なのだそうだ。ほとんど誤訳に近いように思えるがどうなのだろうか。日本語のタイトルをそのまま使っても十分に意味は通じるような気がするが。定価は59元、日本円で1,000円弱だから日本版の定価2,000円の半額である。昼過ぎに熊本の保田さんからメールが届く。郵便受の位置と形を決めるだけでもメールのやり取りが2通である。引き続き浴室のシャワーやリモコンの位置の検討が続く。もう少し僕たちの判断に任せてもらいたいのと、見積が出た後に再度フィードバックが生じることは目に見えているので、その段階で見直してもいいのにと思う。しかし実際にその段階になって見ないと分からないことも確かなので家早南友である。フリックスタジオから『縦ログ構法の世界』の表紙と原稿の最終稿が届く。なかなか収斂しないので、僕としてはもはやオオカミ少年を相手にしているような気分である。しばらくは成り行きに任せることにしよう。僕は盆休を取る予定はないがスタッフはそうはいかない。事務所に誰もいない状態はできるだけ避けたいのでスタッフと話し合って休みの配分を決める。講演のスライドの準備や設計の作業に追われてローマ大のLeone教授に頼まれている原稿のスケッチはまったく進んでいない。お盆前までに日士連作品賞の講評を書かねばならないし宿題は山積みである。三重大学での講演が終わった時点で原稿締切日の延期を頼むしかない。夜は読書。『知の歴史学』の第1章「歴史的存在論」を読み続ける。著者のハッキングは科学哲学者なので余計な韜晦がなく、翻訳は口語体で読みやすい。ミシェル・フーコーに倣い、普遍的だと考えられている科学概念も歴史的に捉える必要があるという主張が具体的な事例を挙げて検証されている。だとしたら空間や形態という建築概念も同じような視点から見直すことができるのではないだろうか。


2018年08月01日(水)

7時起床。いよいよ8月に差し掛かり酷暑の一日。8時半出社。9時過ぎにTH-1の御厨さんと設備業者が来所。浴室換気扇の取り替え工事である。竣工後10年経過したあたりから洗濯乾燥機のヒーターが働かなくなり換気扇の音が大きくなった。24時間換気は働いているが音がうるさくそろそろ寿命だと考えた。11時半に工事は完了。換気扇はすっかり静かな音になる。戸田が「163保田邸」の外壁展開図をまとめたのでコメントを添えて保田さんに送信。保田さんは家具や設備の細かな点にまで注文をつけてくるが、担当の戸田には知識も経験もなく十分に対応できないので、やむなく僕が対応することになる。〈箱の家〉の標準仕様を改めて見直すいい機会になるといえば聞こえはいいが、細かな仕様までチェックするのは本当に久しぶりなので、苛立つだけでなく疲れてしまう。最新号の『新建築社住宅特集』を見ると、形や空間は頑張っていても構法や仕様がかなり稚拙な住宅が多い点に驚く。逆に安心できるような住宅は保守的であまり魅力を感じない。〈箱の家〉ではなんとかこのような対極的な傾向を克服したいと思っている。今年の日本建築士会連合会連合会作品賞の現地審査でも、同じような感想を抱く住宅が多かったように思う。そう感じるのは僕が歳を取ったからかもしれないが、住宅の設計にはアイデアだけでなく構法や性能に関する知識と経験が必要であることを痛感する昨今である。午後は『建築雑誌』の「マイスポット」の原稿スケッチや今週末の講演のスライドショーの確認。今日の夕食は僕一人なので散歩がてら青山のスーパーマーケットに夕食を買いに出かける。18時を過ぎても暑さはおさまらず街ゆく人もうんざりした表情をしている。南の空に赤い火星がポツンと輝いている。ここ数日は火星大接近なのだそうだ。夜は読書。『時のかたち』を一気に読み終わる。最終の第4章「持続の種類」に入ってようやく具体的な事例が頻出し始めたが、写真が掲載されていないので前知識のない学生には紹介された事例を確かめる術がないのが残念である。週末に再読して感想をまとめよう。引き続き『知の歴史学』(イアン・ハッキング:著 出口康夫+大西琢朗+渡辺一弘:訳 岩波書店 2012)を読み始める。


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