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箱の家 PROJECT 青本往来記
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コンパクト箱の家

2021年10月22日(金)

小雨が降り続く寒い一日。8時半出社。Mさんから解体前のM邸見学の承認メールが届いたので、中谷さんにその旨を伝え見学日時の打ち合わせメールを送る。午後に中谷さんから候補日時の返信メールが届いたのでMさんに転送する。戸田がM邸の解体助成申請その他の事前協議のために世田谷区役所に赴く。現在はM邸に近い世田谷区役所の建物は解体中なので、向かったのは下北沢の出張所である。助成金をもらうには複雑な手順を要求される。解体工事の費用がほとんど出るので背に腹は代えられないとはいえ、家早南友である。16時に戸田が帰社したので、区役所との打合わせ結果をまとめた報告メールをMさんに送る。松江の菅野夫妻に「169菅野邸」の高窓を手動開閉から電動開閉に変更してはどうかという打診メールを送る。菅野夫妻の年齢を考えれば、設計当初に電動にすべきだったが〈箱の家〉では手動が標準仕様なので、そのまま進めてしまった。改めて実施設計を見直し提案することにした。『コーリン・ロウは語る』は、第2部「コーネリアーナ」の「はしがき」と「プログラム対パラダイムーあるいは実践的なもの、典型的なもの、そして可能性のあるものについての格式張らない覚書」を読み終わり、「建築の教育:アメリカ合衆国型」に進む。「はしがき」では、1962年にイギリスのケンブリッジ大学からコーネル大学に移り、ピーター・アイゼンマンが編集する『オポジション』誌に「透明性―虚と実」や「新〈古典〉主義と近代建築記供廖屮ャラクターと構成」といった論文を掲載した経緯が紹介されている。これらの論文は後にジョン・エンテンザの勧めで『マニエリスムと近代建築』にまとめられる。「プログラム対パラダイム」は、テキサス州オースティンをとり挙げて、都市計画におけるプログラム的アプローチとパラダイム的アプローチを比較検証した論文である。ロウがテキサス大学の就任中にまとめたものだが、19世紀に創設されたオースティンという人工都市が、都市計画のケーススタディとして興味深い事例だったようだ。ポストモダン運動が興隆した1980年に書かれているので、当時の時代潮流を色濃く反映した内容である。プログラム主義とは、現実の都市の調査をもとに都市計画を案出するモダンな機能主義的方法で、ロウは〈帰納的方法〉と呼び、イギリス経験主義に基礎を置いているという。一方、パラダイム主義とは、アルド・ロッシやクリエ兄弟が提出した類型学的方法で、ロウは〈演繹的方法〉と呼び、大陸合理主義に基礎を置いているという。前者は当時興隆していた未来学や社会工学を反映し、後者はトーマス・クーンが『科学革命の構造』で提唱したパラダイム論を反映している。ロウはどちらの方法も、時間の中での偶然的条件を捉えることができないので、都市計画の方法としては不完全だと主張し、それに代えて、エドガー・アラン・ポーが推理小説で展開した推測的方法、あるいはカール・ポッパーが『歴史主義の貧困』で提唱した仮説・検証的方法を提唱している。この論文は後に『コラージュ・シティ』で展開される内容である。リバプール大学のロウの同級生であるジェームズ・スターリングが、当時、近代建築のデザイン・ボキャブラリーから、歴史的・類型学的なデザイン・ボキャブラリーへと転換したのはなぜなのか理解できなかったが、おそらくロウのこの論文の影響を受けたのではないかと推測する。『マニエリスムと近代建築』や本書を読むと、コーリン・ロウは16世紀イタリア建築を専門とする建築史家であると同時に、都市・建築理論家でもあることがよく分かる。ロウは一時期にはデザインの実践も行っていたらしい。今日の全国のコロナ感染者は325人。東京26、大阪51。下げ止まりが続く。


2021年10月21日(木)

秋晴れのち曇りの寒い一日。8時半出社。世田谷区から「170 M邸」の南面道路の狭隘道路協議申請書類を送るように指示され無事に受理される。中谷さんが現状のM邸を見学したいといったいたのを思い出しMさんに見学の可能性を打診する。佐々木構造計画から届いた「169菅野邸」の鉄骨製作図のチェックバックについて戸田と打ち合わせ。界工作舍の見解を描き込んだ上で大同建設に送る。昨日zoom会議に参加できなかった〈近現代資料館/建築構造資料アーカイブWG〉の録画が届いたので、ざっと見る。来年度も構造家の資料整理を続けるようだ。『建築技術』誌への連載は続いているようだが、著作権問題のクリアが難しいらしい。思い立って『建築技術』誌に頼まれた「構造は建築をどう変えてきたかー近現代建築史における構造デザインの変遷」の原稿スケッチを開始する。『建築雑誌』の連載とは異なり、通史的なテーマなので、どう焦点を絞るのが難しく難航しそうな気がする。締切は今月末である。木村が13時過ぎに「165箱の長屋」の現場監理から帰社する。外装工事はほぼ完了し、内装工事が進んでいる。現場写真をまとめて現場監理報告のメールをOさんと田中会計士に送信する。『コーリン・ロウは語る』は、第1部の「1954年5月25日のハーウェル・ハミルトン・ハリスによる教授会演説」」「ケンブリッジ1958-1962」「福祉国家のブレナム宮殿」「書評:フランク・ロイド・ライト著『遺言』」「書評:ヘンリー・ラッセル・ヒッチコック著『建築:19世紀と20世紀』」を読み終わり、第2部「コーネリアーナ」の「はしがき」に進む。テキサス大学では、コーリン・ロウとETHから来たベルンハルト・へースリは〈神童二人組〉と呼ばれていたという。ジョン・ヘイダックやロバート・スラッキー(「透明性」の共著者)といった若い建築家たちを教員に招集し、建築学科のカリキュラムを大改革した結果、建築界の〈テキサス・レンジャー〉と呼ばれるようになったという伝説がある。当時学科長だったハーウェル・ハミルトン・ハリスの教授会演説のためにロウとへースリが書いた演説の原稿が掲載されている。ロウはその後、イギリスのケンブリッジ大学に移動し5年間教員を務める。リヴァプール大学の同級生であるジェームズ・スターリングの〈ケンブリッジ大学チャーチルカレッジ・コンペ案〉の講評、F・W・ライトの『遺言』とヘンリー・ラッセル・ヒッチコックの『建築:19世紀と20世紀』の書評が掲載されているが、ここまで読んで来て、コーリン・ロウの教養の幅広さに圧倒される。彼が伝説的な建築史家とみなされる理由がよく分かる。今日の全国のコロナ感染者は345人。東京36、大阪42。


2021年10月20日(水)

秋晴れで肌寒い一日。8時半出社。昨夜から自宅2階床のアクアレイヤー床暖房の稼働を開始する。今朝にはアクアレイヤー水温は30度になり居間も事務所もほんのりと温かい。Mさんから、昨日の報告メールに対する回答メールが届く。何とか納得してもらえたようなのでホッとする。「170 M邸」の狭隘道路の申請について世田谷区役所とやりとりし、午後、戸田が図面化のために敷地に赴き、実測して15時半に帰社する。Mさん一家にも会ってスケジュール変更の件を陳謝したそうだ。大同建設から「169菅野邸」の2階ベランダの鉄骨床梁の亜鉛ドブ漬けメッキに関する質問メールが届く。佐々木構造計画と相談した上で回答メールを送る。昨日に引き続き『建築雑誌』12月号の連載原稿「〈建築の4層構造〉の理論的根拠:後編」を書き続けて昼過ぎに完了。〈建築の4層構造〉の内容の紹介まで書ける字数がないので、やや尻切れトンボになってしまった。しかし少なくとも理論的前提と適用方法については紹介できたように思う。〈建築の4層構造〉の表を添えて編集部に送る。〈建築の4層構造〉は建築の要素というよりも建築を捉える〈認識図式〉であるという結論である。『コーリン・ロウは語る』は、第1部「テキサス、テキサス以前、ケンブリッジ」の「イタリアでの出会い二つ」「ヘンリー=ラッセル・ヒッチコック」「テキサスとハリス夫人」を読み終わり「1954年5月25日のハーウェル・ハミルトン・ハリスによる教授会演説」に進む。第1部はロウ自身の自伝で、リヴァプール大学を卒業してアメリカに渡るまでの思い出が綴られている。イタリアで2人のアメリカ人建築家に出会い、彼らの建築的造詣の深さに衝撃を受けて、アメリカに渡る気になった経緯から始まり、アメリカでの知人関係からテキサス州オースティンのテキサス大学で教鞭を取るようになり、学内の権力闘争に巻き込まれて大学を去るまでのスキャンダラスな事件が詳細に綴られている。MoMaでフィリップ・ジョンソンと共同で「インターナショナル・スタイル展」を開催したヘンリー・ラッセル・ヒッチコックや、ロウに『マニエリスムと近代建築』の出版を勧めた編集者ジョン・エンテンザとの関係が興味深い。松永安光さんが昨年に東京理科大で行った「透明性」論文に関するレクチャーで話したロウの友人関係の話題は、本書がネタ本のようである。今日の全国のコロナ感染者391人。東京41、大阪73。


2021年10月19日(火)

曇りで肌寒い一日。8時半出社。昨日送信した「170 M邸」のスケジュール報告に関してMさんからコメントメールが届く。確認申請と解体助成申請については以前に知らせていたにもかかわらず、今頃スケジュール変更の報告とは何事かという内容である。界工作舎としての確認が当初のスケジュール報告に反映されていなかっただけなので、結果的にスケジュールに変わりはないのだが、界工作舍が早めの見通しを報告したため、建主としては計画が遅れた印象になり不満を抱くのは当然である。界工作舍としては手続きの確認不足を陳謝した上で事実を報告する。夜には納得した旨の返事メールが届く。大同建設に「169菅野邸」の駐車場シャッターとプロフィリット壁施工図のチェックバック図を返送する。引き続き鉄骨製作図の修正図面と屋根の組立梁の製作図が届いたので佐々木構造計画へ転送する。『建築雑誌』12月号の連載原稿「〈建築の4層構造〉の理論的根拠:後編」を書き始める。カントの認識論の検討から始めて、レヴィ=ストロースのカント主義まで紹介したところで一旦休止。ここまでで4枚を越えたので、前提に案する議論が精一杯で〈建築の4層構造〉の詳しい内容の紹介までは踏み込めないかもしれない。明日中にはまとめて編集部に送ろう。前田記念工学振興財団事務局から今年度の前田工学賞と研究助成の応募書類ファイルが届く。いずれの応募者リストにも知り合いの名前が散見される。一次審査の締切は11月25日(木)である。じっくりと審査しよう。大阪市大OBの山口陽登さんから23日(土)の祝賀会に関するメールが届く。新大阪まで迎えに来てくれるというのでありがたい。幹事の別枝大輔さんとも新大阪駅で合流することにする。『コーリン・ロウは語るー回顧録と著作選』(コーリン・ロウ:著 松永康光:監訳 鹿島出版会 2001)を読み始める。2001年の出版直後にリブロ青山で購入した本だが、なぜか積読になっていた。本格的な建築論を読んで見たくなり本棚から探し出した。冒頭の「日本語版に寄せて」では、有名な「理想的ヴィラの数学」が書かれた経緯について紹介している。編集者によればロウとバンハムはあまり仲が良くなかったらしい。アート派とテクノロジー派の対立だろうか。今日の全国のコロナ感染者372人。東京36、大阪83。弱い揺れ戻しである。


2021年10月18日(月)

秋晴れで肌寒い一日。夕方からは曇りに変わる。8時半出社。出社してきた木村に「165箱の長屋」の二期工事案のチェック図面を渡して修正を指示する。タカギプラニングオフィスから、一昨日に送った「165箱の長屋」の庭を含む賃貸条件に関するメールが届く。まだ確定ではないが、賃貸条件の代替案について検討してみるとのこと。11時過ぎに事務所を出て、表参道から千代田線で松戸まで行き、常磐線に乗り換えて13時半に高浜駅着。中川純さんと高浜駅で待ち合わせる予定だったが、北千住の事故で常磐線が30分遅れるというので、先に歩いて10分で「高床の家」(中谷礼仁邸)へ向かう。敷地は緩やかな南斜面の裾先端にある塀のない平坦地で、アプローチ道路を挟んで南面には広大な水田が広がり、その先に常磐線が走り、さらにその先には霞ヶ浦に沿った低い丘の連なりが見える。常磐線を含めて山口県の僕の田舎の風景を連想する典型的な田園風景である。2階のポーチで中谷さんが迎えてくれる。室内に入って一休みしていると、まもなく中川純さんが到着する。間口二間半の中央ゾーンの南北両側に二間幅のゾーンが付属する〈九間平面〉で、それぞれのゾーンは大径の斜構造材で仕切られているが、基本的に一室空間である。奥の正面が、床が一段高い〈上段の間〉で東西北の三面を本棚に囲まれた中谷さんの書斎アルコブで、書斎の西面本棚に小さな仏壇が埋め込まれている。仏壇の裏が納戸で中谷さんの寝室という平面は民家の形式通りの平面である。中央の二間半の部屋には切妻屋根が懸かっているので天井が高く、天井扇が取り付けられ、南北の高窓から光が入ってくる。東西の切妻屋根の両面にソーラーコレクターが設置されているとのこと。歴史家である中谷さんはよく旅をするので、室内には世界中から集めたモノが所狭しと置かれている。南面のテラス窓の上の長押には、チベットで購入したという密教画が掛け軸のように架けられている。クロード・ニコラ・ルドゥ設計のアル=ケ=スナン王立製塩所で拾った岩塩の塊をはじめとして、世界中から拾い集めた石が、構造斜材に差しかけた棚に並べられている。内部をひとしきり見学した後、外に出て高床下の構造システムと設備・配管類を見学する。南から建物全体を見上げると、左右対称の切妻屋根の古典的なシルエットからパッラーディオのヴィラを連想する。九間平面は確かにヴィツェンツァのロトンダに似ている。アプローチ道路をしばらく西に向かって歩き、途中で右に折れて坂道を上り切ると平坦な畑が広がっている。その先の左手に、かなり大きな前方後円墳の〈舟塚山古墳〉がある。既に調査済みらしいが、頂上まで登ると、南の水田や北の石岡市街が見渡せる。中谷邸に戻り、中川さんに設備システムについて説明を聞く。水回りの裏に12個の中古バッテリーを積んだ蓄電池棚があり35アンペアは供給可能だそうだ。屋根、2階水回り、1階の設備機器類の配置から推察すると、配管配線の経路はかなり複雑に思えるので、中川さんの苦労は相当だったろう。巨大なスピーカーから流れるジャズを聴きながらしばらく休む。16時過ぎにお暇し、3人で駅まで歩き、駅のホームから千年村の遠景を撮影する。16時半過ぎの常磐快速に乗り19時前に帰社。戸田と「170 M邸」の確認申請と解体工事補助申請の手順について打ち合わせ。手続きにやや時間がかかりそうなので、カレンダーに書き込み、コメントを加えてMさん位報告メールを送る。中谷邸訪問の往復電車の中で『建築家として生きる』を一気に読み通す。第5章「建築家として生きていく」は建築家の経済状態、第6章「建築家ではない設計者たちの職業世界」は、ハウスメーカーや工務店の設計者、設備設計者などのハビトゥスと建築家界との関わり、補論「建築士試験のセルフエスノグラフィ」は著者の一級建築士試験の受験体験談、第7章「脱埋め込み化の進行と建築家の役割の変容」は1970年代以降の低成長時代における建築需要に変化とそれに伴う建築家の職能とエートスの変容、第8章「コンピュータ・テクノロジーの進展と建築家の職能の変容」はCADがもたらした建築の可能性と手描き図面のアウラの消失。第9章「〈脱エートス〉の建築家像と後期近代」はボトムアップ型の街づくりや〈参加型リノベーション〉に携わる建築家の〈脱エートス〉現象、終章「後期近代と建築家のゆくえ」は明治時代以降の近代における〈建築家のエートス〉の誕生から後期近代における〈脱エートス〉への変遷を辿っている。新しい発見はほとんどなかったが、ピエール・ブルデュー社会学による〈建築家界・ハビトゥス・文化資本〉の分析という新しい研究ジャンルの誕生に立ち会ったことが収穫だろう。それが建築家としての活動にどう結びつくのか疑問だが。今日の全国のコロナ感染者232人。東京29、大阪29。急速な減少傾向は少々不気味である。


2021年10月17日(日)

雨のち曇りの肌寒い一日。明日から寒くなるらしい。思い立って寝室の衣裳棚に並べてある洗濯した夏物のシャツと、棚の中に仕舞っている冬物シャツを置き替える、夏物のズボンとシャツを洗濯箱に入れ、冬物のジャッケットやズボンを衣裳吊棚に移動する。10半過ぎに出社。昨日、木村から届いた「165箱の長屋」二期工事案をプリントアウトしてチェックする。水回りの位置変更に合わせて屋外の設備類の位置を変更し、窓の位置も変更する。これでプランはほぼ収斂するだろう。難波研OBの別枝大輔さんから、今週末の山口陽登さんの祝賀会のスケジュールのメールが届いたので、その時間に合わせて大阪行新幹線を予約購入し、お祝いの酒をAmazonに配送注文する。久しぶりに大阪市大の難波研OBOGに会えるのが楽しみである。『建築家として生きる』は、第2章「〈スター文化人〉としての建築家の誕生」、第2部・第3章「建築家のエートスを涵養する場としての大学」、第4章「建築家になる」を読み終わり、第5章「建築家として生きていく」に進む。エートスとは、建築家としての職能倫理のような無意識の感覚で、マックス・ウエェーバーが提唱した用語である。建築家のエートスが大学での講評会において刷り込まれるという視点は、なるほどと思わせる。とはいえその点を含めて、これまでの内容は僕はすべて経験済みなので、新たな発見はほとんどない。読み続けるのが少々しんどくなってきたので、一気に読み飛ばそう。今日の全国のコロナ感染者429人。東京40、大阪71。下げ止まりが続く。


2021年10月16日(土)

曇りで過ごしやすい一日。8時半出社。昼前に佐々木構造計画から「169菅野邸」のブレース接合部図のチェックバック図が届いたので、戸田と打ち合わせて確認。鉄骨造の〈箱の家〉ではブレース接合部がすべて見えるので、ガセットプレートの形やボルトの種類などを必ずチェックするようにしている。戸田が夕方までにまとめたので、大同建設と龜谷さんに送信する。12時過ぎに事務所を出て、表参道駅から千代田線で代々上原へ。小田急線快速片瀬江ノ島行に乗り換えて、藤沢駅に14時前に着く。歩道橋を渡り小田急デパート内にある江ノ島電鉄駅から2駅目の柳小路駅で下車。小雨の中を5分歩いて14時過ぎにTAKiBI(栃内+佐藤夫妻)がデザインした〈柳小路ハイツ〉のオープンハウスへ。午前中は何人か訪れたらしいが、僕が着いた時は僕一人なので、ゆっくりと見学する。幹線道路から引っ込んだ広々とした旗竿敷地に建つ2階建4戸のコンパクトな賃貸アパートである。南北にゆったりとした庭を確保し、東西に10畳ほどの広さの居住空間を置き、中央に水回りをまとめた3列のストライプ状平面で、4戸ともワンルーム住戸で、水回りの平面に若干のヴァリエーションがある。4戸とも居住部分の南北を引き違いサッシの全開口にしているので光と風が抜けて気持ちがいい。南面に深い庇が取れなかったので、日射制御のための植栽用ワイヤーが取り付けられている。〈箱の家〉に通じるキレのいいデザインに感心する。小雨が降り続いているので、1階のTAKiBIのアトリエで、ウッドショックやローコストデザインのための苦労話を聴く。雨が止んだ14時半にお暇する。来週土曜日にもオープンハウスを行うそうだ。往復の電車の中で『建築家として生きるー職業としての建築家の社会学』(松村淳:著 晃洋書房 2021)を読み始める。序章「建築家の分析枠組み」と第1部、第1章「職能の確立と消費社会との関連性」を読み終えて第2章「〈スター文化人〉としての建築家の誕生」へ進む。明治時代から1970年代までの建築家の職能史、丹下健三、黒川紀章、安藤忠雄といったスター建築家の出現など、ほとんど知っていることばかりなのでスラスラと読み進む。分析枠組としてのブルデュー社会学も、以前にかなり勉強しているので〈建築家界〉の定義もすんなりと受け入れることができる。同じ路線で17時過ぎに帰社。戸田がまだ仕事を続けている。月曜日のスケジュールを確認し17時半に帰宅。18時から妻と一緒にBSTVの番組『イタリアの村の物語』を見ながら、出前のイタ飯と赤ワインの夕食。あれこれイタリアの旅の話で盛り上がる。酔いが回ったので19時過ぎに一旦、就寝。21時過ぎに目が覚めたので『建築家として生きる』を読みながら夜半再び就寝。今日の全国のコロナ感染者509人。東京66、大阪78。


2021年10月15日(金)

秋晴れで夜は曇りの過ごしやすい一日。8時半出社。Mさんから昨夜送った減額修正案に対する返答のコメントメールが届く。部分的に不明な部分があるので、再度図面化しMさんに送る。午後に回答メールが届いたので、戸田に最終的な減額案をまとめるように指示する。夕方までに減額変更案がまとまったのでコメントを加えてTH-1に送信する。回答は再来週初めまでに依頼するが、すべて受け入れてくれても当初の予算には収まらない。しかし一連の変更のやり取りを通してMさんは腹を決めているようである。夜、テレワークの木村から「箱の長屋」の外構の代替案が届く。先日のタカギプラニングオフィスとの打ち合わせで、界工作舍から奥の住戸に庭を付属させてはどうかという提案をしたので、木村がそれを図面化してくれた。明日、タカギプラニングオフィスに送り、家賃の再検討を依頼しよう。昨日『ルドフスキー』を読み終わったが、翻訳者である多木陽介は「訳者あとがき」で、日本ではルドフスキーの翻訳書は数多くあるにもかかわらず、本格的なルドフスキー論が書かれないのはなぜだろうかと問うている。確かに日本人のルドフスキー論には出会ったことがない。僕の考えではルドフスキーの思想は、論じるよりも実践すること、つまり身近にあるヴァナキュラーな建築を調査する形で受け止められたように思う。かつて『都市住宅』誌では数多くの調査結果が報告されていたことを記憶している。それに『建築家なしの建築』と『驚異の工匠たち』は、いずれも理論書というよりも実例集であり、ルドフスキー自身も理論化を目指してはいなかったように思える。ルドフスキー思想を引き継ぎ、それを理論化したのはクリストファー・アレグザンダーであり『パタン・ランゲージ』には多くのヴァナキュラー建築の事例が収集されている。2000年代以降に新しい世代によって再び同じような実戦が展開しているようである。今日の全国のコロナ感染者531人。東京57、大阪65。下げ止まりが続く。


2021年10月14日(木)

曇りのち晴れの清々しい一日。8時半出社。朝早くMさんから減額変更案に対する回答メールが届く。10時から戸田と昨日の「169菅野邸」の現場監理と「170 M邸」の打ち合わせ。今後は現場監理の打ち合わせ結果を、できるだけその場でまとめて大同建設、龜谷さん、界工作舍の3社で共有するように指示し、大同建設にもその旨を伝える。午後に大同建設から昨日の打ち合わせ議事録が届いたので、佐々木構造計画に転送し確認を依頼する。Mさんから届いた今朝のメールにしたがって修正した減額案を戸田がまとめたので、再びMさんに送信する。今週中に収斂すればいいのだが。木村が「165箱の長屋」の隣家の防火窓の代替案をまとめたので、鈴木工務店に見積依頼のメールを送る。『バーナード・ルドフスキー 生活技術のデザイナー』(アンドレア・ボッコ:著 多木陽介:編訳 鹿島出版会 2021)は、第3章「好奇心教授法」と「ポートフォリオ」を読み終え、引き続き「ルドフスキー全作品目録」の主な作品説明に目を通して読了。第3章では、著者が考えるルドフスキーの歴史的意義について、さまざまな側面から論じている。モダニズムから出発しながらも、それを文化的視点から相対化したルドフスキーの活動について、筆者はこう書いている。「彼は〈文化的折衷主義〉こそが、創造性と日常生活の質に豊かさをもたらすことができるモデルだと明言し、順応主義と外国人嫌悪を世界主義的な態度に置き換えるべきだと主張している。(中略)建築からヴァナキュラーなものが消滅したことによる貧困化に関するルドフスキーの非難は、西欧的なものでない文化的な対応の消滅に起因する貧困化に対するレヴィ=ストロースの批判に匹敵しうるものである」。ちなみにルドフスキーとレヴィ=ストロースは同じ1905年生まれである。ルドフスキーが世界的に有名になったのは、1964年にニューヨークのMoMaで開催された〈建築家なしの建築 ARCHITECTURE WITHOUT ARCHITECT〉展と同名のカタログ本によってである。それは当時勃興しつつあったモダニズム批判の先駆けとなり、ジェイン・ジェイコブスの『アメリカ大都市の死と生』、クリストファー・アレグザンダーの『パタン・ランゲージ』、ロバート・ヴェンチューリの『ラスベガス』のみならず、メキシコのルイス・バラガン、スリランカのジェフリー・バワ、ギリシアのディミトリ・ピキオニスといった建築家たちにも大きな影響を与えた。さらに著者は、ルドフスキーの文化人類学的視点を、18世紀啓蒙主義思想ジョン・ロックやジャン・ジャック・ルソーの思想、それに基づくロージェ神父の〈原始の小屋〉にまで遡って論じている。とはいえルドフスキーはあくまでモダニストであり、匿名性への志向は初期モダニズムの社会主義的なデザイン思想の影響を受けたものであることも指摘している。事実、ルドフスキーの建築デザイン・ボキャブラリーはモダニズムのそれである。その点は、最後の「ルドフスキー全作品目録」を見てもよく分かる。本書を読みながら考えたのは、多木浩二が『生きられた家』で提起した問題、つまり文化人類学における非歴史的〈構造〉と歴史的で個別的〈建築作品〉との関係である。例えば先日の〈法政大学建築学科デザインフォーラム2021〉で中谷礼仁さんが、住居の核である〈納戸〉の現代的な例証として篠原一男の〈白の家〉を紹介したのは正しい検証だったのだろうか。もしかすると反動的な主張だったのではないかという疑問である。前者は正真正銘の〈建築家なしの建築〉だが、後者はそうではないからである。来週に中谷邸を訪問するので、その点を問うてみようかと思う。今日、衆議院が解散された。選挙は19日開示、31日投開票である。岸田新内閣の顔ぶれと岸田総裁の一連の煮え切らない発言から推察するに、2017年のような自民党の大勝はなく、かなり減るのではないかと予想される。今日の全国のコロナ感染者619人。東京62、大阪112。減少傾向は定着したのだろうか。


2021年10月13日(水)

小雨が降り続く肌寒い一日。8時過ぎ出社。9時前に事務所を出て表参道駅から田園都市線で渋谷、井の頭線で名大前、京王線に乗り換えて分倍河原駅に9時50分着。歩いて5分でO邸に10時前着。家の前でタカギプラニングオフィス(TPO)のスタッフ3人と木村が待機している。まもなく田中会計士も到着。小川邸にお邪魔してTPOから「165箱の長屋」の賃貸条件についての報告。界工作舍からは4戸のうち一番奥の住戸には専用の庭が付属しているので、賃料を上げてもいいのではないかと提案。再検討を依頼する。TPOの内覧会を12月中旬に、界工作舍のオープンハウスを12月下旬に開催し、来年1月中旬から入居可とするスケジュールを確認する。さらに界工作舍から、賃貸募集の参考資料として「箱の長屋:住まい方マニュアル」について説明する。その後、木村を残して工事中の「箱の長屋」にTPOを案内し、現場監督に12月中のスケジュールを伝える。11時半に現場を発ち12時過ぎに帰社。午後、戸田から松江の「169菅野邸」の基礎配筋検査の写真が届く。夕方、再度、戸田から打ち合わせ終了の報告メールが届く。菅野さんも立ち会ったらしい。18時過ぎに菅野さんから電話で11月上旬に会議で東京に来るとのこと。夫人同伴なので、田中会計士を交えて会食ができればと提案する。界工作舍OBの栃内秋彦さんから、湘南の集合住宅のオープンハウスの案内が届いたので、今週末に見学に行く旨のメールを返送する。16時から第2回〈小嶋一浩賞〉の授賞式とシポンジウムにzoom参加。小嶋一浩賞はドットアーキテクツの家成俊勝、特別賞にはアルゼンチンのイエズス会神父で、東大建築学科吉武泰水研究室で学位をとったホルヘ・アンソレーナ氏が授賞。アンソレーナ氏は上智大学教員で現在は日本在住だが、体調不良のため欠席。引き続き、家成さんのレクチャー。作品をつくることよりも運営や工事までを取り込んだ幅広いユニークな恊働体制に興味を持つ。若さが為せるエネルギーというか、デザインだけではない新しい建築家像の出現を予感させる。アンソレーナ氏の仕事については西沢大良さんが代理でスライド・レクチャー。世界中のスラムを回り住環境の改良活動に携わるイエズス会牧師ならではの活動である。続いてシンポジウム「建築家は誰のものか」。参加者は、西沢大良+塚本由晴+乾久美子、司会は長田直之。塚本さんは〈専有―共有〉を縦軸とし〈空間―事物連関〉を横軸にした座標上に現代のさまざまな建築活動を位置づけ、第1象限の〈専有―空間〉にトップダウン的な建築家+資本の活動を、第3象限の〈共有―事物連関〉にこれからのボトムアップな建築活動を位置づける視点を提唱する。西沢大良さんも〈国家―資本―市民〉の三角形図式の中で、市民中心への活動への移行を提唱する。これに対して乾さんは、京都市立芸術大学と延岡駅周辺整備プロジェクトを例に取り上げて、計画・設計活動も使用者・クライアントも複合した仕事について紹介する。トップダウンかボトムアップかという視点で見れば、塚本・西沢は主張の内容(ボトムアップ)と説明の仕方(トップダウン)が矛盾しているが、乾は一貫している点が興味深い。議論は続いていたが18時にzoomから退出。18時半から〈法政大学建築学科デザインフォーラム2021の第3回、岡啓輔の「蟻鱒鳶ルつくって鱒」にzoom参加.する。岡さんによる〈蟻鱒鳶ル(ありますとんびる)〉についての1時間半のレクチャーを聴講。ややお為ごかしっぽい思い出話に少々辟易するが、〈蟻鱒鳶ル〉はDIYの凄い建築である。ディスカッションが始まったところで20時に退出。今日の全国のコロナ感染者731人。東京72、大阪125。昨日から少し増えている。嫌な予感がする。


2021年10月12日(火)

曇り一時雨の涼しい一日。『建築雑誌』11月号の連載原稿を書き始める。しかしいつものように冒頭の書き出し部分で何度も躓き進まない。言いたいことははっきりしているのだが、適切な言葉が見つからないのである。こういう時はしばらく時間を置くしかない。佐々木構造計画から「169菅野邸」の鉄骨製作図のチェックバックが届いたので、大同建設へ送るチェックバック図面について戸田と打ち合わせる。引き続き「170 M邸」の減額変更案についても打ち合わせ。夕方までに界工作舍としての減額案がまとまったので、詳細なコメントを加えてMさんに送信する。思い切った減額提案なのでどこまで採用されるだろうか。戸田が迷惑メールの中に「169菅野邸」の追加見積のメールが紛れ込んでいることを発見したのでびっくりする。何が原因なのかわからないが、ともかく菅野さんに報告する必要があるので、これまでの追加工事の見積をまとめて送るように大同建設に依頼メールを送る。『バーナード・ルドフスキー』は、第2章「生活技術についてー生活の自然哲学」を読み終えて、第3章「好奇心教授法」に進む。第2章では、1950年代から1960 年代にかけてヨーロッパでは構造人類学、歴史学、社会学が交錯し盛り上がったこと。ルドフスキーはレヴィ=ストロース、リュシアン・フェーブル、フェルナン・ブローデル、フィリップ・アリエス、ミシェル・フーコー、カルロ・ギンズブルグ・ジャック・ル=ゴフらといった思想家の研究を学んだという。同時にルドフスキーはウィリアム・モリスやアドルフ・ロースの影響も強く受けた。さらに靴や衣服についてもルドフスキーは一家言を持ち、ベルナルド・サンダルズやベルナルド・セパレーツ(1枚の布による服)などを商品化し、プレイ・クローズという脚の装飾品をもデザインしている。要するにルドフスキーは建築家であると同時にライフスタイルのデザイナーであり、各種の展覧会でそれを伝えようとしたのである。今日の全国のコロナ感染者611人。東京77、大阪103。下げ止まりが続く。


2021年10月11日(月)

今日も晴れで残暑が続く。8時半出社。出社前のスタッフに、今週のスケジュールと作業を確認するメールを送る。今週はいくつかの建築の仕事が重なっているので、作業を効率的に進める必要があるためである。Mさんから「170 M邸」の既存住宅の解体について追加条件のメールが届く。戸田に対しては、減額案をまとめる際にMさんから何回かに分けて断続的に届いた変更項目を見落とさないように注意を促す。前田記念工学振興財団の事務局から今年度の前田工学賞の応募状況に関する報告メールが届く。建築部門の博士論文の応募は前年度と同じく17篇と多い。論文審査は審査員全員で行うので、去年と同様にかなりヘビーな作業になりそうだ。できれば一次審査で絞り込みたい所である。一方、研究助成申請は去年よりも応募数が減ったので、一次審査は審査員全員で行う旨を事務局に進言する。今回から陣内秀信さんが審査委員に加わるので、審査手順を知ってもらうにはいい機会だろう。夜、facebookに布野修司さんから11月13日(土)にA-ForumのAB(Architect Builder)研で、松村淳さんに『建築家として生きる』について話してもらうので、コメンテーターとして参加してほしい旨の依頼メッセージが届く。スケジュールは大丈夫なので快諾の書き込みをすると、まもなくフォーラムのパンフレットのメールが届く。松村淳の『建築家として生きる』が話題になっていることは知っていたが、ピエール・ブルデュー社会学の応用だと聞き、大体の内容は予想できたので読む気にはならなかった。『建築雑誌』2021年4月号の特集「デザインと権利」の連載に「MUJIHOUSEの意匠権」を書いたが、そこで少しだけ建築界の暗黙の倫理について書いた。いずれにせよ、いい機会なので読んで見ることにしAmazonに注文する。『バーナード・ルドフスキー』は、第1章「建築作品についてー建築の自然哲学」を読み終えて、第2章「生活技術についてー生活の自然哲学」に進む。建築家としてのルドフスキーは住宅を建築の中心に据えてデザイン活動を展開したようだ。デザイン・ボキャブラリーは完全にモダニズム言語であり、著者によればアドルフ・ロースやヨーゼフ・フランクに近いという。とはいえモダニズム様式には興味を持たず、モダニズム言語を生活様式に結びつけようとしたという。世界中のアノニマスな建築に興味を持ち収集して回ったが、自然発生的なデザインや歴史主義への退行は拒否した点が興味深い。ロシア系イギリス人の建築家サージ・シャマイエフと親交が深く、シャマイエフとクリストファー・アレグザンダーの共著『コミュニティとプライバシー』を高く評価していたらしい。アレグザンダーの『パタン・ランゲージ』をルドフスキーがどう評価したかは興味あるところだが、壁で囲まれた屋外空間を指す〈正の屋外空間 Positive Outdoor Space〉というパタンは、ルドフスキーの中心的なデザインボキャブラリーなので共感しただろう。しかし一方でアレグザンダーのアルカイックな建築表現は拒否したのではないかと思う。今日の全国のコロナ感染者369人。東京と大阪はいずれも49人で今年最少である。


2021年10月10日(日)

曇りのち晴れの過ごしやすい一日。10時半出社。Mさんと「170 M邸」のこれまでの見積の経緯についてメールのやりとり。TH-1を特命に選んだ理由について詳しく説明し、やや高めの見積金額の理由についても「169菅野邸」の見積と比較して大差がないことを説明する。午後に返信メールが届き、ようやく納得してもらえたようだ。ともかくじっくりと話し合いをすることが重要であることの例証である。『バーナード・ルドフスキー 生活技術のデザイナー』(アンドレア・ボッコ:著 多木陽介:編訳 鹿島出版会 2021)の再読を開始。「バイオグラフィー」を読み終わり、第1章「建築作品についてー建築の自然哲学」に進む。「バイオグラフィー」ではルドフスキーの障害がコンパクトに紹介されている。1905年にモラヴィアで生まれたルドフスキーは、ウィーン工科大学を出てからベルリンの設計事務所に就職し、地中海沿岸の集落を調査して回った後に一時期ナポリで働き、1935にパリを経由してアメリカに渡る。この間にジョセッペ・パガーノ、ジオ・ポンティ、ル・コルビュジエ、フランク・ロイド・ライトら多くの近代建築家たちと知り合う。1940年代はニューヨークで過ごし、1948年にアメリカに帰化する。1961年にMoMaで開催された〈建築家なしの建築〉展は大きな反響を与えた。剣持勇の招聘で何度か来日し日本文化を高く評価するようになる。その後も世界中のアノニマス建築を収集する旅を続け1988年にニューヨークで亡くなるまで著作や展覧会で紹介する。今日の全国のコロナ感染者553人。大阪だけ105で、他はすべて100人以下である。いよいよ終息が近いのだだろうか。


2021年10月09日(土)

曇りで過ごしやすい一日。Mさんから「170 M邸」の査定回答に関するコメントメールが届く。界工作舍のコストダウン変更案に対する幾つかの復活と変更項目の要望が届いたので、了解の確認メールを返信する。11時半に週末定例の所内打ち合わせ。「170 M邸」のコストダウン案と見積の方針を確認する。午後は『建築雑誌』12月号の連載と『建築技術』誌の原稿スケッチの続行。16時半に帰宅。夕方Mさんから再びメールが届く。TH-1の査定回答が当初予算からかけ離れているので、少々動転しているようだ。他社への再見積の提案までしているので今更とは思ったが、改めてTH-1の特命見積にした経緯について詳細に説明し、どうしても他社との比較をしたいのであれば、丸山さんから候補の工務店を紹介してもらいたい旨を返信する。これまでの経験では、それによって工事費が下がった試しはない。『都市美』は「対話するアートとは何か」(高橋綾子)と「ポストメモリーとしての〈大東亜共栄圏〉―隣組と町内会」(布野修司)を読み終わりすべて読了。高橋はマルティン・ブーバーの対話哲学を参照しながら、あいちトリエンナーレ2019「表現の不自由展・その後」の顛末に触れ、アートとの対話について論じている。高橋は展覧会の関係者なので、このアートとの対話問題においてもシリアスにならざるを得ない立場だったようだ。布野の論文は、太平洋戦争時の大東亜共栄圏思想を振り返り、国内における〈隣組と町内会〉の制度がいかに地域共同体を規制していたかについて歴史的に検証し、さらにその制度がインドネシアの〈カンポン〉に引き継がれた経緯について紹介した上で、共同体の〈作法〉に関する問題提起を行なっている。布野はこういっている。「共同体をめぐっては「都市美」創刊第1号の特集が示すように多くの議論が積み重ねられている。確認すべきは、基本的に、共同体が内部構成員の保護(相互補助機能)と内部構成員の統制(支配強制機能)の二重の機能を持っていることである」「根底で問われているのは、日本において〈地域〉とは何か、〈コミュニティ〉とは何かである。すなわち、国家と個人の間に〈地域社会圏〉〈コミュニティ権〉を確立するその集団的主体をどう構築するか、どこに可能性を見出すか、ということである」。これは僕が体験を通じて長年抱いてきた共同体に対する疑念のきわめて的確な指摘であり、問題提起といってよい。この問題について布野はこう結論づけている。「国家の制度に回収されない、自律的なコミュニティを確立していくためには、国境を越えた経験交流を基礎にしたネットワーク構築がひとつの大きな力になる」。僕にとっては、布野の本論文に出会ったことが『都市美』第2号の最大の収穫である。今日の全国のコロナ感染者777人。感染者数は東京も大阪も100人以下になる。


2021年10月08日(金)

ピーカンの快晴で残暑の一日。8時半出社。今日が「170 M邸」の査定回答の締切日だがTH-1からは午後になっても回答が届かない。先週からそれなりの時間をとったはずだが夜になっても届かないので、痺れを切らして20時過ぎに電話で状況を打診する。21時前にようやく査定回答が届く。予想よりも厳しい回答金額だが、そのままMさんに転送し、先週末に提案した設計変更案に基づいて減額の検討に着手する旨を伝える。岸和郎さんから作品集『TIME WILLTELL』が届く。先頃の京都工繊大での展覧会のカタログのようだがずいぶん分厚い立派な本である。出版社は韓国のようだ。直ちにお礼のメールを送る。『都市美』は「地域とともにある大学」(蜂屋景二)と「街と人がアートを作り楽しむ空間を」(岡安泉×山本理顕)を読み終わり、「対話するアートとは何か」(高橋綾子)に進む。蜂屋は現在建設中の〈名古屋造形大学名城公園キャンパス〉のカリキュラムと建築について紹介している。無印良品社長、金井政明と山本理顕の対談について言及しているのは、大学キャンパスに無印良品を導入するのだろうか。照明デザイナーの岡安と山本の対談では、横須賀美術館以来の協働を振り返りながら、アート作品としての照明デザインの可能性について議論している。設計中の台湾の〈桃園市立美術館〉の壁面照明の試みについても紹介している。本誌を読みながら、特集テーマである建築と作法の関係は、一般的に論じると僕のようにアレルギーを感じる可能性があるが、具体的な実践事例について論じると抵抗を感じないことを感じる。つまり作法の問題は、個別的な事例において議論すべきテーマのように思える。Dezeenでダニエル・リベスキンドがデザインした〈オランダ・ホロコースト・メモリアル@アムステルダム〉を見る。鋭角的に並ぶレンガ壁の上空に、微妙な角度でズラしたステンレスの鏡面壁を浮かしたデザインである。一枚一枚のレンガにアウシュヴィッツの犠牲者の名前が刻まれている。人はそこに何かが宿っていることを感じ取り、注視し、手で触れる。固有名が喚起する記憶の魔力が普遍的であることを感じさせるモニュメントである。(https://www.facebook.com/kazuhiko.namba/)今日の全国のコロナ感染者827人。東京の感染者数は138、一都三県の合計263は全国の31.8%、大阪166。


2021年10月07日(木)

曇りで過ごしやすい一日。9時出社。佐々木構造計画から「169菅野邸」の基礎施工図とコンクリート打設計画図のチェックバックが届いたので、大同建設に転送する。鈴木工務店から「165箱の長屋」の設備囲いスクリーンに関する質疑が届いたので、木村と相談し回答のスケッチを返送する。隣家の防火窓対策について打ち合わせ。結論はコスト次第なので未決定である。『都市美』は横浜都市デザインの作法」(北山恒)と「未来の横浜市民のために」(横尾周)を読み終わり「地域とともにある大学」(蜂屋景二)に進む。北山は戦後の横浜の都市計画史をたどり、横尾は山下埠頭のIR計画に対する代替案である〈地域社会圏案〉について説明している。先頃の選挙で横浜市長が変わったので、計画が見直されることを期待しよう。『建築雑誌』10月号所収の中谷礼仁の論文「鋼の構築様式エクストラクト」で紹介されているURLをネットで検索し、「生活環境構築史」第3号特集「鉄の惑星・地球」に収められている「鋼の構築様式」(中谷礼仁+松田法子)を読む(https://hbh.center/03-issue_04/)を読む。〈構築様式〉という概念について中谷はこう説明している。「構築様式の基本的構成要素を大きく3つに分けてみたい。第1に、々獣柩夕阿箸録祐屬砲茲覺超形成に関わる生産様式(マルクス)である。つまりその様式は物理法則に基づくが、同時に人類の各時代における発見的契機によって歴史的事象として形成される。つまり、第2に構築様式にはそれに応じた人間実践の過程が含まれている。そして第3に、生環境の構築にかかわる物理と実践の融合の影に必ず構築0──すなわち地球活動自体──と人間社会の関係の再組織化(新様式)が生じている。それに応じて、同社会ひいては人間の位置付けも不可避的に変更される」。少々分かりにくいが、要するに人間の生活環境の構築の仕方を、地球環境史の中に位置づけ、建築材料がどこで産出され(構築様式1)、どこで精錬され(構築様式2)、どこに運ばれて、都市と建築として構築されているか(構築様式3)を定義する疑念である。中谷は、ミース・ファン・デル・ローエの〈フリードリッヒ街のスカイスクレーパー〉、イワン・レオニドフの〈レーニン研究所〉、バックミンスター・フラーの〈クラウドナイン〉を紹介しながら、近代建築における鋼鉄の可能性を検証した上で、鋼鉄は生産地と構築地(都市)が異なり、両者は海運によって結ばれるため、都市は海岸に集中することになること。しかし中国では両者が一致しているため、内陸に都市が建設され、構築様式が一体化していることを検証している。壮大な歴史観に圧倒されるが、これも地球環境問題への意識に結びついているように思える。今日の全国のコロナ感染者は972人。東京の感染者数は143、神奈川102、一都三県の合計356は全国の36.6%、大阪165。下げ止まり状態が続く。


2021年10月06日(水)

晴れのち曇りの暑い一日。9時出社。熊本の「163保田邸」の保田さんから9月の温湿度データが届く。9月から10月にかけては残暑が続いているため、今もエアコンの冷房運転を続けているようだ。〈箱の家〉にソーラーバッテリーが搭載されていない理由を訊かれたので、単にコストの問題であることを返信する。最近はソーラーバッテリーもかなり安くなっているので、今後は考慮する考える必要があるかもしれないと応答する。戸田と「169菅野邸」の鉄骨構造図と外階段について打ち合わせ。取り急ぎ鉄骨外階段製作図をまとめ、コメントを加えて大同建設に送信する。まもなく大同建設から基礎施工図とコンクリート打設計画書が届いたので、佐々木構造計画に転送する。13時過ぎに木村が「165箱の長屋」の現場監理から帰社したので、Oさんと田中会計士に現場監理報告と写真を送る。「169菅野邸」の鉄骨製作図のチェック図と接合部の詳細図を戸田がまとめたので、佐々木構造計画へ送り鉄骨システムの統合を依頼する。18時半から〈法政大学デザインフォーラム2021〉の第2回、能作文徳の「野生のエディフィス」をzoomで聴講する。山道拓人の司会で、まず能作さんが1時間余のレクチャー。ブルーノ・ラトゥールのアクター・ネットワーク論(ANT)のモダニズム、ポストモダニズム、ノンモダニズムの比較論から説き起こし、福島の原発事故を契機に建築へのスタンスが転換したことについて述べ、その後の仕事である〈西大井の穴(自邸)〉〈富山のリノベーション〉〈明野の高床〉を紹介する。19時半過ぎから山道さんの質疑が始まったところで20時前に食事のため一時退席。ラトゥールのANTによるノンモダニズム論が能作さんの理論武装のようだが、この理論の一般的適用性について議論すると、理論本来の趣旨からズレて、俯瞰的な議論になり理論と実践が自己矛盾に陥る。能作さんはその点にうすうす気づいているようで、具体的な創作活動においては一般性を目指そうとは思わないとはっきり宣言した。20時半前に聴講を再開し、下吹越さんが僕のコメントを読み上げたことを確認し他ところで20時45分に終了。『都市美』は「一人ぼっちの作法」(仲俊治)を読み終わり「横浜都市デザインの作法」(北山恒)に進む。「一人ぼっちの作法」において仲は、知的障害者の生活施設の増改築の仕事について詳細な報告を行っている。空間構成が知的障害者の心理と生活に与える影響の緻密な考察から始まり、構造や環境のシステム、景観など、きめ細やかなデザインに感心する。仲さんは山本理顕の弟子だが、山本のような明解なシステムは持ち込まず、柔らかな空間にまとめている。今日の全国のコロナ感染者は1,126人。東京の感染者数は149人。一都三県の合計362は全国の32.1%、大阪209。


2021年10月05日(火)

今日も秋晴れで清々しいが暑い一日。9時出社。「169菅野邸」の工事の進行状況が気になるので、大同建設と龜谷さんに現場写真を送るように依頼メールを送る。NICHIHA SIDING AWARD 2021の受賞した24作品を見ながら総評をまとめてサポートセンターに送る。間もなくサポートセンターから訂正の要望メールが届く。僕の思い違いを指摘されたので修正して返送する。引き続き『建築雑誌』12月号の連載原稿のスケッチを再開し、全体の構成をほぼ固める。今月末が締切の『建築技術』誌の原稿スケッチを開始する。まずは書き出しをどうするかが課題である。監訳を担当した『スーパーシェッズ』(クリス・ウィルキンソン:著 難波和彦+佐々木睦朗:監訳 鹿島出版会 1995)を再読しながら、書き出しをスケッチしてみる。『都市美』は「建築空間は作法を演じる舞台である」(山本理顕)、対談「伝える作法」(津田大介×山本理顕)、対談「両側町の作法」(鷲田清一×山本理顕)を読み終わり「一人ぼっちの作法」(仲俊治)に進む。山本理顕の考えでは〈作法〉は〈機能〉に代わる計画・設計概念である。原広司はかつてモダニズム批判として「機能から様相へ」を唱えたが、山本理顕は〈様相〉に代えて〈作法〉を提唱しているわけである。様相は哲学的な概念であると同時に建築や街のシルエットを表す曖昧なデザイン概念だが、それに対して作法は人間の活動に関する具体的な計画概念である。二つの対談では、人間の活動を限定し分離する機能概念に代えて、共同体に所属する人間の広義の行動様式としての作法に注目することの重要性について議論している。僕は東京で大学生活を始めるまでは山口県の小さな町で過ごした。大学を出てからは何度か市長に呼ばれて故郷の街づくりを手伝ったが、地元の共同体の作法の嫌な面を散々体験させられた。このため山本理顕の作法論の重要性は頭では十分に理解できるのだが、大都市における共同体再生の試みにはなかなかついていけない面があるのである。対談相手の津田大介や鷲田誠一は、ときどき共同体における作法の排他性に注意を喚起してはいるが、なかなか議論の前面には浮かび上がらない。住宅を集合化し経済活動を持ち込むという山本の提案については大いに賛同するが、その前提となる共同体に対しては、僕はやや腰が引けるのである。今日の全国のコロナ感染者は982人。東京の感染者数は144人。一都三県の合計340は全国の34.6%、大阪176。やや下げ止まりの感じである。


2021年10月04日(月)

秋晴れだが残暑が続く一日。8時半出社。「165箱の長屋」二期計画のチェックバック図を木村に渡し修正を指示する。「170 M邸」の質問に対する回答を戸田がまとめたので、Mさんにメール送信する。『建築雑誌』11月号連載原稿の最終ゲラが届く。とくに加筆校正の必要はないので、その旨を編集部に返信する。連載は残すところあと1ヶ月である。大同建設から「169菅野邸」の基礎の配筋検査を10月13日(水)に実施してもらいたい旨のメールが届く。佐々木構造計画に連絡をすると、担当の瀧本さんは参加可能であるとのこと。当日、僕は「165箱の長屋」の賃貸条件に関するクライアントのOさん、田中会計士、タカギプラニングオフィスの三者会談に参加予定なので、担当の戸田に同行してもらうこととし、出雲空港への往復航空券を予約購入する。難波研OBの別枝大輔 さんから、山口陽登さんの大阪市代への講師就任祝賀会に関するメールが届く。開催日は参加可能な人が一番多い10月23日(土)とし、開催場所は大阪市内の山口さんの事務所YAPになる。10月中は大阪の飲食店では4人以上の会合は開催できないからである。『バーナード・ルドフスキー』は「日本語版への序」と「序文」を読み終わり「バイオグラフィー」に進む。ルドフスキーは1905年にモラヴィアで生まれ、1922年にウィーン工科大学に入学した。このためウィーンに縁が深いアドルフ・ロースやヨーゼフ・フランクの建築や文献を勉強したらしい。山本理顕さんから『都市美』第2号が届く。特集テーマは〈公的空間の作法〉。2019年8月に第1号〈コミュニティ権 新しい希望〉特集が出てから、かれこれ2年になる。内容に興味を持ったので、第1号が出た直後に山本さんに『建築雑誌』2020年5月特集〈社会のマテリアライゼーションー建築の社会的構築力〉の座談会〈建築空間と社会学〉に参加してもらった。若い編集委員とはややすれ違い気味の座談会になったが、その時に山本さんから第2号のテーマは〈作法〉にする予定であると聴いた。2020年末には出す予定といっていたが、約1年遅れの出版である。直ちにお礼のメールを送る。とりあえずルドフスキーは後回しにして早速読んでみよう。今日の全国のコロナ感染者は602人。東京の感染者数は87人。一都三県の合計224は全国の37.2%。月曜日現象かもしれないが、全国の都道府県すべてで100人以下となる。明日の感染者数で終息かどうかが決まるだろう。


2021年10月03日(日)

今日もピーカンの晴れで暑い一日。10時出社。木村がまとめた「165箱の長屋」の二期計画の図面をプリントアウトして検討する。修正のスケッチを描き込み、明朝に木村に修正を依頼しよう。豪徳寺のMさんから、昨日送った「170 M邸」のコストダウン変更に関する質問メールが届く。明日、戸田と検討して回答を返信しよう。ニチハコンペの総評、『建築雑誌』連載、『建築技術』誌などの原稿スケッチを始める。佐々木構造計画から「169菅野邸」の土間スラブ施工図と浴室周り構造システムの変更に関する回答メールが届いたので目を通す。『バーナード・ルドフスキー 生活技術のデザイナー』(アンドレア・ボッコ:著 多木陽介:編訳 鹿島出版会 2021)を読み始める。ルドフスキーについては『建築家の読書塾』(難波和彦:編著 みすず書房 2015)で『驚異の工匠たち』(渡辺武信:訳 鹿島出版会 1981)をとり挙げたことがある。建築家にとっては『建築家なしの建築』(渡辺武信:訳 鹿島出版会 1984)が最も有名であり、この本はモダニズムに対する根底的な批評となりヴァナキュラーな建築に対する興味を引き起こした。しかしルドフスキーの活動は建築を超えて生活全体を包括していたというのが本書に趣旨である。じっくりと読んでみよう。夜、TVでNHKスペシャル『中国共産党 一党支配の宿命』を見る。今年は毛沢東が中国共産党を設立して100年目になるらしい。若い時は毛沢東の秘書を務め、一時は監禁されたこともあるが、最終的には中国共産党の幹部となり、一貫して政治改革を訴え2019年に101歳で亡くなった〈李鋭〉という人物の70年間の日記を通して、中国共産党がどのようにして一党支配を維持し続けてきたのかを描いた興味深い番組である。毛沢東による文化大革命、小平による改革開放と天安門事件、習近平による香港の粛清など、権力集中がもたらした粛清の歴史と一党独裁の宿命を赤裸々に描いている。今日の全国のコロナ感染者は968人。東京の感染者数は161、一都三県の合計356は全国の36.8%。大阪136。新内閣の成立とともにコロナも終息するのだろうか。


2021年10月02日(土)

台風一過の快晴で残暑の一日。8時半出社。11時半から定例の所内打ち合わせ。戸田がまとめた「170 M邸」のコストダウン変更案について検討し設計変更案をリストアップし、変更仕様のカタログを添えてMさんに送る。大同建設から「169菅野邸」の2階浴室周りの変更詳細図が届く。設備的な問題がないかどうかを確認した上で、佐々木構造計画に構造システムの問題がないか検討依頼のメールを転送する。木村から「165箱の長屋」の二期計画の変更案が届いたので検討する。まだ改良の余地があるかもしれない。『建築雑誌』2021年10月号が届いたので、界工作舍HPとfacebookにアップする。特集テーマは『人新世の建築・都市論―SDGs、コモンズ、脱成長をめぐって』。人新世における建築と都市のあり方について様々な視点から論じている。特集をめぐる連載記事では「工業化住宅 再考」と題して、住宅の構法の変遷を歴史的に振り返り、アルカイックな構法をデジタル・ターンによる工業化構法によって組み換える方向性について検討している(http://jabs.aij.or.jp)。『マイホームの彼方に』は、おわりに「新たな〈約束〉に向けて」を読み終わり、読了。本章では、日本の戦後の住宅政策が一種の開発主義であり、経済政策の中でも一貫して大きな比重を占めていたこと。政府主導の持ち家推進政策が、核家族中心の中間層の形成と緊密に結びついてきたこと。さらに持ち家推進政策は1990年代のバブル崩壊後や2008年の世界恐慌後も、新自由主義による市場化によって推進され続けたことが改めて確認されている。一方で、低所得者や単身者向けの賃貸住宅に関する住宅政策はほとんどなく、社会的再分配の機能が一貫して弱かった点が問題視されている。そしてその点を転換することが、低成長時代の主要な政策課題であるというのが著者の結論である。本書は徹底的にデータを集めることによって、戦後の住宅政策の変遷を詳細に辿った労作といってよい。僕にとっては、戦後の持ち家推進の住宅政策が、政治的にも経済的にもきわめて重要な位置を占めてきたことを改めて確認できたことが最大の収穫である。というのも僕の見るところ、住宅産業は政治・経済的には傍流であり、建設業界でそれほど大きな比重を占めているとは考えていなかったからである。逆に見れば、近来の住宅建設の需要低下を受けて、主要都市における巨大な都市開発と商業建築の建設が興隆していることや、地方における公共建築の建設計画が推進されていることが、実は大きな代替政策になっていることも歴史的に理解することができるのである。最近のプロポーザル・コンペの頻発はその一環ではないだろうか。ともかく学ぶところが大きい読書だった。今日の全国のコロナ感染者は1,246人。東京の感染者数は196、一都三県の合計417は全国の33.5%。大阪184。徐々に感染が収束に向かっているが、今日の人手の多さを見ると揺れ戻しの第6波が来るような気もする。


2021年10月01日(金)

台風16号が近づき激しい風雨が続く肌寒い一日。8時半出社。『建築雑誌』編集部から11月号の連載原稿ゲラが届いたので加筆校正して返送する。朝一番に大同建設に「169菅野邸」の基礎の配筋検査の日程の確定と鉄骨ファブの情報を依頼するメールを送る。夕方、大同建設から「169菅野邸」の鉄骨製作図が届いたので、佐々木構造計画に転送しチェックを依頼する。「165箱の長屋」の〈生活マニュアル〉をさらに推敲し、木村に送ってチェックを依頼する。「165箱の長屋」のクライアントのOさんと既存住宅の防火窓についてメールのやりとり。大阪市大難波研OBの別枝大輔 さんと、山口陽登さんの大阪市大講師就任の祝賀会の日程についてメールのやりとり。OBOGが集まることができるのは10月下旬になりそうだ。『マイホームの彼方に』は、第6章「成長後の社会の住宅事情」を読み終わり、おわりに「新たな〈約束〉に向けて」に進む。第6章では、バブル崩壊(1990年代)や世界金融危機(2008)以後の低成長時代における政府の住宅政策の転換に関する詳細な紹介である。バブル崩壊以降も政府はしばらくの間は持ち家を促進する政策を続けたが、デフレの進行による住宅価格の低下によってうまくいかなくなる。この時期のキーワードは、少子高齢化と経済停滞に伴う〈個人化〉と〈家族化〉である。個人化とは結婚しない若者が増えることであり、家族化とは結婚しない若者が両親の家に留まることである。この時期に、戦後からずっと続いていた持ち家住宅の獲得を〈あがり〉とする〈住宅すごろく〉のパターンが崩壊する。今日の全国のコロナ感染者は1,447人。東京の感染者数は200、埼玉105、千葉75、神奈川117、一都三県の合計497は全国の34.3%。大阪241。


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