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箱の家 PROJECT 青本往来記
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コンパクト箱の家

2021年06月18日(金)

晴れのち曇りのやや蒸し暑い一日。8時半出社。大同建設と「169菅野邸」の1階のタイル床仕上についてやりとり。現設計では既存の鉄平石を再利用する仕様だが、指定した面積には足りないようだ。玄関アプローチに使用するように指示する。2階の台所ドアの網戸についても納まりを再検討した図面を送信する。戸田と「170M邸」鉄骨造変更案について打ち合わせ。耐火塗料のような特別コストアップになるような仕様までは必要ないようだ。構造システムはより単純になるが、その分建物全体の形が大きく変わるだろう。建設コストは木造よりも1割程度アップするだろうが、天井はすべてキーストンプレートになるので、内装制限は問題なくクリアできる。構造システムの検討を佐々木構造計画に依頼することになるので、実施設計のまとめまでは最低2ヶ月は必要だろう。以上をまとめて簡単なスケッチを添えてMさんに送信する。17時半から『世界建築史15講』の第6回「ビフォア・ザ・バウハウス:近代建築の成立の起源を問う」のzoom講義開始。講師は日大の建築史家の田所辰之助さん。司会は明治大の青井哲人さん。田所さん自身が翻訳した『ビフォーザバウハウス』(ジョン・V・マシュイカ:著  田所辰之助+池田祐子:訳 三元社 2015)に関する講義で、バウハウスに対して批判的な建築史家がヘルマン・ムテジウスの活動を紹介しながらバウハウス以前の表現主義やドイツ工作連盟の歴史的な意義について議論を展開するが、焦点がはっきりしない約1時間半の冗長な講義に少々辟易する。引き続き京都美術工芸大学の若い建築史家の江本宏さんによる批評的なコメントレクチャー。江本さんは鈴木博之さんの弟子で、ジョン・ラスキンに関する『歴史の建設:アメリカ近代建築論壇とラスキン受容』(東京大学出版会 2019)の著者である。著書と同じようなスタンスで『ビフォーザバウハウス』を他の関連文献と比較しながら相対化しようとするメタ批評的な講義である。歴史家にありがちなメタ批評には〈上から目線〉によって聴講者を見下すようなスタンスを感じるので、聴いている方はあまり居心地がよくない。若い建築史家の挑戦的な問題提起として聴き流す。引き続き中川武さんと布野修司さんによるバウハウスの歴史的限界に関する短いコメントがあり20時前に終了。2時間半のやや冗長な講義だった。『テクノロジーの世界経済史』は「序論」を読み終わり、「第1章「産業革命前の技術の歴史」に進む。「序論」で著者はこう書いている。「工業化の初期段階では、技術の進歩に伴って多くの人の生活水準は低下した。1750年以後の一世紀間に出現した言葉がその何よりの証拠である、〈工場〉〈鉄道〉〈蒸気機関〉〈産業〉という言葉はこのとき誕生したが、同時期に〈労働者階級〉〈共産主義〉〈ストライキ〉〈ラッダイト〉〈貧困層〉という言葉も生まれている。最初の工場の出現で始まった産業革命は鉄道の建設をもって終わりを告げるが、それが『共産党宣言』と同時期だったことを忘れるべきではない。産業革命は多くの革命的技術を生むと同時に、多くの政治革命をも引き起こしたのである」。つまり技術革新が補完技術であるか置換技術であるかによって、アダム・スミス的な経済発展をもたらすか、ジョセフ・シュンペーター的な〈創造的破壊〉をもたらすかに分かれるのであり、近来の情報革命においても同様な事態が生じるのではないかというのが本書の問題提起である。今日の全国の感染者は1,623人。東京の感染者は453人、千葉135人、神奈川231人、一都三県の合計883人は全国の54.4%。依然として首都圏集中が続く。


2021年06月17日(木)

曇り後晴れの過ごしやすい一日。8時半出社。10時から先週に引き続き『建築雑誌』10月号特集「人新世の建築・都市論」に関するzoom座談会開始。登壇者は東工大の塚本由晴さんと庄ゆた夏さん、工学院大の富樫英介さん、法政大の川久保俊さん。司会は編集幹事の能作文徳さん。参加者は編集委員の中川純さん、川島範久さん、僕の3人。川久保さんによるSDGsの概要説明から始まり、富樫さんによる環境技術史に関するコメント、庄さんによるウガンダの建設状況の経験から見たSDGsへの批判、塚本さんによる千葉の里山復興の活動を通したDDGsへの批判へと展開する。登壇者が総じてSDGsの世界標準的視点からのトップダウン的発想に対して批判的である。要するにポリティカル・コレクトネスに対する抵抗である。それよりも登壇者それぞれの価値観に基づいたボトムアップで具体的活動の報告の方にリアリティが感じられる。先週の座談会よりも議論が現実的である点が印象的だが、それにしても強く記憶には残らないのはなぜなだろうか。多分、自分の活動に引き寄せて捉えられないからではないかと思う。田中会計士から「165箱の長屋」の上棟式の日程に関するメールが届いたので鈴木工務店に転送する。建方は7月第1週の予定だが、上棟式は7月半ばに変更される。松江の大同建設と「169菅野邸」の仕様変更についてメールのやり取り。『テクノロジーの世界経済史』は「はじめに」を読み終わり「序論」に進む。「はじめに」で著者はこう書いている。「本書の主張の一つは単純明快である。技術の進歩に人々がどう対応するかは、所得が増えるか減るかに左右されるということだ」。それを決定づけるのは、技術革新が労働を補助する〈労働補完技術〉か、労働に置き換わる〈労働置換技術〉かにかかっている。前者の御術革新は受けいれられるが、後者の場合は労働者の抵抗を引き起こす。産業革命の際にラッダイト運動が勃発したのは自動織機の発明が後者の技術だったからである。にもかかわらず産業革命が最初にイギリスで起きた理由は、機械化によって利益を得る資本家の側が初めて政治的影響力を手にしたことにある。これを読んで、同じような指摘をどこかで読んだことを思い出す。『資本の世界史』(ウルリケ・ヘルマン:著 猪股 和夫:訳 太田出版 2015)である。2015年12月7日(月)の日記に僕はこう書いている。「『資本の世界史』を読み始める。冒頭でいきなり思わず膝を打つような指摘に出会う。産業革命が最初に生じたのはイングランドだが、それはなぜかという疑問に対する著者の回答である。それは当時のイギリス人の賃金が世界で一番高かったからである。つまり人間の労働力を機械で代用することによって初めて利潤が上がったのである。この歴史的事実が教えているのは、資本主義は実質賃金が上がる限り安定して発展していくという教訓である。本書が主張しているのはこの点であり、明らかに新自由主義経済の考え方とは異なる。僕はこれまで住宅生産の工業化が進まない根本的な要因は大工の賃金の低さにあると考えてきた。この主張が奇しくも本書の指摘に傍証されたので膝を打ったのである」。さらに本書を読み終わった2015年12月29日(火)にはこう書いている。「『資本の世界史』を読み終わる。ずいぶん時間がかかったのは、経済システムにおける部分(ミクロ)と全体(マクロ)、あるいは経営経済学と国民経済学の対立や矛盾を十分に理解できなかったからである。まず最初に資本主義を駆動するのは高い賃金であるという結論には目の鱗が落ちる。著者はこう言っている「賃金はコストの負担要因と見なされできるだけ抑えたほうがいいとされがちです。でも近代的な資本主義の発展に示されているように、高い賃金というのはエンジンすなわち成長を生み出す生産性の進歩の推進力です」。高い賃金は消費をもたらし需要を生み出すだけではなく生産の効率化のためのイノベーションを促す。逆に経営者が経費を減らすために賃金をカットすると消費が低下しその結果生産が停滞するというデフレ・スパイラルに陥る。富裕層は不安に駆られて投資によりも貯蓄に向かう。個々のミクロな行動は合理的に見える意図に基づいていてもそれが集合するとマクロ的にはその意図とは逆の結果がもたらされるという矛盾である。それは大企業においても同じなので結局マクロな国民経済は国家が制御するしかない。つまりボトムアップだけでは成り行かず、トップダウンが不可欠であるということである。新自由主義経済はその定義とは裏腹に国家によって支えられているというのが著者の主張である。資本主義と市場経済との相違についてもこれまであまり考えて来なかった。「私たちが生きているのは市場経済のなかではなくこれまで〈資本主義〉以外にいい呼び名が見つからなかったシステムの中なのです。それは国家と民間のハイブリッドであり、巨大な企業と、飲食店経営のような現実に無制限に競争が行われている隙間産業とのハイブリッドです」。このような視点から著者はフリードマンのような新自由主義者が提唱する市場経済の欺瞞性を暴き出す。市場経済における自由競争があるのは多数の小企業が存在するジャンルだけで、少数の大企業にとってはほとんど競争が存在せず独占状態に置かれているからである。新自由主義思想を批判するには、一方の側に私有財産と市場があり、他方の側に社会と国家があるという二分法的な構図がフィクションに過ぎず、現実には両者は補完し合っていることを認識しなければならないのである。ここから次のような結論が導き出される。「国家は資本主義の本質的な部分でなくてはならないのです。でないと資本主義は即座に崩壊してしまいます。特に「金融市場」の場合は、国家による買い支えや調整措置などの介入がなかったらとても存続できないでしょう」。1980年代に始まる規制緩和によって生み出された金融市場においては損失が社会化され利益が私有化される経済メカニズムがつくられたが、その背景を支えているのが新自由主義というイデオロギーなのである。このように本書ではこれまでの通説がことごとく覆されていくので頭を整理するために時間が必要だったのである。これまで経済的な変化は常に時代状況を反映して新しく個別的だと考えられてきたが、著者は1929年の世界恐慌が以後の恐慌の基本的なモデルでありその反復であることを指摘し、歴史に学ぶべきであることを再三再四主張している。そして1971年のニクソンショックや1973年のオイルショック以降の数々の恐慌を辿りながらその点を検証している。不動産の抵当権の証券化がもたらした2007年のサブプライムローン破綻や2008年のリーマンショックは記憶に新しい。本書はドイツやユーロ諸国に向けて書かれているので、最近のギリシア危機やユーロ危機についての詳細な分析が展開されている。著者はドイツ政府に対し国家による投資、富裕層への課税、最低賃金の値上、貯蓄から消費への転換、金融取引税の制定などの政策提言を行っているが。その幾つかは日本にも当てはまるだろう。要は資本主義は自由主義市場経済ではなく国家によって制御すべき経済体制であるというのが本書の結論である」。技術を社会に根付かせるのは経済と政治である。この点を念頭に置きながら読み続けてみよう。そして次には『スミス・、アルクス・ケインズーよみがえる危機の処方箋』(ウルリケ・ヘルマン:著 鈴木直:訳 みすず書房 2020)を読んでみようか。今日の全国の感染者は1,554人。東京の感染者は452人、千葉124人、神奈川185人、一都三県の合計840人は全国の54.1%。100人を越えているのは首都圏だけである。


2021年06月16日(水)

雨後曇りの涼しい一日。9時出社。鈴木工務店に連絡し「165箱の長屋」の現場監理を来週初めに延期することを確認。上棟と第2回目の工事費支払の期日についてクライアントOさんと田中会計士に報告メールを送る。この長屋は木造なのでウッドショックの直接の影響を受けてしまったが、樹種と構造システムの変更によって対応した結果、今の所、建方は何とか7月上旬にできることになる。戸田がまとめた「169菅野邸」の断面詳細図の修正版を佐々木構造計画に送信しチェックを依頼する。併せて見積のため松江の大同建設にも送信する。『建築雑誌』2110号の特集テーマの名称を「人新世の建築・都市論」とすることを思いつき、能作文徳さん宛に『建築雑誌』SLACKに書き込む。『人新世の資本論』の建築・都市版と考えたからである。『計算する生命』(森田真生:著 新潮社 2021)を一気に読み終わる。最後には計算の究極形であるAIについて議論しているが、ここにも新しい発見はない。結局のところ本書は数学史とコンピュータに関する読みやすい蒙書である。引き続き『テクノロジーの世界経済史―ビルゲイツのパラドックス』(カール・B・フレイ:著 村井章子+大野一:訳 日経BP 2020)を読み始める。イギリスの産業革命の経済的要因を明らかにしたE・J・ホブスボームの『市民革命と産業革命』で学んだ歴史的な所見を技術的視点から多角的に検証してみたいと考えて手に取った。産業革命を引き起こしたのは技術革新による生産の機械化であることは明らかだが、本書では技術革新の様相について詳細な分析が展開されているようである。今日の全国の感染者は1,709人。東京の感染者は501人、一都三県の合計911人は全国の53.3%。愛知110人、大阪108人、沖縄115人。首都圏集中だけが残っている。


2021年06月15日(火)

晴れで今日も蒸し暑い一日。10時半に豪徳寺のMさんが来所。「170M邸」の実施設計打ち合わせの第2回目である。昨日メール送信した外壁展開図と設備システム図を見ながら細かな希望と変更の条件を聴いていく。「箱の家」としては今までにない細かな仕様指定でコストが心配だが、Mさんの明確なイメージなので何とか実現してあげたい。打ち合わせが一区切りついたところで、見積依頼のスケジュールについて意見交換。ウッドショックの状況を考慮して、見積依頼はお盆明けを予定しているが、現段階では不確定である。そこで一歩踏み込み、鉄骨造に切り替える可能性を打診してみる。コストアップになるが、ウッドショックによるコストアップの可能性と不確定性があるからである。法的制限がどの程度あるかを調べる必要があるが、TH-1の意見も訊いてみることとし12時過ぎに解散。13時過ぎにTH-1に電話しウッドショックその後の状況について訊いたところ、大きな変化はなく依然として木造住宅の見積は滞っているとのこと。鉄骨造の場合はどうかと打診すると、現時点では見積可能であるとの返事である。直ちに戸田に鉄骨造に切り替えた場合の法的条件を整理するように指示する。引き続き「169菅野邸」の構造仕様の変更について確認し、実施設計と確認申請の図面修正について打ち合わせ。断面詳細図と規矩図の早急な修正を指示する。「166 K邸」のクライアントKさんから竣工写真撮影についてメールが届く。敷地南のマンションのオーナーが「166 K邸」に興味を持ち屋上からの撮影を勧めてくれたそうだ。写真家の上田宏さんに報告するように担当の木村に指示する。Appleサポートセンターに再度電話連絡し、ID再設定の連絡が届かないことを確認したところ、再設定の検査に1ヶ月弱かかるとの返事。それまではiCloudストレージの更新もapple製品のネット購入もできないそうである。iMacとiPad Proのデータ共有もできないので日記の書き込みはiMacでやるしかない。家早何友である。気分転換に『計算する生命』(森田真生:著 新潮社 2021)を読み始める。ユークリッド幾何学以降の数学と論理学の概史である。デカルトやカントの思想を含めてリーマンやフレーゲの論理学が紹介されている。近代論理学の形式化と精緻化のプロセスとウィトゲンシュタインによる規則化への批判などが展開されているが、とくに新しい発見はない。今日の全国の感染者は1,418人。東京の感染者は337人、一都三県の合計654人は全国の46.1%。大阪110人、沖縄107人。地方拡散は収まったようだが首都圏では依然として下げ止まりが続いている。


2021年06月14日(月)

雨のち曇りの蒸し暑い一日。9時出社。先週末にAppleサポートセンターにアドバイスされたクレジットカード会社に電話連絡し、選手末に届いたサブスクリプション代金の引落の有無を確認する。しかしながら直近の件なので確認ができず明確な回答をもらえない。2ヶ月後のクレジットカード請求リストを確認した上で再度連絡するようにアドバイスされる。家早何友。松江の大同建設から3回目の質疑書が届く。輸入材の2×10材はやはり購入が難しいことが分かったので乾燥した県産材を使いたいとのこと。樹種は杉か松である。ウッドショックは地方にまで広がっている。戸田と打ち合わせ、回答書をまとめて返送する。「166K邸」の施主と審査機関の竣工検査の日時についてクライアントのKさんと再度の打ち合わせ。検査機関の都合に合わせて時刻を決める。『建築雑誌』8月号の連載「プログラム論論再考」後半のスケッチ続行。見通しはついたが情報が盛り沢山なのでコンパクトに縮める必要がある。マルグレイヴの『現代建築理論序説』を参照しながらストーリーを考える。『〈まち〉のイデア』(ジョセフ・リクワート:著 前川道郎+小野育雄:訳 みすず書房 1991)は考古学的な議論がいささか煩瑣なので、第3章「正方形と十字形」は途中で休止し、第6章「治癒できる病としての都市―儀礼とヒステリー」ヘ飛び、「結び」も読み終えてとりあえず読了とする。第6章ではジグムント・フロイトによる現代都市に関する病理分析に反論しながらリクワートはこういっている。「(本書で私は)まちが総体的な記憶的シンボルであることを、あるいは少なくとも、さまざまなシンボルの構造化された複合体であることを示したいと考えてきた。その際、まちとは市民が行列や季節的な祭礼や供儀のような幾つかの身体運動を通して、自分自身を、自分のまちと、そのまちの過去、そしてその創建者たちと同定する。そのようなまちである。(中略)人間の環境に対する愛着は、感情が適切な記号すなわち言葉と行為において発散されることを可能にするものなのである」。そしてリクワートは、世界中の古代都市の事例を調べることによって、こう結論づけている。「旧石器時代以来、直交性と四方位定位という概念は、とてつもなく存続してきたのである。(中略)もっとも原始的な〈まち〉をさす語は四方位定位と直交性という観念に関わっているように思われる」。この結論によれば、北山恒さんが『未来都市はムラに近似する』(北山恒:著 彰国社 2021)において、スペインとポルトガルによる中南米の植民都市の格子状街路は西欧の支配形態であると指摘したのは間違いであることが明らかになる。メキシコの古代都市ティオティワカンやウシュマルがそうであるように、格子状の都市は世界的に普遍的だからである。「結語」では、都市におけるモニュメントと儀礼的行為の社会的機能が確認されている。本書は先週末に開催された『建築雑誌』9月号の特集テーマ「祝祭と都市・建築」にそのまま重なってくるように思われる。今日の全国の感染者は936人。100人以上は東京209人と神奈川141人だけである。一都三県の合計482人は全国の51.5%を占める。月曜日現象とはいえ地方拡散はやや治ってきたようだ。


2021年06月13日(日)

晴れのち曇りの蒸し暑い一日。10時出社。iPhone画面に「新しいApple IDを書き込んでください」と表示されたので、書き込んで見たがロックの解除の電話番号を求められる。しかし昨日と同じ覚えのない電話番号を指示され結局NG。やはりサポートセンターからの連絡を待つしかないようだ。インターネットで『般若心経』の和訳を発見する。僕は意味もわからずに記憶し、妻はいつも暗唱している経文である。この際、じっくり読むつもりで記録しておく。妻の読みでは、大乗仏教が小乗仏教との相違について唱えている内容だという。要するに現実の実体性の否定である。
「私はこのように聞いています。お釈迦様が大勢の出家した弟子達や菩薩様達と共に王舎城の霊鷲山にいらっしゃった時、お釈迦様は深い悟りの瞑想に入られました。その時、観音さま(観自在菩薩)は深淵な“智慧の完成(般若波羅蜜多)”の修行をされて次のように見極められました。「人は私や私の魂というものが存在すると思っているけれど、実際に存在するのは体、感覚、イメージ、感情、思考という一連の知覚・反応を構成する5つの集合体(五蘊)であり、そのどれもが私ではないし、私に属するものでもないし、またそれらの他に私があるわけでもないのだから、結局どこにも私などというものは存在しないのだ。しかもそれら5つの要素も幻のように実体がないのだ」と。そしてこの智慧によって、すべての苦しみや災いから抜け出すことができました。お釈迦さまの弟子で長老のシャーリプトラ(舎利子)は、観音様に次のように尋ねました。「深淵な“智慧の完成”の修行をしようと思えば、どのように学べばよいのでしょうか?」それに答えて、観音様はシャーリプトラに次のように説かれました。「シャーリプトラよ、体は幻のように実体のないものであり、実体がないものが体としてあるように見えているのです。体は幻のように実体のないものに他ならないのですが、かといって真実の姿は我々が見ている体を離れて存在するわけではありません。体は実体がないというあり方で存在しているのであり、真実なるものが幻のような体として存在しているのです。これは体だけでなく感覚やイメージ、感情や思考も同じです(つまり、私が存在するとこだわっているものの正体であるとお釈迦様が説かれた「五蘊」は、小乗仏教が言うような実体ではありません)。シャーリプトラよ、このようにすべては実体ではなく、生まれることも、なくなることもありません。汚れているとか、清らかであるということもありません。迷いが減ったり、福徳が増えたりすることもありません。このような実体はないのだという高い認識の境地からすれば、体も感覚もイメージも連想も思考もありません。目・耳・鼻・舌・皮膚といった感覚や心もなく、色や形・音・匂い・味・触感といった感覚の対象も様々な心の思いもありません。目に映る世界から、心の世界まですべてありません(つまり、お釈迦様が説かれた「十二処」は小乗仏教が言うような実体ではありません)。迷いの最初の原因である認識の間違いもなければ、それがなくなることもありません。同様に迷いの最後の結果である老いも死もないし、老いや死がなくなることもありません(つまり、お釈迦様が説かれた「十二縁起」のそれぞれは小乗仏教が言うような実体ではなく生まれたりなくなったりしません)。苦しみも、苦しみの原因も、苦しみがなくなることも、苦しみをなくす修行法もありません(つまり、お釈迦様が説かれた「四諦」のそれぞれは小乗仏教が言うような実体ではありません)。知ることも、修行の成果を得ることもありません。また、得ないこともありません。このような境地ですから、菩薩様達は“智慧の完成”によって、心に妨げがありません。心に妨げがないので恐れもありません。誤った妄想を一切お持ちでないので、完全に開放された境地にいらっしゃいます。過去・現在・未来のすべての仏様も、この“智慧の完成”によって、この上なく完全に目覚められたのです。ですから知らないといけません。“智慧の完成”は大いなる真言、大いなる悟りの、最高の、他に比べるものもない真言であり、すべての苦しみを取り除き(取り除く真言であり)、偽りがないので確実に効果があります。さあ、“智慧の完成”の真言はこうです。「ガテー ガテー パーラガテー パーラサンガテー ボーディ スヴァーハー」(智慧よ、智慧よ、完全なる智慧よ、完成された完全なる智慧よ、悟りよ、幸あれ)シャーリプトラよ、深淵な、“智慧の完成”の修行をするには、以上のように学ぶべきなのです。」この時、お釈迦様は瞑想を終えられて「その通りです」と喜んで観音様をお褒めになられました。そして、シャーリプトラや観音様やその場にいた一同をはじめ、世界のすべての者達はお釈迦様の言葉に喜びました。以上で“智慧の完成”の神髄の教えを終わります。」
なるほど字義通り読んでも通じる内容である。午後はamazon prime videoでぼんやりと「世界の鉄道の旅」のギリシア、トルコ、イタリア編を見ながら過ごす。イメージの旅行である。今日の全国の感染者は1,387人。東京の感染者は304人、一都三県の合計644人は全国の46.3%。愛知102人、沖縄104人。全体的には減少傾向だが、首都圏だけが取り残されている。


2021年06月12日(土)

曇りのち晴れの暑い一日。8時半出社。直ちにAppleサポートセンターに連絡し、昨日のApple ID変更の問題について対処法を打診する。遠隔操作による指示で調べるとどうやらApple IDを搾取する詐欺メールらしいことが判明。ID再発行の手続きを聴き再設定の書類に書き込んで送信する。10時から『建築雑誌』10月号特集「人新世における建築・都市の大転換」のzoom座談会。登壇者は東京芸大の建築家の藤村龍至さん、大阪府立大の建築史家で都市史専門の松田法子さん、大阪市大の経済学者で『人新世の資本論』の著者の斉藤幸平さん。司会は編集担当の能作文徳さんで、参加者は編集委員の明治大の川島範久さん、東京都市大の中川純さん、慶応SFCの鳴川肇さんと僕の4人である。経済、社会、都市のさまざまな視点から人新世におけるこれからの建築・都市のあり方に関する議論が展開するが、若い世代の俯瞰的な視点からの議論についていくのは大変である。議論が進むにつれて俯瞰的な視点を自らのローカルな活動に引き寄せた議論になりそうな気配も感じられるが、なかなか着地しない。『建築雑誌』の読者向けには俯瞰的な議論の方がふさわしいのかも知れないが僕としては少々苛々する。いつもながら博覧強記な藤村さんの議論が印象に残る。松田さんの「思想を転換しなければ始まらない」という指摘には「思想が現実を変える」というスタンスを感じ一抹の疑念を抱く。マルクスではないが「現実を変える」ことの方が先決だからである。斎藤さんの著書と具体的な活動との落差は予想通りといえばいいだろうか。能作さんとしては建築・都市をこえる問題提起ができたことが満足らしい。最後に僕から世代差に関する感想を述べて12時半に終了。13時半から戸田と週末定例の打ち合わせ。「170 M邸」の設備システムについて打ち合わせ。地下に置く給水、給湯、排水それぞれのヘッダーの配置と配管経路について意見交換。ヘッダーの位置については工事段階で業者に相談するとして、2階への配管経路をチェックする。給排気設備についても検討しロスナイの使用は中止する。15時過ぎにAppleから覚えのないソフト使用料の領収証が届いたので再びサポートセンターに相談する。Appleの請求は消去してくれたが、クレジットカード会社に引き落としの有無を確認するようにアドバイスされ、やれやれである。17時帰宅。妻が買ってきたイタ飯の惣菜と赤ワインで早めの夕食。今日の全国の感染者は1,944人。東京の感染者は467人、一都三県の合計876人は全国の45.1%。北海道125人、愛知123人、大阪126人、沖縄157人。下げ止まりが続くが、首都圏集中が明白になってきた。


2021年06月11日(金)

今日も快晴で暑い一日。8時半出社。宅急便から荷物配送の宛先不明メッセージが届いたので返答すると「Apple IDの情報が更新された」というメールが届き、以後iCoudやメモの共有が無効になる。パスワードの変更を試みるがうまくいかない。「165箱の長屋」のクライアントからメールが届き、銀行融資の件で上棟日について相談され他ので、田中会計士の指示を待って鈴木工務店に連絡することにする。世田谷区役所 玉川総合支所街づくり課から「みどりの計画完了確認書」が届く。「166K邸」の既存樹木保全の確認書である。浸透枡については地主である財務省の認可も必要とのこと。『〈まち〉のイデア』は第2章「都市と敷地」を読み終わり、第3章「正方形と十字形」に進む。第2章ではローマの創建に関する遺跡と文献の詳細な検証が展開されている。ここでもリクワートは、都市創建のための敷地の測量が、土地の呼称や土地の境界の聖性を信じるローマ-エトルリア信仰の「合理化され」弱められた遺物であることを主張している。測量の基礎となる幾何学は、その黎明期において神秘的概念であったことが指摘されている。直行軸に沿った幾何学的なグリッドである都市の街路も、単なる幾何学ではなく十字形の秘儀性に基づく形態のようである。要するに街の創建においては、機能性よりも儀礼重視の象徴性が重要視されたということである。この視点から見ると、一昨日の都市の祝祭性に関する座談会は、祝祭の機能性に偏っていたような気がするが、どうだろうか。今日の全国の感染者は1,937人。東京の感染者は435人、一都三県の合計855人は全国の44.1%。北海道145人、愛知149人、大阪134人、沖縄145人。依然として下げ止まりである。


2021年06月10日(木)

今日も晴れで暑い一日。8時半出社。昨夜遅く佐々木構造計画から「169菅野邸」の屋根構造の変更案が届く。木軸を構造用合板でサンドイッチした組立梁は問題なく可能だが、強度だけでなく屋根に張る構造用合板の継目の強度を確保するために木軸の幅が45佗要なので組立梁の幅が63个砲覆襦この屋根梁変更案の図面をまとめて、佐々木構造計画からのコメントを添えて大同建設に送る。屋根構造の高さが115仭えたので庇の納まりも再検討する必要がある。LVLに関する大同建設とのやり取りに1週間弱費やしたので、見積提出の締切日を1週間ズラして6月25日(金)に延長し、その旨を菅野夫妻と龜谷さんにメール報告する。昼過ぎに木村が「165箱の長屋」の現場監理から帰社したので、現場写真と監理報告をクライアントのOさんと田中会計士に送る。『建築雑誌』編集委員の長谷川香さんに頼んで、昨日開催された『建築雑誌』9月号特集「祝祭と都市・建築」のzoom座談会「祝祭はどこへ向かうのか」のビデオをダウンロードし、見逃した後半を視聴する。落合陽一さんによるデジタル映像がリアルに感じられるのは解像度の高さではないかという問題提起から始まり。リアリティと身体性の議論へと展開する。森川嘉一郎さんはヴァーチャルとリアルの対比をフィクションと現実の対比として読み替え、本物とイカモノという旧来の価値基準とメタフィジカル(建築)とフィジカル(建物)という価値判断の関係について紹介した上で、現代の祝祭性においてはフィクションとリアリティが渾然一体となっていることを指摘する。引き続き、祝祭性を主催する主体は誰かという話題に展開し、権力や資本によるオリンピックのような祝祭性と、ローカルなコミュニティによる共同体を強化する小さな祝祭性(祭礼)とが対比される。この文脈で考えれば、コロナ禍は共同体の解体を推進する負の祝祭性ではないかという橋本さんの指摘が耳に残る。加えて森川さんはリアルとフィクションという区別は世代によって異なる点を指摘する。コロナ禍以降に、建築におけるフィクションとリアリティがどう変わるかという議論へ展開するが、その議論と都市・建築における祝祭性という問題との関係がイマイチはっきりしない。リアリティとフィクションが補完関係になっている現代の祝祭性の社会的な働き、つまり共同体の強化やアイデンティティの確認という問題へと議論が展開しないためである。落合さんが指摘した祝祭性における身体性と物理的空間性の役割に関する興味深い問題提起についても議論は展開しなかった。とはいえ精巧なヴァーチャル・リアリティが現実の価値を拡大するという補完関係を確認できたのは収穫である。今夜はこの座談会を踏まえた座談会が開催されるが、残念ながら参加できない。今日の全国の感染者は2,046人。東京の感染者は439人、一都三県の合計840人は全国の41.1%。北海道182人、愛知171人、大阪148人、沖縄166人。昨日とほぼ同じ人数だが、首都圏に集中している。


2021年06月09日(水)

晴れの真夏日で昼過ぎに30度になる。昨夜ヒートポンプを冷房モードに切り替え、2階床のアクアレイヤーに冷水を流し始める。居間と寝室の水温をそれぞれ23度に設定したが、朝には居間の方は23度まで下がっているが寝室の方は25度止まり。1階が界工作舎の事務所だからである。とはいえ夜には24度まで下がる。8時半出社。松江の大同建設から「169菅野邸」の見積に関するメールが届き、2×10材は何とか手に入るという回答が届いたので、屋根垂木に使う量を確保しておくように返信する。直ちにLVLの天井梁を木軸と構造用合板の合成梁に変える案をスケッチし、佐々木構造計画に検討メールを送る。まもなく佐々木睦朗さんから電話が入り、現在検討中であるという返事。KENCHUKU編集部から連載原稿「MUJIHOUSEの教え」のゲラ原稿が届いたので、加筆校正し編集部に返信する。これで4回の連載は終了したのでホッと一息である。18時から『建築雑誌』9月号特集「祝祭と都市・建築」のzoom座談会「祝祭はどこへ向かうのか」が始まる。登壇者は森川嘉一郎(明治大学)、橋本麻里(永青文庫)、落合陽一(筑波大学)に、ゲスト編集者の本橋仁(京都国立近代美術館)、高口洋人編集長、長谷川香編集員が参加。まず登壇者3人による自己紹介を兼ねたテーマに関する15分程度のショートレクチャー。3人に共通しているのはインターネットを使った展覧会やイベントの祝祭性である。森川さんによるリアルとヴァーチャルという用語についての解説が興味深い。両者は対立するものではないが、建築と建物の対比のように、意味付けと価値付けが異なるという指摘は示唆的である。21時半帰宅。『〈まち〉のイデア』は第2章「都市と敷地」を読み続ける。今日の全国の感染者は2,242人。東京の感染者は440人、一都三県の合計869人は全国の35.9%。北海道179人、愛知247人、大阪153人、沖縄174人。昨日よりもやや増加気味である。


2021年06月08日(火)

晴れ一時曇りの夏のような一日。8時半出社。松江の大同建設から「169菅野邸」見積の追加質問書が届く。LVL材は市場に存在せず見積不能という回答なので、2×10材は手に入るかどうかを打診するメールを返信する。屋根構造を再検討することが必要になったので、佐々木構造計画に検討を依頼する。担当の瀧本さんに連絡すると、他の事務所でも同じような変更が生じているという。界工作舎内でもスタッフとあれこれスタディする。鈴木工務店から「165箱の長屋」の外壁と屋根工事に関する質問が届いたので、木村から回答メールを返信する。世田谷のKさんと「166K邸」の施主検査の日時についてメールのやりとり。審査機関に竣工検査を受ける6月17日に決まる。16時からネオマアカデミー主催による鎌田紀彦さんのzoom講義「暖房負荷から考える外皮設計の作法」を聴く。断熱構法と熱交換換気扇の効果について新しい知見を得る。木造の間柱間へのグラスウール充填断熱が意外に効果が大きいことと熱交換換気扇による熱負荷の低減効果が意外に大きいことを学んだので設計にフィードバックしよう。『〈まち〉のイデア』は第1章「まちと儀礼―ローマとロームルス」を読み終えて、第2章「都市と敷地」へ進む。第1章ではローマの都市創建に関して古代の文献を渉猟しながら検討している。リクワートはこういっている。「ローマの諸都市が今日私たちのよく知っている格子状パターンを呈する以前に、整然とした都市平面の理念が彼らの心に中に形成されていたに違いない。(中略)それらの起源は慣習と信仰の体系から生まれ、そしてその体系を巡って成長したローマのまちの精緻な幾何学的かつトポロジー的な構造を明らかにしてくれるからである。そしてこの監修と信仰の体系はそれを文化または生活様式の完全なる完全御媒体としたのであった」。今日の全国の感染者は1,884人。東京都の感染者は369人、一都三県の合計712人は全国の37.8%。北海道120人、愛知170人、大阪190人、沖縄159人。徐々に減少しているが、首都圏はまだ予断を許さない。


2021年06月07日(月)

曇り時々雨。午後は晴れる蒸し暑い一日。8時半出社。前田工学賞の事務局へ陣内秀信さんの推薦情報をメール送信する。まもなく事務局から返事メールが届き、岡村理事長への報告の後に9月の理事会で承認を受けるまで確定は待機するようにとのこと。おそらく問題なく承認されるだろうが、念のため陣内さんに転送しておく。10時に木村が出社したので「165箱の長屋」第二期工事の図面をチェックバックし、午後に修正図を田中会計士に送信する。10時半に戸田に「170 M邸」の立面展開図のチェックバックを渡し修正を指示する。ALSOK山陰から「169菅野邸」警備システムの修正図が届いたので、コメントを添えて菅野夫妻に転送する。『〈まち〉のイデア』は本翻訳版への「新しい序」と原書の「序」を読み終えて、第1章「まちと儀礼―ローマとロームルス」へ進む。本論文をオランダの評論誌『フォールム』誌に掲載したアルド・ファン・アイクへの感謝の辞とともに、戦後の機能主義的な近代都市計画に対するケヴィン・リンチやジェイン・ジェイコブスによる批判を紹介しながら、リクワートは本書のメッセージについてこう述べている。「近代の都市計画家は、その異質性とその失敗にもかかわらず、なおも古代の先行者から学ぶべきひとつの重要な教訓を持っていた。すなわち、都市が提供しなければならないいかなるパターンも、どのようにそれが達成されるとしても、その不可避な無秩序その他の変動のすべてをこえて生き残って都市経験を構造化するのに十分強力でなければならないということである」。要するにリクワートは、都市にはその機能性を越えて強力な〈都市のイメージ〉が必要だと主張しているのである。本書の原書が出版されたのが、ポストモダンが勃興する1976年であることを銘記しておこう。今日の全国の感染者は1,278人。東京都の感染者は235人、一都三県の合計520人は全国の40.7%。北海道147人、沖縄104人。月曜日現象である。


2021年06月06日(日)

雨のち曇りの涼しい一日。10時出社。思い立って建築史家の陣内秀信さんに電話連絡し、前田工学賞の審査委員への参加を依頼する。最近は歴史意匠系論文の応募が増えており、僕以外のエンジニリング系審査員4人との議論が噛み合わない場合が多いので、バランスを取る必要があると考えたためである。陣内さんは快諾してくれたので、明日にでも前田工学賞の事務局へ推薦することにしよう。11時過ぎに安藤忠雄さんから電話が入る。互いの近況について報告した後に、以前と同じ2025年の大阪万博と竣工した大阪中之島美術館に関する批判を聞く。今回は中之島美術館コンペの審査員に対する批判にまで展開するが、審査員メンバーは僕の知り合いなので少々当惑する。写真だけでは明確な判断はできないので、ともかく実見する必要がある。dropboxから戸田がまとめた「170 M邸」の外壁展開図を引き出し、プリントアウトしてチェックする。『建築タイプの歴史供戮痢峽觚譟廚鯑匹濬わる。ぺヴスナーによれば、19世紀の建築が総じて歴史主義的だったのは、歴史様式が〈連想喚起的〉であり、そうであることを建築家と一般市民が望んだからであり、逆に〈クリスタルパレス〉が偉大だったのは、喚起するものが何もなかったからだという。ぺヴスナーのこの見解を延長すれば、連想を喚起しないことがモダニズムデザインの指針となったということになる。とりあえず本書はこれで一旦休止し、『〈まち〉のイデア』の再読を開始する。15時に事務所を出て散歩がてら南青山のスーパーまで歩く。天気が回復したのでマイセン通りの人出が多く、交差点のカフェは満員である。帰りは外苑方面を周り16時に帰社。今日の全国の感染者は2,022人。東京都の感染者は351人、一都三県の合計757人は全国の37.4%。北海道183人、愛知169人、大阪145人、沖縄183人。地方拡散の趨勢は止まったようだが、首都圏は下げ止まっている。


2021年06月05日(土)

曇りで過ごしやすい一日。8時半出社。「箱の家166」のオープンハウス案内状のたたき台をクライアントのKさんに送り確認を依頼する。何度かメールをやり取りして収斂したので、界工作舎HPとfacebookにアップする。鈴木工務店から「165箱の長屋」の今週の工事報告と来週の工程が届いたのでクライアントのOさんと田中会計士に転送する。基礎主要部分のRC工事は完了し床下の配管排煙工事が始まっている。11時過ぎに事務所を出て北青山の眼科医院へ。11時半から半年振りの定期検診。眼圧と視野の検査を行った後に医師の問診を受ける。視力と眼圧には大きな変化はないが、PC画面と読書のために目の乾燥が進行しているようだ。年齢とともに涙腺のコントロールが衰えているらしい。眼圧降下目薬の処方箋をもらい12時半に医院を出て表参道の交差点の薬局で目薬を購入し13時前に帰社。13時半から戸田と週末定例の打ち合わせ。ALSOK山陰から「169菅野邸」の警備システム提案図が届いたのでチェックバックをまとめて返送する。引き続き「170 M 邸」の立面展開図の打ち合わせ。再来週のMさんとの打ち合わせに備えて、展開図の修正、設備図、構造図を揃えるように指示する。『建築タイプの歴史供戮蓮△泙此峽觚譟廚ら読見始める。18世紀から1960代までのビルディングタイプの変遷を総覧している。夜はイタ飯屋にデリバリーを依頼したアラカルトで妻と夕食。赤ワインをたっぷり呑んでいい気分になる。前田工学賞の新しい審査委員について考え続け第一候補を決める。明日にでも打診してみよう。今日の全国の感染者は2,652人。東京都の感染者は472人、一都三県の合計916人は全国の34.5%。北海道276人、愛知218人、大阪174人、沖縄261人。下げ止まりが続く。


2021年06月04日(金)

雨が降り続く涼しい一日。8時半出社。松江の大同建設から「169菅野邸」の見積に関する質問リストが届いたので、急いで回答書を急いでまとるように戸田に指示する。木部のLVLの手配が難しいようだ。ウッドショックの影響だろうか。今日16時から前田工学賞授賞式があることをすっかり忘れていて15時30分過ぎに事務局から確認電話が入る。慌てて着替えてタクシーで市ヶ谷の前田建設ゲストハウスに向かい16時15分に着く。前田工学賞の最初の受賞者がスピーチを始めたところでギリギリ参加。山田一宇賞受賞者3人はネット画面での表彰と挨拶。引き続き審査副委員長の僕と野城智也さんが審査報告を行った後に記念写真を撮影して17時前に終了。受賞者に花束を贈呈し送り出した後に、岡村甫理事長、長瀧重義審査委員長、野城智也副委員長、僕の4人に事務局が加わり、別室に移動して軽い食事を摂りながら令和4年度の事業要領について打ち合わせ。僕からは応募書類をpdf化することを提案し、来年度以降に実巣することを承認される。岡村理事長が審査委員を各部門一人ずつ三人追加することを提案し、候補者を9月までに報告するように依頼される。建築部門の追加審査委員については直ちに二人の候補者が頭に浮かぶが、どちらが相応しいか迷うところである。18時半終了。タクシーで19時前に帰社。戸田がまとめた質問回答書を大同建設に送信。木村から「箱の家166」のオープンハウス案内が届いたのでチェックバックする。アマゾンから届いた『建築タイプの歴史供愁曠謄襪ら工場まで』(ニコラウス・ぺヴスナー:著 越野武:訳 中央公論美術出版 2015)を読み始める。「訳者あとがき」には、本書は『ヨーロッパ建築序説』(ニコラウス・ぺヴスナー:著 小林文次訳 彰国社 1954)の続編であると指摘されている。『建築雑誌』8月号の連載原稿を書く準備として読んでみよう。今日の全国の感染者は2,595人。東京都の感染者は472人、一都三県の合計929人は全国の35.7%。北海道203人、愛知266人、大阪189人、沖縄247人。ワクチン接種は急速に進んでいるが感染者の下げ止まりは続く。


2021年06月03日(木)

晴れでやや暑い一日。8時半出社。9時前に事務所を出て妻と一緒に歩いて数分の診療所へ。外苑西通りに面した診療所に9時前に着くが、入口前にはすでに7人が並んでいる。係員から番号札を受け取り2階の診療所へ。しばらく待合室で待った後に9時過ぎから受付とワクチン接種開始。僕たちは9時10分に短い問診を受けた後に接種。15分程待機してから9時半過ぎに診療所を出て10時前に帰社。鈴木工務店から「165箱の長屋」の工程表が届いたので、クライアントのOさんと田中会計士に転送する。上棟は7月10日(土)の予定である。プレカットメーカーから最終加工図は届いたが、使用する木材は加工直前にならないと分からないとのこと。これもウッドショックの影響である。「169菅野邸」の確認申請について戸田と打ち合わせ。建築と設備については界工作舎が対応するが、構造については佐々木構造計画に対応を依頼するように指示する。木村と「165箱の長屋」の第二期計画の屋根窓の形態について打ち合わせ。アルバイト来ていた学生は早々とゼネコンへの就職が決まったため「169菅野邸」の模型が完成した5月末でキャンセルになった。今年末の木村の仕事を引き継ぐ次の候補を探さねばならない。家早何友。昨日のzoom『建築雑誌』編集委員会に参加した後に色々なことを考える。2019年5月に編集委員長の高口洋人さんに『建築雑誌』編集委員会幹事への勧誘を受けた。日記を検索してみると第1回の編集委員会は2019年6月11日開催なのでちょうど2年前である。最初の半年間は頑張って編集作業に参加し、編集が軌道に乗ってからは編集委員との世代格差を強烈に感じ始めて身を引いた。2年間経過したのでそろそろ次のスッテップを考える時期である。設計実務はこのまましばらく続けるとして、次の著作に取り掛かることを考えよう。『空間の詩学』は第2章「家と宇宙」を読み終わったところで一旦休止。空間に関する詩人たちの詩的イメージを具体的な空間にフィードバックさせるのはどうやらかなり難しそうだ。空間の詩的描写の練習にはなるが僕の柄には合っていない。この辺りで切り上げて具体的な空間に関する著作に戻ることにしよう。21時半帰宅。今年後半のことを考えながらウィスキーを煽る。『〈まち〉のイデア』(ジョセフ・リクワート:著 前川道郎+小野育雄:訳 みすず書房 1991)の「訳者あとがき」を読みながら夜半就寝。今日の全国の感染者は2,831人。東京都の感染者は508人、一都三県の合計944人は全国の33.1%。北海道300人、愛知288人、大阪226人、福岡102人、沖縄244人。感染者数は下げ止まってはいるが、首都圏への集中は止まらないようだ。


2021年06月02日(水)

曇りのち晴れの過ごしやすい一日。8時半出社。熊本の保田さんから「163保田邸」の5月の温湿度データが届く。季節の変わり目の気候変動に合わせて、保田さんは色々な対応を試しているようだ。田中会計士から「165箱の長屋」の上棟のスケジュールについて問い合わせメールが届く。上棟後の工事費の支払い時期を銀行に伝えるためである。直ちに鈴木工務店に転送し、早急に工程表をまとめるように依頼する。『建築雑誌』8月号連載「プログラム論再考-2」のスケッチを再開。あれこれ調べると気になる新しい情報が次々と出てくるので、整理して文章化するのが大変そうである。18時から『建築雑誌』編集委員会だったが、30分過ぎに途中参加。10月号から年末にかけての特集テーマに関して議論が展開している。意見を挟みたいことはいくらでもあるのだが、もはや僕の出る幕ではない感じがするので言葉を飲み込む。19時に途中退席。『空間の詩学』は序論と第1章「地下室から屋根裏部屋までー小屋の意味」を読み終わり、第2章「家と宇宙」に進む。詩学の背景には現象学がある。詩学とは詩に込められた空間イメージの現象学的分析である。あくまで空間の詩的イメージであり具体的な空間ではないから、そのまま建築のデザインに適用するのは難しい。詩学は無意識やイメージの描写に徹しているからである。しかし思い起こせば、1970年代のポストモダニズムの興隆期にコスモロジー論が流行したのは、バシュラールの詩学の影響が大きかったのではないかと思う。今日の全国の感染者は3,036人。東京都の感染者は487人、一都三県の合計946人は全国の31.2%。北海道317人、愛知287人、大阪213人、兵庫104人、福岡116人、沖縄297人。感染者数は下げ止まりのようである。


2021年06月01日(火)

晴れでやや暑い一日。8時半出社。KENCHIKUの連載原稿「MUJIHOUSEの教え」を読み直し図版6枚を添えて編集部に送信しようとしたところで突然、原稿のwordファイルが消失する。初めての経験なのでビックリすると同時に少々焦る。ゴミ箱もどこを探しても消失したファイルが見つからないので、一旦諦め9時15分に事務所を出て、外苑前の診療所へ向かう。9時半から3ヶ月定期検診。とくに問題はなく問診だけで終了。処方箋をもらい人間ドックと次回定期検診の日を予約して診療所を出る。表参道との交差点まで歩き、薬局で薬を購入して10時過ぎに帰社。早速ネットでファイルの復元法を調べ、いろいろ試してみるが埒があかない。Microsoftの専門家にアドバイスを依頼するが、iMacでは外部からの遠隔操作ができないため不調。原稿締切は昨日なので、思い立って午後から再び同じ原稿を書き始める。夜までかかって9枚をようやくまとめ、図版を添付してKENCHIKU編集部に送信する。結果的に丸一日が無駄になったので、どっと疲れに襲われる。『建築雑誌』6月号が届いたのでfacebookにアップする。今村創平さんに依頼した8月号の原稿が届いたので目を通す。公共コンペの歴史をコンパクトにまとめた好論文である。22時前に帰宅。ウィスキーを煽って気分を晴らし『空間の詩学』を読みながら夜半就寝。今日の全国の感染者は2,643人。東京都の感染者は471人、一都三県の合計807人は全国の30.3%。北海道254人、愛知305人、大阪201人、兵庫112人、沖縄223人。全国的に徐々に減少に向かっているようだ。


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