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『 10+1 』連載 「現代住宅論」   難波和彦  August 20 2006

 

第1回 現代住宅の諸問題

 

 この連載では、現代の住宅が抱えているさまざまな課題について考えてみたい。できるだけ広いコンテクストで考えるつもりだが、僕自身、実際の設計に携わっている立場なので、視点の偏向を免れることはできない。しかしあえて特定の視点から出発し、徐々に視点を拡大しながら最終的には自分の視点を相対化する方向へ展開するように努力するつもりである。

建築家としての僕の主張は、基本的に「箱の家」に表明されている。 1995 年にスタートした「箱の家」は、 2006 年現在で 120 戸に達した。「箱の家」のコンセプトについてはこれまでさまざまな場所で述べてきた(『箱の家に住みたい』、『箱の構築』)。コンセプトの核心は現在でも変っていないが、それを具体化するための構法、設備、平面計画、空間構成は少しずつ変化している。最近の展開については間もなく出版される『箱の家:エコハウスをめざして』において詳細に論じている。

「箱の家」は現代住宅の中では特殊な位置にある。本稿では、まず「箱の家」の視点から現代住宅の状況を逆照射することから出発する。この作業を通して、「箱の家」を取り囲む現代住宅の状況を視界に入れ、最終的には、建築家が住宅に取り組む現代的な意義を明らかにしてみたい。「箱の家」は僕の師である池辺陽の建築思想を引き継いでいる。したがってこの作業は「池辺陽試論:戦後モダニズムの極北」(難波和彦:著 彰国社  1999 )で論じたモダニズムの可能性を再検証することにもなるだろう。

 

実験住宅アルミエコハウス

 本年9月からアルミエコハウスの解体調査が実施されることになった。この住宅はアルミニウム合金を主構造とする実験住宅として 1999 年に建設された。建設時には工事手順、職種の構成、工期などの調査が行われ、完成後は2年間をかけて室内環境調査、エネルギー使用調査、アンケート調査などを含む居住実験が実施された。当初の研究プログラムには居住実験の終了後にリサイクルやリユースの可能性を検証する解体調査が含まれており、その実施プログラムも策定されていた。しかし調査のための予算の目処がたたないことと、移設先が見つからないことなどから、建物は3年間放置されていた。 2006 年度になってようやく経済産業省の研究プログラムに採択され、解体調査が実施されることになった。

アルミエコハウスの基本的なコンセプトは「箱の家」にもとづいている。「箱の家」には在来木造、集成材造、鉄骨造など構造別のシリーズがある。アルミエコハウスはアルミニウム造シリーズだといってよい。しかしアルミエコハウスでは、これまで建築の構造材としては認められなかったアルミニウム合金を使っていることから、住宅に関する、より広範囲の問題が扱われることになった。当初の研究プログラムにおいては、以下のように素材から空間に至るまでの総合的な実験課題が取り上げられていた。

•  アルミニウム合金の構造材料としての可能性の追求

•  実施設計図の描き方や部品の注文法といった設計段階の手順の検証

•  工場における製作と加工精度、組立を担当する職種といった建設プロセスや工期の検証

•  熱伝導率の高いアルミニウムを使った住宅の断熱、気密、遮熱、熱容量などの環境性能の検証

•  アルミニウム構造の住宅に相応しいライフスタイルと平面計画の提案

•  アルミニウムを使った住宅の居住性の心理的な検証。

•  アルミニウムという素材が生み出す新しい空間の可能性の追求

こうした課題のすべてが実際の建築において検証され、研究報告としてまとめられた。その成果にもとづいて 2004 年には、通常の確認申請手続きを経て、普及版アルミエコハウス「「箱の家」 83 」が実現している。今回の解体調査では、さらにアルミニウム建築のリサイクル性やリユース性が検証される。これによって設計から解体に至るまでの、住宅のライフサイクルが検証される訳である。この結果については改めて報告するつもりである。

このようにアルミエコハウスの実験を通して、現代の住宅に関わる問題機制を一通り網羅することができたように思う。この実験住宅以降、「箱の家」は本格的なサステイナブル・デザインの段階に進むことになった。「箱の家」は当初からサステイナブル・デザインめざしていた。それがアルミエコハウスによって総合化の段階に達し、方法として体系化されたのだといってよい。さらにサステイナブル・デザイン段階の一環として、無印良品の住宅版である「 MUJI+INFILL :木の家」のシステム開発を担当する機会を得た。この商品化住宅は 2004 年に正式に販売が開始され、すでに数十棟が完成している。この経験を通じて、現代の住宅生産の状況をつぶさに知ることができた。

こうした経緯を経て、サステイナブル・デザインの視点は、現代住宅が置かれている状況を総合的にとらえる枠組と方法を与えるという基本的なスタンスが固まった。

 

ポリティカル・コレクトネス

 サステイナブル・デザインを直訳すれば「持続可能なデザイン」である。何を持続させるのかといえば、いうまでもなく地球環境である。サステイナブル・デザインとは一言でいえば地球環境の持続に寄与するようなデザインである。環境負荷の小さなデザインをめざすことだといってもよい。サステイナブル・デザインが建築の長寿命化や省エネルギーの問題に取り組もうとするのはそのためである。建築はさまざまな面で資源とエネルギーを消費する。建設材料の生産や建設プロセスだけでなく、建物の使用においても大きなエネルギーが消費される。さらにスクラップ・アンド・ビルドがうみ出す建設廃材は産業廃棄物のなかでも大きな割合を占めている。建築はさまざまな面で地球環境問題に密接に関わっている。こうした課題に取り組もうとするのがサステイナブル・デザインである。要するに、サステイナブル・デザインは地球環境を後の世代にまで持続させるにはどうすればいいかという視点から、建築デザインを見直そうとする運動なのである。

地球環境の持続をめざすというサステイナブル・デザインの目標それ自体は、否定しがたい説得力をもっている。地球環境が破壊されても構わないと本気で主張する人はいない。サステイナブル・デザインは反対することが難しい、正しいことが保証された主張である。そのような主張をポリティカル・コレクトネス( PC =政治的正義)という。しかし正しさが保証された主張は諸刃の剣である。 PC はともすると原理主義になり易い。具体的な提案抜きに安易に振り回せば、 PC は間違いなく堕落する。正しいに決まっている一般論によって、多様であるはずの具体的な議論を十把一絡げに片づけてしまうからである。

サステイナブル・デザインに正面から取り組もうとする建築家は少ない。それをデザインの根拠に挙げる建築家は日本では僅かしかいない。世の中では地球環境問題が大きく取りあげられているにもかかわらず、サステイナブル・デザインが建築家の興味を引かないのはなぜだろうか。その理由の一端はサステイナブル・デザインの PC 性にあると思う。デザインの特異性を追求する建築家にとって、 PC は改めて論じるにはあまりにも当たり前の条件にすぎない。サステイナブル・デザインは建築家としての売り物になりにくいのである。建築家としてのアイデンティティは、世の中の大勢に安易に与しないことである。むしろ PC としてのサステイナブル・デザインに対して批評性なスタンスをとる方が、建築家のアイデンティティにふさわしいようにさえ思える。大勢に抵抗する方が建築家としての希少性を主張できるからである。しかし僕の考えでは、それは PC の単なる裏返しに過ぎない。 PC も反 PC も、具体的な内容を議論しない点においては同じ穴の狢である。両者ともサステイナブル・デザインをイメージでしかとらえていないからだ。現代はイメージが大きな影響力を持つ時代である。重要な決定がイメージによってなされることを否定はできない。しかしイメージだけでサステイナブル・デザインを実現できないことも確かである。イメージとしてとらえるかぎり、サステイナブル・デザインは具体的な指針にならない。その意味では、反サステイナブル・デザインも同じである。だからサステイナブル・デザインをデザインのエクスキューズにしてはならないし、ましてや「地球に優しいデザイン」といったようなキャッチフレーズに終わらせてはならないのである。 PC をイメージで終わらせないためには自己検証が要求される。サステイナブル・デザインにとってもっとも重要な条件は、サステイナブルな課題を具体化することである。具体的なテーマを掲げ、それを現実化することによって検証することである。そのためにはサステイナブル・デザインを現実化するテクノロジーが必要不可欠である。

 

テクノロジーの変容

 建築の生産、使用、廃棄というライフサイクルをコントロールするテクノロジーなしには、サステイナブル・デザインは実現不可能である。通常、テクノロジーとはモノとしての建築をつくるハードな建設テクノロジーだと考えられている。しかしサステイナブルなテクノロジーには、建築を計画・デザインし、建設プロセスを制御し、使われ方を予測・シミュレーションし、室内環境を制御するといったソフトなテクノロジーも含まれる。ハードなテクノロジーとソフトなテクノロジーを結びつけることがサステイナブル・デザインだといってもよい。

建築家がサステイナブル・デザインを避けるもうひとつの理由は、サステイナブル・デザインをハードなテクノロジーに限定してとらえる点にある。しかしテクノロジーをハードな側面に限定してとらえるのは 19 世紀のテクノロジー観にすぎない。 20 世紀後半のコンピュータ・テクノロジーの急速な進展によってテクノロジーの様相は一変した。 IT (インフォメーション・テクノロジー)の進展はハードなテクノロジーと結びつき、テクノロジーはより複雑化し高度化した。その延長上にサステイナブルなテクノロジーの展開がある。

具体的な例を示そう。サステイナブル・デザインの二つの重要な条件として、一般的には長寿命と省エネルギーが掲げられている。ハードなテクノロジー観から見れば、長寿命とは建物の物理的な耐久性を高めることであり、省エネルギーとは建物のエネルギー性能を高めることである。現在、一般的にサステイナブルと称されているデザインは、ほとんどこの二つの条件に集中している。しかし物理的な耐久性も高性能化も、それだけでは決して長寿命化や省エネルギーを達成することはできない。建物の寿命は物理的寿命だけでなく、機能的・経済的・社会的寿命によっても大きく左右される。事実、建物が解体される理由の大半は「使い物にならない」「経済性が低い」「古くさい」ためなのである。逆の場合もある。歴史的建築が保存されるのは、物理的耐久性があるからではなく、文化的価値があるからである。歴史的建築に限らず、記憶に残る建築を人々はいつまでも残しておこうと努力するだろう。建築の寿命はハードな側面だけからとらえることはできない。省エネルギーについても同様である。高性能な建物が省エネルギーを達成する保証はない。高性能な建築だからいくらエネルギーを消費しても大丈夫という訳ではない。建物の特性を理解しそれに合わせた使用や生活を展開するユーザーのライフスタイルを無視して省エネルギーを論じることはできないのである。

機能的・経済的・社会的条件までもソフトなテクノロジーに含めることはできないという反論があるだろう。対象を一方的にコントロールするという 19 世紀的テクノロジー観によれば、確かにその通りである。それはコントロール主体を外部に置き、超越的視点から対象に向かうという 1960 年代の社会工学的発想と変わりない。しかしサステイナブルなテクノロジー観はそうではない。そこでは主体もテクノロジーの内部に取り込まれている。ハードなテクノロジーはそれをコントロールする主体と無関係には成立しないということである。主体はハードなテクノロジーとの関係を保ちながら、絶えず自己を対象化し変容していくのだといってもよい。サステイナブルなテクノロジーは機能的・経済的・社会的条件を内部化した応答的なテクノロジーなのである。

建築家+建築史家である藤森照信は、『ザ・藤森照信』(エクスナレッジムック  HOME 第7号  2006 年 8 月)の中でサステイナブル・デザインに関する僕の質問に対し、幾つかの側面で回答している。回答の冒頭で藤森はエコロジー主義者のデザインを批判している。僕も藤森と同じようにエコロジー主義者の建築には環境原理主義的な発想を感じる。しかし藤森の批判は PC (イメージ)的な批判に陥りかけている。藤森のデザインがエコロジーデザインに似ていることは誰もが認める事実だろう。だから藤森の批判は近親憎悪的に見えてしまうのだ。

僕の考えでは、エコロジー主義者に対しては、彼らの PC 的発想ではなく、ライフスタイル(世界観)を批判すべきである。エコロジー主義者は僕が考えるのとは異なる方向からサステイナブル・デザインを追求している。おそらく決定的な相違点はテクノロジー観にあると思う。彼らは近代的なテクノロジーを否定し、プレモダンなテクノロジーに戻ろうとする。エコロジー問題はテクノロジーの暴走がうみ出したと考え、それに歯止めをかけようとする。僕はといえば、エコロジー問題はテクノロジーを先に推し進め、先進的なソフト・テクノロジーによってコントロールする以外に方法はないと考えている。とはいえ材料やエネルギーに関する具体的なテクノロジーに関しては、学ぶべき点が多々ある。エコロジー主義者のデザインを PC 的にとらえたのでは、盥の水と一緒に赤子を流すことになりかねない。

 

形態の自律性

 次に、建築家がサステイナブル・デザインを避ける最大の理由について考えてみよう。それは建築家のアイデンティティは特異な形態や空間を生み出すことにあるという考え方である。

同書の中で、藤森は建築家の役割についてこう主張している。

「私は、建築家の最後の生命線は表現にあると考えている。別の言い方をすれば、建築家は表現しか可能がない。政治、経済、社会、技術、思想、世相、流行、などなどの諸条件、諸領域のなかから建築は生まれてくるわけだが、そうした諸条件、諸領域のどれにも建築家は専門的ではない。他の助けを借りなければ何も実現しない。なのになぜ建築家が存在するかというと、それらをまとめて一つの形を与える人だからだ。形を与えるのが、建築家のただ一つの能なのである。」

『ザ・藤森照信』(エクスナレッジムック  HOME 第7号  2006 年 8 月) p.019

この主張に僕も基本的に賛成である。僕が当今のエコロジカルなデザインに違和感を抱くのは、その表現が旧態依然としているからである。僕が考えるサステイナブル・デザインの最終的な目標は、これまで考慮されてこなかった耐久性やエネルギー、既存の建物の再利用や転用といった新しい設計条件を取り込むことによって、これまでとは異なる建築表現をうみ出すことにある。この視点から見れば、エコロジー主義者のデザインは新しい設計条件を新しい表現に結びつけていないといってよい。この点には藤森も賛同するだろう。しかし藤森は、僕がエコロジカルなデザインを批判するのと同じ視点から、「箱の家」を批判しようとする。

「私が難波サステイナブルに同意できないのは、せんじつめればただ一点、これまでの「箱の家」シリーズは、 20 世紀の科学技術の時代の建築表現とどうして同じような表現をしているのか。サステイナブルという 21 世紀の新しい考えに立つなら、それにふさわしい新しい表現、表情があるだろうに。」                                 (同上) p.019

工業化された部品を使用し、箱型のデザインにこだわっている点では、「箱の家」はたしかに 20 世紀的な表現かもしれない。サステイナブル・デザインがモダニズム・デザインの延長上にあると僕は考える以上、当然の結果だといってもよい。だからそれは無意識に生まれたデザインではない。あくまで僕が自覚的に選び取ったデザインである。藤森はサステイナブル・デザインを意識する前と後ろの「箱の家」のデザインの相違点を明示せよという。この質問に対しては、「箱の家」は最初からサステイナブルだったと答えるしかない。ただしアルミエコハウスを通じてサステイナブル・デザインが総合的な視点から方法化されたことは、先に述べた通りである。あえてその前後の違いを挙げるなら、目に見えないエネルギーや時間の条件に建築表現を与えることを新たな目標に据えた点にある。しかしこの課題はまだ達成されていない。現在も模索中のテーマである。

1970 年代のポストモダニズムは記号論や歴史的検証を通じて建築の形態の自律性を明らかにした。コーリン・ロウ、レイナー・バンハム、マンフレッド・タフーリといった第2世代の建築史家たちは、モダニズムとプレモダンな思想との間に、技術的・機能的な不連続性と形態的な連続性との並行性が潜んでいることを明らかにした。これによって建築形態が自律的に展開することが歴史的に解明された。つまり形態が機能や技術から自動的にうみ出されると主張するモダニズムの機能主義や技術(テクノロジー)主義が誤っていることがはっきりしたのである。藤森はこの主張を踏襲しているように思える。しかし形が自律的に展開するといっても、機能やテクノロジーと無関係なわけではない。それらが特定の関係に結びつけられなければデザインは成立しない。ポストモダニズムの根本的な誤りは形態優先主義にある。それはモダニズムの機能主義、技術主義の反動に過ぎない。ポストモダニズムが明らかにしたのは、デザインは機能や技術からだけでなく、形態から出発しても構わないということに過ぎないのである。

「箱の家」では単純な箱型の形態が採用されている。閉じた箱ではなく、外部に開かれ、深い庇を持ち、室内は一室空間の箱である。これはかつての日本家屋の空間を、サステイナブル・デザインの視点から再解釈したものである。単純な箱としたのは、できるかぎり形としての主張を抑え、その結果として性能を高めコストを抑えるためである。しかし単純な形といっても、ミニマリズムのように単純さを自己目的化している訳ではない。構造システム、素材のテクスチャー、施工プロセスは、できうるかぎり表現するように努めている。箱の形態はデザインの出発点であり、機能やテクノロジーを統合するデザインの終着点でもある。与条件が根本的に変わっても、形態は自律しうる。したがって出発点として選び取られる限り、箱の形態は持続するだろう。

『サステイナブルな住宅はデザイン可能か』( SD 2004 年 12 月号所収)において、僕たちはサステイナブルな住宅の現状をつぶさに調査した。そこで分かったことは、ほとんどの事例が模索的なデザインで、模範的な事例は存在しないということだった。サステイナブル・デザインはようやく本格的な追求が始まったばかりで、さまざまな可能性に開かれているのだ。だからという訳ではないが、サステイナブル・デザインに対して、現段階で決定的な解答を求めることは時期尚早である。藤森も指摘しているように、そもそも何がサステイナブルであるかという基準さえ、まだはっきりしないのである。だからサステイナブル・デザインは怪しいと断じるのは、それこそ PC 的な判断というほかない。サステイナブル・デザインを突き詰めれば、最終的にデザインの自己否定あるいは自己解体に至る可能性さえ否定できない。サステイナブル・デザインはそうした危うい可能性の上に展開している。反サステイナブル派には、その点を十分理解してもらわねばならない。不確定さを根拠にしてサステイナブル・デザイン批判を展開するのは、いささか安易ではないかと思う。

 

家族とライフスタイル

 現代の住宅設計にとってもっとも重要なテーマは、今後ますます多様化する家族形態とライフスタイルに対して、どのような住宅を提案すればよいかという問題である。いうまでもなくこの問題は、サステイナブル・デザインの主要テーマでもある。ステレオタイプな住空間は、ライフスタイルを規定し、フレキシブルな住まい方を阻害する。変化する家族像とライフスタイルに対して、住空間がフレキシブルに対応できなければ、その住宅はうち捨てられるか、建て替えられる可能性が高い。

これまでの住宅はほとんどが、夫婦+子供2人という平均的な核家族像に合わせて設計されてきた。リビング、ダイニングキッチン、複数の個室を組み合わせた nLDK という平面プランは、ハウスメーカーはもちろん分譲マンションにおいても依然として主流を占めている。しかし高齢化・少子化が進むにつれて、家族のあり方はさまざまな形態をとるようになった。何よりも大きな変化は、夫婦と子供という核家族が主流でなくなったことである。僕たちは核家族が当たり前だと考えているが、決してそうではない。第2次大戦以前は「家」を中心とする大家族制度が主流だった。核家族という形態は戦後に生まれたもので、せいぜい 50 年程度の歴史しかない。現在、運命共同体としての核家族という像は揺らぎ始めている。共働きの夫婦が増え、親と子供の関係も対等になり、親から子へという連続性が薄らいでいる。団塊の世代が高齢化し、一人住まいの家族が急速に増加している。こうした潮流に対して住空間がどう対処すべきかは、現代住宅の最大の課題である。

この問題に対して、建築家はさまざまな住宅の提案を行っている。核家族の変化に対する建築家の提案は、大きく二つに分けることができるだろう。ひとつは、かつての運命共同体としての核家族ではなく、緩やかな共同体となった家族を包み込むような住宅である。解体に向かっている家族をつなぎ止めるような住宅といってもよい。もうひとつは、家族ではなく個人を単位とし、その集合としての共同性を提案するような住宅である。居間を中心とする住宅から、個室を中心とする住宅への移行といってもよい。両者の提案は対照的だが、 nLDK を脱却しようとしている点では共通している。

「箱の家」は明らかに前者の考え方にもとづいている。「箱の家」が提案しているのは、間仕切のない一室空間住居である。「箱の家」には閉じた個室はない。したがってプライバシーもない。なぜそのような住空間を提案するのか。それには幾つかの理由がある。ひとつは、「箱の家」は依然として核家族の重要性を認めている点にある。大きな傾向として見るなら、核家族という単位が解体しつつあることは確かである。これによって二つの問題が生じている。単身となった高齢者の生活を誰が支えるかという問題と、子供の成長の面倒を誰がみるかという問題である。高齢者に関しては、核家族に依存しないケア・システムは徐々に整備されつつある。しかし家族に代わるような子供の養育システムは、未だに形成されていない。現代では大家族制度が崩壊している以上、核家族という夫婦を単位とする子供の養育共同体は、依然として社会を持続させるために不可欠な制度なのである。解体に向かう緩やかな共同体であったとしても、子供の成長にとって核家族は重要な存在である。「箱の家」のクライアントたちは、その点を無意識的に感受している。だからこそプライバシーを犠牲にしても、家族としての一体感を感じさせるような一室空間住居を求めるのである。

もうひとつの理由は、子供の自立にとって果たして個室は必要なのかという疑問である。一般的に個人の自立は、個室の確保と結びつけて論じられる。個室がなければ個人としての自立もあり得ないというのが近代的な住居観である。しかしその論理は疑わしいと思う。個室という空間的条件と、個人の自立という社会的条件を結びつけるのは、広い意味での機能主義である。今や機能主義の論理が通用しないことは、歴史的に明らかになっている。個室の確保と個人の自立とは、別の問題なのである。

例を挙げよう。「箱の家」の原型である「箱の家 1 」の家族は、夫婦と子供3人の5人家族である。「箱の家 1 」には子供室がない。子供たちそれぞれに3畳の広さの専用のコーナーがあるだけである。その代わり子供たちのための8畳の勉強部屋があり、長さ 3.6 mの共用の机が備えられている。この部屋は吹抜に面した開放的な空間である。子供コーナーは僕の提案だが、子供たちの共用の勉強部屋はご主人の提案によってつくられた。完成後に見学に来た人たちは口を揃えて、独立した個室も勉強部屋もない住空間では、子供たちは勉強に集中できないのではないかという疑問を呈した。それに対してご主人はこう応えた。「本番の受験場は開放的で落ち着かない空間です。そのような空間で集中できなければ受験戦争を勝ち抜くことはできません。この家はそのための練習場なのです」。実をいえば、「箱の家1」のクライアントのご主人は有名予備校の教員の経験があり、静かな空間でなら優秀な成績をおさめる子供が、本番で失敗する例を沢山見ていたのである。この例は機能主義の誤りを見事に証明している。個室が個人の自立を保証するのではない。むしろ開放的な空間においても集中できることが個人の自立なのである。もちろん一室空間の中で各自が勝手な行動をしたのでは生活は混乱するだけである。一室空間的な住居では、家族が共有する住まい方のルールが必要不可欠である。「箱の家1」の子供たちは両親と話し合い、決められた一定の時間は共用の机で勉強することをルールに決めた。話し合いによって住まい方のルールを決めることも、個人の自立の重要な条件だといってよい。一室空間住居の中で育つ子供は、日常生活での体験や両親との話し合いを通じて、生活を成立させる暗黙のルールを身につけていくだろう。共有されたルールとは空間を分節する「見えない壁」である。そして自分の力で「見えない壁」を作り上げる術を学ぶことが、個人としての自立ではないかと僕は考える。必要以上に物理的な空間に依存することは、むしろ自立を阻害するのだ。ここにもサステイナブル・デザインの重要な条件がある。

この問題は、家族構成の変化に対して、住空間のフレキシビリティをいかに確保するかというテーマとも関連している。建築家が設計する住宅のほとんどが最小限の間仕切しか持たないのは、このテーマに対する解答だといってよい。建築家は壁で仕切るのではなく、天井の高さや床の高さの変化、台所、浴室、収納の配置を巧妙に操作することによって、さまざまな住まい方に対応できる住空間を提案している。このようにフレキシブルに対応できる住宅であれば、将来、小規模なグループホームにも転用できるだろう。緩やかな共同体としての家族に対して設計された住宅ならば、家族でなくても十分に住めるはずである。現代の建築家は戸建て住宅でさえも集合住宅としてデザインすることが求められているように思える。

 

都心居住と職住近接

 サステイナブル・デザインの視点から都市住宅のもうひとつの条件について考えてみよう。都市の消費エネルギーのうち、人や物の移動に必要なエネルギーは膨大な量である。朝夕の通勤ラッシュをみるにつけ、なぜ毎日こんなことまでして郊外と都心の間を移動しなければならないのかという疑問にとらわれるのは、僕だけではないだろう。郊外住宅は近代の産物だが、サステイナブル・デザインを都市計画のレベルで考えると、都心で働き郊外に住むというライフスタイルは、明らかに間違っているといわざるを得ない。なぜそうなったのか。その理由は近代的な都市計画の考え方にある。

第2次世界大戦後の近代的な都市計画思想を確立したのは CIAM (近代建築国際会議)だといわれている。 CIAM は 1928 年に近代建築家の国際的交流を目的として創立され、その先導者はル・コルビュジエだった。 CIAM の第4回会議は 1932 年にマルセイユーアテネ間を航行する客船の中で開催され会議の結果は『アテネ憲章』としてまとめられた。戦後の都市計画の方向性を決定づけたのは、この『アテネ憲章』である。ル・コルビュジエは『アテネ憲章』の起草に決定的な役割を果たした。それは実質的にル・コルビュジエの都市計画思想をまとめたものだった。そこにはル・コルビュジエが 1920 年代に提案したパリの「ヴォアザン計画」や「輝く都市」などの一連のプロジェクトの成果が盛り込まれ、未来の都市計画のあり方が提案されている。彼の都市計画思想を一言でいうなら「機能的な都市」である。機能がはっきりと分離されている都市をル・コルビュジエは「機能的な都市」と定義し、未来の都市計画の鍵は4つの都市機能、すなわち「住居」「労働」「余暇」「交通」の明確な分離にあると主張した。第2次大戦後の世界中の都市計画は、基本的にこの考え方にもとづいて展開されたといってよい。日本の戦後の都市計画も例外ではない。機能毎に地域を分割し、そこに建設される建物の用途を規制した「都市計画法」の制定は、その起源を『アテネ憲章』すなわちル・コルビュジエの「機能的な都市」に遡ることができる。

僕たちがまず見直す必要があるのは、ル・コルビュジエが提唱した「機能的な都市」の考え方である。『アテネ憲章』が教条化されたといってもよい現今の「用途地域」規制は、働く場所と生活する場所の分離を推し進めたからだ。その結果、働く場所は都心に集中し、住居は郊外へと広がり、人々は毎日通勤のために長い時間を費やすことになった。戸建て住宅が広大な郊外地域を形成する面状の都市は、日本にしか見られない。人口が徐々に減少する低成長の時代には、移動のために巨大なエネルギー消費せざるをえない広大なメトロポリスはふさわしくない。これまでの生活レベルを下げることなく、省エネルギーで高性能な都市を維持するには、働く場所と生活する場所が近接し、都市の諸機能が効率よく組織された、コンパクトでサステイナブルな都市こそがふさわしい。本来、都市とは多様な機能が混在することによって成り立つ空間である。都市の魅力は多様な機能がコンパクトに混在した空間にこそある。そのための第一の条件は、職住近接と都心居住である。職住近接と都心居住こそが近未来都市の居住形態である。そのためには「用途地域」の規制は根本的に見直されねばならない。さらに都心と郊外の関係も再検討されねばならない。郊外は住む場所ではなく新しい自然の空間として再編成する必要がある。都市問題とは郊外問題でもあるのだ。

最近では、建築家が都心地域において、小さな集合住宅の開発を手がけるようになった。相変わらず nLDK の分譲マンションが多数を占める中で、建築家による集合住宅のほとんどは賃貸であり、個性的な空間を求める一人住まいの若者やディンクスによって住まわれている。そうした賃貸集合住宅は単なる住まいというよりも、仕事場も兼ねた複合的な空間になっている。これも都心回帰に連動した職住近接の傾向だといってよい。今後こうした傾向が支配的なライフスタイルになりうるかどうかは不確定である。都市計画法にかぎらず、機能によって都市を分断し、働く場所と住む場所を限定しようとする規制は、依然として強固だからだ。最大の制約は土地の価格である。建物以上に土地は固定資産という神話に結びつき、税金の制度に組み込まれている。とりわけ都心は強固な土地神話に支えられている。それを突き崩すには、働く場所に住まいを持ち込む以外に方法はない。コンバージョンやリノベーションはそのための一つの方法である。これについては後に稿を改めて議論してみたい。

 

時間の問題

 モダニズムのデザインとサステイナブル・デザインを分かつ決定的な条件は、時間をどうとらえるかという点にある。歴史に対する態度の相違といってもよい。モダニズムは過去の歴史を否定し、それを乗り越えようとした。しかしサステイナブル・デザインは時間と歴史を、デザインの条件として積極的に取り込もうとする。

たとえば素材やテクスチャーの条件としては、エイジング(経時的変化)やウェザリング(風化)がそうである。サステイナブル・デザインはこうした素材の時間的変化を積極的にデザインに生かそうとする。自然素材がエイジングやウェザリングを受け入れやすいことは周知の事実だが、工業生産された材料において同じような効果をうみ出すことができるだろうか。時間に耐える工業材料。これもサステイナブル・デザインの大きな課題である。

リノベーションの魅力のひとつが、古い仕上と新しい仕上の併存にあることはいうまでもない。そこに時間の重層を見ることができるからだ。都市的なスケールでいえば、既存のコンテクストに応答的なデザインであるかどうかに、歴史と時間に対する態度が表れる。

機能的な条件としてとらえると、時間の問題はプログラムの変化に空間がフレキシブルに対応できるかどうかという問題となる。ミース・ファン・デル・ローエはモダニズムの機能主義を否定し、「機能は時とともに変化する。したがって機能に対応した空間をデザインすべきではない」と主張した。この建築思想にもとづいて、ミースはすべての「壁」を取り去り、どんな機能にも対応可能な「均質空間=ユニバーサル・スペース」を提唱した。しかし現実には、すべての機能を受け入れるユニバーサルな空間など存在しない。物理的存在としての建築は必ずプログラムを規定する。ミースの主張に追従する建築家たちは、機能を無視した空間をデザインすることによって、世界中に単調な建築を蔓延させた。これに対しサステイナブルな建築は、機能の変化に応答的な空間をめざす。機能は単に変化するだけでなく、空間との対話を通じて新たに発見されるものだからだ。たとえば「箱の家」は、必要最小限の建築要素によって時間的な変化に応答する、フレキシブルな住空間を確保しようとする試みである。そこでは閉じた個室ではなく、柔らかに仕切られた個室コーナーが提案される。これによって個人のテリトリーを確保しながら一体感のある住空間が生まれる。子供が独立し家を出て行っても、「箱の家」は緩やかな共同体に相応しい空間を提供する。両親が移り住むこともできるし、気のあった仲間たちとの共同住宅にも転用可能である。

住宅の可能性は空間を通じて無意識に働きかけるところにある。特異な表現や奇抜な形態も、時間の経過とともに当初のインパクトを失い、無意識の底へと沈潜していく。建築における時間の本質は、まさにこの点にあるように思える。

ワルター・ベンヤミンは歴史の転換期における知覚と感性の変貌について論じた『複製技術時代の芸術』の中で、映画や写真の本質を建築空間の体験になぞらえている。ベンヤミンによれば、建築は絵画のように享受する主体が注視し積極的に働きかけるような芸術ではなく、映画や写真のように「散漫な態度」で接しながら無意識的に慣れていく芸術である。知覚と感性の転換を、注視と慣れに集約させた視点は見事である。しかし実際のところは、前者から後者への時間的な移行が、建築の本質ではないかと思う。同じような視点から、多木浩二は『生きられた家』の中で、住むことを通じて住空間が身体化されていくプロセスを見事に分析している。これも住まいにおける時間の問題である。サステイナブル・デザインにおける最大の問題は、時間というファクターを積極的に取り込むことによって、つくることと住むことの、意識から無意識への、緩やかなサイクルをうみ出すことにあるのではないかと思う。

 

 

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