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マシンの輝き       「ステンレス建築 27号」 2005年8月号

難波和彦               

僕にとってステンレスには、鉄骨並みの強度を持つ「性能」と、銀色に鈍く輝く「テクスチャー」というふたつのイメージがある。建築材料としては歴史的にはそれほど古くない材料だから、ステンレスの強度を生かした建築はあまり見かけない。しかしテクスチャーを生かした建築は沢山ある。
とりわけ記憶に残っている建築は、ニューヨークのマンハッタンに立つスカイスクレーパー、クライスラービルである。アールデコとイスラム・モチーフを折衷したユニークな尖塔は、すべて輝くステンレス板で覆われている。さらに1階玄関ホールやエレベーターにもステンレスがふんだんに使われている。アールデコ・スタイルは1920年代のアメリカの経済的発展を象徴する様式であり、ステンレスは都会的なアールデコ・スタイルにふさわしい材料だったのである。
1980年代になると、ステンレスは興味深い形で復活する。ハイテック・スタイルの建築のガラス・スクリーンを支える構造金物としてである。ノーマン・フォスター、リチャード・ロジャース、レンゾ・ピアノ、マイケル・ホプキンス、ニコラス・グリムショーといったハイテク建築家たちは、こぞってステンレス金物によるフレームレスの強化ガラス・スクリーンをデザインに取り入れた。ロストワックス法によって繊細なステンレス金物の製造が可能になったせいかもしれない。ステンレス金物とステンレスロッドを組み合わせた繊細な立体トラスは、先端的技術にふさわしい表現をもたらした。メンテナンス・フリーをめざしたフレームレスのガラス・スクリーンには、錆びないステンレスが不可欠だったのである。
僕も当時の潮流を受けて、ステンレスを多用した建築をデザインしたことがある。ある不動産業者の別荘地の営業所として設計した「別荘情報館」である。不動産業という旧来のイメージを払拭するために、僕はこの建築を軽快で透明なパヴィリオンとしてデザインし「EXマシン1990」と名づけた。EXとはexhibition(展示)の略であり、マシンとは近代建築の機械のイメージである。ハイテック・スタイルがモダニズムの延長上にあることを示すデザインだった。
この建築の主要構造は鉄骨造で、傘を拡げたような構造体をガラスのカーテンウォールで包み込んでいる。海に近いこともあって、この建築には至るところにステンレスが使われている。まず外周のカーテンウォールの押縁にはすべてステンレス・プレートを用いた。耐候性はもちろんだが、ガラスとステンレス押縁を同面に納めることによって平坦で軽快なスクリーンをつくろうと考えたのである。パラペットや幅木もステンレス・プレートである。この建築には立体トラスによるゲート、サインを兼ねた非常階段、広告塔が付属している。これらもすべてステンレスパイプとステンレスワイヤーによって構成している。ゲートは主要構造体のミニチュアであり、複葉機のイメージでデザインされている。これもモダニズムへのオマージュだといってよい。これらは基本的な部品を工場溶接によって製作し、現場でボルト接合によって組み立て、取り付けられている。さらに室内でもステンレスを多用した。客用の洗面所カウンターとキッチンカウンターはステンレスのオブジェとしてデザインした。清潔さと先端性を表現するためである。
かくして、この建築の内外観はステンレスとガラスによって決定づけられることになった。ステンレスの表面はすべてヘアライン仕上げとした。ヘアラインの繊細なテクスチャーは、都市的で抑制された美学を生み出している。
1980年代のハイテック・スタイル以降、ステンレスはやや影を潜めたようである。しかしステンレスが構造材料として本格的に使用できるようになれば、第2のハイテク・スタイルが勃興するかも知れない。素地のままの使用が可能で、メンテナンスフリーの構造体が誕生すれば、本当の意味でのサステイナブル・デザインが可能になるだろう。

 

 

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