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設計教育の新たな試み:イノベーションからリノベーションへ

建築のデザインはゼロから始めるものではない。たとえ新しい建築をデザインする場合でも、敷地の回りには既に何らかの建物や自然が存在するから、それを考慮しなければデザインは不可能なはずである。しかしながらモダニズム・デザイン運動は、それまでの伝統的なデザインに反対する運動だったから、既存の条件を白紙に戻し、すべてをゼロからデザインし直そうとした。モダニズム・デザイン運動を先導したドイツのデザイン学校バウハウスは、デザイン教育をそれまでとはまったく異なる形に再編成しようとした。日本の大学のデザイン教育は、基本的にバウハウスの教育理念にもとづいて整備されてきた。したがって設計製図の課題にも、こうしたモダニズムの考え方がしみ込んでいる。現在でも、建物の種別に応じて敷地を与え、ゼロからデザインさせるというやり方が主流である。
 しかしそのような設計教育は、現在の社会的状況にまったくそぐわないことが明らかになってきた。高密度な都市においては、更地に新しい建物を建てる場合でも、敷地周囲の条件を綿密に考慮しなければ、デザインを実現することは許されなくなっている。さらに既存の建物を保存・改築し転用する場合は、既存の建物を詳細に調査しなければ、そもそもデザインを始めることは不可能である。
 僕は1980年代初めから、いろいろな大学で設計教育に携わってきたが、いつもこの問題が気になっていた。5年前に大学で本格的に設計教育に携わるようになり、設計製図のカリキュラム編成を任せられることになったとき、設計課題を可能な限り既存のコンテクスト(文脈)に結びつけるような課題に再編成することを試みた。ちょうどその頃、2000年問題で、都心の空きオフィスビルを集合住宅に転用するコンバージョンが社会的にも注目されるようになり、その共同研究に参加する機会があったので、大学の設計課題にもコンバージョンを取り入れた。
 このような設計課題を試みて最初にぶつかった壁は、学生達の抵抗である。大学の建築学科に来る学生達は、自分のイマジネーションにしたがってゼロから始めることがデザインだと考えている。要するに、巨大な建築的モニュメントをつくることが彼らの夢なのである。たしかにイマジネーションがなければ優れたデザインは生まれない。しかしそのイマジネーションは、技術的条件や法的条件、クライアントの要求やコスト、既存の都市的コンテクストによって鍛えられなければ現実化しない。コンバージョンやリノベーションでは、そのような条件に加えて、既存建物の現状を徹底的に調査し、そこに潜むデザインの可能性を読み取ることが要求される。つまり自分のイマジネーションを実現するには、その前に他者のイマジネーションを理解することが必要なのである。
自己と他者の対話、これがサステイナブル・デザインの基本思想である。デザインにおいて強固な自己は必須である。しかしそれはやみくもに自分の意見を押し通すエゴイズムではなく、他者を理解しながらも揺るぐことのないヴィジョンを備えた自己である。他者とは、自己の思い通りにならない外部の条件、すなわち社会、都市、クライアント、コスト、技術、法規などの複合体である。究極的な他者とは歴史だろう。昨年、EU からの留学生を交えてコンバージョン課題にとり組む機会があった。歴史が積層するヨーロッパの学生にとって、他者との対話は常識的な作業だったようだ。日本の大学もデザインの基本的な考え方を改める段階に来ているように思う。


                                  

 

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