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アエラムック原稿 「コンバージョン」

地球環境問題が注目をあびている。炭酸ガスによる温暖化やオゾン層の破壊といった地球レベルの環境問題が、僕たちの身近な問題にも影響を及ぼすようになってきた。個人個人の日常的な活動を積み上げないと、地球環境問題は解決されないことが明らかになってきたる。
建設産業はいろいろな面でエネルギーを消費する産業である。建材の生産に必要なエネルギー、材料を輸入・運搬するエネルギー、建物を建設するために必要なエネルギー、完成した建物を使用し、そこで生活するために消費するエネルギー、寿命を終えた建物を解体し、廃棄するためのエネルギーといったように、建設産業では強大なエネルギーが消費される。産業廃棄物の中で建設廃材は大きな割合を占めている。したがって地球環境問題と建設産業には密接でネガティブな関係があるのである。
そうした問題に応えようとするのが、サステイナブル(持続可能な)デザイン運動である。サステイナブル・デザインとは、地球環境を後の世代にまで持続させるにはどうすればいいか、という視点から建築のデザインを見直そうとする運動である。そのためには建築のデザインにおいて、以下のような点に留意しなければならないことが分かっている。

  1. できるだけ長く使い続けることのできるような建物であること。
  2. 建築の材料を再利用やリサイクルが可能なものに変えていくこと。
  3. 建物を建設し使用するために必要なエネルギーを最小限に抑えること。
  4. すでに存在する建物を可能なかぎり再利用し使い続けること。

これからの建築デザインにはサステイナブルな視点が不可欠である。その中で、既存の建物を使い続ける方法としてのコンバージョン(用途転用)は、サステイナブル・デザインの重要なテーマのひとつだといってよい。1960年代の高度経済成長期や1980年代のバブル期のように、古くなった建物を解体して、新たに建物を建てるというスクラップ・アンド・ビルドはサステイナブルな方法ではない。そうした方法に替わって、すでに存在する建物を別の機能の建物に転用して使い続けるという考え方が、これからのデザインの大きな潮流になることはまちがいない。

建物のコンバージョンには、さまざまなタイプがある。もっとも簡単なコンバージョンは、既存の建物に最小限の手を加え、別の機能に変えることによって建物を延命させるというものである。建物を可能なかぎり使い続けるには、このような延命治療的なコンバージョンも有効である。このような方法とは異なり、単に建物の機能を変えるだけでなく、新たな技術によって今まで以上に高性能な建物に変えるというコンバージョンがある。これは既存の建物の潜在的な可能性を引き出し、新しい建物に再生させるという考え方である。コンバージョンの本来の可能性は、後者にあるといってよいだろう。ただしコンバージョンが必要な建物は経済的な条件が厳しい場合が多いので、実際にコンバージョンを適用する場合は、二つの方法をバランスよく使い分けることが必要になる。その点においてもコンバージョンは新築よりも難しく、デザインとしても興味深い可能性がある。

コンバージョンは欧米では既にさまざまなかたちで試みられており、コンバージョン業というひとつのジャンルとして成立している。ニューヨークのソーホー地区やロンドンのダウンタウンのコンバージョンはよく知られた例である。ヨーロッパやアメリカの大都市では、空洞化したダウンタウンのビルをソーホー付の集合住宅にコンバートし、1階に店舗やギャラリーを誘致することによって賑わいのある街に再生させている。あるいはオーストラリアでは、都市近郊に建てられた比較的新しい高層オフィスビルを、高級集合住宅にコンバートし、分譲販売しているような例も見られる。コンバージョンは古い建物を再利用するだけではなく、新しい建物を高度利用する手法としても用いられているのである。
しかし日本ではコンバージョンはまだ端緒についたばかりである。日本の近代建築の歴史は150年そこそこであるが、戦後の高度成長の中でコンバージョンを適用できる建築的ストックは急速に蓄積され、都心部には高密度なオフィス街が形成されている。しかしながら昨今の大規模なオフィスビルの建設ラッシュは、こうした都心のオフィスビルを急速に空室化させ、かつてのオフィスビル街は活気を失い始めている。そうした空きオフィスビルを、集合住宅を中心とする複合ビルにコンバート(転用)し、それを連鎖させることによって、沈滞したダウンタウンを活性化させることが、コンバージョンが注目されるようになった社会的な理由である。

都心の空きオフィスビルのコンバージョンには、もうひとつ大きな目的がある。それは都心居住の意義を見直すことである。今日のようにオフィスビルが都心に集中しているのは、働く場所と住む場所をはっきりと分けるべきであるという近代の機能主義的な都市計画にもとづいている。機能によって都市空間を分類することは、都心を空洞化し、長時間の通勤ラッシュをもたらした。しかし都市の賑わいは多様で雑多な都市機能の混在から生まれるものである。人口が徐々に減少する低成長の時代には、巨大なエネルギー消費によって支えられたメトロポリスはふさわしくない。これまでの生活レベルを下げることなく、地球環境を持続させるには、働く場所と生活する場所が近接し、都市の諸機能が効率よく組織されたコンパクトでサステイナブルな都市こそがふさわしい。都市とは本来さまざまな機能が混在することによって成り立つ場所である。都心居住こそが近未来都市の居住形態である。そのためにはこれまでのような「都市計画地域」規制は根本的に見直されねばならない。さらに都心と郊外の関係も再検討されねばならない。郊外は住む場所ではなく、新しい自然の空間として再編成されねばならない。都市問題とは郊外問題でもあるのだ。都心の空きオフィスビルのコンバージョンは、そうした複合的な都市空間を生みだす可能性をはらんでいる。
社会の目をコンバージョンに向けるには、こうした複雑な条件を解きほぐすことと並行して、コンバージョンによって建物や街並がどのように変わるのかというイメージを提示することも重要である。当面のコンバージョンは個々の建物において行っていくわけだが、それらが連鎖して、どのような都市を生みだすかというヴィジョンを提案しなければならない。でないとコンバージョンは単なる対症療法的な方法に止まってしまう。コンバージョンの可能性を拡大するには、それによってつくられる街並と、そこで展開される生活のイメージを提案することが不可欠なのである。

このようにコンバージョンは、さまざまな条件が絡み合った複雑なテーマである。コンバージョンを成立させるには、まず、どのような建物がコンバージョンに相応しいかを判断するための総合的な診断基準が必要である。所有権や用途変更などの法律的問題を解決しなければならない。事業として成立させるためのファイナンスをどうするかも重要な問題である。さらに、古い建物を構造的に補強し、新しい設備を装備し、性能を向上させるための技術的な問題を解決しなければならない。こうした複雑な問題を解決するには、新しい建物をつくる以上に総合的で高度な知識と技術が要求される。つまり建物のコンバージョンは、最終的には建築家という職能の見直しにも結びついていくのである。
未来の建築家にとって、サステイナブル・デザインは必須の仕事であり、建築教育も、そのような視点から再編成しなければならない。新しい世代の建築家は、既存の建物を診断し、その建物の潜在的な可能性を引き出す目を持たねばならない。そのためにはこれまでのような建築教育では不十分である。この目標を達成するためには、設計教育においては、これまでのような新築を中心とした課題ではなく、コンバージョンやリノベーションのように、既存建物をいかにいかすかというコンテクスト重視の課題を中心に据えなければならない。たとえば僕が教える大学の建築学科では、都心の空きビルの調査からスタートし、コンバージョン技術の収集と建物への適用、集合化による街並みの変化に至るまでのケーススタディを行っている。こうした試みを通じて、コンバージョンの多面的な問題を明らかにし、デザインの新しいテーマを開拓するとともに、そのような社会的課題に相応しい建築家を輩出することが求められている。

 

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