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「大阪都心におけるケーススタディ」

難波和彦 (大阪市立大学教授)

ご紹介いただいた難波和彦です。先ほど、松村先生がコンバージョンの背景についてお話されましたが、今日、私がご紹介するのは、大阪の都心のケーススタディです。ここは東京ですから、大阪の話題がフィットするかどうか分かりませんが、ひとつの例としてお聞きいただければ幸いです。最初に、私がコンバージョンに興味を持ったいくつかのポイントについてお話したいと思います。

コンバージョンのボキャブラリー

私は大学を出て以来、30年近く建築の設計を生業として来ました。三年前に大学で教鞭をとることになり、常日頃から感じている疑問を、改めて整理してみるようになりました。それは近代建築の限界といってもいいのですが、これ以上新しい建物を建てる必要があるのかどうかという疑問です。先ほど松村先生がお話になったように、戦後60年間の間に建築的なストックは十分蓄積されているのではないか。これからはそのようなストックをどう生かしていくかが問題なのではないかということです。現在でも森ビルはどんどん新しい建物を建てていますが、それは不良債権処理の徒花にすぎないような気がします。
そういう社会的な問題とは別に、建築家としての感性の変化もあります。新しい建物を建てることが面白いかどうかという問題です。一人の建築家がゼロから作品をつくるというスタイルは、もう限界に来ているのではないか。そうではなくて、既にあるものの潜在的な可能性を読み取り、それを生かすような建築のつくり方の方が、新しい表現を生み出す可能性が大きいのではないかということです。それを若い建築家たちは「リノベーション」といっていますが、コンバージョンはそのような感性の変化を背景に持っています。
大きな時代の流れとしてみれば、これからは建築デザインの仕事の量は減っていきます。そうした右肩下がりの社会の中で、建築学科の教師はどのような建築デザイン教育を展開すればよいか。つまり建築デザインを学んだ学生たちを、どのような方向へ進めればいいかという問題です。私が教えている大阪市立大学は建築学科の学生数は三十人くらいですから、大して多くはないですが、それだけに建築デザイン・コースを選択する五、六人の学生が将来どういう方向に進むのか大変気になります。
この問題に関する私の結論はこうです。彼らは決して安藤忠雄のようなスーパースターにはならないだろう。それどころか設計だけで生きていくことも難しいだろう。大阪には歴史があり建築的ストックが豊富にある。そのコンバージョンやリノベーションを設計するだけではダメで、設計しながら工事もする。そういう建築家兼工務店なら成立するのではないか。そういう人材を育てようと思っています。コンバージョン研究には、以上のような問題が集約されています。

大阪都心のケーススタディ

私の研究室では大阪都心でのケーススタディを担当しました。最初に学生たちに要求したのは、現状の空きオフィスビルの状況を調べることです。不動産情報誌やインターネットで大雑把な目星をつけ、つぎに実際に都心を歩いて、空きオフィスビルの実情を調べさせました。そのつぎの作業は、空きオフィスビルの現状図面を作成することです。巻尺、タイル割り、階段の寸法などによって、柱のスパンや階高寸法を測るわけです。その上でそのビルを、以下に大阪らしくコンバージョンするかというケーススタディを去年やりました。
本来ならば、ビルのオーナーの許可を得て、建物の図面をもらった上で検討すべきなのですが、なかなかそうはいきません。ビルのオーナーはコンバージョンの対象とみなされることに反発するからです。コンバージョンはまだ社会的に認められていないのです。コンバージョン研究は、このジャンルの社会的な認知を目指した研究でもあるのです。

今日ご報告するのは、個々の建物のコンバージョンをファイナンスや法的な条件を含めて検討をするというリアルなコンバージョンではありません。大学の研究室では、そのような細かな条件まで抑えるのは難しいですから、もっと大きなスケールで街並み全体に関わるようなケーススタディをやりました。つまりコンバージョンによって街並みがどのように変わるかというイメージのケーススタディです。したがって、やや荒唐無稽な面もあるかもしれませんが、コンバージョンのボキャブラリーとして、このような可能性があるのだというふうに受けとめていただければ幸いです。

大きく三つの課題を学生に出しました。どんな建物がコンバージョンで生き延びるのかじっくり見きわめること。コンバージョンによって街並みをもう一度生き返らせること。つまり都心に住む人たちを呼び戻し、そこに住むことが楽しめるような都市再生を目指すこと。それからこれは当然ですけれど、サステイナブルデザインつまり省エネです。できるだけエネルギーを使わないような、ゴミを出さないようなデザインをすることです。
まず調べたのは空きオフィスのデータです。先ほどから賃料の問題が出てきましたけれど、そういうデータをインターネットやいろんな資料で調査させました。そうすると賃料は、大阪都心ではどんどん下がっているということがわかります。
画面の右側に小さな地図がありますが、これが大阪の都心部で、学生たちが選んだのは四つの地域です。
大阪は川の町ですから、川のそばにまず目をつけました。肥後橋というところです。大阪らしいコンバージョンをやるとしたら、川のそばは欠かせないだろう。川のそばで空室の多い場所、取り残されているような場所、みなさんご存知かもしれませんが、対岸に大阪国際会議場があり、こちら側は再開発が進んでいる。その手前に取り残されたような細長い土地があります。この地区をまず取り上げました。
二つめは、これも大阪らしい地区ですが、秀吉が街づくりをしたときに細長い格子状の街並みをつくって、南北に細長い区画をした地域をつくりました。その一画が西天満です。これも大阪らしい地域です。
三つめは、バブル期に建てられた、本来ならあまりオフィス地区としてふさわしくないような地域、谷町四丁目です。ここから北側はオフィス地区として活性化していますが、このあたりはバブル期の新しいビルですが、最近になって空きオフィスビルが散在するようになりました。比較的新しいビルをコンバージョンしたらどうなるかというケーススタディとしてこの地区の空きオフィスビルを選びました。
四つ目は、有名な船場地区です。かつて秀吉が計画した地区で、繊維問屋が集合している地区ですが、現在はかなり寂れてきています。大阪らしい細長い敷地割りを生かしたコンバージョンを試みました。この地区については、今年度も継続して集中的に追求しています。
以上の四地区を選びました。それぞれのコンバージョンのケーススタディをご紹介します。

肥後橋地区:連結=水辺のコンバージョン

これは既存建物の分類です。縦長で細長い建物が多いことが分かります。先ほど申し上げたように、ここで私たちがやろうとしたのは、どういう街並みができるかというイメージモデルです。
コンバージョンのケーススタディは二つの軸によって分類できます。ひとつは、将来のイメージを提案するイメージモデルと現実性を優先したリアリティモデルの軸です。もうひとつは、建物単体のモデルと街並のモデルというスケールの軸です。この二つの軸でいえば、ここで追求したのは街並スケールにおけるイメージモデルということができます。先ほど選んだ四地区のケーススタディをこの軸で分類すると、肥後橋のケーススタディはイメージ性がもっとも大きく大胆なケーススタディで、谷町四丁目は建物単体でリアリティのあるモデルになっています。
肥後橋の例です。現状は川のそばで川に背を向けて建っている細長いビルが残っています。平面図を見るとこういう形です。すべてのビルが空いているわけではなく、散発的に空いています。しかし明らかに二〇%?三〇%くらいの空室があります。現在は川に対して背中をむけていますが、今後、大阪市は川の街であることを見直そうとしているので、それに対応した提案をしていこうということですから、そういう政策的な提案を含めてコンバージョンを展開しようと考えました。
これは現状の建物がどうなっているか、それぞれのビルがどういう性格を持っているを分析をしたものです。
ビルの裏側は隙間がありますが、あまり使われていなくて、川に対しては閉じている。反対側の街並みに対してもそれほどオープンではない。ですから何とか後ろの川に対するつながりをつけたいと考えました。ここは護岸ですから勝手にいじル個とは難しいのですが、何らかの提案をすることによって、地方公共団体を動かし、川とつながった街並再生がありうるという提案をすれば、それなりに可能性があります。だからこういう提案をしようということです。
この地域のオフィスビルは一個一個が小規模です。ですからオフィスビルの中に一戸の住宅が納まってしまいます。こういうビルが散発的にある場合、私たちはどういうふうにコンバージョンを提案するかという問題です、個々のオフィスビルをプランニングしてもたいして面白くないし、難しい問題でもない。
ここでは地域の人たちに話し合ってもらい、空いているオフィスビルと空いていないオフィスビルをネットワークできないかと考えました。例えば、ある部分は住まいとして、ある部分はオフィスとして残しながらコンバージョンする。これは学生らしいアイデアだと思いますが、そういうネットワークをつくったらどうかという提案です。話し合いをしていくうちに、この地域がもう一度活性化するという希望も含めて提案したわけです。学生が考えたキーワードですけれど、小さな建物を単体で一個一個やっていくのではなくて、コンバージョンを連結して行こうという、「連結コンバージョン」と名づけました。
今いったネットワークの提案のダイアグラムです。小さな建物ですが、川と切れている空間につなぎの空間を挿し込んで、増築するか、あるいは増築しないまでも、通路のようなものをつくっていく。
これが先ほどいった「離れ」です。ばらばらにあるものをソフトにつないでいくという提案です。コンバージョンは、単純に物理的に用途を変えるだけではなくて、コンバージョンによってコミュニティのつながりもコンバートされるということです。このように単体ではできないことを、集合でやろうという提案もありうると思います。そういうことができなければ街並みの再生は難しいだろうと思います。
建築的には古いものと新しいガラスボックスのようなものを組み合わせて、その対比を表現しています。現状はこうですけれども、将来は川に向かって開かれた街並になっていく。対岸の大阪国際会議場から見てスラム的な街並を、もう一度昔の船着き場のように活性化していこうという案です。これは建築的なテクニックの問題ですから、さまざまな答えがあると思いますけれど、川をテコにしてコンバージョンを展開していくという一つの答えです。この写真は、昔の川を中心にできていた街並を、もう一度、その当時のぼんぼりのような灯を、現代のガラスボックスで再現したらどうかというイメージの提案です。

西天満地区:減築=密集地域のコンバージョン

次に紹介するのは西天満地区のケーススタディです。ここは密集した地区で、単体の建物のコンバージョンは難しいので、街区でやっていったらどうだろうという提案です。もちろん、それぞれの建物には別のオーナーがいますから、彼らに話し合いをしてもらわないとできないけれども、こういうコンバージョンが実現すると、現在は密集してスラムのようになっている街区も、新しく街並に再生するというイメージ提案です。大阪らしい不規則な敷地割りのビルを、どうコンバージョンするかというケーススタディといっていいでしょう。
現状を分析します。ビルの間は隙間だらけで、一階はほとんど駐車場です。こういう空間をどうコンバージョンするか。周囲は骨董店や画廊や裁判所がある、老松通りという特性のはっきりした通りで、こういう街並をもう一度活かすにはどうすればいいかという社会的分析も必要です。
コンバージョンのケーススタディをやって分かったのは、「減築」が有効な手段だということです。減築しないと採光や通風が確保できないわけですが、そういうことだけではなくて、街並あるいは建物の性能を上げるという意味でも、減築が有効なのです。ちょっと逆説的ですが、密集地域については減築がもっとも有効であることがわかりました。減築しないと住める空間にならないわけですが、同時に減築によって、かなりおもしろい空間ができることがわかりました。
既存の街並は、敷地割りの中に勝手気ままに建物がつくられているわけですが、その中に潜在的にある共通モジュールを割り出します。それを発見するのが難しいのですが、潜在的なモジュールを探し出すことができれば、それにしたがって減築と部分的な増築が、比較的容易に可能になるという手法です。
新築の場合は、自由なモジュュールで設計できるけれども、コンバージョンのおもしろいところ、なおかつ難しいところは、現在あるものの潜在的可能性を探り出すことから始めねばならないという点です。これは学生にとっても非常に勉強になります。実際に設計している私たちのような人間にとっても、かつての設計者がどんなことを考えて設計したかを探り出すことができるわけで、一種のゲームのような面白さがあります。実際にコンバージョンはゲームだといっている人もいますが、確かにそのとおりだと思います。
これが現状の対象地域のオフィスビルです。右上が既存の街並みで、それをどういうふうにコンバートするかが下の図面です。減築して光庭をつくり、前と後ろに住宅を設置するというプランです。探り出したグリッドを、こういうふうに巧妙にズラしています。この一角のグリッドの中に切れ目を入れて、街区を通過する路地を確保し、既存のグリッドを壊さないように穴を開けて広場のような空間をつくり、それに面した部分に水周りをもってくる。オフィスビルを住宅にコンバートする場合、水周りが一番問題になります。水周りは新たに付け加わるわけですから、それを新たに差し込んでいくやり方を取っています。
全体のプランです。差し込まれたグリッドが微妙にずれているわけですが、発見されたモジュールをずらしながら配置することによって、南北に縦長のビルがコンバートされていく。この方法は、減築で、なおかつ存在するグリッドを探り出すという作業がポイントです。歴史的に見れば、大阪は太閤検地の頃、あるいはもっと昔の中世の条里制の頃から、一定のモジュールが潜在的にあることは、最近の研究で分かってきました。秀吉も中世の条里制グリッドを利用して大阪の街づくりを行ったともいわれています。
一個一個の建物を設計した人は、何も意識していないけれど、そういうモジュールが昔から残っているというのが、とても面白いと思います。それを探りだすのもコンバージョンの醍醐味です。

谷町4丁目:高性能化=採光、通風などの確保

次にご紹介するのは、比較的新しいバブル期に建てられた建物です。新耐震以後の建物ですから、耐震的には問題ないので、これに付加価値をつけて、もっと高性能化して賃貸するなり売るという方法がありうる。コンバージョンは単に古いものを活かすということだけではなく、新しいものをさらに高性能化するという手法でもあるというケーススタディです。
対象としたのはこの建物です。学生が選んだ建物はオーナーの承認を得てないものですから(笑)、なかなか実名を挙げるのは難しい。リアリティのある建物に関しては、オーナーに話をして、研究ないしは発表をお願いするんですが、大阪の方は商売人の誇りがあって「オレのビルにはそんなことは必要ない」と、なかなかOKしてくれない。「この建物はコンバージョンする時期じゃないか」というのは、「あなたは死にそうだから、早く入院しなさい」という感じに受け取られて、学生が行っても追い返されてしまいます。したがって実名を挙げることはできませんが、この地域をご存知の方はお分かりだと思います。
これは単体の建物ですからかなりリアルなコンバージョンのケーススタディができました。先ほど来申し上げました減築と連結、それと高性能化です。高性能化は、熱的にも空間的にも機能的にも実現されています。
現状はこういうプランです。間口よりも奥行きが深く東西に長い、南側に細い道路があり、この面が南向きで北側にコアが並んだ合理的なプランニングです。構造システムもちゃんとできています。ですからこれはコンバージョンしやすいビルです。いろんな方法がありますが、これはもっとも大胆な回答です。ここでは住むことと働くことを、いかに共存させるかというテーマを立てました。階段状に床に穴を開け、これによっていろんな問題を解決しています。階段状に連続する空間は、住む場所と働く場所を媒介するコモンであると同時に、庭であり、風と光を採り入れる空間になっています。
東側は交通量の多い道路に面しているので、遮音のや採光の問題も考えています。これがそのダイアグラムです。青の部分は減築された部分で、構造のベイを一個一個抜いていって、それを共同のコミュニティスペースにしています。これが模型です。お分かりになると思いますけれど、フレームはそのまま残し、耐震補強というか平面剛性を保ちながら、床スラブを抜いていって階段状の空間をつくっています。こちらが住まいでこちらが働き場所です。それから南側に薄い皮膜つまりダブルスキンをつくって、新しい設備配管はそこに集め、かつ南向きのベランダにもなっています。
もう一つすぐそばに、表通りと裏通りに接して、ぎりぎりくっついている二つのビルがあります。これは大阪に典型的なビルで、南北に長くて背割りがある街並ですが、背割りをどう活かすかというのがもうひとつのテーマになっている。これは二つの建物の間にヴォイドな空間を差し込み、そこに縦動線と設備配管を集めることによって二つの建物を一体化し、既存のビルの二つの縦シャフトを床として使おうという提案です。小さなペンシルビルの連結ですから、これは別の研究テーマですけれど、こんな方法もありうる。特に大阪の場合はリアリティがある方法だと思います。

朝日堂ビル:フラット・コンバージョン

これは間口が狭くて奥行きの深い大阪らしいビルのケーススタディです。オーナーの許可を得て、基本図や構造図面をもらったので、かなり細かな設計までやりましたが、実現しなかったもので、建物レベルのリアリティモデルです。大阪にはこういうタイプのビルがたくさんあります。こういうビルに共通に適用できる手法を考案できなければ、大阪のコンバージョンはうまく行かないといってもいいくらいの典型的な建物です。
これが一階のプラン。非常にせまくて細長い。前面で採光をとっても、後ろの空間は居住用には使えない。先ほどの例のように、背割りを挟んだ反対側のビルと連結するという方法もあるけれど、単体でやるとしたらどうなるのかという案で、各階を完全に一室にしました。これ以外に解決方法はありません。鉄骨で七階建て、一応、側面に窓はありますが、採光に有効ではありません。有効なのは道路側の窓だけです。このビルは階高も残念ながら非常に低い。
先ほど松村先生は「オフィスビルは住宅よりも階高が高い」とおっしゃいましたけれど、大阪はぜんぜん高くないのが実情のようです。どこにいっても、みんな階高は一様に低い。階高3メートル以下が多くて、一体どうなっているんだと学生たちは言っておりますけれど、やむをえない現実です。
こういう細長い空間をどうコンバージョンするのという問題で考え出したのは、ビルの中央あたりに縦動線があるので、前面は完全に一室空間にし、家具で仕切って住まいにするけれど、縦動線より奥の空間はSOHOにしています。オフィスであれ採光の問題はない。あるいは倉庫でもいいかもしれません。実際には寝室あるいは客室として使われるかも知れません。居住部分の家具配置もケーススタディやっています。どんなライフスタイルが可能かというスタディですが、個の場合は、家具で仕切るしか方法はない、というのが結論です。

船場地区:連鎖コンバージョン:個から面へ

最後にこれはもっとも大阪らしい船場です。今回取り上げるは堺筋本町沿いのビルのケーススタディです。このあたりにあるビルは、大体昭和四十年頃に建てられた建物で、実際にこれをコンバージョンするには、さまざまな問題が山積していて、それを考えるだけで気が遠くなりますがそこをなんとかしなければ、大阪のコンバージョンの可能性はないだろうという典型的な例です。この地区では、かなり力を入れてビルのオーナーに掛け合いましたけれど、ほとんど蹴飛ばされて、実名をあげての研究発表はできませんでした。したがって内緒で間口を図ったり、階高を調べたりした結果に基づいてケーススタディを行いました。
先ほども言いましたように、学生にとって現状のビルの調査は非常に勉強になります。自分が設計するだけでなく、他人の設計したものを理解するのは重要なことです。そうした訓練によって自分の設計した建物を、他人に説明するときにも役に立ちます。教育的には重要な効果があります。
この地区一帯にはかなりレントギャップが発生しています。もう少し西側の地区では賃料は比較的高いのですが、この地区は土地の評価額が高いわりに賃料は安いという現象が起こっています。対象として取り上げたのはこの二つのビルです。隣接する二つののビルを連結させてコンバージョンするという提案です。
あるビルを拠点的にコンバージョンし、それが成功したら、だんだん周りのビルもインセンティブが上昇して、コンバージョンの連鎖が起こるのではないかと思います。そのためには、最初のビルが重要なのですが、連鎖的にコンバージョンが波及するという意味で「連鎖コンバージョン」と呼んでいます。船場のビルオーナーは何とかしたいと思っているんだけれども、現在はお互いに様子を探り合っているような感じです。誰か一人でも実行すれば、あっという間に連鎖していくに違いありません。
船場については、住むだけでなく、働くことが重要だし、一階、二階部分は将来も店舗あるいは仕事場として残っていくでしょう。そういう地域だということは確かです。それをうまくとり込んでいけば、都心居住の新しいスタイルというか、大阪らしいライフスタイルが提案できるのではないかと思います。
もうひとつのケーススタディです。この地区には船場後退線という協定があります。実際にはなかなか守られてないのですが、道路が狭いので、建物を二メートルくらい引いて、そこを歩道にしようという提案です。新しくビルが建てられる場合は守られていますが、現状は歯抜け状態です。この協定にもとづいてビルの前面を減築し、道路を拡げると同時に、居室に光と風を採り入れるという提案です。一階だけ引っ込めばいいわけで、上は住まいやバルコニーなどにします。一階、二階は共通のスペースとし、上階に住居を置いて一部を減築したりしています。屋上緑化も高性能化の有効な手段です。

さまざまなタイプのケーススタディをして分かったことは、ビルの現状を診断することが決定的に重要だということです。これは今までの設計教育に欠けていた部分です。実際にコンバージョンするわれわれ建築家にとっても同じです。今ある建物がどういうものであるかを総合的に診断すること、つまり構造的、構法的、材料的、機能的、設備的、あるいは都市計画的に、その建物がどういう位置を占めているのかを知ることは、その建物をどういう機能に転用すればいいのかを考えるには必須の条件です。
このような意味で、コンバージョンの総合性は、専門分化した建築の研究ジャンルや、ゼロから設計するというこれまでの設計教育の見直しを要求しているのです。
最後に、これは私の個人的な意見ですが、コンバージョンにおいてもっとも重要な条件は、技術的に可能か、あるいは経済的に成立するかということではなく、コンバージョンによって変わった街や建物が、住みたくなるような街であり、建物であるかどうかだと思います。そのためには魅力的な街並みと魅力的な住まいの提案がもっとも重要で、技術的、経済的に成立しても、街に人は戻ってこないでしょう。コンバージョンは現状を知ることによって多くの制約条件を抱え込むわけですが、それを乗り越えて新しい提案をしていく能力が求められます。現状を詳細に知った上で、そこから飛躍した発想を提案するという大きな振幅が、コンバージョンの面白であり、難しさだと感じております。
以上で時間が来ましたので、話を終わらせていただきます。

 

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