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建物のコンバージョンで街を蘇らせる

難波和彦 (大阪市立大学大学院工学研究科 教授/建築デザイン研究室)

地球環境問題が注目をあびている。炭酸ガスによる温暖化やオゾン層の破壊といった地球レベルの環境問題が、私たちの身近な問題にも影響を及ぼすようになってきた。個人個人の日常的な活動を積み上げないと、地球環境問題は解決されないことが明らかになってきたのである。そうした時代の潮流に応える運動の一つにサステイナブル(持続可能な)デザイン運動がある。
サステイナブル・デザインとは、地球環境を後の世代にまで持続させるにはどうすればいいかという視点から建築のデザインを見直そうとする運動である。そのためには、できるだけ長く使い続けることのできる建物をつくり、建物を建設し使用する際に必要なエネルギーを最小限に抑え、すでにある建物を可能なかぎり再利用し、建設材料をリサイクル可能なものに変えていくことが必要である。
このように、これからの建築デザインにはサステイナブルな視点が不可欠である。そして建物のコンバージョン(転用)はサステイナブル・デザインの重要なテーマのひとつである。戦後の高度成長期や1980年代のバブル期のように、古くなった建物を解体して新たに建物を建てるというスクラップ・アンド・ビルドはサステイナブルな方法ではない。そうした方法に替わって、すでに存在する建物を別の機能の建物に転用して使い続けるという考え方が、これからのデザインの大きな潮流になることはまちがいない。
建物のコンバージョンには、さまざまなタイプがある。もっとも簡単なコンバージョンは、既存の建物に最小限の手を加え、別の機能に変えることによって建物を延命させるというものである。建物を可能なかぎり使い続けるには、このような延命治療的なコンバージョンも有効である。他方で、単に建物の機能を変えるだけでなく、新たな技術によってさらに高性能な建物に変えるというコンバージョンがある。これは既存の建物の潜在的な可能性を引き出し、新しい建物に再生させるという考え方である。コンバージョンの本来の可能性は、後者にあるといってよいだろう。
コンバージョンは欧米では既にさまざまなかたちで試みられており、コンバージョン業というひとつのジャンルとして成立している。ニューヨークのソーホー地区やロンドンのダウンタウンのコンバージョンはよく知られた例である。ヨーロッパやアメリカの大都市では、空洞化したダウンタウンのビルをソーホー付の集合住宅にコンバートし、1階に店舗やギャラリーを誘致することによって、賑わいのある街に再生させている。あるいはオーストラリアでは、都市近郊に建てられた比較的新しい高層オフィスビルを、高級集合住宅にコンバートし、分譲販売しているような例も見られる。コンバージョンは、古い建物を再利用するだけではなく、新しい建物を高度利用する手法としても用いられているのである。
しかし日本では、コンバージョンはまだ端緒についたばかりである。日本の近代建築の歴史は150年そこそこであるが、戦後の高度成長の中で、コンバージョンを適用できる建築的ストックは急速に蓄積され、都心部には高密度なオフィス街が形成されている。
しかしながら、昨今の大規模なオフィスビルの建設ラッシュは、こうした都心のオフィスビルを急速に空室化させ、かつてのオフィスビル街は活気を失い始めている。そうした空きオフィスビルを、集合住宅を中心とする複合ビルにコンバート(転用)し、それを連鎖させることによって、沈滞したダウンタウンを活性化させることが、コンバージョンが注目されるようになった社会的な理由である。
都心の空きオフィスビルのコンバージョンには、もうひとつの目的がある。それは都心居住の意義を見直すことである。今日のようにオフィスビルが都心に集中しているのは、働く場所と住む場所をはっきりと分けるべきであるという近代の機能主義的な都市計画にもとづいている。機能によって都市空間を分類することは、都心を空洞化し、長時間の通勤ラッシュをもたらした。しかし、都市の賑わいは、多様で雑多な都市機能の混在から生まれるものである。都心の空きオフィスビルのコンバージョンは、そうした複合的な都市空間を生みだす可能性をはらんでいる。
それだけにコンバージョンは、さまざまな条件が絡み合った複雑なテーマである。コンバージョンを成立させるには、まず、どのような建物がコンバージョンに相応しいかを判断するための総合的な診断基準が必要である。さらに所有権や用途変更などの法律的問題、事業として成立させるためのファイナンスの問題、古い建物を構造的に補強し、新しい設備を装備し、性能を向上させるための技術的な問題など、複雑な問題を解決しなければならない。
こうした問題を解決するには、新しい建物をつくる以上に複雑で高度な技術が要求される。つまりコンバージョンは、建築家という職能の見直しにも結びつくのである。
社会の目をコンバージョンに向けるには、こうした複雑な条件を解きほぐすことと並行して、コンバージョンによって建物や街並がどのように変わるのかというイメージを提示することも重要である。当面のコンバージョンは個々の建物において行うしかないが、それらが連鎖して、どのような都市を生みだすかというヴィジョンの提案である。
さらに未来の建築家にとって、サステイナブル・デザインは必須の仕事であり、建築教育も、その視点から再編成しなければならない。新しい世代の建築家は、既存の建物を診断し、その建物の潜在的な可能性を引き出す目を持たねばならない。そのためにはこれまでのような建築教育では不十分である。
以上の二つの目標を達成するために、私たちはコンバージョンを建築学科の設計課題に取り上げることを試みている。設計課題では、都心の空きビルの調査からスタートし、コンバージョン技術の収集と建物への適用、集合化による街並みの変化に至るまでのケーススタディを試みている。こうした試みを通じて、今後は、コンバージョンの多面的な問題を明らかにし、デザインの新しいテーマの開拓を試みたていきたいと考えている。

 

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