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箱の家 PROJECT 青本往来記
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コンパクト箱の家

2012年01月31日(火)

8時起床。9時出社。栃内は今日もダウン。インフルエンザが僕たちに移らなければいいのだが。日本デザインセンターの原研哉さんが主宰しているHOUSE VISIONの土屋貞雄さんからfacebookでメッセージが届く。3月3月(土)に北京で開催されるHOUSE VISIONの国際シンポジウムへの参加を打診された。昨年10月のシンポジウムに誘われて興味を持ったのだが、清華大学のサステイナブル・デザイン国際会議と完全にバッティングしていたので参加できなかった。そのリベンジにもなるので快諾のメッセージを返信する。北京の環境が少しは改善されていることを期待しよう。
http://house-vision.jp/about.html
放送大学テキストに取りかかるが、なかなか集中できないので、収録スタジオの背景セットをスケッチする。「箱の家」で使っている材料をつなぎ合わせた屏風のような背景を考える。午後1時、放送大学の郡ディレクターが来所。ロケ取材と番組収録の大雑把なスケジュールについての打ち合わせ。4月からロケ取材を開始し6月中旬までに国内の取材を済ませ、6月下旬にロンドンとマルセイユの海外取材へ行く予定。その後7月から来年2月までは、毎月末に1日かけて2回の番組収録をくり返すというスケジュール。考えただけでも気が遠くなるハードスケジュールだが何とか乗り切りたい。この1年はドタバタと時が過ぎていくので、今日のような静かな一日は貴重である。午後はテキストに集中。合間にロケ取材の依頼メールを送る。候補の取材先には今日でほぼ連絡し終わった。後は返事を待つだけである。取材内容の詰めはこれからだが、それはテキストを書きながら考えるしかない。9時半帰宅。『プルーストとイカ』はシュメール文字以降アルファベットの出現までの書記言語の進化を追っている。言語自体は後天的に学習されるものなので、書記言語の理解のために人間の脳の「リサイクリング」が行われるという発想が興味深い。夜半就寝。


2012年01月30日(月)

7時起床。8時半出社。快晴だが風が強く寒い。栃内はA型インフルエンザで完全にダウンしたようだ。放送大学テキスト第4章の原稿を書き始める。例のごとく冒頭で挫折。再度、原稿スケッチを見直し全体を組立て直す。全体の構成をスケッチしてから書き始めると、いつも予想外の方向へズレていくのは何故だろうか。2月3日の福島復興住宅のヒアリングは19社に絞られたそうだ。発表時間はきわめて短い可能性大なので、僕の分担のスケッチを箇条書にしてみる。花巻がまとめたK書店の敷地図上でスケッチを開始。幅が2間しかない南北に細長い角地をどう活かすかが課題である。あれこれ試みて方向性を探る。インターネットで興味深いニュースを見る。厚生労働省の人口部会は、合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産む子供の平均数の推計値)が2060年に1.35になるとした将来人口推計を発表した。少子化により人口減少が加速し、29年後には人口減少幅が年間100万人を突破。36年後に日本の総人口は1億人を割り込み、50年後の2060年に8674万人まで減る。50年間で総人口が4132万人減る計算で、人口数でみると日本から関東地方の1都6県(人口約4200万人)が消失するのに等しい。この時点で65歳以上の人口は40%を越えるそうだ。その頃は東南アジアから1000万人以上の移民が入国し、そのほとんどが大都市に住むことになるかもしれない。第2次大戦後のドイツのような状況が生じるかどうかは、日本と東南アジアのGDPの推移に依るだろう。高田さんからメールが届き明後日の敷地調査のスケジュールを確認。茨城県守谷市の敷地までは東京駅八重洲口発の高速バスで約50分である。9時半帰宅。『プルーストとイカ』(2007)を読みながら夜半就寝。放送大学のテキストの夢が去来して明け方3時に目が醒める。なかなか寝付けないのでしばらくTVを観ながらウィスキーを煽る。4時半にふたたび就寝。


2012年01月29日(日)

7時半起床。9時過ぎ出社。芳賀沼さんから電話。2月3日のヒアリングの分担について打ち合わせ。追加資料は禁じられているようなので短い時間で何を話すかだけについて意思統一する。午前中は放送大学の文献散読。1時前に妻と一緒に家を出て渋谷のBunkamuraル・シネマへ。1時半から『運命の子Sacrifice』(チェン・カイコー:監督 2010)を観る。チェン・カイコーの作品を観るのは『さらば、わが愛/覇王別姫』『北京バイオリン』『黄色い大地』以来の4本目。司馬遷の『史記』に収められた春秋時代の晋国の物語「趙氏孤児」の映画化だそうだが今一ピンと来ない。2600年前の家族とりわけ父子の関係を現代に引き寄せても理解は難しい。当時の住宅や都市空間の時代考証に注目しながら観るのが精一杯である。前3作には比べるべくもないという感想。4時半に事務所に戻る。6時前、茨城県の守谷から高田一家が来所。住宅ローンの仮審査が認められたので本格的な設計作業に着手することになった。まずは敷地調査のため今週水曜日に現地へ行くことを約す。ローン審査のために基本設計を行ったので、その中味について検討を依頼する。7時終了。7時過ぎ夕食を摂りながら妻と今日の映画について意見交換。妻も同じような感想を持ったようだ。『プルーストとイカ』(2007)を読みながら夜半就寝。奇しくも40年以上も前に書かれた『身ぶりと言葉』(1965)に似た内容である。


2012年01月28日(土)

7時半起床。8時半出社。快晴で今日も寒い。芳賀沼さんから電話が入る。ほぼ同時に滑田さんからもメールが届く。福島復興住宅コンペ、正式には「「ふくしまの家」復興住宅供給システムプロポーザル」の最終ヒアリングのリストに残ったという報告。ヒアリングの形式は未定なので、まだ分担は決められないが、僕は建築的・構法的なリアリティのバックグラウンドを担当するように頼まれる。いよいよ復興住宅へ向けて動き始めることになった。ヒアリングは2月3日(金)。審査委員長は三井所清典さんである。放送大学テキストは今日一日かけて第4章のストーリーがようやく固まる。何とか来週前半にはまとめ上げたい。放送大学の郡ディレクターからメールが届く。来週前半にロケのスケジュールについて打ち合わせることになった。建築家へのロケ依頼はほぼ済ませたがハウスメーカー、ディベロッパー、建材メーカーへの取材依頼はまだである。早いうちにロケの全体像を固めねばならない。3時半コンペ打合せ。3つの案が収斂したので次週はエレベーションと構法のスタディを始める。5時過ぎ事務所内掃除。6時過ぎ解散。6時半に妻と待ち合わせて青山の居酒屋で夕食。8時半帰宅。風呂に入った後、本を読みながら夜半就寝。

Amazonから届いた『鯨尺の法則---日本の暮らしが生んだかたち』(長町美和子:著 ラトルズ 2006)を読む。鯨尺(38センチ)は和服のモデュールであり、反物を織り上げる際の肩幅(あるいは腰幅)でもあること、つまり着物の機能寸法と反物の生産寸法を調整する身体寸法であることが詳細に説明されている。これはモデュールの原理のひとつの例証だといってよい。そこに西欧の伝統的な「黄金比golden ratio」を持ち込んだのがル・コルビュジエのモデュロールであることは言うまでもない。これに対して『崇高と美の観念の起原』のなかでエドモンド・バークが比例(均斉)を根拠とする古典的な美学を徹底的に批判していたことを想い出す。比例=ratio=合理、すなわち合理主義の知的な美学に普遍的な情念の美学を対置しようとした訳である。このような議論からもモデュールが「機能・生産・美」の調整であるという建築の重要なテーマを読みとることができる。引き続き『プルーストとイカ---読書は脳をどのように変えるのか?』(メアリアン・ウルフ:著 小松淳子:訳 インターシフト 2008)を読み始める。人間の読字能力の生得性と学習性に関する本である。ノーム・チョムスキーやスティーブン・ピンカーと結びつけて読んでみる。


2012年01月27日(金)

7時起床。8時半出社。快晴だが酷く寒い。今朝はこの冬最低の寒さだそうだ。今日も放送大学の文献の読み込み続行。石山さんが世田谷村日記(1/27)とXゼミサイト「磯崎新論-5」で石井和紘との関係について書いている。石井は僕が大学院時代に直島の一連の仕事を恊働したパートナーだが、複雑な事情があって7年間でパートナーを解消した。石山さんはその辺りのことを書けと言っているが、少なくとも「磯崎新論-5」に書かれている事件の事情はまったく知らない。当時の僕は大学紛争の反動と後遺症から、石井との共同設計、同級生との共同設計、池辺研での設計、バイトでの設計などに集中し、それ以外のことには関心がなかった。いずれ話題が交差すれば記憶の範囲で書くことにしよう。3時前に事務所を出て浦和の「142森山邸」の現場へ。4時から上棟式である。周囲の住宅やアパートに比べるとスケールが一回り小さい「箱の家」だが、内部に入ると一室空間なのでまったく小さい感じはしない。東西にスキップした新しい試みで、3.11以降の新しい「コンパクト箱の家」の第1号である。まず2階に上がって略式の上棟式。その後1階に降りて直会。基礎コンクリートが冷え切っているので足元から深々と冷えてくる。森山さんに用意していただいた寿司とノンアルコールビールで乾杯。5時終了。栃内と一緒に6時過ぎに事務所に戻る。7時半芳賀沼さん来所。間もなく浦部さんから電話が入る。8時に事務所を出て神宮前のトンカツ屋マイセンで待ち合わせ。遅めの夕食を食べながら「福島復興住宅コンペ」の打合せ。今日が第1次審査だが、結果はまだ発表されていない。来週末に第2次審査のヒアリングがあるのでプレゼンテーションの分担について意見交換。9時半解散。直ちに事務所に戻る。インターネットのニュースでは米紙ウォールストリート・ジャーナルが、Facebookが来週に株式の新規公開を米証券取引委員会(SEC)に申請する見通しと報じている。今まで上場していなかったことが不思議な位だが、時価総額はマクドナルドやNTTドコモに匹敵するという。同時にユーロ圏5カ国の国債の長期信用格付けが引き下げられたというニュースも報じている。これも明らかに新自由主義経済の捻れである。10時前帰宅。

浦和への往復電車の中で『現代社会の理論---情報化・消費化社会の現在と未来』(見田宗介著作集鵯岩波書店 2011)を読み終わる。予想通り「情報化/消費化資本主義の転回」はバタイユの蕩尽理論を経て、情報化・消費化が向う資源/環境問題をカントの3批判「認識」「実践」「美学」をヒントにしながら最終的に美学に回収する方向で解決の糸口が探られている。何となく騙されたような感じがするのは、古来の箴言「衣食足りて礼節を知る」を単に難しく解釈し直しただけのような結論だからである。それでは最貧国の食料問題も資源問題も何も解決しないだろう。何よりも、認識や実践ではなく、美学(思想や態度)への転回によって世界が変わるという学者的な発想が胡散臭い。さまざまな知見を学ぶことはできたが、結論に対しては「大山鳴動して鼠一匹」と言わざるをえない。もちろん本書の結論に代わるような代替案が僕にある訳ではないが、大風呂敷を広げるのではなく、目の前の問題に実践的に取り組むことの方が重要ではないか。少なくとも現実を解釈するだけでは何も変わらないと思うのだ。


2012年01月26日(木)

7時起床。8時半出社。早朝、栃内が一旦事務所に立ち寄ったようだ。今日は「142森山邸」建方である。神宮前日記をまとめた後、思い立ってXゼミ原稿「難波 第19信 石山修武のユーモア」を一気に書く。本来ならもっとテーマを拡げたいのだが、タイミングも重要なのでポイントだけを短文にまとめて石山研に送る。同時に界工作舍のHPにもアップする。今日も引き続き文献渉猟。何冊かの本を散読する。いつもそうだが情報が集積すると焦点が徐々にぼけてくる。しかし少し時間が経つと、その中から問題点が浮かび上がってくる。新しい文献がamazonから届くのを待ってアクセルを踏み込むことにしよう。夜コンペ打合せ。プログラムを3つに収斂させ詳細の検討に入る。K書店のスケッチ。花巻に条件整理を指示。9時半帰宅。

『現代社会の理論』は最終の第4章「情報化/消費化社会の転回---自立システムの透徹」に進む。情報化/消費化理論をジョルジュ・バタイユの蕩尽理論から再検討するという方向へ進む。思想の転回によって現実を変えようとする意図のいかがわしさが漂う。問題が巨大であるだけに、変わるのは現実ではなく見方だけに終わるのではないか。そんな予感が強くする。

夜ベッドの中で『メイン・テーマ』(森田芳光:監督 1984)のDVDを観る。ここのところ森田芳光監督をトレースしているが前回の『椿三十郎』に続く駄作である。主題歌のヒットもあってロードショーでは結構当たったらしいが主人公の薬師丸ひろ子が20歳になったことを記念する映画に過ぎない。多分プロデューサーの角川春樹に指示されてつくったのだろう。『それから』や『家族ゲーム』と同じ監督とは思えない。吉本ばなな原作の人気にあやかってつくった『キッチン』の方がシナリオのベースがしっかりしているのでずっとマシである。


2012年01月25日(水)

7時起床。少し急いで8時出社。快晴だが寒い。雑用を済ませた後、直ちに事務所を出て自転車で青山歯科医院へ。昨日の雪が溶けた水が快晴の冷輻射のために完全に凍りつき道路面がキラキラと光っている。通勤の人たちが時々足を取られている。8時半に青山歯科医院着。月例の歯のメンテナンスに加え、下の奥歯にできた小さな虫歯の治療。小さい虫歯とはいえ機械で削ると酷く痛むので麻酔を頼む。無事9時半過ぎに治療終了。銀行に立ち寄り10時に事務所に戻る。石山さんのXゼミ「石山修武 第27信 磯崎新論3」を読む。最後あたりで黒川紀章と磯崎新との関係をアイロニーの有無で論じていたのを読み、ハタとアイデアが湧いたので考えをスケッチする。一両日中にXゼミに投稿しよう。午前から午後にかけて集合住宅に関する文献を渉猟。僕の本棚にも結構集合住宅に関する本があることに気付く。インターネットのニュースでギリシャの映画監督テオ・アンゲロプロスが交通事故で死去したことを知る。彼の映画は何本も観たが最近作は観ていない。ツタヤレンタルで検索したら彼の作品は貸し出ししていないことが分かった。夕方5時JDP(日本デザイン振興会)の川口真沙美さんが来所。今年度グッドデザイン賞の住宅・建築部門の審査方法に関する相談。GD賞の対象をさらに拡大するために、応募と審査のシステムを変えるそうだ。1次審査は今まで通りウェブで行うが、2次審査は部門毎に個別に実施し、最終の2次選考を通過した作品だけを11月にビッグサイトで展示するという。住宅・建築部門の2次審査は書類審査になるので、提出物のフォーマットについて相談される。パネル化するよりもファイルにまとめる方が情報の密度が高く正確な審査ができるので後者を提案し、できればデジタルデータの追加も依頼。今年から本格的に始まる復興住宅を募ることも検討課題とする。7時前終了。夜も引き続き文献渉猟。徐々に輪郭が見えて来た。10時前帰宅。10時半過ぎに石山研から「石山修武 第28信 磯崎新論4」が届いたので直ちにXゼミサイトにアップ。『現代社会の理論』は1950年以降の全世界的な情報化・消費化社会に対する批判であることがようやくクリアになって来た。


2012年01月24日(火)

7時起床。8時半出社。晴れ。昨夜から降り始めた雪で中庭が真白である。道路の雪は完全に凍りついている。昨夜、石山修武第27信が届いていたのでXゼミサイトにアップ。磯崎論はいよいよ本格的に始まったようだ。9時過ぎに事務所を出て凍りついた雪の上を表参道へまで恐る恐る歩き続ける。いつもなら10分のところが15分かかる。田園都市線の桜新町駅で降りて地上に出ると道路は完全に凍結状態。深沢の敷地まで徒歩15分の予定が20分以上かかり10時過ぎ現地着。K夫人が近くの道路まで出迎えてくれる。K邸にお邪魔してしばらくプログラムの話を聞く。「KAMAISHIの箱」をさらに縮めた極小の古書店を考えているとのこと。敷地を見ると確かに5坪が限界の広さである。敷地写真を撮りライフラインを確認して11時終了。世田谷の深沢一帯は名前が示す通り沢と丘の緩やかな高低差があり凍結した道を歩き続けているうちに膝がガクガクになった。正午前に事務所に戻る。設計条件を整理してはりゅうウッドスタジオに実現可能性の打診メールを送る。コストは射程範囲のように思えるが、それに対応した施工体制が取れるかどうかが課題だろう。課題は多いが何とか実現したい。パリの日本人建築家から東日本大震災の展覧会への出品依頼のメールが届く。国際交流基金の東日本震災展とどういう関係にあるのか分からないが、準備期間が今月一杯というところを見ると、やや付け焼き刃的な展覧会のような気がする。誰が出品するのかも同時開催のシンポジウムのメンバーも書いていないので質問メールを送る。出展者に完全なボランティアを要請するのはいかがなものか。放送大学テキストは夕方までに第3章をまとめて編集部に送信。引き続き第4章のスケッチを始める。参考文献を渉猟していると手持ちの素材の貧困さに我ながら呆れてしまう。こんな調子ではコンスタントなペースでテキストを書き続けることができるか危うい。「家早南友」とはこのことだ。栃内が体調を崩して早退。夜のコンペ打合せは明日に延期。夜、芳賀沼さんから電話。K古書店の相談と復興住宅の打合せ。早いうちに打合せの機会を持つことにする。クライアント候補のTさんからメールが届く。ローンの仮審査を通過したので日曜日に今後の進め方について話し合うことになった、9時半帰宅。『現代社会の理論』を読み続ける。読み馴れない文体なので依然として入り込めない。


2012年01月23日(月)

7時起床。8時半出社。曇り。昨夜の酒が少し残っている。気を奮い立たせてテキストに集中。夕方までに何とか23枚まで書くが、あと一息が続かない。明日また仕切り直しである。夕方、クライアント候補から電話。小さな古書店の依頼である。「KAMAISHIの箱」を一回り小さくしたような店を考えているそうだ。「KAMAISHIの箱」に注目してくれたことが何よりも嬉しいので、早速、明日、敷地を見に行くことを約束する。こういう機会に外に出るようにしないと精神衛生上良くない。夜は花巻と「141小澤邸」の家具詳細打合せ。石張りカウンターのアイランドキッチンは初めての経験である。重い家具をいかに軽く見せるか、足元のディテールに頭を絞る。『現代社会の理論---情報化・消費化社会の現在と未来』(見田宗介著作集鵯岩波書店 2011)を読み始める。これも放送大学テキストの参考文献だが、社会学と文学の中間のような文章なので、なかなか入り込めない。


2012年01月22日(日)

7時半起床。朝食を摂りながらBSフジTVで8時から放映の番組『ガリレオX』で「団地再生---建て替えないという選択」を観る。首都大学東京の青木茂さんが出演し団地リノベーションの意義と手法について話している。過去に住宅公団が建設した団地は総計270万戸。多いようだが全住戸数の2%程度だという。団地リノベーションの事例が何例か紹介されたが、それほどドラスティックな事例はない。むしろ入居者の住まい方の方に焦点が当てられている。10時前出社。Amazonから届いた『日本大災害の教訓---複合危機とリスク管理』(竹中平蔵+船橋洋一 他:著 東京経済新報社 2011)の序章と第1章「国土と防災---大地震・津波被害と備え」を読む。東日本大震災出の住宅被害は全壊、半壊、浸水、火災すべてで約30万戸(2011年8月末現在)。このうちの津波による被害は約22万戸。被害総額は約17兆円。その内訳は建築物が10兆4000億円ともっとも大きく、ライフラインの1兆3000億円と社会基盤施設の2兆2000億円を大きく上回っている点が意外である。放送大学編集部からテキストの進行状況の問い合わせメールが届く。残り12章を各1週間で書いたとして4月一杯はかかるという計算。1章1週間のペースを3ヶ月間も持続するのは難しいような気もするが集中すれば3日で書ける場合もあるのでその旨の返答メールを送る。午後3時半からLATs第10回。ホーチミンから帰国した西島光輔を含めて14人が参加。取り挙げた本は『崇高と美の観念の起原』(エドモンド・バーク:著 中野好夫:訳 1999)と『ネーションと美学』(柄谷行人:著 岩波書店 2004)の2冊。担当は遠藤政樹くんと佐々木崇くんの2人。 各40分の内容報告の後ディスカッション。現代の「崇高」のあり方に話題が集中したが、崇高の定義自体が時代性を帯びているので自己言及的な堂々巡りの議論となる。僕は対象の属性に普遍的な要因を求めようとするバークの崇高論と、対象の属性とその主観的な解釈の組み合わせで定義しようとするカント『判断力批判』の崇高論の相違に注意を喚起する。カントの方が断然レベルが高い。バークは明らかにロマン主義だが、カントはロマン主義を越えている。バークは言葉が醸し出す崇高性の議論の中で、言葉のコンスタティブ(字義的)な意味よりもパフォーマティブ(遂行的)な意味が崇高の情念を掻き立てると主張している。この対比はジャック・デリダのデコンストラクションを先取りしている。この点とも関係して、カントの崇高論における美と崇高の相違は、コーリン・ロウの『透明性』における「実と虚」の議論と同型である点も指摘する。崇高の意味を単独に定義することは難しいようなので、昨日考えたフロイトのユーモア論とカントの崇高論の構造的な同型性に注目し、ユーモアの反対語を(ロマンチック)アイロニー、崇高の反対語をニヒリズムとして、四つ巴のマトリックスによって定義することを提案。しかし皆の反応は今一。議論は尻切れトンボで終了。LATsは今回の第10回で終了だが4月初めに岩元真明くんがホーチミンから帰国する予定なので、LATs+αを開催することで意見が一致。取り挙げる本は『身ぶりと言葉』(アンドレ・ルロワ=グーラン:著 荒木亨:訳 ちくま学芸文庫 2012)とすることで決定。担当者2人を決めて6時半過ぎ終了。その後歩いて表参道の居酒屋で打ち上げ。鳥料理と冷酒をいただきながら建築談義。10時過ぎ解散。10時半帰宅。そのままベッドに倒れ込む。


2012年01月21日(土)

7時起床。8時半出社。冷たい小雨が降り続く。午前中はひたすら文献散読。午後テキスト続行。何とか10枚まで到達したが、家族がテーマなので25枚は書かねばならない。ちょっと気が遠くなる。3時半コンペ打合せ。徐々にアイデアが分化してくる。3通りのプログラムを決めて来週の打合せまでにまとめるように指示。合わせてエネルギーの条件をもっと追求しなければならない。頭の中ではコンペとテキストが絡み合って渦巻いている。リノベーションは「建築の4層構造」のもっともシビアな検証例である。5時事務所内掃除。6時解散。夜は読書とテキストスケッチ。10時帰宅。風呂に入った後、明日のLATsのためにカントの『判断力批判・上』と柄谷行人の『ネーションと美学』を拾い読み。フロイトの「ユーモア」とカントの「崇高性」が、どちらもネガティブ(不快)な感情を克服しようとする主観(理性)的な努力からうみ出されるという概念分析の並行性に興味を惹かれる。夜半就寝。

『知覚の哲学---ラジオ講演1948』(モーリス・メルロ=ポンティ:著 管野盾樹:訳 2011)を読み終わる。約70ページのラジオ講演原稿が、訳注によって400ページ以上に膨らまされている。訳者あとがきによれば、メルロ=ポンティが本書でめざしているのは、身体性に根ざした「知覚」を原点とする新しい世界像の追求である。科学的な分析的理性によってはとらえられない事物の全体性を知覚の身体的理性によってとらえること。それを存在論的転回と呼ぶなら、さらにそれを言語化することによってもたらされる言語論的転回に接ぎ木することがメルロ=ポンティのヴィジョンだという。一般市民向けのラジオ講演だから、中味はそれほど難しくない。メルロ=ポンティは「知覚」にまとわりついている先入観や慣習を近代芸術の試みを通して削ぎ落とそうと提案しているのである。最近、中沢新一がとり挙げて話題になっているメルロ=ポンティの「キアスムの構造」の概念は残念ながら出てこなかったが、知覚を通して主体と客体が相互入れ替え構造になっているというアイデアの萌芽は垣間見える。


2012年01月20日(金)

7時起床。8時半出社。冷たい雨が時雨に変わっている。テキスト続行。第2章は家族と住宅の関係について論じるので参考文献も多い。手元にあるのは20冊を越えるが10冊近くにまで削減する。全体構成を考え始めたらますます混乱してきた。他の建築家や研究者ならば、このテーマについては恐らく3回以上を費やすことだろうが、僕は1回に納めるつもりである。なぜなら住宅にとって家族の問題はもっとも重要な条件ではあるが、家族形態からストレートに住宅の表現を導き出すことはできないからである。むしろ住宅のプラニングが生活を規定するといった方がいいかも知れない。しかも建築家にとって家族の問題は操作可能な変数ではなく、形態や表現を導き出すための前提となる独立変数である。要するにこれは機能から表現は導き出せないという機能主義の問題なのである。夕方まであれこれ文献を散読し続ける。6時過ぎに事務所を出る。雨は上がっているが寒い。地下鉄千代田線で表参道から次の乃木坂駅で降り、新国立美術館の裏からトンネルを抜けて星条旗新聞社の脇を通り、階段を上ると正面が六本木ヒルズである。ここまで事務所から30分かからないとは驚きである。7時から六本木ヒルズ49階のアカデミーヒルズで『日本大災害の教訓〜複合危機とリスク管理〜』(竹中平蔵+船橋養一 他:著 東京経済新報社 2012)の出版記念シンポジウム。パネラーは以下のラインアップ。竹中平蔵(慶應義塾大学教授、アカデミーヒルズ理事長)、船橋洋一(一般財団法人日本再建イニシアティブ理事長)、市川宏雄(明治大学専門職大学院長)、西川智(国土交通省土地・建設産業局土地市場課長)、吉岡斉(九州大学副学長)、村井嘉浩(宮城県知事)。最初に西川氏と吉岡氏が各20分のショートレクチャー。吉岡氏は政府の福島第2原発事故調査委員会のメンバーで、まとめたばかりの中間報告書の内容を報告。原発事故は震災直後の3月中旬にかなりクリティカルな状況にあったことを淡々と説明。原発の立地条件と設計に関する東京電力の安易な認識と、事故に対する政府と官僚の杜撰な対応が導き出した人災であるという結論。原発事故に関しては復旧も復興も不可能で、可能なのは修復だけだろうというコメントが耳に残る。その後、竹中氏の司会でパネルディスカッション。秩序維持ではなく災害救助に集中した自衛隊の出動形態も特殊日本的な対応だったという指摘が興味深い。東北の漁業の復興には国の公共事業だけでなく民間資本を導入するしかないという村井宮城県知事の主張が印象に残った。9時ぴったりに終了。時間にルーズな建築のシンポジウムに比べてタイムキーピングがカッチリとしている点にも感心した。9時終了。表参道の蕎麦屋で簡単な夕食を摂り10時に事務所に戻る。夜、石山研からXゼミ第26信が届いたので界工作舍HPにアップ。10時半帰宅。『知覚の哲学』を読みながら夜半就寝。


2012年01月19日(木)

7時起床。8時半出社。放送大学テキスト続行。第3章を4枚まで書いたところで頓挫。急に論が展開しなくなる。以前読んだ数冊の文献を散読しながらテンションを上げていく。書きたいことは山ほどあるのだが、自分にとって分かりきったことを文章にするのは苦痛である。午後はりゅうウッドスタジオの芳賀沼さんと滑田さん、日大の浦部さんから、第2章の文章に関するチェックバックが届く。正確を期すために校正を依頼したのだが、かなりのチェックが入った。とくに事実関係に関する記述が不正確だったようだ。3人には感謝。まだ図版や写真は揃っていないが、とりあえず原稿だけを修正して編集部に送信。その後、図版や写真の収集。この作業は意外に手間がかかる。夜はコンペのエスキス。徐々に案を展開させていく。コンペの対象はあくまで個別の案だが、他の例にも適用できるような一般的なアイデアを展開させたい。当面は思い切って過激なアイデアで進めてみる。10時過ぎ帰宅。

『知覚の哲学』を読み続ける。驚いたことにメルロ=ポンティ自身の講演記録に対して、訳者はその5倍以上、章によっては8倍以上もの訳注を加えている。しかもメルロ=ポンティの講演は談話調でそれほど難解な内容でもないのに、訳者注は重箱の隅をつつくような議論ばかりで、読めば読むほど難解になってくる。本書に対する訳者の思い入れが強いことと、学生や初心者を想定した親切心なのかも知れないが、学生時代に『行動の構造』や『知覚の現象学』を読んだことのある僕にとっては「小さな親切、大きなお世話」というしかない。第1章「知覚的世界と科学の世界」だけは訳注にも付き合い、それ以降はメルロ=ポンティの講演だけに集中することにし、第2章「知覚的世界の探索--空間」第3章「知覚的世界の探索---感知される事物」へと読み進んで、第4章「知覚的世界の探索---動物性」へと差し掛かる。近代科学による事物への分析的・機能的アプローチに対する現象学的な批判が易しく述べられている。事物に対する身体性を通じた知覚の統合力に関する議論はベンヤミンの「散漫な意識」やマイケル・ポランニーの「暗黙知」を連想させる。しかし科学的な分析を否定し、現象学的アプローチに止まる限りは何も変わらないのではないか。僕たちには精細な分析の後にそれを再統合する方法しか残されていないような気がする。


2012年01月18日(水)

7時起床。8時半出社。放送大学テキスト第3章を開始。スケッチを膨らませて全体の構成を把握し、そこから細部へと分化させていく。午後は『建築知識』に頼まれた菊竹清訓さんの追悼文を書く。facebookに書いた内容とは被らないように昔の菊竹体験について書くことにする。短文だけに言いたいことをまとめるのに四苦八苦する。結局、東光園の話に集約して夕方までに2枚にまとめ編集部に送信。石山研のHPをチェックしたらXゼミサイトに第25信「礒崎新論その2」がアップされていた。直接原稿は届いていないので、HPをコピーして界工作舍Xゼミサイトにアップする。原稿の中に聞き慣れない建築史家の名前が出ているので怪訝に思っていたら、夜、鈴木博之さんから注意喚起の「ブレーク」コメントが届く。直ちにXゼミサイトにアップする。Xゼミサイトが徐々にスピードアップしてきたので僕も何か書かねばならないようだが、鈴木、石山両氏は過去の磯崎経験から始めているのに対し、僕には僅かな磯崎経験しかない。もう少し議論が展開するのを見届けてから介入することにしよう。夜はリノベーションコンペのスケッチを少々。9時半帰宅。

『美と崇高との感情性に関する考察』(イマヌエル・カント:著 上野直昭:訳 岩波文庫 1948)は残る2章を一気に読み飛ばす。結局「感情性」の議論に終始し、僕の興味にはほとんど引っかかってこなかった。男女(両性)の相違を崇高と美に分類するのは完全にアナクロニズムだし、ヨーロッパ各国の民族性を崇高と美の感情性で分類し、それを基準にして東洋やアフリカの民族性を論じるというのはオリエンタリズムとエスノセントリズム以外の何物でもない。引き続き『知覚の哲学---ラジオ講演1948』(モーリス・メルロ=ポンティ:著 管野盾樹:訳 2011)へと向う。次回のLATs『生態学的視覚論』書評の準備である。


2012年01月17日(火)

7時起床。8時半出社。直ちに事務所を出て、歩いて渋谷の成人医学センターへ。日が出ていて風がないのでそれほど寒くは感じない。9時過ぎから2ヶ月ぶりの眼科再診。眼圧を測定すると診察を開始した2年前の値に戻っている。正月に目薬が切れて10日間放置していたためで、ここ1週間、眼がショボショボしたのはそれが原因だという。目薬の効果は24時間なので毎日点眼しなければならないそうだ。ならば点眼はこれからもずっと続く訳だ。家早南友。処方箋をもらい2階の薬局で目薬を購入。再び歩いて10時過ぎに事務所に戻る。はりゅうウッドスタジオから福島復興住宅コンペの最終プレゼンテーションが届く。A3版にびっしりと情報が詰まっている。コンペのプレゼとしてはやや過剰ではあるが、中味をじっくり観れば僕たちの案を採用しない手はないだろう。引き続き放送大学テキスト第2章を続行。夕方までに何とか20枚をまとめる。編集部に送る前に、はりゅうウッドスタジオと浦部智義さんのチェックを受けるため送信。夕方、石山修武さんからXゼミ第24信「磯崎新論:その1」が届く。直ちにXゼミサイトにアップ。まだ本論には入っていないが、新年会で申し合わせたテーマが本格的に始まった訳だ。ちょっと緊張する。夜コンペ打合せ。年明け以降のコンペ情報を再確認。プログラムについてディスカッション。第1回目のスケッチをエスキス。まだ先は見えないが、今後は2日毎にエスキスを反復していく予定。10時半帰宅。『美と崇高との感情性に関する考察』は第3章「両性相互関係に於ける崇高と美の区別について」に差し掛かる。相変わらず概念操作の連続で、少々ウンザリしてきた。


2012年01月16日(月)

8時起床。9時過ぎ出社。昨夜食べた寿司に当ったらしい。夜中から明け方にかけて激しい下痢が続きほとんど眠れなかった。いつもより1時間遅れで何とか起床。早朝はりゅうウッドスタジオの滑田さんから復興住宅コンペのプレゼンテーションの叩き台が届く。明日が締切だが、コンペにしては複雑過ぎるプレゼンテーションなので、もう少し単純化するようにアドバイス。情報をテンコ盛りしても審査委員には伝わらない。昼前に真壁智治さんから電話が入り、4月末に開催される武蔵野美術大学同窓会での真壁さんの講演のコメンテーターを依頼される。モダニズムの再生について話すそうなので快諾。「カワイイ」概念とモダニズムをどう結びつけるのか興味あるところだ。午後は放送大学テキストに集中。仮設住宅は短期的なテーマだが、住宅のあり方の問題にフィードバックすることによってテーマを拡げる。夜までに何とか半分まで届く。あと一息である。10時前帰宅。

『美と崇高との感情性に関する考察』はタイトル通り「感情性」に関する議論に終始し、外界との関係にまで議論が広がらないのがもどかしい。崇高と美に関連してつぎつぎと繰り出される抽象概念を学んでいる感じである。それらの言葉は具体的な対象を指している訳ではないので、昨日読み終わった『崇高と美の概念の起源』でバークが指摘していた言葉のはたらきの実例に触れている感じである。


2012年01月15日(日)

7時半起床。9時半出社。一日放送大学テキストと読書の繰り返し。6時に事務所を出て赤坂で妻と待ち合わせ夕食。9時帰宅。放送大学編集部からテキスト原稿の催促。いよいよお尻に火がついた。今週中には第2章を仕上げねばならない。

『崇高と美の観念の起原』(エドモンド・バーク:著 中野好夫:訳)の残り第3篇「美について」第4篇「崇高と美の規成因について」第5篇「言葉について」を一気に読み通す。第3篇では均斉概念と美との関係についての古典的な美学や、効用にもとづく機能主義美学が徹底的に批判されている。要するにバークは崇高も美も文化的要因ではなく自然的要因である特定の「情念」に帰着させようとしている。これは連合主義心理学を提唱した英国の哲学者であるロックやヒュームに対する批判である。最後の「言葉」が醸し出す美や崇高に関する議論がもっとも興味深い。言葉はイメージ(像)や観念を介さず見解や象徴によって情念に働きかける。その場合、重要なのは「明晰判明に表現する言葉」ではなく「心に強く訴える言葉」である。なぜなら前者は知性に働きかけるのに対し、後者は情念に直接働きかけるからであるとバークは主張している。この考え方がレトリックを駆使する政治家としてのその後のバークへと展開していく訳である。本書の初版は1757年に出版されている。これに影響を受けてカントは『美と崇高との感情性に関する考察』(イマヌエル・カント:著 上野直昭:訳 岩波文庫 1948)を1776年に出している。引き続きこれを読んでみる。


2012年01月14日(土)

7時起床。8時半出社。今日も快晴。空気は乾燥し切っている。午前中、文献調査とテキスト続行。午後1時、花巻と一緒に事務所を出て表参道を横断し谷内田章夫さんが設計した神宮前5丁目の集合住宅「Modelia Brut OMOTESANDO」の内覧会へ。地下2階、地上4階(法的には地下3階、地上3階かも知れない)のRC集合住宅で30戸が4つの階段室の両側に配されている。平面形は単純に見えるが、L字形の敷地と緩やかな傾斜道路を利用して多種多様なタイプの住戸が迷路のように積層されている。階段室によって適度に分節されたスケールが周囲の住宅地にも合っている。ともかく集合住宅をつくり続けてきた谷内田さんの経験と知識がぎっしりと詰め込まれた建築である。とはいえ僕の眼には住戸内部の複雑さがやや過剰でフレキシビリティに欠けるように見える。もっとも賃貸住宅ならば住み替えればいいのだろうが。帰途に表参道のカフェに立ち寄り一服。ミースのバルセロナチェアに座り表参道の人通りを眺めながら花巻の今後の身の振り方について話し合う。彼女は界工作舍9年目なのでそろそろ独立の時期なのかも知れない。しかし界工作舍の仕事を完全に理解している貴重なスタッフなので、僕としてはまだまだ止まって欲しい。3時半に事務所に戻る。5時事務所内掃除。6時解散。夜『椿三十郎』(森田芳光:監督 2010)のDVDを観る。黒澤明監督の同名作品のリメイクである。シナリオも黒沢作品をほぼ踏襲しているため既視感が強過ぎる。織田裕二の椿三十郎は芝居が臭くて観ていられない。ラストの殺陣シーンだけに少し味付けされているのがご愛嬌である。


2012年01月13日(金)

7時起床。8時半出社。快晴。居間のアクアレイヤーの設定温度を上げたらかなりすごし易くなった。とはいえ外の気候は昨日ほど厳しくないのだが。『木造仮設住宅群』(はりゅうウッドスタジオ:制作 藤塚光政:写真 ポット出版)の書評が出た。この書評を書いたのは、先日「KAMAISHIの箱」を取材した読売新聞記者の高野清見さんだろう。ありがたいことである。早速facebookにアップする。
http://www.yomiuri.co.jp/book/briefcomment/20120110-OYT8T00535.htm
http://www.yomiuri.co.jp/homeguide/news/20111110-OYT8T00437.htm
引き続き放送大学のロケ先に依頼メールを送り続け建築家への依頼はほぼ終了。ハウスメーカー、ディベロッパー、建材メーカーへの依頼はロケ予算が確定してから着手する予定。午後は年度末までに用意しなければならない書類作成で潰れる。マガジンハウスからTOTOウエブマガジンお原稿が届いたのでチェックバック。「箱の家」の性能面に関する修正個所がかなりの数にのぼる。やはり熱性能に関する理解は専門家でも難しいようだ。たとえば断熱材は室内外のエネルギーロスを抑えるという効果よりも、むしろ室内壁面温度を保つことによる快適性の効果の方が大きいという点については、僕も最近知ったばかりである。要するに壁面の冷輻射の効果である。仮設住宅の資料を集めるうちに徐々にテキストを書くテンションが上がってくる。9時半帰宅。『崇高と美の観念の起原』を読みながら夜半就寝。


2012年01月12日(木)

7時起床。2階の居間は1階がピロティなので、さすがに床暖房だけでは寒い。床下のアクアレイヤー水温は同じ30度なのに1階に事務所がある寝室の方が暖かく感じるのは何故だろうか。壁や天井の表面温度が違うのかもしれない。居間のアクアレイヤーの設定温度を少し上げてみよう。8時出社。快晴だがこの冬一番の寒さである。事務所の室温は18度を切っている。RC床の熱容量が大き過ぎて床面の温度が上がらず、逆に冷輻射で足元が寒くなってしまうので昼過ぎに暖房を入れる。午前中はテキスト続行。午後1時過ぎ芳賀沼さんが来所。復興住宅コンペの打合せ。複数の案のプレゼンテーションの仕方についてエスキス。CM(コンストラクション・マネージメント)体制によるローコスト化、ログ仮設住宅の再利用、高性能で解体移築が可能な乾式構法、エコロジカルな省エネ設備、一室空間によるフレキシブルな平面計画、コンパクト化、集合化と公共機能の付加、街並と風景など、僕たちの復興住宅計画がめざしている複数の課題をダイアグラムで表示し、その組み合わせによって各案を整理するというマトリクス的なプレゼンテーションを提案する。最終審査に残った場合は、審査委員に対するプレゼンテーションに参加することを約す。僕の方からは放送大学のために木造仮設住宅のロケ取材を依頼。3時半に終了。プレゼンテーションの方法にかなり知恵を絞ったことと、昨夜テキストとロケの夢で何度も目が醒め寝不足だったため疲れが吹き出す。頭休めに夕方までは読書で過ごす。夜、テキスト再開。未だに第2章で滞っている。9時半帰宅。

『崇高と美の観念の起原』は第2篇を読み終え、第3篇「1.美について」に進む。機能性、倫理性、明晰性、快適性といった近代主義の目標はことごとく崇高性と無縁であるという主張に考えさせられる。バークによれば、近代主義の概念はすべて能動的(positive)だが、崇高さはあくまで受動的(passive)な概念であり、曖昧で不確定で恐怖と不快に満ちている。それは知的でさえない。要するにバランスを欠くところにしか崇高さは生まれないという訳である。


2012年01月11日(水)

7時起床。8時半出社。今日も快晴。一日中外に出ないでも中庭と事務所の窓から見える空で天候が分かる。午前中はロケ先の優先順位にしたがって取材依頼のメールを送る。夜までに少しずつ返事が届く。大体は快諾の返事だが反応がない人もいる。インタビューだけではなく事例のロケもあるから当然だろう。午後テキストに集中するが相変わらず遅々として進まない。何か巨大な壁にブチ当たった感じである。正確な情報が揃っていないからかも知れない。ホーチミンの西島光輔くんから1/23(日)のLATsに出席する旨のメールが届く。しかし岩元真明くんは出席が難しいようだ。次回は最終回なので、打ち上げをしたらどうかという提案である。西島くんはLATsの企画者なので、帰国するのであれば彼に対するお礼の会にしようと逆提案。開始時間を2時間ずらし15時半開始に変更する。昼過ぎに芳賀沼さんから電話。明日の午後に芳賀沼さんと復興住宅コンペの最終打合せを持つことになった。その後、復興住宅案の所内打合せ。夕方までに図面をまとめて、はりゅうウッドスタジオに送信する。年初の仕事始めから1週間が経過したが正月が遠い昔のような気がする。今年はこういう時間がずっと続くのかも知れない。9時半帰宅。放送大学テキストのことを考えながらウィスキーを煽る。夜半就寝。


2012年01月10日(火)

7時起床。8時半出社。快晴。放送大学のテキストスケッチ続行。10時前、放送大学の郡ディレクターが来所。番組台本の最後の残り11回から15回までの5回分のチェックを行う。途中で何度か番組内容について概要を説明し頭を整理する。終了後ロケ取材先が40を越えるのでまとめて取材できる対象のグルーピングを依頼される。リストアップされたロケ取材を可能な限り実施するには1日あたり2、3カ所にまとめる必要があるとのこと。正午終了。午後早速ロケ取材先をグルーピングし海外ロケを含めて全17回にまとめる。それでもかなりのハードスケジュールになりそうである。ロケが終わらないと番組制作を始められないからである。直ちにグルーピングのリストを郡ディレクターと本間副学長に送信。その後、思い立って何人かの人たちにロケ取材の依頼メールを送信する。夜までにほぼ全員から快諾のメールが届く。山本理顕さんからも快諾メールをもらったので、出だしはまずまず快調である。最近の「箱の家」のクライアントにもロケを依頼。番組予算の関係で東京近郊の「箱の家」に絞らねばならないのが残念だがやむを得ない。夕方芳賀沼さんから電話があり福島復興住宅コンペの方針について意見交換。夜はスタッフと僕たちの案に関する打合せ。「KAMAISHIの箱」を展開した戸建住宅と「コンパクト箱の家」をさらに小規模化した連続住宅の2つの案にまとめる。9時半帰宅。『崇高と美の観念の起原』を読み続ける。第2篇の「1. 崇高が生み出す情念について」あたりから徐々に面白くなってきた。明晰さは崇高な情念に結びつかないという指摘に思わず膝を打つ。物事を明晰に理解することによってその対象から崇高さが奪われるという訳だが、そのことと近代における科学的認識が崇高の概念をうみ出したというカントの『判断力批判』の主張とは矛盾しているように思える。果たして一見対立する二つの主張はどう結びつくのだろうか。


2012年01月09日(月)

7時半起床。9時出社。曇り後快晴。今日も風が弱い。昨日に引き続き福島復興住宅のスケッチを続ける。あれこれスケッチするうちに最小版へと収斂していく。気がつくと「コンパクト箱の家」に近い案になっていた。ギリギリ条件を詰めていくと、どうしてもその方向へ収斂するようだ。「箱の家」が集住体を前提にしている結果かもしれない。結果を再度「コンパクト箱の家」へとフィードバックさせ条件を整理してみる。最終ハードルは建設コストだから課題は平面計画よりも構法だろう。夕方までに2つのタイプへと収斂させる。スケッチをまとめて明日の清書を待つ。夜は『肉弾』(岡本喜八:監督 1968)のDVDを観る。終戦直前に魚雷による「肉弾」を命じられた若者の数日を描いた作品である。大学生時代に一度観たが印象がまったく異なるのに驚く。モノクロであることはさておき、短いカット、クローズアップの多用、アフレコがぎこちなく感じる。これは感性の問題だろうか技術の問題だろうか。多分、岡本監督の感性が半分で技術の問題が半分だろう。スピーディなカット割は岡本監督の得意とするところだが、奥行のないフラットなアフレコは技術の問題だからだ。当時は大学紛争と重ね合わせて観た記憶があるが、現在では歴史的事実として相対化して受けとめることができる。ユーモアとシニカルさが混在した宙ぶらりんな感覚なのにじわじわと腹に応えてくる。

『災害ユートピア』は第1章で切り上げ『崇高と美の観念の起原』の再読を開始する。Amazonから『身ぶりと言葉』(アンドレ・ルロワ=グーラン:著 荒木亨:訳 新潮社 1973)の古本が届く。大学院生の頃に渋谷図書館で読みルロワ=グーランの広大な視野に圧倒されたので、長い間欲しかったのだが高価で手が出なかった。間もなく安価な文庫版が出版予定なので古書も安くなったようだ。難波研必読書に挙げるべきだったしLATsでも取り上げるべき名著なのに、昔のことなのですっかり忘れていた。近いうちにじっくり読み込んでみよう。


2012年01月08日(日)

7時半起床。9時出社。快晴。昨日よりも風が弱いのでやや暖かい。午前中は福島復興住宅のスケッチ。昼前に芳賀沼さんから電話があり復興集合住宅のあり方について意見交換。提案図面はA3版1枚にまとめなければならないので細かな提案はできない。はりゅうウッドスタジオの2案と僕たちの2案の4案に絞り込むことで合意。午後は再びスケッチ再開。夕方までに何とは方向性が見えてきた。夜は『カミユなんて知らない』(柳町光男:監督 2005)のDVDを観る。柳町監督の作品を観るのは中上健次原作の『十九歳の地図』(1979)や『火まつり』(脚本:中上健次 1985)以来である。アルベール・カミユの『異邦人』を持ち出すところは同世代感覚なのだが、この映画に関しては今一理解できない。「映画に関する映画」「現実とフィクションの境界」といったテーマが少々あからさまなのはポピュリズムだろうか。とはいえ複数の物語を並行させながらそれらを統合しないところが現代的だと思う。大学教授が『ヴェニスに死す』のアッシェンバッハを自演しているのには苦笑した。ウェブで『木造仮設住宅群』の書評を見つけた。昨日の読売新聞にも書評が掲載されたらしい。年末には震災の写真本が数多く出版されたが、新しい生活に向けての前向きな本は本書が初めてだろう。
http://www.cyzo.com/2012/01/post_9481.html

『災害ユートピア---なぜそのとき特別な共同来が立ち上がるのか』(レベッカ・ソルニット:著 高月園子:訳 亜紀書房 2010)を読み始める。災害時に市民の間に生まれる一見カオティックだが緩やかな秩序を持った自生的共同体と、それを社会の崩壊と見なして上から制御しようとする政治家、軍、知識人やイメージだけで悲劇的にとらえる遠方の人びととの落差を、歴史的な災害をとり挙げて検証した本である。第1章「ミレニアムの友情:サンフランシスコ地震」では、スタンフォード大学で被災した哲学者ウィリアム・ジェイムズが震災を通してプラグマティズムの思想を体験的に検証したことが紹介されている。彼が被災者の行動の中に発見したのは「災害に主導力や秩序や互助でもって対応し、冷静さを保ち、体験を分ち合った場合には、苦難や喪失は何か別なものになる」ことである。彼が提唱する「市民的気質」とは「単に義務としてではなく、自らの〝欲求〟と環境適応として行われる社会的行為」である。災害時には人間の中に眠っているエネルギーが解放され自然発生的にコミュニティが生まれるというのが著者の主張である。


2012年01月07日(土)

7時起床。8時過ぎ出社。快晴だが風が強い。いよいよ本格的な寒さの到来である。それでも事務所の朝の室温は19度で保たれている。2階の床暖房からの輻射暖房の効果である。福島復興住宅のスケッチ続行。できるだけ「KAMAISHIの箱」の原型に近い形に納めヴァリエーションを検討する。ログ材のモデュールと開口・外装部品のモデュールをどう調整するかが課題だが、そこまではまだ詰められない。できれば開発中の断熱・通気・外装パネルを使ってみたいがコストがどうなるか難しいところ。3時過ぎまでに概要をまとめてスタッフに清書を指示する。5時半事務所内掃除開始。6時過ぎ解散。夜はスケッチと読書。9時半帰宅。ゆっくりと風呂に入り夜半就寝。

『都市の条件---住まい、人生、社会持続』(平山洋介:著 NTT出版 2011)の第4章「女性のライフスケープ」、第5章「高齢者の住宅資産保有」、第6章「住宅保障の論点」、「おわりに」を一気に読み通す。「おわりに」にまとめられた著者の結論は、社会賃貸住宅の整備を促進する政策である。
「必要とされるのは、賃貸市場の構造を見直す作業である。住宅供給・消費の多くは、市場経済にもとづいている。しかし、市場のあり方には幅がある。野放しの「市場経済」に住宅をゆだねるのではなく、社会目的の達成に向けて市場をコントロールし、住まいの「社会的市場」をつくる方策が検討されてよい。市場とは、自生する仕組みであると同時に、社会的に設計されるメカニズムである。住宅システムを主導する力として政府と市場を対置する議論がある。しかし、二者択一の論争は、ほとんどの場合、無意味である。政府と市場の役割を対置するのではなく、両者の関係のつくり方を検討し、どのような市場を形成し、政府はそこにどのように関与するのか、という問いを建てる必要がある。(中略)日本では、公的援助の住宅は市場経済に反発する手段を形成するというイメージがある。これは、先入観にしかもとづいていない。日本の賃貸セクターの改善を展望するには、社会賃貸住宅の役割に関する理解を含め、その拡充をめざす必要がある。」
山本理顕の提唱する「地域社会圏」のアーキテクチャー(ソフト=制度+ハード=建築)が、この主張にもとづいてデザインされていることは言うまでもない。


2012年01月06日(金)

7時起床。8時出社。快晴でますます寒い。昨夜、学生に聞いた菊竹清訓さんの逝去(2011年12月26日)を想い出したので、特別講義の後に貰ったはがきやスカイハウス見学会の写真をfacebookの僕のウォールにアップする。
http://www.facebook.com/kazuhiko.namba?sk=wall
T邸の平面図をまとめる。福島復興住宅のスケッチ開始。「KAMAISHIの箱」の構法を展開させた解体と再構築が可能な「コンパクト箱の家」。平面はうまくまとまりそうだが、シェルターの構法が難しい。10時半にスタッフと仕事始めの打ち合わせ。福島復興住宅とK邸の進行状況の報告。T邸の平面スケッチを渡し今日中にまとめるように指示。午後から夜にかけてはテキスト、スケッチ、読書のくり返し。放送大学テキストは昨年末に第1章をまとめて以降は本格的に取り組む気にならない。まだ充電が足りない感じがする。facebookへの反応が多いので驚く。今村創平さんが菊竹清訓と武谷三男の関係についてコメントを書いてくれたので両者の関係に関する私見を書き込む。菊竹さんの特異性と危うさが見えて来た。と同時に僕なりにブログとfacebookの使い分け方も見えて来た。夕方、T邸の融資用平面図と概算見積書がまとまったのでT氏に送信。夜もスケッチと読書続行。9時半帰宅。

『都市の条件』は第3章「若者のライフスケープ」を読み終わり第4章「女性のライフスケープ」に進む。ライフコースやライフスケープの概念を駆使して都市の条件を分析していく著者の手腕に感心する。「若者のライフスケープ」を流行やファッションではなく都市の近未来を予言する視点から取り挙げている点が興味深い。そしてライフスケープにおいて「住まい」は核的な存在だが、近年は両者の関係が拡散し不安定化していること。都市の将来の持続性のためには単身者のための安価な賃貸住宅の公的な整備が緊急の課題であるというのが著者の結論である。まさにこの点において山本理顕の『地域社会圏主義』と交差するわけである。


2012年01月05日(木)

7時起床。8時出社。快晴。仕事始めの準備。T邸の融資用図面スケッチ開始。11時クライアント候補のK氏が本庄から来所し新しい敷地に関する打合せ。先日電話で話した問題について昨日、役所に赴き相談されたそうだ。法的な条件についてはある程度の見通しが立ったので、新居計画に関する親族との話し合いを持つようにアドバイスする。奥さんとの意志統一だけでなく親兄弟の合意も不可欠であることを確認。今回は新しい敷地ではなく既存建物のある敷地を変更するので所有権や相続の問題が絡んでくるからである。「箱の家」での体験を含め、さまざまなケースについて話をする。親族との話し合いの後に新居に関する法的な確認に赴くことを約して12時半終了。その後、テキスト、スケッチ、読書の続行。夕方までにT邸のスケッチをまとめる。6時半に妻と表参道に出て外食。8時半に帰宅し娘が開いている新年会に加わる。情報学環の「建築の際」のメンバー8人が自己紹介。文系理系の多様な経歴の大学院生たちである。建築学科の院生もいる。リーダーは南後由和さん。妻も加わり建築や映画談義で盛り上がる。0時半解散。そのままベッドに倒れ込む。

『都市の条件』は第2章「東京バブルスケープ」を読み終わり第3章「若者のライフスケープ」に進む。第2章は過去25年間の不動産バブルと破綻の詳細な検証である。国と都が一体になって進めた「都市再生」の一連の政策が不動産の証券化を推し進め、湾岸地域の超高層マンションの建設ラッシュをもたらしたことが明解に説明されている。東大建設系3学科が推し進めているGCOEのテーマも、国と都の政策に誘引されたプロジェクトであることがよく分かった。「箱の家」の注文が集中した2000年代初期は奇しくも東京地域の持家建設戸数が最大値を示した時期と完全に一致している。不動産の証券化こそマルクス・エンゲルスが「資本主義の進行は個体を流体へ変える」と唱えたことの実態であるという指摘は「目から鱗」である。グローバルな資本拡大の条件を国家と行政による法的な整備が後押ししている構造に注目しなければならないというのがこの章の結論である。新自由主義政策における「計画」は目に見えない所で間接的に推し進められている訳である。

追記:昨夜のパーティの最中に学生のiPhoneに菊竹清訓さん逝去のニュースが入り、ひとしきり話題になったのを、かなり酔っていたせいで忘れていた。学生たちには東光園を初めとする山陰の一連の建築について話をした。菊竹さんとは東大の特別講義にお招きした時に会ったのが最後である。その講義録は『難波研究室活動全記録』に掲載した。亡くなるまでモダニズムのヴィジョンを貫いた建築家だったと思う。講演後の学生との懇親会で「技術とは生産的実践における客観的法則性の意識的適用である」という武谷三男の『弁証法の諸問題』における定義を披瀝した際の菊竹さんの満面の笑みは今でも瞼の裏に焼きついている。


2012年01月04日(水)

7時起床。8時半出社。晴れのち曇り。昨年の11月に血圧計を購入しほぼ毎日計測し続けているが、大学にいた時より明らかに血圧が上がっていることがはっきりした。しばらく測り続けた上で医者に相談する予定。一昨日に続いて「箱の家134」がdesignboom comにアップされた。同じような設計条件でありながら敷地条件の違いだけで対照的な「箱の家」になったので、その旨のコメントを添えてfacebookのウォールにもアップしてみる。僕にとってfacebookはこういう機会以外に書き込むことはないのだが、界工作舍HPに対してはほとんど反応がないのに、facebookでは即座の反応がある点が興味深い。建築関係のメンバーが多いのと気軽にチェックできるせいかもしれない。
http://www.designboom.com/weblog/cat/9/view/18330/kazuhiko-namba-kai-workshop-boxhouse-134.html
http://www.facebook.com/kazuhiko.namba?sk=wall
今日も淡々とテキスト、スケッチ、読書をくり返す。2時半過ぎに事務所を出て表参道のコープオリンピア前へ。3時、石山修武さん、佐々木睦朗さん、少し遅れて鈴木博之さんが到着。4人で明治神宮へ参拝。参道の脇に日本酒樽だけでなくワイン樽が奉納されている。参道の曲がり角に巨大な移動画面が置かれCMと大音響が垂れ流しになっているのはいかがなものかと思う。その角を曲り三門の正面に出た所で本殿の屋根上に西新宿の異形超高層が見えることを確認する。人出は予想したほど多くはないが本殿前では15分以上待たされる。参拝を済ませて引き返したところで参列に並んでいる藤村龍至さんに会い簡単な挨拶。そのまま山手線に乗り新宿へ。味王も近江屋もまだ休みなので工事中の南口を抜けて高島屋13階の蕎麦屋へ。4時過ぎから新年会。蕎麦湯割り焼酎とつまみをいただきながらXゼミの今後の展開などについて意見交換。佐々木さんが昨今の経済情勢について詳しいことに驚く。ざるそばで締めて6時半に解散。表参道はごった返している。人垣を抜けて7時過ぎに事務所に戻る。9時半帰宅。友人に会って帰宅した妻と話しながらウィスキーを呑み直し早目に就寝。

『都市の条件』はようやく第1章「住まいとライフコース」を読み終わる。第1章で戦後日本の住宅政策史の概要はほぼ総括されている。建築家が初期モダニズムの思想を忘れて住宅を軽視し続けてきたことが、そのまま建築家の社会性喪失につながっていることをあらためて痛感する。一方で住宅を技術と生産から引き離しアートへ引き寄せたことも建築家が社会性を喪失したことのもうひとつの重要な要因だろう。復興住宅への取り組みが今年最大の課題だが、果たして建築家がどこまでコミットできるか。ここしばらくが正念場である。引き続き第2章「東京バブルスケープ」へと読み進む。


2012年01月03日(火)

7時過ぎ起床。寝不足気味だが何とか起きる。箱根駅伝の復路出発を見ながら家族4人で雑煮の朝食。その後しばらく部屋に戻って休憩。10時半に出社。年賀状の整理。午後1時箱根駅伝観戦。東洋大の完全優勝を見届けてから妻と一緒に家を出て地下鉄半蔵門線で渋谷へ。歩いて東急文化村オーチャードホールへ。3時から恒例のニューイヤーコンサート。今年は舞台を見下ろす3階バルコニーの最前列席。いつもながら盛り上がりに欠けるラインアップに眠気が最高潮。後半最初の曲プロコフィエフの「ロミオとジュリエット組曲:モンタギュー家とキャピレット家」で目が醒める。最後は例の如くラヴェルのボレロ。何だが無駄な時間を過ごした気がして、来年こそは止めようと心に決める。6時前終了。娘夫婦の希望で西武の美々卯へ移動し会食。凍結酒をたっぷり呑んでいい気分になる。9時過ぎ帰宅。『13人の刺客』(三池崇史:監督 2010)のDVDを観る。ツタヤの評価が高いので選んだのだが大いなる期待外れ。最後の30分間延々と続く集団殺陣はドタバタ続くだけで『七人の侍』には足元にも及ばない。江戸時代末期のスノビッシュな社会状況の中から生まれた普遍的価値と、既存の幕藩体制を守ろうとする封建的価値との相克として観るのは少々無理がある。『都市の条件』を読みながら夜半就寝。文章が堅いのでまだ第1章を読み終われない。何となく空しく過ぎた一日。


2012年01月02日(月)

7時半起床。昨夜は娘が泊まったので3人で雑煮の朝食。箱根駅伝のスタートを見届けてから9時半過ぎに出社。年賀はがきの整理。引き続きコンペや福島復興住宅のスケッチと読書。『都市の条件』の第1章「住まいとライフコース」は戦後の日本の住宅政策を他国と比較しながら分析していて興味深い。山本理顕さんが対談相手に選んだ理由がよく分かる。問題はどんどん広がっていく。「KAMAISHIの箱」に続いて「箱の家140」がdesignboom comにアップされた。『新建築住宅特集』12月号よりも詳細まで紹介されている。
http://www.designboom.com/weblog/cat/9/view/18235/kazuhiko-namba-kai-workshop-boxhouse-140.html
娘が一旦帰宅し、相方の家に挨拶をした後、昼過ぎに2人で正月の挨拶にやってきたので屠蘇を呑みながら昼食。箱根駅伝往路の東洋大完全勝利を確認。早稲田の頑張りに乾杯。アルコールが回り部屋で休む。6時過ぎから夕食。再び日本酒と赤ワインで盛り上がる。したたか呑んで9時前に部屋に戻り再び横になったら寝込んでしまう。夜半起床。『都市の条件』を読みながら2時過ぎ就寝。正月はやはり仕事にならない。


2012年01月01日(日)

7時半起床。雑煮の朝食。空き腹に屠蘇を飲んだら頭がボンヤリして来たのでしばらくベッドで休憩。10時半に家族3人で家を出て麻布山善福寺に墓参り。麻布十番周辺は閑散としている。昼前に帰宅しおせち料理の昼食。屠蘇は我慢する。午後1時半はりゅうウッドスタジオの芳賀沼さんと滑田さんが来所。福島復興住宅計画コンペの打合せ。まず全体の方針について意見交換。芳賀沼さんとしてはコンペチームに関する新しいアイデアがあるようだ。僕たちの担当は「KAMAISHIの箱」で開発した構法を展開させた戸建住宅と集合住宅の提案。細かな図面を掲載するスペースはないので基本コンセプトのみをプレゼンテーションすることとする。とはいえ僕としては今一全体像が掴めないのでスタジオの作業を逐一報告してくれるように依頼。その後、滑田さんの自邸計画の相談。これも復興住宅のケーススタディである。平面計画と構法についてかなり念入りな打合せをして4時半終了。その後、放送大学テキストとスケッチに取り組むが集中できない。夜は『紀子の食卓』(園子温:監督 2005)のDVDを観る。海辺の田舎に住む夫婦と娘2人の家族の崩壊劇。『自殺サークル』(園子温:監督 2002)の延長上のテーマらしいが、これはまだ観ていない。インターネットのサークルに惹かれて家出をした娘がレンタル家族のサークルに加わり、田舎のリアルな家族よりもレンタル家族を演じることの方にリアリティを感じるようになる。最後に父親によるドンデン返しがあり娘は再び家族を去る。150分以上の長編だが、園監督のいつもながらのエグイ演出に引きずり込まれる。娘を持つ父親としてはドキリとするシーンがいくつかあった。園監督は原作、脚本、演出だけでなく主題曲まで担当している。観終わった後、あれこれ考えながら夜半過ぎ就寝。


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