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箱の家 PROJECT 青本往来記
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コンパクト箱の家

2007年06月30日(土)

午前中、事務所。花巻と「125栗木邸」のコストダウン案の打ち合わせ。かなり思い切った提案を行う。栗木さんが認めればギリギリ当初予算に届きそうだ。引き続き「小美野邸」第4案のチェック。まだ家相的に難しい面があるが、とりあえず小美野さんに送るよう指示。
午後、大学行き。2時から都市工社会人大学院コースの面接試験。5人1組のチームでそれぞれ24人の面接。18人の定員に72人の応募で競争率4倍の難関である。さまざまな経歴の社会人が応募していて興味深い。建築学科出身の人が意外に多い点に考えさせられる。一人5分余で2時間半の長丁場。5時半終了。建築学科に戻り6時半からブタペスト・コンペ打合せ。ハンガリーの留学生からdocumentationの叩き台を受け取る。8時半終了。
9時半に事務所に戻る。山根がまとめた「124佐藤邸」査定をチェック。工務店が査定を全部受け容れてもてもまだ予算には届かない。来週はコストダウン案をまとめる必要があるだろう。11時過ぎ帰宅。少し早めに就寝。


2007年06月29日(金)

午前中事務所。いくつかの「箱の家」の見積比較表を検討。今週中に査定査定の方針を決め、早急に工務店に打診するよう指示。減額のための設計変更は不可避だが、どこまで変更せねばならないか難しいところだ。
午後1時過ぎに事務所を出て田町の建築会館へ。2時から日本建築士会連合会の作品賞最終審査。審査委員長は阪田誠造、審査員は村松映一、鈴木博之、松川淳子、岸和郎、僕に、今年から櫻井潔、竹原義二が加わった計8人。現地検査を行った16の建築について議論し最終的に優秀賞5点、奨励賞5点を選ぶ。講評の担当を決めて5時半過ぎに終了。帰途、阪田誠造さんに再来年、鎌倉近代美術館旧館で開催予定の坂倉順三展の実行委員を頼まれる。
銀座に出て久しぶりに旭屋に行き2冊の本を購入。6時半に銀座1丁目の芦澤泰偉事務所へ。少し遅れて7時前に角川書店編集部が到着。『住宅建築』7月号を叩き台にして来春刊行予定の『エコハウス』に関する編集会議。角川書店としてはエコハウスの考え方を一般の人に伝える文章中心の本にしたいらしい。7月末までに目次案を作ることを約して8時前終了。その後、銀座2丁目の居酒屋で会食。10時半解散。11時過ぎに事務所に戻る。


2007年06月28日(木)

6時前起床。7時に大学行き。7時過ぎから小会議。急ピッチで議事を進める。8時半終了。午前中はスタジオ課題の作品選定。いつもながら努力と完成度の評価のバランスが難しい。10作品に限定されているのもしんどい。正午過ぎ学科会議。予算に関する報告に議題が集中する。学科内にはこれまで慣例になっている予算分配規則があるので、研究科からの予算配分が変わるとそれに合わせて慣例を組み替える必要が出てくる。細かなことは僕には判らないので担当教員に任せる。午後、再度スタジオ課題の作品選定。結果を担当助手に送信。その後5時半までブタペスト・コンペ打合せ。まだ沢山の懸案事項が残っている。Documentationの最終確認のため来週早々高間さんに打合せをお願いすることになった。
5時半、谷口吉生さんが来研。しばらく歓談の後、製図室を案内。6時から特別講義。会場は超満員。「建築とは」と題して約2時間の講義。最初の15分は建築観について話し、その後はスライド講義。1960年代後半の東大都市工の丹下健三研究室時代を振り返り、独立後の資生堂アートセンターからMOMAニューヨークまでの作品を紹介。谷口さんの話しぶりは予想外に軽快で判りやすい。複雑なプログラムを単純な建築に統合することが自分のデザインの基本方針だが、コンセプチュアルな単純化にならないように気を付けているというコメントが印象的。コンセプチュアルな単純化に陥らないための手段がプロポーション、素材、光であるという指摘も説得力がある。谷口さんのルーツが丹下健三にあり、それは建築を都市的コンテクストで捉える点にあることがよく分かった。土門拳美術館では周囲の地形のコンテクストを取り込むために当初の敷地の位置まで変更したというから凄い。8時過ぎから講評室で懇親会。いつになく多数の学生が谷口さんを囲む。9時過ぎ終了。その後スタッフと正門前の居酒屋で夕食。11時前終了。

建築家にはさまざまな生き方があることは分かっていたつもりだが、谷口さんを含めて今日は僕自身の生き方を揺さぶられるような経験をした。頭では分かっていても自分の内の何かが納得していないのだ。ベッドについてもなかなか寝付かれず夜中にシャワーを浴びたが、それでも胸のつかえが取れない。2時過ぎまで『都市の建築』を読み、その後は明け方まで微睡む。夢に中に沢山の建築家が出てくる。皆僕に向かって何かを叫んでいたが声は聞こえなかった。


2007年06月27日(水)

午前中事務所。今日はいくつかの「箱の家」の見積が出てくる。午前中に第1陣が到着。内容の説明を聞くのはスタッフに任せる。スタッフに対し工務店が持参した見積結果にいちいち大袈裟な反応を示さないように注意を喚起する。工務店はそれなりに頑張って見積っているのだから丁重に受け取るべきである。午後大学行き。2時スタジオ課題の展示を見て回る。3時半ブタペスト・コンペ打合せ。難波研が総出で取り組み始めた。ハンガリーの留学生がdocumentationの協力者を探し出している。5時半に事務所に戻る。何社かの見積が届いている。いずれも予想以上に厳しい結果である。直ちに比較表を作り査定に着手するよう指示。ここ1週間で見通しを立てねばならない。ここのところのメールソフトの不調の結果これまでの最近のメール記録とアドレス・データの大部分か消えた。メモリーをできるだけ確保して再構築する。

『ゲートキーパー:イーグルトン半生を語る』(テリー・イーグルトン:著 滝沢正彦+滝沢みち子:訳 大月書店 2004)は半分まで読んで休止。イーグルトンの自伝は特殊すぎて自分に引き寄せた読みができない。引き続き『芸術の設計 見る/作ることのアプリケーション』(岡崎乾二郎:編著 フィルムアート社 2007)を読む。岡崎は序論「芸術の設計・技術の条件としてのノーテーション」でノーテーション(記譜)を「技術に構造を与えるための外的な参照物」と定義し、芸術の創作をソフトな技術のネットワークととらえている。読んでいて柄谷行人の「形式化の諸問題」を連想したのは僕だけではあるまい。もの作りをハードな技術とソフトな技術の体系として捉えようとする視点には共鳴するが、ジャンルを横断する俯瞰的視点から創作論が生まれるとは思えない。その点は設計方法論と同じ穴の狢である。その証拠に第1章「建築の設計」は建築の設計施工プロセスの表層をなぞっているだけでつまらない内容である。パタンランゲージの読みも浅過ぎる。内容を欠落した形式論としての技術論の限界である。こういう作業をいくら続けても決して現実の創作には辿り着けないだろう。今後しばらくはアルド・ロッシの『都市の建築』に付き合うことにする。


2007年06月26日(火)

午前中事務所。ネットで給与と経費振込。今年初めに所得税減税が施行されたと思ったら6月から住民税が大幅増税になった。結局のところは増税。何だか騙されたような感じである。正午過ぎに事務所を出て大学へ1時過ぎ着。2時からスタジオ課題のポスターセッション。スタジオ毎にカラーが異なるので評価が難しい。内藤スタジオはディテールまで描かせる徹底した建築的課題。千葉スタジオも敷地が決められた課題なので建築デザインで勝負している。難波スタジオはB・フラーの可能性を都市再生に応用するというもっともフレキシブルで野心的な課題である。とはいえ中間講評までのリサーチは素晴らしかったが、その後の展開が今一だった。学生たちは十分に努力したし、僕もかなり頑張って付き合ったつもりだが、最終成果は僕の期待の半分にも達しなかった。フラーの現代的可能性に限界があるのか、都市再生という目標が曖昧なのか、あるいは学生たちのイマジネーションの問題なのか、結果を十分に分析し8月末の建築学会シンポジウムで発表しよう。6時前、ブタペスト・コンペの打合せ。6時半から赤門近くの居酒屋でスタジオ課題の打ち上げ。皆眠そうだが、早く切り替えて次のステップに向かわねばならない。ビールと赤ワインで学生たちの労をねぎらう。9時半終了。10 時半に事務所に戻る。明日から2日をかけてスタジオ課題の採点を行う予定。


2007年06月25日(月)

午前中、事務所打合せ。CIXM工場の現場が本格的に開始したので、急いで詳細を詰める必要がある。今週は一連の「箱の家」の見積が上がってくる。どれも厳しい数字になるだろうが何とかまとめるよう頑張らねばならない。
正午過ぎに事務所を出て大学へ。製図室はスタジオ課題の大詰めでごった返している。1時半、鹿島出版会の相川氏が来所。Martin Pawleyの『Theory and Design in the Second Machine Age』の翻訳について話し合う。翻訳権の取扱が難しいらしいので検討結果を見て正式にスタートする。できればレイナー・バンハムの『第1機械時代の理論とデザイン』の廉価改訂版を出すべきではないかと進言。4時半ブタペストコンペ打合せ。プラニング、構造、設備の詳細検討。明日も打合せを行う。6時半、千葉、山代両氏とフリックスタジオ、PHP編集部が来研。現代住宅に関する章の扉の解説分のため10章それぞれのテーマについて鼎談。三人三様の異なる意見が出て興味深い内容になった。

難波研、鈴木研、伊藤研の三研究室の卒論生による読書会バトルのプログラムが決まる。今回取り上げる本は『都市の建築』(アルド・ロッシ:著 大島哲蔵+福田晴虔:訳 大龍堂書店 1991)、日程は7月24日(火)。他の研究室の卒論生にも参加希望者がいるのでバトルになるかどうか難しいが、こういう機会がないと『都市の建築』をじっくり読むこともないだろう。いい機会なので僕も再読してみよう。


2007年06月24日(日)

朝から小雨。8時半に事務所に出る。9時過ぎに事務所を出て大学へ10時着。10時過ぎからブタペスト・コンペ打合せ。建物の構造とディテール、周辺の都市計画について打合せ。そろそろdocumentationのまとめに着手しなければならない。ハンガリーの留学生2人に不完全でいいからドラフトを書くように指示。1時過ぎ修了。その後コンペメンバーと赤門前のインド料理屋でカレーの昼食。3時過ぎに事務所に戻る。PHP新書の鼎談スケッチと歴史研の修論スケッチに目を通す。夕方から夜にかけてグッドデザイン賞の予備審査に取り組み9時前終了。かなり厳しい結果になった。
『キーワード事典』は途中休止。切れ切れの単語の解説を読み続けるのは難しい。とりあえず手元に置き、ウィリアムズの『文化とは』が届いてから気になる単語を読むことにする。『ゲートキーパー:イーグルトン半生を語る』(テリー・イーグルトン:著 滝沢正彦+滝沢みち子:訳 大月書店 2004)を読み始める。


2007年06月23日(土)

8時に事務所。午前中は建物回りの雑草を抜く。その後WEB上でグッドデザイン賞の予備審査。建築の応募が昨年以上に多くなったので、今年から建築部門は「建築デザイン」部門と「商品住宅」部門とに分けられた。戸建て住宅は前者に分類されているが、何を基準に分けているのかよく判らない。この分類によれば「箱の家シリーズ」はどちらに分類されるのだろうか。僕の担当は後者の部門だが集合住宅とくに高層集合住宅の応募点数の多さに驚くばかりである。
午後、パソコンのメールソフトの修復。何度やってもダメな原因がようやく分かった。パソコンのメモリー残量がほとんどないためである。急いで図面や原稿のデータをバックアップ装置に移し、パソコンのデータを消去する。約4000項目を消去するのに2時間以上かかる。夕方ようやくメールソフトが回復。
『箱の家にすみたい』(王国社 2000)が増刷になった。これで5刷である。王国社の建築本としては最長不倒距離だろう。『10+1』2007年47号が届く。僕の連載「現代住宅論」は第4回「クリストファー・アレグザンダー再考」である。これで今後アレグザンダーにアプローチする方針は固まった。「技術と歴史」の連載は第9回、桑村仁教授による「鉄骨造の歴史」。特集テーマは「東京をどのように記述するか」だが、若い建築家や評論家がアンリ・ルフェーブル、デヴィッド・ハーヴェイ、クリストファー・アレグザンダー、ロバート・ヴェンチューリ、アルド・ロッシ、ジェーン・ジェイコブスといった人たちの都市・建築思想を再評価している。1968年のリマの集合住宅コンペを取りあげているのは編集部の仕掛けだろう。このコンペにはメタボリズム・グループ、クリストファー・アレグザンダー、ジェームズ・スターリング、アルド・ファン・アイクらが参加している。記事はコンペのその後という内容。連載の磯崎新回顧録も60年代後半の時代を取り上げていて、全体として60年代後半特集といった印象の号である。


2007年06月22日(金)

6時半起床。7時半に家を出て8時過ぎ大学着。8時半から4年生の建築意匠講義。岸田さん担当の講義を1回だけ担当。「サステイナブル・デザインの現在」と題し、建築の4層構造、サステイナブルな建築事例、箱の家シリーズをコンパクトに紹介。10時終了。その後、原稿スケッチ。午後1時半コスモスイニシア来研。今後の共同研究の進め方について話し合う。難波研のスタンスを説明し、コスモスイニシアとしての対応の再検討を要請。8月のワークショップは保険の問題を解決できれば製図室で実施する方向で検討することになった。3時から専攻会議。大学院入試について議論。5時半に大学を出て6時過ぎ事務所に戻る。7時、界工作舎スタッフと渋谷のポルトガル料理屋で食事会。10時過ぎ終了。渋谷は人で一杯だ。
一昨日から猫の様子が変だった。今朝、出かけるときに声をかけてもほとんど反応がなかったが、夕方とうとう息を引き取った。妻が帰国するのを待っていたかのように彼女のベッドの下で眠るように逝った。娘の小学校の入学祝にこの家にやってきて以来20年だから大往生である。家族で話し合い、夜、中庭のヒメシャラの根元に埋めてやる。合掌。


2007年06月21日(木)

午前中事務所。幾つか簡単な打合せ。11時過ぎに事務所を出て12時大学着。
12時半から学科会議。予算についての論議。3時から学科長・専攻長会議。教養学部の進路振り分け人数の報告。相変わらず建築は人気があるが点数はそれほどでもない。予算配分などについて説明がありひとしきり議論。とはいえ工学系研究科全体から見ると配分研究費は30%程度で、残りはほとんど外部資金である。ともかく学科会議への必須報告項目である。5時半終了。SMA翻訳ゼミ。来週鹿島出版会とのミーティングがある。何とか出版に漕ぎ着けたい。7時からブタペスト・コンペ。ディテールの詰めの段階。院生には詳細な構法のスタディは無理なのでこまめに面倒を見る必要がある。9時半事務所に戻る。鈴木博之教授、伊藤毅教授とメール連絡を取り読書会バトルを7月24日(火)に開催することになった。3研究室以外からの参加希望もあるので対応策を考えねばならない。
宮本佳明さんから『環境ノイズを読み、風景をつくる』(宮本佳明:編著 彰国社 2007)が届く。近々僕が主査で審査を行う予定の宮本さんの博士論文のテーマである。


2007年06月20日(水)

7時起床。ここ数日、猫の様子がおかしい。一晩中鳴き続けるので、おかげでこちらは寝不足だ。昨夜はやむなく1階の準備室へ閉じこめる。朝、自宅に戻したらこれまで以上に鳴き続ける。8時、事務所に出る。今日は一日事務所で仕事。午前中は溜まった雑用を片づける。花巻、井上と簡単な打合せ。「小美野邸」の模型を造り始める。「128濱本邸」はこれまでとは異なる構法を試みるよう指示。PHP選書の鼎談のスケッチをまとめて送信。各章の序文は鼎談をまとめることになった。午後は原稿スケッチと読書。短文の依頼が多く頭の中が整理しきれない。今後は断ることにしよう。『10+1』の連載第5回のテーマは「モデュール」に決める。寸法の問題から始めて標準化と工業化の問題に拡げてみたい。『モデュロール』を再々読する必要があるだろう。4時過ぎ、家族が帰国。一緒に夕御飯を食べる。夜も原稿スケッチと読書。久しぶりにゆっくりと考える時間が取れた。


2007年06月19日(火)

8 時半事務所。花巻がまとめた「小美野邸」第2案のチェック。吹抜なしで3層の各階一室空間とする方針でまとめる。何か「箱の家」の新境地を探したい。9時半過ぎに事務所を出て外苑前の事務所へ。鈴木博之、松村秀一氏と会合。終了後、昼食とお茶を一緒しながら情報交換。12時半地下鉄外苑前駅で二人と別れ大学へ1時過ぎ着。1時半からスタジオ課題エスキス。1週間前だが皆、漂っている。できるだけ前向きのアドバイスをするように努める。1週間で何とか着地することを期待しよう。5時半終了。多目的演習室でCOCOLABO研究打合せ。ワークショップのためのダンボール箱の組立シミュレーション。90センチ・キューブと75センチ・キューブを試みる。学生たちは90センチの方に傾いているが、僕の考えでは子供の身体スケールには大き過ぎ、組み立てられた空間も雑駁に見える。コンパクトで緻密な空間の方が望ましい。6時半から研究室定例会議。とくに大きな問題はなくスケジュールとコンペへの協力を確認して7時終了。8時半に事務所に戻る。
『住宅建築』の小特集「内藤廣の風景論へ」を読む。鈴木博之の「地霊(ゲニウス・ロキ)という場所論から」は、ゲニウス・ロキという場所の概念を紹介しながら「場所論」の立場から内藤の「風景論」を間接的に批判している。塚本由晴の「砂の女/水の男」はミクロでリアルな日常的実践の重要性を主張することを通じて内藤のグランドセオリ−を暗に批判している。いずれもミクロな政治学が当面の突破口であることを教えてくれる。


2007年06月18日(月)

8時事務所。佐々木構造計画から届いた「128濱本邸」の構造図チェック。9時半に事務所を出て大学へ10時過ぎ着。11時からブタペスト・コンペ。佐藤淳さんを交えて構造計画の打合せ。基本方針を確認し12時半終了。2時から3年生設計課題の中間講評。今一緊張感に欠ける。講評の進行の問題かもしれない。5時半終了。引き続き設計製図会議。後期の設計課題の確認。卒業設計合同講評会についての議論。今年度からは学生主導の開催にすることを確認。7時、再びブタペスト・コンペ打合せ。高間三郎、佐藤淳両氏にブタペストでの経験を持つゼネコン設計部の建築家が参加しコンペのドキュメンテーションについての議論。コンペ要項に要求通りにドキュメンテーションをまとめることはほぼ不可能であることが分かる。しかしやるだけやるしかない。それぞれの人にできることを依頼し、ハンガリーの留学生2人にドキュメンテーション作成に集中することを指示。残すところ3週間。いよいよお尻に火がついてきた。8時半終了。その後、コンサルタントの3人と正門前の居酒屋で夕食。ともかくコンペに付き合ってもらえることを感謝するしかない。コンペメンバーの学生たちはその意味を分かってくれるだろうか。10時過ぎ事務所に戻る。花巻と「小美野邸」第2案の打合せ。11時過ぎ帰宅し、風呂に入って『キーワード事典』を読みながら1時過ぎ就寝。
『住宅建築』7月号が届く。「箱の家100」以降の特集。環境研の「箱の家」温熱環境調査もコンパクトにまとめられている。内藤廣さんの巻末特集もあって充実した号である。「箱の家」はいよいよ次のステップへ向かう。


2007年06月17日(日)

久しぶりにゆっくりと眠る。8時起床。9時に事務所に出て雑用。10時に事務所を出て大学へ11時前着。11時からブタペスト・コンペ打合せ。サステイナブル・デザインの方針が固まり少しずつ細部の検討になってきたが、まだまだ未確定の部分が多い。明日のコンサルタントとの打合せで一気にすべてを決められるように準備を指示。1時終了。メンバー5人と一緒に根津に出て昼食。2時過ぎに事務所に戻る。「小美野邸」スケッチ。あれこれ試みるが難しい。生半可ではまとまりそうにない。4時、クライアント候補の川崎夫妻が来所。敷地は藤沢市の鵠沼。税理士事務所を持つ職住近接住居である。『新しい住まいの設計』に紹介された「059坂井邸」を見てきたそうだ。『箱の家にすみたい』と『箱の家:エコハウスをめざして』を贈呈し、仕事の進め方を一通り説明。早急に進める必要はなさそうなので、ゆっくり考えてもらうこととし、5時半終了。今週金曜日の「建築意匠講義」の準備。1回だけのレクチャーなのでサステイナブル・デザインについて話すことにする。
『「縮み」志向の日本人』(李御寧:著 講談社学術文庫 2007)を読み終わる。国や民族の文化的特性を論じた本は何となく苦手である。その前提にナショナリズムが見え隠れするのと、技術よりも思想(文化)に重きを置くことから出発するからである。技術と思想のどちらを独立変数として捉えるかによって、デザイン観はまったく違ってくる。マルクスは前者だしマックス・ウェーバーは後者である。本書は韓国人が書いたものなので、ナショナリズムは相対化されているように見えるが、韓国側から裏返しのナショナリズムとも見えなくはない。読んでいて丸山眞男の「歴史意識の古層」や磯崎新の「ジャパネスキゼーション」、さらにはアレグサンドル・コジェーヴが指摘した「日本的スノビズム」を思い出した。技術やデザインに関しては池辺陽の『デザインの鍵』(丸善 1979)に通じるところもある。文化的特性を名詞ではなく「縮み」という動詞で捉えた点は特異である。「西洋対東洋」といった紋切型オリエンタリズムではなく、中国、韓国、日本の文化的相違に注目し、盆栽や枯山水といった日本の人工的庭園は西欧の庭園の人工性に通じるところがあるといった指摘には感心した。極小化へ向かう定常的な傾向と、その反動で極大化へ向かう一時的な傾向は日本の歴史をうまく説明できるかもしれない。
次は『キーワード事典』(レイモンド・ウィリアムズ:著 椎名美智他:訳 平凡社 2002)を読んでみる。テリー・イーグルトンの文化論とエイドリアン・フォーティの建築語彙論の起源を確かめるためである。


2007年06月16日(土)

寝不足の身体を叩き起こし6時起床。7時に家を出て東京駅8時発の上越新幹線に乗車。佐々木構造計画の犬飼氏と龍光寺が同行。高崎で在来線に乗り換え磯部駅に9時半着。勅使河原鉄建の車で工場に10時前着。ゼネコンの現場所長も参加し10時からCIXM工場の鉄骨現寸検査。午前中はプロジェクターで製作図を見ながら打合せ。溶接の方法について議論が集中。細部の仕上がりに神経を尖らせる。昼食後、工場内を見学。現寸場でテープ合わせ。その後、再び打合せ。僕は二人を残して1時半過ぎに工場を発ち4時過ぎに事務所に戻る。5時、小美野さんが来所。花巻と「小美野邸」の第1回プレゼンテーション。いきなり「その後、風水師から吹抜は駄目ですという連絡が来ました」と言われて出鼻を挫かれる。やむなく第1案を叩き台に方針変更を検討。いくつかの追加条件を聞いた上で来週末までに第2案を作成することを約して6時半終了。夜、井上と佐々木構造計画から届いた「128濱本邸」第4案の構造システムを確認。何とか19日までに確認申請を提出せねばならない。
COCOLABO共同研究がスタートして2ヶ月が経過した。学生たちは楽しみながらも精一杯頑張っているが、最近のコスモスイニシアの対応には研究以外の意図が垣間見えて少々疑問を感じる。ここらあたりで引き締めないとズルズル行きそうな予感がする。学生たちの注意を喚起し研究室としてのスタンスを明確にしなければならない。


2007年06月15日(金)

8時に家を出て東京駅へ。9時、松川淳子さんと待ち合わせ、9時過ぎ発の京成急行バスで千葉の栗源(くりもと)へ10時半着。バス停で井口浩さんの車にピックアップしてもらい「くりもとミレニアムビレッジ」へ。日本建築士会連合会作品賞の現地審査。広大な畑の中に欅と柳の巨木に囲まれたガラス温室が6棟並び、その中に木造の小さな小屋が散在している。審査委員の櫻井潔さんはすでに車で到着している。写真と図面で見た印象とは大きく異なりざっくりとした建築。井口さん主宰のNPOが運営するエコビレッジだそうだ。一通り建物を見て回る。入れ子構造の内部は湿気と埃で雑然としている。メンテナンスがしきれていない感じ。室内の床は土のままであちこちに植物が植えられている。木造の小屋はほとんど素人仕事に近い。見学後サステイナブルな社会をめざしたNPOの活動について井口さんの話しを聴く。背景にある環境思想、NPO組織の機能、ガラスの温室やビオトープの庭といった技術、空間のデザインのうち何を審査するかが思案のし所である。作品賞だから最終的には空間デザインの審査がネックになるだろう。その点ではやや不満が残る。12時現場を発ち、櫻井さんの車で栗源のバス停へ。松川さんと簡単な昼食をとった後、1時過ぎのバスに乗車。2時半東京着。そのまま大学へ。コンペチームと簡単な打合せ。
6時前、鈴木博之教授とAdrian Forty教授が来研。6時過ぎから特別講義、予想に反して会場は超満員。いつもより学外からの聴講者が多い。鈴木教授によるForty教授の紹介の後、「Two kinds of Imperfection」と題して建築におけるImperfection(不完全性)についての講義。興味深いテーマだがimperfectionの定義が曖昧なので議論の焦点が定まらない。教授が挙げた「工業製品はperfectだが建築はimperfectである」という比較例から推測すれば、当初のデザイン通りに実現されないことをimperfectionというようだが、もうひとつのimperfectionは単にデザインの失敗という意味にすぎないように思える。だとすると議論はあまりに陳腐である。最初の定義はperfectなイデアとimperfectな現実というプラトン主義に帰着するからだ。僕ならばこのテーマを「建築の4層構造」の視点からテクノロジーの問題へ展開するし、さらに進化論的な視点(「偶然と必然」ジャック・モノー)からデザイン・プロセスやリノベーションといった「時間」の問題に展開するところである。質問が僕に振られたので、建築と工業製品を統合する試みである「MUJI+INFILL木の家」においてはimperfectionの問題は工業材料にagingやweatheringを持ち込むことであると述べたが、教授にはうまく伝わらなかったようだ。いくつか質問を受けて8時半終了。その後、講評室で懇親会。9時半、正門前の居酒屋に場所を移し会食。Forty教授に鈴木教授、東工大のデヴィッド・スチュアート、今村創平、同時通訳を担当したa+u編集部、山代さんらが加わり建築論で盛り上がる。11時前終了。


2007年06月14日(木)

昨夜は一晩中猫が泣き続けたので寝付かれなかった。眠いままに7時起床。8時に事務所に出るが頭がボーっとしている。8時半過ぎに事務所を出て八丁堀の省エネルギーセンターへ9時半着。S&Cコンペの打合せ。事務局に小泉雅生さんを加えて今年のコンペ要項の検討。今年からタイトルが「ロ・ハウス・コンペ」と変更されたという。食えないオヤジ・ギャグである。経済産業省のオヤジ役人が考えたらしい。居直り的だが課題を「ロハスな住宅」にすることに意見が一致。今年は最優秀賞と優秀賞の学生と一緒に西海岸に行くことになった。事務局に頼み込んで僕と小泉さんの二人の参加とする。準備が去年より1ヶ月遅れのスタートだが9月中旬の締切は延ばせない。大至急作業を進めねばならない。
12時大学行き。12時半から学科会議。とくに大きな問題はない。2時半からブタペスト・コンペ。動線、設備、ランドスケープ、将来計画の打合せ。ハンガリーから帰国したゼネコンの建築家の指導を受けることができることになった。来週月曜日までに問題点をまとめねばならない。4時半からSMA翻訳ゼミ。第4章は70年代のオイルショックとその後のエネルギー問題についての章。オイルショック後の産業構造の変化とバブル勃興の時期、続く社会主義国の崩壊とバブル崩壊の時期が一致しているのは歴史的偶然ではなかろう。この時期中国は社会主義市場経済に移行している。6時半からPHP選書『建築家案内』の打合せ。千葉、山代、フリックスタジオ、PHP新書編集部が参加。ここ1年作業が滞っていたが、これ以上出版を延期できない段階に来た。夏休みまでに原稿をまとめ秋に出版することを決定。しばらくの間は、こまめに原稿を書き続ける必要がある。終了後、千葉さんと簡単な打合せ。
9時半に事務所に戻る。「128濱本邸」打合せ。確認申請締切がギリギリの所まで来た。環境研の院生からメール連絡。「箱の家」への天井扇取付が始まったことの報告。11時前帰宅。『「縮み」志向の日本人』(李御寧:著 講談社学術文庫 2007)を読み始める。1980 年代末に一世を風靡した日本文化論である。


2007年06月13日(水)

9時半大学行き。ブタペストコンペの環境デザイン打合せ。新しい案の2段階方式による室内環境制御。換気と空調システム、自然エネルギー利用の方法などについて高間さんのアドバイスをもらう。これで基本的な方向性は固まった。跡は細かな条件を詰めていくだけである。11時過ぎに大学を出て千代田線、小田急線を乗り継ぎ、小田原手前の栢山駅へ1時半過ぎ着。歩いて15分で「127佐藤邸」の現場説明。すでに佐藤さん、栃内、工務店3社が着いている。付き合いのある工務店1社と、初めての工務店2社が参加。佐藤さんを紹介し見積用図面一式を渡す。再び栢山駅まで戻り、4時半に大学に戻る。会議用書類の整理。6時から建築学科小会議。界工作舎はスムースに進み基本方針を確認。懸案事項は残ったがともかく先に進んでいる。8時過ぎ終了。コンペメンバーと簡単な打合せをした後。9時半過ぎに事務所に戻る。
電車の中で『視覚論』(ハル・フォスター:編 榑沼範久:訳 平凡社 2007)を読み終わる。「視覚」と「視覚性」の差異が興味深い。編者のフォスターによれば、肉体のメカニズムによって形成されるのが視覚であり、社会的事実として形成されるのが視覚性である。しかし自然と文化の差異と同じように両者は複雑に絡み合っている。テリー・イーグルトンは視覚性に比重を置くポストモダンを批判したわけだが、生理現象としての視覚が19世紀初めの生物物理学によって発見されたという歴史性を帯びていることも確かである。視覚と視覚性、自然と文化という区別それ自体が近代の産物なのである。このような論理でポストモダニズムはすべてを社会的文化的現象の中に取り込む。本書はアンソロジーなので一貫した論理はないが、ポストモダニズム(あるいはモダニズム)の閉域に亀裂を持ち込むさまざまな試みが展開されている。


2007年06月12日(火)

9時過ぎに家を出てJR中央線武蔵境へ。徒歩約10分で「三鷹の家」へ、界工作舎OBの岩堀未来君の第1作。前面道路に開かれたトンネル状の住宅。身障者の住宅だが普通の住宅と変わりない雰囲気。室内は床、壁、天井ともアラウコ合板による大壁仕上なので筒状の空間が一層強化されている。「箱の家」のコンセプトを岩堀流に換骨奪胎している点に感心する。
10時半に現場を発ち11時半大学着。1時半からスタジオ課題エスキス。そろそろ皆お尻に火がついてきた。収斂に向かっている学生と拡散している学生の対比がはっきりしてきた。5時前一旦休止し14号館の都市工学科会議室へ。松村さんと一緒に都市工社会人コースのプログラムについて都市工の大方先生、大西先生、原田専攻長の話を聞く。5時半、再びエスキスに戻り6時終了。
6時半からCOCOLABO定例打合せ。第3ラウンドと夏のワークショップの検討。7時半から研究室定例打合せ。ローマ大ワークショップ参加者の確認。M3生の修論中間報告。M2と卒論生の論文テーマ報告。8時半終了。9時半に事務所に戻る。龍光寺がメールソフトを修復してくれたのでホッとする。井上と「128濱本邸」の第4案検討。11時前に帰宅。
藤森照信さんから英語版『現代の茶室』(講談社 2007)が届く。磯崎、安藤、藤森、原、隈といった建築家が設計した現代版茶室の紹介。藤森さんが巻頭論文を書いている。黒石いずみさんから『青森県の暮らしと建築の近代化寄与した人びと』(青森県史友の会 2007)が届く。明治以降の青森県の建築史の集大成である。


2007年06月11日(月)

寝過ごして8時起床。少々バテ気味かもしれない。9時に事務所に出てメールチェック。ますますソフトの調子が悪い。龍光寺がまとめたCIXM工場のディテール・チェック。まだ細部の詰めが足りない。大きな建築でも細部をカッチリ納めるのが界工作舎の流儀である。正午過ぎ事務所を出て1時半大学着。小1時間の小会議。それに基づいた書類づくり。3時ブタペスト・コンペ打合せ。昨日の打合せを無視したスタディを展開しているのを見て頭に血が上る。これでは幾らやっても収斂しない。直ちに打合せを中止。コンサルタントに連絡し本日の打合せも中止。書類作成続行。6時、再度打合せ。コンペメンバーが路線を元に戻すというので気を取り直して再びコンサルタントへ連絡。今週中に案が収斂しないようなら応募を放棄せざるを得ないだろう。8時に大学を出て9時に事務所に戻る。事務所の仕事も詰まっている。大幅に見積がオーバーしたクライアントから電話。不安になる気持ちは痛いほどよく分かるのだが、今年に入ってからの建設コストの上昇は予測を超えている。査定と設計変更で何とか対応せざるを得ない。また奥歯が痛み始める。
名古屋への往復電車の中で『文化とは何か』(テリー・イーグルトン:著 大橋洋一:訳 松柏社 2006)を読み終わる。『アフター・セオリー』の序説のような内容。「建築の4層構造」の第4層に関する論として読んだが、全体としては今一掴み所がない。文化の定義が不確定だからだ。しかしあちこちに宝石のような所見が散見される。イーグルトンがポストモダニズムの文化論的転回に対して批評的なスタンスをとっていることは間違いない。僕の視点からは第4層を他の3層に繋ぎ止める試みとも読める。イーグルトンの師であるレイモンド・ウィリアムスの『文化とは(晶文社)と『キーワード事典』(平凡社)を注文したので、それを読んでから頭を整理してみよう。それまでに『視覚論』(ハル・フォスター:編 榑沼範久:訳 平凡社 2007)に向かう。ハル・フォスターはケネス・フランプトンの「批判的地域主義」を納めた『反美学:ポストモダンの諸相』(勁草書房)の編者でもある。


2007年06月10日(日)

二日酔い気味の身体を叩き起こして8時半に事務所に出る。またメールソフトがうまく動かなくなった。購入して4年目のパソコンなので、そろそろ買い換え時だというメッセージだろうか。他のソフトはまったく問題ないので思案のし所である。やむなく古いパソコンで代用。こちらはそろそろ7年目だが問題なく動く。やたらと遅いのが問題だが。ここ2日間のいろいろな出来事について考える。いくつか頼まれた原稿のスケッチ。10時頃ブタペスト・コンペメンバーから電話。エスキスを早めにしたいという。正午過ぎ一行が到着。雨の中沢山のエスキス模型を持ってきた。気候制御と省庁機能とを統合するコンセプトを明確にするようアドバイス。そろそろ案を固めないと。締切まで残すところ丁度1ヶ月だ。明日の夜、高間さんとの打ち合わせなので、それまでに構造を明確にしておきたい。直ちに佐藤淳さんにメールを送る。Documentationをまとめてくれるハンガリーのconsulting architectも早急に探さねばならない。1時過ぎ井上が出社。「128濱本邸」の簡単な打合せ。4時半、濱本夫妻が来所。第3案について説明。おおよその方針は認めてもらう。模型と図面を渡し火曜日までに最終回答をもらうことになった。確認申請業務の制度変更までに何とか申請手続きを終えたい。その後自宅に戻り本を読みながらしばらく休息。夕方、栃内が出社。夜は原稿スケッチと読書。風呂に入り11時過ぎ早めに就寝。


2007年06月09日(土)

相変わらずホテルでは熟睡できない。7時起床。早めに朝食を済ませ部屋でメールチェックとスケッチ。ブタペストコンペのメンバーに今後の予定についてメール送信。10時前にホテルをチェックアウトし、後藤さんの車で「107桑山邸」へ。すでに工務店と花巻が来ている。10時半から機器説明と建物引渡。桑山夫人、息子さん、桑山秀康氏が参加。11時半にすべて終了。12時前、近くのきしめん屋で簡単な昼食。1時前に現場に戻る。オープンハウスは1時からだがすでに10人以上の見学者が待っている。僕は2階の居間で待機。3時過ぎ土砂降りの雷雨になったが訪問者は途絶えない。名古屋市内では初めての「箱の家」オープンハウスなので物珍しさも手伝ってか300人余が訪れる。しかしほとんど知らない人ばかり。飛騨高山から「111荒木邸」の荒木夫妻が赤ちゃんを連れてきたのにはビックリした。名古屋市立大の瀬口哲夫氏と建築家の杉山一三氏はしばらく滞在して歓談。界工作舎OGの藤武三紀子はたまたま名古屋に来たそうだ。名古屋の若い建築家にも会う。4時過ぎには工事中の「121小野邸」の小野夫妻と山根が到着。5時に終了。工務店と一緒に跡片付けと清掃を済ませ桑山一家に丁重に挨拶して5時半にお暇する。飯島俊比古、後藤孝、現場監督2人、バイト生、花巻、山根の8人で名古屋駅近くの居酒屋で打上げ。狭いアルコブにすし詰め状態で赤ワインを飲みながら盛り上がる。8時過ぎ終了。9時前の新幹線に乗る。皆がホームまで見送りにきてくれる。11時過ぎ事務所に戻る。メールチェックし12時過ぎ帰宅。


2007年06月08日(金)

8時に事務所。しばらく原稿スケッチ。9時に事務所を出て小田急線祖師ヶ谷大蔵へ。徒歩約15分で「126新井邸」敷地へ。すでに井上と工務店2社が来ている。早速図面を渡し現場説明。終わったところで新井一家が到着したので工務店を紹介。10時半前に現場を発ち工務店の車に同乗してあざみ野の「124佐藤邸」敷地へ11時前着。間もなく工務店3社が揃う。11時半前に佐藤一家も到着。工務店を紹介し終わったところで山根が到着。地面を渡し現場説明。12 時前終了。佐藤さんのご主人と一緒にあざみ野まで戻る。1時前事務所に戻る。
3時過ぎ事務所を出て品川で新幹線に乗り名古屋へ6時着。タクシーでカフェ・デュフィの「博久塾」会場へ。古い小屋組を見せた木造のカフェ。延藤安弘、高橋博久、佐々木敏彦三氏に挨拶。7時前からシンポジウム開始。会場は満員で足の踏み場もない。まず僕が「箱の家」の簡単な紹介。引き続き佐々木、高橋両氏が自分の仕事を紹介。8時からディスカッション。なぜかアレグザンダーに話題が集まる。ほとんど話しがかみ合わず、もどかしい時間が過ぎる。とはいえライフスタイルとデザインの関係について考えるべき宿題をもらう。「箱の家は強い建築である」という延藤さんのコメントが耳に残る。9時終了。その後会食会。赤ワインとイタ飯で歓談。次々と知らない人を紹介され、僕にとってはいささか座りの悪い会。疲れがピークに達したので11時にお暇し、ホテルの部屋でビールを飲みながらメールチェック。ハンガリーの留学生からハンガリーの建築家との協働が中止になったという知らせが届く。直ちに難波研のコンペチームに連絡。何らかの打開策を考えねばならない。明後日の夕方大学に行くことにする。


2007年06月07日(木)

午前中事務所。明日、現場説明を行う「箱の家」のチェック。少し早めに事務所を出て10時大学着。院生室でブタペストコンペ打合せ。ハンガリーの建築家のアドバイスを考慮しながら建物配置の変更について話し合う。12時半学科会議。細かな議題。2時教授会。人事案件が多く5時前までかかる。SMA翻訳ゼミはパス。5時過ぎから学科・専攻長会議。報告事項が多い。気分が悪くなる。身体が会議を嫌っているのが分かる。7時前終了。7時から建築学科小会議。ようやく前に動き始めたのでホッとする。8時半、講評室に行きCOCOLABOの打ち合わせに少し顔を出す。その後院生室に赴きブダペストコンペ打合せ。配置変更案の検討。今夜中にハンガリーへ送信の予定。10時前事務所に戻る。夕食抜きで身体が怠い。明日の博久塾の準備を終え、11時前帰宅。専攻長の大変さを一気に体験した一日だった。


2007年06月06日(水)

朝、ハンガリーの学生からメールが届く。ここ数日コンペを協働する予定のハンガリーの建築家との話し合いが続いている。徐々にコミュニケーションが成立してきたが、まだまだ協働というまでにはいかない。しかし的確なアドバイスもあるので僕たちも急ピッチでスタディを進めねばならない。
午後は「128濱本邸」と「小美野邸」のスケッチ。引き続き原稿スケッチと読書。山根がまとめた「124佐藤邸」の実施設計をチェック。いささかヘビー・デューティな仕様なのでコストが心配である。この住宅に限らず最近の「箱の家」は重装備になってきた。念入りな打合せを行いクライアントの要求を掘り起こせば加算的なデザインになるのは眼に見えている。何でも要求を聞けばいいというものではない。それで予算に届かなければ「小さな親切、大きなお世話」になってしまう。コスト・コントロールが建築家の責任であることを肝に銘じるべきである。そのためには優先順位を常に念頭において打合せにのぞまねばならない。初期の「箱の家」は必要最小限の削ぎ落としたデザインだった。だからローコストが実現できた。「箱の家」は当初のコンセプトに立ち戻り、本当に必要なものは何かをもう一度考え直さすべき段階に来ているのではないだろうか。
先頃東大を退職した長澤泰さんから『建築地理学:新しい建築計画の試み』(長澤泰他:著 東京大学出版会 2007)が届く。第1章冒頭の「個人住宅は建築主の生活習慣や嗜好応じて設計されるので、科学的合理性を追求する点において限界がある。」という文章を読んで思わずのけぞってしまった。ならば「箱の家」環境調査もCOCOLABOも客観的研究として成立しないというのか。こんな反動的な前提から出発して建築計画学が再生するとはとても思えない。長澤さんにはクリストファー・アレグザンダーの爪の垢でも煎じて飲んでほしいものだ。


2007年06月05日(火)

8時半事務所。すでに栃内が出社している。花巻がまとめた「小美野邸」のチェック。全面的に家相を守っていたのでは使える家にはとてもなりそうにない。家相に添ったやや不合理な案と、違反承知で改良した案の2案を考えてみる。9時半、栢山の佐藤さんが来所。「127佐藤邸」の打ち合わせ。工務店の紹介、床暖房システムとサッシの問題について説明し後は栃内に任せる。
11時半に事務所を出て大学へ。2時前からスタジオ課題エスキス。皆、難航している。先週送ったハッパ・メールに対して正面から答えた案がほとんど見られないので少々意気消沈する。学生たちは本当に都市問題を真剣に考える社会的想像力に欠けている。自分のやりたいことができる条件を探すだけで、問題を解決するのではなく問題を大きくしているだけである。これでは社会的に認められる建築ができるわけがない。差異ばかりを追い続けるポストモダニズムに浸り切っているとしか思えない。残り3週間、何とかせねばならない。久しぶりに酷い頭痛が始まる。5時過ぎ院生室で簡単なコンペの打合せ。5時半からCOCOLABO打合せ。7月のテーマ「子供の空間」をスタディし3案に絞り込む。6時半からブタペスト・コンペ。ようやくリアルなスケールが見えてきた。いくつか検討事項を指示して8時終了。その後、コンペメンバーと夕食。
9時に事務所に戻る。「124佐藤邸」見積要領チェック。「博久塾」のスライド準備。頭痛と歯痛が止まらないので10時半帰宅。床について本を読むが、なかなか寝付かれない。結局明け方まで微睡んでいた。


2007年06月04日(月)

7時起床。8時事務所。今日は設計課題の敷地調査のため山中湖行きの予定だったが仕事が詰まっているので残念ながらパスする。栃内がまとめた「127佐藤邸」の実施図面チェック。細部までかなり手を入れる。11時工務店が「125栗木邸」の見積を持参。予想以上に厳しい数字だ。今年に入ってから鉄、コンクリートを初めとして一連の建材が軒並み高騰しているという。昨年の名古屋のようだ。ともかく査定を試みるしかない。夏のメルボルン大レクチャーのレジメを作成しRadvic教授に送る。
3時過ぎに事務所を出て大学へ。4時半から研究室会議。9月のローマ大ワークショップについて説明。今回は人数が10人と少ないので難波研を中心に実施することを伝え参加者を募る。ブタペスト・コンペ打合せ。協力してもらうハンガリーの建築家との合意書について検討し問題を整理。その後院生室に行きskypでハンガリーの院生と直接打合せ。電波に0.5秒程度のズレがありぎこちない会話。条件について一通り説明し交渉してもらうことにする。難しい交渉になるかもしれないがここが正念場だ。
7時事務所に戻る。院生からブタペスト・コンペのコンセプト文が届いたので少し手を加えて返送。ある建設会社から連絡があり田園調布のクライアントを紹介したいという。不確定な面もあるが、ともかく『箱の家:エコハウスをめざして』を送る。10時半帰宅。『文化とは』を読んでいたらいつの間にか眠っていた。


2007年06月03日(日)

7時半起床。8時半イタリア行きの家族を見送り9時前に事務所に出る。井上がまとめた「128濱本邸」第3案をチェック。厳しい条件の中でさらにコンパクトで高性能な「箱の家」になりそうだ。11時井上が出社したので簡単な打合せ。午後は「126新井邸」の実施図面チェック。こちらも間口2.7m長さ12mの極限的なスキップ住宅。どちらも都市住宅プロトタイプとしての「箱の家」の新境地である。一通り仕事を終えると疲れがどっと吹き出したのでシャワーを浴びて目を覚ます。夕方、栃内が出社。ここ2ー3ヶ月、界工作舎は休みなく走り続けている感じである。ちょっと一息が必要かもしれない。ハンガリーの留学生からコンペに関するメールが届く。ハンガリーの建築家とのコラボレーションに関する相談。直ちに僕の考えを返信。ドキュメントに関してはハンガリーの建築家の全面的な協力が必要である。一人で夕食を食べた後、床の中で『文化とは』を読み続ける。12時頃、娘が帰宅。1時過ぎ就寝。


2007年06月02日(土)

8時事務所。「128濱本邸」第3案チェック。10時過ぎに事務所を出て品川で新幹線に乗り名古屋から地下鉄で大須観音へ徒歩で「107桑山邸」へ1時過着。事務所と施主検査。花巻と後藤さんは午前中から現場でチェックしている。4本の鉄骨柱に支えられた巨大な木造の「箱の家」が宙に浮いている。室内は影のない明るい空間。風の抜けがいい。外観に比べて内部はフラットで大人しい雰囲気。桑山さんと一緒に約1時間をかけて内外を検査。工務店社長と現場監督も同行。塗装工事の仕上が化粧パネルのようで感心する。3ミリのチリをとった回縁や入隅もカッチリしている。シールと金物の部分的な修正を指示した以外はとくに大きな問題はない。来週の引渡までには完全に終わりそうだ。桑山さんにジャスパー・モリソンのペンダントを贈呈することを約束。3時に「107桑山邸」を発ち、後藤さんの車で「121小野邸」の現場へ。外装工事が終わり内装と設備工事の最中。現場監督とLVLの塗装方法について話し合う。スカーフィングのために浮き出ている接着剤の黒いラインをいかに目立たなくするかが問題である。白色オスモカラーの拭き取りによってどの程度抑えられるかを試してみたい。それで無理なら逆転の発想で天井だけ黒色オスモカラーで染めるという手もあるかもしれない。それが成功すれば「箱の家」の新境地になるだろう。来週までに見本をつくるように現場監督に依頼。4時半に現場を発ち名古屋駅前のミッドランド・タワーへ。最上階の展望台に上ってみる。半外部の最上階に2層分の広大な展望スペースが確保されている。夜には霧によるライティングショーがあるという。5時半駅近くのスペイン料理屋へ。久しぶりに飯島俊比古さんと会食。後藤さん花巻を交えて赤ワインとスペイン料理で盛り上がる。最後はパエーリャで締めて8時半終了。9時前の新幹線に乗る。11時過ぎ事務所に戻る。3人がまだ仕事をしている。雑用を済ませ12時前帰宅。


2007年06月01日(金)

猫の鳴き声で5時過ぎに眼が醒める。7時起床。歯痛が止まらない。8時に事務所。井上がまとめた「128濱本邸」チェック。『住宅建築』校正。10時佐藤夫妻来所。「124佐藤邸」実施設計打合せ。見積を依頼する工務店と現場説明の日時を決定。輻射冷暖房システムの方針について説明。実施設計の打合せは山根に任せ11時過ぎ事務所を出る。
12時昼食を食べながら建築学科小会議。2時半、省エネセンター来所。今年のS&Cコンペの打ち合わせ。今年から「ロ・ハウス・コンペ」と命名するそうだ。審査委員は去年と同じ小泉雅生、貝島桃代他。締切は9月半ばだが、スタートが遅れたので急がねばならない。3時半に大学を出て4時過ぎに事務所に戻る。
花巻と「小美野邸」打合せ。小さな住宅に家相を盛り込むのは大変である。「箱の家」との摺り合わせに苦労する。井上と「128濱本邸」第3案の打合せ。あれこれスタディをくり返す。5時過ぎ眠気が襲う。疲れがピークになったのでギャラ間のアルヴァロ・シザ展オープニングはパス。夜もスケッチ続行。原稿校正。10時過ぎ帰宅。
『アフター・セオリー:ポストモダニズムを超えて』(テリー・イーグルトン:著 小林章夫:訳 筑摩書房 2005)を読み終わる。最後あたりになってイーグルトンの考えがようやく理解できた。彼の主張には二つのポイントがある。ひとつはポストモダニズムの基本的な主張「大きな物語の終焉」に対して正面から反論を挑み、新しい「大きな物語」を提唱すること。第5章「真理、美徳、そして客観性」と第6章「道徳性」でその問題を扱っている。もうひとつは体系的な思想を嫌うアフター・セオリー(理論以降)の時代潮流に対して、まっとうなセオリーの重要性を主張すること。第7章「革命、基礎、原理主義者」と第8章「死、悪、そして非実在」はこの問題に関する議論である。最近の建築思潮に関して僕も同じようなアフター・セオリー的な時代性を感じているので共感することが多い。前半のモダニズム以降の思想潮流の概観も大いに参考になる。引き続き『文化とは何か』(テリー・イーグルトン:著 大橋洋一:訳 松柏社 2006)へ向かう。エドワード・サイードに捧げられた文化理論である。


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