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箱の家 PROJECT 青本往来記
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コンパクト箱の家

2009年06月30日(火)

10時、ムジネット来所。「木の家-1」のコストダウン案の詳細を整理。最近は「木の家」の売れ行きがいいので、早急にヴァージョンアップ版を実施に移す予定だと言う。次は「木の家-2」の詳細検討に入る。午後大学行。1時半からスタジオ課題最終講評。今年から隈研吾、藤本壮介、大田浩史といった新任教員が参加。投票で選ばれた35作品を4時間かけてぶっ続けで講評。難波+石川スタジオからは4チームが選出されたが、他のチームに比べると断然レベルが高い。このレベルなら難波+石川スタジオの11作品全部が選ばれても、問題なく他のスタジオと同等に対抗できるはずだ。何よりも情報量とかけたエネルギーの違いが歴然としている。勿論、コンセプトとアイデアが重要であることは言うまでもないが、他のスタジオはそれを建築化するためにかけた時間と情報量が少なすぎる。明らかにエスキス密度の違いである。初めてスタジオ課題に参加した都市工の石川幹子教授は、終了後の懇親会で、この落差に愕然としたと漏らしていた。建築学専攻のスタジオ教員は猛省すべきだろう。6時から懇親会。参加教員が少なく今一盛り上がりに欠ける。7時前、石川教授、山代さんと大連スタジオ展について打ち合せ。スタジオから2チームを招待することを決定。本来ならば全員を呼びたいところだが、限られた予算内ではやむを得ない。スタジオメンバー全員に直ちに結果をメール送信。7時過ぎからココラボミーティング。第2ラウンドの住戸デザインの方針を確定。9時前に事務所に戻る。『建築をめざして』の後半に目を通す。アクロポリスから量産住宅へ。アクロポリスの造型の厳格さを機械の精密さに結びつけ、標準化の重要性から量産住宅へと話しを進める荒唐無稽ともいえる論理。すでに「イムーブル・ヴィラ」のアイデアが展開されている。10時半帰宅。『致命的な思いあがり』は第7章「われわれの毒された言語」に差し掛かる。自生的な秩序をあたかも主体的な設計者が存在するかのように思わせる言語(ハイエクは「アニミズム言語」と呼ぶ)に関する議論である。


2009年06月29日(月)

8時出社。「136徳田邸」プレゼンテーション図面と模型のチェック。スタジオ課題の大連行について石川教授、山代助教とメールでやり取り。何とか2チームまでは大連に連れて行けそうだ。ル・コルビュジエの『建築をめざして』に眼を通す。改めて「何と単純明快な主張だろう」と思う。しかし純粋な秩序指向と中途半端な機械礼賛には首を傾げざるを得ない。彼は技術の「標準化」を主張する。T型フォードの爆発的な成功を見たせいかもしれない。しかし技術は絶えず変化する。とりわけ20世紀初頭の技術の進展は急速だった。その中での標準化には無理があったことはレイナー・バンハムが『第一機械時代の理論とデザイン』で詳述している。とはいえパルテノンと自動車を美的同型性において通底させた創造的論理には舌を巻く。1920年代に爆発した超新星という感じである。午後1時、花巻、栃内と「136徳田邸」の打ち合わせ。引き続き栃内と「木の家-2」の打ち合せ。3時前大学行。4年生とスタジオ課題エスキス。3時過ぎからココラボ・ミーティング。次のステップでは典型的な主婦の2タイプに相応しい行為ネットワークと住戸プランを展開することとする。5時前に事務所に戻る。5時過ぎ徳田一家が来所。2つの案をプレゼンテーションしたが、父君が別の案を提案して来たので少々出鼻を挫かれる。これを第3案として検討することを約して6時前終了。夜は池辺陽に関するインタビューの原稿校正。引き続き「技術の世紀末」のスケッチ。まだ焦点がはっきりしない。ハイエクの『致命的な思いあがり』は第6章「交易と貨幣の神秘的な世界」に差し掛かる。「商業的なもの」に対する人間の軽蔑心に関する検証が展開されている。


2009年06月28日(日)

7時起床。快晴である。7時半朝食。8時過ぎ柳井駅発の急行に乗車。ホームから弟へお礼の電話。10時半広島着。新幹線のぞみに乗り換え2時半品川着。東京は雨。3時に自宅に戻る。メールチェックと「136徳田邸」の設計要旨チェック。妻と渋谷に出て夕食。夜も読書と原稿スケッチ。10時帰宅。ハイエクを読みながら早めに就寝。

往復の新幹線のなかで『致命的な思いあがり』を半分まで読み進む。自生的秩序(市場にもとづく資本主義経済はその一種である)に関する壮大で緻密な検証である。ハイエクは伝統や習慣を否定し、科学に指針を求めようとするモダニズムを徹底的に批判する。かといって、あらゆる根拠を相対化しようとするポストモダニズムを認める訳ではない。伝統や習慣と同じく、科学も根拠を持たないことを確認した上で(ここまではポストモダニズムと同じだが)伝統や習慣という抽象的なルールから、秩序が自生的に生み出されることを進化論的な自然史にまで遡って検証している。ジャック・モノー(『偶然と必然』)、アルバート・アインシュタイン、バートランド・ラッセル、J・M・ケインズなど錚々たる科学者たちが批判の俎上に載せられる。彼らに共通しているのは理性至上主義である。科学にとって伝統や習慣は、理性によって乗り越えられるべき障害に過ぎない。しかしながらハイエクによれば、科学的理性こそ伝統と習慣によって生み出された自生的秩序なのである。ハイエクの思想はそのまま建築設計における工学主義批判へと展開できるだろう。個人の計画的な利益追求と市場の予測不可能性という組み合わせは、そのまま建築デザインの可能性と都市計画の不確定性という組み合わせに重ね合わせることができる。では予測可能性と予測不可能性の境目は、一体どのあたり存在するだろうか。これが最大の問題点だが、おそらく境目は不連続ではなく緩やかにつながっているのだろう。単体の建築デザインにおいてでさえ、すべてを予測し制御することは不可能である。それにしてもハイエクの主張は、僕にとって足元をすくわれるような内容なので、なかなか素直に飲み込むことができない。


2009年06月27日(土)

6時起床。7時出社。雑用を済ませて7時半に家族と一緒に家を出る。8時過ぎ品川発ののぞみに乗車。12時過ぎ広島でこだまに乗り換え、12時45分に徳山駅着。JR三陽本線に乗り換えて午後1時半柳井着。甥の車で亡くなった弟の友人が住職をしている寺へ行く。山裾にある小さな寺である。弟は生前、両親が檀家をしていた寺から同じ浄土宗のこちらの寺へ奥さんの位牌を移していたらしい。2時から35日法要開始。読経しながらさまざまなことを想い出す。約1時間で終了。その後しばらく住職の話を聞く。住職は下の弟と小学校から高校まで同級生だった。大学生の時に東京の僕の家に遊びに来たことがある。今は母校の中学校の校長をしているそうだ。一旦実家に戻り、しばらく休んだ後、上の弟一家と一緒に両親の墓参り。快晴だが蒸し暑い。4時半にホテルへチェックイン。シャワーを浴びてしばらく休憩。6時、上の弟夫妻と駅近くの割烹へ。蛸と貝を中心にした夕食。冷酒を飲みながら歓談。8時過ぎ二次会へ。9時に僕だけ抜けてホテルに戻る。ようやくインターネットがつながったので、いくつかの連絡、11時、家族が戻ってくる。夜半過ぎ就寝。


2009年06月26日(金)

7時半起床。二日酔いでやや頭が痛い。8時半過ぎに事務所を出て東京駅八重洲口へ。9時22分発、鹿島神宮前行の長距離バスに乗車。湾岸沿いに東走し房総半島を横断。完全にフラットな世界。巨大な利根川を渡り、11時前に鹿島セントラルホテル前着。クライアント候補の伊東さんの車にピックアップしてもらい東へ約30分走り、神栖市土合の敷地へ。開発が進む新興住宅地内の北西隅にある70坪弱の敷地。土壌は砂地のようだ。周囲は新しい建売住宅で一杯である。敷地境界とインフラを確認し20分で終了。その足で伊東さんが住んでいる社宅アパートへ。奥さんを交えて約1時間話す。新しい住まいに関する希望をまとめて送ってもらうことを約し、1時前にお暇する。セントラルホテル前まで送ってもらい、高速バスで3時過ぎ東京駅着。4時前に事務所に戻る。しばらく雑用。5時過ぎに事務所を出て大学へ。スタジオ課題の採点集計結果が届く。難波・石井スタジオからは最終講評に4チームが選ばれた。6チームは確実だと思っていたのに残念である。6時からココラボ定例会議。先々週スタートしたHPへのアンケート結果の整理。去年よりも書き込みが多いようだ。8月のワークショップについてそろそろ考え始めねばならない。今後の研究計画について報告とディスカッション。7時過ぎ終了。8時過ぎに事務所に戻る。岩元と「040山嬰 弉築工事打ち合せ。東大出版会から鈴木博之退職記念出版『近代建築講義』の原稿締切の最後通告が届く。今月末が目標だが、ちょっと難しいかもしれない。10時半に帰宅。夜半過ぎ就寝。

往復の高速バスのなかで『ハイエク、ハイエクを語る』(スティーヴン・クレスゲ+ライフ・ウェナー:編 嶋津格:訳 名古屋大学出版会 2000)を読み終わる。第1次大戦後のウィーンで注目を集めたマルクス主義とフロイト精神分析学に対する懐疑。カール・ポパーやウィトゲンシュタインとの出会い(ウィトゲンシュタインはハイエクの従兄弟である)。ケインズの『一般理論』との闘い。認知心理学やゲシュタルト心理学への興味。自生的な秩序と進化論との共通性。ミルトン・フリ−ドマンのマネタリズムへの疑問。シュンペーターのパラドキシカルな主張に対する共感と戸惑い。『隷従への道』の成功と挫折など、ハイエクの広大な思想世界を駆け足で走り抜ける。引き続き『致命的な思いあがり』(ハイエク全集2-1 渡辺幹夫:訳 春秋社 2009)を読み始める。


2009年06月25日(木)

9時、青山歯科医院行。歯の調整の後、そのまま大学へ。12時半から学科会議に久しぶりに出席。建築教育国際会議の周知とココラボワークショップの発議と承認。午後3時からココラボミーティング。スタジオ課題明けのため作業は進んでいないので、次回の基本方針だけについて話し合う。4時過ぎから卒論生の住宅エスキス。こちらも作業が進んでいないので設計条件の把握の仕方についてショートレクチャー。6時から卒業設計合同講評会のWG。引き継ぎのため千葉さんに立ち会ってもらう。本学院生2人と東工大、芸大の院生3人が出席。来年も3大学で開催するが中味を大幅に組み替えることを確認。今年度に着任した新任教員が多いので、審査委員は3大学の設計担当教員で構成することとする。7時半からスタジオ課題の打上げ。赤門近くのイタ飯屋で赤ワインを飲みながら盛り上がる。いろいろ問題はあったが、建築と都市工のジョイントワークショップの試みは、ほぼうまく行ったと思う。まだ完全に終わった訳ではない。7月12日には大連でワークショップの展示会を開催する予定。11時に店を出て12時帰宅。少々飲み過ぎてしまった。


2009年06月24日(水)

暑さで目が醒めると外は大雨。8時半に歯科医院から連絡があり今日の診察は明日に延期となる。10時大塚商会が来所。5年間のリース契約の終了寸前で、新しいファックスコピー機のリース契約。新しいクライアント候補からメールが届く。今日の午後に来所したいというので急遽予定変更。午後1時クライアント候補が来所。「MUJI+INFILL木の家」を見て来たという。敷地は購入済なので敷地図と重要事項説明書のコピーを貰う。午後2時過ぎに事務所を出て、千川の「132石野邸」現場へ。内部の木工事が進んでいる。現場監督と先に現場に来ている花巻とでいくつか細かな納まりについて検討。4時過ぎに事務所に戻る。夕方までインターネットでグッドデザイン賞の1次審査。ひとつひとつ説明を読み込むのは結構大変な作業である。50作品を審査したところで一旦休止。今のところ昨年と大差ない感じである。夜は読書と原稿スケッチ。10時半帰宅。

『住宅建築』7月号の特集「坂倉順三 住宅設計の系譜」を読む。磯崎新の「坂倉順三の居場所2」は、1950年代の住宅論の主流であった住宅公団の標準化(nLDK)や池辺や清家の「小住宅論」を住宅における「55年体制」と位置づけ、そこから外れた坂倉順三の一連の大邸宅の再評価を、政治における55年体制の終焉と結びつけながら、住宅における「建築」という視点の復活を示唆している。坂倉の再評価を「住宅は建築ではない」というアドルフ・ロース以来の古典的建築論に結びつけようとする磯崎さんらしい主張である。しかし坂倉の一連の住宅は大正モダニズム期の新興ブルジョアジー住宅の延長線上にあることを考えると、磯崎さんの主張はやや牽強付会なアナクロニズムに思える。すべての人工物をアーキテクチャとして捉えるようになった現代においては、僕たちに必要なのは、むしろコンテクストを拡大して、nLDK公団住宅も小住宅もすべて「建築」としてとらえる視点ではないかと思う。

『ハイエク、ハイエクを語る』を読み続ける。ハイエクはシュムペーターの推薦書を持ってアメリカに行く。ハイエクはケインズとも親交があり、ケインズとシュンペーターを比較しながら、前者は政治家であり後者は偉大な経済学者だと言っている。さらにハイエクの『隷属への道』の1994年版の序文をミルトン・フリードマンが書いている。こうした一連のエピソードからシュンペーター--ハイエク--フリードマンというつながりが見えてくる。


2009年06月23日(火)

午前中は事務所。昼前に事務所を出て、表参道のソフトバンク・ショップに立ち寄る。iPhone3GSを予約しようと思ったが、1時間待ちといわれ、諦めて大学へ。2時からスタジオ課題のポスターセッション。2時半過ぎに行ったが、多目的演習室はごった返しているので出直す。3時半、留学生を博士課程進学希望先の隈研吾さんに紹介。4時から別の留学生の修論エスキス。5時から研究室定例会議。スタジオ課題のメンバーはここ数日の疲れで完全に居眠り状態。6時からカンポ・パエザの特別講義。定刻から20分遅れのスタートはスペイン式だろうか。千葉さんが担当なので、僕は本を読みながら気楽に待つ。おそらくパエザにとっては食傷気味の「光」に関する質問から千葉さんが始めたために、最初から対話がすれ違い、学生との質問のやり取りもいささかお為ごかし気味。パエザの衒学趣味が垣間見える。学生がスケッチのスライドを要求したところで僕は途中退席。多目的演習室でスタジオ課題の作品を見て回る。3ヶ月間もかけたにしては、どのスタジオもプレゼンテーションが今一だが、詳細に見ていくと考え込んだ跡が見られる。早稲田大との共同課題と同じ感想なのは、未だに足踏み状態ということか。贔屓目かもしれないが、とくに難波スタジオの作品の情報量が多く模型も精緻な感じがする。木曜日までじっくり読み込んでみよう。9時半に事務所に戻る。10時半帰宅。『ハイエク、ハイエクを語る』(スティーヴン・クレスゲ+ライフ・ウェナー:編 嶋津格:訳 名古屋大学出版会 2000)を読みながら夜半過ぎ就寝。

午前中に『選択の自由』(M&R・フリードマン:著 西山千明:訳 講談社文庫 1983)の下巻を読み終わる。第9章「インフレに対する治療」で紹介されている1970年代の日本の景気分析が興味深い。一般的には1973年のオイルショックが原因で急激な物価上昇つまりインフレーションが生じたと言われており、僕もそう考えていた。しかしフリードマンは政府の金融政策(マネーサプライ)とインフレ率の変化を対照させながら、70年代初期のマネーサプライの増大が73年から74年にかけての急激なインフレ率上昇をもたらし、73年のマネーサプライ抑制が75年以降のインフレ率の低下をもたらしたことを具体的に検証している。インフレーションの原因はマネーサプライの増大が最大の原因であり、インフレ抑制には政府によるマネーサプライの抑制が不可欠であるというマネタリズムの理論を例証する典型事例である。フリードマンは同じ視点からニューディール政策の失敗を明らかにしている。1970年代のマネタリズムの勃興によってケインズの「有効需要」と不況対策の経済理論は完全に息の根を止められた。本書は1979年に出版されたが、当時は英国のサッチャー政権が誕生したばかりであり、続いて米国にレーガン政権が、日本に中曽根政権が誕生する。三者ともフリードマンの経済思想にしたがって小さな政府と民営化政策を採り、それなりの成果を挙げた。最終の第10章「流れは変わり始めた」ではフリードマンは「政府による過剰支配=官僚主義の蔓延」を抑制する根本的な対策として米国憲法の改正を提案している。個人の自由と経済的自由は不可分であり「選択の自由」が公的権力によってもたらされることはあり得ないというのがフリードマンの結論である。30年後の2008年に勃興した世界的な金融不況は市場へのマネタリズムの浸透がもたらしたのかどうか。昨今の政府による莫大な金融政策はケインズ主義の復活を意味するのかどうか。公共性と経済的効率性とは相容れないのかどうか。沢山の疑問が湧き上がってくる。

午後から夜にかけて『シュンペーター』(根井雅広:著 講談社学術文庫 2006)を一気に読み通す。イノベーション(新結合)とは単なる技術的な新機軸ではなく、原材料の新しい供給源獲得、新しい販路の開拓、新しい組織の形成といった経済的・社会的条件を含む総合的なシステム転換であること学ぶ。シュンペーターの経済理論はケインズ理論に比べるとずっとダイナミックでクリエイティブである。シュンペーターもニューディール政策に批判的だったらしい。シュンペーターの次の警句は僕の胸にグサリと突き刺さる。「二種類の人間を私は信用しない。すなわち、安く建築すると公言する建築家と、簡単な答えを与えると公言する経済学者を」。直接の言及は見当たらないが、以下のような警句からするとシュンペーターとフリードマンはどこかでつながっているにちがいない。「官僚制とは、規制の生産のためのエンジンである」「人間の平等とは、すべての信条のなかでも最も愚かなものである」「計画とは無計画と無駄を意味する」。


2009年06月22日(月)

10時過ぎ、茨城から伊東一家が来所。新居建設の相談。伊東さんは鹿島工業団地に務めるエンジニアである。今月中に土地購入を決定する必要があるそうだ。急いで敷地調査に行く必要があるので今週末に伺うことを決定。午後ミッドタウンのデザイン振興会へ。2時からグッドデザイン賞審査員総会。住宅部門には西沢立衛さんが新たに審査委員に加わる。総応募数は昨年より6%減だそうだ。もっと少なくなると予想していたので審査員一同ひと安心。住居部門は意外にも去年とほぼ同数である。西沢さんに賞の主旨と審査方針を伝え3時終了。4時前大学着。5時過ぎ池辺陽の孫、池辺まなさんが来所。現在イェール大学建築芸術学部の2年生で、東大との学生交流を推進するために来研した。建築学科3年生との会合を企画したらしい。6時過ぎ11号館講堂へ。GCOEの集中英語講義。聴講者は60人程度。パソコンの不調で10分遅れのスタート。「Sustainable Design in Architecture」と題して「建築の4層構造」の説明とケーススタディとして「箱の家」シリーズを紹介。簡単な試験を課して7時半終了。スライド画面を見ながらの講義は学生の顔を見ることができないのでモノローグ的になる。本来、講義は対話式であるべきだが、スライドの出現によって講義は一方的になった。そのため学生とのやり取りがなくなり、結果、終わると徒労感だけが残る。学生たちもそんな講義に慣れてしまったようだ。8時、製図室を見回る。スタジオ課題の追い込みをしている学生はそれほど多くない。難波スタジオの学生を激励。石山修武さんから共同課題についてのコメントが届く。僕と大野さんお案を合体させたような課題を提案された。規模が大きいのが気になるが、基本方針はいいと思う。9時半に事務所に戻る。進行中の仕事の打ち合せを済ませ10時半過ぎ帰宅。『選択の自由』は最終章に差し掛かる。


2009年06月21日(日)

午前中、事務所。小雨が降り続いている。久保さんからのメールに対して「134久保邸」の第3案を返信する。水崎さんから「135水崎邸」第1案に関するコメントメールが届く。収納量とキッチンのスタイルについて再検討。正午過ぎに事務所を出て国立の「大原+東端夫妻邸」オープンハウスへ1時半着。僕が最初の訪問者だった。半地下1階、地上2階の超コンパクトな住宅。非対称形の傾斜屋根に集熱板を載せた簡易ソーラーハウス。内外ともモノリシックな仕上げにまとめている。僕の眼にはややフォトジェニック過ぎるかなという感じ。1階全体を使った浴室空間が気持ち良さそうだ。2時過ぎに現場を発ち3時半に事務所に戻る。明日のGCOEレクチャーの準備。建築教育国際会議のテーマスケッチ。読書と原稿スケッチ。DVDを観始めたがテーマが少々重いので30分だけで一旦休止。夜は再び明日のレクチャーのシナリオに手を入れる。クライアント候補からメールが届いたので、事務所に来てもらいたい旨の返信を送る。10時半帰宅。『選択の自由』は第9章「インフレに対する治療」まで読み進む。残すところ1章である。フリードマンの主張にまったくブレがないことに感服する。


2009年06月20日(土)

午前中事務所。「134久保邸」「136徳田邸」の図面チェック。徐々に収斂へ向かっている。昼過ぎに事務所を出て京葉線の新習志野駅へ。改札口で山韻気鶸筝気搬圓噌腓錣察山韻気鵑亮屬如040山嬰 廚悄数年前に奥様が亡くなり男手一つで息子さんを育てて来られたが、再婚することになったので大幅な改築をすることになった。集成材造シリーズ初期の完全な一室空間を間仕切り、部分的に増築し、機器類を取り替えるという大掛かりな計画。山韻気鵑髪さんの希望をひとつひとつ確認し3時終了。来週末までに案をまとめることとする。4時半に事務所に戻る。「114表邸」の表一家が来所。2階屋外室の遮熱テントとテラス増築の相談。「114表邸」は東向きなので夏の朝日をまともに受ける。日射を遮りながら開放感を保つために屋外テラスのダブルスキンを提案。照明器具も蛍光灯の取り替えることとする。新旧に関係なく最近になって増改築の相談が来始めたのは偶然にせよ不思議な巡り合わせである。何となく「箱の家」イノベーションに向けての予感がする。5時半、事務所内掃除。6時半解散。夜は栃内がまとめた「木の家」コストダウンバージョンと「136徳田邸」のチェック。10時半帰宅。『選択の自由』を読み続けながら夜半就寝。


2009年06月19日(金)

午前中事務所。3年合同課題の内容について大野秀敏さんとメールのやり取り。結局、僕と大野さんの2つの課題案について早稲田大の意見を聴いてみることにする。早速、石山さんにメール送信。午後大学行。1時に院生と待ち合わせていたが50分遅れて来研。当然、相談はこちらからキャンセル。いくら重大な相談であろうが約束の時間が守れないのでは何をか言わんやである。2時UCLAの阿部仁史さんが来研。鵜飼さんの案内で建築教育国際会議の会場下見。その間、建築資料研究社との会談。会議の取材をするそうなので主旨を説明。3時半から阿部さんと会議の内容について相談。伊東豊雄さんのオープニング講演は製図室で、懇親会は3階の多目的演習質で開催することを確認。鵜飼さんと山崎さんの事前準備はほぼ万全である。4時から会議のWG。隈研吾、ジョージ国広、塚本由晴、小野田泰明、早稲田と東工大の助教が参加。招待者のリストを再確認しさらに数名を追加。阿部さんにパネラーの陣容について簡単な説明を受けた後、3つのシンポジウムのテーマを確認し意見交換。僕は最初のシンポジウムの司会なので責任重大である。5時半終了。6時からココラボ定例会議。コスモスイニシアからはアップしたばかりのHPのデザインと先々週末に実施しグループインタビューの結果報告。難波研からは次回の発表のための1/20模型とHPデザインを報告し意見交換。7時半終了。8時前ココラボの労いとスタジオ課題追い込みへの応援として、ココラボとスタジオ課題のメンバーを連れて正門近くの中華料理屋で夕食。紹興酒を飲みながら皆にハッパをかける。9時半に事務所に戻る。「134久保邸」と「136徳田邸」の図面検討。10時半帰宅。

『選択の自由』は下巻第6章「学校教育制度の退廃」から第7章「消費者を守るものは誰か」に進む。フリードマンは米国においては戦後の学校教育制度への政府の介入によって教育に対する親の意見が排除され結果的に教育の質が落ちてきたことを歴史的に検証し、その上で学校教育への親の介入を復活させる代替案として「授業料クーポン制度」を提案する。要するに教育の現場にも自由競争を導入しようとする提案である。当然、公的な立場から反対意見が出てくる。その論理的根拠は教育の「公平性」だが、フリードマンは公的な教育制度が現実には自らの根拠を打ち崩していることを明らかにする。きわめて説得力のある議論だが、日本でどこまで通用するか興味のあるところである。フリードマンの議論の特徴はすべての社会的事象を自由競争の視点から見直そうとする点にある。その最終的な目的は社会的事象の効率的運営と質の向上である。読み進むうちに「公」とは一体何かという疑問が沸々と湧き上がってくる。


2009年06月18日(木)

10時、難波研の留学生十数人が来所。自邸と事務所(箱の家112)の見学会。事務所で概略を説明し、2階の自宅を案内。留学生に指摘されて気がついたのだが、まだ木の匂いがかすかに残っているらしい。午後大学行。1時半から3年生の設計製図課題の中間講評。本郷キャンパスの北端、言問い通り沿いの細長い敷地に建つワークショップと展示場。ほとんどの学生が既存建物、樹木、キャンパスの塀といった敷地コンテクストを読み切れていないし、プログラムに関する研究も欠落している。そのまま進めても良いような案は片手程度しかなかった。5時から設計製図会議。7月一杯で辞める鵜飼さんの後任問題。候補者に対して早急に打診するように依頼。卒業設計要項と公開講評の内容とスケジュール。合同講評会については何も決まっていない。後期の早稲田大との合同課題に関する話し合い。大野秀敏さんから課題案が届くが今一ピンと来ない。僕の見るところ設計製図プログラムの今後の進め方については、誰も自分から積極的に問題を担おうとしていないようだ。定年間近の僕の知ったことではないが、あまりの低調さに少々心配になってくる。6時からココラボ・ミーティング。住戸プラニングのエスキス。スタジオ課題の締切と重なっているので、難波研メンバーに模型製作の手伝いを呼びかける。8時半に事務所に戻る。後期合同課題についてあれこれ考える。最も現代的なテーマはやはり集合住宅と商業建築の複合だろう。青山付近で適当な敷地を探してみることにする。


2009年06月17日(水)

9時半、青山歯科医院行。奥歯の入れ歯調整。最初はブリッジ式を試みる。一日付けてみたが食べるときやや違和感があるだけで、それ以外はとくに問題はない。1週間後再調整の予定。午後大学行。1時半からココラボ環境共生住宅のHPのための対談。コスモスイニシアの南光浩氏と昨年の戸建住宅プロジェクトの意義について話し合う。ココラボ08で設計した環境共生住宅のプロトタイプは住宅市況の需要飽和を突破するためのイノベーションであり「創造的破壊」の試みである旨を話す。シュンペーターを学んだ成果である。3時半から難波研卒論生の自宅設計のエスキス。まだまだ何も見えていないが、時間的余裕はありそうなので少しずつ積み上げて行くしかない。6時に事務所に戻る。8時から所内打ち合せ、「136徳田邸」エスキス。結局2案を並行して進めることにする。プレゼンテーションは来週末か再来週初めとする。「134久保邸」の第2案検討。「木の家」コストダウン案のまとめ。10 時半帰宅。

『選択の自由』は上巻を読み終わり、下巻に差し掛かる。第4章「ゆりかごから墓場まで」では福祉国家に関する徹底的な検討を行い、第5章「何のための平等か」では平等概念の歴史的な変容を詳細に辿っている。どちらも政府が関与し官僚化が進むと本来の精神が見失われ、国民の負担が増え続け、最終的には当初の目的とは逆の効果がもたらされることを明らかにしている。下巻の第6章「学校教育制度の退廃」では政府が教育に介入する第2次大戦後の公立教育制度の制定によって、同じような弊害が生じたことが検証されている。フリードマン的新自由主義の面目躍如たる歴史的検証である。ここまでやられると反論は不可能に思えるが、歴史の偶然はそれをいとも簡単に忘れさせるようだ。


2009年06月16日(火)

午前中事務所。原稿スケッチ。午後大学行。1時半からスタジオ課題エスキス。残すところ1週間だが、まだ皆足踏み状態である。この段階であまり突っ込んだことは言いたくないのだが、思わず手厳しい言葉を発してしまう。うまく進んでいないチームは、建築と都市工の学生のコミュニケーションがうまく行っていないことが原因のようだ。ともかく残りの短い時間を精一杯頑張ってもらいたい。4時半から研究室定例会議。2つの国際コンペ経過報告。ドイツ留学生によるGenossenshaft(Cooperative)概念に関するショート・レクチャーとドイツにおけるその適用例の紹介。先週、テンニースのGemeinshaft(Community)とGesellshaft(Society)について議論したのを受けて調べてくれたらしい。中味の濃いレクチャーに感謝。6時過ぎに大学を出て新大久保駅前の近江屋へ。鈴木博之、石山修武氏と久しぶりの会合。石山さんからチリとの交流イベントがいよいよ動き始めるので、その協力を依頼される。後期共同課題についても相談。結論は出なかったが「原理的な課題」にすることで合意。とはいえ「原理的とは何か」を考えるとなかなか難しい。大雨の中、タクシーで西池袋のワインバーに行き二次会。11時解散。石山さんを西新宿まで送り11時半過ぎ帰宅。


2009年06月15日(月)

6時前起床。6時半にタイに行く妻を見送る。ゆっくりと朝食を摂った後8時前出社。昨日まとめた建築教育国際会議(IAES)のstatementを推敲し、UCLAの事務局を担当しているALIさんに送信。午前中は原稿スケッチ。午後1時に事務所を出て田町の建築会館へ。2時から日本建築士会連合会作品賞の最終審査。僕としては今年はとくに推したい作品が見当たらないので、ひたすら他の審査委員の意見を聞く。最後に気になる一作品だけを強く推し奨励作にエントリーする。4時半終了。鈴木博之さんと一緒に地下鉄の春日駅まで同行し5時過大学行。6時からココラボ・ミーティング。第1回目のHPデザインのチェック。ウィットとユーモアが足りないので自作の漫画を入れるようにアドバイス。7時半事務所に戻る。久しぶりにスタッフと夕食。夜は雑用。「014新井邸」の新井さんから雨漏りの相談メールが届く。初期の「箱の家」はシート防水で屋根通気がない。そろそろメンテナンスの時期なので、この機会に低い小屋組を載せ断熱・通気性能を上げることを提案する。「040山?邸」からも改築依頼が届いている。「箱の家シリーズ」を始めてから14年になるが、これまでほとんどメンテナンスや改築の依頼は来なかった。ここにきて「001伊藤邸」を初めとして、いくつかの「箱の家」から立て続けに依頼が届き始めた。界工作舍としては対応の体制を考えねばならない。

『選択の自由』は第3章「大恐慌の真の原因」から第4章「ゆりかごから墓場まで」に差し掛かる。第3章では1930年初期の全世界的な大恐慌がアメリカに発すること、その原因は連邦準備制度による銀行への政府の政策的介入にあることが明らかにされる。第4章では第二次大戦後のケインズ的な財政政策への批判が展開される。フリードマンはこれまでの歴史的な常識をことごとく覆していく。と同時に、僕たちが無意識に持っている公共性への依存感覚を抉り出し、それが経済にもたらす歪みを明らかにする。最近の政府による一連の景気対策のための経済政策はほとんどがフリードマンの主張に反しており、ケインズ思想が復活していることに改めて驚かされる。


2009年06月14日(日)

9時半出社。午前中は建築教育国際会議(IAES)のprovocative statementのスケッチ。東京大学の建築教育システムは全学共通の教養学部を持っていること。さらに専門課程では、意匠に限らず、構造、材料、構法、環境、計画、歴史という総合的な科目を教えている点において、日本だけでなく世界的にもきわめて特異であることを強調した上で、建築教育システムの国際的な標準化は、東大のような特異な教育システムも受け入れるような柔軟性を持ってほしい旨を強調する。午後は読書と原稿スケッチ。夜は妻に勧められた『ミスティック・リバー』(クリント・イーストウッド:監督 2003)のDVDを観る。ボストンの下町、チャールズ川湖畔の住宅街で起きた殺人事件をめぐって、東海岸の家族の複雑な人間模様が展開する。推理小説仕立てのシナリオがとても良くできているのと、錚々たるキャストの鬼気迫る演技には感服するが、物語自体は今一ピンと来ない。原作あるいはシナリオの構成があまりに巧くて、かえって物語の冗長度が削がれてしまい、事件の不条理性がやけに論理的に見えてしまう。不条理性と論理性は当然矛盾するので、結果的に物語全体が嘘っぽく思えてしまうのだ。とはいえ家族制度、性犯罪、貧困などアメリカが抱えるさまざまな社会問題がぎっしりと詰め込まれた問題作ではある。音楽もクリント・イーストウッドが担当している。本当に多才な人である。


2009年06月13日(土)

8時半出社。スタッフは早朝まで模型を作っていたらしい。プレゼンテーション資料のチェック。10時、久保夫妻来所。「134久保邸」のプレゼンテーション。要求条件はおおむね満足しているが予算がややオーバーした案である。最初は要求条件を優先した案を提案するのが僕たちの基本方針で、そこから出発し予算に合わせて調整していく予定であることを説明。設計要旨、模型、基本図を渡し11時前終了。久保さんには出たばかりの『ベンヤミン』(ハワード・ケイギル他:著 アンジェイ・クリモウスキー:絵 久保哲司:訳 ちくま学芸文庫 2009)を貰う。午後1時半、水崎夫妻来所。「135水崎邸」のプレゼンテーション。こちらは小規模な住宅なので、単価が通常よりも割り増しになるが何とか予算内に納まりそうな感じである。支払条件と融資について説明し2時半終了。4時、所内打ち合せ。「136徳田邸」は父君から提案された案を検討した上で2つの案を並行して進めることにする。5時、所内掃除。6時解散。新書館編集部から『現代建築101』の原稿依頼が届く。頼まれたのはクリストファー・アレグザンダーの項。分量はそれほど多くないので引き受ける旨の返事を送る。『ミセス』の校正原稿が届く。妻と相談し何点か校正を依頼する。夜は読書と原稿スケッチ。

『選択の自由』の第1章「市場の威力」を読み終わり、第2章「統制という暴政」に差し掛かる。昨年読んだ『最強の経済学者ミルトン・フリードマン』(2008)や『資本主義と自由』(1962)とほとんど変わりない内容である。フリードマンはケインズが提案したような政府による景気対策的な介入に対して徹底して反対する。読みながらケインズやシュンペーターと同じように、フリードマンの経済思想は20世紀に入って急速に経済成長した米国の勢いを反映した理論ではないかという点に思い至る。思想を全面的に時代の反映として捉えるのは危険だが、思想がその時代に生きる人間によって発想される以上、思想と時代には何らかの関係があるはずである。フリ−ドマンの新自由主義は新世界としてのアメリカにこそ最も相応しい。


2009年06月12日(金)

午前中事務所。原稿スケッチ。午後1時15分、新井薬師前駅で花巻、栃内と待ち合わせ。徒歩で徳田邸へ。徳田一家に花巻、栃内を紹介した後、家具と収納の調査を彼らに任せて大学へ2時半着。3時からココラボミーティング。M1生がまとめた住戸プランのエスキス。M1生プランではまだまだ欠落が多過ぎて、とてもそのままでは使えない。僕が徐々に手を加えていくしかない。毎年同じことの繰り返しだが、これが教育というものである。5時、M2生の修論エスキス。目次をチェック。研究の前提条件について充分に理論武装するようアドバイス。6時からココラボ定例会議。いよいよHPで本格的な研究発表を始めるため、その具体的なデザインについて話し合い。研究室で用意した内容はやや検討不足気味。来週末までに資料を揃える必要があるので、来週前半は集中的なエスキスが必要になりそうだ。帰途、伊藤毅さんに会う。読書会バトルについて立ち話。ル・コルビュジエの『建築をめざして』と『輝く都市』をとり挙げることで合意。ル・コルビュジエには多数の著書があるが、その始点と集大成を押さえるという意味で必読書だろう。『建築をめざして』を初めて読んだのは学部3年のときだが、そのときは歴史的な意義はまったく理解できなかった。以来、何度も読み返しているが、その度に新しい発見がある。字義通りの読み方から歴史的背景をふまえた読み方まで多様な読み方ができる名著である。9時前事務所に戻る。明日の2つのプレゼンテーションに向けて準備。11時半過ぎ帰宅。

『いまこそ、ケインズとシュンペーターに学べ 有効需要とイノベーションの経済学』(吉川洋:著 ダイヤモンド社 2009)を読み終わる。同時代に生きながら2人の意見が交差することは最後までなかったようだ。しかし両者とも社会主義的な「計画経済」に対抗するために、資本主義自由経済のメカニズムを追求する点では同じ基盤に立っていた。ケインズは有名な『一般理論』で有効需要の理論を提唱したが、シュンペーターはそれを英国的な停滞理論と評し、イノベーションこそ資本主義の原動力だと主張した。著者はそこに資本主義経済における不況の原因が「需要の飽和」にあるという両者の共通認識を見出している。最終章「2人の遺したもの」で著者はこう書いている。「昔からあるモノやサービスに対する需要は必ず飽和する。このことはシュンペーターも認めた。そこから先がシュンペーターとケインズで違うのである。ケインズは需要不足は与えられた条件として政府による政策を考えた。シュンペーターは需要が飽和したモノやサービスに代わって新しいものをつくり出すこと、すなわちイノベーションこそが資本主義経済における企業あるいは企業家の役割だと説いた。イノベーションによって新しいモノが生み出されるから「恒久的」に需要が飽和することはない」。現在の全世界的な金融不況に対しては、世界中の政府が共同してケインズ的な財政政策を採っている。しかしそれは一時しのぎ的な施策に過ぎないだろう。不況の最終的な克服はシュンペーター的な方法によって初めて可能ではないか。シュンペーターが提唱したイノベーションの理論こそモダニズムのハードコアに思える。そこでは経済とテクノロジーが不可分に絡み合っている。現在の不況を克服するにはモノとサービスにおけるイノベーションを追求しなければならない。建築においてそれはサステイナブル・デザインにほかならない。この点が本書から学んだ最大の教訓である。
第二次大戦後から1960年代末まではケインズ経済学が世界を席巻するが、1970 年代になるとミルトン・フリードマンを中心とする新自由主義経済学によって取って代わられる。その結末が昨今の金融不況なのかどうか、あたらためてフリードマンを辿り直すために、次は『選択の自由』(M&R・フリードマン:著 西山千明:訳 講談社文庫 1983)を読んでみる。


2009年06月11日(木)

午前中事務所。「136徳田邸」図面チェックバック。午後大学行。1時半、編集の大西正紀さんとライターの田中元子さんが来研。TOSTEMウェブマガジン「建築家研究:池辺陽」の取材。『戦後モダニズムの極北:池辺陽試論』を想い出しながら池辺と東大における設計教育について話す。田中さんの誘導で話が興に乗り3時間近く話し続けた。5時からココラボミーティング。住戸プラニングのエスキス。途中、大月敏雄さんに留学生の修論について指導を受ける。7時からスタジオ課題エスキス。5チームの案を見る。並行して石川幹子教授もエスキスをしているようだ。結局ここ2ヶ月は迷走期間だったことになるが、皆ようやく基本コンセプトが固まってきたので、残り10日間で何とか最終案に収斂させてほしい。10時半終了。心身ともに疲れがピークに達する。11時過ぎ事務所に戻る。簡単な打ち合せをすませた後11時半帰宅。シャワーを浴び『いまこそ、ケインズとシュンペーターに学べ』を読みながら1時前就寝。


2009年06月10日(水)

10時、環境研院生が卒論生と一緒に来所。実測記録データの回収と今年度の事件計画の相談。これまで夏期の床冷房は深夜電力運転だけで行っていたが、今年は比較的高めの温度の冷水でコンスタントに続けてみることにする。そのための設定温度の計画を立てるように依頼。午後大学行。2時からTOSTEMのウェブマガジン『イエスト』に掲載されている『家の知』の取材(http://www.artplan.co.jp/test/biz/iest/)。真壁智治さん、日本女子大の篠原聡子さんとの鼎談。近代家族と住宅の関係や「箱の家」の家族像などについて約2時間半話し合う。6時からココラボミーティング。行為マトリクスの相関分析と住戸プランの関係について議論。両者を直接結びつけるのは難しいだろうという予測。ともかく明日までに各人2案を作成してみるように指示。7時からスタジオ課題エスキス。足踏みしている2チームを手助けして思い切り背中を押してやる。同時に今週が正念場であることを肝に銘記するように念を押す。山代さんがシドニー工科大学と相談した結果、夏休みの海外ワークショップのスケジュールが決まる。昨年のホーチミン・ワークショップに比べると予算的に厳しいことが予想されるが、研究室最後の海外ワークショップなのでできるだけ盛大にやりたい。9時過ぎ事務所に戻る。今週末のプレゼンテーションに向けて模型製作が本格化している。進行中の仕事について細かな打ち合せ。10時半帰宅。

『いまこそ、ケインズとシュンペーターに学べ』は12章まで読み進む。ケインズ、シュンペーターに限らず経済理論が歴史に制約されていることに改めて驚く。シュムペーターが提唱した資本主義における企業家とイノベーション(新結合)による創造的破壊の理論は、急速な経済成長を遂げる20世紀初頭のプロシアの中で発想された理論だし、ケインズが不況脱出のために提唱した有効需要の理論は、需要飽和に達して停滞期に入った同時期の大英帝国の中で発想された理論である。両者とも経済活動を駆動する基礎的な力が人間の心理的性向に根ざすと考えている点に不思議な感慨を憶える。よく考えれば当たり前のことのようだが、それが奇異に感じられるのは、現在では人間の心理や欲望はむしろシステムによって支配されていると考える方が主流だからである。このような視点の転換は19世紀末のマルクスやフロイトから始まり1960年代のレヴィ=ストロースやフーコーによって達成された。逆に言えばシュンペーターやケインズの時代にはまだ個人の力が信じられていたのである。同じような視点の転換は、ウェブのアーキテクチャを一種の生態学的プラットフォームとして捉える昨今のIT論にも生じているような気がするが、どうだろうか。


2009年06月09日(火)

午前中は事務所。栃内と「136徳田邸」の打ち合わせ。午後、大学行。1時半からスタジオ課題エスキス。11チーム全員の案を講評したが、凹凸がさらに激しくなったようだ。中間講評と大連スタジオの後遺症かも知れない。どんどん前進しているチームもあるが、激しく後退しているチームも散見される。今週が正念場なので急遽エスキス時間を確保する。5時から難波研定例会議。博論、修論の中間報告。韓国コンペの敷地調査報告。8時過ぎに事務所に戻る。栃内と再び「136徳田邸」打ち合せ。プラニングはほぼ収斂したので、佐々木事務所へメール送信。10時半過ぎ帰宅。

『戦後日本スタディーズ2:60/70年代』(紀伊国屋書店 2009)が届いたのでまず巻頭鼎談「ガイドマップ60/70年代」(上野千鶴子+小森陽一+成田龍一)を読む。60年安保闘争については3者とも歴史的意味を認めているが、68年の全世界的な大学紛争の位置づけでは3人の意見が食い違っている。とくに上野千鶴子は68年の歴史的意味をあまり認めていない。むしろ64年の東京オリンピックを東京の都市空間の大きな転換期と見ている。72年の赤軍派事件や73年、79年の2度のオイルショックについても評価は3者3様だが、70年の大阪万博についてまったく触れられていないのは、建築家やデザイナーの立場から見るとあり得ないような歴史観である。歴史的事件よりも生活の緩やかな変化注目する上野千鶴子の歴史観は「高度成長期と生活革命」に集約されている。60/70年代に生じたさまざまな事件は、高度経済成長を下部構造とした出来事でしかなかったというのが上野千鶴子の総括である。

『いまこそ、ケインズとシュンペーターに学べ 有効需要とイノベーションの経済学』(吉川洋:著 ダイヤモンド社 2009)を読み始める。僕は以前から世界的な金融不況の中で再びケインズが見直されるに違いないと予想していたが、本書はそれが的中したことを象徴するようなベストセラーである。ケインズとシュンペーターの経済思想に潜んでいるモダンな計画概念を再確認してみたい。


2009年06月08日(月)

8時半、青山歯科医院行。奥歯の調整。うまく行けば来週から両方の奥歯で食事ができるようになるそうだ。9時半過ぎ事務所に戻る。今日も一日事務所。原稿スケッチを続ける。いつもならばいろいろな本を乱読しているうちにテンションが上がり自然に原稿へと雪崩れ込むのだが、今回はなかなかそうならない。ひとつの理由は、ITテクノロジーの進展が建築にもたらす影響が今一前向きに捉えられないからである。ウェブ2.0の普及は単に情報の集積にしか思えないし、情報の過剰によって自己が融解するとも思えない。シミュレーション技術の高精度化によってデザインの方法は変わるかもしれないが、それが建築の質をどう変えるのかはっきりしないし、環境管理(アーキテクチャ)の浸透が都市空間をどう変えるのかもよく分からない。要するにすべてはモダニゼーションの昂進と徹底化にしか思えないのである。あれこれ考え倦むうちに時間は過ぎていく。夜は新しい「箱の家」の打ち合わせ。「134久保邸」と「135水崎邸」は設計要旨を作成したので、次は模型製作に着手する。「136徳田邸」は改めて収納量が足りないことに気づきこれまでの案を修正する。家具類の確認のため今週末に徳田邸を再訪問することになった。岩元と「133沼田邸」の詳細打ち合せ。10時半帰宅。

『意味とシステム ルーマンをめぐる理論社会学的研究』(佐藤俊樹:著 勁草書房 2008)は第4章になっても原理論が繰り返されているので早々に読み飛ばす。後半になるとだんだん面白くなって一気に読み終わる。本章よりも章の間に差し挟まれている小論「間奏」が面白い。とくに「間奏2:つながりは世界を断線する Connected World was disconnected」と「間奏3:公共性の原風景をめぐって 社会的装置としての公共性」には啓発された。前者は「システムは閉じることによって開く」という逆説の論証。システムの自閉性が必然的に自己産出(オートポイエーシス)性をもたらすというルーマンのシステム論を『攻殻機動隊』や『ニューロマンサー』を例に挙げて検証している。後者は都市社会の「会社性」と公共性の歴史的関係について論じたもの。コンパクトシティの条件として読むと興味深い。第7章「世界システムという物語 終わらぬ世界と「歴史」の終わり」と第8章「眺める桜と睦む桜 都市と異界をめぐる考察」も興味深く読んだ。とくに後者は桜の種類と花見の相違から都市の境界の形成史を読み解いたエキサイティングな論文である。社会システム論はやはり原理論よりも具体的な適用例の方が断然面白い。


2009年06月07日(日)

7時起床。9時過ぎ出社。疲れたせいか何もやる気がせず、午前中はYOU TUBEを探って過ごす。午後ようやく「136徳田邸」の図面チェックと「技術の世紀末」の原稿スケッチ。夕方、妻と渋谷に出て早めの夕食。夜の渋谷を歩いて帰宅。夜は読書とスケッチ。『意味とシステム』は第3章まで来たが、依然としてシステムの定義に終始している。

久しぶりにDVDで『天国の日々 Days of Heaven』(テレンス・マリック:監督 1978)を観る。20世紀初めにアメリカ中西部の農場で起きた事件を描いた映画だが、マリックの映画にはいつも重層的な時間が込められている。黄昏時と逆光の映像が多用されているのは撮影を担当したネストール・アルメンドロスの美学。光と影の映像をエンニオ・モリコーネの柔らかく物悲しい音楽が支えている。季節の移り変わりの中で植物、昆虫、動物が精細に描かれ、最後にはバッタの大群に襲われて広大な農場が壊滅する。その中で展開する人間の生死のドラマはいかにも矮小に見える。カタストロフの後一人残された少女は、最後のシーンで孤児院の寮から脱走する。物語は移動する列車から始まり、レールに沿って少女が歩き始めるシーンで終わる。列車とレールはアメリカの未来と自由の象徴のように思える。20世紀初めの、あるいはこの映画が作られた30年前のアメリカには、まだ自由と不確定な未来があったのだ。


2009年06月06日(土)

10時、所内打ち合せ。「134久保邸」「135水崎邸」の第1案決定。それぞれこれまでの「箱の家」は異なる新機軸を盛り込む案になった。今週末にプレゼンテーションを行うので、至急構造システムをチェックし、来週始めから模型製作に着手する。「136徳田邸」は花巻案と栃内案を合体させる方向で進めることに決定。面積の条件から3階建の鉄骨造になりそうだ。来週中に佐々木構造計画に相談して構造システムを決定し、再来週にプレゼンテーションを行う予定。正午前に事務所を出て目白の椿山荘へ。12時半から13回忌を記念した「高橋公子先生を偲ぶ会」。高橋公子さんは池辺研究室の先輩で日本女子大の教授だった。僕も非常勤に呼ばれたことがある。もっと小規模でインティメイトな会だと思っていたが、会場には120名近くの友人や教え子が集まっている。僕のテーブルには富永譲、陣内秀信、隈研吾、谷地田章夫、園田真理子といった人たちが集まり、他のテーブルには内田祥哉、小川信子、山下和正、小矢部育子、松本哲夫、鈴木博之、松村秀一、西出和彦、大月敏雄、在塚礼子、濱口恵子、篠原聡子といった人たちの顔も見える。女性の数が圧倒的だが、平均年齢は50歳を越えているかもしれない。知人は全体の5分の1程度。久しぶりに会った人も多くしばらく歓談。2時半終了。3時半に事務所に戻る。しばらく読書と雑用。6時半にスタッフ全員で事務所を出て原宿の路地の奥にある馴染みのイタ飯屋へ。井上の誕生祝。赤ワインを飲みながら建築談義。昼のアルコールが抜け切っていないのでかなり酩酊。9時半終了。事務所に戻った後、しばらくぼんやりとYOU TUBEを見た後10時半帰宅。


2009年06月05日(金)

午前中、事務所。読書と原稿スケッチ。午後大学行。2時半から1チームのスタジオ課題エスキス。まだトバ口で先は長いがアイデアの射程距離も長い。地道に頑張ってもらいたい。4時、省エネルギーセンターの山川さん来所。今年の省エネ住宅コンペは休止になったという報告。時代の流れに逆らった経産省のヴィジョンなき判断に思える。長い眼でこのコンペの意味を捉えてほしかったが、残念ながら官僚は目先の効用ばかりを追い求めているようだ。5時、留学生の修論エスキス。研究方法の前提条件について明確な理論武装が必要であることを指摘。6時からココラボ定例会議。明日のグループインタビューとHPコンテンツについて簡単な打ち合せ。今日、ココラボ2009のHPが立ち上がった(http://www.cocolabo.jp/)。再来週から本格的な研究発表が始まる。8時半事務所に戻る。隈研吾さんから『反オブジェクト 建築を溶かし、砕く』(隈研吾:著 ちくま学芸文庫 2009)が届く。2000年に出た本の文庫版である。

『意味論的展開』を一旦休止し『意味とシステム ルーマンをめぐる理論社会学的研究』(佐藤俊樹:著 勁草書房 2008)を読み始める。人間の行為=コミュニケーションをシステムとして捉える視点に関する本である。かつて社会学的なシステム論に興味を持ち、ルーマンを勉強しようとしたことがあるが、あまりにも抽象的な論理展開なので挫折した。今回はココラボ2009で試みようとしているマイクロ・パタンランゲージの理論的バックボーンについて考えながら読んでみることにした。ココラボ研究では行為を細分化し、ボトムアップ式にパタンへと組み上げようとしているが、生活行為は実のところひとつながりのシステムとして展開しているため、細分化された行為の意味はシステムから与えられる。つまり行為の細分化の作業は、暗黙のうちにシステム全体の存在を前提にしていることになる。これは結論先取りの恐れがあるので、ボトムアップ式の方法とは逆に、住戸全体を行為のシステムから分割していくトップダウン式の方法によって補完することが必要である。その意味でもゾーニングによる住戸計画を試みることの意義があるように思われる。


2009年06月04日(木)

10時ムジネット来所。今後の販売戦略のために「木の家1、2」のキーコンセプトを4層構造にしたがって説明。引き続き「木の家」のプラニング・マニュアルと「木の家2」のデザインボキャブラリーの説明。ムジネットからは今後のスケジュ−ルと「木の家1」のコストダウン案について説明を受け、基本方針について議論。11時半終了。午後大学行。2時半から僕の退職記念本の打ち合せ。研究室のポートフォリとは別に、伊藤毅さんの発案で鈴木博之、石山修武、佐々木睦朗、前真之の共著による記念本を出すことになった。4時、留学生の博士論文の打ち合せ。基本的な骨組みは出来上がったので、後は内容を膨らませていくだけである。5時ココラボミーティング。今週末のグループ・インタビュー、今後の研究の進め方、ココラボ2009HPの展開の仕方について議論。生活行為分析によるマイクロ・パタンランゲージ研究とプラニングの再組織化の2本立てで進めることを確認。6時半からスタジオ課題のエスキス。2チームの案を見る。まずは2人のコミュニケーションと役割分担についてアドバイス。その後、4年生の自宅設計のアドバイス。興味深い敷地なので、やり方によってはエキサイティングな案ができそうだ。ぼくならば「箱」の分散案を提案したいところ。9時半に事務所に戻る。10時半帰宅。『意味論的展開』を読み続ける。翻訳が良くないのでスムースに読み続けることができない。細切れに読むとコンテクストが掴めない。

藤森照信さんから『藤森照信 素材の旅』(藤森照信:著 新建築社 2009)が届く。戸田建設の広報誌に連載していた取材紀行をまとめたもの。僕は連載当時から、自然素材の持っている性能を工業材料によっていかに達成するかという視点で興味深く読んでいた。自然素材の良さは充分過ぎる程承知しているが、僕としてはそれに匹敵する工業材料を何としてでも探し出したいと考えて来た。本書を読みながら、長い時間を経て確立した自然素材には到底太刀打ちできないナアと溜息が漏れる。とはいえ負け戦と知りつつも僕としては当初のヴィジョンを捨てる訳にはいかない。


2009年06月03日(水)

8時半出社。一晩考えて『建築ジャーナル』への掲載は辞退することにした。工務店やメーカーの広告が前提条件であることにどうしても引っかかる。とりわけ「箱の家」は工務店の努力に支えられている面が大きいので、余計な迷惑をかけるわけにはいかないと判断した。花巻がまとめた「132石野邸」の家具工事図のチェック。10時、真壁智治さんと『ミセス』編集部が来所。自宅に戻りしばらく対応。インタビュー相手は家族2人なので僕は早々に退散。取材は正午前まで続いたようだ。午後1時過ぎ千川の「132石野邸」現場へ。屋根、外壁の断熱パネル取付が終了し屋根下地の工事中。室内の間仕切工事も進行している。石野夫人とTH-1朝倉社長の顔も見える。屋根がついたので、室内に入るとおおよその空間構成が把握できる。天井が斜めなので思ったよりも広々した感じである。工事に関して幾つかの問題点を指摘。対応の検討を依頼する。4時前に事務所に戻る。原稿スケッチ。建築教育国際会議の問題提起文のスケッチ。夕食後、所内打ち合せ。「木の家2」コンセプトのヴァージョンアップ仕様の確認。「134久保邸」「135水崎邸」の立面検討。「136徳田邸」のプラニング打ち合せ。花巻と栃内の案を検討。中庭とエレベーターの検討を指摘。今週末に再度打ち合せを行うことにする。

『建築雑誌』6月号の特集「検証:批判的工学主義 BUILDING Kから考える」に僕と藤村龍至さんの対談「工学もデザインです」が掲載されている。「箱の家シリーズ」と「Building K」の共通性を「批判的工学主義」という視点から明らかにしようとする試みである。工学的アプローチが両者の共通点と言ってよいが、決定的な相違点が2つある。ひとつはデザインのパラメータを削減するか加算するかという点である。「箱の家」では有効なパラメータを最小限に抑えようとするのに対し、批判的工学主義ではパラメータをひたすら加算しようとする。実在する変数は無限に存在するが、無限の変数に対するスタンスの違いだと言ってもよい。「箱の家」では決定的なパラメータ以外はほとんど定数化している。私見では、加算的なアプローチは批判的工学主義の批判性を弱め、最終的には工学主義と見分けがつかなくなると思う。もうひとつは人間をパラメータに含めるか否かという点である。これは設計プロセスに「外部=他者」を持ち込むかどうかという問題だと言ってもよい。批判的工学主義は「超線形設計プロセス」によって成立しているが、そこには「外部」がない。しかし設計プロセスから政治的・経済的判断を排除することはできない以上、非線形な不確定性=カタストロフを避けることはできない。その点が、超線形設計プロセスがモデルとしている進化論的プロセスとの決定的な相違である。藤村さんのようなアプローチに相応しい箴言がある。「方法は最後にくる」(フリ−ドリッヒ・ニーチェ『アンチ・キリスト』)。それにしても天下の学会誌『建築雑誌』でひとつの建築作品をとり挙げるとは、快挙というか暴挙というか・・・。


2009年06月02日(火)

10時、建築ジャーナル編集部来所。最近の建築作品の掲載依頼。ただし広告を集めることが掲載の条件だという。ともかく工務店やメーカーに打診してみることにしたが、そこまでして掲載に拘る気分にはなれない。見本誌を見ると設計事務所の主張を前面に出したような誌面は見当たらない。協賛企業の反応を見ながらしばらく考えてみることにしよう。1時大学行。1時半からスタジオ課題エスキス。大連ワークショップの報告と今後の展開について講評。残り3週間をかけて案を徹底的にチューンアップする。今回が最後の機会なので、駄目な案は駄目だとはっきり指摘し、可能性のない案はリセットするようにアドバイスする。聞く耳を持つかどうかは学生自身の判断である。来週のエスキスを期待しよう。4時、迷走している学生のスタジオ課題エスキス。チーム・コミュニケーションに難がありそうだ。4時半フィンランド留学生との研究テーマ・ミーティング。古い日本建築に興味を持っているので藤井恵介教授に相談。いくつかの本を紹介してもらう。5時、西出専攻長とのミーティング。職員評価の相談。5時半、難波研定例会議。修論中間報告。留学生の海外研修と研究報告。インド・コンペ報告。7時インド・コンペ担当の院生、留学生と正門前の中華料理屋で打上。9時半事務所に戻る。雑用を済ませた後10時半帰宅。

『思想地図』vol.3を読み続ける。藤村龍至の「グーグル的建築家像をめざして 批判的工学主義の可能性」は、これまで藤村さんが書いて来た「批判的工学主義」の総まとめになっている。1920年代のモダニズムにおける機能主義と、2000年以降に急速に浸透した工学主義とを比較しながら、前者の乗り越えをル・コルビュジエの批判的機能主義として、後者の乗り越えを批判的工学主義として位置づけるという構図である。巻頭の共同討議「アーキテクチャと思考の場所」に関する藤村流のコメントもあり、なかなか充実した論文になっている。藤村さんが提唱する「超線形設計プロセス」は設計プロセスにおける磯崎流の「切断」を模型によって外部化し「保存」する点に特徴があるが、この「模型による外部化」について、藤村さんはちょっと気になる注釈(注釈36)を行っている。「近い将来「模型」のはたす役割は3次元CADのシステム(BIM)に移行するであろう。総合的な設計データの保存は竣工後の改修や改築をスムースにし、建築をより「プロセス・プラニング」的にする」。このコメントの後半は正しいが、前半は明らかに間違っている。「模型による外部化=物質化」から得られるノイズに溢れた情報は、決して3次元CADシステムがもたらすヴァーチャルな情報では代替できない。藤村さんは気づいていないようだが、僕の見るところ超線形設計プロセスによる進化論的なデザインは模型化=物質化によるノイズ=突然変異によってもたらされるのだ。これは藤村さんが一連のインタビュー記事をインターネットではなくフリペーパーに外部化=物質化していることとも関係している。外部化=物質化は情報を身体化し、予測できないノイズを生み出す。要するに情報の物質化は、真の意味で予測不能な「外部」をもたらすのである。「切断」の最大の可能性は、そうした「外部」を生み出す点にあると言っても過言ではない。


2009年06月01日(月)

8時半、青山歯科医院行。歯茎のメンテと奥歯の調整。午前中は雑用と読書。午後1時半から「木の家2」と新しい「箱の家」の打ち合せ。「木の家2」についてはプレゼンテーションの方針を最終決定。「箱の家134」は井上案、「箱の家135」は井上+岩元案で進めることに決定。6月13日(土)をプレゼンテーションの目標とする。「箱の家136」は花巻案にもとづいて第1回目の打ち合せ。おおよその方向性を決定。5時大学行。6時からココラボ定例会議。真壁さんとコスモスイニシアが来研。ココラボ2009のHPデザインの方針と今週末のグループ・インタビューの概要について打ち合せ。7時半終了。その後、院生室でインドの学校コンペの最終エスキス。9時半に事務所に戻る。石山さんから3年生後期の東大・早大共同課題に関するファックスが届く。「原理的な課題にしてみたい」とある。学生自身に敷地を設定させ課題もつくらせるという主旨で、とても興味深いのだが3年生課題としては少々ハードルが高過ぎるような気もする。ともかく少し考えてみよう。

『思想地図』vol.3特集「アーキテクチャ」が届く。建築・都市、社会、ウェブをアークテクチャというキーワードで横断的にとらえることによって、共通する批評の可能性を検討する試みである。要するにフィジカル、ヴァーチャルを問わず、思想や理論を含むデザインされたシステムをすべてアーキテクチャとして捉えるという主旨である。アーキテクチャはイデオロギーに代わる言葉として注目されている。早速、巻頭の共同討議「アーキテクチャと思考の場所」を読む。参加者各自が自分の視点を押し出そうとするので、議論は拡散の極みに達している。建築家として参加した磯崎さんはアレグザンダーとプロセス・プラニング論を紹介しながら、ヴァーチャルなウェブに対して、フィジカルな存在である建築においては、時間的な「切断」が不可避であるという問題を提起している。おそらく磯崎さんの念頭には「大文字の建築」がチラついていたに違いない。大文字の建築こそデザインされた人工物すべてに適用できるモデル的な概念だからである。建築界を熟知している磯崎さんや浅田さんを除けば、メタボリズムやアレグザンダーがより大きなコンテクストの中で再び注目されていることに不思議な感慨を憶える。どうも時代が一回りしたようである。


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